6-5 仮面 ノ 『舞踏/武闘』会 【マスカレイド】
「撃てぇぇぇぇぇッッ!!!!」
言うやいなや折れるのではないかという勢いで引き金を引き絞る。
全方位、フレンドリー・ファイアの可能性を排除できない位置取りであったのは確かだが、それに一切躊躇することなく「光速の騎士」目掛け、鉛弾が飛んでいく。
そんな光景を、その場にいたトゥルー・ブルーの傭兵たち全員が視認していた。
ゆっくりとスローモーションのように、体がまるで泥の中にいるかのように動かないというのに視覚に飛び込んでくる情報だけが脳へと届いているような状況。
そういったことがままあるのは知っていたが、初めての経験をその場の全員が体験していた。
(当たる、当たるぞっ!!)
そう思った男の真正面にはこちらに背中を向けて盾を掲げる「光速の騎士」の姿がある。
いくらあの白と銀の鎧が頑丈で、「騎士」本人に超人的な耐久力があろうとも、これだけの一斉射。
仕留めることができる、と確信していた。
ゆっくりと暗闇の中、「騎士」の背中に向かって飛ぶ弾丸の軌道までも解る、そんな時間を過ごしていた。
だが、こんなレアな状況になるのはどんな時だろうか。
往々にして、それは脳が非常に高速でフル回転しているときにまま起こるのだという仮説があるそうだ。
脳内麻薬がドバドバと噴き零れるくらいに溢れかえった状況で引き起こされるという話だ。
そうであるならば、なぜ今、それが全員に引き起こされているのだろう。
彼らは傭兵である。
すでに荒事が身に染みついて、危険はこびりついているような生活を送っている彼らが、憐れな獲物をしとめるという段階で、そこまでの脳内麻薬が発せられるものだろうか。
確かに高ぶりはすれども、そこまでの脳内麻薬を必要とはしないのではなかろうか。
さて、ここでもう一つの仮説を披露したいと思う。
対象者が非常に危機的な、例えば命に関わるほどの危険に心身を晒されると、野性的な勘でそれを回避しようとする、生存本能が暴走した場合にも起こるのだという説である。
「残念っ!」
「なっ!?」
世界の全てが徐々に正しく時を刻み始める。
ほんのコンマ数秒前までは影も形もなかった、首元を血で染めた学生服の少女が、そう言葉を発したのを確かに聞いた。
「騎士」のがら空きの背中を狙った弾丸が、全て胸の前に両手を出した少女の前で速度を急激に落としていく。
そしてその弾丸が最初の速度へと急加速しながら、元の方向へと反転していくのだ。
正しく時を刻む世界は、“捻じ曲げられた”弾丸をそっくりそのまま傭兵の男と黒装束の傀儡兵へと返すことになった。
「ぎゃぁっ!!」
悲鳴と共に、少女の前方にいた全員が体をハチの巣にして倒れていた。
うめき声がかすかに聞こえるところからして、ギリギリではあるが生存しているようだ。
「人死には避けろ、と言ったぞ!」
「それって優しさ?それともただの偽善?」
背中合わせになった「騎士」と「血まみれの少女」が顔を互いへと向ける事無く小さく言い争う。
「死人が出た校舎で、学生生活を送ることになる生徒さんのことを考えろ。これ以上迷惑をかけるな」
「お優しいのか、現実的なのか。よくわからないわよね、あなた。多分まだ死んでないわよ、多分」
そう言った「騎士」は黒の盾を掲げ、自身とその後ろにいる少女へと飛来する弾丸だけをはじいている。
一斉射という弾丸の嵐が吹き荒れる中でも、「騎士」の「ハイ・センス」が発動した瞬間に、当たる弾だけを瞬時に判断することができた為だ。
もちろん、全周囲からの攻撃であったならば防ぐことは難しかっただろう。
だが、その範囲を360から180度までに限定できるのであれば、その難易度はぐんと下がる。
「……それで?狙撃手の位置は変わらない?それとも動いているのかしら?」
「ほぼ同位置で動いてはいないと思う。狙撃位置が露呈してもこっちには遠距離への反撃手段がないことが予想されているからな」
「ちなみにそういう攻撃手段の一つくらい持っていないの?」
「弓は才能がない。それにこんな夜間でじゃあな。銃なんてものはこの間初めて触ったばかりだ。拾ったところで使い方を知らんし」
「ここは中世ヨーロッパじゃないのよ?なんで最初に出る選択肢が弓な訳?」
「うるせえよ。逆にお前はどうなんだ?」
じり、じり、と互いを背に周りへの警戒を強める両者を、煙幕の向こうからやってきた連中が再度囲み始める。
『クソッタレ!!引きが悪ぃ!「ブリキ野郎」だけじゃなくターゲットの「片翼の天使」もいる!!……指示を!!』
如何せんネイティブの発音の上、高度な下衆いスラング混じりでなされる英語の発音は、「光速の騎士」の耳へと音としては届いても、文章として理解できるものにはならなかった。
「悪い、あいつ今なんつった?」
「そこまで外見が西洋ゴリゴリなのに、初歩のスラングくらい聞き取れないの?」
「日本の普通の大卒の語学力はこんなもんだ。きちんとした文法を使え」
ギャィィンッ!!!
激しく「光速の騎士」の盾が一瞬強く火花を散らして、夜に輝く。
強く金属がこすれた匂いがあたりに漂う。
停滞を嫌ったのか、焦りからか、単発で狙撃された弾丸は「騎士」によって弾かれる。
狙撃方向が解りさえすれば、そのあたりからの一点に絞って「シールドバッシュ」で弾いてやればいい。
完全に勢いを消せるわけでも、反射して反撃できるほど正確な弾き返しができるわけでもないが、徐々に“慣れて”きていた。
(要するに、タイミングさえ外さなければいい。どっしり構えて的確に、だが)
ただしこれはジリ貧の策だ。
盾の強度がへたってしまえばアウト、「騎士」の集中が切れればアウト、別方向からもう一発同時にぶっ放されればアウト。
もっとも問題となるのが、それで凌ぐことができても相手を排除する術がないということだ。
なかなか厳しい内幕がある。
(何でかしらんが射手が2か所に減ってる。あのおかしな鐘の音が原因か?だとすると……隼翔か。まじぃな、真一さんにマジで怒られんぞ。学生になにやらせてんだって)
兜の下では苦虫を噛んだ表情で渋い顔をしているが、外からはその様子がうかがいしれない。
相も変わらず、弾を節約するためだろう。
じりじりと亀の歩みでその輪を少しずつ狭めてきている。
「おい、さっきの話だが、マジで遠距離を狙えるナンカ隠し玉は?」
「女にナニ求めてるのよ。こういう時に踏ん張るのがオトコノコじゃないの?」
「この男女平等を声高に世界中で叫ぶときにそういうのはダメだろ。いや、マジでどうにか……!!」
タァァァァン!!
頭の横数センチを弾丸が通り過ぎていった。
先程と同じ建物の屋上からであるが、若干位置がずれている。
むこうも誤差の修正と違ったアプローチに切り替え始めているということだ。
「ちぃ、あっぶねぇ」
「私にはあそこまでの射程の攻撃手段はないわ」
「そうか、っと!?」
体勢を崩したと思われたのだろう、一気に黒づくめの集団が突進してくる。
この場において接近戦。
犠牲を前提とした物量で押し込むつもりだ。
だが、そう来るのであれば、むしろ対応策は単純になる。
「ハァッ!!」
囲まれると使い勝手の悪い槍をしまい、その手に“特殊警棒”が現れる。
向かってくる敵集団に対し、こちらから逆に突進していく。
最初の1体を強かに殴り倒し、そのまま2体目に肘、3体目に膝、更にダメ押しのヘッドバットをかまし、ぐらつく黒装束の首を掴んで地面へと叩きつける。
ゴキリ、と嫌な音が響くも無視して次へと移る。
あくまで“人死”を避けるのは努力目標であって、“人間かどうか非常に怪しい”奴らのことはその目標の対象外となっている。
というかそこまで気を回す余裕がないともいえるのだが。
(防御ゼロ、特攻か!?ということは)
タァァァァン!!
咄嗟に盾にした黒装束の胸をぶち抜いて弾丸が飛来する。
捨て駒で足止めし、その上で確実に狙撃していく策だ。
過大なペイを強いるが、堅実にそして確実に当てていくことができる。
「ぐぅっ……!」
盾にした人ひとり分と、間に挟んだ防弾仕様の籠手、そして「騎士」自身の耐久力が弾丸の勢いを殺す。
それでも衝撃は芯まで響いた。
軽い痺れを感じ、黒装束を手から離してしまう。
(骨まではいってない、が……。結構ひどい打撲くらいはやられてる感じだな。……痛ぇ)
位置的に盾で弾けない角度からの射撃であったため、どうしてもその分、ダメージを喰らう。
これを絶え間なく続けられれば、間違いなく削りきられる。
相手側の作戦の方向性に舌打ちするとともに、感心もする。
確かにこの手法は、人的な損害を度外視するという前提を飲むのであれば「騎士」を追い込むことができる。
真っ当な精神性を持った人間であれば、許容できない心理的なダメージを負うだろう。
ただし、人的な損害とは言ったがそれが人と定義できるか微妙なナマモノではあったが。
(とはいえ、一人をタコ殴りにするって策は成り立たんだろ!?)
視線を向ければ、白と銀の一点へ黒い集団が纏わりつくその場へと、血まみれの少女が突っ込んでくるのが目に入る。
周囲への警戒と自身への射撃リスクを考えて離れていたのだろうが、現行では「騎士」と背中合わせの先程の状態が最善策と思ったのだろう。
両腕が薄くぼやける何か淡い膜のような物に包まれているのが、離れた場所からであればわかった。
それをブンブンとどう見ても“射程距離外”から振り回し、その動きに合わせるかのように黒装束が“殴り飛ばされ”ている。
(「模造異能者」、デミ・サイキッカーか。……魔法使いじゃなかったし)
異世界魔法ではなく、つい最近初めましてをした地球産のオカルトでもなく、まさかのサイキック。
女性としてみれば、華奢な部類に入るマユミ・ガルシアがその細腕一本でゴリラのような破壊力を行使している現状を考えれば、それに納得するしかない。
術式の発動過程も無さげな上に、そういった魔法・魔術の発動時にあるべき魔力光もない。
定良のような瘴気をリスク抜きで普通の生者が真っ当に使えるはずもなく。
そうなると本人の自称する“ちょーのーりょく”だという与太話を信じるほかないわけで。
(まあ、俺自身が寒いギャグみたいなもんだしな。そういうこともあるかもしれん)
ざっくり言えば視認できる範囲内の空間操作、だそうだ。
本当にざっくりと答えてくれたせいで、どこまで任せていいものか判断が難しいところではあったが、認識範囲内であれば力の方向性を捻じ曲げたり、壁として一時的に発生させることも可能。
解りやすく言うと、今学院の周りを囲うバリアの小型携帯版だと思ってほしい、とのことだった。
(……トゥルー・ブルーと根っこは一緒、って遠まわしに教えてくれたってわけか)
仲違いなのか、離反なのか、それとも実際は反目しているように装っているのか。
最初の出会いからその点に至るまで、何一つとしてこちらが信用できないマイナス面を徹底して曝け出している。
黒装束を突破して背中にどっ、とマユミが体重を預けてくるのを感じる。
ここまで「騎士」に背中を預けてくるのに、彼女たちは「騎士」から自然離れていくように仕向けているようにしか思えない。
ひと時だけの協力態勢、極まった猜疑心、純粋な利用関係。
悲しい程に彼女たちは利己的で、そして他を拒絶していた。
「……ああ、ようやくお出ましよ。本当に人をバカにしたような恰好をしているわ」
「そうみたいだな、少なくとも一人は“はじめましてじゃあない”」
ゆっくりと歩み寄ってくる男達がいる。
彼らの道を開けるように、囲みがそこだけ崩れる。
この大騒ぎの中、スーツに革靴という、一見学校内であれば教師の格好として相応なその様相をしていた。
周りにはヒトガタの黒装束とは違う、人の気配のする同じ格好の黒装束。
ただ、一点だけマユミと、レジェンド・オブ・クレオパトラで見たことのある「騎士」にとって少々カチンときたのはその頭部だ。
わざわざ用立てたのだろう、事件後発売休止になった安物のパーティー用ピエロマスク。
その時はそのマスクでなかったことを覚えている「光速の騎士」的には癇に障って仕方ない。
近づいてくるその様子から、警戒は解かないが何かしらのコンタクトを想定し、この新しい兜の“スイッチ”を入れる。
「久しぶりだね、マユミ。それと、「光速の騎士」。君とはレジェンド・オブ・クレオパトラの船内ではニアミスだったから、直接会うのは初めてだな?」
「ソノヨウダ。オ初ニ、オ目ニカカル」
今までは普通の声だったのが、「騎士」の声がひずんで低くなったり高くなったりと非常に気味の悪い声となった。
新装備のボイスチェンジャーであるが、最初にヘリの中で試した時と音が違う。
恐らくであるが、あのビリビリバリアの突破時に少々不具合が発生したのだろう。
まあ、シージャック時の無理矢理声を変えていた時と比べれば雲泥の差だが。
さすがに白石特殊鋼材研究所の方々も渡した当日に破損するとは思いもしなかっただろう。
「少しばかり耳障りだな。その外見と合ってはいないが……。しかし、そのような資材を準備できるということは、よほど良いパトロンでもいるのだろう?うらやましい限りだ」
「ノーコメント」
「ははははっ!!そりゃそうだろうな!いやぁ、こっちも大概だが、君のソレ。外連味が過ぎるよ!」
ぱんぱんと大仰に両手を打ち鳴らし、「騎士」に向け指を指して騒ぐピエロ姿の男。
こちらとは、“お久しぶり”である。
あの時とは目出し帽とピエロマスクで若干仮装が違うが、その癇に障るその言い回しや、身振り、そして「気配察知:小」で感じられるものは全く同じだった。
「アノ時ノ道化、ダナ?」
「道化、道化!そうだね、あのガイコツ頭の彼にはそう言われていたね!!あのお友達の次はその癇癪持ちの「不良品」とは、なかなかイイ趣味しているなぁ!!」
「ケンショウ!!あなたっ!!」
けらけらと笑う道化の姿に、マユミが叫ぶ。
「おやおや、マユミ!そこはオニイサマと呼んでほしいぞ?」
「誰がっ!!」
ずい、と踏み込もうとした彼女を「騎士」が押しとどめる。
どうも先程までと比べ感情的になり過ぎの感がある。
恐らく、なにか“オニイサマ”という文言が原因だと思われるが今それを問いただす余裕はない。
「……さて、では提案なのだが」
ふ、と手を挙げて首魁と思われるピエロが話しかけた瞬間。
タァァァァン!!
銃声が響き渡る。
完全に意識を首魁の手に持っていかれた瞬間に放たれた弾丸であった。
「……イイ趣味ヲシテイル」
くっきりと鉛が黒い盾の表面に筋を作っていた。
まるで動じることなく、瞬時に放たれたそれを「光速の騎士」が盾で弾いたのである。
おそらくあの首魁が手を挙げた瞬間が合図だったのだろう。
「ふふ、すさまじいな。この虚を突いたタイミングでその反応ができるのは。油断も慢心も無いとはね。流石は「光速の騎士」か。名前負けはしていないな」
「全く、可愛げがないな!そこは無様に当たってほしいもんだがね!」
首魁の後で人をいらいらさせる口調で仮称クラウン改め、ケンショウと呼ばれた男が茶化してくる。
この口調がわざとしているのだとわかってはいても、腹立たしい。
「話ヲスル気ハナイノカ?」
「いや、そういうわけではない」
首魁は懐から掌大の小さく膨らんだ袋を取り出す。
そしてそのまま袋をひっくり返すと、中から小さな赤い何かが地面へと勢いよく零れ落ちる。
「今回の件、暴力で解決できる自信はあるが、君と話し合えるというのが最大の収穫だったと私は思っている。さて、「騎士」よ。いまばら撒いたのは加工前の宝石の原石だ。まあどんなに下手な加工をしても日本円で500万は下るまい」
「ソレデ?」
「これをくれてやる。お前の首のリールを握るパトロンにでも換金してもらえ。我々はそこのマユミを連れ帰れればそれでいい。この銀嶺学院からもすぐに撤収してやろう。それならば誰もこれ以上傷つかずに済む」
わかっていて目の前の男は言っているのだ。
癇に障る言い方をして、挑発気味な口調も含め。
「大人になれ、「光速の騎士」。そんな偽善の仮面をかぶった所でこの世は変わらん。お前が希望の光を見せても人も変わらん。ならば、皆が目を瞑ることでしばしの安らぎを得ることも必要だろう」
ああ、その通りだ。
世界の全てがそう動いているのだから。
「正義を振りかざして、最後まで清廉だったものなど一人もいない。誰も彼もが妥協と忍耐の中、腐っていかざるを得ないのだ」
だが、それでも。
「受け取るがいい。「騎士」よ。それで、お前は自由となれる」
盾を翳す。
アイテムボックスへと仕舞い込んだ槍を出す。
ゆっくりと、それを正面へと構える。
「返答は、如何に?」
「断固、拒否スル!!論外、ダッ!!」
どんっと地面を蹴りつけ、首魁へと突進する。
「そうだ、その通りだ!!!「光速の騎士」!!!貴様は、“そう”でなくては!!!」
ピエロの首魁が笑う。
希望通りの返答を受け、悪役として。
「光速の騎士」が猛る。
思うがまま、自分の道を宣言して。
正と邪、表と裏、白と黒。
きっと普通の世界では見ることのできないほど、単純で極端な構図がそこにはある。
顔を隠すヒーローとヒールの仮面をつけた双方が。
まるで舞うが如く、踊るが如く、そして暴力の渦を孕んで。
仮面ノ『舞踏/武闘』会【マスカレイド】。
彼らは、ただただ自分のロールを演じ、そして踊る。
とりあえずこの場を借りてご挨拶。
今までに無いペースで書き込んだ作品におつきあいいただいた皆様、2018年ありがとうございました。
年末はちょっとぽちぽちやれるヒマ、なさそうなのでたぶん、今のところこれが今年ラスト、のはず?です。
そういうわけで、来年もどうぞよろしくということで。
年末年始エグい寒さのようなので体調管理、周辺環境お気をつけて。




