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88話

【軽金属人形】

 合体墓は微笑みながら攻撃命令も出さずに、戦闘状況を観察していた。あくまでもテストの一環なのだろう。


 ミンタたちはそんな事を無視して、早速、軽金属人形に集中攻撃を開始している。今回は金属製の敵なので、〔火炎放射〕や、レーザーやビームといった〔熱線〕、関節部分の〔腐食〕を狙った水系統の魔法だ。

 さらに今回の敵は重量も増えているので、足元の地面を〔流砂化〕する大地系の魔法、そして敵の組成が金属なので〔電撃〕も使用している。風系統は金属相手ではあまり効果的ではないので、補助魔法の1つとしてしか使っていない。敵は棒立ちのまま止まっているので、当たり放題だ。


 ペルも風と闇の精霊魔法の混合攻撃魔法をしていたが、すぐにミンタに止められた。

「え? どうして? ミンタちゃん」

 不思議そうに首をかしげるペルに、ミンタが顔を近づけてささやく。

「ムンキン君の予想が当たるかもしれないのよ。それに残念だけど、今のペルちゃんの魔法は、闇の精霊魔法と死霊術以外は通用しないわよ。無駄に魔力を浪費してしまうだけ。それよりも、攻撃魔法は使わないで、〔防御障壁〕維持の補助とか、術式の〔解読〕に注力してちょうだい。レブン君と協力して、〔索敵〕と術式の〔解読〕に専念してくれるほうが役に立つわ」

 それでもまだ不満そうなペルだったが、ミンタに重ねてお願いされて渋々了解した。

「……分かったよ。ミンタちゃんが、そこまで言うなら従う」


 ミンタがウインクして前衛に復帰していく。

「約束よ。魔力は出来る限り温存しておいてね。お待たせ、ムンキン君。ぶっ放すわよっ」


 ラヤンとレブンも近くにいて、先程までのやり取りを見ていたのだが……彼らもミンタの意図がよく理解できていない様子だ。作戦通りに、前衛のムンキンとミンタへの補助魔法や体力の〔回復〕法術などを次々にかけながら、首をかしげている。


 ラヤンを直衛しているニクマティと5人の精霊魔法専門クラス生徒たちも、同じように思っている表情だ。ニクマティ級長が首をかしげる。

「まあ、魔力を温存できる者がいれば、それはそれで助かるけれどな……何か作戦があるのか?」

 ラヤンも首をかしげているばかりだ。

「私もよく分からないけれど、魔力を温存している味方がいれば、かなり心理的に楽になるのは確かね」


 ラヤンの感想に、ニクマティ級長も半分程度の同意を示した。レブンも一応同意する。

「そうですね。敵が僕たちの魔力残量を読み間違えてくれると、一矢報いることができるかもしれません」

 そして、まだ不満そうな顔をしているペルに、深緑色の視線を送った。

「とりあえず今は、ミンタさんの作戦に従うことにしようよ、ペルさん。僕の死霊術やペルさんの闇の精霊魔法を、ミンタさんやムンキン君が使っている光の精霊魔法の隣で使うと、魔法場〔干渉〕が起きて爆発を起こしたりする恐れもあるわけだからね。今は日中で、太陽光もこの通りよく差し込んでいるから、光の精霊魔法を使うのは理に適っているよ。僕たちが頑張ってしまうと、暗くなってしまうしね」


 確かにその通りなので、その理屈で納得するペルである。敵の術式〔解読〕と自陣の〔防御障壁〕の強化、それに敵による〔解読阻止〕のためにダミー工作などをしなくてはいけないので、それだけでもかなり忙しい。

「……そうだよね。今はミンタちゃんとムンキン君の魔法攻撃が、より効果的になるように支援した方が良いよね。わかった、頑張る」


 一方の合体墓は、軽金属人形が次々に熱で溶けたり、消滅していくのを楽しげに眺めている。

 ペルが指摘した通り、蜂の巣構造の体なので、熱が内部まで一気に伝わりやすい。スポンジが火に当たって溶けて縮まっていくように、熱で溶けると体積が小さくなって、こぶし大の金属塊になっていく。


 そんな金属塊が数十個も出来た頃、ようやくのんびりした口調で合体墓が口を開いた。

「では、カウントダウンを始めましょうか。10、9、……」

 その時。地下階段から、血相を変えて怒り狂った形相の先生たちが〔飛行〕魔術で運動場へ飛び出してきた。法術のマルマー先生も含めて、ウィザード先生たちがこれで全員そろった事になる。


 まず最初に力場術のタンカップ先生が、体中の筋肉を膨らませて怒鳴った。怒りで顔を赤黒くして目を大きく見開いている。合体墓と、なぜかサムカに向かって威嚇している。

「貴様らああああっ! 魔力サーバーが停止してしまったではないかあああっ! 許さ……」

「ゼロ」

 150体前後まで数を削られた軽金属型人形が、万歳のように両手を高く上に掲げて、つま先立ちになった。


 次の瞬間。軽金属製のボディに無数に開いている穴から、全方位〔レーザー〕が発射された。味方の軽金属人形には当たらないように、〔レーザー光線〕が曲がっているのでソーサラー魔術の系統だろう。


 一瞬で火だるまになって、次の瞬間〔液化〕するウィザード先生とマルマー先生たち。驚愕した表情のままで、何が自身の身に起きているのか理解できていないようだ。2秒もかからずに消し炭になり……

「ベチャ……」と運動場に落ちて水たまりになった。


 その姿を地面に伏せながら見たラヤンが、ジト目になっている。

「……情報〔共有〕してたのに。見てなかったのね」

 竜族のスンティカン級長も回避に成功していて、地面に伏せたままで渋い柿色の尻尾を振って健在を知らせている。


 地面に伏せて敵の〔レーザー〕攻撃の初撃を回避した、法術専門クラスの生き残り20名ほどに向けて、ラヤンが共有回線で宣言する。

「マルマー先生が退場したので、スンティカン級長の指揮に従います」

 他の法術専門クラス生徒も、すぐに共有回線でラヤンと同じ宣言をした。すぐにスンティカン級長が尻尾を振って受諾する。

「了解。今後は俺が指揮を執るよ。せっかくマルマー先生に指揮権を返して、ほっとしていたのに……まあ、いいか。法力サーバーの停止を確認。10名を他魔法場から法力へ〔変換〕する作業班に命ずる。残りは10名の防御担当に命ずる。ラヤンさんだけは、遊撃としてミンタさんの指揮に従うように。すぐに、組み分け表を配布する、以上」


 合体墓は軽金属人形による攻撃を一時中断して、にこやかな笑みを浮かべている。

 それをスンティカン級長が地面に伏せながら確認して、共有回線で他の生徒たち全員に別のメッセージを一斉送信した。

「法力サーバーの停止を確認した。今は死者の〔蘇生〕〔復活〕は行わない。重傷者の〔治療〕も行わない。アンデッド〔浄化〕も現状では無理だ。軽傷者のみの法術〔治療〕のみになる。以上」


 生徒たちは先生たちが〔液化〕して土中へ退場したのを目撃していたのだが、特に動揺は見られない。

 ニクマティ級長が率いる精霊魔法専門クラスの生徒6人が、精神の精霊魔法を使ってパニック防止に努めているおかげもあるだろう。皆、冷静に地面に伏せて、〔レーザー光線〕が飛んでくる方向に土の防壁を作っていたおかげで、初撃の被害者は数人で済んでいた。


「しかし、これで力場術の生徒は全滅か。ちょっとキツイな」

 ムンキンが早速、初撃の魔法場を〔側溝攻撃〕で〔解読〕して、術式を洗い出した。すぐに共有回線でその情報を流す。これで次からは、かなり無効化できるはずだ。



 〔レーザー〕攻撃にはそれなりの魔力を消耗するようで、一時停止していた軽金属人形群だったが……ムンキンがグチをこぼした数秒後には完全回復した。「ガチャン、ガチャン」と派手な金属音を鳴らしながら、かなり早い速度で突進して襲い掛かってくる。


 ムンキンが不敵な笑みを浮かべて簡易杖の先を向ける。

「バカめ。さっき〔ロックオン〕できた事を知らないな。その程度のステルス装備なんか、今はもう無意味だぜっ」

 ムンキンの簡易杖の先から、140本もの〔光線〕が放たれた。


 さすがに〔結界〕ドーム内が一瞬まばゆい光で包まれて、思わずサムカが〔防御障壁〕を追加で展開する。頭上で逆立ちして自転車漕ぎ運動をしているハグ人形が、うろたえているサムカを冷かした。

「まだまだ甘いな、サムカちん。この程度の光で狼狽するとは。アンデッドの風上にも置けないなあ」

 サムカが錆色の短髪をかいて呻く。

「そうだな。精進せねばならんな。さて……」


 視界が元に戻ってきた。運動場には、合体墓と、ミンタたち生徒の姿しか見当たらない。

「ほう……一撃で、あの金属アンデッドを消し去ったか。やるじゃないか」

 地面には、こぶし大の金属塊がゴロゴロと転がっている。素直に称賛するサムカである。


 隣でいつの間にか寛いでいるマライタ先生とティンギ先生も、サムカに賛同して拍手している。コントーニャも、シレッとティンギ先生の隣に座って観戦中だ。ニコニコしている。


 ドワーフのマライタ先生が、下駄のような白い歯を見せてご機嫌に笑う。

「ははは、これは面白いな。アンデッドのことはよく分からないが、アレは金属製のゴーレムだろ? あのサイズと数だと、市販の魔法具での殲滅は難しいな。上出来だ」

 その横では、パイプをふかしているティンギ先生がニヤニヤしている。

「ゴーレムとアンデッドは仕組みが違うよ。ゴーレムだったら、これで決着がついただろうがね。残念ながら相手はアンデッドだ」


 コントーニャが幻術を解除して、ティンギ先生にビスケットを何枚か手渡した。一応、本人たちに〔ステルス障壁〕をかけて、実体のない幻をその隣に『囮』として投影していたようだ。あまり効果はなかったようだが、気にしていないコントーニャである。

「本当ねー。アンデッドって厄介よねー」


 サムカも、ティンギ先生とコントーニャの指摘に同意している。

「そうだな。うむ、その通りだ」


 溶けて運動場に飛び散っていた軽金属人形の破片が1ヶ所に寄せ集まってきた。ちょうど合体墓とミンタたちの中間地点だ。

「再生させてたまるかよっ」

 ムンキンが叫んで、再び杖から100本以上の〔光線〕を撃ち込む。後方の各専門クラスの生徒たちの陣からも、呼応して一斉攻撃が再開された。

 しかし、それらの攻撃は、全て途中で打ち消されて消えてしまった。敵に届かない。


 ミンタは軽金属人形の後ろに突っ立っている合体墓に〔マジックミサイル〕を撃ち込んでいたが……全て軌道を強引に変えられてしまい、手前の軽金属人形に命中させられていた。

 直進する光の精霊魔法を使っても、同じく強引に曲げられてしまう。空間も歪められているようだ。


 その攻撃結果を見たペルが、顔を青くして共有回線に一斉送信した。

「攻撃中止してっ。術式が〔解読〕されている。魔法の無駄撃ちになるから、別の術式に切り替えてっ。敵の反撃が来るから〔防御障壁〕の出力最大!」


「ええ!? それ本当なの? この攻撃魔法ってまだ使ってない術式なのよっ」

 ミンタが驚いている様子を見て、合体墓が嬉しそうにうなずく。

「素早い判断、良いですね。ですが、少し気がつくのが遅れましたね。占道術ですか、なかなか面白い魔法ですね」


 攻撃が薄くなった瞬間。溶けた破片が再集合を果たし、1体の大きな軽金属人形になった。

 大きさはサムカよりも一回りほど大きめだが、今度は10本もの腕が生えている。それぞれの手には、刀剣や斧、手槍、鞭、ハンマー、トゲつき盾といった物々しい武器が握られていた。


 ペルが〔解析〕を続けながら、ミンタとムンキンに警告する。

「魔力量が、さっきの人形全部を上回っているよっ。組成はマグネシウムの合金。でも、不燃化処理されてる」

 それを聞いて、冷や汗を流すミンタとムンキン。

「やっぱり、冗談じゃねえな。エネルギー保存則はどうしたんだよ。それに『不燃化』処理って、何だよそれ」

 ムンキンが毒づく横で、ミンタが不敵な笑みを口元に浮かべる。

「生ゴミからゾンビを作るような敵に、常識が通じるものですか。敵が1体になったから、的が絞れて好都合よ」


 突然、爆音が轟いた。敵の10本腕人形が地面を蹴り、一気に音速を突破する速度に達して突撃してきた。

 ミンタたちが布陣している陣を、真正面から突破して突き抜けて行く。衝撃波が発生して、爆音と共にミンタたちを全員吹き飛ばした。


 そのまま10本腕人形は運動場の隅にまで走っていって、学校の敷地を包む〔結界〕に体当たりして止まった。〔結界〕表面にも巨大な波紋状の衝撃波が伝わって、大きく揺らいでいる。


 ムンキンが地面を転がりながら毒づく。制服はもう土まみれだ。

「ち! 今度は格闘戦かよっ」


 10本腕人形が体の向きをこちらに向けた。今度は地面ではなく〔結界〕を蹴って、こちらへ飛び掛かってくる。更なる衝撃波の波紋が〔結界〕面に刻みつけられて、全体が波のように揺らいだ。


 吹き飛んだ生徒たちの位置を、10本腕人形は全て把握できているようだ。運動場に転がっている生徒数名を、その10本腕で攻撃する。剣と槍にハンマーなどの直撃を受けた生徒たちが、瞬時に〔液化〕して地面に吸い込まれていった。


 まだ10秒も経過していないので、最初の衝撃波と爆風で吹き飛ばされた生徒たちが起き上がれずにいる。その生徒たちが数名、10本腕人形に踏み潰されて水たまりに変わった。

 その泥水を蹴散らした10本腕人形が、ジャンプしてさらに生徒たちを数名、切り刻んで〔液化〕していく。


 至近距離での超音速の機動格闘攻撃で、衝撃波の爆風によって大量の砂塵が舞い上がる。そのせいで、あっという間に視界が2メートル程度まで悪化してしまった。

 砂塵を切り裂くように10本腕人形が駆け回り、まだ対処できていない生徒たちを次々に斬り伏せ、叩き潰し、踏み潰して〔液化〕していく。


 パランが視界がほとんど利かない砂塵の中で、主人を呼んだ。

「リーパットさまっ! ご無事ですかっ?」

 そのパランの足がつかまれて地面に引き倒された。同時に、先程までパランの狐頭があった空間に槍先が突きだされる。

 間一髪で〔液化〕を回避できたパランに、リーパットが覆いかぶさる。足をつかんでパランを引き倒したのは主人のリーパットだった。

「バカか貴様。そんな大声を上げたら狙われるに決まっておるだろうがっ」


 制服がすっかりちぎれて全身の毛皮も土まみれのパランの手に、何か布のような感触がある。砂塵だらけでよく見えないのだが、どうやらパランとリーパットはマントか毛布のような物に包まれているようだ。

 リーパットがそれを察して、不敵な笑みをパランに見せる。かなり顔が近く、狐の鼻先が互いに触れてしまいそうだ。既に鼻先のヒゲ群どうしが交わっているので、くしゃみを必死で堪えるリーパット主従であった。

「我のとっておきの魔法具だ。魔法場ごと〔遮断〕できるステルス布だ。これで、敵に発見されることはあるま……おわっ」

 10本腕人形が走り抜けていった。危うく踏み潰されるところを、何とか地面を転がってかわす。


 冷や汗がボタボタ垂れるリーパットであるが、あくまでも気丈に振る舞っている。2メートル先にある運動場の隅の花壇の植え込みを、鼻先で指し示した。

「ここにいては危険だ。あの場所まで一時後退するぞ、パラン」


 リーパット主従がステルス布を被ったままで、足早に花壇へ向かう。その目の前で、また1人の生徒が斬り裂かれて真っ二つになり、そのまま2つの水玉に変化した。慌てて水しぶきを転がって回避する。

「触ったら問答無用で〔液化〕とか、酷いルールだ。まったく……」


 パランの無事を横目で見て確認したリーパットが、再び花壇へ向けてほとんど四足小走りで向かう。このあたりの敏捷性は、さすがに獣人の狐族だ。さらに数名の〔液化〕した生徒たちの水しぶきを回避して、無事に花壇の中へ飛び込んだ。

 リーパットがジト目になってグチをこぼす。

「たった2メートル動く間に、どれだけ殺されているんだ。ほとんど虐殺に近いようだな」


 ステルス布には10個以上の大穴が開いている。水しぶきが付いたのだろう。ステルス布が次第に〔液化〕し始めたので、運動場に投げ捨てる。

 10本腕人形が近くを爆走したので、衝撃波にステルス布が巻き込まれて、八つ裂き状にちぎれて水の玉になった。その爆音と衝撃波を辛うじて〔防御障壁〕で防御する主従である。


「くそ……もう手持ちの魔法具がないぞ。どうするか……」

 厳しい表情で思案するリーパット。パランが〔結界ビン〕を開けて中から拳銃型の魔法具を1つ取り出し、それをリーパットに手渡す。

「私の物で恐縮ですが、どうぞお使い下さい。12連射の魔法具です。弾は全て異なる術式ですので、敵人形の〔防御障壁〕に止められる恐れも少ないかと」


「うむ。用意が良いな。では、使うぞ」

 リーパットが遠慮なく拳銃型魔法具を受け取った。すぐに使用マニュアルが自動でリーパットに読み込まれる。

「よし。我でも使えるな。では、機会を待つとするか」


 少し何かを考えたリーパットが、ポケットから小さな〔結界ビン〕を1つ取り出した。それを無造作にパランに投げて渡す。

「〔治療〕法術を詰め込んだ〔結界ビン〕だ。貴様には、我の雄姿を見届けて父上に報告する義務がある。死ぬことは絶対に許さぬ」

 パランが目を据わらせてうなずく。

「はっ。御意のままに、リーパットさま」



 砂塵が運動場を覆い尽くして、視界が2メートルを切るような薄暗闇になっている。

 そんな様子を、路上大道芸の演劇でも見物しているような気楽さで見つめている合体墓である。〔防御障壁〕が展開されているようで、彼の周囲には土埃は及んでいない。

「先生方も、私と同じく観戦を決め込んでいますね。まあ、先生方相手のテストは先日済ませてありますし、別に放置しておいても構わないでしょう。さて……」


 土埃の中に誰がどこにいるのか、合体墓には分かるようだ。サムカとハグ人形、それにドワーフとティンギ先生は、同じ場所に座って見物していた。ちょうど、リーパット主従が隠れた花壇と、運動場を介して対角線上に位置する別の花壇に腰かけている。


 すっかり寛いでいる2人の小人先生に、サムカが山吹色の瞳を向けた。

「この濃い砂塵の中でも、見えるのかね?」


 また1人、生徒が真っ二つに斬られてそのまま〔液化〕し、こちらへ飛んできた。その水しぶきに向かって、マライタ先生が手袋をはめた右手をヒョイヒョイと上下に振る。

 それだけで、飛んでくる水しぶきの軌道が90度近い急角度で変えられて、真っ直ぐに運動場に落下した。そのまま地面に吸い込まれていくのを見ながら、太いゲジゲジ眉を大きく上下させる。

「魔法場は見えないけどな。だが、音波や電波、電磁波なんかで様子が分かるよ。そうだな、コウモリみたいな感じかな。さっきの重力操作も、魔法じゃないぞ。立派な科学だからな。器械とシステムさえあれば、テシュブ先生でも扱えるよ」


 感心しているサムカに、今度はティンギ先生がニヤニヤしながら告げた。彼は相変わらずパイプをふかしている。

「私の場合は、普通に〔予知〕かな」

 そう言って、1メートルほど横に移動する。その先程までティンギ先生が座っていた空間に、爆風で飛び散った土塊が数個、飛んで来てそのまま飛び去っていった。

「きゃん!」

 運悪くティンギ先生の隣に座っていたコントーニャが直撃を食らって、吹っ飛んでいった。砂塵がもうもうと立ち込めているので、すぐに姿が見えなくなる。


 ティンギ先生が「ふふ」と鼻で笑う。

「まだまだ甘いな。まあ、幻導術専門クラスの生徒じゃ、この程度が限界かね」

 そして、当たり前のように元の場所へ戻って座り直した。コントーニャを助けに向かう気はない様子だ。

「今回も魔神さまは、お喜びの様子でね。私としても嬉しい限りだよ。墓用務員さんには感謝したいくらいだな。ははは」


 これまた素直に納得しているサムカである。さすがに頭の上のハグ人形がツッコミを入れてきた。

「教え子たちが今、大変な目に遭っているというのに……オマエさんたちは薄情じゃな。たった今も、女子生徒が吹っ飛ばされたばかりだろ。助けに行かぬのかね、この薄情者どもが」


 それについては、顔を合わせて苦笑している3人であった。とりあえずサムカが弁解する。

「まあ、ただのゲームだからな。死んで『水たまり』になっても、後で回復される。実習授業の一環としては、むしろ歓迎したいくらいだ」


 ティンギ先生が再び紫煙を口から吐き出して同意する。小腹がすいてきたのか、ポケットの中をごそごそ探し始めている。先程、コントーニャが差し入れたビスケットを1枚取り出して、土埃を吹いて落とした。

「私も同意見だね。危険〔予知〕と危機回避を鍛える上で、かなり良い実習だよ、これは。死んでしまった生徒には、後で相応の追加課題を与えることにすればいいしね。泥水から〔復活〕した際に不具合が起きたら、その時に対処方法を考えればいいだろう。私から言わせれば、〔運〕が足りないせいだけどね」


 マライタ先生が大きな黒褐色の瞳をキラリと輝かせて、同じく大きな鼻を膨らませた。

「お。ようやく立て直すようだな。頑張れよ、ガキども」



 視界が2メートル以下にまで悪化した中で、ペルの声が共有回線を通じて生き残り生徒たちに伝わった。

「敵の座標追尾できたよっ」

 それを聞いたミンタの手元に、小さな〔空中ディスプレー〕画面が発生して、敵の現在座標が運動場マップ上に印された。

 音速の約3倍の速度で走り回っているので、位置座標を目で追う事すらかなり難しい。それでも不敵な笑みを口元に浮かべるミンタだ。


 10本腕人形の突撃攻撃を2回連続してヒラリとかわして、直後にやってくる衝撃波を〔防御障壁〕で受け流す。紺色のブレザー制服が、ほとんど全てボロ布状態に成り果てている。魔法の手袋も穴だらけになっていて、辛うじて簡易杖をつまんでいる状態だ。

「待ってたわペルちゃん、〔闇玉〕を放って敵を誘導してちょうだい。私の正面に向かって来るようにねっ」

 もう1回、敵の斬撃を回避して、ミンタが運動場マップ上に1本の線を引いてペルに知らせた。その線の終点にミンタが位置している。ミンタの他には、生徒は12人しか残っていない。


「分かった。ミンタちゃん!」

 ペルからの返信が来た瞬間。あれだけ濃かった砂塵が、一気に薄まった。というよりも、砂塵が〔消滅〕している。

 運動場をマッハ3で爆走する敵人形の姿がはっきりと分かる。

 次いで、敵人形の周囲に100単位の数の〔闇玉〕がズラリと並んだ。〔闇玉〕に触れた敵人形の腕が1本、見事に〔消去〕される。しかし、次の瞬間。失った腕が〔再生〕してしまった。

 ミンタがジト目になる。

「やっぱり、運動エネルギーがそのまま魔力源になっている行動術式よね。動きを止めないといくらでも〔再生〕してしまうのか。さて……と」


 ミンタの正面にまで、〔闇玉〕でできたトンネルができた。そのトンネルの出口に仁王立ちで待ち受けるミンタである。簡易杖の先にはすでに術式が起動していた。その杖の先をトンネルの出口に向ける。

「さあ、来なさい。デク人形」


 その次の瞬間。〔闇玉〕のトンネル天井をぶち破って、ジャンプした敵人形が姿を現した。2本の腕が〔消去〕されたが、すぐに〔再生〕した。その10本の腕の武器を振り回しながら、ミンタに襲い掛かってくる。


「バカね」

 爆発が起きて、衝撃波と共に土埃が再び立ち昇り、敵とミンタの姿が見えなくなった。〔闇玉〕のトンネルは、衝撃波で粉砕されて消滅していく。


 その土埃を突っ切って、ペルが全身の毛皮を緊張で逆立てて駆け寄ってきた。ペルも制服がズタボロ状態だ。魔法の手袋も左手が無くなっていて、狐の前足がそのまま見えている。

「ミ、ミンタちゃん! 大丈夫!?」


 続いてレブンも土埃の中から姿を現した。かなり土で制服が汚れていて、ボロ布状態だ。そんな2人にミンタの声が届く。

「作戦成功よ」


 風の精霊魔法が使われて、土埃が吹き飛ばされた。そこには、衝撃波を〔防御障壁〕で受け流したミンタが、簡易杖で自身の肩を「ポンポン」叩いてドヤ顔をしていた。全身土まみれのボロ布状態なので、今ひとつ格好良く見えないが。



 視界が回復すると、ミンタの目の前1メートルの運動場に、10本腕の軽金属人形が立ち尽くしていた。まだ起動していて、ゆっくりとだが動いている。剣や槍を振るってミンタをなおも攻撃するが、スピードは全くなくなっていた。

 ミンタが軽々と攻撃をかわしながら、レブンとペルに栗色の瞳を向ける。

「じゃあ、片付けましょうか。やっちゃって。レブン君、ペルちゃん」


 レブンが簡易杖を振って応える。

「了解、ミンタさん」

 それだけで、さらに敵人形の動きが鈍くなった。続いてペルがうなずく。

「わかった。ミンタちゃん」

 簡易杖を振るまでもなく、敵人形の10本全ての腕と頭、それに両足が一撃で〔消去〕された。


 轟音を立てて軽金属人形の胴体が運動場に落下していく。早くも手足が〔再生〕を始めているが、ミンタがペルとレブンに合図して、一緒に10メートルほど飛んで後退する。

 地面に着地したミンタが、まだ土埃に覆われている一角に向けて声をかけた。

「ムンキン君たち、それにラヤン先輩、盛大に撃ち込んでちょうだい」


「おう!」と元気なムンキンの雄叫びがして、土埃が吹き飛んだ。ムンキンとラヤン、それにラヤンを直衛しているニクマティ級長が率いる5人の精霊魔法専門クラスの生徒たちが、生命の精霊魔法と法術を一斉射した。


 敵の軽金属人形が、まだ中途半端に〔再生〕したばかりの足と手で運動場の土を引っかいて、転がって回避したが……残念ながら自動追尾方式だった。全弾命中して、ひと際巨大な火球と爆発が発生する。


 運動場に敵人形の軽金属の破片が大量に飛び散って、バウンドして跳ねて転がる。そのいくつかは、ミンタたちにも飛んできたが、その程度の破片では〔防御障壁〕に弾かれてしまうだけだった。


 爆音が学校敷地を包み込む巨大な〔結界〕の中で何度か反射して、しばらく聞こえていたが、それも数秒ほどで収まった。

 ようやく訪れた静寂と土埃まみれの空気の中で、合体墓が非常に満足そうな笑みを浮かべている。

「これは良い戦闘記録を得られました。感謝しますよ」


 ムンキンがジト目になって、合体墓を睨みつけた。

「何が感謝だ、この野郎。ちょっと待ってろ、今から俺が直々に殴り倒してやるからよっ」

 そのムンキンの背中にしがみついて制止するレブンだ。ムンキンが激高してレブンに突っかかる。

「何しやがるっ」

「ちょ、ちょっと待ってくれ、ムンキン君。まだ終わっていないよ」

 レブンの言葉に、再びジト目になるムンキン。

「あ? ガラクタ人形はさっき、粉々にしたばかり……げ、まじかよ」


 運動場全体にばら撒かれた軽金属人形の破片が、運動場の中央に寄せ集まってきていた。あっという間に〔修復〕を始める。


 サムカが注釈を入れた。

「アンデッドだからな。中枢コアがあるゴーレムとは異なり、その程度の破壊では〔修復〕してしまうぞ。ちょっと詰めが甘かったな。別の手法を考えた方が良かろう」

 呑気な口調のサムカに思わず激高するミンタとムンキン、それにラヤンである。ペルとレブンが慌てて3人をなだめる。


 合体墓もにこやかな笑みで、サムカに同意した。

「そうですね。幸い、その軽金属人形が〔修復〕を果たすまで、数分間ほど時間の猶予があります。魔力の補給路を大幅に制限した状態でテストしていますからね。作戦を考えてみてはどうですか?」


 暴れるミンタに抱きついていたペルが、諦観したような笑みを浮かべた。

「逃げたり、降参したりという選択肢は、ないのですよね……はい、知っていました。金星の実習だって、そうですよね。はあ……」


 ミンタが大きく深呼吸して、気持ちを切り替える。ムンキンはとりあえずレブンに一発蹴りを入れて落ち着いたようだ。ラヤンは直衛の6人がかりで何とか鎮まったが、まだかなりのジト目である。ニクマティ級長の顔に殴られた痕が1つできている。



 時間ができたので、合体墓がミンタたちに質問してきた。さっき「作戦を考えろ」と言ったばかりなのだが、早くも邪魔してきている。

「質問ですが、先程の攻防は具体的にどのような魔法が使われたのですか?」


 ミンタたちが無視するので、仕方なくティンギ先生が代わりに答えてくれた。パイプのタバコが燃え尽きて終わったようだ。パイプを花壇の縁に「コンコン」と叩いて燃えカスを排出し、流れるような手つきで新しいタバコをパイプに詰め、火を魔法でつける。今回はライター持ちのコントーニャが隣にいないので仕方がない。

 ライターの火をパイプの中へ〔テレポート〕してタバコに火を点けていたようだ。パイプの構造上、ライターで火を点けるのは至難の業である。

 そして、一息吸ってからゆっくりと紫煙を吐き出した。

「そうだな。順に解説するとしようか」


「ペル嬢が放ったのは知っての通り、闇の精霊魔法の〔闇玉〕だな。触れると強制的に〔消滅〕させられる強力な魔法だ。これで人形を囲んでトンネルを作り、特定の進路に誘導している」

 通常の相手であれば、それで誘導できるのだが……今回の敵は強力な魔力を有している。少々〔闇玉〕で体を削られても、すぐに〔再生〕が可能だ。実際に、敵の軽金属人形は〔闇玉〕で作られたトンネル道を突き破って、別の方角からミンタに襲い掛かっている。


 その説明をしながらティンギ先生がニヤリと笑って、紫煙をまた一息吐き出した。

「だけどな、別にそんな手間なんかかけなくても良いんだなこれが。ペル譲が最初に軽金属人形を〔ロックオン〕している。誘導なんかせずとも、魔法を撃てば命中するんだよ」

 その点は完全に同意見の合体墓だ。

「そうですよね。では、なぜわざわざ危険な立場に立って、あのような事をしたのですか?」


 今度はドワーフのマライタ先生が答えてくれた。

「ミンタ嬢の真正面から敵が飛び込んでくる必要があったんだよ。あ~……お前さんは『レーザー冷却』って知っとるか?」

 知らないようなので、簡単に説明するマライタ先生だ。


 空気中を動く原子に対して、その運動方向と逆方向の光を照射するとドップラー効果が発生する。それにより、原子に運動している方向と逆方向の力が、継続して働くことになる。

 そうなると原子の平均速度が大きく落ちて、動かなくなってくる。温度や熱というものは、原子が活発に動くほど上がるので、動かなくなると温度が下がるのである。これをレーザー冷却と呼んでいる。


「だが、本来これは、ガスに対してのみ有効な物理法則だ。固体に対しては効かない。まあ、そこは魔法で誤魔化しているんだろうな。こうやって、軽金属人形の行動術式を〔冷却〕して術式の速度をほぼ止める。さらに風の精霊魔法で物理的に押し止めた……ってところだな」


 サムカが少し補足説明した。

「ミンタさんは、氷の精霊魔法が苦手だからね。光や生命の精霊魔法と相性が悪いせいだが。敵の術式を遅らせて機能不全を起こす目的は同じだから、光の精霊魔法を使ってのレーザー冷却効果を流用したのだね。術式の流れを、ガス分子の運動とみなして〔冷却〕した」


 まだ今ひとつ理解できていない様子の合体墓であるが、後で勉強する事にしたようだ。ティンギ先生に話の続きを促した。紫煙をまた一息吐き出して、ティンギ先生が話を続ける。

「うむ。その後は、特に難しい話ではないぞ」


 ほぼ停止した後は、レブンが死霊術で軽金属人形の魔力補給路を〔遮断〕した。これでさらに出力が落ちて弱まったところに、ペルが闇の精霊魔法で手足を削り取った。魔力の総量がこれでかなり落ちることになる。

 そして、この運動場内に充満している魔法場汚染を集めて、軽金属人形を包み込んだ。燃料というか火薬を押しつけたようなものだ。

 最後に死霊術に対して最も反応性が高い魔法場を持つ、法術と生命の精霊魔法をフルパワーでぶつけて、大爆発を引き起こして粉砕している。


「なるほど、なるほど。さすがは現代の魔法体系ですねえ。実に多彩だ。墓所も頑張って勉強せねば」

 何度もうなずいている合体墓であった。



 そうこうしている間に、10本腕の軽金属人形が完全に〔修復〕を果たした。合体墓がミンタたちに向けて告げる。

「さて、作戦は決まりましたか? こちらの準備は終わりましたよ。では、攻撃再開」


 しかし、人形は《ギシギシ》軋むばかりで歩けない。首をかしげる合体墓。

「ん? これは一体どういう……あ」

 ミンタとムンキンがドヤ顔になった。上機嫌なのか、ミンタの金色の毛が交じる両耳がピコピコ動いている。毛皮にある巻き毛の先も動いているようだ。

「バカね。こんな長話している間に、何も細工をしないとでも思ったのかしら」


 ムンキンが柿色の尻尾で運動場を≪バシバシ≫叩く。こちらも上機嫌だ。

「〔修復〕中に、色々取り込んだだろ。今、この運動場には大量の泥水が染み込んでるんだぜ。泥水って元は人だから有機物だろ。このデク人形に取り込ませて、〔分子変換〕魔法で泥水を接着剤に変えたんだよ」

 軽金属人形の関節部分からは、大量のゲル状の液体が溢れてきていた。それが、急速に固まりながら人形の全身を包み込んでいく。


 しかし、合体墓はまだ余裕の表情だ。

「その程度の抵抗でしたら、人形のパワーで押しきれますよ」

 しかし、3人の先生たちはニヤニヤしたりニコニコしたり目を細めてうなずいている。その様子を横目で見た合体墓が「ハッ」という顔になった。


 ムンキンが簡易杖を振るう。

「気づくのが遅いぜっ」

 接着剤がいきなり〔石化〕し始めた。軽金属人形の金属にも〔浸食〕していき、石のなかに金属が取り込まれていく。人形の体積が見る見るうちに膨張して、『石人形』に変わり始めた。


 ティンギ先生が合体墓に忠告する。

「その〔石化〕魔法は、金属も石の中に混じって希釈されてしまうやつだ。金属が原石に戻るようなものだな。早く対処しないと、全部原石に戻されてしまうぞ」


「おお……」と納得した合体墓が何やら指令を出した。全く聞いたことがない魔法言語に、サムカとティンギ先生が目を輝かせる。サムカが頭の上のハグ人形に確認した。やや、声が上ずっているようだ。

「ハグ、これが古代語魔法かね。それも300万年前の魔法大戦時に使用されたという、今では失われた魔法体系の」


 ハグ人形はあまり興味がない様子だ。寝転がったまま手足を無意味にパタパタ動かしている。

「だろうな。まあ、知ったところで意味はないぞ。根本の魔法体系思想が違うから、オマエさん方には使えぬよ。ワシでも無理だ」

「そうなのか……」と明らさまに落胆する2人の先生である。マライタ先生だけはニヤニヤしている。

「魔法なんかクソくらえだろ? な? ガハハ」


 合体墓が頬を緩めて、その3人の様子を横目で見ていたが……術式の〔修正〕作業が終わったようだ。一息つく。

「ハグ人形さんの言う通りですね。300万年前と今とでは、魔法を含めた環境が違います。墓所の我々以外の者が使うと、暴走したり機能不全を起こすだけですよ。いわば、墓所の魔法は、欠陥神秘魔法とでも呼ばれるべき代物ですね。使えば使うほど、世界を破壊してしまいます」


 ハグ人形がようやく上体を起こして、あぐらをかいて座った。サムカの頭の上だが。

「ほう。そういう呼び名かね。古代語魔法は2種類とばかり思っておった。ワシが習得でき得る、九次元神代語で記述される基礎古代語魔法。それと、魔神どもが使う、全次元神代語を駆使する応用古代語魔法の2種類だけだとな。まだあったのか」

 合体墓が微笑みながらハグ人形に告げた。

「その話は、気が向いた時にでもしましょう。さて、生徒たち。これでどうですか?」


 石の巨大な人形彫刻になる寸前だった軽金属人形が、大量の石を分離させながら元の姿に戻った。軽くその場でジャンプすると、《ドスンドスン》と地響きが伝わってくる。ちょっとした地震だ。

 大量に脱落した石の山を蹴り飛ばして、足場を確保し、いつでも突進できる態勢になった。

「さて、授業の残り時間がまだ15分ほどありますが、ここまでにして終わらせましょうか。突撃開始」


 しかし、ミンタとムンキンはニヤニヤして突っ立っているだけだ。水でできた大きめの盾状〔防御障壁〕を数枚重ねて展開している。一瞬疑問に思う合体墓だが……生徒たちの魔力残量を視覚化して見て、もう魔力切れなのだと看破する。

 ピカピカに光る軽金属人形が、再び超音速で突撃した。


 そして水の盾を衝撃で一瞬で蒸発させた瞬間。大爆発が起きた。

「な!?」

 目が点になる合体墓。


 人形は突撃した勢いのまま突き進んで、運動場にめり込んで停止している。その人形からは大量の炎が噴き上がっていた。

 慌てて合体墓が〔消火〕魔法を起動するが、受け付けられない。あっという間に、人形は燃え尽きて白い灰になってしまった。


 呆然としている合体墓にドヤ顔を向けるミンタとムンキンである。突進方向が分かっていたのだろう、華麗に避けていた。

 後方のペルたちも何とか回避できていた。ただ、ミンタとムンキンほど格闘術に秀でていないので、回避の途中でつまづいて転んでいたが。



「すげえ……」と、興奮気味に白い灰の山を見る、6人の精霊魔法の専門クラスの生徒たち。特にニクマティ級長は、目を皿のようにして凝視している。ちなみに、彼らに抱えられて一緒に転がったおかげで、ラヤンも何とか回避できていた。

「もう少しきちんと警備しなさいよね。私まで土まみれになって転んでどうすんのよ。守ってもらう意味ないでしょ、これじゃ」

 相変わらずの文句に、平謝りの6人だ。彼らも警護には素人なので訓練も何もしていない。(まあ、無事だっただけ良しとするか……)と内心で思うラヤンであった。制服も比較的無事なせいもある。もちろん、そのような事は言わないが。


 合体墓が、何度か〔修復〕魔法をかけてみたが、全て無駄だった。かなり驚いているので、サムカが山吹色の瞳を細めて解説してくれた。

「驚くことではあるまい。アンデッドが灰になったのだよ。儀式魔法でもしない限り〔復活〕はもうできない。〔ログ〕や〔復活〕用の素材もないから、もう諦めた方が良かろう」


「そうか、灰になったということか……」と、合体墓がサムカの解説に納得している。


 隣に立っているドワーフのマライタ先生が、手元の小さな〔空中ディスプレー〕画面をサムカにこっそりと見せてくれた。そこは、どこか豪勢な建物の中の映像だった。

 リーパットの側近チャパイと他2人のリーパット党員が、狐族の誰かと面会している。その様子が、天井からのカメラ視点で映し出されていた。

 音声は聞こえないが、チャパイが必死で何かを訴えている。映像の解像度が今ひとつなので、これはマライタ先生の趣味の盗撮だろう。


(ふむ。リーパット君の仲間が、帝都のブルジュアン家に着いたようだな)

 サムカが顔色を変えずに推測すると、マライタ先生がまた無言で、サムカに別の映像を見せてくれた。彼もまた澄ました表情のままだが、顔を覆う赤ヒゲの毛先がピクピク動いている。

 その映像では、サムカも市場巡りをしたことのある帝都の町並みが、鳥瞰図の目線で映し出されていた。パニックになっているようで、大勢の獣人族や車両が渋滞したり右往左往したりしている。市場の店も、その全てが大急ぎで閉店されて、店主や従業員たちが転びながら避難していた。


 そのパニックの元凶は、帝都王城の真上に浮いている直径1キロほどもある巨大な水玉だった。

 サムカが以前帝都へ出かけた際に見た、王城上空の浮遊砲台群は1つも見当たらない。水玉に攻撃して、反撃を食らって〔液化〕してしまったのだろう。よく見ると、王城の高い城壁や、城内の様々な建物の屋根でも、〔液化〕が始まっているようだ。


 城内や城下町の各所から、対空攻撃が水玉に向けて仕掛けられているようだが……全く効果がなさそうだ。ミサイルや砲弾、榴弾が水玉に着弾する前に、空中で〔液化〕して取り込まれている。むしろ、発射直後に〔液化〕されているようにも見受けられた。

 地上の砲台やミサイル施設も、反撃を食らっているようだ。攻撃が滞って沈黙し始めている。一言でいうと、まるで歯が立たない。


 空軍や弾道ミサイル部隊は、さすがに帝都なので手が出せない。城下町の上空を観測機がぐるぐる旋回しているだけだった。

 魔法使いの姿は1人も見当たらない。先日の彼らの施設崩壊事件の復旧作業で、それどころではないのだろう。(肝心な時に役に立たない連中だな……)と思うサムカである。もしかすると、もうどこかへ退去してしまったのかもしれない。


(そういえば、リーパット君のブルジュアン家の屋敷は帝都内にあったな……)と思い出す。とりあえず時間稼ぎをした方が良いだろうと思い、合体墓に話を続けることにした。

「〔石化〕魔法だが、これも嵌め手だったな。墓君が〔石化〕を排除した際に、金属中の不純物も一緒に取り除かれてしまった。軽金属人形が純粋な軽金属だけの組成になってしまった。ペルさんの〔分析〕ではマグネシウムだったかな。これが敗因だ」


 結晶も同様だが、純粋な金属では大地の精霊場が強く働くようになる。〔吸着〕の性質を持つので、死霊術が固定されて機能しにくくなるのだ。その結果、純粋な軽金属が持つ本来の化学反応法則が復活する。

 この場合では、空気中の酸素と炎に触れることで、激烈な酸化が始まる。あまりにも激しいので、見た目は燃えているようにも見える化学反応だ。消火しようにも、術式が固定されて機能しにくいので間に合わない。

 そして、燃えてしまった後には、酸化し尽した軽金属の粉だけが残る。いわゆる灰だ。


「ミンタさんたちが水の盾を使用していたが、これは引っかけ工作だな。最初から火の盾を構えると警戒されてしまうからね。人形が超音速で衝突すると、瞬時に衝撃波で水蒸気になってしまう。それを合図に次の火の精霊魔法が起動したのだろう。水は火よりも優位の相性だからね、火を抑えつけていた水が消えると、火が暴れるのは自然の理だ」


 サムカの説明に、素直に感心している合体墓である。ミンタたちの回復を待っているようにも見え、何もせずに微笑んでいる。

「テシュブ先生、説明に感謝しますよ。さて、残念なお知らせをしなくてはなりませんかね……」

「ギクリ」とするミンタたちではなく、その向こうの花壇の中に隠れているリーパット主従に、合体墓が視線を向ける。バレバレだったようだ。

「花壇に隠れている生徒2人は、何もしていませんでしたね。テストを『放棄した』と判断します。罰として、君たちの家を破壊してあげましょう」


 あくまでも、顔に微笑みを貼りつかせながらの死刑宣告に、リーパット主従が顔を真っ青にして跳び上がった。

「ま、待てっ! 我に逆らうと、どうなるか知っているのかっ。このクソゾンビ!」


 リーパットの怒声を軽く聞き流した合体墓が、運動場の中央に巨大な〔空中ディスプレー〕画面を発生させた。縦横が旧寄宿舎の半分ほどもある。

 一瞬の間だけ砂嵐状態の画面だったが、すぐに鮮明な解像度でリーパットの根拠地であるブルジュアン家の大きな屋敷が映し出された。赤レンガ造りだが、豪華な装飾に囲まれている派手な屋敷である。既に、チャパイたちが知らせていたのだろうか、避難が始まっているようだ。音声はなく、映像だけだった。


 その様子を見た合体墓が、指を1回鳴らした。下手くそなので、かなりくぐもった音になったが。

 4階建ての巨大な屋敷が、一瞬で〔液化〕した。

 庭や駐車場、離れの建物までもが一斉に〔液化〕して、まるでプリンかゼリー製の巨大なお菓子みたいな印象になる。そのような巨大な物はブヨブヨした強度では支えられない。次の瞬間。大崩壊が起きて全てが崩れ去り、大きな泥池に成り果ててしまった。

 池の直径は600メートルもあるだろうか。ブルジュアン家の屋敷の敷地全てが、そのまま泥池に置き換わっている。


 避難の真っ最中だった150人もの使用人や縁者、政府関係者も、問答無用で〔液化〕してしまったようだ。動く者は1人も見当たらない。

 律儀に、地面に泥水を染み込ませていく合体墓である。泥池の水位が引くにつれて、草も瓦礫も何もない、真っ平らな更地の大地が出現していく。


「一応、手心は加えておきましたよ。君たちの屋敷境界の壁と堀は〔液化〕せずにそのまま残してあります。これで建物を再建する際に、面倒ごとが起きなくて済むでしょう」

 新聞の三面記事を読むような口調で、合体墓がリーパット主従に告げる。特に怒ったり失望したりはしていないようだ。


 呆然と花壇の中で立ち尽くしているリーパット主従である。満足な思考ができていない表情だ。


 ミンタたちもさすがに気の毒に感じているようで、同情の視線を憐れな主従に向けている。ペルが精一杯の明るい声で、黒毛交じりの尻尾を無意味に振り回しながらリーパットを励ます。

「ほ、ほら。ゲームには勝ったから、ご両親や親戚にお友達が泥水になったって、すぐに元に戻るよっ」

 建物の事には触れないペルである。


 レブンが巨大な画面を見ながら、乱れ放題だった黒髪を土まみれの手袋をした両手で整える。

(かなりの数の国宝や財宝に美術品、それに重要文書なんかが収められていたはず。タカパ帝国にとっても大損失だなあ、これは)

 片や、レブンの故郷の海中の町には、そのような財宝や貴重品はない。先日、海岸の高台に設けられた街の避難所を見て回った時も、大した物は見当たらなかった記憶がよみがえる。

(僕にとっては、宝物よりも養殖の魚たちの方が気にかかるけどね。昨日、仮死状態にしたけれど)

 レブンも一言二言リーパットに励ましの言葉を送って、状況を推測し始めた。


 どうやら、本当に帝国各地の重要拠点や街の上空に、あの巨大水玉が浮かんでいると考えて良いだろう。

 学校の生徒向けのテスト、それも墓所の保安警備システム強化のための、実に身勝手なテストのために、今、タカパ帝国が危機に立たされている。この状況も正しいと考えて良いだろう。

 先程の帝都の映像を見る限りでは、攻撃しても効果が見込めないようだ。


 授業の残り時間を確認する。

「……あと10分ちょっとか。このまま終わってくれると良いんだけどな」

 ミンタとムンキン、それにラヤンと、ニクマティ級長ら6人の生徒たちも、さすがに今はリーパットを冷やかす気分ではない様子だ。気まずい沈黙が漂っている。


 レブンの隣までやって来ていたムンキンが、顔も視線もレブンに向けないまま無言で肘で小突いた。レブンがムンキンの視線先を追って理解する。すぐに、シャドウをリーパット主従に向けて飛ばした。

 リーパットはほとんど無意識で呆然としたまま、トボトボとこちらへ歩いてきている。その横のパランは、まだ正気を保っているようなので、彼にシャドウ経由で伝える事にしたようだ。2人の魔力ではシャドウを視認することはかなり困難なので、パランの〔空中ディスプレー〕画面に割り込んで、情報を強制的に表示させる手法を取っている。


 パランの顔が驚きに変わって、泥池と更地が映っている巨大画面を食い入るように見つめる。すぐに目に生気が戻った。主人のリーパットに小声で耳打ちする。

「ブルジュアン家の皆様は、無事に避難を終えているようです。リーパットさま」

「!?」

 声にならない驚きの表情になったリーパットが、画面を見上げる。しかし、首をかしげるばかりだ。

「……何と書かれてあるのだ?」


 パランも成績が下位争いの常連なので、レブンのシャドウから伝えられた内容をそのまま小声で音読した。

「上空の空の雲を使って記された暗号文ですが、『ワレ父母君キュウシュツニ成功ス』です。チャパイ君が見事成し遂げてくれました」

 見た目は普通の冬の筋雲なのだが、雲から届く光の波長に細工が施されていた。


 ホッとするリーパットである。思わず運動場にへたり込んでしまった。パランが肩を貸してリーパットを支えて立ち、そのままゆっくりとミンタたちがいる場所へ歩いてくる。


 それを微笑ましく眺めていたドワーフのマライタ先生が、赤い煉瓦色のモジャモジャヒゲを適当に手でいじりながら、白い歯を見せた。

「ここから脱出したおかげだな。ジャディ君の頑張りは無駄ではなかったわい」

 ティンギ先生は相変わらずニヤニヤしてパイプを吹かしている。

「そろそろテストも終わって欲しいものだけどね。ちょっと小腹がすいてきた」


 サムカも山吹色の瞳を細めてリーパット主従を見つめる。

「魔力が乏しい者でも、戦いようはあるということだな。評価を少し見直すとするか」

 そして頭の上で、飽きて寝てしまっているハグ人形に文句を言った。結構なイビキだ。

「ハグも少しは見習え。さて、これでかなり時間稼ぎができたわけだが。残り時間が10分を切ったな」

 しかし、ミンタたちは警戒を全く解いていない。ミンタがペルに何か耳打ちして、ペルが緊張した顔でうなずいている。




【テスト継続】

「まだ少し時間が残っていますね。では、最後のテストを行いましょうか」

 墓所に向けてテスト結果を送信し終わった合体墓が、微笑みながらミンタたちに顔を向けた。

「え~……」と、お決まりの反応を返すミンタたちだ。


 マライタ先生が太いゲジゲジ眉を上下させながら忠告する。

「のんびりはできないぞ。今、帝国軍の弾道ミサイル部隊が、この学校へ核ミサイルを撃ち込むカウントダウン中だ。俺の観測では4発くらい飛んでくるぞ」

 再び、「え~……」と返すミンタたち。また1つ、余計な騒動が発生してしまった。


 ラヤンがジト目になって文句を漏らす。

「ここには、リーパットがいるのに。ずいぶんと大胆な作戦ね。っていうか、突発的な衝動みたいな気配すらあるわね」

 ミンタたちも同意見だ。ムンキンが、ラヤンと同じようなジト目になってうなずく。

「ブルジュアン家が屋敷ごと、たった今消滅したからな。政敵が狂喜して勢い余って、ボタンを押したって不思議じゃないさ。ここにいる、最後のガキを核で焼いて蒸発させれば新たな世界が広がるってやつだな。まあ、僕たちが魔法使いだから、こんなオーバーキルな兵器を撃ち込んだのだろうさ」


 ペルが少し考えて、両耳をパタパタさせる。

「……戦術核ミサイル4発かあ。さすがに私たちの〔防御障壁〕では防御できないよね」

 チラリとサムカと合体墓を見る。サムカが口元を緩めて肩をすくませた。それだけで特に何もコメントしない。合体墓も同じ仕草をペルに返している。同じ仕草なのだが、合体墓の方はかなり癪に障る。

「リーパット君のお仲間が知らせたせいで、こうなったのですけれどね。当初の計画通り、この〔結界〕の中に全員が留まっていれば、この事態にはならなかったでしょう。まあ、仕方がありませんね。テストの主催者は私ですから、核ミサイルは何とかしますよ。ご心配なく」


 先生とミンタたちも、それほど心配してはいないような雰囲気である。一方の6人の精霊魔法専門クラス生徒とパランは、ちょっとしたパニックに陥っているが。リーパットだけは疲れた顔ながらも鋭く燃える瞳を、帝都の方向へ向けて唸っている。

「おのれ……ここが片付いたら、ペルヘンティアン派閥の残党どもを粛清してやるからなっ」


 そんな恨み言を華麗に受け流して、合体墓が片手をスッと上げた。

「これが最後のテストです。頑張って下さい」


 運動場から、1体の大きな金属製の人形が湧き上がって、そのまま空中に〔浮遊〕した。

 ペルが即座に組成を〔解析〕して、その情報を全員に渡して〔共有〕する。

「重金属製の人形だね。鉄と白金が主な組成かな。これは火をつけても燃えそうにないなあ」


 ムンキンが冷や汗をかきながらもニヤリと笑う。

「〔重力制御〕の術式か。力場術の魔法とか、いつの間に覚えたんだよ、まったく。だけど、重金属って基本的にはどれも希少鉱物だろ。大地の精霊や妖精に食われてしまう。そんな物は、墓所の警備で使うと色々と面倒なんじゃないのかよ」

 そう文句を言いながら、ムンキンたちが急いで対抗術式を読み込んでいる。


 それを知ってか知らずか、合体墓が曖昧に微笑んでいる。こちらも重金属人形の〔重力制御〕を安定化させている最中のようだ。全高が数メートルにもなる巨大な人形なので、その質量も相当なものなのだろう。不安定に空中を浮き沈みしていたが、その上下ブレの幅が急速に縮まって安定化してくる。

「確かに、こういった重金属製の人形は、大地の精霊や妖精の餌にされやすいですね。実際の運用では、先程の軽金属人形に、重金属の性質を〔付与〕するという魔法処理になるでしょう。そう言う意味でのテストです。時間が余ったので、余興というかオマケみたいなものですかね」


「オマケだったら、こんなテストなんかするなよな」と言いたげなミンタたちである。今は対抗術式の全力展開に集中していて、文句を言う余裕もない。


 そうこうする内に、重金属人形がピタリと空中に静止して〔浮遊〕するようになった。準備完了だ。

「調整中に魔法攻撃をするかと思いましたが、さすがに手慣れていますね。せっかく自動反撃の術式をいくつも用意していたのですが、無駄になってしまいました。では、始めますよ」




【重金属人形】

 重金属人形の輪郭がぼやけて、人形自体が半透明になった。

(ヤバイ……!)

 レブンが直感して、自身のアンコウ型シャドウを突撃させる。先手を取らなくては危険だという直感のままに、シャドウに闇の精霊魔法を連射させる。見えない〔マジックミサイル〕だ。


 しかし、その魔法攻撃は敵の体をすり抜けてしまった。運動場に命中して、円形の穴が10個ほど発生する。

 その敵人形はジェット噴射をせずに音速を突破する速度に瞬間的に達して、ミンタたち生徒の周囲を旋回し始めた。爆音も衝撃波も全く発生せず、それどころか風切り音も発しない。航跡も極端なジグザグで、その巨大な質量の慣性を完全に無視した、トンボのような飛び方になっている。これはまるで……

「ゴースト化?」

 レブンが顔全体を魚に戻しながらつぶやいた。このような魔法は知らない。


 続いてペルの顔が真っ青になった。

「ロ、〔ロックオン〕できないよ……ど、どうしよう」

 レブンが慌てて死霊術版の〔ロックオン〕魔法を起動させるが、エラー表示が手元に出るだけだ。さらにマグロ顔に戻っていく。

「アンデッド専用の〔ロックオン〕魔法も効かない。どういうことなんだ?」


 ムンキンが険しい表情になって叫んだ。

「知るかよ! 全方位の飽和攻撃しかないかっ」

 急いで〔防御障壁〕を自身の周囲に展開する他の生徒。次の瞬間。ムンキンを中心にして360度の全方位に、500本の〔青色レーザー光線〕が放たれた。


 ……が。その〔レーザー光線〕が100本ほど正確に反射されて、魔法を放ったムンキンに襲い掛かってきた。

 一言呻く間もなく、1秒もかからずにムンキンが火だるまになってそのまま倒れる。火を噴く塊になったムンキンが、2秒もかからずに今度は泥水になって、運動場の水たまりと化してしまった。


 驚愕するミンタたちの目に、ムンキンを360度でぐるりと取り囲む〔反射〕魔法陣が見えた。それぞれの魔法陣の裏側中央には、金属製の浮遊物が浮いている。その数は100ほどもある。


 ミンタが、その浮遊物を見て真っ青になる。

「みんな、急いで〔防御障壁〕の術式を更新してっ。これ、レーザー砲台だわっ。青色光レー……」

 あっという間にムンキン包囲から、ミンタたち全員を包囲する陣形に切り替わった〔浮遊〕レーザー砲台100門が、一斉射撃を開始した。


 空気がプラズマ化して赤く光る。ミンタたちがいる場所の空気が、膨大な熱を受けて爆発的に膨張した。見た目は爆炎そのもので、直径10メートルの火球が発生して、ミンタたち全員がそれに飲みこまれた。

 1秒後。その火球が崩壊して爆炎と化し、運動場全域を薙ぎ払う炎の爆風となった。


 サムカたち先生3人が見物している運動場の隅にも、爆風が容赦なく襲い掛かる。温度は400度ほどありそうな、土砂混じりの爆風だ。

 サムカが〔防御障壁〕を展開して、マライタ先生とティンギ先生の2人を包み込んで防御する。花壇の草木が全て燃えながら薙ぎ払われて、炭になって飛び去っていく。それを見届けながら、サムカがため息をついた。

「やりたい放題だな。こんな魔法を使うと因果律崩壊を引き起こしかねないと思うが。ハグ、どう思うかね?」


 ハグ人形がサムカの短髪の上で、ちょこんと正座して腕組みしながら頭をひねった。

「〔重力制御〕と〔ゴースト化〕。真空のエネルギーで生み出した物理装甲で覆われた〔オプション玉〕の放出に、死霊術場を光の精霊場へ強制〔変換〕。違反行為の山だな。普通なら例外なく因果律崩壊が起きて、あの鉄人形と生徒どもが世界から排除されることなる。しかし、なぜか大丈夫だな。ワシにも理解できぬぞ」


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