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3-3 喫食 のち 裁決

本日1本目です。

「杉山、ではなくて…猛君から今日はこちらでバイトだと聞きましてね。終わりは昼前だという話だったので。もうそろそろかと」


 早苗がちらりと自分の手首のごついダイバーズウォッチを見て時刻を確認する。


「……いい時計してますね。メーカー品ですか?」

「知人から、先日プレゼントされましてね。使いやすいのでそのまま貰うのは悪いとは思ったんですが、そのまま使わせてもらってます」

「兄貴、これ調べたら80万のレア物なんだよ。すごくね!?俺も教授とかになったらもらえないかなー」

「お前はまず、卒業してからそれを言えよ。去年の成績表、親父に見られてため息つかれてたんだぞ?」

「それ、言うなよー。恥ずいじゃんかー」


 ちらと早苗のダイバーズウォッチを見て、茂は店内を見渡す。

 忙しい時間は過ぎているが、それでもちらほらと入店してくる者もいた。

 いまもサラリーマン風のグレーのスーツ姿の男が入ってくる。その男を見て茂は鼻を指で擦った。

 笑われている猛を囮に茂は体を捩じり、スタッフブースに掛かった時計を覗く。すると興味深そうに伊藤がこちらを見ているのに気付く。


(店長、仕事しろよ。でももう11時過ぎてたか……。一応バイトは15分までなんだけど)


 朝の早番は8時15分からの3時間。

 一応もうすぐ終わる予定ではあるのだが。

 昼食のラッシュが始まるのはもう少し後、この店のランチが始まる11時45分からだ。

 近隣の常連達もそれを知っているので昼を食べに来た客で席が埋まるまでは、朝のモーニングとの間で少しだけ平穏な時間が流れる。

 具体的には客と軽く話を出来る程度には。


「一応もう終わる予定なんですけど、引継ぎとかもあるんであと30分くらいはかかりますが?というか何の御用ですか?」

「いえ、昨日のから揚げ定食美味かったとの話で盛り上がりましてね。昼になにを食べるかという話で、茂さんに聞いてみようということで。ゼミ生で一緒に行きたいという奴らが着いてきたんです」

「兄貴のお勧めに皆で行こうってことになってさ。バイト上がりにどっか連れてってくれよ。飯代は教授が出してくれるって」

「猛、そういう話飲食店内でするもんじゃないぞ?」


 はあ、と迂闊な弟に注意する。


「まあ、出来るならうちのランチを勧めたいところですが」

「あ、店長の伊藤です」


 少々ぼやきながら現れた伊藤を茂が紹介する。

 苦笑しながら早苗が会釈し、猛がやっべぇ、という表情をする。

 周りの者も猛を小突いたり、テーブル下で足を蹴ったりしているようだ。


「まあ、学生さんが多いですからね。うちは軽食がメインですし、がっつり行くならほかの店でもいいかもしれませんね。ちなみにどんなリクエストですか?」

「昨日はから揚げですから、洋風が良いかなという意見ですね」

「店長、良いトコあります?」

「ふむ……」


 悩む伊藤。


「こちらが美味い店を知っている店長さんですか」

「そうですね。任せて問題ないと思いますよ」


 伊藤がむむむっと悩むこと暫し。

 顔を上げて自分のお勧めを伝えてきた。


「この近くだとハンバーグセットが美味い「タワラ焼」。パスタなら「ヤミ・ヤミィ」ですかね。前者は肉が良いし、じっくりと焼き上げてふっくらと仕上がった肉から甘い油がしたたります。しかもコーンスープは自家製で甘くて美味い。後者は断然ミートスパとトマトソーススパ系統がおすすめですね。この周辺だとダントツのスパゲティ屋です。ベーシックなスパゲティをあのクオリティで出されるとねぇ。うちもあれを越せる物を作りたいと努力してますが、なかなか……」


 気のせいかじゅるり、という音がした気がする。

 おかしな沈黙が下りる中、早苗が手を挙げる。


「とりあえず、ホットコーヒーを4人分。茂さんがバイト上がるまでにどちらに行くか決めておきますよ」


 にっこりと笑った早苗の注文を受けて会釈した伊藤と茂は仕事に戻るのだった。




 至って普通である。

 学生を教えるという立場上、様々なタイプの人間を見てきた。

 真っ当ではない"裏側"の仕事に携わり、それ以外に分類される人間も見てきている。

 犯罪行動学の教授の立場から色々と"壊れた"人間も知っている。

 それと照らし合わせても間違いなく、杉山茂は普通の男だった。


(特に格別光るものは無いが、かといって劣るものが無い、そういう人間だ)


 火嶋早苗の下した杉山茂の評価はそういうものだ。

 性格的に好感の持てる人物というプラス評価は加味されるが、それも平凡な人物との評価を覆すまでには至らない。

 むしろ弟である杉山猛の方が、優秀な人材であるとの評価が高い。

 彼自身が怠惰な気質を持っている為、あまり他者に比較して秀でていると見られていないが、所謂"本気を出していないだけ"を地で行っているだけだ。

 本気で何かに取り組めば、超一流とまではいかずとも、一角の人物に成れる可能性はある。

 では、消去法で彼が「光速の騎士」かというとそうではない。

 実際に「騎士」の現れた時刻に早苗はゼミを行っており、そこに猛が出席しているからだ。

 あの2ショットに映った「盾らしきもの」は間違いなく、茂の所持品、ないしは茂の関係者の所持品ということになる。


「どうしたんですか?口に合いませんでした?」

「あ、いえ。そういうわけではないのです。さすがぽっちゃり伊藤。良い店を知っていますね」

「ぽっちゃ、…いや、まあそうなんですけど」


 はははと本心からの笑みを見せる茂。

 他のゼミ生もがつがつとスパゲティを啜っている。


「んま!美味し!うん、確かにあの店長、趣味良いわぁ」


 普通の店なら大盛りサイズの大皿にどんと盛られたスパゲティ。

 各々がお勧めされた通り、スタンダードメニューを選んで一心不乱に食べ進めている。

 一応早苗の腹についてこれる、比較的大食いの部類のメンバーだけで来たのだが、盛りだけでなく、なんせソースが美味い。

 ナスとトマトのスパゲティを頼んだ茂は、くるくると麺を巻き取り、最後に一欠けナスをフォークの先に突き刺して口へと運ぶ。

 もぐもぐとしていると程よい酸味がトマトから、ナスからは甘みを感じ、少しだけ太めになるようにゆでた麺と非常に合う。


「うん、美味しい」

「あ、スギのおにーさん。本当にありがとうございます。いや、結構博打気味で教授についてきたんですけど、俺たち大勝でした!」

「そうそう。無難に牛丼とかハンバーガーに行った奴ら、ヘタレた分、損したよな」

「シェアとかすれば、皆で来ても良かったかも。マコとか結構パスタ好きなんだよね」

「あ、言ってた言ってた。都内の行列してるパスタ店、1時間待ちしたって言ってたもん」

「俺も行ったけど、断然こっちの方が美味いよ。いや、流石ぽっちゃり伊藤。ナイスチョイス!」


 いつの間にか伊藤店長のあだ名がぽっちゃり伊藤に定着している。

 申し訳ない、と内心で謝ると共にこの店を教えてくれた伊藤に感謝を捧げる。


「そうだ、茂さん。一つお聞きしたいことがありまして」

「なんですか?」


 早苗がいつの間にか空になった皿を横にどけると、体を前のめりにする。

 それに押されて少しだけ茂は後ろに引く。


「今私たちが調べている「光速の騎士」についてなんですが」

「……いや、俺あんまり知らないんですよ。実際に見たこともないので」


 ふっ、と早苗が笑う。

 椅子に置かれていた自分のカバンからタブレットを取り出し操作すると、茂の前に横向きで置いた。

 画面上では何かを再生しようとしており、待機中を表すマークがぐるぐると円を描いていた。


「なんです?」

「これは当日の「光速の騎士」の映像です。まあいろんな人が動画サイトにアップしているので、ほとんどアングルは変わらないんですが、これはちょっと面白いものが映っていまして」

「はあ……」


 ボックス席になっていた為、茂の座る横は通路側だった。

 その横に早苗が自分の席を立ち上がって無理矢理腰かけてくる。

 それに押され、皆が一つずつ席をずれた。


「え、と?」

「もうすぐです。ちょっとお待ちを」


 映像はあの「光速の騎士」の撥ねられた交差点。

 他のゼミ生も興味深そうにその映像を見つめる。

 どうやら鉄道と検証サイトの男たちが喧嘩しているところを撮影しているところのようだ。

 つまりいつもはテレビとかで流れていない、本来カットされていた所

 そして、映像を止める。


「ここです。ここ」


 早苗が指差した先、そこに映っている男がいる。

 喧嘩の様子を苦々しげに眺めている。


「…兄貴、これ兄貴じゃないか?」

「肉親もそう思うか。茂さん、これあなたですよね?」


 一時停止されたその画面を拡大する。

 間違いなく、茂がそこに映っている。


「……えーと、ですね?」

「ほかのアングルの映像も確認しました。全てではないですが他に投稿された映像にも貴方"らしき"人物が映っているものがありますよ?何故、「光速の騎士」を見ていないと嘘を?」


 ぶわっと汗が出る。

 周りのゼミ生も興味深げに茂を見る。

 仕方ないと覚悟を決め、本当はもっと練り上げてから話す時に使おうとしていた嘘話を披露する。


「……恥っずかしい話なんですけど」

「ええ」

「バイトが無いって言われたんでゆっくり帰ろうって思ったんですよ。その途中でその映像の所通りかかったんです。そんでいろいろあって喧嘩してた人が道路に飛び出して行ってですね?そこに、すごいスピードでトラックが突っ込んできたのが見えまして」

「なるほど」

「それで思ったんです。うわ、あの人たち死んだな、って」

「ああー俺も思った!あの速度で突っ込んでこられたらアカンって」

「私も私も!グロ映像にしかならない奴だったもん」

「それで?」


 早苗が話を先に進める様に促す。


「もう怖くなって、そういう死体?とか見たくないし、屈みこんでそっから全力で逃げたんですよ。いや、救急車とかそういう事も後でだったら考えましたけど、ケータイ失くしてたし、いっぱい人がいたから誰か連絡するだろうっていう事で。角まで逃げて後ろ振り返ったら何か歓声上がってるし、何が起きたのかわかんなくなって。パニックっていうんですかね?それで真っ直ぐ家まで帰ってテレビ付けたら、「光速の騎士」一色で」

「そうでしたか」

「確かにね。俺、その現場に居たら茂さんみたいに確かに逃げるかも。怖いですもんね」

「えー。でも、まず警察とか救急車連絡しないと!」

「いやー。俺、正直落ちついて110とか119押せる自信が無いかも。なんか道路で事故見てゲロ吐いてる気がする」

「わかる!集団心理っていうやつらしいよ。何となく周りに合わせてしまうっていうのこないだテレビでやってた!」


 やいのやいのゼミ生の学生連中が騒いでいる。


「兄貴、だからあんなに「騎士」のニュース嫌な顔してたんだ。そうだよな、自分は現場にいたけど見てないのに、皆その話題してて、入りにくいよなぁ」

「後はさ、実際に人が事故に遭うって初めてだったからさ。やっぱりちょっとあの映像見るとドキドキするんだよ」

「軽いトラウマってやつですか?」

「多分ね。……そんなわけであんまりあの話題に入りたくなくって……。なんか嘘ついちゃってすいません」


 という感じで茂は頭を下げて謝る。

 実際に"いま"早苗たちに嘘をついているのだから、謝るのだ。

 嘘をついてごめんなさい、と。

 その謝罪には誠心誠意の100%の謝意が込められている。


「……そうでしたか。なにか新しいことでも見つからないかと思ったのですが」

「お力になれなくてすみません。いや、基本ヘタレなもんで」

「兄貴、大丈夫。俺もその現場に居たらビビッて逃げるか、ゲロ吐くかしてるって」

「そうっすよ。おにーさん。俺もゲロ吐いてます」


 ばしばしと猛と、その意見に同意した男子学生が茂の背を叩く。


「ちょっとー。私まだ食べてるんだけどー!女の子の前でゲロゲロって、デリカシーなさすぎじゃない!?」

「あ、それはスマン。ほら、スギも謝んねーと」

「うん、ゲロゲロいってゴメン!」

「サイテー。また言ったしー。教授ー、どうにかしてくださいよー!」


 唯一の女子が早苗に窮状を訴える。

 それを受けて微笑んだ早苗が裁決を下す。


「お前ら二人、ここの飯代は自腹だからな」

「うっそ!教授、それは酷い!」

「スギもタケもざまぁってことよ!社会常識を学ぶが良いわ、ふっふっふ!」


 ちょっとおかしなコントを繰り広げる彼らを見ながら、茂も大いに笑う。

 その輪に入っているはずの早苗は、横に座る茂を見て微笑んでいる。

 ただし、その目は笑ってはいなかった。


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― 新着の感想 ―
[一言] 異世界から帰った翌日からずっと探られる毎日な話に閉口
2022/02/23 17:53 退会済み
管理
[一言] 面白い!!
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