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故に、青春とは脱出ゲームである。  作者: ナヤカ
【第一章】入宮きねりは都合だけを語る
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学校を抜け出して


「遅い。なんで着替えてくるだけでこんなに時間がかかるの?」


 トイレでいそいそと着替えてから裏門へ行くと、既にジャージ姿の入宮が腕組をして待っていた。


「少しクラスメイトに話しかけられてな」

「でた。なに? 友達が僕を放っておかないアピール? そんな見え透いた嘘のために私は待たされたわけ?」

「いや、嘘じゃないんだが。というか、意地でも僕をボッチにするのはやめてくれ」

「言い訳なんていいわ。取りあえず、見つからないうちに学校を出るわよ」

「お前は僕の話をまったく聞く気がないんだな」


 裏門には生徒も教師もほとんどくることはない。周囲にはごみ置き場と自転車置き場しかないからだ。その裏門から学校を出る。こんな時間に学校を出るのは初めてのことだった。


「なぁ、電車で行くんだろ?」


 前を歩く入宮に話しかけると、彼女は振り返ることなく肯定した。


「そうね。歩けるような距離ではないし」

「だよな」


 高尾山とは、八王子市にそびえる山のことで、年々登山者数を増やしているらしく、気軽に山登りができることから子供たちの遠足としても利用される山だった。そんな山に行くには、ここからだと電車を使うほかない。路線は京王線。最寄駅からはたしか、乗り換え含めても四十分ほどで到着するはずだ。


 ちなみに京王線なら逆方向の新宿までも最短で三十分ほどかかる。さらに言えば南武線で立川までもそれくらい。さすがに横浜までとなると結構な時間がかかるのだが、それでもこの辺りの京王線ユーザーは、何処へ出かけるにも便利な場所に位置していた。まぁ、東京都のほぼ真ん中なのだから、当然と言えば当然なのだが。


 校外は穏やかで、道なりに植えてある広葉樹が静かに道路へ影を落としていた。そんな影に沿うように駅へと歩く。見れば、犬を連れて散歩する人がちらほらと見受けられる。そして、大通りには途切れることなく走る自動車があり、木々と同じように信号機が美しい等間隔で並んでいた。


 平和。そんな言葉を自然と連想させる。


「そういえばお前、授業はよかったのか?」

「なんで?」

「なんでって。お前はそこそこ良い成績おさめてるだろ。僕くらいじゃあ、不良にされて終わりだが、入宮は違うんじゃないか?」

「そうかしら? 早退届を出したから問題ないと思うけど」


 その言葉に、思わず歩みを止める。


「早退届? いつの間に出したんだ」

「学校を出る前に決まってるじゃない。もしかしてあなた出してないの?」

「そんな暇なんてなかった」

「そう。ご愁傷さま」


 同情の余地もなく入宮は言い捨てた。その後しばらく、まだ早退届を出しに行こうかと思い悩んでいたが、どちらにせよ僕が早退するための正当な理由がないことに気付いて諦めた。


 全ては入宮の提案に乗った僕が悪いのだ。それに、彼女もそのことを分かっているのだろう。だから「出してきたら?」とは言わない。


 だから、もう開き直ることにした。


 駅に着くと、入宮は何気ない顔をして改札を通る。現代科学の進歩とはすさまじいもので、切符など買うものは今やほとんどいない。全てICカードをかざすだけで事足りてしまうからだ。僕はそんな入宮に、ICカードへお金をチャージすることを改札越しに告げる。それを終えてから改札を通ると、入宮は再びご機嫌斜めになっていた。


「最低運賃も入ってないの?」

「あぁ、入れてると使ってしまうからな。いつも入れないようにしているんだ」


 彼女の言う最低運賃とは、改札を通るために必要な入場料のことだ。その額さえICカードに入っていれば、改札を通ることはできる。もちろん、運賃とは電車に乗って移動するためのお金であるため、降りた駅では改札から出ることはできない。だから精算機というものが各駅に設置してあり、そこで不足分を払うことによって運賃の仕組みを完了することができる。


 まぁ、どちらにせよお金を払わなければならないのだから一緒のような気もするが、電車は常に動いているとは限らない。場合によっては止まってしまうこともあるため、入場駅でお金を払うよりも、さっさと電車に乗ってしまい出場駅で支払う方が目的地に着く可能性は高いというわけである。


 分かってはいるんだがな。


 ICカードはチャージさえしていればどこでも使える。今や電車だけでなく、バスやコンビニ、レストランと様々な場所で支払いを行える。ただ、そうやって際限なく使えるような錯覚に僕は陥りたくなかった。金は無限にあるわけじゃない。一回かざすだけで確実にお金は引かれている。そのことを自分で確認するために、ICカードにはあまりお金をチャージしないようにしているのだ。


 そのことをホームに向かいながら入宮に説明すると、彼女はわかりやすいため息を吐いた。


「思考が貧乏くさい。お小遣いとか貰ってないの?」

「いや、貰っているというか、貰っていないというか」

「どっちなのよ?」

「一括して貰っているんだ。三年分」

「さっ、三年分!?」


 ホームに人は少なくまばらだったが、入宮の声に何人かがこちらを向く。それに入宮は恥ずかしそうに咳ばらいをしてから声を潜めた。


「あなたの親、馬鹿じゃないの?」

「僕の親を馬鹿にするな。馬鹿にしていいのは、息子である僕だけだ。……まぁ、そんな僕から言わせてもらえば、正直頭がおかしいとは思う」

「足りなくなったらどうするのよ?」

「足りなくなる、か」


 そんなことは考えたことがなかった。その金額は、どう計算しても三年で使い切れるような額ではないからだ。そして僕はそこから毎月の経費を算出していた。


 ちなみに、去年一年間で使った金額は百万ちょっと。大半は家賃や食費などの必要経費なのだが、それでもお金がそこをつくには程遠い。


 それでもお金が足りなくなったら、きっと。


「バイトでもするんじゃないか」

「それはダメよ」


 ポツリと呟いた発言を、入宮は渾身の力で弾き返してきた。


「……なんでだよ」

「烏丸くんは天文部だから」


 そう言って入宮は真っ直ぐに僕を見つめる。その表情に、一瞬言葉を失いかけたが、寸でで我を取り戻した。


「いや、天文部じゃないだろ。勝手にねつ造するなよ」

「どうせ入ることになるんだから良いじゃない」

「まだ入るとは言ってないだろ」


 そんな会話をしていると、ホームに電車が接近する音楽が流れ始めた。


「ちなみに言っておくけど、烏丸くんがすんなり改札を通っていれば、一本前の電車に乗れたから」

「悪かったよ」


 ちなみにの割りに主張が強い入宮の言葉に謝罪し、到着して開いた扉から電車に乗り込む。今が昼のせいか、車内はがらんどうだった。


 そうして電車は、大きなエアー音と変圧器の甲高い音とともにゆっくりと動き出す。車窓からは、発展途中の町の風景が流れていく。その風景が、次第にのどかなものへと変わっていく頃に、突然電車は急停車した。



『ただいま、この先の駅から危険を知らせる信号を受報しました。安全確認がとれるまで、しばらく停車いたします』



 そんな車内放送が流れた。隣に座る入宮を見れば驚いた表情はなく、むしろ苛立ちげに僕を睨み付けていた。


「……入宮さん? なんでそんなに怖い顔をしていらっしゃるんですか?」

「……ちなみに言っておくけど、烏丸くんがすんなり改札を通っていれば、一本前の電車に乗れたからっ!」

「あぁ! 僕が悪かったよ!」


 この瞬間、僕はICカードにはあらかじめお金をチャージしておくことを決めた。


作者の成長の為、忌憚のない意見をもらえると有難いです。

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