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一般人遠方より帰る。また働かねば!  作者: 勇寛
4章

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5-4 接触 のち 後始末

 

 びゅおっ!


 横からの強風に車が大きく揺れる。

 叩きつけるような雨風の中で、窓を全開にしてさらにそこから身を乗り出す格好をしているのであればなおさらだ。

 道路も濡れてタイヤのグリップは利かなくなる。

 そこに来て高速走行を強いられるのであれば、かなりの危険を誘発する。

 自動で動くワイパーもマックスの速度でフロントガラスを行ったり来たりを繰り返されるが、それでも溢れる雨水は視界を奪う。

 そんな中で、後方から加速して接近してくる特殊仕様の大型バイク、シールド・キャリアーが間を詰めて来る。


「仕方ない! 多少危険だが、突っ込んできたら向こうの車と合わせて進路を塞げ!」

「大丈夫なのか!? こんな速度で、しかも滑るんだぞ! 接触事故なんざ、正気じゃねえ! 下手すりゃ一塊になって大クラッシュだ!」

「正面から狙っても装甲が厚くてうまくいかん! だがいくら装備を整えようが、どんだけ乗り手がイカレてようが、タイヤは二本しか無いッ! 横からバランスを崩してやればそれで終わ、げほっ、げほっ。それで終わるッ!」


 びゅおびゅおと駆け抜ける風の音が窓をかけているせいで、互いの声をかき消してしまう。その音に負けないように大声で叫ぶ。

 喉が枯れるほどの大声を上げているせいで軽く咳き込んでしまった。

 ぜいぜいと荒く息を吐く男は、目を血走らせている。

 多少、いやかなり余裕が無くなり、冷静な判断ができているのか自分でもわからなくなってきているのだ。

 追い込んでいるはずなのだ。

 たった一台の大型バイクでしかないシールド・キャリアーを銃火器で武装した護衛を乗せた車両で囲む。

 袋の鼠、籠の鳥と言っていい状況に持ち込んでいるはずなのだ。

 その"普通は詰んだ"状況なのに、まだ覆る可能性があると思ってしまっている。

 だからこそ、押さえなければならない。


「き、来たァァァッ!!」


 ぐん、とシールド・キャリアーが速度を上げる。

 車両に囲まれていること、相手が銃を所持していること、悪天候で路面が劣悪であること。

 それら一切がどうでもいいとばかりに真っ直ぐに突っ込んでくる。

 車線を塞ぐように車列を組んだ彼らのど真ん中、車と車の間を狙って走る。

 近づいてくるシールド・キャリアーへの銃撃は止んでいた。

 距離が近く同士討ちの恐れがあるというのもあるが、あそこまで撃たれたシールド・キャリアーが全く問題なく動いている以上、有効打とならない、要は弾の無駄と判断したからだ。

 だから窓から出した腕を引っ込め、そのタイミングを計る。

 蛇行運転をして若干の遅延行動をしてはいるがそれも焼け石に水。ここでこのイカレた大型バイクを止めるのであればもっと直接的な行動が必要なのだ。

 そして走行する両者の距離が近づく。両者がその瞬間、さらにシールド・キャリアーが速度を上げた。


「今だッ!! 潰せッ!!」


 端的かつ明確な指示。

 シールド・キャリアーが抜けて行こうとした両側の車両の運転手が互いの方向に向かいハンドルを切る。


 キュキュキュキュゥゥッ!!


 急ハンドルによる旋回にタイヤが横滑りして悲鳴を上げる。

 車内はシートベルトをしている運転手以外は、迎撃のために身を乗り出すのに、シートベルトはしていない。ハンドルを切った側に大きく体ごと持って行かれる。


 ゴンッ!


 そして、次の瞬間には音と共に、逆方向へと吹き飛ばされるような衝撃。

 必死に座席にしがみついたり、窓の傍のバーを握り締めるが、存分にバーテンのシェイカーの気分を味わわされることになる。

 鍛えられており、さらに衝撃の瞬間に力を込めて耐えたからいいようなものの、何の準備も無しにこの状況になればムチウチ確実。最悪何処かしらの骨を折っていたとしてもおかしくはない。

 それほどの衝撃を全員が受けている。


「く、……っ!? ウソだろ!?」


 声を上げたのはシールド・キャリアーの左側に車体をぶつけに行った運転手の男だ。

 シートベルトを締め、ハンドルを切ってシールド・キャリアーを挟み込むタイミングを計った都合上、彼が一番ダメージが少なかったのだ。

 他が視界に小さな星を浮かべる中、激突の瞬間にぎゅっとつむった目を開き、周囲の状況を確認することができた。

 そんな彼の目に飛び込んできたのは、弾かれて隙間を大きく開けた車両の間を、まるで問題なく通り抜けていこうとするシールド・キャリアー。

 それにまたがる二人組も特に彼らに興味を見せず、そのまま過ぎ去ろうとしている。


「させるかっ!」


 条件反射的に後先考えることも無く、踏込の弱くなっていたアクセルをベタ踏みして車に鞭を入れる。

 ぎゃりりぃ、と"衝撃で歪んでいる"車のフレームから聞いたことのないような異音をさせながらも、再度の急加速をした車がシールド・キャリアーを追いかける。

 辛うじてだが、追い抜こうとするシールド・キャリアーのケツに車両の右のフロントを追いつかせることができそうだった。

 大きく弾かれて制動を失いかけたのをカバーして追いかけて来る逆サイドで挟み込んだ"へこみ跡の残る"車体もバックミラーで確認できる。

 行かせるわけにはいかないという執念で頭がいっぱいになった彼には、自車と後方車両の両方が目に見えるくらいのダメージを受けていること。

 そして、シールド・キャリアーが問題なく走行できていることが、異常に不自然だということが頭の中で直結しない。

 いや、その時間的猶予もなかったことも原因ではある。


 ゴンッ!!


 後ろから前を走行する二輪車に突っ込んだのだ。そうなれば通常は前方を走行するバイクは転倒する。

 それが"普通"のはずだった。

 だが、そうであるなら先ほどの一回目でシールド・キャリアーは地面を転がっていなくてはならない。

 そうなっていないのならば何かの理由があるはずだと、本来は思い至らねばならないのだ。


 ごっ、ギュルルルッ!


「う、うわぁぁぁぁぁぁっ!?」


 跳ね飛ばされて、その勢いのまま高速で駒のように回転。

 運転席の男は叫び声をあげ、必死にコントロールを取り戻そうとハンドルを切る。一緒に乗っていた護衛チームはさらに悲惨である。

 固定されていない隣の味方は肉の塊として自分に襲い掛かり、逆に自分も同様に肉の塊として味方に襲い掛かることになる。

 だが、最初の激突前に銃のセーフティだけは掛けており、暴発することだけは無かったというのが救いではある。

 最後には無意識に踏んだブレーキで勢いを若干殺しながら、歩道沿いのガードレールに乗り上げる形で止まった。

 運転手は止まった時に飛び出してきたエアバッグに体を投げ出し、痛む体を起こして、全員の呻き声を確認する。

 ききぃ、というブレーキ音をさせて横付けした味方の車から、声を上げながら誰かが降りて来るのを聞き、体から力を抜いた。

 気を張っていたせいで気づかなかった各所の痛みが一斉に声を上げて来るのに辟易しながら、エアバッグに強く顔を押し付けるのだった。




「……あれが、報告にあった不可視の障壁か。あそこまでの耐久性があるとはな」


 傷ついた同僚の救出のため、シールド・キャリアーの右側からぶつかった車両から降りた男が苦々しげに呟く。

 幸いガードレールに乗り上げた車両から救い出した味方は、外見上はそこまでの怪我を負ってはいないようだ。脳内にダメージを負っている可能性は残ってはいるものの、この場でそれを判断する術はない。

 一先ずは使い物にならない車から引っ張り出した彼らを街路樹の傍にあったバス停のベンチに横たえる。雨が吹き込んで濡れてはいるが屋根がある分マシだと思われた。

 そんなバス停の薄暗いながらもついていた灯りが消える。

 そして街灯が一斉に落ちる。

 暗闇の中、スクラップ同然の車と、ドアに大きな凹みの残る車のヘッドライトだけが辺りを照らしていた。


「……工場の方、五号がやられたのか!? いや、もしかすれば一泡」


 吹かせたのかも、と続けたかったがどうも口が重い。

 まざまざと"普通"と"それ以外"の常識を見せつけられたばかりだからだ。もし仮に一泡吹かせたとして、その後はどうするのだ。

 用意周到に狩られている側からすれば、工場にも何らかの後詰はあって当然だと容易に想像できる。

 周りの電源が落ちたということは、自滅覚悟の一撃を放ったということで、そのあと場を切り抜けても満身創痍でこちらに来たところで何ができるものか。


「……俺たちは時間稼ぎにもならなかった、か」


 先程の光景が思い出される。

 ちょうどそこでスクラップになっている車の後方を走っていた彼らはあの瞬間、何が起こったのかを見ていた。

 ファーストタッチの時点で、大きく吹っ飛んだこともあり、スクラップ側とある程度の距離が空いたのだ。

 ケツからぶつけようとした先行車がシールド・キャリアーの後輪部を中心とした周辺に違和感を感じる光景を目にしたのはその時だ。

 雨の中で、そのまま流れ落ちるはずの水滴が何かに弾かれたようにして流れを作っていた。少し離れた場所では普通に地面へと落ちていくそれが、何かでワンクッション置いているように見えたわけだ。

 警告を発しようとしたときにはもう、シールド・キャリアーに突っ込んでいくところだった。

 結果としてシールド・キャリアーはそれに耐え、何一つ車体を揺るがせることも無く、走り去り、不可視の障壁と思しき何かにフルスピードで突っ込んだ先行車は錐揉みするようにしてこのありさまだ。

 明確にどこに何が来るかわかるような攻撃では、あの障壁は突破できないのだろう。

 となると、あの障壁を突破するには認識外からの不意打ちか、より強力な一撃を要するわけで。


(そんなもの、今すぐに用意できるかよ! くそっ、くそっ、くそがっ!!)


 がごんっがごんっ、とひん曲がったガードレールを蹴りつける。

 まあなんにせよここで自分たちはリタイヤだ。

 無事だった護衛車両がシールド・キャリアーのケツを追いかけて行ったが、あれらも先ほどの状況を見ているはず。

 決定打も無いのだ。迂闊に近づけはしないだろう。


「……とっととこの場をズラかる。囮側の奴等と合流して身を隠す……、駄目か」


 そう言った彼の視線の先、真っ暗な道路の向こうからハイビームにしたライトが彼らを照らし出す。

 明らかに法定速度を超えた速度で走る複数の光源を遠くに見つける。自分たちの側の車両ではないことは簡単に思いつく。

 彼は大きくため息を吐くと、バス停の屋根から顔を外にのぞかせ、ばしゃばしゃと降り注ぐ雨で顔を洗うように差し出した。


(ああ、畜生。どこで、しくじったんだろうな、くそっ)


 肩から掛けたライフル銃と、腰にさした拳銃をベンチに置き、両手を高々と上げて接近してくる車列に降参の意思が伝わるように車道に向かって歩いていく。

 その様子をみた残りの者のうち歩けるものはそれに追随する。

 その彼らの様子を見たのだろう。

 接近していた光源の一部はスピードを緩め、停車するそぶりを見せる。

 一方でスピードを落としつつも車道に出てきた彼らを避けて、大型のトレーラーと数台の車は脇から先ほどのシールド・キャリアーを追っていった。


(引き付けられてこれだけ、か。多少でもあいつらに有利になればいいが)


 ふ、と苦い笑いを浮かべる。

 バタンと音がして停車した車両から銃を構えた男たちが降りて来るのが見える。


「あーあ。こりゃ、風邪ひいちまうなぁ」


 言われる前にさっさと腹這いになり、足を大きく広げ、手を頭の上に持っていく。

 無駄に抵抗して蹴たぐられるなど、マゾでもないのだから遠慮したいわけで。

 濡れた地面に体を投げ出すと、濡れた体にシャツが張り付いて体を冷やしていく。それにつれて頭も冷えていく。

 ここで捕まるのも悪いわけではない。怪我を負ったものがいる以上、ここで捕まれば最低限の治療は受けることもできるはず。情報を聞き出すならば半死人よりは口が動くほうがいい。

 まさか、高潔だろう「光速の騎士」御一行が拷問などというような、非人道的な扱いを捕虜にはすまいと。

 ただ、諦めが心に広がると一気に心が弱る。

 そして思うのだ。

 ああ、つかれたなぁ、と。


(まあ、これも時間稼ぎ。これで戦力を少しでも削れりゃいい。……思ったよりも追跡が減らなかったが、これ以上はもう俺たちには何もできんしな)


 ふふふ、と疲れた声で低く笑い、近づいてくるばしゃばしゃという濡れた地面を蹴る荒々しい足音を聞きながら男はそう思った。


主人公って、何だっけ。

そんな内容だったりして。

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