表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
一般人遠方より帰る。また働かねば!  作者: 勇寛
3章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

117/365

8-0 黎明 のち 早朝

ぴっぴっぴっ………。


 断続的に続く機械音が室内に響いていた。

 照明は最低限の間接照明だけになっており、薄暗いながらもカーテンを開ければようやく昇ってきた朝日が夜の闇を追いやっている。

 その部屋の中で壁際に置かれたベッドサイドに置かれた医療機器のモニタが発する光が、暗闇に慣れた目には痛い。

 そこから発せられる機械音は、規則正しくリズムを刻んでおり、若干の眠気をも誘った。

 少し離れた窓際のスツールに腰かけている男、白石総合物産警備部責任者である門倉は、カーテンから漏れる日の光を使ってテーブルに置いた山積みのファイル類に目を通しながら、温くなっているコーヒーカップに手を伸ばす。

 正味、一昼夜を通して動き続けた脳ミソに何杯目かわからないカフェインを追加し、眠気を抑え込む。

 

かちゃん……。


 ソーサーに軽く触れたカップが乾いた音を発する。

 そんな音すら響くような静寂の中、先述のベッドから音がした。


がさっ……。

ガチャァァン!!


 最初は衣擦れ、そして2回目の音はその衣擦れを出した人物が大きく身じろぎしたことによる、"拘束の為の手錠が電動ベッドの柵に大きくぶつかった"音だ。


「……な、何なのっ!?」


 その大音で目が覚めたのだろう。

 門倉の前に置かれた低床の電動ベッドと点滴スタンドに繋がれている少女、マユミ・ガルシアが目が覚めたばかりとは思えないほどの焦った様子で自身に掛けられた手錠や、拘束用のベルトが体を覆っている状況に混乱の声を上げた。

 そこで門倉はぱたん、と手に持った今回の事件の現時点での状況レポートを閉じて、マユミの傍まで歩いていく。

 気配に気付き、騒ぐのを止めたマユミは近づいてくる門倉の顔をじっ、と睨む。

 それはどこか怯えを含んだもので、どう見ても好意的な感情は見えなかった。


「起きたようだね。……マユミ・ガルシアさん、だと聞いているが間違いはないか?」

「……そういう聞き方するってことは、ここはトゥルー・ブルー側ではない、って事かしら?」

「一応、そうだと言っておくが、こちらの質問には答えてくれ。君の名は、マユミ・ガルシアで間違いないか?」


 門倉の口調は、かなり強張った固い印象をマユミに与えた。

 そのことから、自分は招かれざる客であるとの認識を得る。

 それはそうだろう。

 極端な話、襲撃を行ったアキトシたちと自分たちは根っこは同じところから生えているのだから。


「……ええ、私の名前はマユミ・ガルシア。……そちらは?」


 その返答を受けて、ベッドサイドの椅子に門倉が腰かける。

 上着の内ポケットから、ボイスレコーダーを取り出し、マユミにも見えるようにしてRECのボタンを押すと、床頭台へと置いた。


「私は白石総合物産警備部所属、門倉だ。君も知っているかもしれないが、「彼」とは比較的良好な関係を築いている」

「そう。ならひとまず一息いれてもいい状況だと、思ってもいいのかしら?」

「それは君の立ち位置次第だと考えてほしい。無論、その無断で施した拘束も我々の君へ対する不信感の表れとストレートに取ってもらって構わない。それがどの程度まで無くなるかは今からする質疑応答の結果次第だ」

「幼気な少女への不当な拘束。これって監禁とか未成年者略取に当たると思うのだけど?」

「ははは。我々としては"偶然"保護した要治療者へ行った治療から起こりうる不穏状態に陥った際の防御策として行った、との反論をさせてもらおう。一応、我々はか弱い"一般人"だからね。美しい少女に軽くなぜられて胸が陥没したとある犯罪者が緊急オペに直行になったとどこかから聞いたら……。それは、ある程度警戒はして当然だと思うが?」

「……どうだか」


 顔を逸らしたマユミ。

 視線の先に部屋の隅で硬質な光を放つ監視カメラがこちらに向いているのがわかる。

 それを見た門倉が、電動ベッドのスイッチを入れた。

 ぶぃぃぃん、と唸るベッドがマユミの上体を上げて引き起こす。


「右手だけは自由にしておいたのは現時点で最大限の譲歩だよ。テレビのリモコンも手元に届く、朝刊各紙も置いてある。トイレに関しては、看護する側の手間もある。できるなら自分で動ける程度まで拘束がなくなるように協力してくれると、我々としても有り難い」

「うら若い乙女にそういうこと平気で言う神経が信じられないけどね。……私も"できるなら"自分でトイレまでは行きたいと思ってるから」

「それはいい。先ずは一歩、相互理解が進んだな」


 マユミが自由にならないながらもごそ、と体を揺らすと尻の下に何か不思議な感触がある。

 恐らくはここに寝かせられるときに、介護用のおむつでも履かされたのだろう。

 尿道カテーテルが入っていないだけ、ここは感謝するべきだろうか。

 間違いなく駄々をこねれば、排泄関係はそのままベッド上で介助されることになるはずだ。


「だが、そんな脅しだけというのではより良い関係性が生まれないのも事実だ。だから、これをまず渡しておこう」

「何かしら?」


 ぴら、と渡されたのは数枚の紙。

 一番上は血液検査の数値表だ。


「君を我々の元へ運んだ「彼」からの頼まれごとだ。少々気になる注射痕が君の腕に有ったらしい。何かしらおかしなものを打たれたようだから、一応簡単に"治しておいた"そうだ。ただ、自分は本職の医師ではないから、きちんと検査をしてほしいとね。なぜかその痕すら見つからないというのはご愛嬌だが……。それがさっき出た結果になる。ああ、我々が無断で見てしまっているが個人情報がどうたらと五月蠅くいうのはよしてくれ。医者が言うには鉄分が足りない以外は特に問題ないだろうとのことだ。あと、我々が気になるような"危ない薬"も検出されていない」

「それは、どうも……。でも何も検出されていない、ね……」


 間違いなくおかしな薬は打たれたはずだ。

 それが全くないということは、この場で何度も話題に出る「彼」の仕業だろう。

 事実、水にどぼんと入水したにもかかわらずぐったりした様子の彼女を見て、最後の最後まで取っておいたギリギリの魔力で初級の状態異常解除呪文「ファースト・エイド」をマユミへと使用した。

 ただし、あくまで初級。

 ものすごい強力なタイプの薬剤を使われていた場合には効果は薄いわけで。

 そこも考えて門倉へとマユミの身柄を渡したのだ。

 まあ、後は任せた的な考えもなかったわけではないが。

 そのことを敢えて話題に乗せたということは、この門倉という男が「彼」、つまりは「光速の騎士」とある程度のコンタクトを取ることができる人物だということだ。

 つまり、現時点であってもだ。


「……私の他には誰かいないのかしら? そう、マサキ。マサキ・ガルシアは?」


 そう尋ねるマユミを見て門倉は床頭台のリモコンを手に取り、マユミにはすぐそばに置かれていたこの県で一番のシェアを誇る地方紙の朝刊を手渡す。


「君が気を失って、まだ半日も経っていないんだが。……色々と動きがあってな。まあ、テレビでも見ながら状況をまず把握した方がいい。「彼」と連絡するにもまだ7時前だからな。いろいろと説明するには時間も必要だろう」


 そう言って門倉は、床頭台のテレビに向かってリモコンのスイッチを押した。







「ただいまー」


 がちゃん、とドアを開けて帰宅を告げる。

 少しばかり疲れた声色になるのは仕方のないところだろう。

 先程電話したところ、こんな夜遅く、いやもう朝早くという時間だろう。

 朝の6時になろうかという時間にも拘わらず、家人は起きて待っているという話だった。

 結局色々あって今は7時を過ぎたばかり。

 周囲の家々がゆっくりと起きだそうかという早朝である。

 郵便受けに入った新聞を手に取り、靴を脱ごうとしたところ、どたどたと駆けてくる音が聞こえた。


「お父さん! お兄ちゃんは、無事っ!?」


 ばん、と大きな音とともに居間へと続くドアが開け放たれ、パジャマ姿の少女が姿を見せる。

 それに苦笑しつつ、この家の家主である但馬真一が答えた。


「ああ、今ちょうど外にいる。悪いんだがお客さんも一緒でね。とりあえずコーヒーでも淹れてくれないか?」

「お客さん?こんな時に?」


 いぶかしげに娘は父に訊ねた。

 それはそうだろう。

 学校を舞台にしたテロリズムのその翌日のこんな朝早くからくるとはさすがに常識がないにもほどがあるとは思わないのだろうか。

 若干、いやかなりブラコン気質の娘は少しばかり気分を悪くする。

 ととっ、と玄関のサンダルを足に引っ掛けてそっと外を覗く。

 すると、自身の兄である但馬隼翔と件の客、杉山茂が揉めていた。


「いや、だから!帰るから!こんな朝早くから、邪魔じゃんか!!TPOくらい俺にもわかるって!!」

「何で嫌がるんですか!ちょっと家によって軽く朝食とコーヒーでもどうぞってお誘いじゃないですか!?」

「お前も真一さんも、バカなの?バカなの?ああいうことがあった日ってのはゆっくり心を落ち着けるべきなんだぞ!家族そろってゆーっくりと心のケアをする時間が必要なんだって!なんでその場に、俺みたいな変な異物を突っ込もうとしてんだよ!?しかも里奈とか深雪とか由美とか博人は帰したのに、どうして俺だけ呼ぶんだよ!」


 駐車場の車の横で、周囲の迷惑にならないように声を潜めながら言い争うという意味がわからない言い争いをしている2人。

 しかも礼儀知らずの変な人を見ようと思ったならば、その人物こそが真っ当な正論を言っており、逆に実の父と兄の側がおかしなことを言っているようではないか。


「こんなところで騒ぐ方が迷惑でしょう!?中に入ってくださいよ!」

「いーやーだ! かーえーるー! よく考えろ? 朝起きてキッチンに降りたら、見ず知らずの男がその家の家主と息子とコーヒー飲んでるって画を! どう考えても気持ち悪いぞ、それ!?」


 真に正しい。

 茂の言っている内容は世間一般の常識に鑑みて、何一つ間違っていない。


「その家の家主が良いって言ってて、息子も良いって言ってるんですから!ちょっとくらいお茶しましょうよ!!」

「馬鹿! 俺は、お前の"おーじオーラ"は効かねえの! お前のセリフ、字面変えたら街中歩いてる可愛い女の子に言うナンパの常套句だぞ!!」

「いいじゃないですか、いいじゃないですか!」

「いーやーだー! 常識無い人って思われたくないー!」


 じたばたと抵抗する一般常識をわきまえた茂と、それをどうにかしようとする実の兄、隼翔。

 妹である但馬鏡香タジマキョウカはその様子をじっと入り口のドアから眺めていた。


「だから、俺は帰って自分ちで飯を……っと。……あ、どうもおはようございます」

「ああ、鏡香。ただいま!」


 じっと見つめられていることにようやく気付いた二人が対照的な挨拶をする。

 但馬家長女、但馬鏡香はこうして杉山茂と出会った。

 その彼への第一印象は、と言えば。


(なんか、騒いでたけどふつーの人……。なんで家にきたんだろう?)


 だったりする。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ