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一般人遠方より帰る。また働かねば!  作者: 勇寛
4章

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6-3 休息 のち 検証

「全く……」


 誰に言うでもなく呟いた声は、誰にも届くことなく消えていく。

 言葉を発した本人すら、自分がそのようなことを口走ったことすら気にも留めていないだろう。

 日の光が入らないように窓という窓に遮光カーテンの引かれた部屋の中、革張りのソファに体を沈めているのは、クジョー・T・シズマである。

 横のサイドテーブルにはペールに入った高級シャンパンと、グラス。つまみとして置かれただろう皿には生ハムとチーズが数種。

 耳を澄ませれば、薄く小さくクラシックのピアノが部屋の隅のスピーカーから流れてきていた。

 ふぅ、とアルコール臭の混じる息を吐くと、頬杖をついていた手を顔からどける。

 その綺麗な顔には、一筋の治療用のテープが貼られている。


 コンコンコン


「失礼致します。よろしいですか」

「ああ、どうぞ」


 入室を許可して入ってきたのはスミレ・モトミヤ。

 まだ朝というのに、びしっと化粧をしてビジネススーツに身を包んだ彼女は仕事の出来る女に見える。

 一方のソファに体を沈めたクジョーの格好と言えばバミューダパンツに真っ赤なアロハと、南国のバカンスでもしているような姿である。

 クジョーは使っていないグラスを無言でスミレに差し出すと、彼女はそれを受け取る。

 立ったままグラスにシャンパンを、ではなく置かれていた常温のミネラルウォーターをとくとくと注ぐ。

 くいと水を飲み、縁についた口紅を指で拭い元のサイドテーブルへと戻す。

 クジョーの座るソファの横に彼女はそのまま立ち尽くす。

 特にお互いに言葉を発することなく、沈黙の時間が過ぎる。それに先に耐えられなくなったクジョーが口火を切った。


「……何だ?」

「特に用は無いのですが、お加減はどうかと思いまして」


 視線を交わすことなく淡々とした会話がなされる。


「こんなもの、かすり傷でしかない。騒ぐほどの事でもないだろう」


 そう言うと頬に手を当てて、テーピングをびっ、と乱暴に剥がす。

 テープの下には一筋赤い線が走っている。強く擦られたような跡ではあるが、確かにクジョーの言うように他人から心配されるような物でもなさそうだ。


「それにしては、ずいぶんと不機嫌なようで」

「……群れてうるさい蟲だと思っていたら、実はネズミ、しかも身の程を知らないドブネズミだっただけのことだろう。つぎは駆除するときに引っかかれないように気を付ける。準備に必要な手間はさほど変わらないさ」

「…………そうですか」


 返答までの間に幾分か間があり、ちらと横に立つスミレを見ると、彼女も見下ろすようにして無表情のままクジョーを見ていた。

 小さく、スミレがクジョーにつぶやく。


「ドブネズミの言葉に感じることがありましたか」


 小さいながら、クジョーの耳には届くほどの声。

 嫌そうにくしゃりと顔を顰めて、お手上げだとばかりにクジョーが頭を掻く。


「……ああ、分かった分かった。ふぅ……。そうだな、「光速の騎士」。あいつを舐めていた。認めようじゃないか」

「その認識があるならば、結構です。では」


 そう言ってスミレが部屋を出ていこうとする。

 部屋を出ようとドアノブに手がかかったときだった。

 クジョーが急に、ソファの上で体を反転させ、首を背もたれに乗せてスミレへと問いかける。


「だが、俺よりもそっちはどうだったんだ? 久しぶりに会った元恋人と、義理とはいえ祖父だった男を見てさ」


 問いかけられたスミレが無言のままがちゃり、とノブを回す。

 そのまま、部屋を出ていくように見えたスミレが、軽く首だけで振りかえり、口を開く。


「忘れようと思うから、迷うのです。一番最初に捨てた、と決めさえすれば後はどうとでもなるものですよ」


 そう告げると、顔色一つ変えずにドアを潜り抜け、部屋を出ていく。


「なるほど、ねぇ」


 ぱたん、と閉まったドアの向こう。スミレの足音が遠ざかって行った。

 指先でひりひりとうずく傷跡をクジョーが撫ぜる。

 そのむず痒い痛みに、にんまりと機嫌を直したクジョーがひとりごちる。


「いいねぇ。人っていうのは、さ」


 再びグラスを手に、シャンパンを注いでそれを呷った。

 そしてまた部屋の中に静かなピアノの音が流れ始める。







 薄暗い部屋の中、プロジェクターで表示されているのは、つい数時間前の映像であった。映っているのは、「光速の騎士」。そして薄い電磁式結界の向こうにうっすら捉えることの出来るクジョー達一行の姿。

 カメラワークから推測するに、それは「騎士」の後方にいたマユミのワン・ステップ・アヘッドに搭載されているカメラの物のようだった。

 大きく後方へと跳んで距離を取った「騎士」の後ろから、這う這うの体で近づくジェイク。

 風が強く、その音を拾ってしまうため音声はあまり重要にはならない。

 何かしらの会話がなされた後に、崩れ落ちた彼の姿と、膜の向こうで大きく体を揺らして笑うクジョー。

 クジョーがそのままその場を立ち去ろうとした瞬間、膜を挟んで対面にいた「騎士」が大きく体を反り返らせる。

 急に「騎士」が反り返らせた体でベンダーを担いでいる映像が現れる。何かフィルム同士を編集したような映像の途切れも無く現れたそれは、「騎士」が途上で盗ん、いや一時的にレンタルしてアイテムボックス内へ格納していた物だろう。

 振りかぶったそのままの流れで、ベンダーを結界目掛け投げつける。

 瞬間、映像が波を打ち、音声が乱れて断続的に飛び飛びになる。

 映像が辛うじてコマ送りのような物で復旧した時には、ベンダーがこちらとあちらで結界の膜を切り取り線のようにして真っ二つになっていた。

 ばちばちと火花を上げたベンダーの破片で傷ついたのか、頬を押さえたクジョーと、その前に番犬のように歯をむき出しにしたハナという少女。自称スミレ・モトミヤは結界の維持で同じ姿勢を崩していない。

 そして一言二言、声を掛け合い、今度こそ双方が背を向けた。

 数歩歩いた瞬間、結界の膜が強く発光し、その向こうが見えなくなる。

 光が消えた時には、もう誰の姿もそこには残っておらず、マユミ達のカメラが映しているのは、「光速の騎士」と気を失ったジェイクの二人だけであった。




「……さて、とりあえず先程と言えば先程の映像を流しましたが」


 半年前ならちょっとしたトリック・オカルト特番にでも出て来そうな映像の試写会を終えて門倉が部屋の電気を付ける。

 急に明るくなった部屋の照明に睡眠の足りない茂と由美が目をしぱしぱさせていた。

 同じくらいの睡眠時間のはずのエレーナや門倉、マユミがそんな風でもないというので、異様ではあったが。


「今後の予定についてのミーティング。……とはいえ情報共有しかできないのが現状ですね。こちらはあの男、クジョー、でしたか」

「そうはいっても我々もさほど情報を持っているわけでは無いのだ」


 博士が視線を向けるとエレーナがプロジェクターに接続されたノートPCを操作する。別フォルダに格納されていたファイルが開かれると、スクリーン一面に遠距離から盗撮したと思しき件の男の姿が映し出される。

 何処かの街中の外カフェで寛ぐ美青年。

 クジョー・T・シズマ。

 そしてその横の別の画像には白衣を着た細身の女性。顔には薄く微笑みを浮かべて、デスクで仕事をしているところのようだ。あのジェイクの心と体を、完膚なきまでに砕いたあの女性と浮かべた表情以外は全く同じ彼女。写真からキャプチャされたのだろうが、外枠部に焼けたような跡が残っている。これに関しては先ほどの遠距離からの盗撮ではなく、カメラに向かって微笑んでいる様からするに極々親しい者が撮ったスナップ写真とでもいう類だろう。

 写っているのは“自称”スミレ・モトミヤ。

 二枚目の写真が表示された時に五号の体が小さく跳ねた。

 当然、部屋の中では気付いた者もいるが、それに敢えて言及する者はいなかった。


「提供いただいたデータと、短時間ですが我々で調査したもの。それと、直接相対した皆さんのご意見をいただきましょう。ま、まずはデータ類からですか」


 そう言ってPCが次の画面に切り替わる。

 先程の遠距離画像と、マユミ達の映像からのキャプチャ、そして首から上だけの真正面から捉えた白黒コピーの荒い画像。これはパスポートの写真のようで、隣には名前や国籍などが印字されている。

 驚くべき、というか当然だが、というか印字されている名前は今議題に上がったクジョーの名前ではない全くの別人の物。


「調査部からの報告によれば、通称、クジョー・T・シズマ。本籍、住所、職業、年齢の全てが不明。破壊活動、殺人、違法薬物の売買などの容疑で複数国からレッドノーティス。活動地域は日本及び東アジアが中心。北米及びヨーロッパにも活動の形跡あり。目的は金銭という訳でもなく、あくまで組織に属しての活動がメイン。独特な選民思想の女禍黄土と呼ばれる結社で、時折破壊活動も行われているようだが実態はつかめていない。ここ数年に関しては日本国内の数か所での目撃情報もあるとのことです」

「……バリバリのテロリストじゃん」

「テロリスト、というには根っことなる物が一切ないのですよ。暴れて、奪って、そして消えるだけ。政治思想も、宗教観も、所謂イデオロギーというものがない。所属していると思われる女禍黄土という組織自体も、言い方は悪いですがどこにでもある、危ない優生思想をこじらせたサークルにしか見えません。……表向きは」

「表向きは?」

「そちらは後で説明します。次のスライドを」


 由美の疑問に答えることなく、門倉の指示に従いエレーナが次のスライドへ画像を変える。


「そんなクジョーですが、“最初”のレッドノーティスは今から四十年ほど前。この時に、東南アジアの某国で死亡が確認されています。当時の資料を取り寄せることはできませんでしたが、どうやら治安部隊との衝突が原因のようです。その治安部隊もほぼ壊滅しているようですが」

「……は?」


 茂の間の抜けた声が響く中、書類をデータ化した物や写真が数枚映る。都合、四枚。左下は今先程流れていた橋の上での大立ち回りだ。

 パワポで表示された四枚の内右上に大きなバツ印が上書きされる。


「次に九十年代初頭。冷戦後のごたごたで混乱する東ヨーロッパで活動する彼を嫌い、西側諸国の秘密特殊部隊がクジョーを強襲、殺害に成功します。特殊部隊の数名が死亡。表向きは訓練中の事故という扱いにしたそうで。こちらはホワイトラン博士からの情報提供となります」

「ああ」

「うええ……?」


 右下にバツ印。英語のハンコで「機密」と斜めに押された書類だ


「二千年代後期、東アジアを拠点に違法薬物売買の黒幕だったクジョーに“二度目”のレッドノーティスが出されます。現地警察との銃撃戦の末、逮捕。拘留中に、“不慮の事故”で死亡。自死と報告されていますが真実はどうだか……。その際の死亡診断書類がこちらです」


 左上の書類がピックアップ。年若い皆もいるため、大きくぼかしを入れて配慮されたそれは解剖所見のようだ。写真も何枚か添付されていて、過激なものは敢えて排除してある様子である。

 顔の部分だけが写ったものが最後に写る。

 それはつい数時間前に会話したばかりのあの男、クジョーと全く同じ顔をしている。

 それにもまたバツ印。


「結果的に、“三度目”のレッドノーティスが掛けられたようですが、そちらの詳細は手に入りませんでした。現在も捜査継続中のようですね。我々が手に入れた情報だけでも都合三度、彼は“公的”に死亡しています。ちなみに九十年代、二千年代については遺体からDNA採取、鑑定を行い、その検体は同一人物だと判定されています。つまり、間違いなく科学的な側面から彼は最低でも二度は死んでいることになります」

「本当に文字通り、不死アンデッドっていうことか。年をとっていないような異常な若さも考えると、何らかのトリックがあるのか、それとも……」


 博人が腕組みして熟考に入る。


「……ちなみに、四十年前については判りませんが、二回の死亡確認をしたケースの責任者たちは数カ月以内に不慮の事故に巻き込まれているようですね。暴漢や、交通事故、自宅の火災など……まあ何らかの警告、という事でしょう。データを見る限り全て命は助かっていますが、すぐに職を辞して引退していますね」

「……怖っ! ヤクザのやり口? あ、マフィアなのかな?」


 肩を抱くのは由美。

 ぞっとするようなことを言われれば、まあそうなるだろう。

 だが、それ以上に口元に運んだコーヒーカップをふるふると震えさせながら、真っ青な顔をしている者がいる。


「や、やってしまったぁぁっ……!」


 カップをテーブルに置いて頭を掻きむしり、慌てた素振りの茂。

 傍から見ても、錯乱一歩手前のような姿。

 あわあわと挙動に落ち着きがなくなる。


「そ、そんな奴だって知ってたらっ! あんなこと言わなかったのにぃっ! ど、どうしよう!?」


 横の由美に助けを求める「光速の騎士」の中の人、杉山茂。

 その様子から察する。

 あ、なんかこの人言い合いしてたな、確か。

 うわ、たぶんその場の勢いで何かしでかしてるわぁ、と。

 そして、この人一度決めたら一気に突っ走るくせに、色々とどうにもならないことで延々と悩む癖のある人だったなぁ、ということも思い出す。


「茂さん、自販機ブン投げた時。そのクジョーって奴にいったい何言ったんですか?」

「いや、だって。あん時はこう、興奮しててっ! これだけは言っとかにゃならんだろ、って思ったからさぁっ!?」


 ぽん、と茂の肩に手を置いて由美が子供に言い聞かせるように声をかける。

 今にも走り出しそうな落ち着きのなさである。


「だから、ね? 一体、なんてケンカ吹っかけたんです、茂さん?」

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