1-6 物色 のち 真実
「うーん……」
悩んでいる。
「んー? ……うーん」
そんな深く何かに悩んでいる男、杉山茂。
「何悩んでるのかしら?」
クラフト工房の販売品をそれぞれで見て回ることにしたマユミは、杉山茂が深く悩んでいるところに遭遇した。
茂の悩んでいるクラフトショップはまだ見ていないので、ついでとばかりに茂へと声をかける。
「何か面白いのでもあった?」
「ん? ああ、これ良さ気じゃねぇ? ほら!」
屈み込んで床に近い位置から、木彫りのそれを持ち上げ、隣にやってきて自分を見下ろすマユミに見せてくる。
「……ふーん?」
どうよ、とばかりに差し出されたそれに対し、マユミが思ったのと違う冷めた反応をしてきたことに勢いが削がれる。
「……なんだよ、その反応」
ずい、と目の前に差し出されたのは木彫りのフクロウ。
首を傾げて可愛らしさをアピールしているのだろう。後頭部に当たる位置に丸い穴が開いていてそこはつるつるとしたニスで加工されている。
何かした細くて長いもの、例えば鉛筆やペンなどをそこに入れる用途として作られたものであるのは間違いない。
「いや、何回かアナタの家にお邪魔してるけどさ」
「ん、ああ」
時折マユミが門倉とエレーナと一緒に訪ねてくることもないわけではない。
そんな時はさすがに茶の一杯でも出すので、多少なりとも彼女は茂の部屋の様子を知っているのだ。
「……あの家のどこにこれが必要になることがあるの?」
「……そ、そりゃあ。……い、色々あるんじゃないか?」
「何か手書きで書かなきゃいけないような用事もないのに?」
「う……」
茂はとうの昔に学生を卒業しているので、学校で板書をノートに書き写すことはない。
時折気になったことを書き留めるのに使うペン類は、机の上にある長年使っている仕切り付のペン立てにすでに入っているし、そこからあぶれた余分なものはペンケースに入れて棚の中だ。
そして茂は部屋が散らかっていても気にしない方とは思うが、そのままにしておくわけではない。
たまに掃除をしたり整理整頓をしたりは苦にならない性質なので比較的整った部屋を維持できている。
そこに用途がぼんやりとした「フクロウのペン立て」。
今後も有効に活用できるような気はしない。正直な話、勢いで買ってしまいそうなだけのことだ。
「インテリアとして……」
「なら、その隣の飾るための小さいのを買えばいいじゃない」
隣には似たようなデザインの、こちらはインテリア用だと思われる手乗りサイズのフクロウ君がいくつか並んでいる。
こちらはデザイン重視なのかペン立てよりバージョンが多い。
「そうすると複数個買いたくなるんだが」
「……無駄遣いじゃないかしら」
一個(一羽?)だけだとサイズ的に寂しい気がする。追加でもう一つ、という感じだ。
かといって二つ三つと買えば、それはそれで邪魔かもしれない。もし興味が薄れてきたりでもすれば、本当にスペースを取るだけの置き物であるわけだし。
「うー……。いや、ならここは二つにしておく。玄関先に一羽。そんで工場の休憩スペースに一羽」
「まあ、あなたのお金だし好きにすればいいけど」
そうマユミが言うと、真剣な表情でどのフクロウ君にするかを吟味し始める。
一つはペン立てと同じ首を傾げたバージョン。もう一つをどうするかをむむ、と悩み始める。
「……まったく」
ふう、とため息をついてそのフクロウを売っているクラフトショップの品を眺める。
すると、レジを打っていた中年の女性がマユミたちの前にやってきた。
「彼氏さん、こういうのが好きなんですか?」
「……どうやら、そうみたいですね。知りませんでしたけど。あと、彼氏じゃないですから」
「あら、失礼」
ほほほ、と口に手をあててほほ笑む女性。
確かに周りをよく見れば家族連れやシングルもいるにはいるが、ちらほらと夫婦やカップルで来場しているものも見受けられる。そういうところで勘違いされたのかもしれない。
品物が家で使う小物がメインであるというのも客層が偏っている理由としては大きい。
「ねえ、まだなの?」
勘違いされたもので若干気恥ずかしい。
少し頬を染めて茂を急かす。
「うん、これにする。この寝てるやつ」
羽を畳んで目を閉じているフクロウ。
それと先ほどのを合わせてレジに持っていこうと立ち上がろうとした。
とんっ……
「あ、すみません」
「いえいえ。こちらこそー。お互い様ですから」
立ち上がろうとした茂と逆に、今まで茂の見ていたフクロウのコーナーに屈み込もうとした人と軽くぶつかる。
とっさに謝る茂と、気にしないでと返した人。
「……あ、では」
「はい。では」
茂に興味を無くしただろうその人物。
少しばかり虚を突かれたのは申し訳なさからではなく、その見た目からである。
上から下までが真っ白のゴシックロリータの服装に、そしてアッシュブロンドの髪。
白磁を思わせる質感の白い肌に、ほんのりとピンクに染まる頬。
そして極めつけがエメラルドグリーンの瞳。
カラーリングも相まって人形のようにも見える。
日本人というかアジア系の要素のないそんな彼女と、流ちょうに日本語でやり取りができたことに若干戸惑う。
「ふふふ」
挙動不審になった彼を見て、穏やかにほほ笑むその女性。
だいたい二十代半ば頃と思われるその女性はそんな反応にも慣れているのだろう、茂に目礼してフクロウ君と見つめあった。
「ほら、さっさと買っちゃえば?」
「ん、ああ。そうだな」
そんなわけで茂はそのフクロウ君二羽を店員の女性へと渡して会計に向かうのだった。
「お待たせしましたー」
小さなカバンを抱えて茂たちの元へ門倉とそして博人が戻ってきた。
結果としては競売が終了し、商品の受け渡しが終わるまでは、そこそこ時間がかかった。
結局、ぐるりと個別で一周。マユミとペアで一周。そして逆回りに一周ということをしてみた。
茂は結局フクロウ君二羽と、西洋雑貨で少し古びた感のあるペーパーナイフ。地元のガラス工房作の卓上スタンドと、その差し替え用のフードを購入した。和紙を厚く重ねて熱を持たないようにコーティングしたそれは、光を受けるとぼんやりと光る。
紙にうっすらとついたパステルカラーがライトに照らされ、温かみを周囲に与えてくれるという仕様。
マユミはアロマキャンドルを数本に、小さな写真立てと小物入れを買っていた。
個人工房のアロマキャンドルはグラデーションを描き、おそらく火をつければ、幻想的な揺らめきと、香しい芳香を放つことだろう。
軽くサンプルの香りを確かめたところ、ベースはラベンダーで穏やかな安眠効果もあるようだ。それ以外に幾つかほのかにハーブが加わっているようだ。
写真立てと小物入れは至ってシンプル。
ヒノキの間伐材を利用した林業組合の販売しているもので、頑丈さを優先している作りで飾りもあまりない。だが、それが逆に質実剛健とでも言おうか。華美なデザインではないことが逆にデザイン性を高める結果となっている。
部屋のインテリアとしては周囲に色を加えることはないだろうが、それ単独でのポイントとしてセンスは良い。
少なくともビビッときた感覚に従うままにフクロウ君を二羽買うような茂と比べれば雲泥の差だ。
ただ一応、フクロウ君自体は結構いい感じの可愛い小物であることは書き添えてはおく。
「……なんか色々買ったんですね」
「いいじゃん。そういう会場だぞ、ここは」
両手に自分とマユミの荷物を持っている茂が言う。
確かに間違ってはいない。
「二人ともお楽しみでしたか。こちらは八番は落札しました。ただ申し訳ない。二十二番は落札できませんでした」
「え? 駄目だったんですか?」
こくん、と首を縦に振る門倉・博人の競売チームのコンビ。
「なんっつーか。すっごいねちっこい奴とタイマンになったんですよ。こっちが値段上げたらそれにちょっとだけ追加するようにして」
「八番を買うときに一気に突き放したのが原因でして。……ぽっと出の素人に横からかっさらわれたのがよほど気に障ったのでしょうな。そのあと我々が競売に参加したのは二十二番だけですから。そこでどうしても買わせないように、と。こちらも泥仕合であんな中身のない本に大金を費やすのは今後のオークションに参加する時に、どうしても評判が落ちてしまいますので……」
ニッチな市場での悪評は結構馬鹿にならないダメージを与えることもある。
あまり金に飽かせたゴリ押しでの落札ということは避けたかった。
「なんっつーか。……マジでぶっ飛ばしたくなるくらいにムカつく奴でした。こっちがわざわざ金額セーブしてるっての知らないから、どこまでもねちっこく出してきやがって」
博人がまるでほったらかしになった風呂場の排水溝の蓋を開けたときのような、汚物に対する嫌悪感に近しいものを発する。
「……なに、そんなに嫌なヤツだったわけ?」
「まあね。あ、アイツだ」
マユミの質問に、見た方が早いと声を潜めてその人物を目線で示す。
それに従い、茂とマユミがそちらを見る。
「……ハゲてんなぁ」
「……デブだわぁ」
「……超ダセぇ眼鏡」
いや、誤解のないように一応言っておく。
決してハゲもデブも眼鏡もけなしたいわけではないのだ。
ただし、それが複合し、その上である一点を内包した場合に極めて強烈な嫌悪感を周囲にまき散らすのだというだけの話である。
相手がこちらに気付いたようで、顔をこちらに向けてきた。
「うわ、なにあのめちゃくちゃ調子に乗ったドヤ顔」
「ちいせえ世界で有頂天なんじゃないですか? どうだ、見たかって」
「……確かにムカつくな」
こちらにねっとりとした湿度の高い視線を向けてきた男がそこには居る。小声でひそひそと話しているのを見られたようだ。
内容までは距離があるし聞こえていないだろうが、こちらが多少非難めいたことを言っているのは気づいているのだろう。
その男の先ほどの容姿をさらに詳細に述べるならば(あんまりしたくないけど)、頭の上だけがキレイにハゲあがっている。体は太っているというのをはるかに超え、横から見ると三段腹をはるかに超える、まるでスライムを高い位置からびちゃりと落としたかのような贅肉だらけの腹がベルトの上でたわんでいる。
そしてまるで昨今のトレンドを一切無視したような、昔からただただ使い続けている古臭いデザインの眼鏡。
年のころは四十といったところか。
一番何が気に障るかといえば人を見下したような(実際こちらを見下しているのだろうが)、嫌な目つき。
濁ったようなその目が気持ち悪い。
「ははは! いや、いい買い物をしたよ! はははは!!」
「おめでとうございます。長船様。予想額よりだいぶ高額でしたけれど、大丈夫でしたか?」
「ふふ。このくらいどうということはないよ。君も知ってるだろう」
わざわざ大声でこちらにも聞こえるようにして商品を受け取っている。
それが気のせいでない証拠に、こちらへとちらちらと視線を向けてきていた。
その視線が、先ほどまで競っていた門倉と博人から茂、そしてマユミへと移ったところで。
すっ……。
「んんっ……!?」
そのキモデブから声が出る。
なんとなくあのキモデブ、長船の視線がマユミを見た瞬間に、それまでしていなかった足元から顔に向けて舐るようなものに変わった気がした。
長船とマユミとの間に博人・門倉・茂で何も言わず壁を作る。
アレはアカン。あの視線はあまりにも露骨なエロが過ぎる。
女性をそういう視線で見るのは、男の本能としてまあわからんでもない。
ただ、覆い隠せるようにその努力はすべきである。欲望の赴くまま、品定めでもするようなその視線は同性である茂たちからしても許容できないものであった。
「……なに、アレ。マジでキモイぞ」
茂が言う。もちろん聞こえないように小声でだ。
先ほども言ったがハゲもデブも眼鏡も人からけなされることは一切ない。
その体形が健康かどうか、という問題はあるにしても清潔感のある人もいるし、それらの点がチャームポイントになる場合もある。
ただ、それを上回る嫌悪感を抱かせる最大のポイント。
それはただ一つ。
「……品性がねえな」
「……下品っすね」
「……くだらないプライドはありそうですが」
そう、内面の問題。
どうしようもないくらいに、腐った品性というものは、ものの数秒で察することができるようなものだったりする。
そんな長船を見つめる彼らの視線に、一人誰かが近づいてきた。
「あれ? あの時の人」
「ん? そういえばあの時の人ね」
茂だけではなく、その陰からのぞき込むようにしてみたマユミも同じ反応だから、間違いはないだろう。
というか、こんな田舎では目を引くような人物である。
ととっ、と軽く長船の元に駆け寄ってきたのは先ほどのゴシックロリータの女性。
上から下まで、色味が白というコーディネート。今気づいたが足元のブーツまで真っ白だった。
「……ええぇ。マジでぇ……」
女性は駆け寄ったままの勢いで、贅肉のたわむ長船の胸元に飛び込んで、その太い胴に抱き着いたのだ。
外見だけで判断するのは間違っている。
それは真理である。どんな人間にも関わり合いになれば、ほんの微かにでも美点があるものだ。
だが、今回は長船の中々の性根の悪さを経験した上でのこの光景。
だというのにその女性が満面の笑みで長船にほほ笑んでいるのが信じられない。
しかも信じられないことに長船がその彼女の腰に手を回し、それを彼女が一切気にしていないということ。
呆然とする茂たちを再度ふふん、と言わんばかりの顔つきで見やり、その白カラーリングの女性を少し抱き寄せる。
そこには何かこちらへ見せつけるような意図が感じられた。
「何見せつけられてんですかね、俺ら」
「まあ、少しだけうらやましさはあるけど」
思ったことがぽつりと漏れる彼女ナシの茂と博人。
「男ってサイテー」
それに実直な反応を返すマユミ。それは長船に向けられた視線以外に、茂と博人にも向かっている。
「皆さん。どんな男を選ぶのかどんな女を選ぶのか。その選択権は両方にあるのです。お互いに納得している以上、我々がどうこう言う類の話ではありませんよ」
門倉は、穏やかにほほ笑んで若人へ大人の反応を示してくる。
そうこうしているうちに、長船が片手で荷物を、そして逆の手で女性の腰を抱いたまま、茂たちの横を自慢げに通り過ぎていく。
出口が別にもあるというのにわざわざ横を二や付いた顔で通り過ぎていくのはいい根性であろう。
すれ違いざまに女性もこちらに気付いたのか、自分の手荷物からすっ、長船が気付かないようにこっそりと何かをチラ見せしてくすり、と笑った。
取り出したのは茂の買ったのとバージョン違いの手乗りフクロウ君である。
傲慢に通り過ぎる長船と、女性が軽く会釈をして消えていった。
「……なんかすごい疲れたかも」
がっくり来ている茂。
「やっぱりお金、なんですかねぇ。良い人そうに見えたんですけど」
ぽかんとした博人。
「もしかしたらあの男が、実はすごい優しいとかって線もあるんじゃない?」
無いと解っていってみたマユミ。
「男女の仲など他人からはわからぬものですよ」
最後まで大人である門倉。
「……まあ、遅くなったけど飯、食いに行きましょう」
「そうですな」
魔導具のブレスレットが入った小さなカバンを渡された茂の提案で、とにかくこの場を離れることになったのである。
脇にカバンを抱え込み、天井を見つめて一言。
「やっぱ人間見た目だけじゃないよなー」
「……それはそれで失礼よ、あなた」
そうマユミに冷静に突っ込まれる茂であった。




