6-2 忘景 のち 卑怯
まじまじとその男の顔を見つめる。
アジア系の男というのは、五号と呼ばれる彼女にとっては“薄く”見える。
日本でかなりの興行収入を挙げた、とある邦画のヒット作の言葉を借りるならば押並べて顔が“平たい”のだ。
特徴が薄いと言える“平たい”日本人のなかでも、没個性的なその男、杉山茂は五号からすればどこにでもいるような、モブ顔の男という印象しか受けない。
もう一つ付け加えるなら、日本人が外国の人を見た時に受ける“同じ顔に見える”的なバイアスが五号にも起きている。
その周りに座るマユミ、博人、由美が美形だったり、可愛らしい印象の目鼻立ちがくっきりはっきりしている分、さらに印象を薄くしてしまう。
そんなザ・モブな男、杉山茂が周りの皆の中でわいわいと騒いでいた。
「待て待て、粉ふき芋とマッシュポテトは似ているけど、微妙なラインで別物なんだぜ? 粉ふき芋からさらに手を加えて整えないとマッシュポテトにはならないからな。一工程増えるんだぞ」
「見た感じ潰しただけじゃないですか」
「違う。粉ふき芋は芋のホクホク感とホロホロ感を楽しむ奴で、マッシュポテトはペースト状のねっとり感が大切だから。きちんと裏ごししないと舌触りが悪いんだよ。うちの店でもきちんと裏ごししたのを発注してるもん。和定食セットと洋食の付け合せで別々の発注だから、材料費高くなって大変なんだぞ」
「いや、知りませんし」
「ああ、あれね。そういえば、別々に発注してる上に、外袋も似てるからキッチンの矢部さん、めんどくさいって店長にクレーム入れてたけど」
「だからかぁ……。こないだ新しい業者探してたのは」
「いや、知りませんから」
ものすごくどうでもいい会話の中心にいる男。
先日の襲撃リストの中で上がって来た男で、確かに本物の「光速の騎士」の真贋を見極める意図で確認できなかったという事実はある。
だが、その時ですら徹頭徹尾、逃げ一択の情けない、みっともない様を晒していたというのにその全てが擬態であったというのが真実。
その感覚にぞっとする。
襲われたその瞬間に、自分を弱者と偽り、その身を囮にし、襲い掛かる襲撃者を逆に縊り殺すという罠を仕掛けた。
言い合いをしながら口につけたコーヒーの熱さに顔を顰めている。
そんな今の姿すら何らかの印象操作の為の偽りでないかとすら邪推してしまうのだ。
「……お食事はお済のようですね」
横から声が掛けられて、はっ、と顔を上げる。茂を凝視していたことにきづかれたか、と嫌な汗が背中を伝うのを感じる。
横に座っていたエレーナがにこやかな顔でコーヒーポットを持っていた。
五号は握っていたスプーンを、いつの間にか空になっていた器へと置く。恐らく茂の様子を観察している間、黙々と機械的に朝食を口に運んでいたのだろう。
そんな緊張からかどんな味をしていたのかすら覚えていないことに気付く。
「砂糖とミルクは?」
「ブラックで構いません」
「そうですか」
食事の介助が必要かもということでエレーナがいたのだが、一部は小さく刻んであったりと、“誰かの”いろいろな配慮がされていた五号の食事は滞りなく終えることができたわけで。
本当はあまりブラックは好きではないのだが、ここで何かそんな自身の嗜好を云々できるだけの胆力なぞ有りはしない。
「では……」
とぽとぽとコーヒーカップに注がれるコーヒーをただただ眺める。
注ぎ終わるとにこりと人好きのする笑みを浮かべ、エレーナがホワイトラン博士の元へと向かう。
ぎすぎすした討論をしていたが、とりあえず腹に何かを入れるためかいつの間にか一時中断して食事になっていたようだ。
後から食べ始めた博士が最初から食べ進めていた五号と同じころに食べ終わるというのは、五号が怪我で今は食べづらいというのもあるが、博士が早食いというのも理由だ。
研究者が皆そうというわけでは無いのだが、ホワイトラン博士も、その息子である五号の父も生活環境というものにあまり重きを置いていない。
極端な話、腹に入れば皆同じ→ならばすぐに掻きこんで終わるもので、又は味など気にせずに放り込むことが手っ取り早い、と。
そんな生活を半世紀以上も続けていれば、そんなスピードで食事を済ませてしまうことも致し方ないと言える。
(……こういうのも、本当に久しぶりかしらね)
コーヒーを注がれた博士は、湯気の立つそれを口元へと運んでいる。
あの様子ではコーヒーの香りを楽しむという感覚は無いだろう。
もう家族といえるような人間は彼と、そしてこの場にはいない博士とは違うベクトルで生き急ぐ兄となるはずだった男だけ。それ以外に関係する人間も、同じような研究者に、むさくるしい男ども。
そんなものだから、こんな落ち着いたゆったりとした、温かい、わいわいと声の弾んだ食卓。
こんな空間がこの前がいつだったのか、と思い出せない。
手で包んだカップから伝わる、火傷しそうなほどの熱さと、豆から挽いただろう湯気の立つコーヒーの香り。
わざわざフレーバーコーヒーを用意したのではなかろうか。
ローストされたまったりとした甘い香りに包まれる。
(ああ、生きている。……そう、感じるのは贅沢なのかな?)
湯気の向こうに見える茂たちがからかい合いながら、穏やかに笑い合う姿。
いつか自分がいたはずの、今は亡くして久しく、そして遠くに感じるその光景が、うらやましくてうらやましくてたまらない。
ぐっと噛みしめた口元を、誰かに気付かれないようにそっとカップの淵に添える。
甘いヘーゼルナッツの香りのするコーヒーは、やはり苦く、五号はほんの少し顔を顰めた。
「……では、このままミーティングを行うということで宜しいか?」
「問題はない。……我々がどうこう言える立場では無いしな」
コーヒーカップをテーブルに置いてホワイトラン博士が同意する。
それを受けて五号もこくんと頷き、向かいのテーブルの茂たちも異論はなさそうである。
ただ、すっと茂が挙手。
「どうされましたか?」
「あのー。申し訳ないんですけど、説明に関してはやっぱ英語、だったり?」
おずおずと不安を口にする茂。
実のところ、先ほどの剣呑な門倉とホワイトラン博士の鍔迫り合いは、英語であったりする。
「いえ、この場で皆さんがわからないと困りますので、日本語で行います。博士も、そちらの、五号さんも問題なく日本語ができますので」
「あ、そうっすか。良かったぁ」
ほっ、とした風情で挙げていた手を下す茂。
それを見ていた博士が渋面になる。
「一応聞いておくが、君は大学までは修了しているのだろう? だというのに母国語以外は出来ないのかね?」
「あ、いや、その。あはは、いやぁそうですね」
ポリポリと頭を掻く茂。
呆れたような博士の視線にはどこか冷たい物も混じる。
「あ、私と博人はけっこー英語わかりますよ。あとそこのマユミちゃんは英語とスペイン語も出来るんで」
「スペイン語は日常会話位ですけど」
横から由美がそんなことを言ってくる。
慌てふためき、驚いたのは茂だ。
「ええっ!? 博人はともかく、由美。なんでお前が!?」
お仲間と思っていた由美がまさかの裏切り。
驚愕の声を上げるのも仕方ないことだろう。
「なんですかー。失礼ですよ茂さーん。なんで博人はともかく、ってなるんですか」
「いや、博人は洋楽好きでメチャ聞いてるのは知ってるし、もしかしたらってのがワンチャンあるかもって。……でもお前は違うだろうに」
「どういう目で茂さんが私を見てるかわかりました。まあ、でも英語わかるようになったのは、ついこないだから勉強始めてからなんで」
由美がテーブルの下で博士から見えないようにバツ印を指で作る。
それを見て茂がなんとなく理解する。
ついこないだ、というのは“帰って来てから”だろう。
それはつまり、どういう事かと言えば。
(……チート、じゃん。……ずるじゃん。……卑怯だぞ、お前ら)
ジト目で由美を見て、彼女はその茂の表情に申し訳なさそうな顔をする。
要するに、こちらに帰って来てからも向上している「軍師」「魔王」の残り香が作用しているのだろうと。
肉体的に若干であるが、一般人よりもすぐれたスペックを誇る「勇者」一同。それが、知識面でも発生していたとしてもおかしくない。
むしろ、前衛で敵陣を切り開く「勇者」「聖騎士」よりも、後衛の頭を使う「軍師」「魔王」はその面で優位に立てるかもしれない。
(……俺、そこらへん全然変化なしなんだけど。……くそぅ、選ばれし者共めぇ)
まるで絶命寸前のラスボスの呪詛のようなセリフを頭の中に浮かべるほどに、うらやましい。
何なんだ、お前ら。ずるっこいぞ、と。
「……まあ、仕方なかろう。一番状況を理解せねばならない「光速の騎士」が、わかりませんでした、というのでは話にならんしな」
「……申し訳ないですぅぅ」
残念な子扱いを甘んじて受け入れるくらいは流石に空気を読む。
まあ、英語がペラペラになるくらいの勤勉な学生生活を送らなかった茂が悪いと言えばそれまでだ。
だが、この現代日本の学士取得者諸君に聞きたい。
あなたは英語ペラペラですか、と。
(……いいなぁ。うらやましいなぁ。……贔屓が過ぎないか、畜生っ……!)
やっぱり、そんなのはズルだと思うのだ。
くすん。
6-0から6-2までを一本としてお楽しみ下さい。
なんかその前までのぎすぎすしたの書いてて、スタミナ切れ……。
ちょっとこういう、ほのぼのしたのが書きたい気分だったのです。




