3-破 エピローグ を エピローグで
「はやく、はやく、はやくっ……!!」
耳に当てるスマホから流れる保留音のエーデルワイス。
地面に伏せ、縮こまるようにして電話が繋がるのを今か今かと待っている。
ぎりぎりと何度目か判らない、自分の歯軋りの音が鳴る。
スマホを握る右手の逆、左手に握り締めた3色ボールペンはカチカチと忙しなくペン先を出したり引っ込めたりしている。
この電話を繋いだあの若いADは本当にこの電話が、どんな意味を持つ電話なのかをわかっているのか。
この1秒、この1秒がどれほど貴重で、そして取り返しのつかない1秒だということが。
『もしもし、依田だ』
「きょ、局長ッ!加藤です!そっちに送った映像!見ましたかっ!!」
『ああ、送られたものは今、見ている。……これは、たちの悪いジョークではないな?』
「当然で……!!!」
ドガァァァン!!!!
爆音が響く。
振り返りその爆音のした場所を凝視する。
加藤と名乗ったその男の目には、その爆音のした煙の立ちあがった場所で何かが間違いなく動いているのがはっきりと刻まれる。
一瞬口ごもった加藤が言葉を紡ぐ。
「当然です!!!今、今すぐに全国へこれを流してください!!!」
『判っている!!お前の言っていることは判っているんだ!!だが、今、ウチの局が何を流しているのか、知ってるのかっ!!?』
くっ、と加藤が唇を噛む。
知っている。
知っているさ。
こんな夜のニュースのインタビューの中継を地方まで行って準備しろと、何か大きな芸能ニュースがあれば、即刻ぶった切られてしまうような仕事を回されている雇われのプロデューサーでも知っている。
いまは金曜の午後10時40分。
今、この時間はウチの局は3時間30分の生特番の真っ最中だ。
1年に1回のパラダイス・ピクシー・プリンセス(通称パピプ)の特番。
パピプグループのプリンセス・オブ・プリンセスを決めるという名目で全国のファンが近畿ビッグアリーナに集合し、アンケートによる集計結果を発表する人気投票のテレビ生放送。
近年、様々なアイドルグループが生まれたことで、数年前までの勢いは若干和らいだとはいえ、直近のCD売り上げは150万枚を優に超えるというマンモスアイドルグループのファンは今、最後のトップ5の読み上げをテレビ前に釘付けとなっているはずだ。
この地方のターミナル駅の前で「光速の騎士」のインタビューをする。
特に「光速の騎士」の情報に動きもなく、恐らくパピプの誰かが卒業発表や、新プリンセスを取れば“トビ”ます、といい含められてここで念のため準備しているだけだった。
本命は明日の朝のニュースに駅前の映像を流すために、着飾った売り出し中の女子アナが到着してからのつもりだった。
つまり、加藤を含めこの場に居るテレビクルーは少し気が抜けていたのだ。
「知っています。知っていますよ」
『……その上で、これを流せと?』
「そうです」
数秒間の沈黙。
そうだろうとも。
電話先に居るのは全国キー局の報道局長。
自分のような吹けば飛ぶようなプロデューサーとは背負うものが違う。
ドガァァァン!!!!
背後で爆音が響く。
先ほど同じ音で震えた体は不思議とまったく動じなかった。
「局長」
『……』
沈黙に耐えられなくなった加藤が依田に話しかける。
「この1秒が、どんな意味を持つのかわかっていますか?」
『……パピプのプリンセス・オブ・プリンセスイベント。物凄い数の提供スポンサーに、芸能事務所に、他のテレビ局のカメラも入っている。参加してるアイドルは人生をかけている娘もいる』
「はい」
『結果どうなろうとも君の首は飛ぶぞ?』
「そうですね」
『……それでもか?』
ああ、ありがとう。
加藤は感謝する。
依田は加藤に最後の逃げ道を示してくれたのだ。
それを選ばないことをとっくに判っているのに。
ならば、それに応えよう。
「ガッタガタ、ぅるっさいんじゃ、ボケェ!!!!今、この、ここで起きてるコレを!!!そん目ン玉で見てんのに、テレビで流さねぇってんなら、お前ぇらぜんっっっっいん、テレビマンじゃねぇ!今日、今すぐに仕事止めちまえッッ!!!」
『……』
ここまでの怒声を出したのはどれくらいぶりだろう。
なあなあで地位だけが上がり、情熱が失せ、椅子にふんぞり返ってなんとなく問題ないように指示を出すだけのそんな腐り方をしていた。
だが、加藤は全てを賭けた。
これがテレビの、マスメディアの伝えるべきニュースだと、彼の腐り果ててもしがみついた30年分の魂を賭けて依田報道局長にぶつけたのだ。
俺は、テレビマンだ、と。
「……失礼しました。ですが本心です。今駅前に居るテレビは俺らだけです。流せばクソミソに全国中から言われますが、流さなくても明日にはボロクソに全国から言われるようになるでしょう。どうするか、あなたに任せます」
『……加藤、時間が出来たら飯に行こう。そこに居る全員と俺で“冷や飯”を食いに行こう』
「申し訳ありません。あと、ありがとうございます」
ふう、とため息がこぼれる。
『5分、いや3分半でそこに繋ぐ。いいか、下手をこいたら俺が直に殴りに行くからな』
「人生最高の“冷や飯”、食いに行きましょう!では!」
通話を切ると、その光景をじっと眺めていた全員に親指を立てる。
つまり、GOだ。
「カメラ、ずっと回してるぞ!人物、全体、どっちでいく!?」
「任せる!とにかく、とにかく追い続けろ!」
「あいよ!」
ベテランのカメラマン。
今年で退職予定の彼とは長い付き合いだ。
いつの間にかバラエティのロケが多くなっていたが、それでもプロの矜持を見せる。
そのカメラワークに全てを任せる。
ならば、あとはコイツだけだ。
「堂本、お前がカメラ前に立て」
「そ、そんな。無理、無理です!」
ガタガタ震える若いAD。
いつもニコニコして、笑っている印象の彼女の全身を震えが襲い続けている。
加藤が肩を掴んで揺さぶる。
「堂本、お前本当は報道志望で入ったんだろ?」
「そ、そうです、でも、こんなのじゃないんです。私、こんなのっ!」
「いいか、最後に聞くぞ。こっち向け」
涙に塗れる彼女を加藤が見る。
腐りきったテレビマンの成れの果て。
その男に残った最後の光が、堂本を貫く。
「ここで、コレを伝えられるのはお前だけ。いいか、お前だけだ。俺は本社と連絡取らないといけない。他のスタッフも中継で手一杯。お前しか、いない」
「でも」
「お前が出ないなら、全国に映像と音だけが流れる。スタジオでカバーしてくれるかもしれん。だが、そうでなかったら、画と音だけが全国に流れる」
「……」
「それが、報道か?ニュースか?テレビか?……脅迫じみてるのはわかってる。だから、最後に聞く。お前に俺は、任せたい」
「……加藤さん」
「おう」
きっと加藤に堂本がうつむいていた顔を上げる。
泣いていた痕が見える。
だが、彼女はしっかりと強い目でこっちを見つめていた。
その目の奥にある光は加藤が昔なくした光。
今一時最後の灯火を繋ぐことが出来た、光だ。
「やります。その前に、顔一発、はたいてください。私、それで行けます!!!」
「よし!」
すっと堂本の頬に手を添える。
ぱぁぁん!
強く鋭く音が響いた。
「よし、準備いいか!」
「はいっ!あと1分きってるかも!」
「堂本にマイク!全員、気張れよ!!」
加藤は受け取ったマイクを堂本に渡す。
しっかりとうなづいてそれを握る堂本がカメラ前に立つ。
キャスター堂本恵がこの日、産声を上げた。
「今、CM?……はい、最後の最後トップ5が今決まろうとしています!その前に一度CMです!」
パピプのプリンセス・オブ・プリンセスの生放送3時間30分。
それを取り仕切るMC徳島始は、会場のアナウンスブースにゲストたちと共にこの長丁場の放送を行っていた。
人気のあるアイドルの唐突の卒業発表に驚いたり、ゲストのOGに順位を上げたアイドルの性格などを聞き出したり、そつなくかつ笑いと感動も交えながら番組を進めてきたのだ。
急に予定になかったCMが入ったことに眉を顰めながら、駆け寄ってきた顔なじみのプロデューサーから通話中のスマホを手渡される。
いまは丁度6位のプリンセスが決まり、そのプリンセス入りから今までの苦労、メンバーへの感謝を涙ながらに語っていたところだ。
この順位になると視聴率もぐんぐんと上がり、クライマックスへと一気に盛り上がるところだ。
一昨年、感謝の言葉をCMで切ったことで翌日のスポーツ紙に散々けなされ、事務所からもクレームを受けた経験のあるテレビ局側としては、そんなことがないように細心の注意を払っていたはずなのに。
「なに?どういうこと?電話出ろって?」
「はい、相手は依田報道局長です」
「依田さん?」
テレビでは見せない渋面でスマホを受け取る。
一体どういうことなのか。
「もしもし。…………はい。…………はい」
ぐっと、眉間にしわがよる。
「スタジオの準備が出来るのは?……30分、いや15分ですか。……このブースから現場に繋ぐ、と。……いえ、アシスタントの村上アナ以外は外してもらって。……大丈夫です。必ず繋ぎます」
徳島から今までのお茶らけた雰囲気が吹き飛んでいる。
目線をプロデューサーに向ける。
彼は深くうなづき、スタッフに指示を出す。
今まで座っていたゲストがやんわりとスタッフにより外に出されていく。
いきなりの扱いに怒るもの、説明しろと怒鳴るものまでいたが、スタッフが防音の隣室へと強引に連れ出す。
「CM!明けます!!もう1回いれますか!?」
「いらん!!トークで持たせる!!あと、ジャケットとネクタイ準備して!!次のCM明けでいいから!!」
「スタイリスト、どこ!?」
両手に軽く水をつけ、髪を無造作に撫で付ける。
徳島の表情ががらりと変わる。
にこにこしているなんでもござれのフリーアナウンサーから、一本芯のとおった報道キャスターへと。
芯となるのは、確固たる自信と視聴者へと伝えるアナウンス力。
バラエティから報道までオールマイティーにこなす彼にはアンチもファンもいる。
だが、それでも使われるだけの実力があるのだ。
だからこそ、彼は最高のフリーアナウンサーの称号を持っている。
「CM、明けます!!」
数瞬の静寂が場を支配する。
「視聴者の皆さん。大変申し訳ありません。番組の途中ですが、緊急のニュースが入りました。現場には偶然ですが本テレビ局の中継車が出ています。今、現場に繋ぎます。堂本さん、状況を伝えてください!!」
テレビが映し出す。
「はい、こちら現場の堂本です!今私は……!!」
ドガァァァン!!!!
土煙の上がる街を背景に、ヘルメットを被った堂本が今の現状を伝えようとする。
言い終わらないうちに、爆音が堂本の後ろから上がる。
カメラはすぐにその爆音の先にレンズを向けた。
ビルにめり込んだ“それ”が壁面からゆっくりと出てくるのが映った。
場所は駅前ということもあり、11時ちかくの今でも電灯の明かりや、店の照明などで様子がわかる。
ただし、一部が電線が断線したのか真っ暗だったり、ちかちかと点滅している。
カメラが姿を捉える前に、“それ”が飛び出していく。
ビルの4階付近から、である。
「堂本さん!!大丈夫ですか!?そちらでは、今なにが!!?」
徳島が呼びかける。
「だ、大丈夫です!今こちら○○駅前の広場から中継しています!現在、こちらでは何者かによる大規模な破壊活動が行われています!先ほどまでに事態に対応する警察による発砲音も我々スタッフは確認していましたが、今は止んでいます。そ、それで」
「落ち着いて、落ち着いて報告を!堂本さん!?」
「は、はい!その何者かの正体は不明!負傷者も出ている模様ですが、救急隊はいまだ到着していません。我々も救助活動に参加できるような状態ではないと、安全な位置まで…………」
ドガァァァン!!!!
再度、爆音。
音声と、映像が数秒にわたりゆれて乱れる。
映像が戻るが、1、2秒だが音が切れる。
「…………が、その何者かと戦っているようです!信じられません!信じられません!!」
「堂本さん!音声が途切れました。何が、何と戦っているのですか!?」
すう、と堂本が息を吸った音が全国に流れる。
「片方の正体は、不明です!ですが、もう一方は「光速の騎士」!ここ数日報道されている「光速の騎士」の装束を纏った人物がその何かと戦っています!!!」
ここで、ズーム。
パチンコ店のぎらぎらした電飾に突っ込んでいた“それ”が立ち上がる。
直前までのアイドルイベントの視聴率は夜間とはいえ14%を超えてどんどんと高まっていた。
その視聴者をそのままそっくり奪い取って、初めて「光速の騎士」がネオンに輝きながら全国の生放送に姿を現した。
これは3日目の終焉、エピローグに至るまで。
それを書き記していこう。
うん、時事ネタだね。
見てて思いついて、1時間で書いた。
こっからどうするかは考え付いていない。