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4-2 警報 のち 睥睨

 鳴り響く警報の中を、大人がスチール製のロッカーを二人がかりで必死の形相で抱えて走っている。

 どん、と投げ捨てるようにして通路にそれを積んでいく。他にもスチールデスクやひっくりかえったキャスター付きの椅子に、本棚やそこに入っていた書籍、電気ポットやテレビ、PCモニターなどが雑然と積み上げられていく。とりあえず、ありとあらゆる重そうなものをいっしょくたに纏めて放り込んでいるのである。

 彼らは突発的なこの強襲に対応するため、簡易的なバリケードを築いているわけだが、一様にその表情は暗い。

 消失した電源は未だ回復せず、廊下はグリーンの非常灯と各々の持つ電子機器の明かりだけが光源となっている。


「正面に確認にいった奴らから連絡は!?」

「誰一人戻ってきませんし、通信は途絶したままです。 通信の回復は期待しない方が!」

「……ッ! 撤収はどこまで完了した!?」


 ケツに火がついているどころか、背中まで火の手が上がってきているようだ。すでに状況としては最悪の一歩手前と言ってもいい。


「六割程度です! 明日の移動のために事前に準備していた分はなんとか.……ですが総て完了するには……」

「研究員の奴らをとにかく急かせ!! 本当に必要なところ以外は放棄していく! 完全な撤収などできるものかよ!!」

「分かりました!」


 駆け出していく部下を横目に見ながら、ちっと乾いた舌打ちをすると浮かんできた汗を拭う。

 周囲の皆も荒く息を吐いている。

 この廃工場からの撤収を決めたその当日に、このような形で強襲されることになろうとは。


(……泳がされたな。昼間に我々とぶつかるよりも、夜に虚を突いてくるとは。「光速の騎士」はこういった衝突には消極的だと思い込んでいた我々の戦術コーディネーターのミスといえばそこまでだが。だが、我々もそう思っていた。……これは、痛い。取り返しのつかん痛手だぞ)


 バリケードを作る警備を統括する男は渋面を作る。苦み走った表情は平静を保とうとしてもそういうわけにはいかない。


かっ、かっ、かっ……。

がしゃしゃしゃん!!!


 モルタルの床の上を歩く靴音がした。

 瞬時に最大の警戒度で緊張していた全員の銃口が、その靴音が聞こえる廊下の先に向けられた。

 もしかしたら戻ってきた保安要員なのではないか、という楽観的な憶測は捨て去られている。もし仮に自分たちの側の人員であるならば、あのような落ち着いた一定のリズムを刻む靴音をさせて悠々と歩いてはこない。

 ということは消去法で、あれは敵でしかない。

 全員が目印になるような電子機器をOFFにして身を潜める。

 窓もない閉鎖された状態の廊下の先は真っ暗で全く見通すことができない。


ぐび……。


 誰のものか知れない唾を飲みこんだ音が静まり返った空間に小さく響く。

 各々が廊下の幅いっぱいに押し込んだバリケードの隙間から、銃口だけを出してその先から来るであろう敵に備える。


かっ、かっ、かっ……。

……かさかさっ……かさっ…。


「隊長……」

「おう、そういう事だろうな」


 予想はしていた。

 ここまでの段取りからすればどう考えても、「光速の騎士」にはバックアップ要員がいる。朝の襲撃時の時間稼ぎに出た「騎士」モドキしかり、暴走ワゴンしかり。

 どの程度の規模かはわからないが、「騎士」のケツを任せられるだけの実働部隊。

 衣擦れの音から察するに先行する「騎士」に続いて、複数の実働部隊の人員も参戦している。

 つまり、敵は「光速の騎士」という“特異戦力の部隊編成化”という難題に成功、若しくは積極的に取り組んでいるということになる。

 それは“自分たちが目指しているもの”に近しい。

 あまりに突出した戦力はバランス感覚を欠く。本来のテストでは落とされるような数値であったとしても、力押しでどうにかなってしまう。

 特異戦力。ここで現時点で確認できた者でいえば「光速の騎士」にジェイク、五号。彼らのような戦術的不利を一人で盤面からひっくり返すことの出来るカード。

 他には「骸骨武者」こと黒木兼重。あとは模造異能者デミ・サイキッカーの面々もこれに当てはまる。

 それらの戦力、彼ら側の持ち札でいえばジェイクや五号をサポートする体制と、その継続的な運用こそが肝となってくる。山積みのそれらの問題をクリアするための様々な解決策を試行錯誤していくことが今の彼らの優先事項であったのだが。

 恐らくではあるが「光速の騎士」のチームは特異戦力の運用に対してある程度の形ができている。つまり、先んじられたということになるだろう。


かっ、かっ、かっ……。


 響いていた足音が止まる。

 最後の一歩で止まったそれは、予想通り「光速の騎士」であった。

 暗闇の中で、辛うじて視認できる程度の光源の中では、漆黒のカラーリングでコーディネートされた彼の姿は視認し辛く、さらにバリケードからある程度の距離をもって止まった。


「撃ちますか?」

「……いや、向こうがこちらへ来ない限り射撃体勢を維持。……これだけの銃口の前で棒立ち。“普通なら”奴が正気とは思えんが……」


 グローブとライフルのグリップがぎちぃ、と鳴る。

 優位な位置取りでキルゾーンを設定。その範囲内に「光速の騎士」がいる。

 時間稼ぎを主とするなら、この膠着状況は願ったり叶ったりだ。

 だが、その場で悠然と立つ「光速の騎士」が不気味である。

 まるでこれが取るに足らないことだと言わんばかり。


……こき。


 小さく「光速の騎士」が首を傾げて音を鳴らす。

 その何でもない動作の一つ一つに相対する保安員たちが大汗をかいているとも知らずに。


……ふっ……。


 軽く「騎士」が右手を正面へと向けると、「騎士」の姿が消える。

 それは「騎士」が隠れたわけではなく、彼の目の前の空間になにか黒い靄がかかり、視界を覆ったからだ。

 何度も繰り返し「騎士」の戦闘時の映像を穴の開くほど見ている保安員にはわかる。

 あれは「騎士」の持つ権能。

 何もない空間から、物体を取り出すという物理法則を無視した“こちら”では異能と分類されるそれ。

 使用者の「光速の騎士」だけというわけでなく、“向こう”ではそこらを歩くほとんどの住民が使えるありふれた汎用スキル「アイテムボックス」である。

 ぼやっ、といつもより大きめな空間を包み込んだ靄が晴れる。

 そして、そこには「箱」が置かれていた。横幅は二メートルほど。高さは百七十センチくらいで、大きなスチール棚と言われればそういう風にも見える。


「……なんだ、あれは」

「しゃ、射撃許可は!?」

「い、や。……しかし、あれは?」


 見た限りただの「箱」。

 飾りもなく、バリケードの向こうから覗きこむ限り装飾もなく塗装もない鈍色の金属の「箱」。

 それが一個置かれていた。

 ただ、装飾も何もないが、前面に穴が開いている。ちょうどド真ん中にだ。

 銃撃を避けるための壁として取り出したのであれば、そのような穴があるのはおかしい。

 そう、思った時であった。


 ずっ……がごんっ!!


 金属同士が擦れる音と、何かを力任せにつきこんだ時のような音が響く。

 同時に、先ほどの箱の穴から、何かが突き出ている。


「あれ、は?」


 全員が一瞬、ぽかんとしてしまったが「箱」を貫く“それ”を見ていたこともあり、まったく同時のタイミングで気付く。

 あれは、あれは!


ごろ、ごろ、ごろっ……!!

ごり、ぴしっ…………


 全員の気づきと共に、「箱」が唸りを上げて前進を開始する。

 ゆっくりとその前進に押しつぶされた細かなゴミが破裂音と共に粉となる。


「…………っ!? 撃てぇっ! 近づけさせるなっ!!」


 気付いた隊長が、声を上げると同時に射撃を開始する。

 閉鎖空間ということで、グレネードなどの爆発系の攻撃手段が一切使えないということが悔やまれる。


「た、隊長! あれは!?」

「あれは、あれは衝車だっ!! 畜生、なんでそんなカビの生えたものを!?」


 正面から見ればただの「箱」だと思っていたが、前面は傾斜がついている。銃弾や爆風などを上部方向へと逃がすための傾斜である。

 そしてごろごろと響く音から察するに複数の車軸とタイヤ。爆ぜたゴミから考えるに、かなりの重量を備えたその箱。

 最後に「箱」のど真ん中に空いた穴から突き出ている、その“バケモノ”。

 昨日の朝方に初めてお披露目されたオーガ・ザンバーがその穴から突き出ている。

 そう、「光速の騎士」が準備したのは衝車。前時代的なそれである。


ずだだだだだだだっ!!


「しょ、衝車? 何です、それ!?」


 鳴り止まない銃弾の雨の中、それに負けないような大声で隊長に叫ぶ。

 それはそうだ。

 衝車など、そんなものは廃れて久しい。そんなものを準備するくらいならば、他の手段で十分代用が出来る。

 だというのにそれをぶつけてきたのだ。この拠点制圧という現代の戦場で。

 はっきり言おう。奴らは頭がオカシイ。


「ええぃ! あの野郎、ラム戦をしようとしてんだよ!! 海じゃなくてこの陸上でな!?」

「ラム…………。衝角ラムっ!? 正気か!?」


 すでにそういった装備はほとんどの艦艇にはなくなっているものだが、海の上での戦いではまだ想定されるべき“アクシデント”の一つである。

 物凄く雑な言い方をするならば、船の頭に尖った衝角ラムをつけ、敵船へとぶつかる。そして船を沈める。

 近接装備の充実と船同士がぶつかり合うということ自体が避けるべきこととなっている現代では消えていった遺物。

 衝車とは概念の近いものだ。

 古の時代。砦や城の門や壁にぶつかることで大穴を空けるための攻城戦の装備、いや兵器の分類にあたる。

 そしてあの「箱」はオーガ・ザンバーを破城槌に、「箱」本体を質量に、そしてその推進力を「光速の騎士」にした衝車だということだ。


 ごろごろごろごろ…………!!

 カンカンカンカン!!


 銃弾の雨の中、どんどんとその地鳴りのような音が近づいてくる。

 銃弾が、弾かれている音がする。

 先にも書いたが、もう一度考えてみる。特異戦力とはどういった“モノ”を指すのか。

 彼らのような戦術的不利を一人で盤面からひっくり返すことの出来るカード。

 そう、一切合財を“力ずくで”どうにかしてしまえるという異常な戦力のことだ。


「よ、避けろォォォォォッ!!!」


 突っ込んでくる衝車の勢いは止まらない。

 簡易的なバリケードに身を隠している彼らは、そのバリケードのあまりの“薄っぺらさ”に根源的な恐怖を感じてしまった。

 簡易的とはいえかなりの量の机やらロッカーで塞がれているはずだというのに、それがそこらのホームセンターのベニヤ板と変わらないと感じてしまった。

 誰が叫んだか、わからない声。もしかすると自分が叫んだのかもしれない。

 それに合わせて、全員がバリケードの傍から大きく飛び退けた。

 瞬間。


 ど、ぉぉぉんっ!!!


 双方がぶつかり合った瞬間、全員が思ったとおりにバリケードが吹き飛んだ。

 そしてそのまま吹き飛んだバリケードの構成材が逃げ出した者達の上へと降り注ぐ。


「ぐ、ぁ…………」


 倒れた保安員の全員が衝撃に息も出来ないほどになっている。


 ばたばたばたっ!!


 そこへと駆け込んでくる複数の足音。

 目線を上げると、特殊部隊仕様の装備に身を包んだ者たちが、床に転がった銃を蹴飛ばして自分たちを無力化しているのが見える。

 だが、床に転がる全員がそんなことを気にしてはいなかった。


 ずる、ずごっ!!


 バリケードに突っ込んだ後に廊下の壁にめり込んだ衝車。

 そこから食い込んでしまったオーガ・ザンバーを引き抜く「光速の騎士」。


 がしゃん!


 悠然と引き抜いたそのオーガ・ザンバーを肩に担ぎ周りを睥睨する。

 その視線と自分の視線が重ならないように、全員が目を伏せた。



 しつこいようだが、特異戦力とは何か。

 それは、圧倒的な暴力を以って、全てを台無しに出来る者を指すのだ。

除夜の鐘を聞いて思いつきました。


……嘘です。なんかそんなボケをしてみたくなっただけです。

今年一年ありがとうございました!

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― 新着の感想 ―
[一言] 更に、騎士には馬鹿でかい剣を動かせるのに狭い場所が邪魔になれない。
[一言] 隊長さんよく「衝車」なんて知ってたなw実は古代中国史スキーか?w いつかの訓練を思い出しますねえ、力技や意識の外からの奇襲で速攻クリアされるバリケード……(白目)
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