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一般人遠方より帰る。また働かねば!  作者: 勇寛
5章

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210/365

1-4-変 考えるべきことは斯くも多いものか

2020年10月2日に本作の本が講談社様のKラノベブックスから出ています。

もし買ってくれた奇特な方がおられるなら、本当にありがとうございます。

マンガアプリのマガポケさまでも猿乃樹さんによるコミカラズが掲載中です。

そちらもあわせてよろしくお願いします。

宣伝でした。

 第二会議室の入り口で、仕出しの弁当と三百五十ミリの緑茶のペットボトルを受け取り、並んだテーブルの空席へと座る。

 今回のこれは大きなチームの改編と細かい事業の調整などを経てから、最初のランチミーティングである。

 開始時間まではまだ大分あるのだが、すでにほとんどの席は埋まっている。

 とはいえ代表者とそのサポートの人間だけであるので、数自体は多くない。

 であるが。


「……しかし、増えたな。今はこんなにいるのか“裏鍛冶師”のチームは」


 白石特殊鋼材研究所の機密プロジェクト“裏鍛冶師”。

 拡大と統合を繰り返し、様々な業務にまで枝葉を広げたことで、かなりのリソースがこのプロジェクトにつぎ込まれている。

 自然、それを為すための人員の増加は必然であり、それをまとめる担当部門も増やさざるを得ない。

 あまりに増えすぎて収拾がつかなくなる前に、整理をしたのは正解であろう。

 ぺりぺりと仕出し弁当のフィルムを剥がして、蓋を開ける。

 クラシックな幕ノ内弁当に少しだけ仕出し屋のオリジナリティを加えた、特製幕ノ内。お値段税込み千二百円。

 駅弁でいえば中の上の価格帯であろうか。

 俵型になった米の上にしそのふりかけと、ごま塩。メインは鮭の西京焼き。それ以外には里芋とイカを炊いたものに、小鉢に当たるスペースには春雨ときくらげの酢の物に、ゴボウのゴマ和え、たれに絡めたとりつくねが串に刺さっている。デザートにオレンジと小さなサクランボのシロップ漬けのついた一膳。

 悪くはないが、あまり冒険もしていないそんなお弁当。

 だが、それでも仕出し屋の弁当は、美味い。

 ランチミーティングということで、いつもの社食ではない。

 一食分浮いた上に、味も良いだろうということであればこちらとして何一つ文句はない。

 軽く手を合わせて蓋の裏のちいちゃなおしぼりシートでちょいちょいと手ぬぐうと、いただきます、と箸を伸ばす。

 鮭の西京焼きは箸でつまむと、ほろり、とほぐれる。


「それは、そうですよ。少なくてもこの棟の人間で大なり小なり『騎士』関連の装備品に関わっていない部署は無いって言ってもいいくらいですし。ま、何に関する仕事なのかまでは公開されてませんから、騒ぎにはなってませんが」

「小林さんの手腕ってことか。情報漏洩だけは避けたいからなぁ」

「ですです。おっきくなるとそういうところに気を付けないといけなくなりますけどね」

「コアチームの担当者だけでこれだとな。どこまで事業がデカくなってるのか想像ができん」


 横でこちらはいそいそと自分の家から持ってきた、小さなお弁当を広げている部下。

 先日、ヘビー・シールドに続く「光速の騎士」専用の盾の設計について、デザイン畑出身の株式会社アルティメット社長、伊勢と火花散る口論をしていた女性だ。


「私たちの『盾』開発チームはそこまで大きく改編されなかったからいいものの、武器関連のチームは結構大きく動きましたし。あと補助装備へ、開発資金もドンって入ったから……。ほら、あのバケモノバイク。仮称ロシナンテ号、でしたっけ」

「ああ、アレか……。なんでそんな名前にしたんだか」

「本人からの提案だそうですよ。名付けてくれと言ってみたら、これがぴったりだ、だそうで」

「……時代錯誤の騎士道精神。もうひとつのペルソナも道化師だからな。皮肉な話だが確かに言われてみればそうかもしれんな。ウイットととるかブラックジョークととるか。もしくはただの自虐か。とはいえ、性能的にはロシナンテ、アレは痩せ馬とは似ても似つかん性能だぞ。……まあ、そんな性能だからうちのチームの連中も浮気心も動くか」

「特に機械工学系の研究者だと、ね? 好きな人は本当に、ね?」


 ぱく、と西京焼きを口に運ぶ。

 ほろほろとほどけた身が口の中で独特な甘みを放つ。

 それが消えないうちに俵型の米を一俵。

 しその香が鼻に抜ける。

 それを感じながら天井を向く。


「思いつくだけで梶、林、新村と田代か……。部署変更の葛藤が露骨に見えたな、あいつら」

「……そりゃあ、好きですからねぇあの人たち」


 山手の少しだけ奥まったところにあるこの研究所まではバスなどのか細い交通手段以外には当然、自家用車若しくはバイクなどで通勤するしかない。

 先ほど挙げた四名は全員もれなくバイク通勤の連中。さらに、その全員の愛車はノーマル仕様ではなく各々の手が入れられたものである。

 言い方が正しいかはわからないが弄くるのが大好きな連中であった。


「まあ、残ってくれたのだからいいだろうが」

「ですです。このタイミングで抜けられるとたまったもんじゃないですよ。ようやく対瘴気用の部材の選定と塗料の配合も決まって、試作が出来上がるタイミングなんですから」


 ニコニコと上機嫌で自分の弁当箱のミニトマトを摘まむ部下。


「そんなに上機嫌なのはそれ以外の理由もありそうだがな?」

「ふふーん。いやあ、やっぱりコンペで勝ち上がったらそりゃあうれしいですね。自分のプランを通せたんですから」

「負けた側もいいモノ出してはきてたんだがな」


 最終的なコンペの決に関しては他部署の責任者や彼、そして白石グループの警備部より門倉が参加しての無記名投票で行われることとなった。

 それが先週のことで、製作チーム六票・株式会社アルティメットチーム四票・棄権一票で軍配が彼女たちのチームに上がったのである。

 ちなみに割れないように奇数の十一票のはずだったが、若干一名が“何か精神的に疲れそう”との理由で棄権してしまい偶数になった経緯がある。

 まあ結果としては差がついたので良かった。

 もし五票五票に割れた場合は後日、棄権者に意見を聞かねばならなかったのである。

 なにせ、棄権者が唯一のエンドユーザーであるのだから。

 本人曰く“貰ったものに合わせて動くのが一般兵ってモンだし”だそうだ。

 まるで戦時中の旧日本兵みたいなことを言っていたりする。


「でも次回のデモで試してもらうのは、私たちのバージョンになりました!」


 にこにこととても嬉しそうな表情で笑う。

 元々使っていた盾の取っ手部分が完全に破断し、その箇所については補修してはみた。しかしながら、破断した部分の金属にこちらでは分析できない不可思議金属が使われており、完全に直ったかどうかは微妙なところ。

 その分析の都合もあり、昨日の合同訓練時には試作品も、兵士の盾(補修版)も間に合わなかったのだ。

 訓練中の「光速の騎士」にテストしてもらう絶好の機会ではあったのだが。


「あ」


 そんな彼らの視線の先に今話題に乗っていた株式会社アルティメットチームのデザイナー伊勢が入り口で弁当を受け取っている光景が映る。

 その視線と空席を探そうと彷徨った伊勢の視線が交錯する。


「……む」


 少しばかり顔を顰めた伊勢であるが、その表情のままこちらへと歩いてくるではないか。

 弁当と、紙ファイルを手にずんずんと歩いてくる。

 むっつりとした顔で近づく彼に、横で自分の弁当をつつく部下がにたり、と笑みを浮かべて見せる。


「ふふん」

「煽るな、馬鹿タレ」


 少しだけ胸を張って偉そうにした部下へテーブルの下で見えないように軽く足を当てて注意する。

 だというのにこの女技術者は、先日コンペで負けたデザイナーに親し気に話しかけていく。


「お疲れ様です、伊勢さん。疲れてそうですね?」

「ああ、昨日一日モニタを見つめていたらいつの間にか今朝だったよ。隣、空いているかい?」

「ええ、どうぞどうぞ」


 がら、と椅子を引いて伊勢を迎え入れる。

 彼の部下の男も弁当とパンパンになったファイルを手にして着席する。

 先ごろまでコンペで競い合っていた二人が並んで座るというのはどうなのか、と上司の男は気を揉む。

 同じことを考えていた伊勢の部下も似たような表情を浮かべている。

 どうなるものか、と思い始めたときに伊勢がぽつりとつぶやく


「……おとといに頼まれていた件だ」

「はいはい」


 伊勢が紙ファイルを食事中の彼女へ差し出す。

 若干であるが疲れた様子でもある。


「そちらが出した最終データを私の目でも確認した。……スペック面での影響がない程度の細部の手直しをしておいた。それとこちらのコンペ案とそちらの案の合作版の叩き台。……どうにかイメージ画だけは仕上げたよ」

「ありがとうございます! いやあ、やっぱりこういうのは本職にも参加してもらうといいですよねぇ」

「仕事を頼むのなら素面の時に頼んでくれないか? 流石に私も二次会の会場で口頭で話されるとは思わなかったからね」

「あははは。今度からはそうしましょうか」


 剣呑な会話がされるのかと思いきや、そこまででもない。

 いや、むしろ友好的な会話ではないだろうか。


「おい、いつの間に伊勢さんにそんなこと頼んでたんだ? ここ数日は伊勢さんもここにきてなかっただろうに」

「あ、市内で二人で飲みに行ってたんですよ。ほら、祝勝会ってやつでして」

「私は残念会でしたがね」

「そういうこと言わない言わない! 一次会は割り勘だけど、二次会のカラオケ、私がおごったじゃないですか」

「朝までのオールの代価がこのファイル分の仕事だとすると、結構ボラレた気がするけどね」


 親し気に話が弾んでいる。

 弁当を開いてちまちまと伊勢が食べ進めていく。

 結局のところ、二人とも同じ穴の狢である。

 コンペの結果については思うところもあろうが、最終的には「光速の騎士」のプロジェクトに参加している仲間であることには変わりない。

 コンペで発生した成果は、当然検証され有益であれば拾い上げられる。

 ワンオフの特注品を仕上げる以上、どんな小さなアイデアでもそれは有益な情報となるわけである。

 今回で言えば盾製作チームに軍配が上がったが、この“次のバージョン”でどうなるかはわからない。もしかすれば採用されたプランにアルティメットの意見が加えられたものが作られる可能性もある。

 最終的な目的が「光速の騎士」のサポートにある二人は、そういう面で言えば互いに影響を与え合ういいライバルであった。


「……なんです、係長。そんな顔をして」

「いや、何でもない」


 なんというかうまく回っているのだろう。

 個人で飯を食いに行くくらいだ。

 関係性は険悪ではないだろうし、外部に情報が洩れているわけでもない。

 若いということと、そして嫌なしがらみもない。

 そんな様子がどこかうらやましく感じられた。

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― 新着の感想 ―
[一言] ぽっちゃりじゃない伊藤? デザイナー畑出身の社長が伊勢でデザイナーの伊藤とかややこしいですね
[一言] 今日は、新装備・・ 新装備、オークション・・ 何も起こらないはずがないな・・
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