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3-10 決着 のち 照射

「堂本、雨合羽だ!!あんまり意味が無いかもしれんが、取り敢えず羽織れ!!」


 土砂降り、という言葉がぴったりの天候の中、スタジオに一瞬放送が移動した瞬間に加藤がテレビに出ていたADの堂本に雨合羽を投げるようにして手渡す。

 加藤が手にしたスマホを耳に当てたまま、中継車の中にある鼠色の雨合羽を掴んで持ってきたのだ。

 スタッフ全員がぬれねずみで、上から下までぐしゃぐしゃになっている。

 すでに周りの声も聞こえないほどの雨音で、全員が怒鳴りつけるようにして会話せざるをえない。


「ですが、皆さんも濡れて……!!」

「くそ馬鹿どもからお電話でよ!生放送でお前の服、透けてきてるって!アリガタイ視聴者どもからどうにかしろって、今どうでもいいうるっせぇクレームが来たんだとよ!そこじゃねえだろうによ!!!」

「本気ですか、その視聴者!?」

「ああ、お電話いただけりゃあ、それは最優先のご指摘なんだとよ!」


 こんな大騒動でもそんなアホ極まりないクレームを入れる奴がいる。

 彼らによると、子供が見るテレビの生放送に、下着がうっすらと透けて見える女性が映るのは大層けしからんとのことだそうだ。

 ああ、いと高く侵さざる免罪符。

 クソコンプライアンスというヤツだ。

 確かに堂本の服はうっすらと下のインナーが見えてはいるが、上のシャツは濃いグレーでそこまではっきりと見えるわけでもない。

 堂本自体もそこまで自分が視聴者に不快感を与える格好をしているとは思っては無かった。

 自分の隣に駐車した中継車にぶつかる雨音で、電話が聞こえない。

 ぐずぐずになったスニーカーと、水を吸って重くなったズボンが重い。

 腹立たしげに雨合羽を羽織り、前のボタンを止めて行く。


「亀、向こうの様子どうよ!?」


 カメラマン亀谷仙市に加藤が叫ぶように問う。


「わからん!この雨でギリギリ見えるか見えないか……。近づくか!?どうする!?」


 ぐ、と加藤が悩む。

 危険と報道倫理の境で悩む加藤。

 もし、万が一などあれば当然加藤の首が飛ぶだけではない。

 報道局長どころではなく、社長クラスへも影響が出てくるはずだ。


「……駄目だ!これでも無理言って全国に流してるんだ。もし放送側で人死にでも出てみろ!上が丸ごと吹っ飛ぶぞ!!」

「わかった!ここで追えるかぎりは追う!」

「頼む!!」


 ずっと通話状態のスマホを耳に当てる。


『加藤!報道スタジオの準備、完了した!!こっちのキャスターから堂本への呼びかけでそっちにスイッチするからな!』

「了解です!」


 その加藤が見据える先、厚い雨のカーテンの向こうでピクリとも動かなくなった武者と「騎士」がいる。


 その佇まいに、もうすぐ決着がつくのだろうということが、素人の加藤でもわかった。


キキィィ!!!


 豪雨の中、猛スピードでやって来た車両が急ブレーキで止まる。

 加藤とて長年テレビの世界で生きてきた人間だ。

 その車両が何なのかはわかっている。


「く、思ったよりは早かったが来るよな。そりゃそうだろう」


 両者の決闘の、その外でいろいろな者たちが動き出していた。





「ぉぉぉ……」


 ゆっくりと、今までの前傾姿勢から武者が肩に太刀を担ぐようにして構えを変える。

 上半身を捻るその体勢をとると同時に彼の具足が踏みしめる地面がぎちぎちと悲鳴を上げた。

 道路に染み込んだ雨で滑るということも期待できない。

 “今の”彼が振るうその太刀なら翳した盾ごと茂の鎧を両断できるだろう。

 回転数を上げての攻撃ではなく、一撃の鋭さを突き詰めた一閃。

 茂の思った不恰好な“振りかぶってズドン”と似て非なる一撃。

 意思と経験と技術を取り戻しての“ズドン”は、人の業の極みへと達する。 

 これこそが我が必殺と宣言しているのだ。

 茂に対し、受けるか、と訊ねているのだ。


「ふぅ、ふぅ、ふぅ……」


 息を吸う。

 吸う。

 ……吸う。

 

(無理、あれは無理!)


 当たれば一発アウトの一閃の前にあまりに、配られたカードが悪い。

 全てローカードの茂に対し、武者はハイカードという不条理。

 それでも行くのが男の子である。


「うし、行きますかっ」


 茂は駆け出す。

 槍の射程範囲に入る。

 振らない、突かない。

 

 さらに一歩踏み込む。

 武者の太刀の範囲だ。


「おぁぁ!!」


 今までで一番の速度で放たれた太刀の一閃が、茂の胴を真っ二つにしようと疾る。


「ハイ・センス!」


 悲鳴のように叫んだ自分の言葉が轟くと同時にどろり、と周囲の空気が蜂蜜のようにドロドロとしたものに代わったような感覚が茂へと襲い掛かる。

 まるで野球のホームランのリプレイ時のスローモーション映像のように、ゆっくりと自分へと迫る太刀。

 その太刀よりさらに遅い自分の左腕を必死に動かして、盾を真正面に構える。


「シィィィルゥゥゥドォォォバァァァッッッッシュゥゥゥゥ!!」


 知覚し、太刀と盾が接触する瞬間に、ピンポイントで「シールドバッシュ」を発動。

 声が耳へと届くまでに、茂の感覚的には数秒の時間が流れていた。


パアァァン!


 大きく太刀が弾かれる。

 体を覆いつくしていたような蜂蜜状の空気は消え去って、いつもと変わらない普通の世界が戻ってくる。

 当然のことながら、数秒どころか実際には1秒すら経たないほどの短い時間の中で行われたそれ。

 茂が唯一使える肉体強化スキル「ハイ・センス」。

 極限まで知覚能力を跳ね上げるというスキルだが、当然茂の使えるレベルのそれは効果時間にして僅か1秒を切る。

 しかも、跳ね上げるのは知覚能力のみで、筋力や瞬発力、耐久力を上げる効果は一切無いという使い勝手の悪いものだ。

 しかし、茂の「ハイ・センス」は「シールドバッシュ」と組み合わせることで、「ハイセンス」の発動しているタイミングであれば「シールドバッシュ」の成功確率を上げることが出来る。


(でも、完璧じゃあ、ないッ!!)


 弾かれた太刀が戻ってくる。

 跳ね上げるつもりで放った「シールドバッシュ」以上に、武者の一閃が鋭すぎた。

 盾の前面に真一文字の筋がくっきり刻まれ、途中で両断される危険を覚えた茂が弾くポイントをわずかにずらさざるをえなかったのだ。

 この戻りの一撃に関しては「ハイセンス」は使えない。


「ハァッ!」


ガイィィィン!!


 茂だけでなく武者の一撃も先程よりは遅い。

 問題なく「シールドバッシュ」で弾く。

 後ろへと武者が体を後退させる。


「今ッ!」


 踏み込んだ茂目掛け、肩を捻った渾身の突きが放たれる。

 豪雨の中、足元に波紋を生じさせながら放ったそれの速度は最初の一閃には及ばないながら、かなりの速度のそれに茂が貫かれた。


 かに、見えた。


「ぉぉぉぉっ!!」

「捕まえた、ぞ」


 茂は飛び込んだ瞬間、盾と槍を手放し体を軽くして武者へと突っ込んだ。

 速度の予想を見誤った分、突きの当たり所がずれる。


ぼたぼたっ!


 鮮血が土砂降りで川が出来たアスファルトへと落ち、地面の排水溝へと流れて行く。

 間一髪避けた突きを左手でしっかりと握り締める。

 ただ、ほんの少しばかり腹を裂いている太刀が未だ、そこに鎮座しており、武者もそれを認識している。


「ぐぁっ!」


 のこぎり引きの要領で、茂を切り裂こうと武者の腕が動く。

 それをさせまいと必死に茂が抵抗する。


「こ、こっから我慢比べだ。付いて来れんなら、来てみろ!」


 叫ぶと同時に、自由だった右手を青白い骸骨頭の下顎向けてアイアンクローを仕掛ける。

 がしりとつかまれた武者が暴れる。

 太刀を引こうと足掻き、折れた左手で激しく茂を叩く。


「低級だがヒールはヒールだ!カンバンまで持っていけ!!」


 ドン、と茂の中から魔力が失せる。

 同時に右手のアイアンクローが淡く、陽の光を放つ。

 ぼぅ、と光るそれが青白い骸骨へと染み込んでいく。

 茂の使える初級回復魔法「ヒール」だった。


「おぁ……」

「喰らえっ!」


 ドン、とさらに魔力が失せ、同じように光が骸骨へと注がれる。

 青白い光がさきほどよりうっすらとなった気がする。


「あと、2発、だっ!」


 刺さったままの太刀が激しく揺さぶられ、さらにぼたぼたと鮮血が流れ出る。

 流れ落ちた血がゲリラ豪雨の雨水と混じって、細く線を描いていた。

 ドン、と失せる魔力と同時に背筋に寒気を感じる。

 血が失せて行く感覚。

 どこかでこれを感じたことがある。

 あれは、確かあのくそトカゲの野郎が……。


「おぁああああっ!」

「ぐぉっ!」

 

 暴れる武者に腹をえぐられる痛みで意識が戻る。

 一瞬だが、意識を失いかけたのかもしれない。


「これで、終わりだ。どうだっ!」


 ドン、と体から魔力が抜ける。

 魔力がすっからかんになった茂の体から力が抜け、地面へとくずれおちる。

 同時に武者の骸骨からも光が失せ、絡まるようにして川のようになった地面へと倒れこんだのだった。






「く、いたたたた。ポ、ポーション、飲むしかないじゃんかぁ……」


 覆いかぶさった武者を自分の上から退けると、急いでアイテムボックスからポーションを取り出す。

 投げ出した盾と槍を放り込み、瓶を口で器用に開けるとぐいと一気に口に流し込んだ。

 チクチクとした嫌な痛みをさせながら、傷が治っていく。

 左手の太刀を握っていた傷と、腹の裂傷。

 流石は取って置きの「聖女」謹製のポーションだ。一本だけ持っていた市販品でない特別製。

 市販品のものとは傷の治り方が断然違う。

 しかしながら、である。


(く、クソ不味い。さっきの市販品のポーションより不味い……)


 やはり「聖女」の作。

 向こうに飛ばされて1年目の頃はたまに料理を「多く作ったので」と、おすそ分けにもらったのはいいが、いつもいつも不味い。

 隠し味を入れた、といっていたのだが飲食店のバイト経験者から言わせてもらえば、まずは基本からだと教えてあげるのは親切のつもりだった。

 ……なぜか「勇者」と「聖騎士」「魔王」に怒られ、「軍師」には冷たい目でしばらく見られることになったのだ。

 結局、料理作りは諦めたらしくおすそ分けはなくなったが、「勇者」によれば「聖女」は昔から料理面には才能がないらしい。

 その「聖女」謹製、予想通りのクソ不味さだった。


「でも、アイツ、自分の特製で効果は抜群って自慢してたもんなぁ。やっぱチート過ぎるんだよなアイツら」


 きっと彼らならこんな茂のような無様を晒さずにもっとスマートに決めていたに違いない。


「……さて、でだ。どうやって逃げようかな?」


 上半身だけ起き上がっている茂に目掛け、サーチライトが照らされていた。


『警察だ!武器を捨てて、こちらの指示に従え!!!』


 20メートルほど先の拡声器からがなりたててくる声が非常に苛立つ。

 視線の先にはこの雨の中、機動隊に制服警官、あとはボディアーマーに身を包んだどこかのテロ対策とかを担当するような方々が、仕事をこなそうと必死の形相で茂たちを取り囲んでいた。


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