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故に、青春とは脱出ゲームである。  作者: ナヤカ
【第二章】葉加瀬瑠璃は妄言を語る
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彼女の妄言は現実味を帯びる

「ごめんね、急に呼び出して」


 駅の改札に着くと、葉加瀬はスマホをポチポチといじっていて、僕を見つけるとそう言って謝ってきた。


「なんなんだ、お前は」

「入宮さん、怒ってた?」

「あぁ。主に僕に対してな」

「信頼されてるんだね」

「どこをどう取ったらそうなるんだよ」


 そんな会話をしつつ、本題へと入る。


「で? 僕に何かようか」

「うん。烏丸くんなら、入宮さんが何を考えているのか教えてくれるんじゃないかと思ってさ」

「……随分とストレートだな」

「うん。私も烏丸くんを信頼してるし」

「答えになってない気がするんだが」

「なってない? うーん、何て言えばいいんだろ。烏丸くん嘘つくの下手くそだから信頼出来るんだよね」

「お前は僕を罵倒しに呼び出したのか」

「違うよ。これでも褒めてる。でももっと上手くやればいいのになぁとは思うけどね」

「上手くやる必要なんてないだろ」

「ははっ、その辺は入宮さんと似てるよね」

「僕はあいつとは似てないぞ。それに、あいつは結構上手くやろうとしていると思うが」

「じゃあ、出来てないの間違いかな? 笑っちゃうよね。普通、あんな提案乗らないよ」


 言っておかしそうに腹を抱える葉加瀬。


「……お前は乗ったじゃないか」

「うん。面白そうだし。あとは……烏丸くんが忠告してくれたからかな」

「僕が?」

「教室で私に言ったでしょ? 気を付けろって。あの言葉がなかったら、私はきっと断ってた」

「普通は逆じゃないのか? 気を付けたら、普通は――」

「それこそ逆だよ。烏丸くん」


 葉加瀬はそうして指をくるくると回転させる。それ、癖なんですね。


「私はあの言葉で、烏丸くんを完全に信用してしまった。だからこそ、君がいる天文部の提案に乗っかった」

「……僕は一応まだ入宮側だからな。どんなに誉め殺そうとしたって無駄だぞ」

「ははっ、なにそれ。だから烏丸くんを信用出来ちゃうのかな?」

「僕は今はっきりと敵対姿勢をとったつもりなんだが……」

「そういうのには上手く尻尾を振っておけば良いのに。人間関係なんてみんな尻尾の振りあいだよ?」

「なんだよそれ……怖すぎるだろ」

「うん。だからみんな、尻尾を振られてるのか、バイバイされてるのか分からなくなる」

「バイバイって……」


 本当に怖かったのはここでしたか。


「ちゃんと相手を見てれば分かるのにね。みんな動くものに反応する猫みたい」


 笑いながら言った葉加瀬に、本気でゾワリとした。まだ恐怖感あげてくるのかよ。


「じゃあ、入宮はどうだったんだ」

「入宮さんも尻尾を振ってたように思えたけど、なんか、私を惑わせようとしていたみたい。あれだよあれ、催眠術的な? 仲良くしようって感じは受けなかったかなぁ」


 鋭い。


「だから、烏丸くんだけ呼び出したの」

「そうだったのか」

「それで、教えてくれるの?」

「それは……」


 葉加瀬の言っていることは正しい。入宮は、部員集めを主に彼女を呼び出したわけじゃない。ただ、それを言っていいものかどうか。


「それを聞いたからって入宮さんの提案を断ることはないよ。だって約束したから。私は何故なのか、そこを聞きたいんだ」


 気持ちも分かる。僕だってそうだった。入宮が何を考えているのか、どうしてそんなことをするのか意図を知りたかった。そして、彼女の思惑通り、知ってからでは時既に遅かった。


 もし教えてしまっても彼女は断らないと言った。だが、それを信用するほど僕は馬鹿じゃない。そして、演劇部の部員集めを失敗させることを目的としたこの作戦に乗ってくるほど、葉加瀬も馬鹿じゃないだろう。なら、答えはNOだ。教えない方が良い。


 ただ。


 彼女はこうも言ったのだ。僕が忠告したから断らなかったのだと。つまり、彼女は僕のことを少なからず味方に見ている。それをこうして行動に表すほど態度がはっきりしている。


 僕は思う。入宮のメチャクチャな作戦が成功する確率は少ないと。なら、失敗したときの為に打開策をつくっておく方が得策かもしれない。その打開策の為には、僕が葉加瀬にとって味方だと思われていた方がずっと良いに決まっている。


「……わかった。入宮の目的を話そう」


 これは裏切りじゃない。僕なりのやり方だ。


「やっぱり、別に目的あったんだ」

「あぁ。取り敢えず座るか」


 南口から外に出ると広場になっていて、ベンチが置かれてある。近くでは、路上ライブをやっている人たちの歌声がBGMのように響いていた。僕は、彼女と共にそのベンチに座る。それから、何故演劇部の部員集めをすることになったのか、その本当の理由を話した。一応、『鍵』のことは伏せておく。葉加瀬を入部させる理由は『先輩たちを力付くで追い出す』の一点のみだからだ。その間、葉加瀬はずっと黙って聞いてくれていた。


「――というわけだ。入宮にとっては演劇部なんてどうなっても良いんだ。欲しいのは葉加瀬、お前なんだよ」

「……そうだったんだ。というか、よくそれを私に話してくれたね?」

「ここまでバレてるんだ。隠す方が無理だし、僕は上手くいくとは思っていない」

「それは、つまり私が天文部に入ること? それとも、その先輩たちを屋上から追い出すこと?」

「どっちもだな。入宮のやり方は強引で、現実的じゃない」

「ふーん。聞いてて思ったんだけどさ、もしかして烏丸くんもその作戦のために入部したの?」

「正確には入部させられた、だが。入宮は喧嘩できる奴を探していたらしい。まぁ、僕は喧嘩なんてしないんだが」

「そっか。……実は私も喧嘩なんて出来ないんだよね」

「あれか? 空手有段者は喧嘩しちゃいけないってやつか?」

「違う違う。確かに私は中学生の時に空手部で全国大会に出てるけど、それは組み手じゃないもの」

「組み手?」

「空手には二つの種目があるの。組み手っていう相手と戦う競技と、型っていう演舞をして得点を競う競技。私がやっていたのは型の方。だから、戦うことは出来ないんだよね」

「そう……だったのか」


 それは、とんでもない情報だった。きっと入宮が聞いたら、すぐに作戦を中止するかもしれない。何故なら、葉加瀬は戦闘要因にはならないから。


「でも、何でお前は空手部に入らなかったんだ?」

「言ったじゃん。私は将来女優になりたいの。演技にはアクションとかもあるでしょ? 私はそのために空手部に入ってたんだ」

「それで全国までいったのか……」

「小学生の時、体操とダンスを習ってたから、魅せるっていう競技には自信あったんだよね」


 言いながら、葉加瀬はスクッと立ち上がる。それから、路上ライブをしている人たちの曲に合わせて突然ステップを踏み出した。


「おい、何を」

「見てて」


 葉加瀬は言ってからゆっくりと構えた。それは、腰を落とした空手の構え。その構えから突如、突きや蹴りを繰り出し始めたのである。まさしく演舞。だが、そのリズムは曲に合わせていて、ダンスのようにも見える。止まることなく踊り続ける葉加瀬、その動きの合間には、ダンスの技が入り込まれていて、目を離すことが出来ない。


「なにあれ……」

「パフォーマンス?」


 近くを通っている人たちが葉加瀬に気づいて足を止める。曲を弾いていた人たちもそれに気づいたようで、歌声だけが中断された。


 だが、葉加瀬は尚も踊り続ける。その動作一つ一つが美しく、足を止める人たちの数が次第に多くなっていった。やがて、そのダンスを理解したのか、歌声が戻る。サビに入ると、葉加瀬のダンスは荒々しさを増して、もはや空手の仕草はなくなっていた。


 その熱量に誰もが魅了された。彼女の楽しげな笑顔に、見ずにはいられない。


「なんだよ、それ」


 その曲は、まるで葉加瀬のために流れているかのようだった。


 その広場は、葉加瀬の為に設けられたかのようであった。


 駅前の乱雑とした空気に、一つの輪ができる。その中心に、彼女はいた。それを、僕は他の誰かと同じように、いつまでも見ていた。


 そしてとうとう曲が終わる。いつの間にか曲を弾く彼らよりも、葉加瀬は主役になっていた。


 曲の終わりと共に今度は拍手が始まる。それは、間違いなく彼女に向けられた拍手。葉加瀬は、それに一礼をしてから、振り向いて演奏をしていた彼らにも一礼した。


 そして、軽快にこちらへと戻ってくる。


「行こう」


 通りすぎ様に自分のカバンだけを持って走り去る葉加瀬。


「あっ、おい」


 それを、僕は追いかけた。


 葉加瀬は広場を抜けて、尚も駆けた。やがて人通りの少ないところまで来てから、ようやくその足は止まる。


「はぁー。恥ずかしくて死ぬかと思った」

「なんなんだ急に」

「でも、これで分かったでしょ? 私は女優になるためにいろんなことをやってたの」

「それを僕に理解させるためにわざわざあんなことをしたのか?」

「うん。まぁ、一度路上パフォーマンスをやってみたかったっていうのもあるかな」

「初めてだったのか?」

「うん」

「それにしちゃ、堂々としてたな」

「演じてたから」

「演じるだけでああなれるものなのか?」

「なれるんだなぁ、これが。でも、あのぐらいしないと入宮さんの作戦は実行出来ないでしょ?」

「お前……本当にやるつもりなのか?」

「うん。そして、本当に部員を集めてみせるよ。私にはそれが出来ると信じてる」


 葉加瀬は大真面目に言い切った。そこには、一切の嘘がない。


「……大した奴だよ、お前は」

「私は、いずれたくさんの人たちの前に立つんだよ? これくらいクリアしないと」

「なんで、そんなに女優になりたいんだ?」


 それは安易に聞いてみた質問。なのに、葉加瀬はそれに少しの躊躇いを見せ、それから、こう言った。


「烏丸くんは、幽霊って信じる?」

 

 出たよ、電波。


「いや、信じてないな」

「そう……実は私ね? 小さい頃幽霊が見えてたんだ。でも、大きくなるにつれて見えなくなっちゃった」

「まじか」


 それに、葉加瀬は照れ臭そうに笑った。 


「私の家は神社でさ、お父さんは神主なの。先祖を辿ると、結構力のある家だったみたい。まぁ、今ではみる影もないけど」


 葉加瀬の言葉に、僕は正直何と言えばいいのか分からなかった。だが、その必要はなく、彼女は独りでに喋る。


「でね? 見えなくなってから感じたのは恐怖よりも疑問だったの。なんで、彼らを見ることが出来なくなったんだろうって」


 そして疑問を声音に貼り付ける葉加瀬。


「幽霊はいる。ただ、私たちが認識出来ないだけ。でも、その認識出来ないっていうことが、幽霊にはとっても悲しいことなんだよね」

「悲しいこと?」

「そう。だって、私の記憶の中の彼らは、私に見つけられて嬉しそうにしてた。分からないけど、そんな気がするの。だから、怖さとか感じてなかったんだと思う。嘘だと思う?」

「いや、嘘だとは思わない。……真実かどうかは別として」


 その発言に、葉加瀬は小さく「なにそれ?」と言って笑う。


「私思うんだ。幽霊って、自分達を見つけて欲しいんだって。じゃないと、存在してないことになるから」

「幽霊は実在してないから、幽霊なんじゃないのか?」

「実在と存在は違うよ。私は烏丸くんをこうして見ている。烏丸くんも私を見てる。お互いがお互いを認識しあってる。たぶん、これが存在なんだと思う。でも、幽霊は違う。彼らは、私たちを見てるけど、私たちは彼らを見ることが出来ない。これって幽霊にとってはとても悲しいことだと思わない?」

「……確かに」

「でもね? そんな私たちにでも、彼らに認識してるよって伝える術があるの」


 そう言うと、葉加瀬は目をつむり胸の前でゆっくりと合掌をした。


「それが?」

「うん。合掌には他者と自分が繋がってるっていう意味があるの。右手が自分なら左手は相手。いただきますで合掌するのは、目の前の命が自分と一つになることへの感謝。神様の前で合掌するのも神様への感謝を表しているの。それは目では、口では、決して伝えられないからこうして所作によって伝えている」

「それを幽霊にも?」

「そう。あなたたちのことは忘れていませんよ。あなたたちは存在してるよって、こうして手を合わせて教えてあげる。そしたら、幽霊は安心できるんじゃないかな? そしたら成仏できると思うの。だって……心の中に存在してるって分かるから」

「なんか、不思議な話だな」

「そうかも。でね? 私は生きてるから、合掌しなくても私の存在を示せる。所作だけじゃなく、声で、動きで、表情で自分の存在を強調できる。それって素晴らしいことじゃない? だから、私はたくさんの人たちに私を認識してもらいたい。私は私の存在を私の力で証明したいの」

「それが、女優か」

「うん。端的に言えば、目立ちたいってだけの話なんだけどね? そういうと、痛い子だって思われるから幽霊の話をした」

「幽霊の方が痛くないか?」

「そうかも。でも、烏丸くんなら真面目に聞いてくれると思って」

「なんだよそれ」


 それは本当に不思議な話だった。だが、何故だか妙に信憑性に満ちていた。それは、葉加瀬の演技力なのかもしれない。もしかしたら、そうではなく、ただの妄言なのかもしれない。


 ただ、葉加瀬瑠璃という人間が、ただのクラスメイトではないことを、僕はこの瞬間に理解した。





お読み頂きありがとうございます。


次回は12月9日に更新します。

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