95話
【エルフ先生ガチファイター】
サムカたちを見据えながら、ノーム先生がライフル杖を構えて語り出した。手元には小さな〔空中ディスプレー〕画面があり、ノーム語での交信が怒涛の勢いで流れている。
「テシュブ先生、済まないね。本国からの〔殲滅〕魔法の使用許可がなかなか下りないんだよ。でも、もう少しで認可されるから、待っていてくれ」
(なるほど、だから何もせずに杖を構えたままなんだ……)と理解するミンタたち。ジャディが琥珀色の瞳を凶悪な色に染めながら、低い声でサムカに攻撃許可を求めた。
「殿。もう、こいつら全員、殺しちまって良いッスかね。待ってやる必要なんかないッスよ」
しかし、サムカは優雅な所作で待機の指示を出した。この辺りは、領主らしい威厳を帯びている。
「いや、待て。落ち度は私にある。初撃は甘んじて受けよう。その後は好きなようにして構わぬが、私が今後〔召喚〕されなくなると困る。その点にだけ気をつけなさい」
ジャディが満面の笑みを浮かべた。
「了解ッス、殿っ。記憶が無くなるくらいに痛めつけて、皆殺しにして証拠隠滅すれば良いッスねっ」
「どうやったら、その結論になるんだよ」とジト目になるミンタたち5人だ。
ミンタがペルの横に寄って、前方のエルフ先生に目配せした。
「カカクトゥア先生、ずっと無言なんだけど。ヤバくない?」
ペルも全身と尻尾の毛皮を軽く逆立てて、両耳と鼻先のヒゲ群をエルフ先生に向けながら、恐る恐る同意する。
「うん……完全に怒ってるよね、あれって」
エルフ先生がこちらに向けて構えているライフル杖の横に、ノーム先生と同じような小さな〔空中ディスプレー〕画面がある。その画面はミンタ側からは見えないのだが、恐らくは攻撃許可の申請と却下が繰り返されているのだろう。
ミンタが入念に攻撃魔法と支援魔法の術式を再確認しつつ、ペルに横目で微笑む。
「攻撃許可がなかなか下りないようで助かったわ。いきなり攻撃を受けたら、さすがの私でも支えきれないだろうし」
ペルが素直にうなずく。
「学校の先生が、生徒に本気で攻撃する許可は、すぐには出ないよね。私の方も、準備完了だよ。とりあえず、この場所から逃げるべきだよね」
ミンタも同意する。口元のヒゲの数本が、ペルに向かって揺れた。
「木星のスイートルームを予約してるわ。ケンカはバカ鳥とテシュブ先生に丸投げしましょ」
なかなか攻撃許可が下りないようで、イライラし始めたノーム先生である。その分、背後の60名の気勢が増すばかりだ。彼ら血気盛んな生徒たちを、見事な統率力で抑えているニクマティ級長である。
「まだだぞ。まだだ。攻撃許可が下りるまで絶対に撃つなよっ。今撃ったら単に犯罪だからなっ」
(いやいや、普通は撃ったら犯罪だろ……)
思わず内心でツッコミを入れるミンタたち。
ノームのラワット先生が、銀色の垂れ眉を盛んに上下させ始めた。相当にイライラしているらしい。
「ったく、僕は分室長なのに……テシュブ先生。直撃じゃなかったけど、初めて〔呪い〕というモノを食らったよ。一生分の悪夢を凝縮して見た気分だ。さすがに温厚な僕も、切れたよ。ははは」
ラワット先生が乾いた笑いを漏らした。銀色の垂れ眉をひそめて、小豆色の瞳を厳しく光らせる。
「うわあ……」と、ドン引きするミンタとムンキン。
その時。別のテントの中からリーパットが飛び出してきた。彼の党員も次々に別のテントから駆けだしてくる。
「アンデッド教師を叩きのめす絶好の機会が到来したのかあああ! うおおおおっっっ、この時を待っていたぞっ」
この運動場に集まっていた生徒の中に、リーパット党員のコントーニャがいた。彼女がニンマリ微笑んでいる事から見て、彼女が知らせたのだろう。嬉々とした表情でテントから飛び出してきたリーパットだ。
「うわ。面倒な奴がまた増えた」
レブンが思わず魚顔に戻ってしまった。すぐにセマン顔に直すが、口元は魚のままだ。
ムンキンが流れるような迷いのない動きで簡易杖の先を、こちらへ喚きながら駆けてくるリーパットに向ける。〔ロックオン〕すると、攻撃行為と見なされるので、まだ避けている。
「レブン。授業が始まる前に、バワンメラ先生やタンカップ先生を始末していて良かったな。あいつらまで今、ここに加勢していたら、俺も冷静ではいられなかったかもな」
『僕』ではなくて『俺』と言いだしている時点で、それほど冷静ではないのだが……そのムンキンの感想に、レブンも迷いなく同意する。今は口元もセマンになっている。
「そうだね。まあ、結果的に好都合だったという事かな」
リーパットが運動場の土を蹴り立てながら疾走し、ベルトに差してある簡易杖を取り出してムンキンに向ける。リーパットの左右を、側近のパランとチャパイの2人が固める。ほぼ同時に彼らも簡易杖をムンキンに向けてくる。
リーパットが吼えた。
「まずは、ムンキン・マカン! まずは貴様から始末してくれようっ。これまでの無礼千万、許すと思ったかああっ」
ムンキンが半眼になってニヤリと笑う。同時に≪バシン≫と柿色の尻尾で地面を叩く。
「このヘタレが。テシュブ先生に怒るんじゃなかったのかよ」
ムンキンが嘲った瞬間、ムンキンの手元に警報音と共に警告文が短く表示された。〔ロックオン〕されたのだと、隣のレブンが瞬時に理解する。
同時に、背後のジャディやミンタ、ペルから様々な魔法場が噴き出すのを背中で〔察知〕した。
リーパットが大声で更に吼えて、簡易杖を振り切った。
「食らえっ! 我が最大攻撃魔法っ、〔赤外線レーザー〕ああああっ」
1本の〔赤い光線〕が、リーパットと左右の2人から放たれた。3人で1本の〔光線〕魔法のようである。
しかし、ムンキンの〔防御障壁〕に呆気なく〔反射〕されて、反対にリーパット主従に命中して燃え上がった。ムンキンが鼻で笑う。
「バカだな、本当に」
全身が火だるまになり、運動場を転げまわるリーパット主従。狐族で毛皮で覆われているので良く燃えている。しかし、地面を転がりながらもリーパットが〔結界ビン〕を取り出して叩き割り、中から突撃銃を取り出した。
燃えながらもムンキンに銃口を向けて全自動射撃を開始する。
≪タタタタタ……!≫
小気味良い乾いた連続音が運動場に響く。全弾を一気に撃ち尽くすまで10秒もかからなかった。
50発の銃弾が正確にムンキンに飛んでいったのだが……しかし、やはり銃弾の軌道を全て〔防御障壁〕で曲げられて、森の上空に散らされてしまった。
「お、おのれ……クソトカゲの分際でえ……ぐはっ」
力尽きて、地面に倒れるリーパットであった。そのまま燃えていく。離れた場所から眺めていたコントーニャが満足そうな笑顔になって、燃えている3人を〔記録〕魔法で撮影しているのが見える。
周囲の法術専門クラス生徒がスンティカン級長の命令を受けて、面倒そうな顔つきで歩いてやってきた。
そのまま気だるそうに、火だるまの3人を法術で〔消火〕し、全身火傷の〔治療〕を開始する。その様子も漏れなく撮影するコントーニャである。
ミンタが憐れむような視線を、炭が目立つリーパット主従に向けてつぶやく。
「バカって罪よね。てか、コンニー。何やってるのよ」
ペルもどう答えて良いものか思いつかず、ただ小さくパタパタ踊りをしているだけだ。
ペルの背後に立っていたジャディが2メートルほど浮き上がった。実に嬉しそうな笑みを浮かべている。
「初撃を受けたぜ」
10個以上もの〔旋風〕がいきなり発生して、雷をまといながら敵陣に襲い掛かった。
敵陣では当然のように多重〔防御障壁〕が発生して〔旋風〕を押し止めるが、1秒もかからずに全てが破壊されてしまった。全く無傷の〔旋風〕群が、今や総勢150人に膨れ上がった敵側の生徒たちに、上空から襲い掛かっていく。
ジャディの高笑いが運動場に轟く。
「ひゃっはあああっ! ちぎれ飛べええっ」
運動場が〔旋風〕に飲みこまれて視界がゼロになった。
悲鳴と怒声が暴風の中で切れ切れに聞こえる中、突如、180本もの〔光の矢〕が発生して、真っ黒い風を切り裂いていく。運動場を覆い尽くしていた巨大な〔旋風〕が、2秒も保たずにかき消された。
「げ」
ジャディが上空4メートルの運動場の中央で浮かびながら、苦々しい顔になる。そのジャディに、再び200本もの〔光の矢〕が襲い掛かってきた。〔防御障壁〕が呆気なく貫かれて全滅し、ジャディの体に穴が8個開く。
「ぐおおおっ」
ジャディが吼えて〔防御障壁〕を全力展開した。同時に負傷した貫通傷を自動〔治療〕する。
しかし、その新しく展開した100枚ほどの多重〔防御障壁〕も、〔光の矢〕で全て破壊されてしまった。
服も上下ともに破壊されて光に〔分解〕され、丸裸になるジャディ。飛族なので裸になっても全身を覆う羽毛のおかげで見苦しくはならない。しかし、プライドを傷つけられたのは変わらない。
「ぐあああああっ。クソがああっ」
とっておきの闇の精霊魔法の〔防御障壁〕を展開して、追撃の〔光の矢〕を受け止める。魔法場が正反対なので爆発が立て続けに起き、爆炎に包まれるジャディ。
「ま、まだまだあああっ! オレ様の底力はこんなもんじゃねええええっ。木星の風の精霊魔法を食らいやがれえええっ、この糞エルフ!」
しかし、何もできないまま爆炎に包まれ続けるジャディだ。
それを見上げるミンタが呆れた顔をしている。
「バカね。光の精霊なんて、宇宙全体にあまねく分布しているのよ。地球だろうが木星だろうが、光の精霊にとっては同じなんだけど」
ペルがミンタの制服の袖を引っ張った。
「ミンタちゃん、そろそろ逃げようよ」
爆炎が収まり、黒い煙の中から炭になったジャディが落ちてきた。無数の穴が開いていて、スポンジが炭になったかのような姿だ。運動場にそのまま落ちて、「カシャーン」という軽い音と共に砕けた。
それを見届けたミンタが冷や汗を鼻先のヒゲの先に浮かべながら、ぎこちなく微笑む。
「……遅かったみたい。カカクトゥア先生、本気だわ」
土埃が舞う運動場に、エルフ先生がこちらにライフル杖を構える姿が見えてきた。右足を引いて半身になり、やや前傾の突撃姿勢をとっている。
前面には複数枚の〔防御障壁〕が展開されていて、触れる土埃を光に強制〔変換〕している。彼女の隣には、同じ姿勢をとって構えているノーム先生の姿もあった。2人とも、完全にハンターの顔つきだ。
エルフ先生がようやく一言告げた。
「先制攻撃を待っていましたよ。おかげで、やっと許可が下りました」
サムカが何か言おうとしたが、エルフ先生のライフル杖から放たれた150本もの〔紫外線レーザー光線〕を食らってしまった。可視光線ではないので、〔紫外線レーザー光線〕の軌跡が見えてはいない。
サムカが展開している闇魔法の〔防御障壁〕に衝突して、大爆発が誘発された。直径10メートルほどの青い火球が連続して発生して、サムカを〔防御障壁〕ごと包み込む。同時に空気がプラズマ化して、青い火球に曝されている周囲の運動場の地面が溶けて気化していく。
たちまち真っ黒い爆煙となって、火球とプラズマに混じり合った。ここまでの火球になると、衝撃波を伴った爆風も容赦なく発生する。
「うひゃっ」
ミンタが可愛い悲鳴を上げて、爆風に吹き飛ばされた。すぐにペルがミンタに抱きついて、闇の精霊魔法の〔防御障壁〕を複数枚展開する。
その〔防御障壁〕も、外側から次々に破壊されて光に飲まれていく。しかし、ペルがそれを上回る速度で新たな〔防御障壁〕を発生し続けているので、何とかプラズマや溶けた運動場の土の雨を回避できているようだ。
「ミンタちゃん、ここにいると死んじゃう。木星へ逃げようっ」
爆風に吹き飛ばされて運動場を一緒に転がりながら、ミンタがペルの肩に腕を回して不敵な笑みを浮かべた。紺色のブレザー制服が、高熱で所々黒く焦げている。
「ごめんね、ペルちゃん。気が変わったわ。木星ホテルの予約はキャンセルよっ」
ペルが薄墨色の瞳を閉じて、両耳を前に伏せた。
「ええ~……」
ミンタが強化杖を〔結界ビン〕の中から取り出して前に構える。同時に、〔姿勢制御〕魔術が機能して、運動場を転がって飛ばされなくなった。
溶けた土の雨が乱れ飛んでいる真っ黒い爆煙の中で、光と闇の二重〔防御障壁〕に包まれたミンタが仁王立ちしている。その隣にはペルがガックリと肩を落として、同じように強化杖を取り出している。
「カカクトゥア先生やラワット先生と『魔法比べ』する機会って、今まで無かったのよね。ペルちゃん、もちろん手伝ってくれるわよねっ」
爆炎の閃光に、栗色の瞳をキラキラと輝かせるミンタに、ペルも薄墨色の瞳を真っ直ぐに向けた。子狐型の彼女のシャドウも、ペルの黒い縞模様が3本走るフワフワ毛皮頭の上にチョコンと座って、ミンタを見つめている。
ペルが諦めたような笑みを口元に浮かべた。
「仕方がないなあ。何をすれば良いの?」
ミンタが強化杖を振り回して、真っ黒い煙の中で敵座標を次々に〔ロックオン〕していきながら、ペルにウインクする。
「私が〔エックス線レーザー光線〕を、断続的にパルス式で放つから、そのパルス間に〔闇玉〕を撃ち込んでちょうだい。攻撃目標の座標は、カカクトゥア先生とラワット先生、それに私の同級生全員ねっ。自動追尾しているから、ペルちゃんも情報〔共有〕して」
ペルが少し呆れた表情になりながらも、二つ返事で了解する。
「分かった。〔共有〕完了。いつでもいけるよっ」
再び、エルフ先生からの15本もの〔紫外線レーザー光線〕の束を〔防御障壁〕で受け止める。サムカだけではなくて、ミンタたちも同類にみなされて攻撃対象にされているようだ。
ペルの闇の精霊魔法の〔防御障壁〕が、数枚連続して爆発し消滅するが、瞬時に〔防御障壁〕が回復する。
次の瞬間。エルフ先生とは別の座標から、〔青色レーザー光線〕が40本飛んできて〔防御障壁〕に命中した。これも爆発を引き起こして、ペルの〔防御障壁〕が数枚消し飛ぶ。ミンタが攻撃元の座標を照合して、金色の毛が交じる尻尾をクルクル回した。結構、上機嫌になってきているようだ。
「今度はラワット先生の攻撃ね。上等だわ、反撃を開始するわよっ」
ミンタの強化杖の先端部分が、闇の精霊魔法の〔防御障壁〕の最外殻の外に出た。ペルも自身の強化杖を、ミンタの杖に寄り添わせる。ミンタとペルが〔共有〕している小さな〔空中ディスプレー〕画面が、全ての標的の〔ロックオン〕完了を知らせた。その数、実に150。ペルが目を点にしている。
「運動場に出ている生徒全員だよね、これって」
ミンタが生き生きとした目で一声叫んだ。
「食らえーっ」
先にミンタの強化杖の先に付いているダイヤ単結晶が青紫色に鋭く光って、見えないエックス線の〔全方位パルスレーザー〕を放った。
次の瞬間に、今度は隣のペルの強化杖のダイヤ結晶が同じように光り、同心円状に〔闇玉〕を100個ほど撃ち放つ。
周囲に渦巻いている爆炎と真っ黒い煙、それに溶けた土塊などが、〔闇玉〕に飲みこまれて〔消去〕される。一気に視界が開けて、運動場での彼我の位置が露わになった。テント村は無事だった。
その次の瞬間。再びミンタの杖から〔エックス線パルスレーザー〕が放たれ、次いでペルの〔闇玉〕が再び放出された。
運動場にいる先生と生徒たちは、全員が〔防御障壁〕を個別に展開しているのだが、その〔防御障壁〕が大爆発を起こした。たちまち150個ほどの火球が運動場に発生して、爆炎と衝撃波を伴う爆風が運動場を縦横に吹き荒れる。
しかし、次の瞬間。それら爆炎がかき消された。〔闇玉〕が命中したせいだ。かき消された火球の中にいた生徒たちが、〔闇玉〕の直撃を食らって手足や胴体、頭を〔消去〕される。
ペルの使う〔闇玉〕の術式は、全校生徒の間で〔共有〕されているので、自動〔治療〕法術が発動した。〔消去〕された部位が再生される。
その再生中の生徒たちに、次の〔エックス線レーザー〕が直撃して、今度は別の体の部位が光になって〔消滅〕した。その1秒後には、新たな〔闇玉〕の一斉射が襲い掛かる。
ミンタが再び爆炎と真っ黒い煙に覆われ始めた運動場の一角に顔を向ける。
「雑魚は、これで抑えつけておけば良いわね。じゃあ、次は担任の先生ねっ。やっちゃうわよっ」
ミンタの隣では、ペルが生徒たちからの反撃の〔マジックミサイル〕や、〔レーザー光線〕の攻撃を、闇の精霊魔法の〔防御障壁〕で逐一〔消去〕している。
さすがに多様な魔法攻撃を絶え間なく受け続けているので、〔防御障壁〕が対処できずに体に命中する攻撃もある。土中からも大地の精霊魔法による〔石筍〕乱射を受けているので、360度全方位の防御になっていた。
同じ場所に2秒間もいると座標がばれてしまい、〔テレポート〕魔法や魔術を介した攻撃を受けることになる。
ペルとミンタが展開している〔防御障壁〕の内側に、〔テレポート〕魔術刻印が発生して、そこから敵の魔法攻撃が放たれてきた。ドワーフのマライタ先生が学校じゅうにばら撒いている、分子サイズの〔テレポート〕魔術刻印のせいだ。
生徒たちは〔オプション玉〕や〔分身〕、影〔分身〕などの攻撃支援魔法を習得しているので、本体が被害を受けても問題なく攻撃が行えている。もちろん、本体が自己の〔治療〕に専念している間は、これら〔オプション玉〕なども性能が落ちてしまうが。
そのおかげで、ミンタとペルも毎秒1つか2つ程度の魔法攻撃を受ける程度で済んでいた。これなら、自動〔治療〕法術で充分に対処できる。しかも、ラヤンが行っているような制服の自動〔修復〕も併用しているので、見た目は無傷に見える。
さらに、〔テレポート〕攻撃を回避するために、〔慣性制御〕魔法もかけている。慣性がついたままで移動すると、数秒後の移動先の座標が、敵に〔予測〕されてしまう。これでは動いて回避運動をとっても無意味だ。
そのために、『慣性をある程度制御して』ランダムな位置移動になるように動くことは有効になる。見た目がフラフラした酔っぱらいのような動きになるので、『ドワーフ千鳥足』とか色々な呼び名がつけられていたりするが。
その華麗な回避運動を真っ黒い煙の中で〔探知〕しながら、ムンキンも〔慣性制御〕魔法で酔っぱらい運動をしていた。本当に視界が50センチしかない状況なので、〔探知〕魔法に頼っている。レーダーのような機能をもつウィザード魔法だ。
「助かるぜ、ミンタさんにペルさん」
ムンキンがレブンのアンコウ型シャドウの援護を受けながら、両拳と両膝、両肘、それに両足先を白く光らせた。格闘術だ。見事な千鳥回避で、〔オプション玉〕や〔分身〕、影〔分身〕からの魔法射撃をくぐり抜けて、その本体を狙う。
本体である同級生たちは穴だらけになって自動〔治療〕中なので、ろくな防御もできないままムンキンに殴り倒されて運動場の土に叩きつけられていく。威力がかなり盛ってあるのか、倒された同級生本体は衝撃で完全に粉砕してミンチ状態になっている。
敵の本体が完全に無力化すると、さすがに〔オプション玉〕や〔分身〕、影〔分身〕も存続できなくなり一緒に消滅していく。ムンキンの迎撃に駆けつけてくる、法術専門クラス生徒が放った紙製の〔式神〕や、招造術専門クラスの生徒が〔召喚〕した〔大地のエレメント〕群も華麗に回避している。
それらに対しては、〔炎のエレメント〕をムンキンが〔召喚〕して体当たりさせていった。紙製の〔式神〕は触れると燃え上がって灰になって消滅していく。土製の巨大人形であるエレメントは炎に対して耐性があるため、風の精霊魔法を使って〔風化〕させている。
攻撃も受けているのだが、これらはレブンのアンコウ型シャドウが、闇の精霊魔法の〔防御障壁〕で防御し消滅させていた。それでも数秒間に1発程度は体に食らっているのだが、これはミンタたちと同じく自動〔治療〕法術で治している。
「痛覚も精神の精霊魔法で緩和させているから、その程度の攻撃じゃあ、俺は止まらないぜっ」
ドヤ顔で、さらに1人の同級生を蹴り飛ばしてミンチに粉砕する。周囲を取り囲んでいる生徒たちが、真っ黒い土煙の中から正確にムンキンに向けて、魔法射撃を十字砲火してきた。
ミンチにされた同級生が射撃の雨に打たれて気化していくが、ムンキンはしっかりと〔防御障壁〕で防御している。もちろん、いくつかの攻撃が〔防御障壁〕を貫通して、体に数発受けるが止まらない。その十字砲火も、ムンキンのフラフラ高速移動のせいで命中精度が急激に低下していった。〔テレポート〕攻撃も受けているが、これも最小限の被害で済ませている。
「へっ。そうそうロックオンされてたまるかよ」
ムンキンが不敵に笑った、その瞬間、一斉攻撃が襲い掛かった。360度全方位からの〔テレポート〕攻撃だ。〔防御障壁〕の内側から魔法攻撃が〔テレポート〕して飛んでくる。いつの間にか、誘導されてしまったようだ。
「ぐはっ」
ムンキンの全身に18発もの〔レーザー光線〕や〔マジックミサイル〕が命中し、手足がちぎれ飛んで体が粉砕された。同時に〔爆裂〕魔法も撃ち込まれて、ちぎれ飛んだ体の破片が燃えて炭化する。ちょうど、ムンキンが倒したばかりの同級生も、一緒に巻き込まれて粉砕されて炭片になった。
「よし、どうだムンキン!」
幻導術でステルス偽装をして隠れていたムンキン党員数名が、姿を現してガッツポーズをとっている。
それを離れた場所から真っ黒い煙越しに、シャドウからの映像を介して見るレブン。動揺しておらずセマン顔のままだ。今もエルフ先生とノーム先生からの〔光線〕攻撃を、大地の精霊魔法で作り出した土の分厚い盾で受け止めている。
「ムンキン党の過激派かあ。いくら無慣性行動をしていても、殴る相手が分かっていれば、その相手が殴られた瞬間に囲んで撃ち込めば当たるよね」
その場合、殴られた生徒ごと魔法攻撃することになるのだが、そこは気にしないようである。
「でも……」
レブンがセマン顔の鼻先についた土汚れを制服の袖で拭く。
土の盾が高熱で溶けて、〔レーザー光線〕が貫通した。数発ほどレブンの体が〔レーザー光線〕で貫かれたが、これも自動〔治療〕が開始されて傷が塞がる。しかし、ラヤンやミンタと違って法術の適性が乏しいので、制服までは〔修復〕できないようだ。穴だらけになりつつある。
レブンが新たな土の盾を呼び出して対応しながら、同時に〔テレポート〕攻撃を邪魔するための、自身の遺伝情報の一時書き換えを試しに行う。これは、意外に効果が出ているようだ。シャドウからの現地映像から眼を離さずに、レブンがムンキンに告げる。
「でも、それは、ムンキン君本人じゃないんだよね、ねえ、ムンキン君」
炭化して粉になり、暴風と爆風に吹き飛ばされたはずのムンキンが、無傷でムンキン党員の頭上に出現した。強化杖を振り下ろして、全員を〔ロックオン〕する。
驚愕して、大きく目を見開いたムンキン党過激派の数名の顔に〔雷撃〕が命中した。雷鳴が轟いて、〔防御障壁〕を展開したままの過激派が、朽ちた木のように《バタリ》と倒れる。
運動場に着地したムンキンが強化杖を水平に振り回す。〔爆裂〕魔法が撃ち出されて、倒れたばかりの過激派が爆発して四散した。
残った過激派の1人が、爆風と暴風渦巻く真っ黒い土煙の向こうへ負け惜しみを叫びながら撤退していく。
仁王立ちで「フン」と鼻を鳴らし、≪バシン≫と尻尾で地面を叩くムンキンである。彼の頭上には、レブンのアンコウ型シャドウが浮かんでいる。
「バカめ。幻導術なら俺の方が上だぜ。今は、レブンのシャドウのおかげで、上質の〔ステルス障壁〕にも包まれているしなっ」
そのムンキンの両足の膝から下が、〔レーザー〕攻撃の直撃を受けて溶けて爆発した。さらに背中から腹部に向かって2発の〔レーザー光線〕が貫いて、大穴が開く。
「ぐあっ!?」
たまらず地面に転がるムンキン。すぐに法術が自動で起動して、足の〔再生〕と腹部の大穴の〔治療〕が開始される。しかし、完治には数分間ほどかかりそうだ。
激痛を精神の精霊魔法で緩和しつつ、ムンキンが攻撃元に顔を向ける。当然ながら、真っ黒い土煙に運動場が包まれているので、視界が全く利かない。それでも、すぐにムンキンには分かったようだ。
「容赦ねえなあ、カカクトゥア先生とラワット先生」
これ以上の攻撃を受けないように、シャドウがムンキンの体を覆い〔ステルス障壁〕の強度を上げた。法術には触れないように、少し空間が間にある。そのアンコウ型のシャドウの頭に向けてムンキンが通信をかける。
「レブン、済まない。やられてしまった。そっちは大丈夫か?」
レブンは次々に土の盾を作っては、それに跳び移って攻撃を防御していた。
それでも全ての攻撃は回避できず、右の二の腕が〔テレポート〕攻撃の〔マジックミサイル〕を受けて吹き飛ばされた。しかし、すぐに〔再生〕が開始される。
何発も攻撃を受けたせいで、今やレブンの制服はズボンだけしか残っていない有様だ。そのズボンも穴だらけだが。スリッパも吹き飛ばされてしまい、今は裸足だ。魚のヒレが人化しているので、足というよりは足のようなヒレになっている。
セマンに人化している姿だが、魚族は哺乳類と違い胎内で子供を育てる事はしない。そのために、人化していても性器の類はコピーしていないのだ。しかし、皮膚を曝した裸でいるのは好まないので、ウロコを発生させて、それで全身を包んでいる。ちょっとした簡易な鎧を装備しているようにも見えなくはない。
〔再生〕した二の腕に鎧状のウロコを発生させながら、運動場をゴロゴロ転がって〔テレポート〕攻撃を避けるレブン。遺伝情報をさらに変えて、目標にならないようにする。
「こちらは何とかなっているよ、ムンキン君。シャドウを君に預けたのは正解だったみたいだ。アンデッドも攻撃対象にされているから、気をつけてね」
そう言って通信を一時切り、地面に転がって死んでいるアンデッド教徒の1人の体の上を転がって越えた。ほとんどスポンジを炭にしたような有様で、死体というよりは、もはや『炭の物体』という印象になっている。
そこから4メートル離れた地面に転がっている、別のアンデッド教徒の元へ転がって向かう。彼も10発以上の〔レーザー〕攻撃を受けて穴だらけになっているが、〔治療〕法術が効いているようで、徐々に傷が塞がっていっている。
その彼は魚族だったが、意識がもうろうとしているためにセマンの姿ではなく、ほぼ完全なマグロの姿に戻っていた。マグロに手足を生やしたような姿だ。その彼のそばにレブンが転がっていき、法術の支援を開始した。
「あ。君はさっき僕に暴言を放っていた人か。ごめんね、僕も今はもう、法術に魔力を全振りしていてね、頭が上手く回らない。名前が思い出せないや」
そのレブンの鼻先を1本の〔レーザー光線〕が横切った。かなりレブンも魚顔に戻っているが、まだ残っているセマンの鼻先が焦げる。
「過激派アンデッド教徒の2人は退場だね。スロコック先輩が森の中へ避難したのは、正しい判断だったんだな」
そう言って、レブンが真っ黒い土煙の向こうへ深緑色の瞳を向ける。新たに撃ち込まれてきた〔レーザー光線〕が、レブンの耳の先をかすめた。
「さすがはエルフのカカクトゥア先生とノームのラワット先生だよね。立場上は君たちアンデッド教徒は、先生たちの味方だったはずだけど」
ほんの数メートル先で爆発が起きて、吹き飛ばされるレブン。地面を転がりながら、ちょっと真剣な表情になって考えている。またあちこちの骨が折れたようだ。
「こうも好き勝手に攻撃されるのは嬉しくないな。死者を〔ゾンビ化〕させて、カカクトゥア先生を襲わせようかな。さっきの人みたいな瀕死状態でも〔ゾンビ化〕できるし」
しかし、すぐに考えを否定した。先程の爆発で、右耳が聞こえなくなってしまったようだ。右目も真っ赤な視界になって像がぼやけて定まらなくなる。
「〔ゾンビ化〕したら、元に戻せないじゃないか。何を考えているんだ僕は。却下、却下」
そこへ、暴風で吹き飛ばされてきたテントがレブンの体の上に落ちてきた。
《ドスン!》
そのまま体が下腹部の辺りから上下に切断されてしまった。魔力供給が及ばなくなり、切断された下半身が暴風に持ち上げられて、テントと一緒に真っ黒い土煙の向こうへ吹き飛ばされていく。
それを見送るレブンである。さすがにジト目だ。
「参ったな。これほどの損壊は、僕の法術の範囲を超える。とりあえず止血だけして、死なないようにするしかないか。ここで僕はゲーム退場だな、残念。もう少し色々と暴れてみたかったけど」
意識が薄れてきている。魔力と体力の節約のために、仮死状態に移行するレブンだ。そっと目を閉じて動かなくなった。
そのレブンの両足が絡まったテントが、ラヤンの目の前を転がっていった。
「うわ~……グロいのを見てしまったわ」
ラヤンは、炭の粉になったジャディの破片をちょうど回収し終わったところだった。
「これでとりあえず、全量を回収できたわね。まったく、面倒な仕事をさせるんじゃないわよ、このバカ鳥」
鳥炭の粉をポケットから取り出した〔結界ビン〕の中へ吸い込ませていたのだが、そのフタを閉めて、ほっと一息つく。
「〔復活〕は後でね。まあ、君の場合は、一番最後の順番になると思うけど」
そして運動場に伏せて、飛び交う魔法や溶けた土塊などを回避しつつ、法術専門クラスのスンティカン級長に連絡を入れる。数回のコールですぐにつながる。少し話して、ラヤンが紺色の目を閉じて呻いた。
「……そうですか。マルマー先生は死んでしまいましたか。では、今回も級長の指示に私も従います。……はい、了解しました」
通信を切った瞬間、突如視界が開けた。先程まで荒れ狂っていた暴風や爆風、それに土煙が〔消去〕された。
顔を見上げたラヤンの目に、呆れた顔をしているサムカの横顔が映る。伏せているラヤンからの距離は20メートルといったところか。
少しジト目になるラヤンである。
「相変わらず、全くの無傷ね。本当に不公平だわ」
そして、運動場に散らばっている肉片や炭片、血糊などを伏せながら見回した。法術専門クラスの生徒たちは、運動場の隅の方へ避難していたようで、半数ほどが死んだだけで済んだようだった。ほっとするラヤン。
しかし彼らの中に、ちゃっかりとリーパット主従が交じっているのを確認して舌打ちする。
「悪運だけは本当に強いわね、あのバカ狐。しっかり全快しているしっ」
改めて、法術専門クラスの生き残り数を数える。12名といったところだろうか。
「あれだけ残っていれば、〔蘇生〕や〔治療〕も何とかできそうね。ええと……級長の指示に従って、死体を全て〔石化〕して現状保存しなきゃね」
匍匐前進で、ゆっくりと進むラヤン。
周辺に散乱している肉片や炭片を、簡易杖を使って〔石〕にしていく。〔石化〕魔術といっても、有機物を樹脂化して石のような見た目にするだけの魔術である。『タグ付け』もできるので、後で回収して〔復活〕させる際にも本人確認ができるので便利だ。
運動場に立っているのは、今やサムカとエルフ先生、ノーム先生、ミンタとペルだけだった。
精霊魔法専門クラスの生徒も20人ほど生き残っているが、立っているのがやっとの状態だ。ニクマティ級長も一応は立っているが、全身ボロボロになっている。
魔力も底を尽いているようで、〔オプション玉〕などを出している余裕のある生徒は見られない。ムンキンとレブンも生きてはいるが、瀕死の重傷だ。「へえ……」と少し感心しているラヤン。
「あのままじゃ、すぐに魔力が尽きて死んでしまうわね。面倒だけど〔石化〕してやるか」
運動場の惨状を、サムカが呆れた顔で見回している。彼自身はほぼ無傷だ。多少、土汚れが赤茶けたマントの裾に付いている程度である。
「やれやれ……死体の山だな。〔呪い〕の効果というのは、思っていた以上に侮れないものだ。こうまでも好戦的に変貌するものかね。死者の世界では、さすがにここまでには至らないのだが」
そのサムカに何度目かの〔紫外線レーザー光線〕の一斉射が襲い掛かった。しかし、その〔光線〕は全て〔防御障壁〕で遮られて、サムカにまで届かず消えていく。
土煙が薄まっていく中、エルフ先生から10メートル離れた場所に立っているノームのラワット先生が、頭に被っている大きな三角帽子の位置を少しずらして、1つため息をついた。エルフ先生との位置関係で見ると、ちょうどサムカを十字砲火できる角度に配置しているようだ。
「本当に高魔力ですね、テシュブ先生は。これだけ対貴族用の〔レーザー光線〕を放っても、効果が出ないとは。後で母国の研究所に文句を言わないといけませんな」
エルフ先生は相変わらず黙っていて、〔紫外線レーザー光線〕を機械的にサムカに撃ち続けている。その攻撃も、全て〔防御障壁〕で遮断されて消滅しているが。
おかげで、サムカの立つ周囲だけは、今までの暴風や熱風の被害を受けていない。ただ、サムカが魔力を使用しているので、地面が〔風化〕して粉っぽくなってはいる。
再び〔レーザー光線〕を〔消去〕しながら、サムカが錆色の短髪を軍手で撫でる。やはり少しは土埃が付いているようだ。
「私もこれまでの〔召喚〕で、君たち先生の魔法を色々と見たからね。研究くらいはするよ」
そして、山吹色の瞳を少しいたずらっぽく光らせた。
「ただ普通に闇魔法場と光の精霊場を衝突させてしまうと、爆発するだけだからね。その爆炎に乗じて搦め手を使われる時間が生じるのは、避けておきたい」
ラワット先生が〔レーザー光線〕をエルフ先生と協調して交互に撃ちながら、銀色の口ヒゲの先を指で跳ね上げる。
「左様。おかげで見事なまでに膠着状態だ。私も色々と搦め手を用意してはいるんだけどねえ。爆炎すら〔消去〕されては、目くらましも出来やしない」
ここまで話してから、ラワット先生が何か感づいたようだ。
「テシュブ先生、もしかして、その〔防御障壁〕……〔テレポート〕機能をつけているのかい?」
サムカが山吹色の瞳を細める。
「さすがはノームだね。私ばかりがイジメられるのは、少々不公平だと思わないかね?」
そして、学校を取り囲んでいる広大な亜熱帯の森の上空の一角に視線を流した。ラワット先生がサムカに従って視線を向ける。森の一角から黒い煙が出ていた。
エルフ先生の空色の瞳がさらに厳しく冷たくなるのを横目で感じながら、ノーム先生が銀色の垂れ眉をひそめる。
「僕たちの攻撃を、森に〔転送〕しているのか……困った人だな」
サムカがなおも〔紫外線レーザー光線〕の束を受けて消し去りながら、軽く咳払いをする。
「後で、私もパリー先生に謝ることにするよ。さて、種明かしがされた所だが、どうするかね? 攻撃を中止する事を強く進言するが」
ノーム先生が攻撃を中止して、ライフル杖を運動場に置いた。
「紫外線の波長を色々と変えて、生命の精霊場なんかを混ぜたりしていたんだが……効果が出なかったのは、そういう仕掛けだったせいか。仕方がないな。戦闘を停止するよ」
その先生の背後に、人型のシャドウが1体出現した。てきぱきと要領よくノーム先生の両手から手袋を外して、後ろ手にし、腰のあたりで拘束する。同時に、かかとも拘束されて地面にそっと寝かされた。
拘束で用いているのはどちらも、サムカが腰に巻いている無骨なベルトのコピーだ。ビスが2つ欠けているので丸分かりである。ちなみにシャドウは幽体なので物が持てない。今は、ソーサラー魔術の〔遠隔操作〕魔術を使用しているようだ。
「参ったな。シャドウかい? これって。人道的な処遇に感謝するよ、テシュブ先生」
サムカがシャドウを消去して、山吹色の瞳を細めた。なおもエルフ先生からの〔レーザー〕射撃を、機械的に受け続けているが。
「まあ、念のためだな。そのベルトのコピーには、〔エネルギードレイン〕魔法をかけてある。死なない程度には魔力を残すから、そこで大人しく寝ていなさい」
そして、まだしつこく射撃を続けているエルフ先生に、藍白色の磁器のような顔を向けた。さすがに少し呆れてきているようだ。
「クーナ先生も、そろそろ降参してはどうかね? これ以上、パリー先生の森を焼いても意味がないだろう」
サムカの降伏勧告にも、全く動じていないエルフ先生。右足を引いた姿勢でやや前傾姿勢で立ち、ライフル杖を真っ直ぐにサムカへ向けている。空色の瞳だけが爛々と光を放っている様は、完全にハンターのそれだ。
「やはり、〔呪い〕の影響で正常な判断ができていないか。では仕方がないが……ん?」
サムカがエルフ先生に軍手をした左手を差し向けて、恐怖パニックを強制的に引き起こす闇魔法を放とうとした瞬間。全身の装飾品から大量の火花が飛んだ。
≪バチバチバチ!≫
火花が古着に着火して燃え上がる。あっという間にサムカが火だるまになった。慌てて消火するサムカだが、今度は手足が爆発する。
「おおっ!?」
爆発した手足を瞬時に〔修復〕したサムカの体が、急停止して動かなくなった。
エルフ先生の空色の瞳がギラリと輝いた。同時にライフル杖の先端部分の空間がプラズマ化して爆発する。停止しているサムカの体が、〔風化〕して粉を吹き始めた。
瞬時に2体の人型シャドウが出現し、サムカの前に壁となって立ちはだかる。同時に、シャドウの前面の空間が大爆発を起こした。エルフ先生が〔防御障壁〕を展開して、爆風と飛散物を光に変えて防御する。シャドウも爆風を〔消去〕して、背後の主人である停止サムカを守った。
サムカは〔風化〕が停止して粉を吹かなくなったが、まだ動いていない。エルフ先生が両足を踏ん張って、地面から数ミリほど浮き上がった。同時に拳や膝などが白く発光し始める。
シャドウの1体が、音もなく滑空してエルフ先生に〔影〕を伸ばしてきた。その〔影〕をライフル杖で撃ち滅ぼして、そのままシャドウを射撃する。シャドウが2体とも絶叫を上げて爆発して消滅した。
エルフ先生がライフル杖の根元に、錠剤型の魔力カプセルを〔テレポート〕させて補給する。その間にも、停止サムカから放たれた、10個の〔オプション玉〕群が放つ〔闇玉〕の雨を華麗にかいくぐっている。
運動場に落ちた〔闇玉〕が次々にクレーターを作っていくが、もはや空中を飛んでいるエルフ先生に対しては、足止め効果は得られない。
ものの3秒弱でライフル杖の魔力補給を完了したエルフ先生が、ライフル杖を構えたままで空中を1回転した。それだけで、全ての〔オプション玉〕と、新たに出現しつつある影〔分身〕の群れ全てを〔ロックオン〕する。
その〔ロックオン〕完了の鈴の音がした瞬間、全ての〔オプション玉〕と影〔分身〕が光に〔分解〕されて消滅し、大爆発を引き起こした。
爆炎が地上6メートルにまで噴き上がり、土煙も巻き上がる。そんな中、上空に吹き飛ぶサムカの姿が見えた。ようやく、ぎこちなくも手足が動き出している。
一方のエルフ先生は〔テレポート〕していて、ちょうどサムカの真上の上空20メートルの座標に出現した。再び、鈴の音がしてサムカの〔ロックオン〕完了が知らされる。
エルフ先生が無言でライフル杖から光の精霊魔法を放つ。可視光線ではないので、肉眼では何も放たれていないように見える。しかし、エネルギー量は相当なもののようで、ライフル杖が粉々に粉砕してしまった。杖の周囲の空間も、空気がプラズマ化して直径2メートルの火球になる。
それが弾けて、空中で再び大爆発が起こった。衝撃波と爆風が、地上の土煙を全て吹き飛ばしていく。
ラヤンが土煙と共に吹き飛ばされながら、ジト目になっていた。
「生徒がいるんだけどっ」
その言葉を残し、ラヤンが力尽きた。そのまま運動場を10メートルほど転がり、動かなくなる。尻尾が途中でちぎれて、右手も肘から先がどこかへ飛んでいってしまったようだ。首も絞った雑巾みたいになり、変な方向に曲がってしまっている。
彼女の他には、もう誰も生きている生徒は運動場に残っていない様子である。リーパット主従を含む法術専門クラスの生徒たちだけは運動場の隅に避難していたので、何とか防御できたようだ。級長のスンティカンが地面に座り込んでいるのが見える。
ミンタとペルは、抱き合ったままで森の上空まで避難していた。ミンタが光の精霊魔法の〔防御障壁〕で防御しているようで、その内側にペルによる闇の精霊魔法の〔防御障壁〕がある。
サムカが運動場へ落下して、バウンドして転がっていく。同時に大量の灰や粉が彼の体からまき上がった。顔も頭蓋骨が露出しているのだが、それを自動〔修復〕させるサムカである。
6メートルほど地面を転がっている間に、体と衣服の〔修復〕が完了したようだ。何事もなかったかのように運動場に立つ。
サムカと一緒に土煙や爆煙も地面を吹き荒れていたのだが、その中からエルフ先生が飛び出てきて、サムカに突撃してきた。
〔修復〕したばかりで、まだ高速運動ができないサムカの胸板に、エルフ先生の白く光る『右の追い突き』が炸裂した。サムカの上半身が爆発を起こして、赤茶けたマントがちぎれ飛ぶ。
上半身がへその上からVの字型に裂けたサムカが、両腕を交差させて防御姿勢をとる。高速移動が復活しつつある体で、ジグザグ移動の回避運動をしながら後方へ飛び退いていく。
しかし、エルフ先生は完全にサムカの動きを読み切って、至近距離を維持したままだ。サムカはエルフ先生を引き離せない。
そのエルフ先生が上体をひねって『左の追い突き』を、サムカの交差している両腕に叩き込んだ。再び爆発が起き、サムカの両腕が肘先から吹き飛ばされる。
がら空きになったサムカの裂けた上半身に、エルフ先生の『右回し蹴り』が炸裂した。白い光がそのまま火球に変わって大爆発が起きる。
サムカのちぎれた上半身が上空20メートルまで飛び上がった。アンデッドなので血は噴き出していないが、首がぽっきり折れた頭が付いている左半分の上半身には、左腕が肘までしか残っていない。
肋骨や背骨に干からびたような内臓も体から飛び出ている。いくつかの臓器や筋肉組織は、一緒に空中に舞い上がっていた。右半身も近くを飛んでいる。
2つに裂けたサムカの上半身は、そのまま落下して、地上で待ち受けていた下半身に衝突してドッキングした。ほとんど何かの粘土人形のような印象で、落下してくる自身のパーツを体に受け止めて、吸収する。
どこかへ飛び散っていた肘から先の両腕や、細々とした臓器に筋肉組織、骨などもきれいに回収されていく。
しかし、かなりの部位が灰になってしまったようで、〔復元〕した姿は『子供サムカ』であった。ついでにボロボロになった中古の衣服やマントも〔修復〕するが、大人のサイズなのでブカブカだ。
仕方なく、もう一度右手を振ってサイズを子供向けに縮小して調整する。なお、ちょっと首の座りが悪かったのか、軍手をした右手を首筋に当てて、首の骨を叩いて微調整した。
「まったく……私が反撃しないから、調子に乗ってくれる。ハグに契約内容を一考するように提言する必要があるな、これは」
土煙が薄まっていく運動場には、両拳が爆発で吹き飛んで、両腕が複雑骨折して肩も脱臼しているエルフ先生が、右膝を立ててうずくまっていた。その右足も足首から先が爆発して消失している。
痛覚は精神の精霊魔法で緩和しているようで、苦悶の表情はしておらず、なおもサムカを仕留める気満々だ。
子供サムカが山吹色の瞳をジト目にして、エルフ先生に告げた。生意気な小学生が、中学生女子に説教しているようにも見える。
「魔法場の相性が最悪なのだから、直接殴ったり蹴ったりすれば爆発してそうなるのは分かっているはずだと思っていたのだが。やはり、〔呪い〕の影響か。困ったものだ」
その〔呪い〕を設定したのはサムカ本人なのだが。
エルフ先生が急速に体の欠損部分の〔再生〕と、複雑骨折などの負傷を自動〔治療〕していく。それを見守っていた子供サムカだったが、軽く1つため息をつく。
「やはり、気絶させないと、いつまでも攻撃を続けるようだな。仕方あるまい」
律儀に軍手まで元に〔修復〕した左手を、まだ地面にうずくまっているエルフ先生に向ける。
それだけで、エルフ先生が展開している全ての〔防御障壁〕が破壊された。同時に各種の支援魔法も、機能不全を起こして停止する。バランス保持の支援魔法も効果を失ったようで、あっけなく地面に転がって倒れるエルフ先生。
サムカが「ヒュン」と高速移動して、エルフ先生の額に軍手をした左手を当てた。同時に爆発が起こり、子供サムカとエルフ先生が互いに逆方向へ3メートル吹き飛ばされる。
左の軍手を再び〔修復〕しながら起き上がったサムカが、軽く頭を振る。
「うむむ……体が小さいと、魔力も不安定になるな。〔忘却〕魔法の加減が難しい」
エルフ先生は地面に倒れたまま動かなくなっていた。魔法場の動きと、負傷の〔治療〕が自動で続行されているのを座って確認したサムカが、ほっと安堵する。死んではいないようだ。
「さて、後は、この〔呪い〕の影響が消えるのを待つだけだな。やれやれ……」
そのまま、大の字に「パタリ」と横になる子供サムカ。
「久しぶりに、ここまで追い詰められたな。もう1発、〔逆エネルギードレイン〕魔法を食らっていたら、危なかった。ステワよりも強いな、クーナ先生」
森の上空からサムカとエルフ先生の対決を見守っていたペルとミンタが、ほっと一息ついて体を離した。対決中に負傷者を救出すべく、ペルが小狐型のシャドウ『綿毛ちゃん2号改』を飛ばしている。
結局、救助できたのはサムカに手足を拘束されたままのラワット先生だけだったが。〔拘束〕の術式はペルも何とか〔解読〕できたので、今のラワット先生は〔拘束〕から解放されていた。
空中に浮かびながらあぐらをかいて、パイプをふかしている。
「済まないね、ミンタさんとペルさん。僕の魔力は先程の攻防で全て使い果たしていて、空になっているんだよ。しばらくの間、君たちの魔力に頼るからよろしく。ああ……タバコがうまい」
タバコの煙は、基本的には全ての獣人族や原獣人族が嫌う。森が火事になっているのを連想してしまうようで、ミンタとペルも揃って顔をしかめている。
運動場では戦闘が終わって静かになり、土煙もゆっくりと薄くなってきていた。
運動場に丸まってうつ伏せになって倒れているエルフ先生と、その10メートル横で大の字で仰向けに倒れている子供サムカを改めてじっと見て、問題なさそうだと確認する。
ミンタがまだ尻尾の毛を逆立てながら、隣のペルにささやく。声がまだ少し震えている。
「死ななくて良かった。でも、あんな凶暴なカカクトゥア先生は、初めて見たわ。あれも〔呪い〕の影響なのかしら」
子供サムカが意外にも可愛い姿だったのか、ペルは少しリラックスしている表情だ。ミンタの感想に首を傾けて考える。
「私も〔呪い〕を見たのは、これが初めてだから……どうなのかなあ。よく分からないよ。でも、〔呪い〕は怖いってことだけは、よく分かった」
その点には、ミンタも異論ないらしい。視線を変えて運動場のあちこちを観察する。
「私もかなり魔力を消費しているから、〔探知〕魔法も単純なものしか今は使えない。それでも、運動場で生き残ったのはラヤン先輩だけのようね。さすがはティンギ先生のお気に入り。〔悪運〕だけは本当に強いのね」
確かに、運動場で動いているのはラヤンだけだった。首が何回転もしてしまい、雑巾を絞ったような首になっているが……法術のおかげで死んではいないようだ。徐々に首の雑巾絞りが緩んでいる。同時に尻尾や手足の欠損部も〔再生〕が始まっている。放置しても、そのうちに自力で回復して立ち上がるだろう。
ミンタが運動場に散乱している石を見て理解した。
「あの石は、〔石化〕魔法ね。なるほど、〔治療〕する前の保存目的か。あ。『タグ付け』もちゃんとやってるのね」
ペルもタグ情報を読み取ったようだ。石のいくつかを見下ろして落胆している。尻尾と両耳が力を失って垂れるので分かりやすい。
「あー……レブン君とムンキン君のだ。2人とも死んじゃったんだね。ジャディ君のタグが見当たらないんだけど、何かあったのかな。あの爆発で生きているとは思えないし」
ミンタはジャディの生死に余り関心はない様子である。金色の毛が交じる尻尾を、数回左右に振っただけだ。
「バカ鳥は、しぶといから何とかなるわよ。何たってリーパットが元気なくらいなんだしっ」
ミンタの視線の先をペルも追うと、運動場の隅に生徒たちの一団が生き残っていた。人数は20人ほどで、法術専門クラスのスンティカン級長が統率している。
その中にリーパットと二2人の側近がいて、顔を真っ青にして座り込んでいた。腰が抜けているようだ。
ペルもリーパットの無事を見て、「うん」とうなずいただけだ。
少しして、テント村の中から歓声が上がってきた。そういえば、これほどの暴風と爆発が起きていたのに、テント村の被害はそれほど大きくない。小型の生徒用のテントを中心に、全体の半数となる20張余りのテントが破壊されただけだった。
「ハグさんとサムカ熊先生がテント村の守備をしていたんだっけ。凄いなあ」
ペルが思い出して素直に感心している横で、ミンタが両耳をパタパタさせた。
「他にも、幻導術と招造術、それに占道術と魔法工学の先生と生徒たちも、総出で守ってくれたみたいね。やるじゃないの、見直したわ」
テントから次々にその専門クラスの先生と生徒たちが、雄叫びやら歓声やら上げて運動場に飛び出してきている。その中には、校長先生の姿もあった。
その姿を遠くから見て、両耳を伏せて顔を見合わせるミンタとペルだ。
「シーカ校長先生、物凄く怒ってるね。ミンタちゃん」
「まあ、当然よね。この場面で怒らなかったら、職務怠慢だわ」




