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4-5 探合 のち 紅瞳

 


(お、俺たちにこの状況でどう援護をしろというんだ!)


 照明の無い廊下で接敵した「光速の騎士」と五号の戦闘。

 初手より、双方が真正面からぶつかりあうという展開になった。

「騎士」側のサポート戦力である突入班リーダー、木村はとっさに構えを放棄し、床に転がる。


ど、ががががががっ!!


 木村が飛び抜けた空間を、「光速の騎士」と五号がつばぜり合いをしながら突っ込んでくる。

全開でブーストされた五号の重量級の突進を、「騎士」が盾一つで方向を変え、壁に五号を押し付ける。

 当然のことであるが、そういう状況となれば五号の体でコンクリートの壁が抉り取られていく。先刻の轟音はそれである。

 直進してきた五号を壁へと押し付け、そのボディへとダメージを与えるというプラン。直接の接触時にかなりの力を込めるか、こちらも重量級の得物でなければ、ダメージを与えるのは難しいとの分析結果が出ていた。

 その結果を聞いた「騎士」は、"まあ、どうにかします"とぼかしてこちらに伝えてきたのである。明確にどうこうするとのプラン提示はなかったので、こういう方法に出るとは思わなかったのだが。


(ま、まるで参考にならん!)


 敵の「アーマースーツ」は確認できている限り二体はある。ジェイクの「スーツ」にそれなりのダメージを与えているのは確認したが、同型の二体が確認済み。

 場合によっては三体目四体目の存在を予測するのは、リスク管理上当然のことである。

 そして現状、ごくごく普通の人間である彼らの持つ「スーツ」の敵への対抗策と言えば消火器をぶっかける、というプランのみなのだ。

 ヤバけりゃ逃げよう、といういのちだいじに的な方針で今回の強襲を行なっているが、わざわざ危ない橋を渡らざるを得ないのならば最大の利益を求めるのは悪いことではない。

 だが、越えねばならないリスクが"これ"では、どうにもならない。

 こちらの戦力で対抗できるのは「騎士」とマユミのカードのみ。

 邪魔にならないようにするのが精いっぱいだというのが、非常に悔しい。


「今だ! 走れッ!!」


 鋭く「騎士」が叫ぶと同時に押さえ込んでいた五号の頭部へと、左腕を振り上げ、盾のへりを思い切り叩きつける。

 そして槍を「アイテムボックス」へと放り込み、空いた手で五号の腕をつかんだ。


ゴッ!


 鈍い金属音が響くと、壁にめり込んでいる五号がそこから抜け出てくるところだった。

 敢えてダメージ覚悟で隙を見せても、体が自由になる廊下側に脱出しようとしたからである。

 ただ、頑健極まりない「スーツ」は、コンクリートの壁の砕けた白い粉でまぶされていてもさほど動作に問題はなさそうである。

 そして、その間に「騎士」と五号の位置取りが大きく変わることになる。

 そうすると壁を背負う五号、その前に「騎士」、そしてその周りを囲む突入部隊。

 五号の逆サイドの壁際を駆け抜ければ、「騎士」が五号を押さえている限り、五号は後を追えない。

 そんな位置取り。


『行きなさい。これ以上ないタイミングよ!』

「っ!? ……行くぞッ!!」

「はいっ!」


 一拍、この場に「騎士」一人を置いていっても良いものか、と逡巡するがこの好機を逃せない。

 木村は耳に繋いだ通信機からの指示に従い、部下へと命じると同時にその場を駆け出す。

 この場で五号に対抗できるカードは「光速の騎士」以外に無く、その鉄火場に自分たちが残ることと離脱することを天秤にかけた。

 どう考えても残る方がリスクが高い。

 ならばこの先、通路のクリアリングや状況把握に人員を配置した方がいいはずだ。

 そういう風に外の車両内の仮本部で指揮をとる"彼女"は判断した。

 その間にも戦闘は続く。

 盾で殴りつけられることを嫌った五号が大きく体を振って掴まれていた右腕を振りほどいた。

 それを予想していた「騎士」側も、盾を体の前にかざしつつ五号から距離を取る。


「……やっぱ、こうなるか」

『見えてはないんですけど、そうなってるんでしょうねー。こっちもバタついてきたんでなんとかお一人で、時間まで踏ん張ってくださいよ』

「わかっててもどうにもできんことはある!」


 耳元に雑音混じりに語りかけてくる気安げな若い女の声。その音声の所々に、もしゃもしゃという咀嚼音が混じっている。

 時折、ちゅぅ、と何かしらのドリンクを啜っているような風情すらあったりもする。

 この剣呑極まりない場に何を考えているのか。

 直接通信になっている相手に苛立ちと共に声をかける。もちろん遮音状態でそれが五号に聞こえることはない。


「……お前、飯食いながら参加って! どういう根性してんだよ!?」

『褒め言葉ありがとーございます。あー、帰ってきたら食べます? ポテトくらいなら残しときますけど?』

「シバく! 絶対にお前、シバくかんな!!」


 叫んですぐにショートレンジでダッシュしてきた五号を躱す。

 ダッキングしつつ、躱しざまに盾で五号の腹に一発入れてみる。


どん!


(ちぃっ! やっぱこれじゃ、浅いかっ!)


 良い音はしたが、当たった感じは固い岩を殴ったようで、中まで響いた感触がない。逃げるために足を運んでいるために、地面から足が離れ腰が入っていないからだ。

 上半身の捻りを入れた拳打であるが、「騎士」の全力までは程遠い。

 行きがけの駄賃に入れてみた駄目元の一発であったが、大して双方へと影響を与えるまでには至らない。

 だが、脇を駆け抜けざまに拳打を当てた勢いで「騎士」がその場でくるりと半回転する遠心力を得る。

 ちょうど、五号の背中が半回転した「騎士」の真ん前に出て来る形だ。


(ならっ!)


 半回転の軸にした右足をさらに蹴り足の軸に。そして左足で五号の背中に向けてケンカキックを放つ。

 がんっ、と鈍い音と共に左足が当たった瞬間、「騎士」の背筋に何かうすら寒いものが感じられた。

 それは、野生の勘にも似た悪寒。

 頭でっかちの倫理的な帰結を導いた知性を塗りつぶす、危機に関して感じる直感という奴だ。

 臆病者、へたれ、チキンとも場合によってはなじられる"それ"。

 その"何かヤバ気"という理由のないそれに体が反応した。積み上げた攻撃プランをちゃぶ台返しのようにひっくり返す。

 緊急回避。

 左足に力を込め、蹴りつけたその接地面を土台に後ろに、全力で、跳ぶ。


ぶおっ!!


(あ、あっぶ、危ねぇっ!)


 コンマ数秒前まで「騎士」の兜のあったポイントに、五号によるバックハンドブローが放たれていた。

 各所のブースターのうち、腕部をフルスロットルで吹かしたのだろう。

 暗闇の中、ブースターの噴射光と焦げ臭いイオン臭が撒き散らかされる。


ごろごろごろっ!!


 床で数度転がり勢いを止めると、正面へと五号の姿をとらえる。

 きゅぃぃ、とモーター音と共に五号が「騎士」へと向き直るところであった。

 そしてゆっくりと「騎士」の前で静止した。

 昼に見たジェイクと同型と思っていたがよくよく見れば腕部や脚部のパーツ類に若干差異が見受けられる。

 それが昼の件を受けてのマイナーチェンジなのか、元々開発されていた別規格のパーツなのかはこの場ではわかりかねる。


「そらそうか。……速度で勝負するってのを、はなっから捨てたわけか。この野郎」


 ちぃ、と内心で舌打ち。

 五号側のプランはおそらくこうだ。

 敢えて「光速の騎士」に攻撃をさせ、その終わり、若しくは次への繋ぎに発生するであろう"間"で一発ぶち込む。

 自身の強度にある程度の信頼を置いたハイパーアーマー戦法。

 今まで映像として残る「騎士」の戦法などの分析がなされたことは容易に推測できる。

 得意な部類である主兵装としての槍や、ジェイクの装甲へとダメージを与えたハンマー、そしてオーガ・ザンバーは、広い空間がある屋外ではなく、壁のあるこの廊下では十分に振るうことは難しい。

 そして斧系統。単純に攻撃方法を書くならば、構え、振りかぶり、当てる。このスリーステップ。

 そちらも選択肢としては挙がるが、いかんせん先の三つと比較して斧はリーチが短い。リーチさえあれば、相手はその距離を詰めるために構えの前にもう一工程、詰めるという作業が必要だ。その一工程分だけ"間"が短くなる。

 リーチがない分、ノーガードでの殴り合いとなる可能性は高いはずだ。

 時間もない以上、我慢比べをしたくはない。

 以前のジェイク戦で纏わりつきボコるというプランをしたこともあったが、あれは初見殺しも兼ねたオーガ・ザンバーの一発を当てるための布石としての側面もあった。

 今回はそのオーガ・ザンバーが封じられ、それ以外の手段での一発で稼げるダメージの上限が五号の防御力を貫けるかどうか、というところがもどかしい。

 この廊下での戦闘を強いるのであれば、有効策であると言わざるをえないだろう。

 ヒットはいらない、狙うはホームラン。ならば全打席ど真ん中をフルスイングで、というわけだ。


(見透かされてるなぁ……。まあ、ノープランで突っ込んでくるようなことはないだろうとは思ってたけど)


 目まぐるしく眼球を動かし、周囲の状況を観察。

 ばくばくと弾む心臓が血液を全身へと運んでいくのがわかる。

 目まぐるしく動き回り、双方の立ち位置が最初とは逆になっていた。

 つまり、「騎士」の背中側に突入班が駆け出して行った未確認区画が。そして五号の背中側に踏破してきた区画がある状況。


(さぁて、どうするかねぇ。接近戦用に工夫してきてるってことだし)


 ここでくるりと背を向けて突入班の後を追うには、リスクが高い。

 かといって五号に向かっていくというのも打撃力の低い現状では得策ともいえない。

 その状況下で最大効率化された場を作るという意味において、五号は正しい。


ふぃぃぃぃぃぃ……。


 小さく吸気音がする。

 先程のバックブローから考えるに、消火器を使う妨害策は対応されているか、効果を減じることができるようになっている可能性が高い。

 常に考えるべきなのは最悪のパターンであり、そこへどのようにして"至らないように"動くかが大切だ。

 となれば多少不利を承知でも最もベーシックなスタイルで行くのがベストであろう。


「打ち負けたらどうしよう」

『あー。ヤバ気なら早めに言ってくださいねー。少しだけなら人数回せそうなんで』

「……やめとけ。俺一人でどうにかするか、どうにもならなきゃケツまくって逃げるから」

『そう言ってくれると思ってました! こっちもそろそろ動くんで、これで一回オフります!』

「あ、おい! ……切れてやんの」


 もろもろをモニタリングしている相手からの通信が途絶すると同時に、五号が突っ込んでくる。


(ま! ちょっと試してみるかねぇ)


こきっ……


 軽く首を傾げて音を鳴らす。

 乾いた唇を軽く舐めると、盾を前に掲げる。

 先程は速度に角度、衝撃の大きさを敢えて受けてみたのだ。

 壁に押し当て、五号のアーマーを削れるかどうかも確かめてみたかったわけだが、どうやら壁面の大きくえぐれた跡を見る限り、先にヘタレるのは壁の方だろう。

 内部の浸透ダメージまでは分からないが、外から見る限りガワは至って頑丈に出来ている。

 だが、まだ一つ試していないことがあった。


ひゅぃぃぃぃぃっ!!


 甲高い風切り音と共に突進してくる五号。

 それを真正面から受け止める形の「光速の騎士」。

 そういう立ち位置に、外からは見えた。

 何の小細工もなく、まっすぐに突進してくる五号。窓のない廊下という閉鎖空間を強制すれば、その威力をダイレクトに伝えることもできる。

 壁面へと押しやるにしても「騎士」の体力を削ることもできる。プランとしては上々だ。

 ただし、それは物理法則をベースにした戦いの場合は、である。

 そして、「光速の騎士」はその枠からほんの少しだけずれた、小さな小細工ができる。

 一歩だけ踏込み、「騎士」が五号との間の距離を詰めた。

 瞬間、声を発する。


「っ!「ハイ・センス」!」


 踏み込んだ足が地面に触れるのと同時に、周囲の空気がどろり、と粘度を増していく。

 盾を握る左手を突進してくる五号の前に翳そうとするも、その動きは遅々としてまるで蟻の歩みのようでもある。

 汎用スキル「ハイ・センス」。

 使用者の知覚能力をほんの一瞬だけ極限近くまで強化するというただそれだけのスキル。肉体強化スキルに分類されてはいるのだが、筋力・頑健・瞬発。それら一切の基礎的能力の向上はない。

 知覚能力を強化しても、身体能力はその効果範囲外であり、素のままの「騎士」のポテンシャルでその引き伸ばされた知覚能力を扱う必要があるわけだ。

 泥田の中に突っ込んだ足を引き抜くように全身に力を込めるが、意思に反して体が思うように動かない。

 もどかしいほどのその引き伸ばされた一瞬の中で、それでも目的としていたジャストミート。スイートスポットともいえるその位置へと盾を移動させることに成功。

 そしてそのまま、再度叫ぶ。


「シィィィィィィィルゥゥゥゥドォォォォッッッ! バァァァァァッッッッッシュゥゥゥゥゥッッッ!!」


 地面を強く踏みしめた足、盾を目標ポイントに運んだ左手、それに添えられた右手。

 そして激突寸前の位置にある五号のアーマー・スーツに包まれたその重量級のボディ。

 盾にその体が触れるまでわずかに数センチ。

 わずか爪一つ分だけの空間。

 その間隙を突いて放たれた、スキル。


めごぉぉぉっ!!!!


 激突したその一点を中心にして破裂音、いや致命的ともいえる破壊音が波紋のように広がり、その両サイドにいた両者を跳ね飛ばした。







『……常を確認。リチェック、並びにパイロットの意識状態をチェック』


 薄れ行く意識に機械音声がかかる。

 音声が聞こえているのは分かるのだが、それが言葉として認識できない。

 どこか遠い異国の映画音声にも似ていた。


『……バイタルの緊急低下を再度確認。意識状態の混濁を感知。戦闘状態につき、プログラム主導のセミ・オートに移行。緊急覚醒処置をパイロットの了承を省略し実行。中止時はパイロットによるマニュアルモードへの変更か、音声による明確な拒否を』


 何を、言って、いるの、か………。


『パイロットの音声による拒否、マニュアルモード変更を未覚知。緊急覚醒処置を開始。ショックパルス、チャージ』


 ……ぁ、う……。


きゅぃぃぃぃぃ……!!


 何かがチャージされていく音が耳元で聞こえていた。

 ただし、聞こえるだけだであったが。

 そしてチャージ音が消え、かち、と何かが押される音がした。


ばじぃぃぃぃっ!!!


「ぎ、ぁぁぁぁぁっ!!??」


 背中から腰、さらに爪の先にまで走る強烈な痛み。

 真っ黒な墨汁のような水面へとまっさかさまに落ちて行く意識を、五号は辛うじてその痛みで留めることができた。

 全身の皮膚を一斉に画鋲で引っ掻いたかのような、氷点下の海へと裸で放り出されたかのような。

 そう、この顔半分を焼いたあの時の痛み。

 あれと変わらないほどの痛みが全身の皮膚表面だけを焼いていた。


「く、くぁぁぁぁっ……!」


 痛みが未だにひかず、広げた口からぼだぼだと唾が溢れだして止まらない。

 なんだ、一体何が?


『緊急覚醒処置の初期マニュアルに従い、再度のショックパルスをチャージ。中止時はパイロットによるマニュアルモードへの変更か、音声による明か……』

「マニュアルモード、オン!! チャージを中止する!!」


 瞬時に理解した。

 理解と同時にやるべきことをやる。まずは、この拷問にも等しい緊急覚醒処置を実行しようとするプログラムを黙らせる。

 強制的に意識を回復させるための緊急覚醒処置は、このアーマー・スーツを着込む際に着用するウェットスーツにも似たインナーの各電極を共鳴させ、パイロットの皮膚表面の一番外にある表層部を電気で炙るのだ。

 首から上以外を包むインナーが一斉に共鳴し、電気を発し、皮膚を一斉に焼く。

 はっきり言うがこれで目覚めないのであれば、それはすでに緊急搬送を必要とする重篤な状態である。

 そして、逆に言えば"それ以外の状態であれば"、意識の回復を期待できると、開発者は自信満々に言い張っていた。

 奇しくもこの鉄火場の一番大事な場面においてそれは証明されたわけであるが。


「く、ぁぁっ! ……な、なに、が?」


 とはいえ、そんな強制的に叩き起こされたわけで状況の把握にまでは至っていない。

 五号が忙しなくモニタを見つめるが、半分は砂嵐に変わっている。そして残り半分は真ん中に画面の罅が走り、色調が滅茶苦茶だ。

 辛うじて映像として判別できる程度の画質にまで落ち込んでいた。


「な、なんでこんな位置にまで?」


 いつの間にか倒れている。

 いや、吹き飛ばされたのか。

 周囲を確認すると、そこは廊下の端。左を見れば階下へと至るための階段と、電源を消失した搬入用の大型エレベータが見える。

 意識は徐々に回復してきた。

 先程まで自分は「光速の騎士」と戦闘中であったはず。

 直前までの情報が脳みそへとダウンロードされていく。


(そ、そうだ。「騎士」、「光速の騎士」は!?)


 ぐり、とぐらつく頭を廊下の中央部。先ほどまで自分のいた場所へと向ける。

 そうすると、「光速の騎士」が立っている。

 左手に掴んでいるのは何かの柄のようで、逆の右手には盾"だった"表面部を持っていた。

 そして、その二つをくっつけたり、離したりしていた。何度も何度もそれを繰り返しているがその二つはくっつくことはなく、「騎士」はがっくりと肩を落としてどこか煤けたようにも見える。

 恐らくだが柄と表面部は二つで一つ。盾として存在していたものであったのだろう。

 だが、今ついさっき分かたれ、破損し、修復できないと思い、「騎士」は凹んでいた。

 あきらめたのか「騎士」はその二つを廊下の端へと放り投げ、ゆっくりとこちらへと歩いてくる。

 代わりのヘビー・シールドと収納したばかりの槍を取り出して、軽く槍を握る右手をぷらぷらとさせて調子を見ながら。

 距離があり、警戒もしているのかその歩みは慎重でゆっくりとしていた。


「く、くそっ!」


 歩いてくる「騎士」に抗するため、一気にアーマー・スーツを引き起こす。

 立ち上がった瞬間に、プログラムが警告メッセージを発する。


『警告。先ほど設定範囲を超過するGを感知。本機体の耐Gレベルをはるかに超過。パイロットの循環器系への深刻な影響を……』

「げ、ゲボォォッ……! グボッ、が。ガハァ!?」



 機械音声が言い終わる前、突如として襲ってきた堪えようのない吐き気。

 ヘルメットの中に、盛大に反吐をぶちまけることになった。


がしゃぁっ!


 立っていられない。

 蹲る様にして胃液をヘルメットの中へと吐き出していると、その中に鉄の味が混じる。

 五号は自分で自分の顔を見ることはできない。

 胃液をまき散らしながら、両鼻からのおびただしい出血がそれに混じった結果である。

 そして、視界が急に暗くなり、両の頬を何か温かいものが伝っていく。


「な、なんで、こ、こんな?」


 流れ落ちるのは血。

 両の眼からは血涙、おびただしい鼻出血に、止まらない嘔吐感。

 はっきり言うが、戦闘不能状態。

 いや、それどころか即緊急入院コースのダメージを受けている。

 混乱の中で五号は先ほどまでの戦闘を思い出す。意識が飛んで記憶が消えているのでなければこれはたった一瞬で受けたダメージだ。

 防御力という点では、恐らくバズーカの直撃にも数度は耐えられるとのカタログスペックのこのアーマー・スーツを着た五号を。


(……そんな隠し玉を持っていたの? いや、そうだとしたらなぜセミ・オートが動いている!? いえ、スーツ自体のダメージは、そこまででもないの!?)


 モニタは砕けているが、スーツ自体のダメージコントロールは上手くいっている。表示を信じるならば、約七割の機能は問題なく動いていた。

 つまり、立ち上がれないのはパイロットである五号のコンディションの問題であり、アーマー・スーツは稼働できる程度の破損だということだ。


(耐Gレベルの超過……。そしてこのコンディション。さらに、この場所ってことは)


 ばらばらになった欠片が合わさり、答えを紡ぐ。


(そ、そんなことができるの!? ど、どれだけの衝撃だと!?)


 あり得ない回答ではあるが、考えるにそれが一番しっくりくる。

 物理法則と常識にケンカを売るようなそれとは。

 五号の突進をそのまま打ち返す。

 あの「光速の騎士」が持っていた一枚の盾で、真正面からブースターで十分に加速し、トンを超える質量も持ち合わせた五号を包むアーマー・スーツを、その打ち出した場所へとそのまま打ち返した。

 それしか考えられない。

 鋼鉄の球の中にプリンを詰めてピッチャーが百六十キロで投げるとする。そしてそれをバッターが全力で打ち返す。

 結果、鋼鉄の球は然程傷つくことはないが、そのなかに詰められたプリンはどうなるだろうか。恐らくはぐちゃぐちゃになることだろう。

 そのプリンが今の五号の状態ということだ。ぐちゃぐちゃでもプリンは美味しくいただけるだろうが、五号はそんな単純に出来てはいない。人間だからだ。そして人間である以上、その限界値は明確に設定されているのだ。

 しかもバットの芯を食ったその一発は場外ホームラン。さらに芯を食った一発というのは、実はバッターはそこまで衝撃を感じないのだそうである。むしろ軽く感じるほどだともいう。

 なぜなら衝撃はほぼボールに綺麗に伝播し、推進力へと変わるからだ。



(そ、それがこのざまだ、と? ふ、ふざけているの?)


 理不尽。

 あまりにも理不尽。

 ゆっくりと歩いてくる「光速の騎士」を壊れたモニタ越しに、血の涙であふれさせた目で睨む。

 人の世界で作られた物を、軽々とそれ以上の領域で超えていく。

 そんな理不尽を許していいわけがない。


 口からこぼれた胃液に血が混じり、血反吐となる。

 そう、人間であるのだ。

 血反吐をまき散らしながらも、先に進めるのが人間だ。


 五号は、自身へと向かってくる「光速の騎士」を睨む。

 その紅の瞳は、まだ光を失ってはいない。

 抗うことこそ、人が人である証の一つなのだから。

これを2/14に書いていた。

世の中の皆が愛を伝える日に。


……何、書いてるのかと投稿前に自問自答する。

そんな今日でした。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 擬音語の使い方があまり良くないかなと。 情景描写において視覚情報の他に匂いや音などを交えることでリアリティや没入感が増すというのは知られた話ですが、逆に言えばそれに貢献しない擬音語など…
[一言] >あきらめたのか「騎士」はその二つを廊下の端へと放り投げ、 ゆっくりとこちらへと歩いてくる。  ゴミになっちゃったんですねぇ。 お気に入りだったみたいなのに・・ でもその辺には捨てていか…
[一言] 最近は、女性から渡すので無く男性からも多いと言うのが一点、 渡す相手も異性では無く身近な人やお世話になった人といった多様性のある相手に渡すようになった事が一点、渡すものは焦げ茶色の板切れだけ…
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