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一般人遠方より帰る。また働かねば!  作者: 勇寛
4章

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6-0 夜明 と 賓客 

 窓に掛かるブラインドの隙間から朝の陽が部屋にさしこんでくる。

 差し込んで来たその光はしましまになって、部屋の隅に置かれた古びたソファの上にまで降り注ぐ。

 そんな穏やかな、まだ皆が動き出すか出さないかという朝。


「ん、うぅ……。ん、ぐぅぅ……。ま、眩しぃ」


 ソファの上で寝転がっている男が身じろぎする。

 もそもそと蠢いて、光が顔に当たらないようにポジショニングを変更しようとしたのだが、見事なくらいに全体へと降り注ぐ光は、彼を捉えて離さない。

 寝ぼけ眼で間抜け面を晒しているのは杉山茂である。


「……くぅぅ。ねみぃぃ……、……辛い、眠い、だりぃ、……仕方ない。……起きっかぁ」


 これ以上寝入るのは無理か、と筒状に丸めて枕代わりにしていたバスタオルでぐしぐしと顔を拭う。

 合皮製のソファで仮眠をとっていたのだが、通気性が悪く少しばかり汗をかいたからだ。ふぁぁ、と欠伸をしながら体を起こし、軽く体を伸ばす。

 変に体が固まっていたからか、ばきばきとかなり大きな音がした。

 タオルケット・毛布替わりに体を包んでいた黒い布地をアイテムボックスに放り込み、窓までてくてくと歩く。

 閉じられたブラインドを指で軽くこじ開け、外を覗く。

 ちょうどトラックが数台、工場の敷地から出ていくところだった。

 寝こけている茂をよそにすでに動き始めている者は動き始めている。夜に入手した資料関係をこの旧製紙工場で整理してから白石特殊鋼材研究所まで運び出す、との事であったので恐らく今迄作業をしていたはずのあちらは完徹に近いのではないだろうか。

 いや、まあ別の人間が交代で働いている可能性もあるのだが。


「うーん、今何時?」


 きょろきょろと元々は、守衛の更衣室兼休憩室として使われていたらしい狭い部屋を見渡すと、古びたロッカーがいくつかと、壁には時計が一つかかっているだけだ。

 時刻は朝の六時半を少し過ぎた頃。


「……実質二時間ちょいってところかぁ。……寝足りん。……疲れた」


 がく、と首を落とす。

 軽く仮眠をとったせいで寧ろ逆に疲れがたまってしまったような気がする。肉体的にはそんなことは無いのかもしれないが、これはもう精神的なものだ。

 くしゃくしゃになったバスタオルを手に、洗面台へと向かう。素足でぺたぺたとモルタルの床を歩く。寝間着代わりに渡されたジャージの下とシャツというだらけた格好である。

 蛇口をひねり水をだし、手で受けてざばざばと顔を洗う。

 右手に乱雑に巻かれたテーピングに覆われていない所に水が滲みてきて、非常に痛いがこの際、無視しておく。

 ついでに口の中がねとねとしているので軽くゆすぎ、その後にまた二度三度と冷たい水を顔に叩きつけると、ようやく頭が冴えてきた。

 わしわしと顔を拭い、バスタオルを首にかける。

 水しぶきなどで汚れて少し曇った鏡に映った自分の顔を見ると、幾分疲れたように見えた。

 まだ二十代前半、寝起きでこんなに疲れた顔をしていてはだめだと思うのだが。


 ぐぅ……。


「腹、減ってるかぁ……。落ち着いて飯も食ってないしなぁ」


 テーピングされた手ですりすりと腹をさする。

 眼を閉じて体の調子をどんなものかと確認すると、短いながらも仮眠をとれたことでそこそこ魔力が回復しているようだった。

 これくらい回復すれば、自分の為に一回くらいは「ヒール」も使えるはずだ。


「そんじゃあ、テーピングを剥がす、ってこれが痛いんだよなぁ」


 恐る恐るぺりぺりとテーピングを剥がす。時折、皮膚ごと剥がしてしまい、茂の口から“ひぅっ”とか“にぎゃ”とか“ふぐぅ”とかの珍妙な声が漏れる。

 最終的に丁寧に剥がすのが面倒になり、気合を入れて一気に剥がすとめくれた皮膚も一気に持って行かれてしまい、蹲ることになるようなこともあったが。


「い、痛かったぁ」


 茂は手をプラプラさせて弱音を吐く。右手の掌はずる剥けに近いようになって、真っ赤になり、指のあちこちも水ぶくれのような爛れたような跡が残る。

 傍から見ても病院に行った方が良いような結構な怪我に見える。


「ふぅ、ヒール、ってね」


 呟くと同時に薄くぼんやりと暖かな光が右手を包み、その残滓が茂の体の表面を走る。

 時間にしてほんの一瞬であるが、それが治まった後には掲げた茂の右手は先ほどまでの痛々しい様ではなく、湯上り後に保湿した後のようなつやつやとした皮膚へと変わっている。


「うん、オッケイ!」


 にぎにぎと手の調子を確かめ、問題ないことを確認。

 その手を洗面台へと持っていくと手洗い用の石鹸でわしわしと洗う。

 テーピングの粘着物が残っている気がしたからである。

 洗い終えた手を首のバスタオルでふき取ると、寝床にしていたソファに戻る。

 どぅ、と音を発てて着座、やることも無いのでぼーっ、と時計の文字盤を眺めていた。こういう時にテレビでもあればいいのだが、部屋にあったのはブラウン管のそれ。

 残念なことに地デジ対応ではないのでただの置物でしかない。あとは電話線の引っ込ぬかれた内線電話が受話器だけ転がっている。

 そんな無意味な時間を過ごしていると。


 こんこんこんっ!


 ドアがノックされる。


「おはようございます。起きてらっしゃいますか?」


 茂は首元のバスタオルを適当に顔と頭を覆うようにして巻きつけると返事をする。


「はーい。今起きたとこです」


 返事をすると声をかけた相手はドアの外から声をかける。


「簡単ですが朝食を準備させました。工場内の会議室にお越しください、との事です。朝食と一緒にミーティングも行いますので」

「わかりました。すぐに向かうとお伝えください」

「よろしくお願いします」

 茂の返事を聞いてこつこつと靴音が遠ざかる。


「ああ、めんどくせぇ。……でも朝飯、準備してもらったんなら仕方ないしなぁ」


 ソファからずず、と体を滑らせてモルタルの床に尻もちをついて呟く。

 数秒ほどそのまま佇み、うとうととしかかったところで、意を決して立ち上がる。

 ソファの背にうち掛けられていたジャージの上着を羽織り、脱ぎ散らかされたサンダルに足を突っ込んで、ぺたぺた音をさせながら茂は歩き出す。


 朝飯は食う。

 それが杉山家の家訓であるのだから。




「おはようございまーす」


 会議室、と古びた札が壁にかかっているドアを開けると、ふわ、と香る朝餉の匂い。

 顔をバスタオルで覆い隠したジャージ姿のサンダル男。

 なかなか見かけないようなザ・不審者然とした恰好のまま顔だけを室内に突っ込んだ茂は元気よく挨拶をする。


「おはようございます。お席にどうぞ」

「おはよー、ございまふぅぅ」

「しゃっきりしろよ、由美。あ、茂さん。おはようございます。昨日っていうか、今日。大変だったみたいですね」

「まーな。……色々あったはあったし。そっちこそ朝一にわざわざ来てもらって悪いな」

「大丈夫です。昨日のせいで今日、学校休みになりましたから。それに、こいつ拾っていかないといけないんで」

「私は、犬猫あつかいなわけ?」


 皿をテーブルに並べながら出迎えた門倉と、テーブルの上で突っ伏し、私眠いです、と言わんばかりのしょぼしょぼな目をしている「みならい軍師」こと梶原由美。

 そして私服姿の柳博人。こちらは普通に目は覚めているようだ。


「って由美。今にもくたばりそうな風情だな、お前」

「今の今まで打合せですー。徹夜明けのうら若き少女にもー少し労いの言葉をー」

「それは、大変だったな。大丈夫かお前?」

「えへへ、もーコーヒーもエナドリも効果ナッシング! 徹夜って、お肌に悪いのにー。あと、滅茶苦茶ろーどーきじゅんほー違反だー」


 見た目はくたばっているように見えたが、口だけは滑らかに回っている。

 まあ、それならばまだ大丈夫だろう。

 あまりのだらしなさに博人が口を出す。


「由美、テーブルに顎を乗せるなって。行儀悪いぞ」

「そうだぞ。後、ついでに言っとくが徹夜よりも深夜のフライドポテトのドカ食いの方が肌には悪い。それとお前と、白石グループの間に明確な雇用関係はない。だからろーどーきじゅんほーは適用されるかどうかわからん。というより、違法行為もありありのグレーな活動に遵法精神を云々言うのもどーなのよ?」

「うわ、こういう時の正論って腹立つわー。というか私よりもそっちの方がほーりつ違反してるんでしょうに」

「それを言ったらお仕舞、な?」


 掛け合いの漫才をしている二人に博人が止めをくれる。


「目くそ、鼻くそってことわざ知ってます?」


 ポツリとつぶやかれたそれに二人はぽりぽりと頭を掻くしかなかった。





「はいはい、朝ご飯ですよー」


 今、茂が入ってきたのとは別の入口から、台車に乗った食事が運ばれてくる。

 がらがらと台車を押しているのはエレーナ。

 マユミが細々としたものを手に入ってくる。

 それを見た門倉がエレーナに視線を寄越し、アイコンタクトを受けたエレーナが頷く。そして門倉も軽く頷いた後に、入れ替わるようにして部屋を出て行った。


「あ、手伝いましょう」


 すい、と茂が立ち上がりエレーナの傍に歩いていくと、その後ろに立つマユミから声がかかる。


「なんでそんな不思議な格好してるのよ? 一瞬誰かわかんなかったわよ」

「……廊下歩いてる時に誰かに見られたらどうすんだよ。今はこれくらいしか顔を覆うものが無いんだから、仕方ないじゃん」


 ピエロマスクから「光速の騎士」装備一式まで纏めて回収、整備中となっている。

 まあ、電磁パルスの直撃に瘴気にやられたという状況で、中の電子機器については全滅に近い物もあると思われるので、一部についてはこのまま二度と日の目を見ないかもしれないとの事。


(オーガ・ザンバー、ってあのコッ恥ずかしい名前のもオシャカ。ま、もう少し常識的なコンセプトの物が良いとは思うし)


 装備開発の回収担当の人が、棒切れ一つ渡されたときに見せたあの絶望的な表情。夢に出て来そうなくらいに脳裏に刻まれた。

 いや、悪いのは俺じゃないし、と思ったりはしたのだが、それはそれ申し訳なさが溢れて止まらない。


「ここに居るのは知り合いだけでしょ。見てて暑苦しいから外しなさいよ……」

「ま、そうか」


 茂はそれに従ってバスタオルを取り払い、そのまま面倒なので腰に巻きつける。


「それはそれで風呂上りみたいなのよね」

「固いこと言うなって」


 茂はちゃかちゃかとサラダボウルをテーブルに乗せて、続けて大きめのバットに入ったスクランブルエッグ、カリカリに焼いたベーコンを各々の皿に取り分けていく。

 その間にエレーナは台車で運んできたオーブンレンジを壁際に寄せて電源を入れる。

 マユミも台車からバターロールとレーズンロールをレンジ前にてきぱきと準備していた。


「洋食なんですね。結構、私そういう朝ご飯、レアかもー」


 幾分目覚めた由美が自分のプレートに盛られた料理を見て感想を述べた。

 テーブルに準備された“八人分”の座席にあるスープマグへと、オーブンレンジの準備が終わったエレーナがコンソメスープの入った鍋を台車で運びながら答える。

 由美と博人、配膳中のエレーナと茂、マユミ、そしてこの場から離席している門倉。

 それで六人である。


「最初は和食だったんですけどね。杉山さんが、“あちらさん”の口に合わないかもしれないし、と。それと、一人はスプーン・フォークでしか食べられないかもしれないし、ならば洋食だろう、と」

「「「あーーー」」」


 博人と由美、そしていまそのことを知ったマユミの声が重なり、配膳が終わって着座した茂を見る。


「……何だよ」

「いや、そういうとこだなぁ、と」


 博人が生暖かい目で茂を見る。


「そういうとこって、何だよ」

「別にー」

「そ、別にー」

「……なんか、その言い方ムカつく」


 由美がにまにましながら、それに続けてマユミも口元に笑みを浮かべて答えをはぐらかす。どうもこの二人、波長が合うのかそこそこ仲が良いようで。


「まあまあ。……飲み物はどうしますか?」


 こんこんこんっ


 エレーナがそれをとりなす様にして皆に聞いたところ、ノック音が響いた。

 全員の視線がそちらへと向く。


 扉が開いて入室してきたのは車いすに乗って足と腕に包帯が巻かれた金髪の少女、それを押してきた門倉がいる。続いて杖をついた疲れた様子の老いた老人が続く。


「お待たせしました。では、朝食とミーティングを済ませてしまいましょうか」


 明るく言った門倉と違い、同時に入室した金髪の五号と呼ばれた少女と、疲れた老人、ホワイトラン博士の顔は曇ったままだった。

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[気になる点] 今話で作中の年が2011年以降が確定…… 話が進むにつれて2000年代をジワジワと終盤に移行してたのは何らかのミスリード? 遊びなのか伏線なのか気になる所です
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