89話
【リーパット吼える】
爆炎が収まって、土埃も晴れてきた。その様子を楽しそうに眺めながら、合体墓が答える。
「そりゃあ、私たちはこの世界の創造主ですからね。少々の因果律崩壊でしたら、創造者特権でどうとでもできますよ」
「うわ、酷いな……」とジト目になっているサムカ。ハグ人形に至っては、ふて寝をし始める始末だ。
そんな会話を交わしている間に、運動場の土埃も落ち着いてきた。まだ視界は良くないが、それでも何とか爆心地の様子が目視できる。ミンタが多重〔防御障壁〕を展開して立っているのが見えた。少し呆れた表情になっている。
隣にはペルの姿も見えるのだが、影の薄さのせいか目立たない。地面にはムンキンとラヤン、それにレブンとリーパット主従が伏せていた。
敵が術式の切り替えを始めたようで、それを〔察知〕したペルがミンタたちに知らせている。
その合間を使って、合体墓が感心した様子でミンタを称賛した。重金属人形と100個ほどの小型浮遊砲台の位置を微調整させている。
「さすがですね。この出力の〔レーザー〕攻撃であれば、もう数名ほど黒焦げにできると期待していたのですが。良質な戦闘記録が取れていますよ。その多重〔防御障壁〕は、光と闇の精霊魔法による複合〔防御障壁〕ですかね。〔光線〕攻撃に対しては、有効な手法です」
ミンタがペルに小声で何かささやく。ペルが黒毛交じりの両耳を数回パタパタさせてうなずいた。そのささやきを続けながら、同時に合体墓に向けて話しかける。ソーサラー魔術の代理口、〔唱える者共〕という、発声追加魔術だ。
以前に狼バンパイアが使用したタイプは、頭が体から生じて、それが術式を唱えていた。しかし今のミンタはそのプロセスを飛ばして、発声の『結果』だけを具現化している。なので、ミンタの体から余計な頭や口は湧き出ていない。
ちなみに今のミンタたちには、口に出して術式を詠唱する必要はない。無詠唱術式の手法を基本採用している。
「あら、お褒めいただき感謝しますわ。ですけど、多重〔防御障壁〕だけでは完全には防御できなかったのよね。6人の犠牲のおかげよ」
そう言えば、ラヤンを警護していたニクマティ級長と5人の精霊魔法専門クラス生徒の姿が見当たらない。代わりにミンタたちの多重〔防御障壁〕の外に、水たまり跡が6つ残っていた。地面が高熱で焼けてガラス状になって溶けているのだが、何とか水たまりの跡を認識できる。
その跡を見たラヤンが、両目を閉じて黙祷を捧げる。
「……後で必ず〔復活〕させてあげるわね」
マライタ先生が腕組みをして唸っている。
「そうか。多重〔防御障壁〕の外に、あの6人が飛び出て最外殻の〔防御障壁〕を作ったのか。で、その〔防御障壁〕ごと焼かれて泥水にされたと」
そのマライタ先生が、多重〔防御障壁〕の中のミンタに目で合図を送った。察知したミンタがジト目気味で不敵な笑みを浮かべる。
「遅いわよ、まったくもう」
続いてペルがミンタの制服の袖を引っ張った。彼女の薄墨色の瞳が白っぽく輝いている。
「ミ、ミンタちゃん。次の攻撃が来るよ」
ミンタがニヤリと微笑む。
「残念。私たちの方が早かったわねっ」
リーパットが突如起き上がって吼えた。そのまま雄叫びを上げつつ多重〔防御障壁〕から外へ駆けだしていく。発狂状態で、視線が全く定まっていない。
「うおおおおおおお、おおおおおおおおおお? おおおおおおっ」
「リ、リーパットさまあああっ!? ど、どうしたんですかあ!?」
パランが慌てて起き上がり、主人のリーパットを追いかけようとするが、体が硬直して再び地面に転んでしまった。
「な、なななな!? 何が?」
パニック気味になって地面を這いながらもがくパランに、ミンタがニヤニヤした笑みを投げかけた。それで全てを理解するパランである。
「ミ、ミンタ・ロコおおおおっ! 貴様あっ、リーパットさまに〔精神錯乱〕の魔法をかけたなああっ」
ミンタがそんな抗議を全く無視して、代わりにジト目になっているペルにウインクする。
「使える駒は使わないとね」
発狂リーパットが、ろれつの回らない口調で何事かを喚き続けながら、拳銃型の魔法具を取り出した。それを構えて、半透明の重金属人形に向けて全弾発射する。
当然ながら、本体の重金属人形には当たらずに素通りして行くのだが……何と、1発だけ命中した。風系統の魔弾だったようで、小さな旋風が発生して……そして消えた。残念ながら、敵への被害は与えられなかったようだ。
それでも、驚いている合体墓である。
「何と。当たってしまうとは」
多重〔防御障壁〕の中で伏せているラヤンが目を細めて、尻尾で1回だけ地面を叩いた。
「〔運〕を、あのバカ狐に付与したのよ。12発中、たった1発だったけど、当たったわね」
ミンタが背をラヤンに向けたままで告げる。
「それで充分よ」
まだなおも発狂して、走り回りながら喚き散らしているリーパットに、重金属人形と100ほどの小型浮遊砲台が、一斉に照準を〔ロックオン〕した。その次の瞬間。リーパットがまばゆい閃光に包まれて火だるまになる。
しかし、爆発したのは全ての小型浮遊砲台と本体の重金属人形だった。
高熱で溶けて運動場に落ちる小型砲台と本体の重金属人形。かなりの質量のようで、《ズシン》という地響きがサムカたち先生が見物している場所まで響いてきた。
ティンギ先生がニヤニヤ顔で、右手のパイプ先を再び花壇の枠石に「コンコン」叩く。タバコの燃えカスが運動場にポトと落ちて、そのまま地面に飲みこまれて消えた。
「〔テレポート〕魔法だね。撃ち込まれたレーザー光線を、正確に180度逆に送り返したってわけか。撃ち込まれる目標が事前に分かっていないと、こんな芸当は無理だが。やるねえ」
しかし、その『撃ち込まれる目標』に強引にされたリーパットは、真っ黒に焦げていた。燃えて炭化した木が倒れるように、≪バタリ≫と運動場に頭から崩れ落ちる。衝撃で、炭や灰、ガラスの破片が空中に舞い上がった。
ラヤンがジト目になって炭の塊を見つめる。
「……まだ生きてるわね。しぶといな。〔レーザー光線〕は送り返しても、熱までは無理よね。見事な蒸し焼きだこと」
パランがほとんど発狂状態になって地面で喚きながらもがき始めたので、ムンキンが彼の頭を尻尾で≪バシバシ≫叩いた。
「ぐぎゃ」
たまらず気絶して、泡を吹いているパランをジト目で見下ろして、視線をミンタに戻す。
「さて、反撃だな」
100ほどもあった小型浮遊砲台群は、全て破壊されてドロドロに溶けた金属になっていた。しかし、本体の重金属人形はさすがに魔力が大きいのか、体の〔修復〕を始めながら起き上がってくる。
その様子を興味深く見つめながら、合体墓が腕組みをして感心した。
「重装甲〔オプション玉〕を100個も一度に無力化ですか。やりますね。ですが、本体は無力化できなかったようですよ」
あっという間に完全〔修復〕を果たした重金属人形が、すうっと再び運動場から浮き上がった。合体墓がミンタたちに告げる。
「これまでに使用された魔法は、全て〔解読〕済みですよ。この重金属人形にどう対処しますか?」
不意に多重〔防御障壁〕が全て解除され、ミンタとペルが大きく深呼吸した。その横でレブンが簡易杖を合体墓に向けている。
「もう終わりましたよ」
重金属人形がゆっくりと空中で回転して、合体墓の方に顔を向けた。
「ほう……」
合体墓が楽しげに微笑んで、レブンを称賛する。ゴマ塩頭の髪の先がホワホワ揺れ動いていて、緊張感がまるでない。
「隙を突かれてしまいましたね。重金属人形からの距離の差をこうして利用するとは。距離が近い分だけ、レブン君の命令が私よりも先に、重金属人形へ届くということですか。そう言えば、同じ光速通信でしたね。私が重金属人形をいったん初期化して、再起動させると予想していましたか。なるほど、なるほど」
サムカも微笑んで何か言おうとしたが、その前に重金属人形の全力攻撃が始まってしまった。爆音と閃光と砂塵が再び盛大に発生して、人形と合体墓を包み込んでいく。
またもや視認できない状況になり、コメントをするのを止めてマライタ先生とティンギ先生を保護している〔防御障壁〕を微調整する。
全高数メートルにも達する巨大な重金属人形が万歳をして、両手を高く上に伸ばした。両足も大きく開いて四股立ちのような格好になる。
その鎧のようなプレートで隙間なく覆われたボディからは、300本もの細いトゲが突き出てきた。そして、そのトゲの先から、赤や青や白色の〔ビーム光線〕や〔レーザー光線〕が、豪雨のように合体墓に向けて放たれた。
それと同時並行して重金属人形の前方に、背丈ほどの直径の魔法陣が発生していく。
レブンがミンタたちに重金属人形から距離を置くように告げて、自身も10メートルほど距離をとって後退する。同時に、手元の〔空中ディスプレー〕画面を操作した。
「全魔力解放っ」
その掛け声と共に、重金属人形が一際派手に輝いた。魔法陣から直径3メートルものレーザー光線が撃ち放たれる。
人形の周囲の空気が高熱でプラズマ化し、膨大な輻射熱が運動場に撒き散らされる。人形周辺のガラス状に固まっていた運動場の地面が、またもや真っ赤に溶けて溶岩状になった。爆風と衝撃波も容赦なく発生して、運動場を駆け回り、学校敷地を包み込む〔結界〕が大きく波打つ。
マライタ先生が残念そうにため息をついて、サムカ製の〔防御障壁〕の中から指摘した。赤いクシャクシャヒゲを右手でいじって、スパゲティをすくうように指に絡めている。
「……エネルギーの指向性が、全然なっておらんな。一方向にきちんと収束させていないから、せっかくの熱エネルギーが散逸しているじゃないか」
サムカが頬を緩めて同意する。爆風で飛ばされて運動場を転がっていく、リーパット炭を目で追いながら。
「まあ、慣れてくれば、もっとマシになるだろう」
パランが必死の形相で、ミンタが張っていた彼専用の〔防御障壁〕の中から飛び出した。〔防御障壁〕がこの爆発で機能不全に陥っていたので、パランの体当たりで完全に破壊されて消滅する。
ミンタがジト目になって、パランを見送る。
今は魔力の余裕がないので、各自で自身を守る〔防御障壁〕を展開している。ミンタとムンキンは光の〔防御障壁〕、レブンとペルは闇の〔防御障壁〕、ラヤンは法術の〔防御障壁〕だ。パランは魔力が低いので、ミンタが代わりに〔防御障壁〕をかけて保護していたのだが……余計なお世話だったようだ。
まだ爆風が吹き荒れて地面が溶けているので、早歩き程度の速度で〔飛行〕しながら、爆風に流されながらも主人の元に駆けつけるパランである。
「リーパットさまああっ」
リーパットは炭状になっていて、足先や狐尾の半分ほどが欠けて無くなっていたが……まだ生きているようだ。真っ赤に溶けた溶岩状の地面に燃えながら沈み始めていたが、それをパランが素手で抱き上げて空中にすくい上げた。
パランの両手が制服ごと燃え始めたので、赤や青の炎を噴き出して燃えているリーパット炭も含めて、空気〔遮断〕と〔冷却〕魔法の2つを使って必死で消火冷却する。しかし、パランの魔力量はかなり弱いので、思うようにいかない。
パランが絶叫してミンタたちを非難する。
「貴様ら、リーパットさまを見殺しにする気かああっ」
ラヤンがジト目になって軽く首を振りながら、簡易杖を彼女の〔防御障壁〕の中で振った。
「まったく……余計な法力を使わせるんじゃないわよ」
ペルも魔力支援してくれたおかげで、何とか鎮火するリーパット主従であった。
そのまま空中に浮かびながら、パランがリーパットから預かっていた、法術が封じられている〔結界ビン〕を解放する。
リーパットの炭化した体が法術によって〔治療〕されていく。内臓組織が応急的に修復されたのか、「ゴホゴホ」と咳き込みながら呼吸を再開し、リーパットの意識が回復した。
ここで法術の効果が切れた。空になった〔結界ビン〕を、まだ赤く光るガラス状の地面に投げ捨てて、パランが安堵した表情になる。
「申し訳ありません、リーパットさま。いただいた法術ビンを使い切ってしまいました」
リーパットが体をパランの腕の中で動かして顔をしかめた。かなりの激痛のようだ。まだまだ全身の筋肉や皮膚が炭化しているままなので、瀕死の重傷のままだ。顔も炭化していて、毛皮も両目も両耳も全て焼け落ちている。
舌も炭化しているので、声にならない音しか出せないことに気がついたリーパットが〔念話〕に切り替えた。
(主の命令を無視するな、バカもの。後で折檻をしてやるから覚悟しておけ)
恭しく頭を下げるパランである。
「は。リーパットさま」
完全に2人の世界になっているので、ミンタがジト目になって簡易杖を軽く振った。
リーパット主従が吹っ飛ばされて、地面が溶けていない運動場の隅に落ちた。そのまま呻いて動かなくなる。激痛で気絶したようだ。
「フン。邪魔だから、そこで寝ていなさい」
それを近くで見ていたペルが、半分呆れた様子で微笑んでいる。
まだ重金属人形が合体墓に対して猛攻撃を続行中なので、爆風と衝撃波に真っ赤に溶けた溶岩の雨が吹き荒れている。その全てを〔防御障壁〕で防御しているペルやミンタたちだ。
「もう、ミンタちゃんってば。あのままじゃ、しばらくするとショック死すると思うけど、それまでにテストを終わらせようね」
ミンタが手元に時刻表示を出して確認する。あと5分だ。
「墓さん、そろそろ終わりにしませんか?」
火球の中に合体墓がいるので、〔念話〕で答えが返ってきた。
(もう少し続けましょう)
同時に全高数メートルの巨大な重金属人形が蒸発して消滅した。攻撃も当然ながら尽きて、静寂が戻ってくる。火球も消えて、その中から全く無傷の合体墓が姿を現した。用務員服には焦げ一つついていない。
一息ついて、軽く肩を回した合体墓が微笑んだ。
「良い攻撃でした。戦闘記録としても良質な物が手に入りましたよ」
ムンキンが光の精霊魔法の〔防御障壁〕の中で、ジト目になって毒づく。今は空中に浮かんでいるので、尻尾で地面を叩くことはできないようだ。
「ち。やっぱり無傷かよ」
服とサンダルに少量付着した土汚れを、合体墓が軽く両手で叩いて落とす。
「そうでもないですよ。初撃は受けてしまいました。数発ほど〔レーザー光線〕を食らってしまいましたよ。もう〔修復〕しましたが。しかし、重金属人形には〔ロックオン阻害〕の工夫をしたのですが、こういう対処方法があるとは想像していませんでした」
〔ロックオン〕は、標的に対して魔法でタグ付けして自動追尾する魔法だ。しかし、ゴースト化して通常の物質ではなくなった標的に対しては機能しない。
そのために、対ゴースト用には、死霊術場を探知して〔ロックオン〕する魔法が使われる。しかし、今回はゴースト化しつつも死霊術場の放出をしない工夫を合体墓がしていた。そのために、2種類の〔ロックオン〕魔法が全て無効化されていたのだった。
ミンタがドヤ顔で、金色の毛が交じる尻尾をゆったりと振った。彼女も今は、自身の〔防御障壁〕の中にいて空中に浮かんでいる。
「でも、攻撃で出した〔光線〕まではゴースト化できないわよね。逆探知で敵の位置が特定できるのよ」
そして、マライタ先生をチラリと見た。
「マライタ先生が極小の空気分子型の〔テレポート〕魔術刻印を大量に、この運動場に撒き散らしていた、というのが種明かしよ。位置が特定できたら、あとはこの魔術刻印を使って反撃するだけ、っていう事ね」
マライタ先生は特にコメントせずに、太いゲジゲジ眉を意味深に上下に動かしているだけだ。結構、上機嫌のようである。
そのような会話をしている間に、レブンが自身の闇の精霊魔法の〔防御障壁〕の中で、簡易杖を振り下ろした。運動場を包み込む〔結界〕の中に溜まっていた大量の魔法場汚染が、一斉に合体墓の立つ場所へ集まって濃縮して渦になっていく。
合体墓が周辺に数個の光る〔オプション玉〕を発生させたのを見て、魚みたいになっている口元を引き締めた。
「やはり、まだテストを続けるのですね。了解です」
ここで全員が一斉に簡易杖を放棄して、ダイヤ単結晶が目立つ強化杖を〔結界ビン〕の中から取り出して構えた。既に魔法の術式が起動していて、ダイヤ単結晶が青紫色の強い光を放ち始めている。ダイヤ周辺の杖部分では、酸化亜鉛による青い光が灯り始めている。
ミンタが先陣を切った。この独特の魔法場を、合体墓は先程経験している。木星の風の妖精の魔法場だ。
「食らいなさい!」
視界が利かなくなりそうな程の高濃度で、合体墓の立つ場所に集合していた魔法場汚染の雑多な魔法場が、ミンタの魔法で一斉に活性化した。魔法場汚染に対する〔エネルギードレイン〕魔法だ。
これまでの戦闘で撒き散らされた魔法場汚染の量は、膨大な量に達している。
活性化されたそれに、ラヤンが〔防御障壁〕の中から強化杖の先を向けた。
「点火っ」
渾身の法術が叩きつけられて、活性化した魔法場汚染エネルギーが暴走して大爆発を引き起こした。法術特有の清浄な光を放つ光球に合体墓が飲みこまれる。
魔法場汚染から〔エネルギードレイン〕魔法で引き出した魔法場エネルギーは、非常に低質で不安定なものだ。死霊術場が主成分のこの魔法場に、真っ向から対立する法術をぶつけると、術式が暴走して爆発を引き起こす。
同時に運動場の魔法場汚染が〔浄化〕されるので、空気も清浄化されていく。溶岩化している運動場も急速に冷えて、濁ったガラス状の地面になっていった。
それでも通常の魔法攻撃では効果があまり期待できないのは、先程の重金属人形による合体墓への全力攻撃でも明らかである。
しかし、今回は地球外の魔法場による攻撃だった。『未知の魔法は、防ぐことが困難』という原理は、合体墓にも有効だった。
光球が消えた後。そこに立っていたのは、半身を消滅した合体墓の姿だった。ガニ股の両足は無事なので倒れてはいないが、腰から上が縦に真っ二つにされていた。右半身が見事に消滅している。しかし、ゾンビであるせいで血液は噴き出していない。
ミンタたちがガッツポーズをとって歓声を上げた。
合体墓の頭も半分ほど消滅していたのだが、瞬時に〔修復〕された。
「おお……ここまでの被害が出るとは。嬉しい情報ですね。感謝しま……」
合体墓が礼を述べている最中だったが、容赦なく次のムンキン、レブン合同魔法が襲い掛かった。今度は死霊術版の〔エネルギードレイン〕魔法だ。魔法場汚染に対してではなく、合体墓の本体に攻撃する。
〔防御障壁〕が何枚かあったが、全てを破壊して合体墓の体に魔法が命中した。
「がくん……」と力が抜けたように、背中を丸めて膝を折る合体墓。その体が今度は大量の空気を体内に取り込んだ……と見えた瞬間、凍結して爆発した。
サムカと頭の上で観戦しているハグ人形が、揃って身を乗り出して注目する。
敵ゾンビの体内の空気や水分を凍結させてから、一気に気化して爆発させる『氷爆弾』だ。
更に氷の精霊魔法がレブンから放たれて、合体墓を動かしている術式の速度が落ちた。合体墓に導入されている思念体が、体と不具合を起こして遊離しかけている。黒い霧のような思念体の一部が、合体墓の崩れた体から、はみ出るように姿を見せた。
ペルが自身を守っている闇の精霊魔法の〔防御障壁〕を全て停止させて丸腰になり、全魔力を強化杖に投入した。ダイヤ結晶が青く光り、杖にかなりの負荷がかかって火花が散る。
しかし、ペルはそんな事に一切構わずに、杖の先を合体墓からはみ出た思念体に向けて〔ロックオン〕し、〔暗黒物質破壊〕魔法を放った。かなりの魔力消費を強制するのだが、無詠唱で一気に術式を起動させている。
「うげ……」
何とも情けない悲鳴を出して、あっけなく思念体が〔消滅〕した。ただの死体になった合体墓の体が、「ボトリ……」と鈍い音を立てて、まだ熱いガラスの地面に倒れる。
さすがに冷えて溶岩状態ではなくなっていたので燃えないが、もうピクリとも動かない。
ペルがほっとした表情を浮かべたが、すぐに苦悶の表情に変わった。
弱々しく呻きながら、強化杖を持っている右腕を抱きかかえて座り込む。過負荷でヒビだらけになった強化杖も、焼けた地面に転がっていった。
ミンタとムンキン、レブンも気絶して、空中から焼けた地面に墜落した。
【テストが終わって】
ラヤンが墜落組を無視して、急いでペルの元に駆け寄る。強化杖をかざすが、もう完全に法力切れのようで何も起きなかった。
ため息をついてから、今度はポケットから〔結界ビン〕を取り出して、ふたを開けて法力の補給をする。
「……麻痺が残らないように応急措置だけをするわね。まったく、無茶にも程があるわよ、ペル」
「えへへ……」と、力なく微笑むペルのフワフワな狐頭を「ポンポン」叩いてから、続いて炭化したままのリーパット主従の元へ走る。その走る間に、再びポケットから〔結界ビン〕を取り出して自身の法力の補給を済ました。10秒ほど走って到着して、強化杖を患者たちにかざして〔診断〕を開始する。
パランが施した法術が効いているようで、リーパットの症状は全身やけどで収まっているようだ。皮膚は見事に炭化しているので見た目は酷いままだが。
パランも両腕と両膝下が炭化して、残りは大やけど状態だが生きている。しかし、2人ともに激痛が全身を走り回っているようで、苦悶の声すら出せずに細かく痙攣している状態だ。
ラヤンが感心した様子で毒づく。
「……本当にしぶといわね。特にリーパット君はね。やっぱりドラゴンに乗っ取られた影響がまだ残っているのかしら。ドラゴンに感謝しておきなさいよ、アンタの命の恩人なんだから」
意識が回復しているようで、動けないまま体を何とかよじってラヤンに抗議しようとするリーパットだ。パランは力尽きて完全に気絶してしまった。(確かに、全身が炭化しているリーパットには、ドラゴンの恩恵が何かあるのかもしれないな……)と思うラヤンである。
〔診断〕と応急措置の〔治療〕を終えて、腕組みをして首をひねる。
「……残念だけど、今の私ではこれ以上の〔治療〕は無理ね。法力がもう無いのよ。このまま死んで〔蘇生〕するのを希望する? それとも死にたくない? その場合、法力サーバーが再稼働するまで苦しむ事になるけれど。どちらかを選びなさい」
リーパットが何か唸りながら身をよじる。舌も声帯も炭化しているので、〔念話〕をしようとしているようだが果たせない。もう彼の魔力も底をついているようだ。
ラヤンが紺色の目を閉じてうなずき、一回だけ≪バシン≫とガラス状の地面を叩いた。
「じゃ、私に一任するってことで。そうね、実はちょっと試してみたい魔法があったのよね。ちょうどいい機会だから使ってあげるわ」
唸りが一層激しくなって、必死でラヤンの手からヘビのように這って逃げ出そうとするリーパットを、赤橙色の尻尾で叩くラヤンである。激痛が走ったのか、痙攣して動かなくなったリーパットに強化杖の先を向けた。
「〔石化〕して現状保存してあげるわね。法力サーバーが復旧したら〔石化〕を解いて、ちゃんと〔治療〕してあげる。それまでの間、石になって寝ていなさい。手下のパラン君も一緒に石にするから、夢の中で一緒に遊んでいると良いわよ」
まるで苦悶する悪鬼のような恨みがましい形相で、石人形になったリーパット。その隣で〔石化〕処理されたパランは、仏像のように穏やかな表情である。
その対比を見比べてから、ラヤンが地面に倒れて呻いているミンタとムンキン、レブンに視線を移した。
「アナタたちも同様よ。もう法力が尽きたから、自力で回復なさい」
「え~……」と、レブンがマグロ頭になりながら、魚の口をパクパクさせている。ミンタとムンキンは予想していたようで、普通にふて腐れて横になっている。特に何も反論してこない。この少し慣れた辺り、金星での実習授業が効いているのだろうか。
合体墓が倒されたおかげで、学校敷地を覆っていた巨大なドーム状の〔結界〕が霧散して消滅していく。冬の日差しが直接運動場に差すようになってきた。大きく深呼吸するラヤンである。
「私がゲームの勝者ね」
ラヤンが周囲をぐるりと見回した。先程の魔法場汚染の法力爆発による〔浄化〕で、死霊術場や残留思念は消えていたのだが……再び湧き出てきている。
湧き出てくる場所は、運動場の隅や、寄宿舎跡地、教員宿舎跡地、それに軍警察の施設跡地に集中しているようだ。ガラス状になっている運動場からは出てこない。
「まあ、あの爆発1回だけじゃ完全には〔浄化〕できないか」
湧き出してきた残留思念や死霊術場は運動場に集まらず、周辺の森の中へ逃げ出していく動きを見せている。
サムカがハグ人形を頭の上に乗せたまま、ラヤンの立つ場所まで歩いてやって来た。まだ地面が焼けたままなのだが、靴底に〔凍結〕魔術か何かを施しているのだろう。
「ご苦労だったな。よい実習になって何よりだよ」
ラヤンがジト目になって、これ見よがしに大きなため息を1つつく。
「本当に、アンデッドって度し難いわね」
さらに文句を言いたそうなラヤンだったが、緊急事態なので真面目な表情に戻った。
「大量の残留思念と死霊術場が森の中へ逃げ始めているわ。運動場は私が法術爆発をしてしまったから、〔浄化〕されて清浄地になっているみたいね。何とかして下さい、テシュブ先生。今まで傍観しかしていなかったから、魔力は充分に残っているはずよね」
半分脅すような口調のラヤンである。頭の上のハグ人形が実に愉快そうに口をパクパクさせながら、錆色の短髪の中でバタ足している。
「これは困ったな、サムカちん。お前さんが授業をさぼっていたことがばれてしまったぞ」
サムカが口元を緩めながら、無言で軽く頭を振って回した。「おっとっと」とサムカの髪の毛につかまって、振り飛ばされないようにしがみつくハグ人形。
落ちないので軽く肩をすくめたサムカが、ラヤンに山吹色の瞳を向ける。
「そうだな。では、後始末は私が引き受けよう。ラヤンさんは、生徒たちを涼しい木陰にでも連れていってくれ」
ガラス化した運動場に寝そべっている生徒たちとラヤンから離れたサムカが、思い直して、生徒たちと先生2人に残留思念避けの簡単な魔法をかけた。
先生方は別だが、生徒たちは全員が疲労困ぱい状態だ。うっかり残留思念が体に憑りついてしまう恐れがある。
しかし、ラヤンは全身を《ビクッ》と震わせて、尻尾を硬直させた。すぐにサムカを睨みつける。
「ちょっと! 余計な魔法をかけないでよねっ。私は法術使いなんだから、アンデッドが使う魔法との相性が最悪なのよっ」
「すまんすまん」と、素直に謝ったサムカが、ラヤン向けの魔法を解除する。まあ、これだけ元気が残っていれば、何も支障ないだろう。白い事務用の手袋をした左手を頭上に掲げる。
「集合」
その一言で、森へ逃げ込んでいく虹色の風船のような残留思念群がクルリと方向転換した。さらに、それに沿って細い糸のように見えている死霊術場も併せて、一斉にサムカに向けて吹き寄せられるように集まっていく。
黒い雲状態にはなっていないのだが、それでも不気味な雰囲気を帯びている。次第に風を巻いての旋風に変わっていく。
レブンとペルだけが目をキラキラさせて見つめているが、他の生徒たち3人は、ゴミを見るような怪訝な表情になっている。まあ、生きている者としては正常な反応である。
特にラヤンとミンタにとっては、死臭がきつくなってくるのが不快なようだ。もちろん、実際は周辺に死体などがないので死臭はしていないのだが、そのような感覚になっている。
サムカの錆色の短髪の上で偉そうにふんぞり返っているハグ人形が、足元のサムカに何か話しかけた。サムカが鷹揚にうなずく。
「……そうだな。せっかくだから運動場の〔修復〕もしておくか」
サムカがそう言うと、たちまちガラス化している運動場が元の土状態に戻っていく。
数秒間ほどで、運動場がすっかり元に〔修復〕された。穴や爆発跡のクレーターも全て消えている。
一方で、レブンが紙製の〔式神〕に両足をつかまれて、土に戻った運動場を引きずられていた。花壇の跡まで運ぶようだ。もちろん、ラヤンが〔結界ビン〕から取り出した〔式神〕だ。他の生徒たちも同じように引きずられている。
とにかく、サムカから距離を置くことだけを命令されている〔式神〕のようである。容赦なく運動場をうつ伏せのままで引きずられて、すっかり土まみれになっているレブンたちであった。地面がガラス状態のままであれば、引きずられて大ケガを負っていただろう。それ以前に、全員の制服は、既にボロクズ状態になっていたが。
レブンが土まみれになりながらも何か気づいたようだ。ボロボロの魔法の手袋をした両手で「ポン」と叩く。
「そうか。ウィザード魔法の死霊術を基礎にしていた魔法だったから、〔ログ〕が残るんだ。こんな〔回復〕魔法があるんですね、テシュブ先生……いたた、ガラスが刺さるよ、ラヤン先輩っ」
容赦なくズルズルと引きずられながら、レブンが強化杖を取り出して術式をいくつか走らせた。しかし、何も起きない。ガックリして、強化杖を再び〔結界ビン〕の中へ収納する。
「……建物の〔液化〕は戻せないようだね、残念」
〔式神〕に引きずられていくレブンに、サムカが顔を向ける。左手上空の旋風が次第に黒くなってきて、何か叫び始めた。稲光も旋風の内部で断続的に発生し始めている。その旋風の周囲の空間が、火花を放ち始めた。
「『水たまり』関連は、墓所に任せれば良いだろう。さて、そろそろ頃合いか。因果律崩壊が起き始めた」
サムカが無造作に左手を振り下ろして、黒い旋風を地面に倒れたままの合体墓の死体に強引に押し込んだ。先程の氷爆弾による爆発のせいで肺と腹が破裂していて、向こう側がよく見える死体なのだが……当たり前のように「ピョコン」と立ち上がった。
頭も脳が破裂しているので、頬骨より上は消滅している。目玉も吹き飛んで消失しているせいか、視力は全くなさそうだ。両耳も無い。
それでも、暗闇の中で何かを手探りで探すような仕草をしている。
喉は残っているので、声にならない竹筒を吹くような、茫洋とした音を断続的に上げていた。肺が全て消失しているので、かなり弱い音になっているが。
サムカが頭の上で今も偉そうに仁王立ちしているハグ人形に、処理を促す。
「では、後は頼む、ハグ」
「こころえたりい~」
ハグ人形が目の前のボロボロゾンビに向けて、ぬいぐるみの両手を突きだす。
ボロボロゾンビを糸で操るような動きをハグ人形が見せ、次にその糸を切る仕草をする。
すると、ボロボロゾンビの姿が消えた。足元の土が一緒に、直径2メートルほどのクレーター状にえぐられて〔消失〕する。サムカが最初期に〔召喚〕された際に起きたような、周辺の巻き込み現象だ。
その時の記憶を思い出して、思わず整った眉をひそめたサムカだったが……ハグ人形に一応確認をとる。
「魔法場汚染と共に、死体に残留思念と死霊術場をまとめて突っ込んだが……とりあえずは、これで良いかね?」
ハグ人形が両手で顔を伸ばして、ドヤ顔を作って見せる。
「良いぞ。穴だらけゾンビは先程、因果律崩壊を起こした。もうこの世界には残っておらぬよ。まあ、〔ロスト〕魔法や歴史〔改変〕までの因果律崩壊じゃないから、記憶は残るがね」
そう答えてから、ハグ人形がサムカの頭の上で「ピョンピョン」と跳び回り始めた。
サムカももう一度、森を含めた周辺の魔法場の状況を確認する。特に異変は起きていないようだ。学校敷地をすっぽりと包んでいた巨大な〔結界〕も、その上空に浮かんでいた巨大な水玉も消えている。
森から吹いてくる冬の乾いた風も、普通の生命の精霊場を帯びたものになっていた。逃げ去っていた原獣人族や、獣に鳥の気配は戻っていないが、これも明日には元通りになるだろう。既に虫やミミズなどは、活動を再開しているようだ。
レブンたちがようやく運動場と森の境界まで避難を終えて、木陰で一息ついている様子も確認するサムカ。山吹色の瞳を細める。アンデッドは暑さ寒さに鈍感なので、こういった木陰の有難さも今ひとつ理解できていないのだが……生徒たちの安堵した表情で察している。
そして、森の中にやや厳しい視線を向けた。
何と、『消滅』したばかりの合体墓がにこやかに微笑みながら立っていた。
そのまま散歩でもするかのように、テクテクと運動場に歩み出てくる。いきなり直射日光に当たったので、少しまぶしそうな様子だが……元気だ。
ラヤンがパニック気味になって、倒れ伏せている仲間たちを守ろうとワタワタと両手と尻尾を無意味に振り回している。レブンはさすがにもうマグロ頭になっていて、うんざりしたような表情になっている。
ペルとミンタもパニックに陥っている。声も出せない疲労の中で地面を這いながら、両手両足と尻尾でパタパタ踊りを始めている。ムンキンは悟ったような半眼になってしまっていた。ピクリとも動かない。
そんな生徒たちの反応を見たサムカが、軽くため息をついて合体墓を出迎える。
「そんなにアッサリと再登場しては、生徒たちに申し訳ないだろう。もう少し、配慮しても良かったのではないかね?」
作業服のズボンポケットの中から、合体墓がヤシの葉製の大きな日よけ帽を取り出す。ソレを、より一層ゴマ塩のように見える白髪頭にヒョイと乗せた。
やはり、腹が垂れてガニ股の、冴えない中年オヤジの姿である。作業服も全く同じで、ゴム底サンダルも同じ。ただ、洗濯したばかりという印象で、小ざっぱりしている。
「称賛は適したタイミングで行うべきですからね。いやあ、実にお見事。お見事でしたね。このゲームに完敗するとは予想もしていませんでしたよ」
そう言って合体墓が、拍手を運動場と森との境の木陰で休んでいるラヤンたち生徒に送った。距離が離れているので、1人の中年オヤジの拍手の音が届いているかどうかは、はなはだ疑問だが。
拍手を数秒間ほどしてから、合体墓が手元に時刻表示を出して、やや芝居がかった仕草で驚いた。
「おや。私としたことが、予定の時間を超過してしまいました。核ミサイルは4発、既に到着していますね。これは失敗、失敗」
ギクリとなるマライタ先生。サムカとハグ人形、それにティンギ先生は特に反応がない。
生徒たちは、それどころではない様子だ。ミンタたちがぐったりとして仰向けになって木陰で寝ている。ほとんど気絶寸前の状態である。その横では、法力が完全に切れたラヤンがサトイモ科の森の草の葉を引っこ抜いてきて、それで顔を扇いで休憩している。
リーパット主従の石像は、運動場に置き去りにされていた。重くて、紙の〔式神〕では運べなかったのだろう。
サムカが筋雲がいくつか走っている冬空を見上げて、キョロキョロした。すぐに見つけたようだ。
「ああ、あれか。確かに4発来ているな。直線距離で50キロというところか。空中で止まっている様子から見て、起爆直前に『時間停止』したのかね?」
マライタ先生が『時間停止』と聞いて、急に興味津々の表情に切り替わった。黒褐色の大きな瞳がキラキラ輝いて、顔の中央で存在感を大いに主張している鼻が、さらに膨らんでいく。
「それは貴重な魔法だなっ。いったい、どのような術式なんだね?」
ティンギ先生がパイプから紫煙を吹き出す。そして、マライタ先生の筋肉隆々とした、たくましい肩に片手を乗せた。
「いや、そういう類の魔法じゃないな、あれは。本当に時間停止なんかしたら、それだけで因果律が崩壊してしまうよ」
素直にうなずく合体墓である。
「あれは、あの空間を〔無限ループ〕にしているだけですよ。止まらずに飛行していますが、見た目はああして動いていないように見えるだけです。墓所の罠の仕掛けでも、今回から採用しています」
ハグ人形がサムカの頭の上で、あぐらをかいて口をパクパクさせてきた。
「それでも物理化学法則に反することには変わりないがね。あまり長時間ループさせ続けると、いずれ因果律崩壊を引き起こすだろうな」
合体墓もその点については同意している。微笑みながら片手を振って、やや大きめの〔空中ディスプレー〕画面を発生させた。何とか、森の木陰の中のラヤンたちにも見えるくらいの画面サイズだ。
そのディスプレー画面に、帝国沿岸部の地図が表示された。何かの〔探査〕魔法が動いているようで、見慣れない古代語の術式や、表示が泡のように次々に浮かんでは消えていく。
「ドラゴンが使っていた〔探査〕魔法を細工してみました。ああ、居ました居ました。この大ダコ君に罪を『なすりつけて』しまいましょう」
すかさずレブンが手を上げて質問してきた。かなり離れているので、〔念話〕になっている。
(待って下さい。この場所って、チューバ先輩の故郷の街ではないですか? それに、『なすりつける』って、まさかっ……)
ここでレブンの魔力が底をついた。〔念話〕が途切れる。
合体墓がつぶやき声くらいの小さく素っ気ない念話で答える。
(今回のテストの主犯は、大ダコ君ですからね。私じゃありません。核ミサイルの飛行中に大ダコ君の潜伏先が分かったので、目標が自動で変更されて、こちらへこなくなった……と、作戦ログを〔修正〕すれば良いだけの簡単な話ですよ)
レブンが必死で何か叫びながら、疲れ果てて動けない体を動かして地面を這っている。ペルとミンタ、ムンキンも事態を察して、同じように喚きながら地面を這い始めた。
ラヤンだけは座ってサトイモ科の葉で顔を扇いで寛いでいたが、彼女も立ち上がり、ひと際強く《バシン》と地面を尻尾で叩いた。彼女はまだ魔力が残っているようで、〔指向性の会話〕魔法を使って抗議する。
「チューバ元先輩の故郷は、もう既に廃墟なのよ。これ以上破壊すると、本当に何も残らなくなってしまうんですけど。そんな非人道的な攻撃は即刻中止しなさい、このアンデッド」
キョトンとした表情の合体墓に、サムカが軽いジト目を向ける。
「……生者の思考方法と感情や価値観を、まだ勉強していないようだな。赤点評価になるぞ。ゲームが終了した以上、我が教え子に危害を加える行為は見逃すことができぬのだが。どうするかね?」
サムカの錆色の短髪が森からの風にそよいで、ハグ人形がそれに合わせて宙返りをした。
「ワシとしても、召喚ナイフの契約者を守らねばならぬ。まあ、皆でまとめて〔ロスト〕されても、ワシが〔復活〕させてやるから安心しろ。ワシが保存している生体情報がちょいと古いが、気にするな」
にわかに面白そうな事態になってきたので、ワクワクして黒い青墨色の目を輝かせるティンギ先生である。パイプなんか吸っている場合じゃないとばかりに、〔結界ビン〕の中に火が付いたままのパイプを押し込んだ。
「お? リッチーの本気が見られそうだなっ。がんばれリッチー、まけるなリッチー」
マライタ先生も手元の〔空中ディスプレー〕画面に、何か打ち込んでいる。何か複雑なプログラムが、怒涛のような勢いで流れている。
その画面から顔を上げて、ブラインドタッチで打ち込みつつ不敵な笑みを浮かべた。ヒゲもじゃの樽に丸太のような手足が生えているような無骨な造形のドワーフなので、この精密作業には、かなりの違和感が付きまとっているが。
「ワシもできる限りの悪あがきをしてみよう。今日起きた事は、全て記録してある。異世界全てに同時配信することも容易だぞ。ワシらが消えてもな」
合体墓が大きなため息を1つついて、肩を大げさな身振りですくめて見せた。次いで両手を肩まで上げて降参のポーズをとる。
「……そこまでされては仕方がありませんね。分かりました。その、チューバ君とやらの故郷は攻撃しませんよ。死んでしまって、この世界に肉体も残留思念も残っていない相手に『ここまで』配慮するというのは、なかなかに興味深いことです。ゴーストですら残留思念は残っていますからねえ」
(前にも似たようなセリフを聞いたなあ……)と、内心で苦笑しているサムカだ。まあ、アンデッドには、こういった記憶や思い出を偶像視する習慣はない。1回や2回では理解できないのも当然だろう。
上空を見上げると、50キロ先の上空で〔無限ループ〕中だった、4発のミサイルが〔転移〕されて消えた。その場に留まっていた時間は数分間ほどだったので、特に空間に異変は出ていない様子だ。
ほっと安堵するサムカである。
パリーの気配が消えたせいで、小さい『化け狐』が数匹ほど森の上空を旋回し始めていたが、彼らにも〔察知〕されなかったようだ。森にもし火災などの危害が加えられていたら、パリーが〔復活〕した際に大暴れすることは容易に想像できる。今はまだ土中で泥水をやっているが。
合体墓が運動場の上空に移動させた〔空中ディスプレー〕画面には、広大な海面が映し出されていた。
見た事がない不思議な文字による表示だ。これが古代語と言う文字なのだろう。もちろん、ここにいる全員が読めない文字である。
地図表示も併せて表示されていて、それによるとチューバの故郷の町の海上だった。そして、ここには大ダコが潜んでいる事が、先行調査で明らかにされている。
映像は海面から上空1キロの空中からのようで、海中で4つの高熱源反応が表示された。海面が一気に真っ白に沸騰して、間もなく画面全体が真っ白になった。撮影をしている上空まで、核爆発による水蒸気のキノコ雲が到達したようだ。
それを察してか、大ダコが深海深くへ潜って逃げていく様子が、地図上に記号で追跡表示されている。
やがて、合体墓の〔探査〕魔法の範囲外に出てしまったようで、大ダコの位置を表示する記号が消えた。
ここで、ようやく古代語からウィザード語への自動翻訳が終了し、皆が画面情報を理解できるようになった。
肝心の大ダコは逃げうせて、核ミサイルは炸裂した後であったが、それを注意深く這ったまま見上げているレブン。その彼が首をかしげた。体力と魔力が少しだけ回復したのだろう、再び〔念話〕が使えるようになっている。
(あの……大ダコの魔法場ですが、水の精霊場がかなり強化されていませんか?)
レブンの指摘に、ようやく他の生徒や先生たちも気がついた。確かに一桁ほど魔力が増大している。魔力は、元となる魔法原子のエネルギー準位に対応する。実際には階段状に増減するものだ。坂道のようなスロープではない。その階段のステップが1段増えている。
ムンキンがレブンと同じように地面に這ったままで、濃藍色の目をキラリと光らせる。彼もまた〔念話〕を再開できるようになってきていた。
(そりゃ、あれだけの津波魔法を使えればな。精霊か妖精と契約でも結んだんじゃないのか?)
それについては即座に否定するミンタである。彼女はようやく四つん這いになりかけている段階だ。
(その可能性は低いと思うわよ。ウィザード語で契約魔法陣を描かないといけないし、あの手足ではそれが描けないと思うけどな。他に考えられるのは、木星の風の妖精がしたように、他の妖精を食べて吸収してしまうことだけど……そんなことがタコにできるとは思えないわね)
ハグ人形がツッコミを入れてきた。かなり上機嫌のようだ。
(できるぞ。既に大地の妖精や、精霊どもが分離した怒りや興奮成分を取り込んでおるだろ。大地の精霊魔法の特性は〔吸収〕だ。それに水は、大地の影響を受ける側の力関係だぞ)
「はっ」としているミンタたちに向けられていた、ぬいぐるみの顔を器用にひねって、合体墓に向けた。
「現場に大地の精霊関連物があるかどうか、調べてくれ。何かあるはずだ」
思わず首をかしげる合体墓だったが、すぐに従った。数秒後に探査結果がウィザード語で表示される。
「うわ……まじかよ」とジト目になっている生徒たちと、新たな騒動の予感で目がキラキラしている先生たちだ。合体墓が、〔解析〕結果を改めて口で告げる。
「ありましたね。大地の怒りや興奮成分が濃縮されている岩石群が、チューバ君の街の外縁部にありました。これを『釣り餌』にして、海の妖精や精霊を呼び寄せて食べていた……ということですかね」
ミンタがやっとまともな四つん這いになって、一息つく。他のペルとレブン、ムンキンの3人は、まだ地面を這っているままだ。
ラヤンが葉の団扇でミンタに風を送る。それに一応礼を述べたミンタが自身の制服を見て、顔をしかめた。
「うわ……制服が土まみれのボロクズじゃないの。ヒゲにも付いちゃってるし、まったくもう」
ひとしきり文句を言ったミンタが、顔を上げて少しドヤ顔になる。
「精霊は消化できるけど、妖精は無理よ。いつまでも体内に残り続けるわ。そんな代物を大量に飲みこんだら、すぐに暴走して死んでしまうと思うけど。どんなに頑張っても、最終的には〔妖精化〕してしまうでしょ」
レブンがミンタの意見に概ね同意しながら、チューバの故郷の廃墟がマッピングされている地図を見上げた。崩壊した建物の大まかな状態が簡易表示で表示されている。これ以上の攻撃を受けたら、間違いなく跡形も残らない更地になってしまうだろう。
「そういう事も承知の上で暴れているような気がする。大ダコの行動が『復讐や敵討ち』とか、そういったパターンに近い。真偽は分からないけど、死霊術で言うところの『死んだ直後』の強烈な残留思念を大量に食べてしまったのかもね」
死霊術についてはミンタやムンキン、それにラヤンにとっては分からない事が多いので、レブンの感想に特に反論してこなかった。ペルがいつも以上に存在感を薄くさせて、黙り込んで地面にうつ伏せになったまま動かないのも、ミンタたちを静かにさせる効果につながったようだ。
しかし。そのような空気を全く読まずに、合体墓が嬉しそうな声で告げた。
「あ。いましたよ。海の妖精が怒りの岩に半身を〔吸収〕されて、ワタワタもがいていますね。コイツですね、大ダコ君の魔力源は」
画面が切り替わった。そこには、記号で表示された点が大きな岩にくっついて、ピクピク動いている。その情報がウィザード語で一斉に〔解析〕表示されていく。
それを流し見したミンタが、ジト目になってため息をついた。
「……大当たりのようね。海の妖精が大ダコに捕まって、魔力源にされていたのか。どれだけトロ臭いのよ、このバカ妖精」
ムンキンがジト目になりながら、柿色の尻尾で軽く地面を叩く。徐々に体力が回復してきているようだ。
「妖精は、基本的にどいつもこいつもバカだろ。パリー先生を見てみろよ」
その通りなので、「ぷっ」と吹き出す生徒たち。ミンタが、すっかり機嫌を直した声で合体墓に命令する。
「じゃあ、その岩を破壊しなさい。体半分も残っていれば、すぐに完全〔回復〕するでしょ。ゾンビの大群が『この妖精のせい』で動いているんだから、情状酌量の余地はないわね。どうせ不死なんだし、派手に岩ごと破壊すればいいわ」
サムカが腕組みして、少しの間考えていたが……ミンタの案に賛成する。
「その方が良いだろうな。海の妖精のご機嫌取りは、後できちんと行えば問題なかろう。だが一応、岩を破壊する前に、その妖精に一言断っておいた方が良いだろうな」
ティンギ先生だけが、つまらなそうな表情になった。〔結界ビン〕に収めたばかりの火のついたパイプを、いそいそと再び取り出す。
「……いいんじゃないかな。好きにすればいいよ。お腹が減ってきたから、さっさと終わらせてくれると非常に嬉しいな」
ほぼ全会一致の判断に達したので、意外そうな表情で驚いている合体墓である。
「ほう。これもまた面白いですね。これだけ背景や立場が異なる人ばかりなのに、1つの意見に収束するなんて。墓所の住人は均一化されていて、個人と集団との区別があまりありません。実に興味深いですね」
……などと論説でも始めそうな雰囲気になったので、サムカが本題に入るように一言促した。合体墓がゴマ塩頭をかいて、愛想笑いを浮かべる。
「ああ、そうでした。では、ご要望の通りに、あの感情成分を含んだ岩群を〔消去〕しましょう」
と、言い終わるや否や、画面上の岩を示す記号が全て消えた。
「元の場所へ〔送還〕しました。地球のマントル層辺りですか。すぐに大深度地下の精霊たちに食べられて取り込まれるでしょう。さて、一方の海の妖精ですが……」
画面上に一点の記号が表示されていて、その魔力情報が〔解析〕されて順次表示されていく。チューバの町から逃げているようだが、かなり魔力が奪われているのか非常に遅くてフラフラしている。
「不死ですから、まあ、放置で構わないでしょう。テシュブ先生の言う通りに、救出前に一言伝えて恩を売っておきましたよ。後で景品か何かと交換してもらえるでしょう」
サムカが合体墓から伝書鳩ならぬ伝書紙飛行機で、海の妖精からのメッセージを受け取り、目を通す。
「……私への罵詈雑言が書き連ねてあるが。私名義で恩を売ったのか。まあ、好意的に解釈するとしよう。妖精がアンデッドに助けられたとあっては、妖精社会でバカにされかねないだろうしな。公にはできないことは理解できる」
マライタ先生がニヤニヤしながらサムカに告げた。
「だな。っていうか、テシュブ先生の名義じゃなくて、レブン君とかの生徒名義で良かっただろ。彼は一応、海の妖精の庇護下にある魚族の一員だからな」
そう言われて、ジト目になるサムカであった。
「そうだな。その方が角が立たぬな。うむむ、前もって言っておいてくれよ、マライタ先生」
マライタ先生が下駄のような白い歯を見せて笑う。
「そりゃあ済まないな。本国との通信回線が完全に遮断されててな、うかつな事は言えなかったんだよ。すまんすまん」
その割には、結構言いたい放題やりたい放題だったような気がするが……指摘はしないサムカである。それよりも、「ばーかばーか」と、サムカの頭の上でポンポン跳びはねて喜んでいる、ハグ人形の対処の方が優先だ。
とりあえず捕まえて、〔闇玉〕を10個ほど撃って〔消去〕する。「おうふ……」と最期のセリフを吐いて静かになったので、その間に話を進めることにした。
「では、墓用務員よ。ゲームが終わったので、約束通りに〔液化〕した者たちを元に〔復元〕してほしい。私の〔召喚〕時間も、そろそろ終わる頃だからね、戻る前に確認しておきたい」
そして、運動場の一角に放置されている石像2つと、その向こうの森との境界辺りの木陰で倒れ伏している、彼の教え子たちに視線を向けた。
「地下のサーバーは、外部との通信が回復したから間もなく復旧するだろう。もう少しの間、そこで休憩していなさい」
墓用務員が、元の2人に分裂した。しかし、どちらも今や瓜二つの姿なので、双子のようにしか見えないが。その双子が一斉に同じ話をし始めたので、妙な共鳴現象が声に生じている。
「「了解しました。〔液化〕の〔復元〕は、地下のサーバーが復旧する前に済ませた方が良さそうですね。泥水のままですと異物判定されて、復旧したシステムが生徒たちを攻撃してしまうでしょうし。それと、ついでに帝都の連中を脅して黙らせておきましょうか。性懲りもなく、また核ミサイルなどを撃ち込まれては面倒です」」
素直に同意するサムカたち3人の先生。彼らには何の決定権もないのだが、そこは気にしていない様子である。
「パパラパー。ハグさまのご帰還だあい」
上空でラッパの音がし、ハグ人形が完全〔復元〕して、サムカの錆色の頭の上に降り立った。その場ジャンプしてサムカの頭を両足で踏んづけながら、文句を垂れ流し始める。
サムカが無視して話を進める。
「墓用務員。具体的には、どうするつもりかね? あまり過激な対応をしてもらうと、私やハグの仕事に支障が出る恐れがある」
墓が墓次郎に地下階へ向かうように指示をして、サムカに振り向いた。すっかり、用務員の顔である。
「そうですね。タカパ帝国は森の妖精に畏敬の念を抱いていますので、それを利用しましょうか。パリー先生に似た『森の妖精もどき』を、大量に帝都へ送りつけてデモ行進でもさせましょう」
ちょっと考えて、話を続ける。
「デモ行進の期間は1週間ほど確保しておけば充分ですね。核攻撃に妖精が怒っていると宣伝しておけば、効果的な脅しになるはずです」
「ふむふむ……」とうなずくサムカに、墓用務員が軽くゴマ塩頭をかいた。
「本当は大ダコ君のような海の妖精や精霊をデモ隊に使いたいところですが、帝都は陸上ですからね。長時間のデモ行進は難しいでしょう。森には今回、大した被害は出ていませんからね。デモの主張や効果も自然と弱くなります」
ハグ人形がサムカの頭の上で跳びはねるのを止めて、墓用務員に顔を向けて口をパクパクさせた。
「ワシとしては、タカパ帝国上層部の魔法反対派どもが、デモ行進で少し大人しくなればそれで充分だよ。この学校への安易な攻撃を、連中が控える気になれば上々だ。それでもワシの商売を邪魔するならば、適当な〔呪い〕をかけてやれば、それで済むだろ」
墓用務員がポケットからどこかの鍵束を取り出して、ジャラジャラと音を立てた。
「私の墓所としては、タカパ帝国の政治的な動きは、実はどうでも良いのですがね。安眠できればそれで構いません。さて。テシュブ先生が帰宅なされる前に、泥水を元に戻しましょうかね」
普通の土に〔復元〕されていた運動場から、次々に生徒や先生たち、校長を含めた事務職員たちに軍と警察部隊の全員が湧き出してきた。見事に全員が土まみれだ。悪夢からたった今、目覚めたようなパニック気味の挙動をしている。ちなみに、衣服の〔修復〕はされなかった。
顔にも大量の土がこびり付いているので、目を押さえて転げ回っている者もかなり多い。そんな復活者たちに水の精霊魔法を手当たり次第にかけて、強制的に土汚れを洗浄してあげる墓用務員である。
レブンがようやく四つん這いになって起き上がり、悲鳴と怒号が錯綜している運動場に簡易杖を向けた。
「……ええと、うん。〔液化〕した人たちは、全員が無事に〔復活〕しているね。良かった」
隣で同じように四つん這いになって見ているムンキンが、糸のような眼になりながら弱々しく尻尾で地面を1回だけ叩く。
「その代わり、泥まみれにされてるけどな。最後まで生き残って良かったぜ、まったく」
およそ600名ほどの復活者たちは容赦のない洗浄攻撃の直撃を受け続けていて、泥だらけになっていた。運動場も泥の池みたいになっていく。
次第に、誰が誰だか判別不可能になっていく600人の泥パックを見つめながら、墓用務員がゴマ塩頭をかいた。
「あれ? 反対に汚れてしまいましたか。難しいですね。まあ、後は各自で体を洗ってもらいましょう。それと、〔復活〕時に多少のエラーが出ている者がいますね。記憶障害や遺伝子障害、それに腸内や皮膚の細菌叢不一致などが起きています。まあ、これも法術や生命の精霊魔法などで〔修正〕しておいて下さい」
丸投げである。
ラヤンがサトイモ科の葉の団扇を破り捨てて立ち上がった。まだフラフラしているが、全身を覆っている赤橙色で金属光沢を放つ細かいウロコが見事に逆立っている。
ボロボロな制服の下のウロコも逆立っているのだろう、土まみれの制服が変な形に盛り上がっている。尻尾の先がピクピクしているので、かなり怒っているようだ。
「ア、アナタね……! 法術クラスに丸投げするんじゃないわよっ」
何か法術を撃ち放とうとして、簡易杖を墓用務員に何度か向けたが……何も起きなかった。ガックリして、再び地面に座るラヤン。
「……私の法力が空で良かったわね、このアンデッド用務員」
そして、素早く気持ちを切り替えた。表情から険しさが消えて仏頂面になって、泥々になりつつある運動場の群衆にジト目を向ける。
「法力サーバーの再稼働まで我慢しなさい。数分間もすれば、法術が使えるようになるはずよ」




