3-4-裏 まず最初に それが あるべきで
うーん。
蛇足、といえば蛇足なのは確かなんだけど。
これを省くのも違うかなー、という蛇足?
まあ、書き上げたので。読み飛ばしても可、という感じかな?
スーツ姿の男性司会者とアシスタントの女性アナウンサーが真ん中に陣取り、両サイドの半円型のテーブルにはコメンテーター陣が並ぶ。
特に珍しくもないよくある討論番組であるが、今回のテーマはとある話題の人物について。
とはいえ、散々この番組でも他の番組でもこすりつくされた感のあるテーマで、然程目新しさは感じられない。
討論番組は実際のところ討論テーマ次第ではあるがそんなに見たいと思って見る人間は少ない。
普段であれば深刻な世界を覆いつくす環境問題の専門家ががなり立てる討論番組よりも不倫騒動の渦中の芸能人を取り上げるワイドショーが、社会保障の不備・不足を訴える切実な当事者の声も、銀座のデパ地下の高級食材を使ったスイーツを頬張る可愛い女子アナの美味しいの一言に負ける。誰しも見たいという興味をそそられる内容の方が視聴率は稼げる。
しかもそれがネット配信のチャンネルであればさらにその傾向は増す。
主たる視聴者が若年層からその上くらいまでのネット局発信の政治番組では視聴率は伸びないどころの騒ぎではない。恋愛リアリティーショーと外国ドラマに挟まれればそこにとどめを刺すような状況だ。
だが、今回のテーマはそこそこの視聴率が見込めるのは確かであった。
「ではあなたは今まで発生した全ての『特異事件』について、その起因が“彼”にあるとおっしゃられるのですか?」
冒頭第一声でテーブルの左側で発言した人物へと司会者が尋ねる。
話を振られた男は、眼鏡をくい、と上げてテレビカメラに一度視線を送ってから話始める。
「現在のところ、『特異事件』の発生した日時、場所に必ず彼、つまり『光速の騎士』の介入が見られるのは事実であることはご承知の通りです。ホテル・スカイスクレイパー、レジェンド・オブ・クレオパトラ号、銀嶺学院、そして豊島市内港湾部の大規模停電。彼がその一因であることは疑いの余地はないと思いますが」
明確に映像として残っている「光速の騎士」の出現した各所で発生した事件を列挙する。大きな問題にならないと思われていたホワイトラン博士一行に加えクジョーとの大立ち回りをやらかした港湾での騒ぎもきっちり“事件”化されている。
「いえ! そうは言いますが、あくまで彼は事態の悪化を防ぐため、止むを得ず動いたという風に皆さん考えているはずです」
逆サイドの右側から「騎士」擁護の発言が飛び出す。
カメラはそれに合わせてパン。
大写しになったのはこちらは中堅どころの芸人コメンテーターである。
そんな彼の声には幾分、感情的なものが混じる。
それを受けて先の発言をした左サイド、つまり「騎士」断罪側の論客が反論。
「そういいますが、彼が現れるまでにこういったオカルトじみた、いえ失礼。……“人知を超えた”解明不可能な事案についてはあまり公にはありませんでした。しかも、その全てに同じ人物が関わっているとなると、何らかの関係性を疑わざるを得ない」
そう言ってのける断罪派論客。
真実は色んな運命のいたずらで、偶発的に巻き込まれたに過ぎないのだが、そう思えないのが結果として表れている。
「もしこれが全て同じ地域での事件であるならば、そうかもしれません。ですが、ですがです。豊島市での事件後、東京湾内でのシージャックの発生に即座に対応できている。わざわざ移動してまでですよ? つまるところ、彼が何らかのトリガーとなりそれを後始末しているだけ。彼のしでかした行為のせいで一般人の我々が巻き込まれているのではないかということです!」
「想像に過ぎない、そんな推測の上で話されてはたまったもんじゃない!」
「推測ではなく、実際にその場に彼がいるという事実は明らかです。それに対し彼が行う救助活動を是認し、あまつさえ称賛するという結果はあります。ですが彼がいなければもっと平和裏に終了した可能性もあったとは思いませんか」
「あなた、いま何を言っているのか自分で理解しているんでしょうか? つまり、あなたは目の前で起きたテロリズムに対し、何も対応しない方がより良い結果を得たとおっしゃりたいのか!?」
激高する相手を見て問を発した側が内心でほくそ笑む。
こういう時に先に感情を爆発させるのは下策である。それを相手がしてくれたのだから願ったりかなったりだ。
まず、相手の感情を揺さぶるような、“どちらにもとれるギリギリな”言い方で煽って見せる。引っかかれば上等。スルーされたならば言い方を取りつくれるような範囲の修正を行いながら、違う話に持っていく。
「その言い方では論点がずれますね。私は何も対応していないとは言っていません。それこそそちらの思い込みです。実際には現地で地元の警察などが対応に当たっていましたし、シージャックと学校の占拠事件は犯人側との交渉をしていたスタッフもいたという。それを飛び越えての純粋な“暴力”での解決を図った時点で、彼に自制心を問うことがどれほどの意味を持つのかと疑問に思うのですよ。通常のテロ対策でも人質がいる現場に突入の可否を考慮する。そのために必須である前段階の交渉を彼が台無しにしたのは事実。それが引き金となり、銃撃などの人質の安全を考慮しない暴挙が行われた。そういう分析をする犯罪心理学の専門家もいます。軽挙な判断をためらいなく行う独りよがりな私設自警団。『光速の騎士』の行動を止めるセーフティはどこにあるのです?」
「それは……」
痛いところだ。
あくまで善意の第三者を託つなら、まずは公的な治安維持組織(この場合は警察である)が活動することを妨げるのは論外。
確かに結果としては上手くいった側に天秤は傾いたわけだが、最悪逆に傾く可能性もあったわけである。
「……そこまでおっしゃるのは解らないでもないですが」
そんな論客二人の言い争いに口をはさんでくる人間がいた。
「暴走した彼の行為の結果として、どなたかお怪我をされたり、もっと最悪な状況へと陥っていたかもしれない。これに関しては、過ぎたことでもはや検証するしかありませんがどこまで行っても“かもしれない”で結論は決まっています。うじうじとそれをほじくり返すことで巻き込まれた被害者の方が責任を感じるかも、とは思われないのですか?」
「私は一切、被害者の方に責任を問うたことはありませんよ。私が問題としたいのは『光速の騎士』の存在……」
「つまり、被害者の皆さんは誰一人として『光速の騎士』に救われるべきではなかった。あのまま暴力的な武装集団の元で震えて待っているべきであった、ということを言ってらっしゃると感じるのですが」
「そうは言っていません!」
自分の意見が誘導されていくのを感じ、大きな声で否定する。
それは必要な行為であったにはあったが、先ほどの自分の突いた作戦をやり返されたようになった。
「今後どんな理由があろうとも、船の中で銃口を向けられて、暴行を受けた少年や学校内で拘束された多感な十代半ばの少年少女が出てくる状況で。彼らをそのような状況に置いても押っ取り刀でやってくる者を待てと。何故ならば『騎士』が来ることで起きる事件なのだから彼が関わらないようにする体制を整えようと。そこまでの犠牲、……おっと失礼、言葉を間違えましたね」
当然わざとの失言だろう。
「影響が誰に降りかかろうとも気にしないことである。それに関してはヒト・モノ・ココロを含めたコラテラルダメージで、“受け入れるべき損害”だと飲み込むべ……」
「ですから! そうは言っていないと!」
このままでは人命よりも規則を優先すべきである、というなかなか受け入れがたい尖った意見をぶち上げたことにされてしまう。
あまりうれしくない所に誘い込まれたのを感じた否定派の論客が方向性を修正しようと声を挙げる。
「私は、『光速の騎士』などの法に触れる可能性のある人物が現状のまま野放しになる状況を憂いているのです! そんなグレーゾーンの人物を頼るのではなく、より政府・警察組織が親身に解決へと全力を注げばそういった行いも防げるだろう、そう言っているんですよ」
ふう、と荒ぶるまま自分の考えを捲し立て、場の反応を見る。
この意見であれば大きく否定することもできまい。
「つまり、治安を守るべき立場の人間の腰が重いと言いたいので?」
「ええ、そうでしょう?」
「ふむ……」
口を出してきた闖入者は、腕を組んで一呼吸置く。
そのシーンを捉えるようにカメラがその顔に寄る。
「では、最初の話に戻りますが、“襲われた際のカウンター”として最も役立ったのは何でしたか?」
「それは、……遺憾ながら『光速の騎士』だと」
そこで躊躇いながらも答えた断罪派の論客。
彼に向けて、声を掛ける。
「その一番に駆け付けたのがそうだと認識されている? いえ。そうではありませんね。どの現場にも警備員や警察がまずは動いています。駅前のロータリーでは通報を受けて駆け付けた警察官二名が『骸骨武者』などというであったこともないような怪異にどうにかしようとね。そんな彼らの活動のその後に。その後に“ようやく”駆け付けた『騎士』が到着する。そんな彼が、警察などの活動に明確な妨害を行ったケースが“実害として認識”されていますか?」
「ですから、それは結果としてそうなっただけであり、彼が引き金でないという証明にはなり得「引き金であるという証明にもなり得ませんね」ない!」
最後の声は叫んだ男に被せて見せる。
声のトーンが落ち着いていた分だけ、逆にモニタの向こうの視聴者には印象的に届いた。
被せられた側は取り繕っているが、口元をひくひくとひきつらせている様を全国に報じられてしまう。
「これに関しては幾度も幾度も同じように違う人間が議論をしたでしょう。決して正解の出そうにもないこの話題をいつまで続けますか? 結果として、ここ最近『光速の騎士』が現れなくなってしまったというのは、こういった益体もないことを我々が延々と騒ぎ立てるからではありませんか? 我々は救われる側です。しっかり認識しましょうよ。我々は、あの“ワケノワカラナイモノ”には太刀打ちできないんです。誰かに、それが『騎士』であり『骸骨』であり、警察であり、自衛隊であるかもしれませんが、そういった方々に守られなければ我々の生活が容易く折れるのだということを」
「そうは言いますが!」
「いえ!」
ドンッ!
テーブルを大きく叩いて横入りした男がここで初めて大きな声を出す。
カメラがズーム。
大写しになるその表情。
どこか怒りにも似た使命感を持って彼は訴えかける。
目の前の批判者だけではなく、画面を通した皆に向けて。
「まずは考えましょうよ! 感謝もされないのになぜ彼らが私たちを助けなくてはいけないのか! これは『騎士』だけの問題ではないんですよ! 彼を含めたほかの総てに対してです。仕事だからなのかもしれません。警察や一般の警備業務の方々はね!? でも、それだけで動けるものでもないでしょう! いいですか、それ相応のリスクを全ての関係者が背負ったうえで動いているんです。義務感だけでできる事ではないんです。だというのになおざりどころかおざなりに感謝すらなく、ただ一方的に石を投げる。我々のするべきことは本当にそれなんでしょうか? まず、一番最初に私たちがやるべきことは」
すぅ、と大きく息を吸い、心を落ち着ける。
そんな彼は正面からとらえたカメラに向けて、しっかりとその向こうの全員へと、請い、願い、そして祈るように。
「私たちがやるべきなのは、真摯にありがとうを言うことなのではないでしょうか? 否定するにも肯定するにもまずはそこが抜けていると思いませんか?」
問いかけた彼の名は三角。ここが彼の戦場である。




