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3-1 コンビニ のち 安堵

 コンビニエンスストア。

 多くが24時間営業をしており、そのラインナップは老若男女が必要とするものを的確に突き、顧客のニーズにあったものを提供することを至上命題としている。

 このコンビニというものは来店した客を意図した移動経路に誘導できるように配置が為されているそうだ。

 一般的に、店舗の外側に書籍関連の棚があり、そこにまずは客を誘導する。

 そして、そこで立ち読みなどをしたあとに、自分の必要なものを購入するのだが、レジまでに"一つかごに入れよう"という細かなものを配置し、不必要なものを購入してしまう。

 つまり、コンビニへ入店して必要なものだけを買って、帰るということは難しいのだ。

 頭のいい大人たちが、いかに物を買わせるかを追求した配置になっているのだから。

 なにを言いたいのかというと、買い物をする前には立ち読みがしたくなるものだということである。


「駄目だ、やっぱ覚えてない……」


 茂は異世界拉致までに読んでいた漫画雑誌をラックに戻す。

 確かに楽しく読んでいたはずの漫画だったのだが、どうしても思い出せない。


「先週どうしてこんな流れになってたんだっけ?」


 地球の時間軸では僅かに1週間前の出来事であるが、茂にとっては3年と1週間前である。

 好きで読んでいた漫画の前回分がいまいち思い出せない。

 好きで読んでいたものはまだマシで、流し読みで読んでいた漫画についてはすでに登場人物の名前すらあやふやになっている。


(全っ然楽しく、ないぃぃ……)


 こちらに戻ってきたときに楽しみにしていたジャパニーズエンターテイメント。

 漫画、アニメ、連ドラ。

 完全に先週分の記憶が薄れて8割がた脱落しているようだ。

 3年という月日はなんと罪深いことか。

 これって、懲役刑食らった人とかもそうなんだろうかと、刑務所で捕まっている人に若干の共感を覚えた。

 取り急ぎ古本屋で記憶の再構築をかねて有名作品をド頭から読み込むべきだろうか。


「どうしたんだよ、漫画読んで難しい顔して?なんか変なの掲載されてた?」


 丁度読み終わった漫画をラックに戻し、猛が不思議そうに尋ねてきた。


「いや、ここ何週か読み逃してたら、すごい内容が先に進んでて。話についていけない」

「ああ、わかるわ。俺も海外旅行で2週ほど読み逃したら全然わかんなくなったもん。あれって単行本出るまで内容わかんないから、すっごいストレスなんだよね」

「……そういうことだよ」


 ちょっとだけ嘘をついて話を切り上げる。


「つーか、酔い覚ましにシジミ汁欲しかったんじゃないのかよ?漫画読んでたら駄目じゃん」

「へへ、もう読み終わったし。買う物買って、帰ろうよ」

「俺の台詞だが、それ」


 猛がコンビニのかごを取る。

 正直コンビニで買出しをすると若干だが高くつくので、金欠気味の茂としてはあまり長居はしたくないのである。

 視線にちらちらと移るレジ横のホットスナックを、いくつかチョイスして買っていくジャージ姿のにーちゃんがすごくうらやましい。

 この早朝の5時台だというのにそれの他に缶チューハイもいくつか買っている。

 仕事明けに乾杯でもするのだろうか。

 いま店員が包んでいるあのフランクフルト、すごく肉厚でおいしい。

 缶チューハイで流し込むと油がさっぱりして又かぶりつきたくなる。

 わかっているな、あのにーちゃん、と茂はその買出しセンスに微笑む。


「あ、トッカンだ。今週号もう出てるんだ」


 猛がラックにある週刊誌を手に取る。

 水着姿の表紙に、墨字でトッカンとでかでかと書かれたそれは、日本の下世話な内容から政治に深く切り込んだりという、所謂スクープ記事を載せることで売り上げを伸ばす雑誌だ。

 正式名称は「週刊トッカン」。

 最近で芸能人が最も恐れるスクープ記事暴露の雑誌である。


「え、猛。トッカンとか読んでんの?お前」

「あ、違う違う。今週号、ミオミオが表紙グラビアするんだよ」

「ミオミオ?えーと、確かパピプの子だっけ?ファンなの?」

「うん。来週発売のミオミオの写真集、アミーゴンで予約したもんね」


 猛が手に取った週間トッカンの表紙には黒の水着を着た女の子が載っていた。

 あどけない表情だが、笑顔ではなくどこか冷めたような表情でこちらを見ている写真は、綺麗な人形のような印象を受け取る側に感じさせる。

 茂のうっすらとした記憶の中にかろうじて彼女の名前が呼び起こされる。

 確か名前は神木美緒。

 パピプのトッププリンセスに君臨する、ということはパピプのセンターで歌を歌って踊って、テレビにでることが出来る立場。

 帰ってきた後のテレビを見ているときにいくつかのCMで起用されているのを見ている。

 猛がネット通販で予約したという写真集のような、グラビアもかなりの数こなしているマルチな売れっ子だ。


「……お前、こういうタイプが趣味だっけ?なんと言うかもう少し元気いっぱいの子が好きだった気がするんだけど」

「そりゃ、この号はそういう感じで撮ったんだろ。他の号とか違う雑誌、ええとこれとかはそういうかんじじゃん」

「ふむ、そうだな……」


 猛の持った女性向けのファッション誌の表紙の彼女は本当に楽しそうに笑顔を浮かべている。

 トッカンの表紙とは違う表情を浮かべている彼女は別人のようだ。


「なんというか、女は変わるねぇという感想しか出ない」

「そこんとこがいいんだよ!しかも今日はパピプのプリンセス・オブ・プリンセスの生放送だし!彼女が今年もきっとトッププリンセスだよ!」

「……一つ聞いておきたいんだが、お前俺の部屋で見る気か?」

「当然!」


 正直嫌だ。

 なんで延々と続くあの生放送を、しかも弟と見なければならないのか。

 興味あるヤツが見る分には苦にならないが、正直トップのあたりの4、5人とバラエティ担当といって頑張っている人たちくらいしか知らないのだ。

 最後の3、40分以外はかなりの苦痛なのである。


「マジで?」

「いいじゃん。兄貴別に寝ててもいいし」


 普通の顔で言い放つ猛。

 こいつの顔の分厚さはどのくらいなのだろうか。


「フィールドワークはどうするのさ?今日もやるんだろ?」

「フィールドワークは日中だけ。夜間まで学生にそんなのさせると学校側がうるさいんだって。5時くらいまでにはひと段落させるもんだよ。昨日、飲み会したから今日はやらないからさ。早めに帰ってこれる予定だよー」

「生放送って何時までやるんだ?」

「11時30分まで。最後にトッププリンセスの挨拶とかの時間があって、最後にトップ10のプリンセスたちで新曲初披露になるんだ。生で見るやつも多いだろうけど、新曲発表もやるから録画組も多いだろうなー」

「座りっぱなしで3時間のあとに歌、歌えって?すごいな、アイドルって。若いのに体壊さなきゃいいけど」


 ラックにあるトッカンを手に取る。

 パラパラとめくると、あるページで手が止まる。


「んぁっ!?」


 一度通り過ぎ、再びページを戻した。


「どうしたん?」

「え、だって週刊誌って印刷するのって時間要るはずじゃ?」

「?」


 戦慄する茂の手元を覗き込む。

 そこに書かれていた記事のあおりが目に入る。


「本誌独占、「光速の騎士」の正体を暴く!か」

「だ、だって一昨日だろ「光速の騎士」って話題になったの。流通の過程で考えたら印刷、間に合わないだろ」

「すごい頑張って頑張って無理して、差し替えたんじゃない?表紙のグラビア、先週のアナウンスどおりミオミオだし」



茂から奪ったトッカンを見る。

パラパラと流し読みする猛。


「読んでみたけどあんまり新しい情報出てないよ。ニュースとかから引っこ抜いてきたのを違う言い方してるだけ。写真とかでスペース埋めてページ数稼いでごまかしてるだけー。ずっるいやり方してるなぁ。まあ情報なんてほとんど出てないから仕方ないけど」

「そ、そうだよな。こんな早く情報が出るわけないもんな」

「でも、ここ」


 猛が指差す。


「本誌独自のルートにより、「光速の騎士」の兄弟と名乗る人物との接触に成功!次回掲載誌にインタビューを掲載予定って書いてある。どっかからなんか掴んだのかもよ?」

「そうか。たぶん嘘だ。なんか、安心した」

「え、やっぱ兄貴は週刊誌って信じないタイプ?おれは書いてある中の半分は本当だと思ってるんだけど」


 にっこりと笑い、茂は猛に応える。


「少なくともトッカンの記事は俺は嘘だと思う。間違いない」

「ふーん、でもミオミオのグラビアあるし、俺は買うけどね」


 かごにトッカンを入れた猛がレジに向かう。

 それを見ながら茂は安心していた。

俺の兄弟はお前しかいないし、お前はインタビュー、うけたことないじゃんか、と。

恐れていた週刊誌の魔の手がまだ自分まで伸びてきてはいないということに、ここ数日で一番心が休まった。


ただ、茂は知らない。

週刊誌の発売日は各誌少しずつずれていたりするということ。

特集号という通常発売日以外の臨時発売号もあるということ。

そして、いままさに日本中の編集者が「光速の騎士」関連の記事を書きなぐって、印刷所の輪転機がフル稼働しているということに。


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