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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

元〈ランクSSS〉ギルドの生き残り、憑依されて返り咲く

作者: 誇高悠登

「ここが、伝説の〈ランクSSS〉を与えられた〈ギルド〉……」


 私は目の前にある強大な建造物を見上げる。それは一国の城ほどもある巨大さ。いや、大きさだけじゃない。煉瓦一つ一つが丁寧に造られ、気品に溢れている。


 建物自体が俺達は〈ランクSSS〉。普通の〈ギルド〉とは違うのだと主張しているようだった。現に、一つの〈ギルド〉が一国の城ほどもある建造物を所持しているのがその証拠。


「大丈夫……。ここなら何とかしてくれる」


 中から聞こえてくる活気ある声。

 その中には、どれほど腕の立つ戦士たちがいるのだろうか。

 私は期待と緊張が混じった気持ちで唾を飲む。


〈ランクSSS〉


 通常、どれだけ強く成果を上げても、〈ギルド〉に与えられる称号は〈ランクS〉で止まる。

〈ランクS〉でも凄いのに、ここはその上を行く強さを認められたのだ。限界を超えても足りない強さと気高さから、唯一無二の称号――〈ランクSSS〉が与えられていた。


 そんな凄い〈ギルド〉を前に、私は自分の持ち金で依頼を受けて貰えるのか不安になるが、それでも、彼らに頼らなければ決して果たせない内容だ。

 覚悟を決めて私は扉を開ける。


「あ、あの!! どうしても倒して欲しい人間がいるんです――」


 扉の先の光景は、私が思い描いていたものとは大きく違っていた。想像では厳重な装備をした人々が、多くの依頼人を救っているイメージだったのだが、実際の彼らは厳重な装備どころか、普通の衣服すら纏っていなかった。

 つまり、裸である。

 私は瞬きを繰り返し、視界に映る景色の脳に流していく。


「~~~~~!!!」


 視界に入ってしまった男の下半身に、声にならない叫びをあげる。賑やかだったのは宴をして騒いでいたから。

 恐らく、私の顔は今、真っ赤に染まっているだろう。

 背を向けて男から視線を逃がす。

 硬直して立ち尽くす私に、10代後半の少年が話しかけてきた。


「あ、お客さん、おひとり様ですか?」


 暗い青髪を右目を隠すようにして垂らした男。

 胸にかけている白いエプロンが恐ろしいほど似合っていない。いや、似合っていないのはエプロンだけじゃないのか。

 見た目は病弱そうで言い方は悪いが根暗そうな容姿をしている。

 だが、見た目とは裏腹に、その声は快活で、これまた不釣り合いな満面の笑みを浮かべて私に聞いてきた。


「あ……、え……?」


 おひとり様ですか? なんて、普通の〈ギルド〉だったら絶対に聞いてこない。そもそも、〈ギルド〉に依頼を申し込む場合、普通は、それらを手続するカウンターがあるはずだ。

 そこで依頼の内容、倒して欲しい大将、報酬として用意した金額を相談して決定する。


「いや……。これが〈ランクSSS〉の〈ギルド〉なのか」


 普通にしていたら、ランクの壁は超えられない。

 こういった小さな気遣いが、人々に認められるきっかけになるのか……勉強になる。そう思えば酒場のような内装も、遠慮せずに依頼を出せる空気づくりの一環なのかも知れない。

 大樽に入ったお酒を抱えて騒ぐ全裸の男達も、よく見れば彼らの肉体は屈強な戦士そのものではないか。


「危なかった。危うく、只の酔っぱらいが陽気に裸踊りしてるだけだと勘違いするところでした」


 〈ランクSSS〉の〈ギルド〉がそんなふざけたことをするわけがない。

 私はチグハグな少年に案内されるがままに、建物内の奥に案内される。そこには一人でお酒を飲み、料理を食べる人々がいる。

 ここには食堂も完備されているようだ。

 依頼金に余裕があったら、記念に食べてみてもいいかもしれない。

〈ランクSSS〉の〈ギルド〉にある食堂がどんなものか、考えるだけでよだれが出る。


「あ、注文決まったら呼んでくれ!」


 カップに入った水を置いて先ほどの少年が言う。

 注文……?

 ああ、依頼のことか。

 だったらもう決まっている。


「いや、私の依頼はもう決まっている。これなんだけど……」


 あらかじめ内容を記載しておいた紙を広げる。

 私も何度か依頼した経験はあるから、事前にまとめて置いた方が話が伝わりやすい。失礼が無いようにと丁寧に記載したつもりではあるが、隣の席に座っていた男が、


「お姉ちゃん。ここに依頼って正気かよ」


 と酒臭い顔を近づけて私の頭を触った。

 なんだ、こいつは。

〈ランクSSS〉の〈ギルド〉に相応しくない男である。


 バンっ。


 頭に置かれた手を払いのけて男を睨む。

 私の反抗的な態度が気に入らなかったのか、男は大きな声で私の間違いを指摘する。


「おいおい。こいつ、ここに依頼持ってきてるぜー? あれー? ひょっとしてここ、もう〈ランクSSS〉の〈ギルド〉じゃなくなったの知らないのかなー?」


「……え?」


〈ランクSSS〉どころか〈ギルド〉じゃない?

 男の言葉に私の頭にはいくつもの疑問が沸き上がる。

いや、そんなことはない。私は母から本当に困ったらここを頼るように言われてきた。

 何故なら――ここには私の父がいるのだから。

 私は男に向かって名乗る。


「私の名前はマリー=スカイリット。この〈ギルド〉にアルフ=スカイリットが所属していたはずです!」


 私は建物全部に聞こえるように声を張り上げる。父と会うのは十年ぶりだ。その気恥しさから当初は、会ったら挨拶をしよう。会わなかったら手紙でも残せばいいやと考えていたが、そうもいかないようだ。


 私の声を聞いた男たちは、一斉に静まり席に座る。陽気な宴がまるで、葬儀のように重苦しくなる。私の頭に手を置いて隣の男ですらも、気まずそうに身体を小さくしていた。


「あれ、どうしました……? 皆さん知らないのですか? 父はそれなりに有名だと思うのですが……?」


 答えないならば、自分で探すまでだ。

 一人一人顔を見ていくが父らしき姿はない。最後に見たのは私がまだ、幼い時とは言え父の顔を忘れるわけがない。


「あんた……オッサンの娘か。あのさ、折角訪ねてきて貰って悪いんだけど、あんたの父はここには居ねぇよ」


 エプロンをした少年が、私の元にやってきた。

 オッサンの娘と私を呼んだことから、どうやら、彼は父のことを知っているらしい。


「……今日は悪いけど店じまいだ。また明日、食いに来てくれ」


 少年が言うと屈強な男たちが、順番に去っていく。

 建物内に残ったのは私と目の前にいる少年だけだった。


「ここはもう〈ランクSSS〉の〈ギルド〉じゃない。その証拠に――これが現実だ」


 誰もいなくなったテーブルに、残された料理が置かれていた。

 その光景は、確かに〈ギルド〉ではなく、食堂のそれに近かった。





「どういうことですか……? 父はどこに行ったのです?」


 私の言葉に少年は困ったように頭を掻き、意を決したように言う。


「〈ランクSSS〉を貰ったメンバーは全員――死んだよ」


 だから、私が娘であると知って空気が重くなったのか?

 でも、急にそんなこと言われて信じられない。

 少年は、自身を育ててくれた仲間の名を呼ぶ。


「アルフ=スカイリット。シャドウ=エクスナー。イバン=アランスピア。ルパン=ユルバン。〈ランクSSS〉の強さを持った4人は――もうこの世にはいない」


 その4人の名を――私は何度も母から聞いていた。

 たった4人で数ある〈ギルド〉の頂点にたった規格外の人間だと。父と一緒に依頼をこなす頼もしい仲間達だと。

 彼らの噂は母から出なく、風の噂でも私の耳に入ってきた。


〈ランクS〉の魔物の群れを退治した。


 彼らはドラゴンを飼っている。


 通常じゃ考えられない夢物語の噂の根源となる父達が誇らしかった。そんな彼らがだからこそ、死んだのならば、否が応でも私の耳に入る。

 私の視線に気づいたのか少年が答える。


「彼らは〈ランクSSS〉として、未知の〈魔物〉に挑んだんだ。結果、俺達は無様に負けて生き残ったのは俺だけ。〈ランクSSS〉が全滅したなんて知られたら、大変だろ? だから、〈王国会〉の皆様は隠ぺいしたんだよ」


「〈王国会〉!?」


 それはこの国でもっとも偉い人々が集まる政治組織だ。父たちが最後に受けた依頼は(王国会)から。そして、その依頼を受けて命を落としたのだと少年は言った。


「それが数年前だな。生憎、俺一人じゃ〈ランクSSS〉を守り切れなくて、今や〈ランクC〉の食堂ってわけだ。幸いなことに俺には料理の際があるみたいで、毎晩多くの人が来てくれてるけどな。依頼はからっきしだ」


「そんな……」


 父が死んだ。

 母はそのことを知っているのだろうか? 

 独り立ちをしてから数年。

 家に帰っていないので分からない。

 いや、相手は〈王国会〉だ。家族だろうと知らせていない可能性が高い。


「まあ、でも一応、依頼は全く受けてない訳じゃないからさ。もし良かったら俺が受けてやろうか?」


 気軽にいう少年は私に依頼を見せてみろと手を差し出す。

 だが、


「ふざけないで! 私が頼みたかったのは父がいる〈ランクSSS〉の〈ギルド〉なの! 毎晩、裸で宴をしてるお気楽な〈ランクC〉の〈ギルド〉に頼むことなんて――なにもないんだから!!」


 私は机を叩いて外に出る。

 同い年の料理人に頼むことなどなにもない。


「なんで、なんでよ……」


 父が死んだことと、最後の頼みが絶たれた絶望から私は地面に身体を放った。夜中、無法備な格好で外に出たら〈魔物〉に襲われ殺されるだろうが、もう、そんなのはどうでもいい。

 死んでしまった方が楽だ。

 寝ころび天を見る。

 私の気持ちを知らずに、夜空に浮かぶ星々が爛々と輝いていた。


「くそっ!」


 私は土を握って天に放る。

 そんなことで夜空の輝きが光失せる筈もなく、投げた土は自分に降りかかるだけだった。

 顔にかかった土を払う私の耳に、


『ガルルゥ』


 といううめき声が聞こえてきた。

 それも一匹じゃない。無数の〈魔物〉が私を囲っている。

 暗闇から、ゆっくりと姿を現す〈魔物〉。

 四足歩行の姿をした〈魔物〉を私は知っていた。


「こいつらは――〈ハイウルフ〉!!」


 獰猛な肉食獣で、群れを率いて人を襲う〈魔物〉。その危険度は〈ランクB〉の〈ギルド〉からしか討伐依頼を出来ない〈ランク指定〉の〈魔物〉である。

 当然、私なんかが倒せる相手でもない。


「ま、いいか。ここで死んだ方がマシかも――」


 いや。

 駄目だ。

 私は助けなきゃいけない人がいる。自分だけ楽して命を落とすなんて、卑怯なことは出来ない。腰に付けていたナイフを引き抜き、食われることを待つだけでないことを見せつける。

 だが、私の戦闘能力は皆無だ。

 抵抗なんて在ってないようなものだ。

 故にこれは只の満足して死ぬための行為でしかない。

 私は諦めなかったという言い訳を残すための死だ。


『ガルルァっ!!』


 一匹の獣が私を目掛けて飛び掛かる。

 私は目をつぶって握ったナイフを突き出す。こんなの攻撃とも防御とも言わない。身体を引き千切る痛みに堪えようと歯を食いしばるが、私を襲う痛みはなかった。

 それどころか、眼を開けるとハイウルフの死体が転がっていた。


「きゃ、きゃああ!」


 これは私がやったのか?

 でも、ナイフで刺した感触はなにもなかった。

 なにが起こったのか理解が追いつかない私の周囲に、「ゴオオォ」と円を描くように炎が噴き出した。


「こんなところで死のうとするなよ。俺がおっさんに顔向けできないじゃんか」


「あ、あなたは……さっきの?」


 明るく照らす炎の中心。

 空に浮かぶ一人の少年がいた。

 戦いの場においてもエプロンをしたままの姿。やる気のない表情から発せられる溌剌とした声。


「オラァ!」


 少年は何か呟き両手を掲げると、炎は一匹の龍となってハイウルフを焦がしていく。

 属性を生物として操る『魔法』。

 それは〈ランクC〉の〈ギルド〉が使える『魔法』ではない!!

 そこで私は気付いた。

 彼はたった一人で〈ギルド〉として認定されているのだ。その実力は少なくとも一つ上のランクはあると。


「ほら、逃げろ逃げろ!!」


 炎の龍から逃げるように去っていくハイウルフ。

〈魔物〉のいなくなった地上に、すぅーっと着地する少年。


「大丈夫か?」


「あ、え、はい……」


「なら良かった。今日、止まることないなら、ウチに――」


 私は助けてくれた礼を言うのも忘れて少年の手を握った。

 彼ならもしかしたら、あいつらを倒せるかもしれない。

〈魔物〉との戦いを見て、素早く掌を返す。

 依頼を果たして貰える可能性があるなら――プライドなんて必要ない!


「あ、あの……。私の依頼、受けてくれませんか!!」





「はぁ。なるほど。それであんたは〈ランクSSS〉の〈ギルド〉を訪ねてきた訳か」


「はい。ほうなんです」


 少年――ライドに救われた私は、その後、彼の〈ギルド〉に再度訪れ、美味しい手料理を頬張っていた。ハイウルフの肉を炙っただけの簡単な調理だが、新鮮さと下処理、味付けから、私は既に三枚の肉を平らげていた。

 これなら、毎晩人が集まるのも分かるというものだ。

 私が渡した依頼書を呼んだライドは、何故、私がランクの高い〈ギルド〉に訪ねてきたのか納得がいったようだ。


「あんたらの〈ギルド〉が、ランクの高い〈ギルド〉に支配されたと」


 私が〈ギルド〉の内情に少しばかり詳しかったりするのも、実は受付嬢として〈ギルド〉に所属していたからである。


 私達の〈ギルド〉は出来たばかりではあるけど、既に〈ランクB〉の称号を与えられていた。それは、女性のための〈ギルド〉を目指していたからだ。

 私達の思想に賛同した、他の〈ギルド〉で名を馳せていた女性の戦士たちが、私達の元に集まってくれたのだ。

 だが、それがマズかった。

 私達が他の〈ギルド〉から、女性という身分を使って、腕の立つ女性たちを引き抜いたと勘違いする人間が現れた。


 また、最近は減ったとはいえ〈ギルド〉は男だけの組織だと昔ながらの考えに拘る人間も少なくはない。


 結果、私達は〈ランクA〉の〈ギルド〉に目を付けられた。

 彼らは〈魔物〉を退治するだけでなく、裏依頼――人間の暗殺もこなすと噂の悪党〈ギルド〉。 突如、奇襲を掛けられた私達は、成すすべもなく彼らに支配された。


「それで、一緒に〈ギルド〉に入った友人が、私を助けてくれて――」


 私がなんでも言うこと聞くから、マリーだけは助けてあげて。

 そう言って友人は、私を逃がしてくれた。

 けど、逃げる私が振り返った時、彼女は裸に向かれて遊ばれていた。戦力のない私は、ただ、怖くて逃げるしかなかった。


「で、その悪党〈ギルド〉を倒すことが依頼ね。でもさ、それならわざわざここに来なくても、いいんじゃないか?」


 私達の拠点にしていた場所から、ここは少し離れている。

 近場に〈ランクS〉の〈ギルド〉はあるではないかとライドは言いたいようだ。

 ライドの考えの通り、私は既に依頼をし――断られていた。


「〈ランクS〉の〈ギルド〉には既に行きました。でも、お金が足りないし、他の〈ギルド〉と関わりたくないからって断られて……」


「だろうな。それなら父を頼るわな」


 父ならば、金額に関係なく娘を助けるだろう。

 私はそれを期待してやってきたのだが……。

 父はもう……。

 父は余り家に帰る人ではないために、思いでは少ないが、私を「マリリ」と呼んで頭を撫でてくれる温もりは覚えていた。

 その温もりを二度と感じられないと思うと、自然と涙が瞳に溜まる。

 私は涙を堪えながらライドに頼んだ。


「だから、お願い! 私を助けて!! あなたも強いんでしょ?」


「俺は普通だよ。こうして生きてるのも、一番下っ端だった俺を、あんたの父さんと、その仲間たちが守ってくれたからだ」


 確かに、ライドは私と年齢が変わらない若さだ。

 父たちと肩を並べるにはいささか若すぎる。つまり、父達の弟子と言うことか。

 それならば、あの強さにも納得がいく。

 むしろ、この依頼をこなせるのはライドしかいないと、私の思いは決まっていた。


「その……。お金は記載してある通りなんだけど、受けては貰えないでしょうか?」


「うーん……」


 私が用意した金額は、ギリギリ〈ランクB〉の依頼を頼めるかどうかの金額である。下手したらさっきのハイウルフの討伐も依頼できない金額だ。


「おっさんの娘だし、助けてやりたい気持ちもあるんだけどさ、流石に危険度と謝礼が見合わない――」


「……どうしました?」


 話してる途中でライドが固まった。

 ちぐはぐな表情が全て無に代わっていく。血の気が失せ、精巧な人形のように変化する。不気味な姿に私は思わず距離を取る。


「やるよ……」


 死人のような肌磁路差に怯える私に――彼は言った。


「助けるに決まってるだろうが!!」


 ライドはそう言って私の食べかけの肉を齧る。

 唐突な変わり様に少しだけ、この人に任せていいのかと不安になった。





「まりー、もどってきたんだぁー。ならいっしょにいいことしよぉー」


 自身の〈ギルド〉に戻ってきた私を迎え入れたのは、とろんとした目つきで四つん這いで過ごす仲間達だった。首輪をつけて男に媚びる。

 私が逃げだした数か月でここまで変化してしまったのか。

 私は部屋の中心に座る男を睨む。

〈ランクA〉の〈ギルド〉を纏める彼の名は、ダーリヤ=ピスクノフ。その巨体が誇るパワーと膨大な魔力で人を襲う悪名だかい男だった。

 両脇に彼に甘えるように頬を擦る二人の女性。

 彼女たちは暴力に屈する戦士ではないはずだ。


「これは……まさか、『幻惑魔法』……?」


 隣に立つライドが言う。


「え、知ってるの?」


「ああ。本来は『魔法』は炎や水と言った属性を操るのが一般だった。だが、最近、新たな『魔法』として、『幻惑魔法』を開発し、道具を売買する奴らが現れた」


 ライドの言葉に、嬉しそうに手を叩いて喜ぶダーリヤ。その姿は無知な子供のようではあるが、子供だからこそ、残虐性も残っていた。


「正解ー! あれ? お前、そんなこと知ってるってことは、結構名の知れた〈ギルド〉に所属してるのか?」


〈ランクB〉の受付嬢として私はそれなりに情報には自信があった。でも、〈ランクSSS〉が滅んだことと同じく聞いたこともなかった。

 つまり、それは――、


「ああ。よーく知ってるよ。そいつらが現れた時、俺達は討伐に向かったんだからな!」


〈王国会〉の依頼こそ、『幻惑魔法』を滅ぼすことだった。

 その依頼を受けて〈ランクSSS〉の〈ギルド〉は滅んだ。未知の『魔法』に五感を奪われ、幻に溺れ殺された。


「ひょっとしてお前、〈ランクSSS〉の〈ギルド〉の人間か? 良かったなー。これ売ってる人間が、名前に箔が付いたって喜んでたよ」


 ダーリヤが笑い手を叩くと、それに合わせて女性たちが「ワオーン」と雄叫びを上げる。彼女たちの姿が『幻惑魔法』の恐ろしさを物語っている。


「おい、お前ら……!!」


 ダーリヤが呼ぶと外から中から悪名高い〈ギルド〉の人間達がゾロゾロと湧き上がる。その人数は軽く数えて30人以上。


「おい。元〈ランクSSS〉のお前に選択肢をやるよ。その女を残してさっさと帰るか、俺達に殺されるか。ま、考える必要もない選択だけどよ。流石に〈ランクSSS〉だーとか言ってはしゃいでたのに、今じゃ〈ランクC〉だもんな。流石に可哀そうだぜ」


「……ライド」


 この惨状で私を助けるなんてしないよね。

 相手が父達を殺したのだとすれば、それは話が変わってくる。

ライド一人は勝てるわけがない。

 私は自ら戦おうとナイフを取り出そうとするが、刃を抜く前に手を重ねて止められた。


「俺は選択肢を与えられたら、返したくなる人間でね。だからお前達にも選ばせてやる。俺一人に全滅させられるか、彼女たちを解放するか。ま、選択肢は一つしかないと思うけどな」


 父達が破れた『幻惑魔法』を前に、怯むことなく挑発するライドに、敵の怒りは爆発する。


「ああ。その通りだ。てめぇを殺す!」


「だろうな!!」


 最初から交渉にもなっていない話し合いが決裂する。

 互いに『魔法』を発動して争いが始まった。

 ライドは滑るように渦巻く火の龍を。

 敵は各々が得意とする属性を武器に纏う者もいれば、ライドに直接放つ人間もいた。


 私は争いが始まった隙に、首輪に繋がれた仲間達を解放して避難させていく。逃がす時も4足で移動する仲間達の姿に、悔しさと申し訳なさが込みあげるが、いている場合じゃない。

 ライドは一人で戦ってるんだ。


「おらぁ!」


 火の龍を操りながら自在に空を飛ぶ。

 空を飛ぶ『魔法』は高難度の『魔法』だ。ましてや、他の『魔法』と併用して使える人間はそうはいない。


「ちっ! おい、まずは奴の動きを止めろ!!」


 椅子に座ったまま指示を出すダーリヤ。

 だが、誰一人としてライドを止められない。

 やはり、〈ランクSSS〉の4人と共に暮らしていたライドの強さは桁が違うようだ。次々と敵を燃やしていくライドに、私の希望は加速していく。

 そして――、


「はぁ。数だけは多いんだな。でも、残るはお前だけだぜ?」


 最後に残ったのはダーリヤ1人。

 ライドの強さなら勝てるかもしれない。

 だが――一人になったダーリヤの表情は余裕そのもの。

 黒く染めた歯を見せるように口角を歪めた。


「おいおい。残ってるのは俺だけ……? って、お前、誰と戦ってたんだ?」


 パチン。


 ダーリヤが指を鳴らすとそこは、私の知らない場所だった。私達は今まで、支配された私の〈ギルド〉にいたはず。

 でも、ここは、原形もない、建物すら違う場所だった。


「『幻惑魔法』か……」


 ライドが呟くと倒したはずの敵も、私が助けた仲間達も一斉に姿が消える。

 代わりに現れたのは、本物のダーリヤの手下たちだ。


「ああ。お前たちはここに入った時から、現実とは違う景色を見てたんだよ。高い金払って結界張って貰った甲斐があったぜ」


「……くそ」


 幻影との戦いで疲弊したライドは、火の龍を使って足掻くが、火力不足だ。

 数人の水の『魔法』に、煙を上げて消えていく。そして、空中から引き釣り落とされ、袋叩きにされている。このままじゃ、ライドは殺される。

 その光景を見ていられなくなった私は、


「やめて!!」


 気が付くと叫んでいた。

 ライドは依頼を受けただけで、関係ないから助けてあげてと。


「私が、なんでもするから……」


 私を助けてくれた友人のように。

 例えただ、彼らに尻尾を振る犬に去れようとも、私のせいで人が死ぬのを見たくない。

 我儘なのは分かるけど、私に人を助ける力がなかったそれだけのこと。

 どうせ、諦めて捨てた命。

 犬になることくらい怖くもない。


「ほぉー。潔いねぇ。嫌いじゃないぜ」


 ダーリヤはそう言って手下たちにライドへの攻撃を止めるように指示する。

 ライドの顔は腫れ、全身から血を流している。

 既に意識はないのか、ぴくぴくと身体を震わせていた。


「じゃあ、俺達に忠誠を誓う印として――脱げ」


 裸になって靴を舐めろ。

 それが忠誠の証だとダーリヤは言った。

 私は言われた通り上を脱ぎ、一糸まとわぬ姿になろうとする。

 躊躇うな。

 ここで躊躇わないのが攻め手のも反抗だ。

 そう決めているのに涙は瞼を容易く超えていく。

 雫が地面に落ちた時――、


「人の娘に何やってんだ!!」


 そう言いながら、ライドが立ち上がった。





「な、こいつ……。さっきまで死にかけてたのに、なんで……」


「知るか! どうせ、死にぞこない。こうなったら、殺しちまえ!」


 手下たちが再び攻撃を仕掛けようとするが、彼らを『魔法』もなく、単純な力で吹き飛ばしていく。


「おらぁ! よくも人の娘を泣かせたなぁ……!! 許さん!!」


 ライドは言いながら火の龍を生み出す。

 これまではそれを操り敵を倒していたが、私を娘と言って錯乱するライドは、火の龍を食らい身体を変貌させていく。

 この力は――父が持っていた能力だ。

 『魔法』を食らい内側から自身の力に変える能力!!

 火の龍を喰らったライドの前身は赤い鱗に覆われ、触れただけで敵を焼き払っていく。その強さはすさまじく、既にダーリヤ以外を一撃で倒していた。


「お前が、親玉か……。許さん!!」


「なんだよ、こいつ……。いきなり強くなりやがって。だが――『幻惑魔法』には勝てないだろ!」


 パチン。


 指を鳴らして建物に掛けられた結界――『幻惑魔法』を発動しようとする。死んだはずの手下たちが、体の関節を外して立ち上がる。

 焼きただれた皮膚を更に崩して、ゆっくりと私達に迫ろうとする。

 だが――、


「残念だったな。今の俺に――『幻惑魔法』は効かないんだよ」


 椅子に座り指を鳴らすダーリヤの首元を掴んで、地面に叩きつける。

 床がひび割れるほどの威力だ。


 ダーリヤは〈ランクA〉の〈ギルド〉を纏めているだけあって、肉体も鍛えているようだ。

 ゆっくりと立ちあがりライドに喚いた。


「なに……!? な、何故だ……。これは未知の『魔法』。何故、対応が出来る!!」


「何故って答えは簡単さ。俺達は〈ランクSSS〉の〈ギルド〉だ。『幻惑魔法』に対応するために、身体を捨てて、ライドに憑依したんだよ」


 言うなれば、俺達が『幻影』みたいなもんだ。

 ライドは――いや。父はそう言って私に微笑んだ。


「済まなかったな、マリリ。でも、こうするしかなかったんだ」


 父は私をマリリと呼んだ。

 それは、小さい時から私を呼ぶときの父の癖だった。

 見た目はライドだけど、間違いなく父、アルフ=スカイリットだ。


「娘を泣かせた罪は償ってもらおうかぁ!!」


「なんで、なんで!!」


 何度も指を鳴らして『幻惑魔法』を掛けようとする。

 だが、命を掛けて対策をした父に通用はしない。

 燃える拳を受け、ダーリヤの意識は途絶えたのだった。





「あれ……? 俺は……って、なんだ、これ!? まさか、お前一人でやったのか?」


 父の憑依が取れたのか、戦いが終わった景色に驚きの声を上げるライド。


「ううん。ライドが――お父さんが倒してくれたんだ」


「……おっさんが? まさか、まだ『幻惑魔法』の中にいるのか!?」


 バッ、バッ。


 切れのいい動きで周囲を探るが、敵は襲ってこない。

 全部倒してくれたから。


「お父さんの言う通り、本当に覚えてないんだ」


 ライドの意識が戻るまでの間、父の身に何が起きたのかを聞いた。

『幻惑魔法』を生み出した人間と対峙した〈ランクSSS〉の4人は、初めての『魔法』に苦戦を強いられた。

 徐々に押される中、4人の中でも一番の『魔法』の扱いに長けたシャドウ=エクスナーが精神体になった時、『幻惑魔法』が効かないことを発見した。

 このままでは勝てないと悟った4人は、精神の一部をライドに宿したのだという。

 その結果、何かが引き金になると、ライドの意識を奪って現れるようだ。

 『魔法』のことはよくわからないけれど、これから反映していく脅威に対して、父が命を掛けて防ごうとしているのはよく分かった。

 だから――、


「私、ライドの〈〈ギルド〉〉で働きます!!」


「はぁ……?」


 既にダーリヤの『幻惑魔法』から解放された仲間達には伝えていた。

 一度滅ぼされてしまったが故に、〈ギルド〉を復興させるのは難しい。だから、マリーは好きなことをやりなと、皆は気持ちよく送り出してくれた。


「さぁ、再び〈ランクSSS〉を目指しますよー!!」


「あ、おい! 勝手に決めるなよ!」


 私は勝手じゃないと心の中で反論する。

 既に父から許可は貰っている。

 父が過ごしていた〈ギルド〉に向けて、私は力強く走り出した。

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