5-6 順当 のち 非常識
今回も短めです。
逃走時に最も重要なのは、逃げ道をしっかりと把握しておくことだ。
追われるがまま追手の来ない方に来ない方にと動き続けると、最終的には逃げ道が無くなる。道というものはどこまでも続いているように思えても、必ずどこかで終わりがあるものだ。
車両が大きければ大きいほどその道は無くなっていくし、細い道に迷い込んだならばそこで追い詰められたら終わってしまう。
スマホのナビで案内され、迷い込んだ道があまりにも細すぎてどうやってここを抜ければいいのかという経験をした者も多いはずだ。車両の大きさを考慮してくれないナビは、見知らぬ土地では往々にして車体へのひっかき傷をこしらえる結果を生む。
さて、少し論点がずれたが要するに間違いなく動ける道を使い、全力で逃げ出すことが重要だ。
大型の機器類を満載している関係上、その選択できる道路は少なくなる。住宅密集地などの生活道路は選びにくく、自然と幹線道路を選ばざるを得ない。
「後続車から連絡。追跡してきた大型バイクの二人組。脇に逸れて追跡を中断した模様。うち一名は件の「騎士モドキ」と思われますが……」
脱出した大型トラックに追走するセダンタイプの車の中で、ホワイトラン博士は報告を受ける。
手元のPCに表示される数列を見つめる彼が、目だけを報告者の助手席の男へと向けた。
「この期に及んで撤退、ということか? 五号の最後の一撃で怯んだとでも?」
報告者への問いかけ、というよりは自問自答のような口調で博士は呟く。
窓ガラスに叩きつけるような雨が流れていくが、その向こう側。この緩やかなカーブの路線から、工場の密集地帯を見るとその辺りが真っ暗になっている。
そこから通電している一帯が一斉に停電になっているのだ。
それが引き起こされたということは、五号が五体満足で工場区画から脱出することは非常に難しいと思われた。
消去法により、あの場に残ることとなった五号だが、博士の考えでは殿の捨て駒という罪悪感よりも、これで彼女を我々から切り離せたという安堵感の方が大きかった。
恐らくではあるが、「光速の騎士」達による拘束、若しくは日本の国家権力による逮捕という形へと落ち着くはずだ。
工場区画に残してきたのは比較的"戻れる公算のある"人材がメインである。
要するに年若い、郷里に戻れば家族などもいるような人物を見繕ったわけだ。
もちろん要所要所の締めに、置かざるを得ないベテランを配置しているのは事実だが、それ以外はそのようなメンバー構成をしている。
工場からの離脱時には、研究開発に必要不可欠なコアメンバー・実戦経験の豊かなメンバーを、と言ってはいるが実際の所はそういう事だ。
この先どれくらいになるかもわからない終わりの見えない復讐劇。
それに付き合う事の愚かさと虚しさ等想像するまでも無く、その終わらないワルツから抜け出せるならば抜け出すべきだと思うのは道理であった。
(……そこまで酷い扱いはされていないはず。情報を得るには五体満足な方が良い。尋問にしろ拷問にしろ、な)
そういう風に考えはしてもまさか拷問という選択肢はあるまい、とは思う。
厳しい取り調べの中での多少の暴力はあるかもしれないが、苛烈なものを行うほど、擦れてはいなさそうだ。
法を犯してはいても、そういったカルマ的な振り幅に関しては余裕が見える連中だ。
なにせ、本人たちが名乗ってはいなくとも「正義の味方」をしている。第一、そのパトロンも潤沢な資金を持つ"大企業"であろうことも間違いはないだろう。完品の現物が無い状態で、捕縛した者が開発に携わらない実行部隊である事もすぐにわかる。絞り上げても有効な情報を得ることは難しい。
だからと言って露骨な"処分"にも走れはしない。
あくまで「正義の味方」のロールをなぞるならば。協力者もそこまでの人倫にもとる行為を許容できるとも思えない。パトロンとの断絶を選ぶには、「光速の騎士」を追いかける者が多くなり過ぎた。行動の自由を得るには一定のマスメディア・公的機関への影響力を持つ強いパトロンがいなくては難しくなってきているのだ。
そのパトロン自体も性質的には「善」に寄る部類のはずだ。このようなこっぱずかしい事に金を掛けるような精神性を鑑みるに。
可能性だけならば然程高くはないが、殿を務めるメンバーには捕まった後は一切合財知っていることを話してしまってもいいと周知もしてある。
そこに来て、パトロンが離れるかもしれないような、協力的姿勢を見せる降伏者への暴力?
それは無意味に過ぎる。
「そこから考えられるこちらへと回り込むことの出来るルートは? 橋に向かう道が一本道というわけでもないだろう?」
当然の疑問を投げかける。
地元民だけの知る、ナビには表示されないが、すいすいと進めるルートというのはどこにでもあるものだ。
「……いえ、我々の方向へと向かいはしても、少し遠回りになるのではないか、と。こちらへと到着するまでに観光用の海浜公園と観光バスの入るようなショッピング用の施設がいくつか。道もさほど速度の出せるようなまっすぐな道はないようですが」
タブレットで周辺の道路地図をみて、博士の質問に答える。
脇道があったとしても、道路地図に載らないような細道。新しく整備されて地図にない道も考えたが、それであれば工事中の状況が表示される。
「何かを、考えているかもしれん。注意は怠るなと、ジェイク達には伝えておけ。ただ、進路はこのまま橋を渡り、市内へ向かう」
「了解しました」
どぅ、と背もたれに体を預け屋根を叩く雨音と風の音を聞きながら目を閉じる。
そして、ほんの少しだけ残される者たちの安否とこれからの取り扱いがひどい結果にならないように祈る。
だが、そのあとに自分が何に祈ったのかを思い苦笑する。
今更ながら、捨て去った信仰に救いを求めるなどとは。
あまりの自分の無節操さに呆れすら感じる。
そしてその間に車列は、海をまたぐ鏡港大橋へとたどり着こうとしていた。
「今のところ、「騎士モドキ」は来ていないな。追跡している連中からは?」
「……どうやら駐車場に追い込むことができたようです。わざわざ何でそんなところに追い込まれるようなことをしたのか……? まあ、ここから大体三百というところまでは近づいてきてはいますが。そこからここまでの道は有りませんし……」
報告する男の声に疑問が溢れていた。
ふむ、と腕を組む博士を乗せた車が、橋の入口へとハンドルを切った。
夜間の通行は原則禁止、そして一定の風速を超える場合にも通行が禁止されるその橋の入口には、夜間の不心得者の侵入を塞ぐための車止めが置かれている。
海岸沿いの強い風に飛ばされないため、重石が付いた物が置かれてはいるが、それは風に飛ばされないための重石であり、それ以外の事態には対応していない。
それは例えば、だが。
どぉんっ!
先頭を走るトラックが車止めを弾き飛ばす。
弾き飛ばされた車止めがごろごろと地面を転がっていくのを横目に、次々と車が橋へと侵入していく。
トラックと博士の乗る車を先行させ、橋のたもとに一台、道を塞ぐように車を残す。追跡者の有無を連絡するための重石代わりに。
タイヤを撃ち抜き、簡単に動かせないようにすると、残された車にぎゅうぎゅう詰めに乗り込み最後尾を走る。
ここまでのところ、一切の妨害はない。
つまりは、かなりの損害を受けてはいるが、どうにか逃げ切ったと判断してもいいのではないか。
(……だが、どうやって立て直す。今後の戦略の大幅な変更どころか、根本からのやり直しにも近い。我々が再起するまでの時間、「騎士」共がそれまでに追いつくまでの距離。……これは、いっそ詰んだか?)
チェックメイト、までは言わないまでもここから少なくとも十数手は一方的に嬲られる盤面になった。
賢い指し手ならすでに投了するような状況ではあるが、これはチェスのゲームではない。
実際の人の生き死にを賭けた現実なのだ。
匙を投げればそれで"終わって"しまう人間もいる以上、どうにか足掻かねばならないのである。
ゆっくりと上り坂になった橋を進む。
海上で大きく巻いた風が車体を大きく揺らす中、どうしても速度は抑えねばならない。
徐行とまではいかなくとも緩やかな速度で橋を渡る。
そんな中で。
……ォォォォォン!!
風が吹き荒れる音を切り裂いて、けたたましい"エンジン音"が聞こえてくる。
「後ろ!? っ、ではないだと!?」
当然、後方を見ても何も変化が無い。
であるなら、前方。
「いえ、違います! そ、空ッ! 上空からッ!!」
前方に身を乗り出した博士を押し戻しながら、助手席の男が叫ぶ。
「何を言ってい、……ッ!? 正気か、奴らは!?」
橋を支えるケーブルとケーブルの間をすり抜けるようにして、シールド・キャリアーが"カッ飛んで"きた。
この暴風雨の真っただ中を、海の上を、そして何より"道の無い"空を突き進んで。
「と、飛んできたとでも言うのかッ! 非常識にも程があるぞ!!」
だんっ、と窓ガラスを叩き個人携行可能な先進的航空力学技術の粋を集めたアーマー・スーツの開発者でもある博士が顔を真っ赤にして怒鳴る。
要はいい加減にしろということだ。
ありとあらゆる事柄に関わる物理法則を何だと思っているのか、と。
どっ、キキキィィィッ!
飛んできたまま着地、そして横滑りしながらも急ブレーキをかけてシールド・キャリアーが体勢を整える。
着地地点は、ちょうどトラックの進行方向に当たる前方である。
緩やかに進んでいたトラックが速度を落としていく。
逆走しようにもUターンできるような車幅を橋の上では確保できない。無理に曲がろうとでもすればそのまま海へと真っ逆さま。
第一、自分たちで動かせないようにした重石替わりの車を入口に置いてきている。
結果としては自分で自分の首を絞めたことになるのだ。つまりは引き返せないということ。
「ふ、ふはははっ! これが、これが幻想の果て。御伽噺の英雄どもとでもいうのか!」
ぎり、と握り締めた博士の手にうっすらと一筋血が滴っていた。
ここに至るまでの詳細は次話にて。
ただ、少し時間をくださいませ。
綺麗に仕上がらんのです、これが。




