7-了 波音 のち 静寂
少し前から肌に感じるほどの風が吹いている。
それにより月が雲に隠れていた。
分厚い雲の切れ目からたまに月が顔を出す程度だ。
湖面が風に吹かれ、ちゃぷちゃぷと波音をたてている。
すこし肌寒ささえ感じる風が、熱を持って痛みを伝えてくる体には心地よかった。
「……予定時刻まで、あと5分」
腕時計を見てそういうのはケンショウであった。
周りには全く光源がなく、先程までのほんのわずかな月明かりだけが彼らを照らし出していたのだ。
それすらも厚い雲で失われた今、彼らを遠くから視認することは困難を極めることだろう。
事実、数メートル離れたケンショウの姿は闇に溶け込み、アキトシの位置からは判然とはしない。
「……後続は先行車両とは合流できなかった、ということだな」
「はい。定時連絡がない以上、そう考えるべきかと。問題なければ、先行車両の合流ポイントにたどり着いているはずです。トラップとして仕掛けた3号車の爆発音はここからでも確認できている以上、起爆以降に問題が発生したと思われます」
「……「光速の騎士」。ここまでの不確定要素となるとは、な。レジェンド・オブ・クレオパトラで無理をしても仕留めておくべきだったか?」
「いえ、あの時は「骸骨武者」に加え、日本政府肝いりの異能力狩りの部隊まで展開されていました。「骸骨武者」が「騎士」と同程度の戦力だと仮定すれば、むしろ今よりも状況は悪かったと……。まだ、手札を熟知しているマユミ・マサキと組んだ「騎士」の方が御しやすいと思います」
「それもそうだな。……それに過ぎたことをぐだぐだ言うのは性に合わん」
「今回はこの愚妹を手に入れただけで、良しとしましょう。……この国は少々騒々し過ぎる」
「はは、その通りだな……」
湖に突き出した桟橋の上で腰かけるアキトシの耳に、低いうなり声を上げるエンジン音が聞こえてきた。
山越えのルートを逃走すると思わせておいて、その実は脇に逸れた湖畔沿いのキャンプ場にあるこの桟橋より逃走するルートを取ったのだ。
偽装車両の運転手は傀儡兵で、指定されたルートを只々運転するだけの指示をしてある。
道の先の封鎖も当然考えており、道の途中に隠しておいた爆薬とガソリンのタンクを積み込んだ自動車爆弾に変えたそれは、封鎖箇所へとそのまま突っ込んで大きな火花を上げることだろう。
その木っ端みじんに吹っ飛んだ後の事故車両の調査などを警察がしている間に国外への高飛びや、それが不可能でも国内のセーフハウスへと退避する時間も稼げる。
この湖畔から水路を通り、当初の逃走ルートとは別の地図上ではつながっていない道路の傍まで移動すれば、そこから別車両に乗り換え、悠々と逃げきれる。
直結していない道路まで封鎖できる余力は、今のこの状況下では残っていないはずだ。
「予定通り。……撤収プランは、我々の隊に関しては成功と言ってもいいのではありませんか?」
「そう、思いたかったのだがな……。驚いたな、これを読んで、現れたのか。それとも野生の勘だとでもいうのか、お前は……」
アキトシが呻くようにして、湖に突き出した桟橋の先に目線を向ける。
人気の無い、その陸と水の境目に何者かが立っている。
いつの間にか、音もなくそこに何かが立っていた。
すぅっ……。
風が、一つ強く吹いた。
月を覆う雲が、一気に晴れる。
ゆっくりと、湖の湖面を月が顔を出すのに合わせてきらきらと輝かせた。
そして、今の今まで闇の中に置かれていた“それ”が白と銀色に月光を反射させた。
「冗談のような登場だな。……我々も大概だが、君も外連味が強い」
「様式美ってやつらしい。……不本意ではあるんだ、俺個人としてはな」
周りに何もない草地と桟橋の間に、ぽつんとその男が立っている。
ケンショウにしろアキトシにしろ油断していたつもりはない。
だというのに急に、一瞬で「光速の騎士」が現れたのだ。
警戒しすぎて不足するということはないだろう。
がちゃ、と桟橋の部下たちも一斉に「光速の騎士」へ照準を合わせる。
「くくく、……「光速の騎士」、追憶の彼方、フェアリー・テイルから来りて。……それを信じるには私は年を取り過ぎていると思っていたよ」
「過去から今に至るまで、勇者が、英雄がいないと知っていても、老若男女すべてが望む夢だ。お前一人が否定しても誰かが願い、続く。だから人は紡いだし、積み上げていく」
「はっ!くだらないことを!!」
吐き捨てるようにケンショウが「光速の騎士」を相手にそう言い放つ。
今までのボイスチェンジャー越しではない生の「騎士」の声に、若さを感じた。
予想した通り、相手は若く、そしてイントネーションからして日本人の可能性が高いとアキトシは推測を確証にまで引き上げる。
爆風と高熱でボイスチェンジャーが完璧におしゃかになったため、多少声を潜める形にはなってもその質は隠しきれない。
「所詮、腑抜けた日本人でしかない貴様が、判ったような口を利くものだ!現に貴様以外、誰がこの場にいる!?警察の一人でもどこかにいるか!?なぁ、なぁ!!たった一人でここにいるお前が、人の枠から外れたお前が、脆弱な人のつながりを語るなど、程度の低い冗談でしかない!!」
「そうでもないが……。まあ、お前には関係ないからな」
「何を言っている!?」
そう突き放すと、「光速の騎士」は右手に槍を取り出す。
ぶんっ、と横に振るうと、背の高い雑草のいくつかが、先を刈り取られ風に吹かれて飛んでいく。
単身でここに立っているが、その状況を作り出すには色々とサポートが必要だったのは事実な訳で。
「……一応無駄とは思うが聞いておこうか」
「ああ」
桟橋に腰かけたアキトシは、月明かりの中エンジン音をさせてこちらへやってくる大型のレジャー用ボートを見ながら、「光速の騎士」に語りかける。
「先ほどは500万円ほどの原石だけだったが、あの船の中には逃走時の予備費として幾許か現金と貴金属類が準備してある。……捨て値で処分してもざっと5000から6000万、といったところだ。そうそう簡単に手に入る金額でもないだろう。どうだ、まるまるくれてやる。それで双方納得の手打ち、ということにはならんかね?」
「……ずいぶん羽振りが良い。急にさっきの10倍払うってのは」
「君という男が金銭で転ぶかどうかに興味がある。……足りないのであれば、もう少し無理もできると思うが?」
「直接的かつ露悪的、だな。見ていて気持ちがいい」
「ほう……?」
予想外の反応にすこし興味がわく。
こういった類の誘いには乗らないのだろうと思っていたが。
「だが、お宅らに“そんな土留め色の金なんざ要らねえよ、クソが”っていう方がもっと気持ちいい」
「……理想がどんなに気高くてもそれで飯は食えんよ」
「理想の話じゃなく感情の話だと思うけどな?第一その金で食う15万のステーキより、バイトで稼いだ98円のカップ麺の方が最低10万倍美味ぇって知ってるもんでね」
「……平行線だな」
「当然。お宅らの感覚じゃあこの世は金が全てってことで、実際そうなんだろ。だったら、俺は“真っ当に”稼ぐよ。飯を食うたびにクソの絵面が頭に浮かぶなんてたまったもんじゃない」
ふぅ、とため息を吐いてアキトシが腰かけた桟橋から立ち上がり一歩下がる。
躊躇うことなく一蹴した。
現実的でない大きな金額で判断が付いていないという可能性があるにはあるが、おそらくそうではない。
あの「ブリキ頭」の妥協リストにはアキトシたちとの交渉は存在していない。
それは金銭では決して譲れない一線であるのだろう。
そしてその前にケンショウが「光速の騎士」との間に立つ。
「……そこまで大風呂敷を広げておいて、自分からは来ないのか?」
「……この位置ならどっから撃たれても対応できる。どうせそこらに潜めてるだろ、お前ら」
ち、とケンショウが内心で舌打ちする。
確かに伏兵としての予備戦力はある。
あるにはあるが狙撃手とかではなく、純粋に広範囲をカバーできるようにした予備でしかない。
その存在が隠匿されている状況ならまだしも、それに対応できるよう心の片隅に置いてあるのでは、この場の局面に波をたてることは難しいだろう。
いやらしい話、「光速の騎士」がこの場にいるということは、彼を打倒するか買収するかしてその脅威を排除する必然を作り出されたということだ。
負傷者のいるケンショウたちにとってみれば、歯噛みしたいくらいのタイミングだった。
警察などへと連絡されている可能性がある以上、この場を一刻も早く離れるという絶対命題ができた。
事実上、それはタイムリミットを切られたに等しい。
「……警察を待っているのか?」
「さあ?」
この反応。
返答を避けてはいても、何らかの形で連絡しているはずだ。
田舎の山に囲まれたキャンプ場の湖畔とはいえ、電波自体は優に届く。
問題はどの程度でそれらが到着するかだ。
陸路は片側を封鎖したが、逆サイドからの通行は出来るはず。
道路封鎖をしているだろう箇所から、ここまでと考えるに約40分といったところ。
それを考慮して問題なくレジャーボートで湖から支流へと渡り、山間部の廃れた道へと出るまでに20分は欲しい。
無為に時間を費やされるのはケンショウたちからすれば最も避けたいことだった。
「私を無視して2人を運べッ!この「ブリキ頭」はどうにかするッ!!!」
「……そうかいッ!」
どたたっと桟橋の板を踏み鳴らしてケンショウが「騎士」へと迫る。
その間にも桟橋へとボートが近づいてくる。
最悪、この場で「光速の騎士」を食い止めることができれば、当初の「マユミ・ガルシアの確保」という目的は達することができる。
「ぬんっ!!」
ケンショウの右手に握ったナイフから、ぼやけた何かが伸びている。
まだ双方の距離が感覚として2メートルは離れた位置から真横に振り抜かれたそれに対し、「騎士」がアイテムボックスから取り出した盾が「騎士」との間に割り込む。
ぎゃんっ!
軽く金属同士がぶつかったときの音と、盾表面に小さく火花が散る。
「騎士」の左小指・薬指にも衝撃と共に、ずきん、と痛みを伝えてきた。
(マユミの拳と同系統の能力。攻撃距離の延長、ってとこだな。長物を相手にする感覚でやりあった方がいい)
痛みと共に感じたのは、打撃系統の物ではなく、斬撃系の衝撃。
打点からの波のようなものではなく、抑えた箇所から突きこむような、線や点での圧力である。
当たればざっくりというダメージを受けると思った方がいい。
薄く見えない刃ではあるが、間に物を咬ませてやればその先に貫通してくる、というわけではない。
あくまで見えないだけで、そこにある。
そこがわかるだけで、かなり「騎士」の選択肢は広げることができる。
「カッ!!」
がら空きに見えるケンショウの左側へと槍での突きを放つ。
力はあえて入れずに、速度重視の一手。
かぁぁん!!
傍から見れば何もない、しかし注視すればほんのわずかに歪んだ陽炎のような空間で槍の穂先が弾かれる。
こちらの右手も手首を含め痛めていることもあり、酷い痛みが脳みそまで電流を走らせた。
「どうした!!?勢いがないぞッ!!その程度でよくもあんな大言壮語をほざいたものだッ!!」
「……お前程度なら、この程度でも釣りがくる」
ギリッ……!
歯ぎしりと共にどんっと踏みしめた桟橋の板が揺れる。
それと同時に再度の斬撃。
今度は角度を変えて、「騎士」の首元を狙ったものだ。
だが、単純明快に殺意を持って打たれる一手ほど、対処しやすいものはない。
とんっ。
床板を踏んで軽く乾いた音をさせながらバックステップでそれを回避する。
それを目掛けての援護が続く。
タタタンッ!!
狙撃ではない、銃撃が放たれる。
足が地面から離れた瞬間を狙ったのだろうが、先にも言った通り「騎士」はその伏兵を認識していた。
と、いうよりもこの場に現れてからのあの雑談の時に、ある程度目星を付けた上でこっそり「気配察知:小」で位置を確認済みである。
あえて、撃たせることでそれを間違いないものと確認し、更に手を打つための誘いでもあった。
「シールドォ、バッシュ!」
カァァン!!
「ガッ!?」
伏兵は2。
そのうち一つは体をずらし回避するが、もう一射は「騎士」の身体の中心部へと向かっている。
だが、そこへと盾を翳し、更にスキルを用いてのカウンター。
結果として、綺麗に射角そのままで弾き返された弾丸は、射手の元へと戻り、そのまま肩口へと命中する。
傍目には跳弾が運悪く当たったと見えるかもしれないが、そうではない。
完全にそれを意図して弾き返されたことを、その場の全員が理解していた。
「邪魔だっ!!援護はいらんっ!!」
そうなれば、真っ当に戦えるのはケンショウだけ。
最初に言った通りにケンショウを殿に、この場を離脱するしか方法は無くなるわけで。
ゴッ!!
ナイフの刃を延長した斬撃では、埒が明かないと感じたケンショウがさらに「騎士」へと接近する。
そして「騎士」もそれに応える形で、亀のように耐える。
振りかぶった拳に纏うデミ・サイキッカーの力が、そのただの拳を一撃必倒の破壊力へと跳ね上げる。
ずしん、と芯にまで響く一撃は両の手を痛めた彼にとっては地獄の痛みを与えてくる。
すでにずきずきを通り越して、ごりごりと手の中を擂粉木ですりごまの様にされているかのような感覚にすら陥っていた。
その様子を離れた位置から見ているアキトシに突如として違和感が襲う。
(何故、攻めない?防御を固めて、守勢に注力しているだと?あくまで引きで守るというのか?)
今まで「光速の騎士」関連の動画であったり、証言であったりは見てきている。
その中で彼の動きはどちらかと言えば、攻めの印象が強い。
数は少ないとはいえ、守勢一辺倒の物はなかった気がする。
時間稼ぎをするために、そうしているのだろうか。
それもある、だろう。
だが、それだけなのだろうか。
「アキトシ様、お早く!」
桟橋にはすでにボートが着岸している。
腹を押さえてよろめく彼を支えるのに一人、そして薬が効いてきて意識がもうろうとしているマユミを担ぎ上げるようにして一人。
ボート側に乗り、それの支えをしようとしている者もいる。
残りは全て、「騎士」へと照準を向けて銃を構えていた。
「……わかった。ケンショウをこの場に残し、離脱する」
「はい、ケンショウ様と我々は「騎士」の排除後、合流を目指します」
そう言ったタイミングだった。
……バララララッ……!
遠くからヘリコプターの接近音が急速に近づいてきているのが聞こえた。
恐らく、ここへ向かって急行するものだろう。
警察なのか、それとも「骸骨武者」の一団なのか。
どちらにせよ、アキトシたちにとっては敵側に違いはない。
「く……!急ぎましょう!!」
「すまん、頼む!!」
まず、アキトシが乗り込む。
そして、マユミを抱えた男が桟橋から身を乗り出した時である。
……ブゥゥゥンッ!!!
古いブラウン管のテレビに電源が付いた時のような音がボートの周りに響いた。
それは、急に現れた。
「な!!? 貴様ッ!? マサキッッッ!!?」
陽炎のように揺らめきながら、桟橋とボートの接舷部に突如としてマサキ・ガルシアが現れる。
周囲を水で囲まれた湖畔の桟橋、唯一の通路はこの一本の道しかない。
その地面との設置部では「光速の騎士」とケンショウが今まさに鍔迫り合いをしており、誰一人として近づける状況ではない。
つまり彼は、空間を“跳んできた”のだ。
それは以前、「光速の騎士」杉山茂と公園でのファーストコンタクト時に見せたそれ。
限定的な空間跳躍。
様々な制限を孕むものの、盤面をひっくり返すだけのインパクトは十分にある。
もちろん、「模造異能者」、デミ・サイキッカーであるケンショウやアキトシもその力を理解していたはずだった。
「おおおおおッッ!!」
だが、このタイミング。
いや、むしろこのタイミングしかなかった。
全員の視線がボートやヘリや「騎士」などにバラけて一カ所に留まることがなく、策が成ろうとしている今まさにその瞬間、「光速の騎士」只一人が脅威だと誤認する状況が醸し出されたこのタイミング。
全員の虚を突いたこの瞬間にこそ、最大の隙が作り出された。
ガッ……!!
マサキが空間跳躍から飛び掛かり、マユミを担ぎ上げている男の背から彼女の足首を掴む。
そしてその右腕が一気にパンプアップし、彼女をもぎ取るようにして男の背から引きはがす。
「受け取れぇぇぇッ!!!」
顔全体に血が昇り、火でも噴き上げるのではないかと思うくらいに真っ赤な顔でマサキが叫ぶ。
右腕で掴んだ足首を持ち手に、40キロはあるマユミの身体が、桟橋の袂に向かって勢いよく放り投げられる。
着地、いや着水地点は「騎士」とケンショウの交錯付近の水面で、深さはある程度あり、そのまま落ちたとしてもダメージは少ないだろう。
「くっ、このっ!」
そう言い放ったケンショウの目にマサキの様子が映る。
彼は右手でマユミの足首を掴んだ。
では、左手はどうなのだろうか。
その答えを目の当たりにしたケンショウは、「光速の騎士」がいるにもかかわらず、背を向けてボートへと走り出した。
「マァァサァァァキィィィィッ!!!!」
タァァァンッ!!
瞬間、銃声。
完全に虚を突かれ、更に「光速の騎士」との一当たりで致命傷とまではいかなくとも、深手を負っていたアキトシには、マサキの左手に握られた拳銃から逃れる術はなかった。
しかも、足場の悪い船の上、介添えの男が横に立って避ける側を塞がれ、虚を突かれて。
ばしゃっ……!
必死に身を捩って回避した結果、弾丸は左の腕に当たる。
ボートの明かりがアキトシの左腕から弾けて噴き出す鮮血を照らし出す。
ぎり、と苦虫を噛んだような表情をしてマサキの指が、次弾を発射しようと引き金にかかる。
タラララッ!!
タァァァンッ!!
襲撃者の構える自動小銃と、マサキの手の拳銃が同時に発砲、音が重なった。
「アキトシ様ッ!!」
駆け込んできたケンショウの横を、腹を鮮血で染めたマサキが倒れ込みながら、湖面へと落ちていく。
排除が完了したマサキを一瞥することなく、アキトシに駆け寄り、手近に置かれていたタオルで強くアキトシの被弾部を圧迫する。
どぼんっ!
マサキが湖面へと落ちる音がする。
ダメ押しで放たれたマサキの弾丸は、アキトシの左腕と新しく左の大腿部に穴を開けていた。
しかもどうやら大きな血管を傷つけただろう。
押さえているタオルからどくどくと鮮血が溢れて止まらない。
「や、やってくれたなっ!!」
いらだたしげに桟橋の先を見ると、「光速の騎士」の姿がない。
さらに、水面に着水したはずのマユミの姿もだ。
「く、くそぉぉぉっ!!!」
アキトシの止血を傍の男と代わり、ボートの床板を強く叩く。
マユミを奪還され、アキトシは重傷、「騎士」にはおめおめ逃げられた。
しかも、だ。
「マサキが上ってきません。沈んでいるのか、それとも……」
「この暗闇では、捜索など無理だ!!第一、あれが近づいてくる!!」
……バララララッ……!!!
ケンショウの耳に先程までよりも大きなヘリコプターのローター音が聞こえてくる。
そして遠くの上空に点滅しながら近づく光点もだ。
「……してやられた、してやられたぞっ!!」
歯噛みする口元から、血が滴る。
ごり、と噛みしめた歯が砕けて口中を深めに切ったのだろう。
「撤収しろ……!アキトシ様の治療が最優先だっ……」
「はっ!!」
接近するライトを避けるようにボートから照明が落とされた。
低いエンジン音とともに、ボートが桟橋を離れていく。
そして、湖畔沿いの桟橋はひとまずの静けさを取り戻した。




