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故に、青春とは脱出ゲームである。  作者: ナヤカ
【第三章】烏丸武人は詭弁を語る
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そして鍵は手に入る

 翌日の事である。葉加瀬のスマホからの連絡により、朝礼での事を打ち合わせることになった。時間帯は昼休み、場所は屋上。時間と場所は入宮が決めたらしい。そういった内容も葉加瀬から送られてきた。


「一応、言う内容を考えてきたんだ」


 そう言った葉加瀬は、透明のファイルから数枚の紙を取り出した。そのヤル気に驚いたのは言うまでもない。入宮もそれは同じだったようで、数秒沈黙した後に、僕へと物言いたげな視線を向けてきた。それには素知らぬフリをしてやる。


 昨日、僕と葉加瀬が何を話したのかやはり気になっていたようで、夜遅くに『何を話したの?』と短いLINEが送られてきた。たぶん、悩みに悩んで送ったに違いない。僕はそれに『興味あるのか?』と意地悪な返しをした。すると、それっきり返信はなかった。


「入宮さんの台詞も考えたんだけど、確認してくれるかな?」

「えぇ……」


 渡された紙に目を通す入宮。もちろん僕にはない。屋上で呼び掛けをするのは彼女たちだけだからだ。


「……なによこれ。何故、漫才風になっているの?」


 紙を読んでいた入宮の手が微かに震えている。


「え? だってさ、ただ呼び掛けたって面白くないじゃん?」

「だからって……しかも、私の役がボケになっているけど」

「ボケじゃ嫌だった? ツッコミに変える?」

「そういうことを言ってるわけじゃないわ! 何故、漫才なんかやらなければならないのか聞いてるんだけど」

「言ったじゃん、面白そうだからって。それとも、入宮さんは、普通に呼び掛けて部員が集まると思ってるのかな? それとも、本当は部員なんか集まらない方が良いとでも思ってる?」


 キッと入宮がこちらを見た。言いたいことは分かる。だが、それに僕は返す言葉がない。再び気づかぬフリをするしかなかった。


「この屋上で呼び掛けるという行為自体そもそも普通じゃないのよ? これに異常さを足してどうするのよ」

「普通じゃないからもっとやり方を考えないと。そのまま呼び掛けて集まらなかったらそれこそ無駄だよ」

「それは……」


 驚いた。入宮が口で押されている。だが、葉加瀬の言うことは一理ある。突然屋上から部員募集を呼び掛けたところで、呆然としてしまうだけだ。むしろ、全校生徒の心を掴む何かがなければ、この作戦は成功しないように思えた。まぁ、それこそが入宮の思惑なのだから仕方ないのだが。


「にしてもこれはないわ。烏丸くんも見なさい」


 入宮は半ば投げやりにその紙を僕へと渡してくる。一応それを受け取り、中身を確認してみた。



葉加瀬:『どうもー! 演劇部部長の葉加瀬瑠璃です!』

入宮: 『天文部部長の入宮きねりです! 二人合わせて』

二人: 『『モーニングジャックです!』』


「いや、なんでだよ」


 思わずその台本に対して突っ込んでしまった。どこがオカシイという次元の話ではない。もう、全部がオカシイのだ。


葉加瀬:『入宮さんは、最近学校生活を楽しんでる?』

入宮: 『全然楽しんでないわ』

葉加瀬:『ほぅ、それは何故?』

入宮: 『部員がいないからよ! そんな生活に部員(ブーイン)グ!』

葉加瀬:『ダジャレかよ!』


 ……これはダメだ。そこで僕は読むのを止めた。葉加瀬の言うことには一理あるが、これはさすがに擁護できない。


「漫才は止めた方が良いんじゃないか?」

「えぇ! せっかく夜遅くまで考えたのにぃ」

「ほらみなさい。これは却下よ」


 得意気に腕組みをする入宮。一生懸命考えてきた葉加瀬に対してその態度もどうかと思うが。


「というか、台本って必要なのか?」


 問いかけに対して、葉加瀬は「当たり前じゃん」と反論してきた。


「言うことを予め決めておかないと、あっという間に先生たちに捕まっちゃうよ?」

「それは、烏丸くんが引き止めておけば良いじゃない」

「たった一人で? 無理があるんじゃない? 相手は大人だよ?」

「烏丸くん、出来るわよね?」

「いや、強要されても承諾しかねる」

「限度があるよ。だから、前々から時間を決めて内容を考えておかないと」

「だからって、これはないわ」

「じゃあ、入宮さんはなんて言うの?」

「天文部、部員募集中よ。興味があるならすぐに入りなさい」

「それだけ?」

「悪いかしら?」

「いや、それじゃあ部員集まらないと思うけど。烏丸くんはどう思う?」

「まぁ、入ろうとは思わないな」

「あなた、どっちの味方なの?」

「……どっちも味方だろ」


 結局、朝礼でのことは昼休みという時間では決めることができず、放課後に再び集まることになってしまった。昼休みといえど一時間はあるのだから、何かしら決まるだろうという考えは浅かったようだ。まるで、長期休みの課題を、このくらい頑張れば終わるだろうとたかをくくっておきながら、終わらせるかとが出来なかったかのような。


 だが、無駄ではなかったようには思える。確かに決めることはできなかったにせよ、葉加瀬のぶっ飛んだ企画書により何かしらのアクションを起こさなければならないという方針だけは決まったのだから。


 何気なく、ボンヤリと、呆然としていた物が形作ろうとしていた。


 それが、最終的には大目玉を食らうしかないというバッドエンドを既に理解しておきながら。


 ホント、何をやってるんだろうと残念に思ってしまう。


――そう。


「ホント、何をやってるんだか……」


 昼休みから転じて、放課後はすぐにやってきた。葉加瀬は一緒に行こうと言ったが、僕はそれを断り先に行くよう伝える。


 やることがある。そう言うと、彼女は深くは聞いて来ずに笑って了承した。その後に、虚ろな瞳でため息を吐いたのは、きっと入宮との平行線上の話し合いを再びしなければならないという精神的疲労からだろう。


 まぁ、最初から彼女たちの目的は違っているのだから、一緒になることの方がオカシナ話ではある。そして、そこに成り行きで加わった僕の意見などは恐らく皆無に近い。だから、このまま話し合いに付き合ったところで時間の無駄だ。葉加瀬が、完成度は低いにせよ何かしら形あるものを持ってきたように、入宮のようにそもそもの企画を持ち込んだように、僕も何かしらのものを持たなければ加わることなど出来ない。


 なら、それは何なのか。


 貴重な五限目と六限目を費やして考えた結果、まぁ、それなりの答えを導きだすことには成功する。


 入宮は屋上で部員募集を呼び掛け、演劇部を完全に潰したいと考えている。対して、葉加瀬はそれを成功させて本気で部員を集める気だ。二人の目的は食い違っている。なのに、それを実行するという所だけは奇しくも同じ。


 僕はどちらの味方でもない。だが、言い換えればどちらの味方にも成りうる。


 だから、僕はその同じ部分だけを応援する他ない。


 入宮の思惑が成功し、葉加瀬の目的が失敗されることはダメだ。もちろん、入宮の思惑が失敗し、葉加瀬の目的が成功してしまうことも避けなければならない。


 どちらの思惑も目的も成功しなければ、僕は彼女たちの味方ではいられない。


 だから、その為に僕は屋上の扉の前にいた。

 

 それから、ゆっくりとその重い扉を開ける。


 屋上には先日見た通り、天文部の先輩たちが天体観測をすることなどなく、同じ場所で麻雀の台を広げているところだった。その光景を見ながら思う。


 ……うん。いろいろと間違ってるんだよなぁ、と。


 入宮は星に興味がないと言った。なのに、天文部に入っている。しかし、天文部には同じく星になんか興味がないのであろう先輩たちが麻雀をしており、それを入宮は力付くで排除しようという。その為に戦闘要員として僕が入部することになり、新たな犠牲者として葉加瀬と共に朝礼をぶち壊す計画を立てている。


 どこでそうなったのか、どこに向かっているのかも分からないメチャクチャなシナリオ。あまりにも根幹が無さすぎて破綻するのは目に見えていた。


 だから、一旦それらを整理しなければならない。絡まった糸をほどいて、あるべき形に戻さなければならない。


「……よう、確かお前は」


 僕に気づいたロンリー先輩が歓迎ムードの言葉をかけてきた。


「どうも」


 そう返すと、彼は僕の後ろへと視線を向けて訝しげな表情をする。


「入宮は?」

「今日は僕だけです」

「なんだ、また性懲りもなく鍵を奪いにきたのか?」

「いえ、純粋に麻雀を打ちにきただけですよ」

「なんだ。入宮を裏切ったのか?」

「そうじゃないんですがね。先輩たちと麻雀をやっても勝てそうにないので」

「やる前から諦めか?」

「違いますよ。普通にやれば勝てると言ってるんです」

「そりゃあ、まるで俺らが普通に麻雀をしてないとでも言いたげだな?」

「そう言ってるんですよ」

「ほぉ……」


 その発言に先輩たちは目を細める。だが、そこには怒りのようなものはなく、むしろ面白がっているかのような表情が並んでいた。


「でも、気持ちは分からなくもないですよ。鍵がなくなれば、先輩たちは自由に屋上に行き来できなくなる。それを、何の譲渡もなくただ単に渡せと言っているんだから入宮の言い分もなかなかに暴利だ」

「なんだよ。『天文部のくせにロクな活動もしないで麻雀なんてやるな』って言わないのか?」

「最初はそう思ったんですがね。よくよく考えてみれば、先輩たちがいなかったらそもそも天文部は既に廃部ですしね」

「……へぇ」

「部活は遊びじゃ成り立たない。何かしらの実績を上げなければ部として認められることはない。だが、何故かこの部は天文部として存続している」

「確かにそうだ。……なんだ、入宮はそんなこと気づきもしなかったぞ?」

「先輩たちが入宮を知らないだけなんじゃないですか? まぁ、僕も彼女についてはあまり知らないですが。少なくとも、先輩たちの麻雀が不正だらけってことには気づいてましたけど」

「言うじゃねーか。まぁ、焦らなくても俺らが卒業すりゃ鍵なんざ手に入るのにな?」


 まるで、海外の映画に出てくるひょうきんキャラのように肩を竦めるロンリー先輩。


「ちなみに、先輩たちはどうやって部としての実績を?」

「あぁ、休みになったら遠出して天体を観測してる。ここでは街の光が強すぎて上手く観測できないからな」


 やはり、先輩たちはちゃんと部としての活動をしていたらしい。これで、一つ疑問は解決された。


「……それは入宮に言いました?」

「あいつが、俺らみたいな奴等と暗闇の山に登ることを了承すると思うか? というか、その光景は想像できないだろ」

「……確かに」

「天文部は毎年、文化祭でプラネタリウム型式の上映会をやってる。去年もそれをやった。実績はそれだ。今年もそれをやっておけば問題ないだろ」

「麻雀をやってるのは?」


 その問いかけに、しばらくロンリー先輩は何かを考えていたが、やがて答えた。


「他にやることないからな。俺たちに残された青春ってやつは残り少ないんだ。その時間を仲間と共に遊ぶ時間に費やしたって文句はないだろ」

「つまり、遊ぶため(・・・・)

「そうだ。まぁ、俺らは金なんてないから街に繰り出すのも憚られるわけだ。じゃあ、どこで遊ぶか? そんなのここしかないだろ」


 そうなのだ。先輩たちは天文部に興味があったわけじゃない。友達と遊ぶ為の空間として天文部が最適だっただけだ。だから、それを守る為に活動もしている……。


 一つ一つ考えれば分かることだった。それを、誰も言おうとはせず、個人の都合だけを主張していたからこそ、この糸は絡まっていたのだろう。


 それらを丁寧に解いていけさえすれば、解決策も案外簡単に見えてくるはずなのだ。


 だから、まずはその一つの糸を解決するため、僕は一つの提案をする。


「……先輩、今屋上の鍵、持ってますよね」

「あぁ」

「僕もとある部屋の鍵を持ってます」


 そう言って、ポケットから鍵を取り出す。


「これは僕が住んでるアパートの合鍵です。これがあれば、学校から徒歩十分の部屋で麻雀が出来る」


 その言葉に、先輩たちは分かりやすい反応を見せた。それに、僕は笑みを深くせずにはいられない。


「……先輩、この鍵とその鍵を巡って一勝負しませんか?」

「なんだと?」

「僕が勝ったらその鍵は貰います。その代わりこの鍵を渡しましょう。ですが、先輩方が勝てば、僕はこの鍵を渡します。その代わり――」

「これを渡せってか?」


 あり得ないとでも言いたげな表情たちが、こちらを凝視する。それに笑ったままゆっくりと頷いた。


「お前は……自分の言ってる意味が分かってるのか?」

「分かってますよ。さぁ、どうします?」


 それに先輩たちは顔を見合せ、やがてもう一度こちらを見た。


「俺らは構わないな。というか、おそらくお前の部屋を俺らは荒らすぞ?」

「帰る前に掃除してくれれば問題ないですよ。もしも、何かなくなれば即座に警察に駆け込みますがね」


 冷静に釘を差す。これは譲渡ではなく、れっきとした交渉なのだから。


 それにロンリー先輩は、込み上げてくる笑いを少しずつ外に洩らした。


「ふっ……ふふ。面白いな、お前。じゃあ、今回は特別に不正なしで戦ってやるよ」

「遠慮なんかしなくて良いですよ」

「お前こそ、降りるなら今だぞ?」

「降りるつもりなら、こんな勝負ふっかけてませんね」

「……なんだよ。最初に入宮が入部してきた時、こいつは気が狂ってるなと思ったが……さすがはあいつが連れてきただけはある。お前も大概だな」

「一緒にしないで欲しいですね。少なくとも、僕は正々堂々を重んじる由緒正しき人間ですよ」


 そして僕は、先輩たちと麻雀を始める。だが、その勝負に勝つ必要はないし、負ける必要もない。


 だから、その一戦は大いに楽しんだ。先輩たちもそうなのだろう。あり得ないゲーム展開などそこにはなく、純粋な麻雀が成り立っていた。


 何故なら、彼ら勝とうが負けようが……僕が勝とうが負けようが、彼らには友と時間を共有するための『鍵』が手に入り、僕にも入宮が欲している『鍵』が手に入るからだ。


 その代償が僕の部屋である事は、鍵とは釣り合っていない気がしたが、何故だかその時はそれで良いと思ったのだ。


 ……ホントに何やってるんだか。

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