閑話3(前) 男のモーニングルーティーンってどこに需要があるんだよ!
本日二本目です。
朝は眠い。
何をいきなりと思われるかもしれないが、いや眠いじゃん、というのは真実である。
しかしながら、人間は起きねばならない。
食事をしなくてはならないし、べたつく体をさっぱりともしたいし、トイレにもいきたいし、仕事やらなんやらで外出もしなくてはいけない。
平日の朝に安寧の中で微睡むことの出来るような優雅な時間を過ごせるのは、赤ん坊と親が金持ちのボンボンくらいであろう。
そしていま、ベッドの中にいる人物はそれに該当しない。
微睡みの中、何かがドアの外で動いている物音を耳にする。
昔であれば聞こえないような程の小さな物音だが、残念なことに今ではそれがわかってしまう。
「ん、うん……」
眠気に覆われた意識の中で、ゆっくりとベッドの中から手を伸ばす。
幾度か宙を泳いだ手が、無線の充電器に置かれたスマホを手繰り寄せる。
かさかさとベッドの中で衣擦れの音をさせながら、スマホをいじると朝の六時と表示されている。
スマホを掴んだままでまた再び微睡の中へ。
もぞもぞとベッドの掛布団の中へともぐりこんでいく。
……しゃぁぁぁ……。
「んー。……んー。…起きます、か」
諦めた。
ドアの外から聞こえる音は途絶えることなく、一度気になるともう駄目だ。
これは、起きるしかない。
がさっ……
「く、くぅぅ」
ゆっくりとベッドの中で伸びをして、手だけが掛布団から飛び出す。
すらり、とした剥きたての卵のような滑らかな質感の腕が二本。
その両手で被さっていた掛布団を掴むと、横へとずらす。
ばさり
掛布団を除けて、ベッドの上から起き上がる。
フローリングの床に素足を下すと、少しだけひんやりと冷たさを感じる。
ぺたん、と下した足はひざ上までの丈のズボン。
いや、それは所謂甚平と呼ばれる和装であった。
腕と同じような剥きたて卵の質感の足がひざ下から伸びているのだが、スタイルが良いせいでどこか寸足らずにも見えてしまうありさま。
女性としては長身で、さらに足が長く、細身のモデル体型。
体を伸ばすさまがどこかホットヨガやビューティー系のジムの広告のようにも見えてしまう。
さて、そんな彼女であるが薄水色の朝顔の柄が染め抜かれた甚平の下と、上は同じ柄の甚平を羽織ってはいるが寝ている間に外れたのか外したのか、正面から見ると無地のタンクトップ姿であった。十分なふくらみを強調するような大きさの女性らしいボディラインが露わになっているが、特に気にする素振りもなく、そのままドアの外へと出ていく。
昔はインナーだけで寝ているような生活だったのだが、とある人物が部屋着代わりに甚平を着るようになってから、それに合わせるようになったのである。
昔よりは多少はマシになったと言えるだろうか。
「あ、ユイ。おはよう。……すごい寝癖よ。なんていうか、爆発してる感じ」
「んー……おはよう」
ドアの向こうで物音をさせていたのは、同居人である神木美緒。
キッチンでぱたぱたと朝食の準備をしていたようだ。
そう言われてわしわしと短い自分の頭を撫でつけるようにしているのは、藤堂ユイである。
互いに日本の若い世代に尋ねれば、八割九割が名前を知るレベルのアイドルグループ、パラダイス・ピクシープリンセス、通称パピプの元トップアイドルである二人。
突発的事件によりそのまま引退発表をした二人が朝一にそんな会話をしている等、ファンの誰が知っていようか。
「これ、で。どうよ?」
指を髪に差し込むとすいすいと髪を梳く。
何度か梳いた後で、跳ね上がっているところをぐぐ、と押さえてみる。
だが、寝起きの爆発頭をそんな手櫛だけでどうにかできるほど、現実は甘くない。
撫でつけ、押さえ込んだ髪の毛が手を離した途端、ぴょこ、と跳ねあがる。
「あー。無理だわ。それは、無理。眠気覚ましにシャワーでも浴びてきなよ。その方がシャンとするよ?」
水を張った鍋をIHのコンロに掛けながら苦笑する。
「んー。わかった。ちょっとシャワー行ってくるね」
「はいはい。終わるころには食事できてるから」
「うん、ありがとねー」
ユイはゆったりと浴室へと歩いていく。
まあ、あの調子ならかなり時間はかかるだろう。
なにせ、“量が多い”だろうから。
(朝から、どれだけ作る気なんだろ。……食費、すごいことになってるんだろうなぁ)
ちらりと見たキッチンの様子から、夕食。しかも時折やるような豪勢な夕食の量にも見えたのである。
ざぁぁ、と温めのシャワーをユイは頭から浴びる。
昔はロングだったので纏めたりしなくてはならなくて、面倒であった。
ただ、今はそういう事も無く、クレンジングなどと同時に頭も洗ってしまえるのが簡単で仕方ない。
シャワーを浴びた肌は水滴を弾き、流れる水は泡と共に床へと流れていく。
体を洗おうと、手をボディーソープのボトルに伸ばしたところ、目の前の体全体が映る姿見が目に入る。
湯を浴びてうっすらと赤みの増した、裸体。
若々しい、程よく引き締まりながらも女性の柔らかさもあるその肌の胸元、そこに唯一異質なものがある。
無意識にそこにユイの手が伸びる。
かちっ
爪の先をそこに当てると、硬質な音がした。
「ふぅ……」
指先でその周囲を撫でると、小さな突起がある。
それはインプラントのアクセサリーのようにも見える黒い光沢の丸みを帯びた石。
その石の周りはうっすらであるが傷跡のように盛り上がっていた。
自分を含め友人である神木美緒たち、パピプのトップ5の面々が引退・休養を余儀なくされた事件。レジェンド・オブ・クレオパトラ号シージャック事件の際に巻き込まれた傷であり、遺産でもある。
即時引退を、とした美緒とは違い、ユイ自身はしばらくの休養の後に復帰するつもりであった。
ただ、この石がその選択を揺るがすことになったのである。
「ん……っ!」
石に指を触れたまま目を閉じ、集中。
再び目を開けると、そこには若い美女の色気立つ裸体ではなく、暗色系のブルーのぴったりとしたボディースーツのような物に頭のてっぺんから足のつま先まで覆われた、まるで特撮の登場人物のような姿が鏡の前にいる。
「ふぅ…っ」
そこから意識的に頭を覆う部分を除外するように念じる。
するとヘルメットといえる部分が、首元のボディスーツに吸い込まれるようにして解除される。
当然だが、鏡に映るのはユイの顔。
このように自在にこんな不思議なものが出し入れができるようになった、というのが人生の岐路であったのだろう。
当初の復帰予定をキャンセルし、休業からそのまま引退へ。
騒がれはしても、事件が事件ということもあり、事務所のファンサイトには同情的なコメントが溢れ、世間もそれに致し方なし、という流れとなった。
まあ、その際に“「光速の騎士」がユイをお姫様抱っこしていた。うらやま、いや妬ましい。もう誰もあんなことできないのに”というネットミームが一瞬流行ったりもしたが。
とはいえ不謹慎だ、と叩かれてすぐに消えていった。
「まあ、これはこれで?」
ゆっくりと全身を映す鏡の前で一回転しつつその恰好を堪能。
誰もいないのをいいことに軽くポーズまでつけてみせる。
「んふふ」
誰かに言ったことは無いのだが、小さいころはそういうヒーローものの特撮はよく見ていたのだ。年の近い兄がいたこともあって、おさがりのオモチャにもそういうキャラクターものがあったりもした。
兄と遊ぶ機会が多かった分、触れ合う機会も多く、要するに幼少期に刷り込まれてしまっていたのだろう。
小学校に上がるころには同性の友人もでき、あまり兄と一緒にヒーローものを見る機会も減ってはいたが、たまにリビングで流れるそれを苦でもなくぼーっ、と見ていられるというのはそういう“気”があったからではなかろうか。
つまり、心の奥底にあったものと、現実の悲劇/喜劇が絶妙にマッチしたのである。
ぶっちゃけ、一言でいうと、不幸中の幸い。
彼女はこの状況をかなり前向きに受け入れていたりする。
「えへへへ……」
目の前に掲げた右腕をうっとりと見つめる。
右腕に意識を集中すると、どこからともなくスーツの構成要素が集まり、通常の二倍以上に巨大化していた。
逆に体は元のシャワーの水滴が浮かぶ健康的な裸に。
時間も、訓練も必要としたがいまでは自在にそれを自身のコントロール下に置くことも出来ている。
豪華客船で「騎士」に抉り取られたコントロール用の核であるこの石がしばらくすると復活した時には、美緒は着れる服が減る、と残念がっていた。ただ世話になっている研究班の判断では肉体と癒着し、外すのも難しいと言われれば受け入れるしかない。
ならば、使いこなすだけである。
「うふふふふっ!」
こんこんこん!
「ねー、ユイ……。また笑い声、聞こえてるよー」
「え、ええっ!?」
風呂のすりガラスになった扉の向こうに、人のシルエットが見える。
うっとりと特殊なナルシシズムティックな恍惚を堪能している間に結構な時間が経っていたようだ。
シャワーだけのはずのユイをどうしたのかと美緒が呼びに来たのだろう。
「いっつもいっつもそんな感じだけど、いい加減飽きないのかなぁ?」
「あ、あははは! す、すぐに上がるからさ! 先に食べ始めててもいいよ!」
話の内容からすると、どうやらこのやり取りは今回が初めてではないようである。
「早めにねー。ご飯冷めちゃうよ?」
ドアの向こうからパタパタとスリッパの音が遠ざかっていく。
ユイは軽く自分の頭を手でたたくと、少し冷えた体にシャワーを浴びせるのだった。
まさにサブタイのとおり。
あ、でもエ○ちゃんのは見た。
何か知らんが、見てしまった。




