6-8 擦音 のち 繰糸
ぎゃぃぃん!
金属同士が激しく擦れ合う音が響く。
初手における攻防として、「騎士」による槍での一閃は迎撃側のアキトシによる強化されているナイフによって防がれることとなった。
だが、これは先程とは違い弾かれることなくそのまま鍔迫り合いに移行する。
ぎり、ぎり、と双方共が純粋な力比べをしながら相手がどこかでバランスを崩すその瞬間を窺っていた。
当然のことながら、人外の膂力を持つ「光速の騎士」側が圧倒的に優位に立てるはずだが、アキトシ側はそれに拮抗している。
模造異能者、デミ・サイキッカーと自称する彼らは、人の規格の範疇を超えたところまで才覚を拡張しているということになる。
「ふっ……!」
短く息を吐いたアキトシがナイフを持つ側と逆の手を添える。
瞬間、拮抗が崩れる。
ずんっと一気に重くなるちゃちなサバイバルナイフに、定良の大太刀の連撃を凌いだ「騎士」の槍が押される。
チート、とは本来の意味で言えば「ズル、イカサマ」を示すが、この超能力という技能。
まさにそのチート、という言葉が本来の意味通り当てはまる。
ただ、そういった意味の「チート」という具合で言えば「光速の騎士」も負けてはいない。
鍔迫り合いの天秤がアキトシに傾きそうな状況になった瞬間に、迷うことなく「騎士」は手にした槍を手から離す。
いや、離した槍をそのままアイテムボックスへと放り込む。
「ぐっ!」
急に押し込む対象が消えるという不可解な手を経験するのは当然初めてであっただろう。
ほんの少しだけだが、アキトシがバランスを崩した。
そこへ目掛け、手にした盾に体全体を預ける形で一気に踏み込む。
どっ……!
踏み込んだ地面から砂がぱっ、と飛び散る。
軽い地揺れすら感じるほどの力を込めて、アキトシへと思いきり体当たりを行った。
ごんっ!
アキトシはさすがにそのままを通してくれるほど甘い男ではない。
傍目からは何もない場所で「騎士」が急に止まったかのように見えるのだが、実際のところは不可視の揺らぎが盾の前面に発生しており、そこの中空で拮抗している。
ナイフを握った手を翳して、壁を自身の前方の1メートルもない位置で発生させて。
そう、“拮抗している”のだ。
「オオオオオオオッ!!!!」
ピクリとも動かないその場で、「光速の騎士」が吠える。
ボイスチェンジャーの作動がさらに狂い、今はまるで獣の唸り声にも似た重低音の声が響く。
その状態からさらに、力を込めて押し込む。
ずり……っ。
ほんのわずか。
1センチに足るか足らないかではあるが、アキトシが「光速の騎士」の渾身の体当たりに高そうな拵えの革靴が滑る。
そう、押し込まれて滑った。
(……なるほど、“そういう力”だな?少なくともこのバカ固い壁っていうやつは!)
ずるるっ……!!!
さらに力を込めて、押す。
これまた数センチ単位押されて、アキトシの足がその分後ろへと同じだけ滑っていく。
この押し合いを嫌ったのか、押し込まれた足を軸にアキトシが大きく後ろへ跳んで距離を取った。
「フゥゥゥゥゥッ……!」
「光速の騎士」は視線をアキトシから一切外さずに深く深く息を吸う。
アキトシもまた、大きく息を吐いて、呼吸を整えていた。
(……まずは一つ。あのバカ壁、常時全方位へ展開できるわけじゃあない。あくまで任意の箇所にピンポイントで発生させるってタイプ。しかもそれはある程度認識して発生させる必要がある)
完璧に守るのであれば、周囲全体に等間隔で壁を置けばいい。
それだけで接近戦主体の「騎士」を封殺できる。
それをしない。
さらに、こっちが押し込んだ分同じだけ、相手は押し込まれた。
つまり術者(サイキッカーをそう呼ぶのが正しいかは知らないが)が出した壁は、その発生している間に関しては術者からの距離を変更することはできないのではないか。
押し返してくる感覚は全くなかったし、だからこそ「騎士」はその防御手段を“壁”と呼称する。
一度解除し、その上で再展開しなくてはならない。
そのようなルールがあるのではないか。
仮にできる可能性があったとしても、それは何らかのリスクを負うのだろう。
通常の戦闘時に使うには強度が不足するか、かなりの消耗を術者に強いるか。
(どちらなのか……。わからんとこだな。教えてくれるわけもないし)
壁の展開距離に制限があるのかもしれない、多重展開にリスクを必要とするかもしれない。
あくまで“かもしれない”の推測だが、確定事項が一つ出た。
それはどういうことかと言えば。
(あくまで自分で意識して展開する壁、オートで反応するわけじゃあない!そんなら、破壊は難しいかもしれんがやりようは、ある!)
アキトシから見えないように非常連絡用にヘリで受け取った発煙筒をアイテムボックスから手に取る。
瞬間、ぼしゅっと音を立てながら、スモークグレネードより幾分勢いは弱いがそれでもモクモクとオレンジの煙が噴き出した。
闇夜の中、うすぼんやりと光るバリアで若干の視界が確保されてはいても夜は夜。
その中で相手から隠れるメリットは出ても、焚き込む煙はこちら側の視覚を遮るリスクとなりうる。
だが、これでいい。
「……なかなか面白い。そういう考えか」
ふわり、と浮かぶ煙が何もないはずの空間で押しのけられるようにして動く。
人の流れもなく、しかも今は風もないのにだ。
「見エナイ物ハ、見エナイ。ダガ、ソコニ在ルノヲ解レバイイダケダ」
煙の中、兜だけを外気にさらしその着色されている煙の中へと徐々に消える。
目立っていてもいいのだ。
要は煙で場を満たすことを目的としているのだから。
場に満ちた煙が、本来あるべき動きをしない場所に、あのバカ壁があるということになる。
ただし問題が一つ。
(……どうやって帰ろうか?また走って逃げんの?そのための発煙筒だったんだけどなぁ……)
この件が片付いたらソッコーで現場を脱出するため、門倉より提案されたプランの一部だったのだが、それは不可能となった。
こうなれば自己責任で、周りを取り囲むマスコミ・警察・野次馬から逃げ出すほかない。
ただし実際問題、こうも逃げ続けているとげんなりしてくるものである。
そんな「光速の騎士」の内面が今の状況とは違う、そんなくだらないことでいっぱいになっているとはアキトシは思わない。
彼には派手派手しいオレンジ色の煙が立ち込める中で、次の一手に出る必要があった。
現状、「騎士」と真っ当にぶつかれるクラスの戦力は、自分とケンショウの2人のみで、ケンショウ自身はマユミ程度は余裕だと言っていたが、アキトシはそうは思っていない。
マユミは経験が浅いだけで、そのポテンシャル自体はケンショウの上を行く。
優位に立っているのはケンショウだと思われるが、場をひっくり返される可能性はゼロとはならないのだ。
今は精神的な揺さぶりやケンショウのトリッキーな振る舞いに圧倒されているだけで、冷静に一つ一つ詰めていけば最終的な勝利者はマユミとなるだろう。
冷静に本人が振るまえないというのは若さからくる精神的な未熟か、それともすべてを灰に変えるほどの燃え滾る怒りからか。
(憐憫を感じる、か……。過ぎた感傷だな。彼女たちとはとうにそんな関係でもあるまいに……)
寂しさを思わせる自嘲めいたものを唇の端に寄せると、目の前の煙の塊に目を向ける。
大方7割ほどの姿を煙に包んだ「騎士」からは目を離していない。
狙撃のタイミング自体はアキトシが出すと言っているのでそれに従った2か所はまだ待機のままだろう。
残り1か所は再度の連絡がない以上、何らかのトラブル等で脱落、もしくはそれに対応しているということだ。
射線は2つ。
自然と煙が晴れるのを待つというのも手ではあるが、如何せん時間がかかる。
先程ちらと見た腕時計はもうすぐ22時になろうかというところ。
それは事件発生から約4時間。
外部から横やりを入れてくる準備が整うには、十分すぎる時間である。
「仕方ない。出張るとしようか!」
ざっと今度はアキトシ側が「騎士」へ向けて駆け出すと、それと同時に空いている掌を彼へと向ける。
その仕草を見て、咄嗟に「騎士」が地面へと身を伏せた。
比重が重い分、地面に近い位置に着色煙が留まっておりそれだけでさらに「騎士」の姿が煙の向こうへと消えていく。
「撃てぇッ!!!」
タタァァァァン!!!
鋭く叫ぶと同時に、掌からぎゅるぎゅるという音が「騎士」の伏せたと思しき場所を通り過ぎる。
さらにほぼ同時に、狙撃音が2発。
これもまた「騎士」の隠れた発煙筒の煙中へと放たれていた。
各々が空気を切り裂き、煙を晴らしていく。
うっすらとオレンジの煙の中に3つのまっすぐな線が煙を切り抜く。
アキトシの一撃は外れ、もう一発も何もない空の空間を切り裂くだけであった。
だが、残る1発。
残る最後の1発。
少しだけ外したように見えた、その一発の取り払った煙が晴れる。
それをアキトシが視認した瞬間。
糸の切れたマリオネットのようにして、ぐらりと「光速の騎士」が煙へと崩れ落ちていったのである。
膝立ちに近い姿勢を取った「光速の騎士」の、銀色に輝く胸が撃ち貫かれていた。




