第1話 プリン(4)
男はラムダに返答せず愛想笑いだけを返すと、戸惑いながらスプーンを手に取った。そしてプリンにスプーンを差し入れて、不思議そうに眉根を寄せた。――プリンが、思っていたよりも固いのだ。いわゆる〈懐かしの固めプリン〉はおろか、寒天や羊羹よりもやや固い。さらにスプーンを持ち上げると、心がホッと落ち着くような、卵と砂糖が合わさったプリン特有の甘い香りが漂うのだが、ずっしりと重い。
男は恐る恐る、スプーンを口に運んだ。そしてこれでもかというくらいに目を見開くと、鼻から深くフウと息を抜き、空いた片手で口元を隠した。そしてラムダを見つめると、彼は一心不乱にまくし立てた。
「こんなに濃厚なプリン、食べたことない……。驚くほどコクがあって、何だか少し香ばしい味わいがあって。すごく固いからゼラチンか寒天で固めてるのかと思っていたら、気持ちのいい食感だし口の中でとろりと蕩けていくし。――何なんですか、このプリン。本当にプリンなんですか?」
「もちろん! ――ね、驚いたでしょう? ちなみに、それ、鶏卵じゃなくて爬鳥卵を使用しているんです」
「ハチョウラン?」
「爬鳥類の卵です。それに使っているのは、コカトリスのほうですね」
「……あ、お客さんが固まった。コカトリスに睨まれたみたい」
客人が顔を青くして硬直するのを見て、マアルはおかしげにニヒと笑った。ラムダは苦笑いを浮かべると「大丈夫ですよ」と声をかけた。
「食べても石にはなりませんから」
「えっ、じゃあ、やっぱりコカトリスって、あのコカトリスなんですか? 伝説上の生き物の? ファンタジーな話の中で、魔物として登場する……?」
「うーん、その伝説とかファンタジーとか、そういうのはちょっとよく分からないですけど、お客さんが思い描いているコカトリスと同じでいいと思いますよ」
客人はプリンに視線を落とすと、呆然とした面持ちで口をぽかんと開けた。すぐさま、彼は勢い良く顔を上げてラムダに尋ねた。
「ということは、この卵は腕利きの冒険者がダンジョンに赴いて、苦労して狩ってきた希少品なんですか?」
「あー……そのダンジョンっつーのがいまいち分からないですけど、俺らのじいちゃんのころは苦労して狩ってたそうですよ。今はもっぱら養育ですね」
「は!? コカトリスって、ここじゃあ家畜なんですか!?」