2-了 泥酔 のち 精鋭
「それじゃーまー。明日もがんばりましょう!!」
赤ら顔の男が音頭を取って、場を中締めにする。
10名ほどの学生たちと思われる集団が、大手居酒屋チェーンの前でわいわいがやがややっている。
「え、杉山。二次会行かねーの?めっずらしー」
そのグループにいるメンバーの男子学生が肩を組んでいる杉山猛に絡んでくる。
余り知らない土地であるとはいえ、メインターミナルである駅周辺には飲み屋街やカラオケボックスなどが点在し、その半分ほどは全国展開している有名どころだ。
飛び入りでも十分二次会を計画することも出来る。
学生の飲み会など二次会三次会まであることはざらであり、いつもはその最後まで付き合う猛が、珍しく今日はつれないことに不満を言う。
ちなみに両者とも顔は真っ赤である。
「俺さ、ここの宿。兄貴の部屋に世話になってるからさ。あんまり遅いとメーワクじゃん?てーぴーおーってやつよ。大人だろ、俺ってば」
猛はすでに酔いが回って口が回っていない。
どうも昼の飯が美味すぎた分、夜の大手居酒屋のメニューに不満が出てしまい少しばかり空酒気味になったのが悪かったらしい。
このまま二次会までいくと、店の便器に酸っぱい粗相を仕出かしそうな気配を腹から感じる。
「え、スギってばおにーちゃんいるんだ。どんな人、どんな人?」
肩を組む男とは別の女子学生が絡んできた。
居酒屋でフィールドワークの「初日の何も見つからなくて残念会」兼「明日以降の決起集会」に参加したメンバーは誰もかもが程々に酔っぱらっている。
「言われてみれば杉山に似ているという感じだな。並ばれると兄弟だ、とわかるが別々だとピンと来ないかもしれん」
そこに会計を終えた早苗が出てくる。
「え、教授。スギのおにーちゃん、会ったんですか?」
「ああ、昼にあの商業ビルで2人で歩いていたのを偶然な。そのまま昼もご一緒させてもらった。ちなみにチビの杉山と違って背は高い」
「チビって!教授、俺170は有りますって!教授をベースにしないでくださいよ……。まあ兄貴も180くらいはあるんですけど」
学生たちとほぼ同じ酒量、いやそれ以上に杯を重ねたはずの早苗はけろりとした表情だ。
若干赤みが頬に見られるが、言われなければ判らないレベルで、言動にも酔いを全く感じさせない。
「つーか、杉山ってばお昼、教授と食べたんだ」
「おう。兄貴が美味い店知ってるから行こうってことで。その時に偶然ですよ、ね?」
「本当に偶然だがラッキーだったな。あの店、から揚げ定食がすさまじく美味かった」
「そうですよね!あれを昼に食べた後にここの店のから揚げ食べたら、ビミョーな気分になっちゃいましたから」
「うっわ!いいな、私達昼は駅前の立ち食いソバだったんで」
「スギ、どこのおみせー?おせーて、おせーて!」
猛に絡みに来る人間が増える。
煩わしそうにそれを跳ね除ける猛。
「悪い、すごいボリュームだからあんまり女の子には勧められない感じだわ。ま、教授は全部完食してたけどさ」
「うん、満足できるボリュームだった。味も良いしな。良い店だ」
「……教授が満足できる量って。……ゴメン、スギ。私、いいわ」
早苗の胃袋を知るゼミメンバーの女の子が一歩引いた。
「それはそれとして、おにーちゃんってどんな人よ?写真とかねーの、杉山?」
「あん?お前らしつけーな。……あ!ちょうど朝に兄貴の家で2人で撮ったのあるよ!」
「マジマジ!?みしてみして!」
スマホを操作し、その画像を表示する。
今日の朝、2人で撮って母親に送った「生存の証拠写真」だ。
「あっはっは!!2ショット、2ショットじゃん。ウケるわ、スギ!!」
「似てるっちゃ、似てるか。並ぶと兄弟感でてるかもしれんな!」
「あ、俺のスマホに送って!明日一日これをメインにする!!」
ゼミ生にもみくちゃになってからかわれる猛。
猛も笑いながら、「この画像の使用料は100円でーす」と冗談を言いながら送信していた。
「教授!この人ですか?」
猛に送ってもらった画像を早苗に見せるゼミの女の子。
「ん?ああ、茂さんっていうらしい。ただ、あんまり杉山をからかいすぎるなよ」
はーい、と皆から生返事が聞こえる。
まあ、酔っぱらった学生などこんなものだ。
早苗が女子学生のスマホ画面を何の気なしに見つめていたその時だ。
「!?」
「な、どうしました?教授?」
ぐっと杉山兄弟の写真を見ていた早苗が顔を寄せてきた。
「……なあ、私のスマホにもその画像。送ってくれ」
「?良いですけど」
不思議そうにしながらもゼミ生がスマホを操作して、ちゃらりんと早苗のスマホが鳴る。
急いで着信を確認し、画像の保存を確認した。
「教授?」
「……ふう、いまさらながら少し酔ったかもしれん。私も今日は帰るとしよう」
「えええっ!教授帰るんですか!?」
「すまん。何となく悪酔いしたようでな。明日に差し支えると悪いし、今日はホテルに帰るとするよ」
えー!!、と声を上げる学生たち。
早苗が酔っぱらったところなどいままで一度も見ていない彼らにとってそれは驚きだった。
「とりあえず、羽目を外すなよ。節度を持って飲め。いいな?」
「はーい!」
「いい返事だ。ではお休み」
ぱらぱらとゼミ生が街へと消えていく。
帰る奴はホテルや知り合いの家へ、飲み足りない奴は二次会へと。
早苗は彼らのうち、二次会の幹事をやっている男に飲み代として2万を握らせ、程々で解散させるように言い含める。
しっかりと頷いた様子からすると大丈夫だろう。
彼ら学生を見送り、早苗は宿泊先のホテルへと足早に帰って行った。
ぴろりん!ぴろりん!
ホテルのテーブルの上に置かれたスマホが着信を告げる。
風呂上りにホテルのバスローブに身を包み寛いでいた早苗は、素早くそれを手に取り、スピーカーにして通話相手に話しかける。
「遅くにすまん。……見てくれたか?」
『ああ、見たよ。あれをどこで手に入れたんだい?』
ホテルの小さな冷蔵庫から缶ビールを取り出し、口を付けた。
ぱちぱちとした炭酸が心地よい。
「今の所、ノーコメント」
『ずるいねぇ、そういうところ。ま、無理してそんな地方に行ってもらってる分、僕の立場は弱いんだけど』
「国立の最高学府の研究機関のトップのセリフではないな」
『ふふふ。PCにメールしたよ。添付ファイル開いてもらえるかい?』
サイドテーブルのPCのメールリスト。
シルバーのフレーム眼鏡をかけ、その中にある電話の相手先からのメールを開き、添付ファイルを展開。
「……お前の見解は?」
『一致率は5割ってとこかな。ただ個人的な勘をそれに加味したら6割5分』
「私のなかでは7割を超えているよ」
『しかし、相変わらずすごいな君は。僕は調査初日でこんなのを君が出してくるとは思わなかったよ。……本当に出所は内緒?』
「確証がない。せめて8割、いや8割5分までは詰めたい」
『慎重だねぇ』
「画像は偶然手に入った。そんな偶然、有るわけないだろうに、というような偶然でな」
『それが気持ち悪い、と?』
「そういう事だ。……なあ、この添付ファイルのさらに別添って何だ?」
表示画面の端に更に別のファイルが引っ付いている。
ぽち、とそれを開く。
『映像関連の教授なんてしてるとさ。色々と交友関係が深くなるんだよ』
「ほう」
『映像“関連”ってさ。現実の映像だけを指すんじゃなくって、映画とかドラマとかさ』
「ほうほう」
『あとはアニメーションやゲームも映像関連に含まれるんだよ』
「そうだろうな。日本のアニメーション技術は凄いというしな」
『大御所から若手のアニメーターや監督、更にアニメーションから広がる副産物にゲームとかに関わる人たち』
そういう広がりを持ってアニメーションは世界に羽ばたいていくのだ。
『その辺りからすごいアポイントがあってさ。どうも、今回の「光速の騎士」ってすごいその辺りのひとに“刺さった”んだよねぇ』
PCに映し出されているファイル。
「光速の騎士」の可能な限り鮮明化された画像と、真っ白なバックに白い線で描かれた「光速の騎士」のイラストが2分割で表示されている。
かりかりとマウスを下にスクロールして次々に現れる全方向からのイラストカットが、10パターンを超えたバージョン違いで表示されている。
その全てが違う人物による作品であり、テイストも若干違う。
爽やかな青年騎士タイプに、熟練の騎士タイプ、闇落ちしたようなダークな雰囲気のものまである。
しかもそれらすべてにわざわざ制作者名がキャプションされている。
おそらくそのキャプションを付けたのはこの電話の主だろうが。
1、動画工房アルティメット。2、スタジオぐーてんもーげん。3、フィギュア造型師○○○○。4、……。
という具合である。
更にカーソルを進めて行くと、今度は「光速の騎士」の装備品イラスト集へと移る。
兜、外装の黒い布、槍、盾。
それぞれにこれもまた数カット。
多くの動画、映像のある兜に関しては20を超えるイラストが確認できる。
「何だこの膨大な量は。彼らは暇なのか?」
『まさか!日本で去年の興行収入トップのアニメ映画を作った制作会社に、今クールのアニメを3本担当してるとこ、海外じゃ1体1万ドル超の評価を受けるフィギュア造型師。OVA業界の雄と呼ばれた古参に、地方で最近伸びてきた新進。特撮のスタジオも2社あるしね。どこもかしこも殺人的なスケジュールで、今日も明日も休みなしで必死に働いているよ!』
「そこが何でこんなアニメチックな、設定画?とかを描いてるんだ?」
『いやあ、僕の所が一番「騎士」の画像データが集まってくるからね。資料として提供しても大丈夫なものを渡した見返りに、彼らから想像される「光速の騎士」像が欲しいと見返りを求めたら、こんな次第だよ。なんというか、もう彼に誰も彼もが“恋”してるんだな。もうベタ惚れさ!何せ本物の超人である「騎士」が現実に居るんだから!』
「いい年の大人が?」
『そうさ!すごいことにね?さすがに日本のトップクリエイターたち。画像を3D処理する時のサンプルデータとして、そのまま組み込むことが出来るクオリティーだよ。しかもこの深夜だっていうのにどんどん新しいイラストデータに、動きのパターン図も届くしね』
頭を押さえる早苗。
酒のせいでない頭痛がする。
「日本人は大丈夫なのだろうか?」
『はっはっはっ!!とっくの昔に手遅れだと思うよ!!間違いない!』
笑い声にカチンとくる。
PCのファイルを開きすぎてごちゃごちゃしてきた。
必要なもの以外を閉じて本来の画面に戻し、電話相手には提供していない早苗のPCだけに有る加工前の画像を新たに開く。
「まあ、日本の将来を私が心配しても仕方ない。連絡はこの電話かメールで行う」
『……わかった“スカーレット”。ただ気を付けてくれ。「光速の騎士」が“彼ら”とは違うだろうというのは本部の統一見解だが、あくまで確度の高い推測止まりで、確定ではない。あと君がそこにいるということは“彼ら”には知られているというつもりで動いてくれ』
「わかった。では、明日また何か解れば」
『遅くまでご苦労さん。じゃあ、お休み』
電話が切れたスマホを机に置くと、再びPCの画面を見る。
表示されているのは「光速の騎士」の映像からキャプチャーした横からの映像。
最初の映像の中で、槍と盾を持つ画像である。
大写しになったのはその内の「盾」。
その横に並べたのは先程のアニメ・特撮関連の人々から提供された「盾」のイラスト集。
そして最後の画像。
「杉山、茂か……」
2ショットの杉山兄弟の画像。
撮影位置は杉山茂の自室とのこと。
早苗がマウスを取り、一部をトリミング。
人物部分をカット、残りの背景を拡大。
映像が不鮮明になり、それを画像処理ソフトで鮮明化。
「これ、だな」
彼ら二人が映る画像の後ろ。
茂の寝床が映っているが、そこではない。
ベッドの下からのぞくそれ。
100人中100人は気にしない。
1000人中1000人が気付かない。
だが、1001人目の早苗が見つけてしまう。
ベッドの下に隠れるようにして置かれた、「盾らしき」なにか。
全体は見えないが、特徴的なサイドの金具が映っていた。
電話の主によると一致率は5割ほど。
横に並べた画像と、プロのイラストレーターによるイラストとも見比べる。
似ている、といえば似ている、似ていないといえば、似ていない。
だから、5割の一致率とあの電話の主は言ったのだろう。
だが、早苗の勘がこの画像の「盾のような物」に警鐘を鳴らす。
見過ごしてはならない、と。
「すこしばかり、話がうますぎるがな」
PCのモニタに映る苦笑した表情の杉山茂の顔を、親指でゆっくりとなぞる。
野性味あふれる魅力的な笑顔を浮かべ、ふぅとアルコール混じりの吐息を吐く。
そしてそのままPCを閉じ、早苗はベッドへと潜り込むのだった。
こうして「光速の騎士」の正体は日本屈指の映像分析のプロと、犯罪分析に長けた学者たち、そして日本、いや世界に誇るべきアニメーション・特撮のトップクリエーターたちの連携によって風前の灯となろうとしている。
さらに、もっと大きな“何か”が茂に迫ろうとしているのを、まだ彼は知らない。
異世界帰還2日目はこうして過ぎていった。
「兄貴、み、みずぅ……」
「流石に飲みすぎだぞ、お前」
「し、死ぬぅ……」
「ば、バカ野郎!くたばるんならトイレの中で、うわぁぁぁぁ、待て待て待てぇぇっ!!!!」
……まだ、彼は知らない。
とりあえず2日目の一区切りです。
次回は早くても来週ですね。
…もっとかかるかも。