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一般人遠方より帰る。また働かねば!  作者: 勇寛
4章

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6-4 覚醒 のち 結果

本日一本目。

 ベッドの上で横になっている男が、瞳を閉じている。

 周囲には医療関連機器が置かれており、その全てが男へと繋がれていた。

 外に繋がる窓は閉め切り状態で、そこから日光が薄く入る以外は照明も消されており、薄暗い。

 廊下側はブラインドが下ろされたはめ込み式の窓。照明が漏れてきて室内を僅かばかり照らしている。

 照明らしい照明はそれと、モニタの明かりに、天井周辺の監視カメラの録画中を示す赤いLED。

 規則正しい電子音と、壁に掛けられた時計のカチカチという秒針の音が一面に響くような静かな部屋の中。

 その部屋の中で動くことなく横たわる男、ジェイク。

 負傷後の治療を目的に放り込まれた臨時の病室である。

 その中で、ジェイクだけがいるのかと思えば、もう一人誰かがいた。

 壁際にパイプ椅子が一つ。

 それに座り、手元の新書サイズの本を暗い室内でペラペラとめくる。

 床に直置きで飲みかけのペットボトルが置かれている。

 廊下側の光で読み進めた本は、どうやら半ばを過ぎ、後半へとさしかかるところのようだ。

 書店の紙カバーで題名までは見えないが、薄明かりに浮かぶ文字は英字である。

 時折電子音や時計の音に混じる紙ずれの音はその本からだったのだろう。


「……ぅ…く……っ…」


 今迄身じろぎすらしなかったジェイクがベッドでうめき声を上げる。

 それを聞き取ったパイプ椅子の人物は“立ち上がり”、読んでいた本を椅子へと置くと、ベッドサイドまで足早に歩み寄る。

 眼を閉じていたジェイクがうっすらと瞳を開いているのを確認し、ベッドサイドから顔を覗き込んだ。


「…っ、…こ、…ここ、は?」


 混乱の中、言葉を紡ぐが、舌から水気が消え去っており、口をひらくとぴち、と唇がパサついた口元で鳴る。


「病院、ではないけど治療用のベッドの上。眩しいかもしれないけど、電気付けるわね」


 床頭台に置きっぱなしの、スタンドライトを付ける。

 急に明るくなった室内にジェイクが目を閉じる。


「いま、何時。…いや、ここは、どこ、だ?」


 いまいちスッキリしない頭を振って上半身を起こそうとすると、ぐん、と体が何かに縛られているようだ。

 胴に抑制帯がつけられており、自分の意思で動くことは出来そうにない。同じようにして右手も無意識に点滴などを外せないように専用のミトンがはめられている。


「取り敢えずこれを、外せ。五号……」


 呼ばれたのは傍ですっくと立つ五号。顔がライトに照らされてよく見えないが、幾度も聞いた声で、それを聞き間違えることは無い。

 そんなジェイクの様子にふぅ、とため息を吐いた五号は、そのまま壁際にあるパイプ椅子の所へと戻っていく。

 床のペットボトルと椅子を掴んでベッドサイドまで持ってきて、そこに座る。


「おい、聞いているのか」

「聞いているわ。……まだ薬の影響が抜けきらないんだと思うけど、ジェイク。あなた自分がどういう状況だったか覚えていないの? どう考えても、動ける状態じゃあないのよ」

「……ああ、そう、か。ぐ、ごほっ、ごほっ…!」


 声を上げたことで咳き込んでしまい、起き上がろうとしたベッドに逆戻り。


「ここは、どっちの奴等のだ?」


 急に言われた言葉にどういう事かを考える五号。

 なんとなく意図を把握して、答える。


「ここは、「光速の騎士」達の方。クジョー達に捕まったわけじゃない。まあ、どっちにしろ籠の鳥ってのは変わらないけど。あと、今はあれから半日くらい経ってる。午後の一時半ってところ」

「そう、か……」


 沈黙が降りる。

 混乱していた頭も大分覚めてきている。

 そして大して自分と円滑な人間関係が構築されてはいない五号がこの場にいる理由も、だ。


「ねえ」

「ああ」


 問いかけた五号に答えて、その先は何も言わない。


「……本当に、居たの?」

「ああ」


 イエス、と答えた胸がずきり、と痛んだ。

 誰の事か、とも互いに言わずに通じる。

 言ってしまった自分も本当にそうなのか、と半信半疑ではある。

 だが、何も考えずに問いかけられた今。自然と溢れた答えはイエス。

 つまり、こねくり回したこじつけやら、都合のいい夢物語で覆い隠さず、あの時の真実を感じたままに伝えた言葉はイエス。


「ねえ、さん……だった?」


 五号から恐らく最後だろう念押しの一言。

 ふざけることも、虚勢を張ることもない。

 眼を閉じて、深く息を吸い。あの時の、あの顔と、あの声を思い出す。

 ゆっくりと目を開けると、視線を五号に向ける。

 じっ、とこちらを見つめる五号。

 その視線を正面から受け止めて、ジェイクは断言する。


「あの時、あの橋の上で。クジョーと共にいた新型のアーマー・スーツの女。アイツは間違いなくスミレ。お前の義姉。スミレ・ホワイトランだ」


 言い放った後に、顔に手を当てて五号がその場に崩れる。

 そしてジェイクは視線を外して目を閉じる。

 聞こえてくる泣き声に耳を塞ぐことは出来なくとも、その様を見ないように瞼を閉じることくらいはしてやるべきだ。

 それくらいの分別は、どんな男にでもあるものだろう。

 それに、自分のこの胸の奥でうずく痛みに耐える時間もまた、必要となるだろうから。





 一頻り、五号が落ち着くのを待つという“特に何もなかった”時間が過ぎ、ジェイクが口を開く。


「それで? ……俺がこうなっていて、お前もここに居るってことは結局全滅ってことだな?」


 首しか動かない中でも、部屋の隅の監視カメラを確認することはできた。

 抑制帯付でベッドに横たわる男には過剰な待遇ではあるだろうに。


「ま、そういう事。さすがにあなたが一番重症だったのもあるし。そのまま放置されていたらオーバードーズで墓の下だったはず。仕方ないといえば仕方ないでしょう」

「そうか……」

「あとはモルモットとしての価値もあるから。……露骨にそういう言い方はしていないけどね」


 そう言った五号は、監視カメラの一つに手を振って見せる。


「モル、モット?」

「そうよ。モルモット、実験台、研究対象。まあ、何でもいいんだけど。どこら辺まで覚えている?」

「……ぅ、っ……!」


 ずきずき、ではなく二日酔いの跡のようなぐわんぐわんと銅鑼を耳元で叩かれているような偏頭痛が襲う。

 心拍が激しくなり、繋がれた医療用モニタがけたたましい音を発てる。


「落ち着いて。……まあ、この血液検査の結果からすると意識混濁が起きていてもおかしくない。……見る?」

「ああ」


 す、と五号がベッドサイドのカルテをざっと眺め、それを差し出す。

 差し出されたそのファイルを受け取ろうと、自由になっている左手を伸ばす。


「ほら、それにも気づいていない。……もう少し時間が要るんじゃない?」

「……? 何を、言って……!?」


 言いかけた途中でそれに気付き、ファイルを取り落とす。

 ばさりとベッドに落ちたファイルもそのままにまじまじと掲げた左腕を目の前まで持って来る。


「お、折れていたはずだ。……間違いない。あの時点では間違いなく、左肩は砕けて……」


 動く。

 手のひらを握り締め、恐る恐るファイルに手を伸ばす。

 ファイルを摘みあげ、寝ている自分の前に持って来る。

 左肩が、動いている。

 スミレに殴りつけられてあの時に完全に動かなくなったはずの左肩。

 そこが痛くない。


(いや、痛みが無いわけでは無い)


 全身を包む倦怠感の他に、芯の方から響くような鈍痛。

 だがそれは、打撲やたんこぶ、あざのような内出血系統の痛みであった。

 それは残っているが、骨折のような鋭い痛みではない。


「カルテの中に、薬物濃度を調べるための血液検査の他に、左肩周辺部のCTも入っている。ビフォー・アフターで二回分。一回目から二回目の間隔が約二時間。……見てて怖くなったわ。クジョーにケンカ売るならこういう事くらいは出来ないといけないんでしょうね。何にも知らずに「光速の騎士」に挑んでいった自分たちがどれくらい身の程知らずってのがよくわかるわ」


 あまりに隔絶した技術を目にしたときに、人は驚く。

 そしてそれが自分に向けられると知った時に、畏怖を覚える。

 それを使う者が自身と敵対する者だったとすれば、それはいや増すだろう。

 たとえ、人を救う術であったとしてもだ。


「現代技術での「騎士」の異能力の再現がどう考えても難しいっていうのもね……。アレをどうやって再現すればいいのか全く見当がつかないし」


 朝食後にここまで移動して、自分の体を使っての治療実験とでもいうべき一幕を実際に体験すればそんな気にもなる。

 ここにあるジェイクの詳細な治療データ以外に、五号も骨折や関節のダメージを負っていた。

 幾人もの研究者と複数のカメラに見られながら、ジャージの上着を脱いだバスタオル製マスク姿の茂が手を翳して自分の体に触れる。

 ぼんやりとした光が体を包み、柔らかな暖かい風が体中を一撫ぜした感覚だけを残し、体中の怪我という怪我がなくなっていた。

 ただ、擁護させてもらうならば、五号をそのような見世物にするようなことは、茂としては不本意だったということを言わせてもらいたい。

 クジョーが消えた段階で、撤収と同時進行で負傷者のトリアージを行う必要があったのだ。

 その中で生命維持がレッドゾーンに突入していたジェイクを含め、要救護者へと回復魔法を使おうとする茂。

 だが、如何せん休息を適宜入れたとはいえほぼ二徹の上に、連戦という状況も重なり一度底まで行ってしまった魔力がなかなか回復しなかったのだ。

 その為、治療可能な施設への搬送と、魔力回復次第、即時治療を行うということでそれまでの状態を維持するための要救助者全員分のバイタルデータが採られたわけである。

 魔力が問題なしで、医者が近くにいないような場では、ほいほいと治してしまう茂ではあったが、通常の医療機関でどうにかできる者はそちらでどうにかするべきだと思っている。

 魔法・スキルが異質である以上、代替できる現代技術が存在するならそれに従うべきだ。

 ただ、一刻を争うような危険域のジェイクの傍で、重度の薬物汚染に状態異常解除呪文「ファースト・エイド」、肉体的ダメージへ「ヒール」を魔力回復と同時に使用するためにベッドサイドで控えていた茂は早朝まで心休まる暇もなかっただろう。

 運び込まれて、医療者が強心剤やら、ホワイトラン博士より聞き出した薬物に対する中和剤やらを突っ込んで維持に努めた結果、ようやく回復した一回分の「ファースト・エイド」でみるみる青ざめたジェイクの顔に赤みが差し、「ヒール」で砕けた肩がみるみる治っていく瞬間を実際に見た医療関係者たちの慄きの声は忘れることはできないだろう。

 あれは患者を助けることができた喜びや感謝だけではなく、驚きと、そして若干の畏怖が混じっていたようにも思う。

 危険域を脱したと判断したそのままふらふらと「光速の騎士」が臨時の仮眠室へと出ていくのを皆が拍手で送っていたのは、彼が善良な自らの側にいるという安心感からだったのかもしれない。

 じっ、と自分の体の各種数値を確認していくジェイク。


「ただ血液検査の結果を見てわかる通り、完全に除去しきるまでには至っていない。「騎士」曰く、“使い過ぎだ。俺の使えるレベルじゃあどうにもできない”、だそうね。そうそうオカルトってのも万能ではないってことがわかった分、救いがあるけど」


 ただ、恐ろしいのは“自分の使えるレベルでは”と茂が言ったところだ。

 ならば、使えないようなより高度なレベルの物であれば、完全な除去も可能なのではないか。

 そんな感想をあえて飲み込む。


「……俺は、あの時死んでもいいか、と思った。この先、じり貧になっていく一方の俺たちがクジョーに肉迫できる機会など一度あるかないか、だと」

「まあ、そうでしょう」


 逃走生活と、スーツの補修部材の調達。

 その両立と、更なるグレードアップの為の研究にクジョーの動向調査。

 やるべきことが多すぎて、破たんするのはそう遠くないとは感じていたのだ。


「だから、結果こうなるだろうというのは仕方ない。寧ろ命があるということが驚きだ。五体満足でベッドの上に転がっているというのはラッキーだと思うべきだとな」

「殊勝な姿勢を見せるなんて、どうしたの?」


 ふぅ、と息をついて手首のスナップをきかせて、ファイルをサイドテーブルへと放る。


「見ただろう? ……自分の体は自分でわかる。以前からガタが来ていたのも事実だしな。俺はどう考えてもここでアウトだ。操縦者としては、な」


 カルテを流し読みし、記載された各種数値を総合。

 循環器及び各種内臓と血管への深刻な状況についての記載、運動・食事に関しての制限についてのプラン作成。更には意識混濁が起きるほどの脳へのダメージと、使用していた薬物の配合物からの離脱を含めたメンタルケアの必要性について医師の所見がついている。

 要するにツケが回ってきたという事だろう。


「ジェイク、それは……」


 コンコンコン


「失礼する」


 返事も待たずに部屋へと入ってきた医師一名と、そして警備が二名。さらにタブレットを手にしたスーツ姿の男が一名。よく見ればドアの外にも歩哨が一名いた。

 ジェイクが目覚め、少しの時間を置いて落ち着いているのを確認して入ってきたのだろう。


「……五号、出ていけよ。こちらさんは多分、俺に用事があるんだろうからな」

「分かった。また、後で」


 五号がパイプ椅子の本と、ペットボトルを手に外へ出ると、歩哨がその後に続く。

 ぱたん、と閉じるドアの向こうで五号がさびしげに眼を細めていた。


「話は済んだようだ。……色々と聞きたいことがある」


 スーツの男はベッドサイドに座ると、スーツの内ポケットからボイスレコーダーを取り出す。

 コトンと録音状態にしたそれがサイドテーブルに置かれる。


「……病み上がりに、容赦ねえことだ」

「半日以上寝ていたのだ。少々疲れていようが、付き合ってもらおう。念のため医者も同席するのでね」

「準備万端ってことか。……なあ、俺を治したっていう「騎士」殿には会えねえのかな? 一言礼でも言いたいんだが」

「残念だが、ここにはいない。そのうち、どこかで会う機会もあるかもしれんが」

「そうか」


 ジェイクはぽすんと、薄い枕に頭を沈める。

 見上げた天井は殺風景なつまらない、どこにでもある天井だった。

 これから始まるつまらない尋問の逃げ道の一つがふさがれたことに、内心で小さく舌打ちをした。

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