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一般人遠方より帰る。また働かねば!  作者: 勇寛
1章

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3-7 脱兎 のち 声援

ゴンッ!


 人間どうしようもない不安に駆られると決して開けてはなりません、と言われていても玉手箱を開けてしまう。

 このフロアにいる人間は今そんな気分なのである。

 そのため、恐る恐る音のしたフロアの各部屋の扉がそろそろと開かれていた。

 一体何が起こったのか、と。

 セミスイートに泊まることが出来るのは、ちょっと背伸びして頑張った普通の人かそこそこ以上に成功している人物である。

 そんな成功者達であるセミスイートのまだ被害を受けていない宿泊者。

 金曜の夜に妻や子供を家に残し、会社の出張と嘘をついたとある地方有数企業の専務と、総務部にいる若い女子社員。

 別室では社内でエリートと呼ばれ、近日社長の娘と婚約予定のイケメンに、同期で結婚退職した主婦が友人と泊まりにと家族に伝えて宿泊していた。

 ……受けるべくして受ける天罰がおとされていたといえるだろう。

 全員がそっと扉の陰からフロアの中央を覗きこむと、鈍い音とともに転がってきた鎧武者がいた。

 殴りつけられた武者が、翁の面を押さえている。


「ぉぉぉ……」


 くぐもった唸り声がセキュリティフロア全体を低く震わせている。

 当然これだけの爆音をさせていれば、ホテルスタッフが駆けつけるし、警備も呼ぶし、警察にも連絡が行く。

 ただし、未だ彼らは到着していない。

 鎧武者という現代日本では奇天烈な格好のそれだけでも頭に?が浮かぶのに、別室からてくてくと現れるこちらは西洋風の鎧兜の男。

 ここ数日のトップニュースを独占している「光速の騎士」だった。

 起き上がりかけた鎧武者がよろよろと伸ばした手を掴み、無造作に放り投げる。


ドサッ!


 早苗の部屋にまるでゴミでも投げ込むかのような仕草で鎧武者を投げ込む。

 視線に気づいたのか各部屋から出ている目玉に向けて、軽く会釈すると早苗の部屋へと戻っていくのだった。



 特級の呪霊が蹴たぐり倒されている。

 そんなとんでもない光景を目の当たりにしながらも、早苗は未だに事態を飲み込めないでいた。

 鎧武者のバケモノに襲われて死ぬかと思ったら、いきなり現れた騎士が助けてくれて、助かったと思ったらそいつもバケモノだった。

 なかなかヘビーな状況である。


ドサッ!


 外へと出て行ったかと思ったバケモノ2人が舞い戻ってきた。

 片方の翁面の武者は片膝を突き、生きてもいないのに疲労を見せているようにも見える。

 一方の「光速の騎士」に至っては仁王立ちで部屋の入口に陣取り、鎧武者の様子をつぶさに観察しているようだ。

 そんな「騎士」がこちらへと視線を向ける。

 兜に包まれてその表情は全く分からないが、どうも早苗の手首を見ているようだ。


「おぉおお……!!」


 視線がずれたのを好機と見たのか、鎧武者が「騎士」へと襲い掛かる。

 胴を横なぎに振られた太刀は、大きな鏡台を上下に真っ二つに叩き割りながら「騎士」へと迫る。


がいん!


 鈍い音がして、その剣が止まる。

 盾を構えてその位置でぴたりと刃を止め、逆に押し返す。

 止まった刃を戻す工程と同時に「騎士」が鎧武者へと迫る。


ドンっ!


 太鼓をばちで叩いたような音が響くと、接近時の加速を込めた右ストレートが武者の胸に突き刺さっていた。

 当然のことながら、武者は吹き飛ばされ、そのまま大穴の開いた窓へと飛び出していく。

 更に当然のことながら、地球上ではリンゴは真下に落ちるのが道理である。


「おおおぉぉぉぉぉぉ……」


 大きな唸り声がドップラー現象を残し消えていった。


「あ、あの……」


 部屋に入ってから一度も声を発しない「騎士」に早苗が話しかける。

 この「光速の騎士」は杉山茂なのだろうか、という疑問を確かめるために。

 一歩近づいた早苗に「騎士」が近づく。

 ぐい、と右手を掴まれると、そこにあるダイバーズウォッチが彼の掌中へと消える。


「え?」


 ぐ、と力が込められてめしめしっと破滅的な音と共に、時計が砕かれた。

 以前猛が言っていた通り、この時計は普通の仕事人の数か月分のお給料が必要なレアものだ。

 ただ、「騎士」が時計の成れの果てを早苗に見せる。

 砕かれたダイバーズウォッチの破片の中に、明らかにおかしなものがある。


「呪物……」


 ぽつりとつぶやいた早苗に「騎士」が頷く。

 紫の正四方形の小さな塊。

 時間と共に表面が波打つそれは間違っても時計のパーツではない。

 右の指でそれをつまむと、ぎゅっと力を込めた風で粉々に砕けてしまった。

 うむ、とばかりに「騎士」が満足げに頷いている。


「ど、どうしてここに」


 未だに何も言ってくれない「騎士」に早苗が縋る様にして尋ねると、「騎士」がばっと大きく飛び退けた。

 何かを探すようにして、きょろきょろと落ち着きなく「騎士」が周りを見渡す。

 ひょいと目的の物をつまみあげ、早苗へと渡してきた。


「ば、バスローブ?」


 部屋がしっちゃかめっちゃかになって飛んで行ってしまっていた未使用のバスローブであった。

 それを強引に早苗に渡すと、「騎士」は自分の槍を持って、部屋から逃げる様に飛び出していった。

 呆然とした早苗が自分を見下ろすと、ぼっと一気に全身が真っ赤に染まった。

 渡されたバスローブを抱きしめる様にして地面にうずくまる。


「そ、そういう意味か、あれはっ……!」


 いろいろあって早苗が着ていたバスローブ以外にインナーも切り裂かれており、グラマラスな彼女の体を纏う若干の布地は大きくはだけてしまっていた。

 下はスポーツタイプのショーツだからまだしも、上は切り裂かれて殆どブラの役割を果たしておらず、もう少しで柔らかな双丘の全部がまろび出る寸前であった。


「……なかなか、可愛い反応をするんだな」


 ふふっと笑う早苗の顔はどことなく楽しそうだった。

 




「ううっ、結局変態に思われたぁぁぁ……」


 勢いよく非常階段のドアを開くと、茂はつぶやいた。

 あたふたして半裸の早苗にバスローブを渡して逃げてしまった。

 ぽかんと早苗はしていたが、早々にどうしてバスローブを渡されたのかに気付くだろう。

 そしてきっと思うのだ。

 あの変態コスプレ野郎が、と。


「俺、泣くかもしれん……」


 ふんだり蹴ったりである。

 なんかこう茂が思い描いていた、ヒーロー的なカッコいい登場も出来なかったし、退場も痴漢の逃走劇と変わらない無様を晒してしまったわけで。


(人助けは、やっぱ警察に任せよう。もう、今回限りだもん。絶対にこの兵士セット捨ててやる!)


 変装セットとして使うのは今回限りである。

 可及的速やかにこれらを山に埋めるか、海へ沈めるかを検討しよう。


「くそ、くそっ!」


 だんっと踊り場の地面を蹴る。

 次は壁、手すり、壁、壁、手すり、とピンボールの様に壁蹴りをしながら非常階段を“蹴り”降りていく。

 ほぼ最上階から一気に“蹴り”降りていくと、徐々に加速がついていく。

 10階近くになるころには、ほとんど黒い大砲の様だった。

 蹴りつけられる壁や手すりには茂の兵士ブーツの靴跡がくっきり残り、一部はコンクリートの壁を砕いたり、手すりがひん曲がったりするほどであった。

 その“蹴り”降りる茂の前の5階の非常ドアが開かれた。


「ぬぉぉぉっ!?」


 「騎士」は急には止まれない。

 慣性の法則に従って飛んで行こうとする体に急ブレーキをかける。

 残念ながら犠牲が出る。

 両の手の全ての指と、両足でかけたブレーキにより、5階と4階の間の踊り場の壁が抉り取られるようにして崩れ落ちた。

 犠牲となった4/5のマーキングに詫びながらゆっくりと立ち上がる。


「あ、あぶねぇ……」


 調子に乗って急ぎすぎた。

 確かにあれだけの音がすれば避難しようとする者もいるだろう。

 その想像が働かなかった自分の頭の悪さを責める。


「あ、マントマンだー!」


 5階の扉を開けたまま呆然としているバスローブ姿の父親に抱かれた、パジャマ姿の女の子がいた。

 きゃっきゃと笑いながら、こちらに手を振ってきた。

 マント替わりの黒い布を纏う自分をつま先から眺める茂。

 よく見るとその女の子はレストランで手を振ってくれたあの子だった。

 自然と彼女に手を振ってしまった。


「あ、マントマン!ガンバって!!ばいばーい!」


 少女の声援を背に「騎士」、改めマントマンが今度は人を撥ねない様に階段を“正しく”駆け下りて行った。


書いても書いても終わらない。

どうしようかな?

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