第1話 プリン(1)
キイ、という音に呼応するように、マアルは作業中の手元から視線を動かすことなく「いらっしゃいませ」と声を上げた。しかし、何者かが店に足を踏み入れた気配はするものの、挨拶などが返ってくることはなかった。
「あら、お客さん。あなた、異邦人?」
不審に思って顔を上げたマアルは、呆然と立ち尽くす男を見るなり目を丸くしてそう言った。するとマアルの頭――正確には、そこから生える羊のような角――を凝視したまま固まっていた男がようやく小さく身じろいだ。彼は、くたびれきって土下色をしていた顔からさらに生気を無くして「異邦人?」と小さく繰り返した。
マアルはにっこりと微笑むと、レジカウンター横にある間仕切りを押しのけて男のもとへ歩み寄った。
「だってお客さん、私の自慢の角を物珍しそうにじっと見つめてるでしょ? でもって、ここら辺じゃあまず見ない格好をしているし。そもそも、うちの村にはヒューマンはほとんどいないし。――さ、こちらにどうぞ。何を召し上がります?」
「えっ、召し上がるって、何を――」
戸惑う男を無理やり店の隅に設置された飲食スペースに連れて行って座らせると、マアルは緩やかにウェーブのかかった短い白銀の髪をふわりと揺らして自慢げに笑い胸を張った。
「うちは、甘くて美味しいお菓子に自信を持っております。――お客様、〈Patisserie木漏れ陽〉へ、ようこそ!」