第1話 プリン(3)
男はプッと吹き出すと、クスクスと小さく笑った。客人がようやく笑顔を見せたのが嬉しかったのか、ふくれっ面だったマアルはとびきりの笑顔を浮かべて男へと振り向いた。
「さて、お客様。何になさいますか?」
「プリン、ありますか? プリンが食べたいです」
目尻を下げて男がそう答えると、マアルは給仕服のスカートの裾を持ち上げて「少々お待ちください、お客様」と返しながら茶目っ気たっぷりにお辞儀した。
彼女がパタパタと去っていくのを眺めながら、男は首元を締め付けていた布製のひものようなものに指をかけて緩めた。すると、マアルの去っていった方向を睨みながらラムダがぼやいた。
「あいつ、飲み物のオーダー聞かずに行きやがった……。ったく――」
「仲がよろしいんですね。このお店は、兄妹でおやりになられているんですか?」
男はラムダを見上げて柔和に微笑んだ。すると、ラムダは男の向かい側の椅子に腰掛けて遠慮がちに笑った。
「ええ。うちの実家は農家なんですけどね、俺、ガキのころから菓子作りが好きで。うちで採れた果物や野菜を使って菓子を作っては、よくあいつに食べさせてやってたんですよ。で、あいつがあまりにも『プロ顔負けの美味しさ。お兄ちゃんがお店を開いたら、私、そこでお給仕する!』っておだてるもんだから、近隣の街に調理学校があるにもかかわらず、調子に乗ってわざわざ王都の学校に入学して。そのまま向こうのパティスリーで下積みして、故郷に戻ってきて店を構えて。……調理学校時代を入れたら、もう十五年近くはパティシエやってるんで、味のほうは期待してくれていいですよ」
「十五年!?」
「俺らノームはヒューマンよりも長生きで、青年期も長いですから。こう見えて、俺ら、お客さんと同い年か少し上くらいだと思いますよ」
驚いて目を丸くする男にラムダが笑うと、マアルがふてくされ顔で戻ってきた。自分には「仕事しろ」と言っておきながら、客と談笑している兄にご立腹らしい。
彼女はギッときつく兄を睨んですぐ客人の男に向き直って笑顔を浮かべると、彼の前にうやうやしくプリンの乗った器を置いた。
「我がパティスリー自慢のプリンでございます」
男はその色に驚くと同時に、心なしかがっかりしているようだった。なぜなら、目の前のこのプリンは綺麗なピンク色をしていたからだ。
いちごペーストと牛乳をゼラチンで固めた〈いちごプリン〉ではなく、卵を使った〈ごく普通のプリン〉が食べたかったのに。――男の表情から、そのような思いをそこはかとなく察したラムダはニヤリと笑って言った。
「それ、ベリー類は一切使用してないんですよ。もちろん、食紅も。きっと、食べたらびっくりすると思います」