2-2-裏 政治 のち 警報
「……やはり、解散総選挙の流れは避けられませんか」
「すでに既定路線と考えて鼻の利くものは水面下では動き始めているだろうな。一度目のホテルスカイスクレイパーの件に関してはまあ無理にでも“個人間の諍い”とでも言い張れただろうが。二度目三度目と立て続けに事件が発生してはどうにもできんよ。国の首班として現在の治安状況への対応について糾弾されては、どうやったところで言い返すこともできん。ただ、今までこういった“人外”の事案が表ざたにならなかったのが現代社会だ。そういう意味では現政権の不運ともいえるが」
白石雄吾に並んで後部座席に座った門倉が羽田へと向かう車中で昨日の横澤総理との会談内容についてのミーティングをしている。
昨日は雄吾の側にしても門倉の側にしても、報告・相談すべき内容が多すぎて朝一からの打ち合わせではすべて終わらせることができなかったためである。
さらに言うならば、他者を含めた会議とは別枠で行わねばならない「光速の騎士」関連の項目については、人が捌けた瞬間を狙っての報告となる。
それにもう一つ加えるならば、完全な情報セキュリティを門倉が管理できる社長室で行なわなくてはならない。白石総合物産の社内とはいえ、「光速の騎士」関連の案件については最重要機密のうえ、「存在しない事案」として取り扱う必要がある。社員の出入りもある会議室でこっそり、というわけにもいかないのである。
事実、外部より持ち込まれたと思しき「購入履歴の無い通信機器」を数点発見しているという経緯もある。さすがは「光速の騎士」の関係疑惑リストのトップに君臨する会社であるといえるだろう。
そうなると迂闊には話せない内容は可能な限り閉じられた空間で行われることになる。
「まー、あんな仏頂面の男とそんな暗い話をされちまうと飯も酒もまずくなるってもんだけどなぁ」
「どうせただ酒だと思って、しこたま飲んだんだろうに。全く、四ツ田“いい子”にしていたのか、お前?」
「そりゃあ、借りてきた猫のように大人しいもんだ。でしたでしょう?」
運転席から緊張感のない声色で、四ツ田が言い放つのに少しきつめの呆れた返事で茶化す門倉。
会社の駐車場まではきちんと締めていたネクタイをくつろげて、肘をサイドに乗っけながら高級車を片手運転をする四ツ田は、どう見ても超一流企業の最高責任者の運転手としては不適格極まりない。どちらかといえばヤクザの若頭の車を転がすチンピラの舎弟がふさわしいかもしれない。
「門倉、確かにあの場では四ツ田の方が合っていたかもしれんよ。一国の首相とはいえ人間だ。あれだけ叩かれれば明るく食事会というわけにもいかないだろう」
「だ、そうだ。まあ、ため息は多かった印象でしたからね。ムードメーカーとしては俺の方が良かったさ。それに向こうの連れもなかなか面白いのを連れてきてたしな」
ふむ、と腕組みをして門倉は座席に深くもたれかかる。
横目でそれを見て雄吾が話の筋を元に戻す。
「今までにない脅威、というファクターはあるが、現実問題としては国民の安全を守れなかったという事実がある。レジェンド・オブ・クレオパトラの後で治安維持の徹底を言明したのにというのが悪かったな。被害者側に死者・重傷者がいないということも焼け石に水だ。……本当はそれがどんなに異常な奇跡の上に成り立っているかを考えるべきなんだが」
「ただ、政権交代までは届かないようですね。各社、選挙を見込んで一斉に世論調査をしていますが、単独で与党に迫る野党はなさそうです」
「そりゃあ、なぁ。しょっぱなで勢いよくぶっ放しちまったもんだから未だに軌道修正できない始末だ。吐いた唾は飲めないってことさ」
「そんなところにまで影響が出る。……日本人の「英雄願望」は少々度が過ぎている感もしてきたな」
ふふ、と笑う雄吾に今日付けの東京の主要新聞紙各紙を手渡す門倉。
政治・社会面を開くと、主要政党の各々の支持率がグラフ化されていた。
与党連合の合計支持率と野党の支持率には若干の差が見えた。
「与党批判に使うのに最初の事件で野党各党が一斉に「光速の騎士」と「骸骨武者」。両方とも徹底的に叩きに叩いたモンだから。シージャックまではそれでも政権と違う路線を走るしかなかったんでしょう。潮目を間違えたってので慌てて振り返ってみたら、それは茨の道だった、ってなとこです」
「全件解決に尽力したのが無私の奉仕者、理想的なビジランティの「光速の騎士」。「骸骨武者」に関しても多少血生臭いとはいえ、民の味方側に落ち着いて。それの手綱を執るのが政府直轄の特務チーム。……批判十、賛成〇で立ち回った党派は軒並み伸びていない様子で」
舌の根も乾かぬうちに「光速の騎士」の擁護に回る蝙蝠気質の中堅どころは別として、それなりに顔の知られた党の執行部クラスが鋭い舌鋒で批判に回ったところは厳しい結果となっている。
争点となるべき治安問題に関して、強く与党側に詰め寄れば「先日の発言」がネットで掘り返され、かといってそれに触れない内容の、年金やら、医療やら、先日自ら辞任した元大臣の金銭問題やらを対象とすれば、「弱腰」「逃げ」とあざ笑われる始末。
かといって与党としても、警察力のみでシージャック・銀嶺学院占拠を解決できなかった誹りは免れることはできない。さらに言えば、事件を引き起こしたテロリストグループであるトゥルー・ブルーの主犯格の検挙も未だなされておらず、さらには「光速の騎士」「骸骨武者」の法的な扱いをどうするのかという問題についても決着がされていないのが現状であった。
法治国家である以上もっとも忌み嫌われるものは、当然であるが法の手を離れる無軌道な暴力である。彼らの行使しているのが純然たるゲンコツと変わらない暴力であるのは否定しがたく、野党だけでなく与党内でも暴力行為に対する拒絶を表明する者も出ている。そしてその意見に対し、真っ向から拒絶するには「騎士」にしろ「武者」にしろ解き放たれればどうなるか容易に想像できる力なわけで。
例えるなら「世界」という名の幼稚園の園内に、首輪なしで猟犬が迷い込んできたようなものだ。それがよく躾けられ、人を襲わないと言われたところで恐怖心を完全に払しょくできる訳もない。
「総理も自身の後継がどうなるか頭が痛い所だな。結局のところ、ベテランの中原か、若手の清水、そのあたりが落としどころになる。与党内でも多数派工作を始めているだろう。解散総選挙だ。ここで目立とうとする奴も出て来るはずだが、泡沫候補か次回への布石程度の者でしかない。……ただ、後任にはある程度のコネクションを総理側から繋ぐとのことだ。そう考えると警察キャリア上がりの中原がこちらとしてはやりやすいんだが」
「清水ではやはり若いとお思いですか?」
「年齢だけが問題ではないよ。以前レセプションで会った印象だと、本質的に勉強は出来るタイプだ。しかし自発的な発想力・瞬発力には欠ける。一方中原は政界もそうだが世間で揉まれてきた。そのあたりは出来ずとも粘り強く次善策をひねり出せる。清水は周りがどう支えるかで如何様にも変わる資質がある。それは平時には名君と成り得るが、今の清水の取り巻きにこの鉄火場を仕切れるだけの人材が思い浮かばん。彼のルックスの人気に集まった迎合派のイエスマンが多すぎる。中原が清水のブレーンとなれば話は別だが。だが仮に清水がトップになったならば中原は主流派からは少し外れることになるはずだ。……自らの足元を脅かすライバルを手元に置いておけるだけの気概が、清水にはあっても取り巻きが拒絶するだろうさ」
ぱらりとめくった新聞のカラーページには今の話題の清水と中原の国会で質問をしている時のバストショットが並んで掲載されている。
黒々とした髪を短く切りそろえ、彫りの深い顔立ちに浅黒い肌の40代後半の清水。そして少し薄い髪を撫でつけた60過ぎのがっしりした肩幅の黒縁眼鏡の男、中原。
世間の下馬評もこの二名が次期総理の本命だと考えているのだ。
「面白くねぇ。……少しぐらいのサプライズはあってもいいと思うんだが?」
「無理だろう。このタイミングで大きく変わることは危険だと国民も気付いているさ。多少年寄りの大臣経験者が人気取りの若手に取って代わられるくらいで落ち着く。……少しばかりおかしな金の流れがあるのだけが気にかかるが」
四ツ田のボヤキに門倉が答える。
「……大きな変わり目にはそういうものが間々あるのは確かなんだが。純粋に利権だけを求めてのいつもの流れと趣が異なる。どうも複数の新興宗教と国外のコングロマリット関係かららしいのでね。それもあって今回の渡米というわけだ」
「シライシ・アメリカからは今のところ情報はほとんどない状況ですね。……向こうの査察部が移動中に何か掴んでくれればいいのですが」
「期待は出来んな。横澤総理としては私が北米に向かったということを喧伝して企業連合の連中への抑止力としたいのだろう。国内の問題以外に手を出せる余裕がなくなりつつあるからな」
一応は白石グループの北米拠点であるシライシ・アメリカへとグループトップが急遽視察にということになってはいるが、実際のところは先日の横澤総理からの依頼でもある。白石雄吾という置き石を北米に置くことで、ある程度の状況の停滞を狙ってのことだ。
白石グループ側にとっても政府とのコネクションと「光速の騎士」についての黙認の代価としては致し方ない点はある。
実際、昨日の会合で直接の言及は互いに避けたが、「光速の騎士」「骸骨武者」という戦力の保持についての確証に近い感触は共に掴んでいる。
「政治ですねぇ……。ワイドショーのネタに出来ない厄ネタじゃあ、こっちは使えないんですが」
「ふふふ。ある程度の誇張と添削をした上で頼む。上手い事、掻き回しておいてくれ。「騎士」擁護派、排除派共に論客もそろったようだしな。毒にも薬にもならないように。出来るだろう?」
「まあ、それが仕事ですからねぇ。……任されましょう」
ぽりぽりと首を掻きながら疲れた声で四ツ田が答えた。
「問題が無ければ帰国まで三日、四日というところか。何もなければいいんだが……」
ふう、とため息を雄吾がついた瞬間である。
ぶるるる……ぶるるる……。
バイブモードにしていたであろう携帯電話が門倉の内ポケットで震える。
話の途中ではあったがそれを全く無視して内ポケットの「非常案件」用のそれを取り出すと表示を確認した。
「どうやら何かあったようです。申し訳ありませんが今回の同行は出来ないようです」
「……わかった。被害が大きくならないうちに対処を頼む」
門倉の取り出したそれに表示されているのは、「騎士・エマージェンシー」の一文であった。




