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3-6 韜晦 のち 拳骨

 さて、ご覧いただく皆さまにつきましては、少しばかりお時間を頂戴したい。

 「光速の騎士」が高級ホテルのセミスイートへと不法侵入するよりも、少しだけ時間を遡っての一幕についてである。



「やっばい!やばかった!!マジでやっばかったっ!!!バレるとこだった!!」


 レストランフロアの上にある屋根に腹這いになり、ぜはぜはと荒い息を吐く真っ黒な塊がある。

 ずりずりとホテルの壁面まで這いずってどっかりと腰を下ろす。

 シックな色調のダークブラウンの外壁と夜間ということも有り、その黒い塊を見つける者はそうそういないだろう。


「く、くそっ。高いんだよ、こんな無駄に高いホテル建てるんじゃねェよ!ちくしょう!日本人なら 平屋の日本建築に泊まれってんだ!バカと煙みたいに高けりゃいいってもんじゃないだろうに!」


 顔を覆う黒い布を外し、まったく見当違いな八つ当たりを言いながら、すーはーすーはーと荒い呼吸を整えようと深呼吸をする。

 現れたのはどこにでもいる平凡な日本人顔。

 我らが主人公杉山茂であった。

 

「あの子、騒がないでくれて本当に助かった!本当に助かった!!」


 レストランフロアが全面ガラス張りとは知らなかったのだ。

 なにせこんな高級ホテルにご縁なぞ全くない。

 こっそり壁を登れば誰にも見つからないだろうと思ったので、ボルダリングしてみた次第である。

 ただ、昇り始めてちょうど真ん中のレストランフロアに着いた際、全面ガラス部分以外から、登れるとっかかりが見つからず、意を決して飛び出したわけだ。

 上階の縁に掴まった茂を見つけ、にこやかな笑みで手を振る女の子。

 覆面替わりの黒布の下で苦笑いを浮かべ、なんとなく手を振りかえしてしまった。

 レストラン内ではなぜか祝福されているカップルがいたので、きっと喜ばしい何かがあったのだろう。

 今の茂とは真逆の何か喜ばしいことが。


「ずりぃ。みんな幸せってずるい。なんで俺、こんな苦労しないといけないかなぁ」


 ずずっと鼻を啜る。

 これは外で体が冷えたからでた鼻である。

 間違っても誰かを羨んで、自分と比較して出た鼻ではない。決して、ない。


「でも、取り敢えず屋上までは、あと半分……」


 一番の難所を超え、あとは真っ直ぐな壁面を眺める。

 この辛いだけの命綱なしのボルダリングは、ここまでと同程度の苦労で終わるはずだ。

 ガラケーで調べたホテル・スカイスクレイパーの最上層、スイートルームは21階からの展望が望める。

 晴れた日には美しい山々の描く稜線と、逆方向の海までの広い街並みが目に映ると書かれていた。

 それを信じるならばあと10階少々昇れば最上階、そして屋上のはず。


「恐らくまだ上だな。良い部屋泊まってるなぁ火嶋教授。教授って金持ってるんだやっぱ……」


 彼女が一般宿泊フロアにいるならもう少し楽だったのだろうが、流石は教授職。

 お金持ちのフロアにご宿泊のようで、「気配察知:小」にぎりぎり感じられるくらいの距離からするに、ここの最上階に近いフロアでご宿泊のようである。


「でもなぁ、どうやって警告しようかなぁ。急に部屋とか訪ねたら気持ち悪がられるし。猛が世話になってる人に変なヤツって思われると、あいつの成績にも関わってくるし……」


 ここまで来てどうしようと頭を抱える茂。

 昼間の森のカマドから、スパゲティ屋、そして公園に、ホテルスカイスクレイパー。

 その全部に、“嗅いだことのある”“変な臭いが漂った”サラリーマンがいるのである。

 少し気になってその後をこっそりばれないように追いかけたのだが、彼は早苗をこっそりつけているようなのである。

 早苗の行く先々にどうもついて回っているようだった。

 思い返せば森のカマドに、早苗たちのすぐ後に入ってきたサラリーマンだと気付き、茂は確信した。


「ストーカーって初めて見たんだよなぁ。美人さんだし、そういう危ないファンとかでてくるんだろう。教授、警察とかに相談してないのかな?それともまだ気付いてないとか?」


 むむっと悩みこむ。

 ストーカー。

 近年社会問題化している一方的な恋愛感情を持て余す類の人間。

 対象と恋愛関係であると思い込んでしまい、極端な行動に出ることも珍しくないとニュースなどでも度々報道されている。

 弁護士や警察の協力、公のサービスなども利用して身を守ろうと、昨日の夕方の特集でもやっていた。

 ちなみにそのストーカーさんはホテル1階の喫茶店でコーヒーを飲んでいたのを確認している。

今は「気配察知:小」によると、そのまま喫茶店にいるようだ。


「ううーん。でもなぁ、危ない感じするんだよな。あの人」


 兵士などをしていて、ちょっと危なそうな不審者を見分ける鼻は鍛えられたと思う。

 兵士歴3年の経験からするとあのサラリーマンは、“何かやらかしそうなストーカー”だと茂は判断したのだ。

 しかも、“臭い”。

 こちらでそんな“匂い”がすると思わなかったのだが、あの“匂い”がするのはやらかす気満々ということだ。

 早苗は色々と修羅場をくぐってきているようであるが、それでもか弱い女性である。


「死霊術なんて外法、使える奴日本にもいたんだなぁ。まあ、昔話とかにも出てきてるし。基本的にアレ使うやつって下衆しかいないんだけど。とりあえず、今日一日はあのサラリーマンの監視兼ねてこっそり護衛しよう。そんで、明日教授に警察に行くように伝えればいいか」


 きっと警察はあのストーカーにきちんとした対処をしてくれるはずだ。

 今日一日は茂が見張っていればいいだろう。

 猛にはメールで「悪い、ちょっと飲みに行くことになった。夕飯自分でどうにかして。帰りは明日になるから」と送ってある。

 返信は「それなら俺パピプの生放送、遠慮なく見れるし。飯はホカ弁でも買うから気にしないでいーよ」と心強いお言葉を頂いた。


「よっしゃ、行くぞ。屋上までっ!」


 気合を入れ直し、茂は壁の小さな傷に指を這わせるのだった。




 と、いったことがあった後のセミスイート室内である。


(あのストーカー、逃げた?えーと、エレベーターか?下に向かってるな)


 屋上待機していた茂の「気配察知:小」がストーカー君が早苗の部屋近くに接近してくるのを捉えた。

 すぐに早苗の部屋に向かおうと思ったのだが、一応茂の勘違いだと拙いので外から覗くことにした。

 さすがに女性の部屋を覗くのは倫理的にお巡りさんを呼ばれてしまうが、今回は特別だと自分の心をごまかすことにした。

 結果、やはりあのストーカーは暴走、一寸ばかりカッコいい武者の亡霊を早苗にけしかけ逃げて行ったのだ。

 包丁とか刃物ではなく、死霊術を使うというのは一般的ではないが、やっていることは暴走ストーカーそのものである。

 ガラスが厚く防音のうえ、外の風が強くて全く中の音声が聞こえなかったのだ。

 ただ、見た感じ早苗は相手を嫌っており、相手は嫌味な笑顔をして部屋を出て行った。

 きっと早苗に強く出て行け、と言われ負け惜しみでも吐き捨てて亡霊をけしかけて逃げたに違いない。


(全く、ストーカーっていうのは聞いてた通り、マジで自分勝手だよな!振られたからって相手に暴力を振るうなんて、どういう神経してんだよ!)


 咄嗟に窓を破って早苗を助けに入ったが、危ない所だった。

 せいぜい“C級”の亡霊兵とはいえ、武器も持たない人にとっては脅威となるだろう。


(仕方ない。女性の警察官に教授を預けるまでは俺が対応しよう)


 散らかってしまったセミスイートの広い部屋で鎧武者と、西洋の兵士の格好をしたものが対峙する。

 見様によってはコスプレの着替えのためにホテルを利用している瞬間、とも思えるが実際の所はかなり剣呑な雰囲気が漂っていた。


「おおおおおお……!」


 唸り声をあげて突っ込んでくる亡霊武者。

 茂は一歩踏み込み、盾で思い切りその突進に向かってスキルを放つ。


「ハッ!!」


ドンっ!


 接触した瞬間、その勢いのまま突進方向とは逆に向かって亡霊武者が吹き飛ばされる。

 茂の持つ兵士御用達の汎用スキル「シールドバッシュ」であった。

 如何せん、物理攻撃にしか作用しないが、よくこのスキルでヘビーボアやワイルドラビット、ポイズンスネークの突進を跳ね返していたものである。

 初めの頃はよく失敗して撥ねられていたものであるが、数十回の失敗の後完全に自分の物としてからは最も使い込んでいるスキルだった。

 ちなみに「聖騎士」はこれの完全上位互換で全方位完全防御可の「オールリフレクト」を初日からばしばし使いこなして、練習で撥ね飛ばされてくたばっていた茂に、ふふんと余裕の笑みをかけていた過去がある。

 そんなとても悔しい思いをした思い出があったりもする。


(しかし、ラッキー。こいつとは相性がいい)


 ごろごろと転がる鎧武者を追いかけて廊下まで出る。

 ゆらりと立ち上がった鎧武者の翁の面に若干のひび割れができていた。


(突進、斬撃、後は素手だろう。奥の手で呪術とか使われるとちょいきついけど)


 茂に気付くと鎧武者がまたも突進。

 今度は打突に切替えてであるが。


(残念!)


 接触の瞬間にまたも鎧武者が弾き飛ばされる。

 しかも先程より勢いをつけて突っ込んできた分、その反動はデカい。

 早苗の部屋の逆のセミスイートのドアを粉みじんにして転がっていく。

 威力はヘビーボアの方が上、鋭さはポイズンスネークの方が上。

 要は充分に対応可能である。


(ふふふ、異世界での修練と、更には学生時代から音ゲーで鍛えに鍛えた俺の腕を舐めるなよ!)


 毎日のようにぼろ屑になる茂を見かねた「聖騎士」がアドバイスしてくれたのだ。

 これは要はタイミングを計るゲームと同じだと。

 上から降ってくるマークに合わせてボタンを叩けば高得点になる。

 そのタイミングを間違えなければいいのだから、感覚的には音ゲーと同じ扱いで考えればいいのだと。

 目からうろこの大発見であった。天啓ともいえる。

 音ゲーの元祖である「ドラムの天才」の携帯版プレイヤーであった茂は、そのアドバイス以降めきめきとコツを掴み、ついには「シールドバッシュ」をモノにすることが出来たのである。

 しばらくして“本当にありがとう”と「聖騎士」にいうと柄にもなく照れた様子で、それに突っ込んだらものすごく怒られた。

 「聖騎士」だけでなく「軍師」も「魔王」も怒ってきた。

 いつもからかわれている仕返しのつもりであったのだが、最近の高校生の心が分からなくなった瞬間でもある。


「ちょっと失礼」


 誰の部屋かも知らないので申し訳程度に、挨拶して不法侵入する。

 ノックしようにも部屋の扉は跡形もない。


(うっわ、マジでごめんなさい)


 室内で立ち上がる鎧武者の横の大きなベッドの上には、あられもない格好の女性と、腰にバスタオルを巻きつけただけの男がいた。

 男はベッドわきの背丈ほどのスタンドライトを掴んで、女性を庇うようにして武者との間に割り込んでいる。

 なかなかの男気であろう。

 地面には脱ぎ散らかされた下着類が転がっていた。


(あの時のカップルさんだ。……マジでスマン。でも悪いのはあのストーカーだから)


 よくよく見るとどこかで見た2人である。

 確か茂が決死のボルダリングをしている最中に、皆から祝福されていたカップルではなかろうか。

 クロークに掛けられたスーツとドレスに見覚えがある。

 2人の格好から予想するに、高級レストランで飯を食い、“うっでゅう、まり、み?→おふこーす、いえす”と永久の契約をし、良い酒を飲み、一世一代の奮発した部屋に戻れば、こうなる。

 それはもう燃え上がった心と体で、永遠の愛を確かめ合うのにおっぱじめるに決まっているだろう。

 何を、とはあえて言わないが。


「な、なんだ!お前ら!!」

「あ、あれ「光速の騎士」?」


 茂に気付いた女性を勇敢にも男が震えながらも守ろうとしている。

 それに反応した鎧武者が、男に襲いかかろうと太刀を振り上げ……。


(ああ、そりゃダメだわ)


 瞬きする間もないほどの速度で、男の前に翳された盾が太刀の刃を止める。

 刃を弾かれ蹈鞴をふむ鎧武者目掛け、茂が右手で拳打を放つ。


ガンッ!


 思い切り顔面を殴られ、翁の面をさらに割られた武者が、先程転げ込んできたドアの向こうに再び消えていく。


「あ、あああ……」


 切られかけ、呆然と口を開けたままにした男性と、体を必死にシーツで隠そうとしている女性に向けて茂が深々と頭を下げる。

 彼もまた入ってきたドアに向かう。

 ただ、思い出したように男性に向けて、親指を立てて“ナイス!”とハンドサインをして廊下へ出て行った。


「な、なんだった。今の?」


 後には2人のカップルが残されるだけだった。


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