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故に、青春とは脱出ゲームである。  作者: ナヤカ
【第四章】その者は一つの答えを語る
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喧嘩ではなく。

 それは駅前に向かう途中のこと。


「少しお茶するくらいで良いからさっ。なっ?」

「金は取らないって! ホントホント!」

「暇なら別に良いじゃん」


 近くの学校の生徒だろう。坊主頭の男三人で女子生徒を取り囲みナンパというやつをしていた。


 凄いな、と素直に思ってしまう。僕なら絶対に無理だ。もちろん、僕とて健全なる男子高校生であるため、そういった事を考えないわけじゃない。だが、それよりも先に恐怖心が勝ってしまう。もしもそれで断られでもしたら……いや、過剰すぎる拒否をされたら、自尊心はズタボロ。おそらく、数日は引きずることだろう。


「……あなたたち、そんな事をしている暇があるなら男磨きでもしたら? 今どき坊主なんかで女の子が引っかかるとでも思っているの? 坊主で女の子がホイホイついていくのは、イケメンだけよ?」


 うわぁ……キツイ断られかたしてるなぁ。遠回しに、不細工と言っているようなものじゃないか。


 囲まれた方の女子が、そんな強気百パーセントで彼らを罵っている。


「あ? なんだって?」

「可愛いからって調子のってんじゃねーぞ!」


 ……いや、この場合煽っているという方が正しいのか。


 駅に向かっていた足を、彼らの元へと向け直す。近くまで行って四人の姿を確認すると、僕は当たって欲しくなかった予想が現実のものであったことに大きく落胆した。


「調子にのってたのはどっちなの? 私は、調子にのっていたあなたたちに現実を教えてあげたつもりなんだけど」


 そこで、彼ら三人に一歩も引くことなく罵詈雑言をぶつけていたのは、入宮きねりだった。


 なにやってるんだよ……。思わずため息が出てくる。


「こいつ……」


 男の一人の雰囲気が見るからに変わった。ナンパの為にと被っていた化けの皮が剥がれたようだ。そう表現すると、なんだか卑猥に感じてくるから不思議だ。つまり、入宮は男の筆下ろ――。


「痛い目をないとわからねぇようだな?」


――なんて馬鹿な事を考えている場合ではなさそうだ。


 男は頭に血がのぼっているのか、躊躇なく入宮の胸ぐらを掴んだ。まさか本気で殴るとは思えないが、その行動は既にやり過ぎていた。


 咄嗟に男たちに駆け寄り、入宮を掴む男の肩に手を置く。


「やめとけよ」

「あぁ!?」


 だが、それは男にとって逆効果であり、他の二人の怒りを買う原因ともなってしまう。


「なんだこいつ」

「正義のヒーロー気取りじゃねぇの?」


 だが、それでいい。


「ちょっと顔貸してくれよ」


 それに臆することなく、人気のない路地裏を親指だけで指し示す。三人は顔を見合わせ、そしてニヤニヤと笑いだす。


「マジかよ。三対一だぜ?」

「こいつ馬鹿なんじゃねぇの?」

「やっべぇ」


 などと言葉を交わしている。馬鹿はお前らだ。もし僕が刃物とかを持ってたらどうするんだ。だが、そんな事を予想する言葉を発することなく、男たちは勝ち誇った笑みを浮かべる。


「お前から吹っ掛けてきた喧嘩だ。覚悟は出来てんだよなぁ?」

「お前らこそ、恥をかく覚悟は出来てるんだよな」


 売り言葉に買い言葉。彼らの怒りは有頂天に達したらしく、入宮は解放される。


「ちょっと! 烏丸くん!?」


 解放された入宮が戸惑いの声を上げる。それに僕は何でもないように手をヒラヒラと振ってやる。


「すぐ戻る」


 そして、僕は彼らと共に路地裏へと入った。


「イキッテんじゃねぇよっ!!」


 最初に仕掛けてきたのは向こう。まだ僕が振り向いていないのに殴りかかってくる。その胸ぐらと腕を振り向きざまに掴むと、その勢いのまま男を一本背負いしてやった。


「――かはっ!」


 男の口から、肺の空気が放出される。こんな狭い路地裏で、しかも暗い中で、まともな受け身など取れるはずがない。


「うぉぉぉぉ!」


 二人目は態勢を低くして頭から突っ込んできた。そのまま押し倒してマウントを取るつもりなのだろう。だから、僕も腰を落として迎え撃つ。その無防備な頭を抱えるように首へと腕を絡め、少しの力を施した。


「ぐぐっ……ばぁぁばぁ」


 男の口から大量の涎が垂れる。これ以上は危険なため、首を離してから、動きの止まったその脇腹に下段蹴りを一発入れてやる。

 男は、そのままうずくまり酸素を探すような呼吸を繰り返した。


「……テメェ」


 最後の一人はようやく僕の実力を把握できたのか、迂闊に近寄ることはせず、まるでボクシングのような戦闘態勢を取る。

 その姿はなかなか様になっていて、喧嘩慣れしているような印象を受けた。


 だが、それがどうした?


 喧嘩の勝敗は、案外勢いこそが決め手だったりする。先手必勝、一撃必殺。だからこそ、最初の二人は躊躇なく僕に向かってきた。そして、その方が最も勝率を高くすることができる手段でもある。とすれば、やはり最初の二人の方が喧嘩が上手いという結論に至る。そして、喧嘩の上手い彼らは、僕の前に倒れた。


 なら、今目の前で僕の出方を窺っている男はそれ以下。


 そんな奴に対し、恐れる事など何もなかった。


 だからこそ、今度は僕が躊躇なく男に向かう。男は、そのまま僕を迎え撃つつもりなのだろう。戦闘態勢を高める。

 考えられるパターンは二つ。拳か蹴りか。そして、蹴りの場合は回し蹴りは省かれる。ここは、狭い(・・)路地裏なのだから。とすれば拳の確率が高い。


 だが、僕が迫り来る直前で、男は拳でも回し蹴りでもない、カウンターを込めた前蹴りを放ってきた。それなら、狭い路地裏でも放てる唯一の蹴り。


 だが。


「関係ない……なっ!」


 僕は勢いのままに跳び上がり、男の蹴りなど及びもしない高さで足から突撃した。いわば、ドロップキックである。

 そのキックは男の胸にヒットし、運動量保存の法則によって男はそのまま突き飛ばされる。そのまま背中から倒れるも、反動で頭を地に打ち付けて呻き声を上げた。


 その不様な姿に、起き上がった僕は安堵する。反射神経の良い奴は倒れる直前に体を捻ったり、地に手を着こうとして、逆に大怪我を負うことがあるからだ。だが、そんな必要性はなく、ぶっ飛ばされた時は頭を保護するだけで良い。それに勢いがついている分、垂直での衝撃ではないため、それ程痛くはないはず。


 まぁ、たとえ何かあったとしても、彼らも『覚悟』の上だろう。僕の知ったことではない。


「なんなんだ……お前」


 飛ばされた男が、呻きながらもそう言葉を発した。


 分かってる。そうやって、会話を盾に回復を図るつもりなんだろう? 僕もよくやったから分かるよ。

 それは、追い討ちをかけられない為の小賢しい手段。


 だから、僕はそれに答えずつかつかと彼に歩み寄った。そして、何も言わずに男の腹を踏みつける。


「がぁぁっ……」


 喧嘩なんて、所詮相手を打ち負かし、優越感に浸る為の手段でしかない。そこから生まれるものなど何もない。どちらかが傷つくだけの意味もない行為。

 そして、そんなことをするのは馬鹿だけだと思う。


 僕はそうじゃない。だから、それを今から証明しなくてはならない。


 彼らがやっていたのは間違いなく喧嘩なのだろう。だが、僕は違う。これは喧嘩などではなく『(しつけ)』なのだ。


 僕は踏みつける足に体重を込めた。男の呻き声が細く弱々しくなる。


 (しつけ)とは難しいものだが、即効性のある躾とは恐怖だと思う。悪いことをしたら痛みを与え、その恐怖心で矯正してやる。それは、必ずしも褒められた行為でないことは確かだが、一番効果のあるやり方だ。だからこそ、動物にはそのやり方が一番効くのだろう。

 もちろん、目の前にいるのは動物ではなく人間だ。人間は考える能力がある分、そのやり方を行使せずとも考え方を変えることが出来る。それを『教育』と呼ぶのかもしれない。だが、それには少し時間がかかる。


 僕は入宮と約束をしてしまったのだ。すぐに戻る、と。


 だから、今回は躾で代用させてもらおう。


 彼に教えることは一つだけ。


「今度、僕に逆らったら容赦しない」

「……わっ、わかったがらぁぁぁ」


 それでも、僕は足に体重を込め続けた。彼の心に恐怖心が芽生えるまで。トラウマを刻み込むまで。その効果が現れ始めたのか、男の声はおかしな抑揚をつけ始めた。泣いているのだとすぐに分かった。


 こんなところか。


 男の戦意が喪失したのを見届けてから足を退ける。それから、男の持っていた鞄をあさり、彼のスマートフォンを手に取った。そのまま、ロック解除画面で緊急通報をタップする。


「……あぁ、警察ですか? 学生同士の喧嘩です。かなり激しいので通報しました。はい、怪我人もいます」

「お前っ……」


 電話を耳に当ててそんな事を言っていると、男は歪んだ表情でこちらを見上げる。その瞳は、次なる(・・・)恐怖で揺れていた。そのスマートフォンを男の体の上に投げ捨ててから立ち上がる。


「僕は間違ったことが嫌いでさ。そういうことでイチイチ罪悪感を感じてしまうような人間なんだ。だから、そういったことは警察に頼んで裁いてもらうのが一番だと思うんだよね」


 その言葉の一言一句を、男は静かに聞いていた。


「だけど、残念ながら僕には今からやることがあるんだ。だから代わりに君たちが警察に事情を話してくれないかな?」


 そう言い残し、僕は路地裏から立ち去る。男はまるで、痛みを忘れたかのように僕を見続けていた。


 路地裏から出ると、そこには入宮がいた。まさかこんな所にいるとは思わず少し驚いた。


「……やっぱり烏丸くん――いえ、そんなことよりも」


 何を言おうとしているのかは容易に想像がつく。もし、今の喧嘩を見ていたなら尚更。きっと、やはり僕が喧嘩できることを指摘しようとしたのだろう。


 だから、僕はそれには応じず彼女を置き去りにして駅へと向かう。


「葉加瀬をだいぶ待たせてる」


 それを口実にして。


「……そうね」


 入宮は、全てを飲み込んだように鈍い返答をした。


「それと……ありがとう」

「あぁ、気にするな」


 僕と入宮は、葉加瀬との待ち合わせ場所へ向かう。その間会話はなく、異様な雰囲気だけが僕と入宮の間に流れていた。


 






作者の成長の為、忌憚のない意見をもらえると有難いです。

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