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87話

【地下階1階】

 階段を降りて地下階の1階に立つと早速、教室移動中の生徒たちが、10名余りもサムカの周りにまとわりついてきた。彼らにも微笑んで挨拶をするサムカである。

「アンデッド教の連中がゴーストを従えていますっ。魔法適性が乏しくても死霊術って使えるんですね。私にもできますか、テシュブ先生?」

「レブン君は何も言わずに逃げ回っていて、説明してくれないんですよおっ。ね、どうなんですか?」

「やっぱり、ゴーストを従えるなんて、格好いいよなあっ。俺も覚えたいですっ」

「アンデッド教は、同好会でしょ。それに入部すればいいんですか?」

 などなど、口々に生徒たちがサムカを取り囲んで、顔を見上げて聞いてくる。


 サムカも、その『アンデッド教』とかいう同好会については聞いていたが、魔法適性が乏しい連中しかいないので、気にかけていなかった。ここに至って初めて生徒たちから詰め寄られて、うろたえている有様になっている。

「う……そのような事になっているのかね。変だな、レブン君とペルさん、ジャディ君以外の生徒には、ゴーストを〔支配〕できるような魔力適性は見られなかったのだが。どういうことだ?」

 反対にサムカが生徒たちに聞く始末だ。サムカを取り囲んでいる生徒たちも、サムカが何も知らないと察してガッカリした様子になってしまった。


 生徒たちをかき分けて、リーパットが割り込んできた。

「魔法具だよ、アンデッド先生。レブンの奴が、魔法適性がなくても使える死霊術の魔法具を試作してるんだよ。担当教官なんだから、そのくらい把握しろよ」

 サムカをきつい目で睨み上げて、文句を続ける。後ろには、側近のパランとチャパイに率いられた20名余りのリーパット党員がくっついてきていて、リーパットと同調してサムカを非難し始める。


 非難は慣れているので、そのまま受け流したしたサムカがリーパットに聞く。

「そうなのかね? 魔法具か。なるほどな。何かの魔法場を、魔法具で死霊術場に〔変換〕する術式かな」


 リーパットがジト目になって狐鼻を「フン」と鳴らした。両耳も埃を払うかのようにパタパタと動いている。

「知らねえよ、そんなこと。帝国沿岸部に上陸して襲い掛かってきたアンデッドどものせいで、沿岸部の住民は大迷惑を被ったんだ。そんな中、死霊術を見せびらかすとか、不謹慎にもほどがあるぞっ」

 リーパットが喚くような大声でサムカを指さす。

 後ろのリーパット党員も同じようにサムカを指さして批判し始めた。音頭をとっているのは、側近腰巾着の狐族の男子生徒チャパイ・ロマだ。一方の古参の側近パラン・ディラランはサムカのリーパットへの反撃を警戒して、格闘戦の態勢をとって身構えている。


 サムカがまとわりついている生徒たちを、そっと引きはがして授業へ向かうように指示する。そして、軽くため息をついて、リーパットに山吹色の視線を向けた。

「そうか。アンデッドへの警戒が起きているのか。私は今回の騒動には関わりない身だが、被災者の民が被った被害や心痛については、残念に思う」

「だが……」とサムカが口調を戻す。

「悪さをするゴーストが〔察知〕できるようになれば、対処も容易になるはずだ。レブン君が試作している魔法具を介してゴーストが分かるようになれば、被災者にとっても有益になるのではないかね?」

 こういう発想をするあたり、アンデッドである。


 当然ながらリーパットが顔を怒りで赤くして、サムカに食ってかかってきた。さすがに先生への暴行は控えているようだが、ほとんど頭突きの寸止めをするかのような近さまで顔をサムカに近づけてくる。

 今は〔浮遊〕魔術でリーパットが空中に浮かんでいるので、サムカの顔の高さとリーパットの顔の位置がほぼ同じだ。

「有益なわけがないだろっ。海中や沿岸の村や町を追い出された時点で、不幸のど真ん中だ!」


 リーパットの抗議に、サムカが考えを修正した。

「……ふむ。確かにそれは一理あるな。私も城を破壊されて追い出されてしまってね、心情はある程度分かるつもりだ。交易で利益が上がったのだが、そのほぼ全額をオーク自治都市の復旧工事に当てていてね。とてもタカパ帝国の被災者への見舞金や、生活物資援助などを行う余裕がない。その点も、残念に思っているよ」


 リーパットがサムカの反応に少々面食らっている様子になっている。しかし、すぐに鼻を鳴らしてニヤリと微笑んだ。

「復旧支援や見舞金については、後で帝国上層部から正式な要請文書が行くと思うぜ。用意しておけよな、アンデッド先生。だけど、復旧の必要のない町もあるから、少しは節約できるかも知れないな」

 リーパットの両目がキラリと光った。今はもうドラゴンの影響が抜けているので、赤い色の目にはなっていない。

「特に帝国への反逆者の出身地はそうだな。魚族のチューバとか竜族のラグ、馬鹿なペルヘンティアン家の故バントゥの出身町や屋敷は、今はもう廃墟も同然だからなっ」

 そう言い放ってドヤ顔をするリーパットだ。


 サムカが手元に時刻表示を出した。それを一目見てからリーパットに視線を戻す。バントゥ党については、特に何も思うところはない様子だ。頭上のハグ人形は、あぐらをかいて首を規則正しく左右に振っている。

「そろそろ授業開始の時刻だな。リーパット君、有益な情報提供に感謝するよ」


「なんだこの野郎!」と、目を怒らせてサムカに再び食ってかかろうとするリーパットだったが…」…側近のパランに抱き留められた。

「リーパットさまっ。次の授業が始まってしまいます。これ以上、出席日数を減らしてしまいますと、色々とまずい状況になりかねません」


 リーパットが苦虫を噛み潰したような顔になって、何か呻いて動きを止める。しかし、今度はパランを蹴り飛ばす。悲鳴を上げて床を転がっていくパランを見据えて、リーパットが口を尖らせた。

「分かっておるわ、そのような事! いいか、よく聞け、雇われアンデッド教師。今は帝国上層部が組織改編中でゴタゴタしているから見逃してやる。落ち着いたら、きっと追放してやるからなっ。ここは狐族のための帝国だ!」

 今度は、新参側近のチャパイの背中を蹴り飛ばして、パランと同じように床に転がしながら、肩で風を切って去っていった。


 サムカが転がって呻いている2人に手を貸そうとしたが、2人とも即座に拒絶して立ち上がった。そのままサムカを非難しながら、リーパットの背中を追って駆け去っていく。

 サムカが錆色の前髪を白い手袋をした左手で軽くかき上げた。

「……突然に権力が手に入ると、浮かれる反面、自身の至らなさに腹が立つものだ。私もそうだった」


 そこへ見慣れない2体のゴーレムが教科書や教材を抱えて、サムカの横を通り過ぎて行った。サムカが数秒経ってから、ようやく理解する。

「ああ、そうか。あれがクーナ先生とラワット先生の代理ゴーレムか。熊人形とは違って個性はないのだな」


 サムカの頭の上で寝そべっているハグ人形が、口をパクパクさせた。

「普通はそうだな。性格や感情回路は、魔力をそれなりに消費するからな。長時間駆動を優先する場合は、切るのが普通だぞ」

 そして、素直に感心しているサムカに、文字通りの上から目線で告げる。

「そんな事より、さっさと教室へ向かえよサムカちん。先生が遅刻したら示しがつかなくなるぞ」




【地下階2階のサムカの教室】

「こんにちわっ。テシュブ先生っ」

 聞き慣れたペルの第一声が、教室のドアを開けたばかりのサムカの耳に飛び込んできた。

 ペルに挨拶を返して、サムカが教壇に立つ。教室には、ペルとミンタ、レブンとムンキンとジャディ、ラヤンと墓の姿があった。軍と警察からの受講生はいなくなっていた。エルフ先生とノーム先生の〔分身〕も、本人が強制帰国中なのでいない。(まあ、こんなものだろう……)と内心思うサムカである。


「殿おおおおおっ! 首を長くして待ってたッスよおおおおおっ」

 ジャディが男泣きしながら旋風を盛大に起こしながら飛んできて、サムカの足に抱きつく。

 ジャディの机とイスが竜巻にも似た暴風に巻き込まれて、天井と床と壁の間をゴムボールのような勢いで行き来する。廊下側の窓ガラスにも容赦なく衝突しているが、魔法で強化されているのだろう、ヒビ一つ入らない。衝突音だけは凄いものだが。


 他の生徒たちは〔防御障壁〕を展開済みなので、何も影響が出ていないようだ。

 ラヤンとミンタだけが不快そうな表情で、教室の中を飛び回っているジャディの机とイスを、ジト目で見つめているだけである。


 まだ「オンオン」泣いているジャディの羽毛で覆われた肩を、サムカがそっと白い手袋をした両手でつかんで足から引き離した。ちなみにジャディだけは学校指定の制服姿ではない。いつもの鎧と称するツナギ作業服のようなラフな格好だ。やはり制服は、彼にとって窮屈だったと見える。

「ジャディ君、色々あったようだな。木星の風の妖精との契約も終えたとハグから聞いた。よくやったな、おめでとう」


 ジャディの琥珀色の両目が、さらに潤んで水道の蛇口のように涙を噴き出しながら、大泣きを始めた。

「あ、有難いお言葉ッス。うっうっうっ……うおおおおおおおおおおん」

 廊下側の窓ガラス全てを震わせるような大声で、喚き泣きを始めたジャディである。とりあえず、彼が落ち着くまで見守ることにしたサムカと生徒たちだ。うるさいので、ジャディの声専用の遮音〔防御障壁〕を全員が展開する。


 ジャディの羽毛で覆われた頭を右手で「ポンポン」叩きながらサムカが話題を変えて、ラヤンに山吹色の瞳を向けた。

「ラヤンさん、今回は実習の予定はないぞ。別の選択科目の授業へ向かった方が良いと思うが」

 しかしここで、ラヤンと墓が目配せをしたので何か察したようだ。(また何か面倒ごとか……)と、軽いジト目になる。


 そのサムカの雰囲気が変わったのを〔察知〕したのか、墓がにこやかな笑みで話し始めた。

 相変わらずの中年オヤジ顔で、ゴマ塩頭を手でかく。中年腹や頬に首もそうだが、体のそこらじゅうがだらしなく垂れている。しかもガニ股は矯正されていない。ゴム底サンダルだけは、その酷使のせいで一段と薄くなっているようだが。

「墓所の保安警備システムの改良で、またテストを頼みたいのですよ。テシュブ先生」


 嫌な予感が雪だるま式に膨れ上がっていくのを感じるサムカと生徒たちだ。ジャディがまだ大泣き状態なので、不穏な空気がさらに強まっている。

 そのような空気を全く読まない墓用務員が、作業服の裾を軽く叩いて埃を落としてから運動場の方角を指し示した。つまり真上である。

「地下2階でテストすると、生徒たちが生き埋めになる恐れがありますからね。地上でのびのびと行いましょう」


 今日の授業予定が完全に反故になり、サムカも白い磁器のような藍白色の顔を軽くしかめる。とりあえず墓に質問した。

「……それは強制かね? 私としては、金星での実習授業を行いたいのだがね」


 墓用務員が天井を指さしながら微笑んだ。ようやくジャディの机とイスが、床に落下して止まる。旋風も消えていく。

「墓所には、せっかちな住人も多いのですよ。この学校を破壊されても構わないのなら、無視しても構いませんよ」

 ガックリと肩を落とすサムカ。彼の錆色の短髪を蝶結びしていたハグ人形が、その手を休めずに足元のサムカに向けて口をパクパクさせた。彼も結構、上機嫌のようである。

「請けてやれ、サムカちん。学校が消滅してはワシが困る。どうせ、金星に行っても現地妖精とかくれんぼをするだけだろ」




【運動場】

 運動場では、既にパリー先生とバワンメラ先生が真面目に授業を行っていた。それぞれ30名ほどの生徒たちに生命の精霊魔法と、ソーサラー魔術の多元中継〔テレポート〕魔術の実習を行っている。


 パリー先生の授業では、運動場の土がいきなり芝生になったり、花が咲いたり、それが全て羽虫に変化したりと賑やかだ。羽虫の羽を魔法でむしり取って、その後で〔治療〕するような酷い事も、平然と行っているパリー先生である。


 バワンメラ先生の方でも、〔テレポート〕魔術刻印が運動場と空中に10個ほどランダムに配置されている。それらを使っての〔テレポート〕魔術の実習だ。1回の〔テレポート〕で、数個の魔術刻印を経由する魔術である。

 これは、以前にノームの地下秘密研究施設の事件で、ハグ人形が使用したのがきっかけで教える事になったようだ。最近ではミンタが木星まで行き来するために、この魔術を使用している。


 他には墓次郎の姿もあり、サムカと生徒たちに向けて、にこやかに微笑んで手を振っている。木星の風の妖精や中性子星の妖精は、姿が見当たらなかった。

 墓次郎の服装や顔は、背格好を含めて墓にそっくりになっていた。〔分身〕と言われても不自然さは感じられないほどだ。見分けるのに役立ちそうなのは、作業服の胸ポケットについている名札ぐらいしかない。墓が墓次郎の横に並んで立っているので、尚更そう見える。

「来てくれるものと思っていましたよ。では、早速始めましょうか」


 外に出たので、黒い風切り羽を伸ばして背伸びしていたジャディが、琥珀色の目をギラリと光らせて墓と墓次郎を睨みつけた。先程まで大泣きしていたのが嘘のようだ。

「前回、コテンパンに罠を突破された腹いせかよっ。この世界の創造主の癖して、器が小せえぞコラ」


「なになに~」と、早速、騒動の気配を感じ取ったパリー先生がヘラヘラ笑いを満面に浮かべながら、こちらへポテポテ歩いてくる。

 バワンメラ先生も同時にキナ臭い雰囲気を〔察知〕したようだ。彼もまたニヤニヤしながらサムカと生徒たち、それに用務員2人の頭の上をクルクル旋回し始めた。授業が中断されて、生徒たちの間から不満の声が上がり始める。


 墓が墓次郎と何事か相談して、顔をジャディに向けた。まだ仮面のような微笑みを浮かべている。

「ジャディ君の言う事にも一理ありますね。私たちとしてもテストを真剣に受けてもらいたいですし。では、こうしましょうか」

 墓と墓次郎が重なり合うように『合体』して、1人の墓になった。服装や顔は墓と全く変わらない。


 いきなりの合体に驚いているサムカと生徒たちの目に、上空から何か液体が「ベチャ……」と運動場に落ちたのが見えた。同時にパリーの体も液体化して水たまりになる。上空に強烈な〔結界〕が瞬時に展開されたのを直感する。


 1人になった墓用務員が、にこやかに説明してくれた。

「〔液化〕させました。真剣にテストしてもらわない場合、こうなってもらいましょう。ああ、そうですね。『人質』という概念も便利ですね。使いましょうか」


 分厚そうな上空の〔結界〕越しに澄んだ冬空が広がっているのだが、寄宿舎上空に直径400メートルほどの水玉が発生した。巨大な水玉は寄宿舎に落下せずに、上空に静止して浮かんでいる。

 渡り鳥の一群が突如出現したそれを回避できずに、そのまま飲みこまれて〔消滅〕してしまった。水玉の表面に波紋がいくつか浮かんで……そして消えた。


「水の〔オプション玉〕です。『テスト参加者の故郷』にも、これを同じものを出しました。あなたたちが不真面目にテストしたり、テストに失敗したりすると、地上へ落下します。効果は、先程の2人の先生を見れば分かりますよね」


 その時、地下階からエルフ製とノーム製の先生ゴーレムが2体、〔飛行〕魔術を使って運動場へ飛び出してきた。

「な、何事ですか!? あ。寄宿舎の上空に敵性攻撃魔法を検知」

 エルフ製ゴーレムが上空の巨大な水玉を一早く発見して、ライフル杖を〔結界ビン〕の中から取り出した。

 ノーム製ゴーレムも同じ動作をして、ライフル杖を呼び出す。

「排除申請、受理、承認。攻撃します。生徒や先生方は至急、攻撃範囲から退避して下さい。カウントダウン開始。3、2……撃て!」


 2人のゴーレムが構えたライフル型の杖の先から、灼熱の〔赤いビーム光線〕が2本放たれた。射線上の空気が一斉にプラズマ化して爆発する、が……

 〔ビーム光線〕は〔結界〕を突破できずに、どこかへ〔テレポート〕されて消えてしまった。水玉に届いていない。


 しかし、さすがにゴーレムである。落胆や驚きなど一切せずに瞬時に状況分析を終えて、魔法を切り替えた。

「敵性〔結界〕は〔テレポート〕防御。術式〔解読〕……〔解読〕不能。〔側溝攻撃〕開始……推測不能。敵〔結界〕の前に迂回用チャンネル作成……成功。〔ロックオン〕……完了。排除申請……受理、承認。攻撃します。生徒や先生方は至急、攻撃範囲から退避して下さい。カウントダウン開始。3、2……撃て!」


 再び2人の先生ゴーレムのライフル型杖の先から、別の色合いの青い光が放たれた。運動場を覆う〔結界〕の手前で〔テレポート〕して、水玉の内側から出現する。魔術刻印や魔法陣もなしに〔テレポート〕攻撃をしているので、まさしく兵器級の攻撃だ……が、何も起きない。


 興味深そうな目で攻撃を見物しているサムカと生徒たちに、合体墓が気楽な口調で説明してくれた。

「ウィザード魔法の幻導術の1つですね。敵の魔法攻撃を『幻に強制変換』しています。ただの幻ですので、命中しても害はありません。ああ、そうでした。1つ言い忘れていました」


 ゴーレム先生2人が、次の瞬間溶けてドロドロになった。今はただの水たまりだ。

「水玉や〔結界〕を攻撃すると、自動反撃します。ご注意くださいね」


 運動場に警報が鳴り響き、迎撃魔法具が土中から次々に姿を現した。学校の運動場が一瞬で針山のような砲台で埋まる。寄宿舎の壁や屋上からもハリネズミのように砲身が突きだしてきた。


 それらが1秒後に全て溶けて、ドロドロになってしまった。そのまま地面に吸い込まれて水たまりが消えていく。寄宿舎も溶けて大きな池になってしまった。

 ジャディが「オレ様の巣があああああっ」とか何とか叫んで頭を抱えて翼をバサバサさせている。レブンに至っては、自室が〔液化〕して池の一部になってしまったので、すっかりマグロ頭に戻って口をパクパクさせている。


「面倒なので、無機物も〔液化〕するようにしてみました」

 シレッとした口調の合体墓に、杖を向けるミンタとムンキン、それにラヤン。

 ペルは寄宿舎が池にされて茫然としている。ただでさえ薄い存在感が更に薄くなってしまっていた。ミンタがペルの背中を、金色の毛が交じった尻尾で≪ペシペシ≫叩きながら、怒りの形相で合体墓を睨みつける。

「もう、冗談じゃ済まないわよ。アンタ」


 サムカが生徒たちと合体墓の間に割って入って、生徒を守りつつ合体墓に山吹色の瞳を向けた。今のところは、まだそれほど怒ったりはしていない様子だ。むしろ、頭の上のハグ人形のテンションの方が高い。そんなハグ人形は無視して、サムカが落ち着いた声で背後の生徒たちに告げた。

「直接対決は止めておけ。墓の魔力量が桁違いで、君たち生徒の勝ち目はゼロだ。ゲームに参加して、ゲームのルールで勝負した方が、勝ち目が上がる」


「それに……」と、サムカが地下階段と非常階段、地下からの〔テレポート〕脱出魔術刻印の辺りに視線を投げた。

 全校生徒340人余りと先生、それに校長を含めた事務職員、さらには軍と警察部隊まで運動場へ避難して集まってきていた。

「今ここで、戦うと巻き添えになる者が多く出る。まずは、この場の混乱を収拾した方が良いだろう」


 サムカの冷静な声に、ミンタやジャディ、ムンキンも落ち着きを取り戻してきた様子だ。とりあえず、合体墓に向けていた簡易杖を下ろす。

 ミンタがどんどん集まって来る生徒たちを見ながら、鼻先の細いヒゲをピコピコ動かす。

「……そうね。とりあえず、帝都の軍と警察本部、それに教育研究省へ緊急連絡を入れてもらいましょう。ええと、シーカ校長先生は……と」


 すぐに校長が教員宿舎から飛び出てきて、こちらへ駆けてくるのが見えた。それを合体墓も微笑みながら見て、顔をそのままミンタに向ける。

「残念ですが、外部との通信も先ほど遮断しました。エルフとノーム世界にちょっと情報が漏れてしまいましたが、まあ……これは後で何とでもできるでしょう。私たちの存在が派手に知られるのは、好ましくありませんのでね。あなたたちも、また世界〔改変〕のゴタゴタを体験したくはないでしょう?」


 すでにミンタたち生徒全員が手元に〔空中ディスプレー〕画面を出して、外部へ通信を始めていたのだが……それらが一斉に遮断されて、画面自体が消滅した。


 サムカの頭の上で寝そべっていたハグ人形が、合体墓を見下ろす。

「相変わらず、計画性に乏しい奴らじゃな。思いつきで物事をするなと、何度も忠告しておるぞ。その詰めの甘さが、オマエさんらの立場を悪化させておるのだぞ」

 サムカが思わず吹き出しかけた。「お前が言うな」とでも言いたいのだろう。


 ムンキン党とアンデッド教徒が数名、ムンキンとレブンのいる場所まで駆けてきた。まずは元気で大きな声のムンキン党員バングナン・テパが、両耳と尻尾をバサバサ振りながら報告する。

「ムンキン! やべえぞ。避難用の〔テレポート〕魔法陣が全て使用不能だ。学校から外へ誰も避難できねえぞ。どうする!?」


 一方のアンデッド教徒は、彼ら自身の小さな魚型とトカゲ型のゴーストに代弁させて報告してきた。魚型ゴーストは、スロコックの作だろう。それによると、上空の〔結界〕はゴーストでも突破できないらしい。土中へ潜っても地下20メートルで同じような〔結界〕に遮られるということだった。

 レブンのマグロ顔がさらに青くなっていく。

「僕たちは、外から完全に隔離されてしまっている……ということか」


 同じように青い顔になりつつあるのはラヤンだ。法術専門クラスのバタル・スンティカン級長から〔念話〕で話を聞いていたようだったが、赤橙色の尻尾の動きが完全に止まってしまっている。

「もっと悪いわね。地下の全サーバーが間もなく魔力切れで停止するわよ」


 それについては、ラヤンほど深刻そうな表情にはならないミンタとムンキン、ペルとレブンにジャディである。彼らは精霊魔法を使えるので、地下の魔力サーバーに大きく依存していないためだ。


 代わりに血相を変えて、生徒たちを蹴り飛ばしながら駆け寄ってきたのはリーパットであった。校長も蹴り飛ばされて、運動場で転んでうずくまっている。

「オイ! また何か仕出かしたのかよ、アンデッド先生とその一味どもっ。何だよ、寄宿舎が無くなっているじゃないか。上空の〔結界〕とブヨブヨした玉は何だよ、説明しろバカモノっ」


 ウィザードの先生はサーバーダウン阻止のために、まだ地下階に残っているのだろう。地上の運動場には1人も姿が見当たらない。ティンギ先生だけがコントーニャと一緒になって、愉快そうにパイプをふかして寛いでいる。


 運動場を一通り見回したレブンが、セマン顔で鋭い視線を合体墓に向けた。

「墓用務員さん。〔液化〕した建物なんですが、ゲームが成功裏に終わった後は、元に直してくれるのですか?」

 合体墓用務員が柔和な微笑みを浮かべながら、左手を緩やかに振る。

「〔液化〕した無機物の〔復元〕は、因果律への干渉が起こる恐れがありますので、しませんよ。また建てれば良いだけでしょう。生物を〔液化〕するのは、有機物の状態変化だけで済みますが、無機物の場合は元素転換を介さないといけませんからね」


 そして、そのままの笑顔を顔に貼りつかせたままで、元寄宿舎の上空に浮かんでいる水玉を見上げる。

 一回り程大きくなっているようだ。学校敷地全体を包み込んでいる墓の〔結界〕の外に浮かんでいて、今も森の小鳥や虫を吸引して取り込んでいる。

「この水玉も、墓所が関わっていないように偽装してあります。海中の大ダコ君の魔法場を貼り付けてありますよ。その意味では安心しても構いません、レブン君」


 レブンの表情がさらに厳しいものに変わった。隣のペルも顔を険しくして、合体墓をジト目で見据える。

「大ダコ君は確かに悪者だけど。だからといって、濡れ衣を着せて良いという事にはならないよっ」

 ペルが珍しく薄墨色の瞳を白く光らせて、合体墓に抗議していく。その横でムンキンやジャディと一緒に、格闘術用の支援魔法各種を次々に起動させているレブンも同意する。

「ペルさんの言う通りです。この世界で暮らすからには、この世界の常識や法に従ってもらわないと。いくら創造主だろうと、やって良い事と悪い事があるんですよ」


 ミンタとムンキンが、ペルとレブンの予想外の憤怒に驚いている。おかげで、合体墓に文句を言うタイミングを逃してしまい、ただ、口をパクパクさせて手足と尻尾をパタパタさせているだけだ。


 ラヤンも似たような状況だが、〔結界〕内部にいる全員に、こうなった経緯と状況を緊急通信で送りつけている。墓の正体や墓所の詳細情報もついでに一斉送信しようとしたのだが……これはフィルタにかかってしまったのだろうか、送信前に消されてしまった。毒づくラヤンである。

「ぐぬぬ……見た目はただの中年人間オヤジの癖に、抜かりないわね、まったく」

 そう言いながらも、少し安堵する。

(だけど、それ以外の情報は一斉送信できた。これで混乱が和らぐはずね)

 実際は、余計に火に油を注いだ事になったのだが……この時点ではラヤンは知らない。


 一方で、サムカは満足そうな笑みを口元に浮かべて、軽く腕組みをしている。頭の上のハグ人形も手足をパタパタさせて、この様子を眺めて楽しんでいる様子だ。サムカが合体墓に提案してみた。

「生徒が死んだり〔液化〕されたら、元に戻してもらおう。その条件であれば、私は特に反対はしないよ。むしろ、こういった実習は歓迎だ」


「はああ!?」と、顔を真っ赤にしてサムカに食って掛かるのは、やはりリーパットである。

「何を言ってるんだよ、このアンデッドは! 今は遅れ放題の授業を少しでも進めることが、最優先だろうがっ。こんな下らないゲームなんかで遊んでいる場合じゃないだろっ。軍も警察もここに来ているんだし、後はそいつらに任せればいいじゃないか。この我を単位不足で留年させるつもりかっ」

 至って真っ当な言い分だ。しかし、その警察と軍警備隊の全員が明らかに動揺していることを除けば……の話だが。


 ペルが小さくため息をつく。

(リーパット家のせいで『全入れ替え』になって、ここにいるのは、ただの人数合わせなんだけどね。多分、警察学校や士官学校の生徒じゃないかな。練度のある警官や軍人は、もうここには1人も残っていないよ。今頃は帝都や重要都市に大集合しているはず)


 レブンが口元だけを魚に戻しながら、真面目なセマン顔で合体墓に重ねて提案する。

「墓さん。テストの後、僕たちの記憶を〔消去〕したり〔改変〕したりすると思いますが、できれば技術面の記憶は残しておいてもらえませんか? 一応は今、授業時間中ですからね。学んだことを虚しく忘れるのは、勉学上良くないと思えます」

 レブンはすっかりテスト参加に前向きのようだ。リーパットがレブンにも非難の矛先を向けてきたが、とりあえず無視する。


 合体墓が軽く腕組みをして、数秒間ほど沈黙した。

「……了解しました。墓所もあなた方に残す記憶には手心を加えると決定しましたよ。ただし、適用されるのは、このテストに参加する生徒だけです。参加しない先生や生徒の皆さんには『全て』忘れてもらい、適当な偽記憶を与えることになります」

 今は墓と墓次郎が合体しているので、この決定は2つの墓所によるものだろう。合体墓が足元を見る。

「それと、この水たまりも邪魔ですね。運動場が泥だらけになっては、私の服が汚れてしまいます。土中に一時保管しておきましょう」

 汚れることを前提とした作業服姿なのだが、洗濯が面倒なのだろう。


 運動場や寄宿舎跡地に出来ている池が、あっという間に土中に吸い込まれて消えてしまった。土壌水分もかなり巻き込まれてしまったようで、一気に運動場がカラカラに乾いていく。

 早くも土埃が舞い始めた中で、合体墓が右手を挙げた。

「では、テスト参加希望者だけ運動場に残って下さい。10秒後にテストを開始します。では、10、9、8……」


 リーパットが顔を真っ赤にして抗議した。

「ちょ……待てコラあああっ! 勝手に決めるなっ。第一、テストって何のテストだよっ」

 魔法適性が低いので、ラヤンが一斉送信した情報をまだ掌握できていないリーパットとその一党であった。ようやく半分ほどを受信しただけの状況だ。そして、それは警察と軍警備隊に事務職員も同じだった。

「ゼロ」

 リーパット党を除く、生徒と先生は辛うじて状況を理解できたようだったが……それ以外の、全ての教職員に軍と警察が状況を把握できないまま、テストが始まった。




【合体墓のテスト】

 たった10カウントしか猶予がなかったので、運動場から逃げ出せた者は1人もいなかった。運動場に残された総数は、およそ600人というところだろうか。

 薄暗くなり気温が下がった運動場に、死霊術の魔法場が急激に満ちていく。次の瞬間。ほぼ同数の人型の土人形600体が突如、運動場から湧き上がって出現した。


 軍と警察や事務職員の間から悲鳴が上がる。そんな中、さすがに先生と生徒たちは状況を把握できていたので、落ち着いて迎撃態勢をとった。

 しかし、ウィザード先生と法術先生は地下階にあるそれぞれの魔力/法力サーバーの維持につきっきりのようで、地上へ出てきていないが。


 現状では運動場にいるのは、サムカとティンギ先生、マライタ先生の3人だけだ。ティンギ先生は既に花見見物と決め込んでしまっているようで、戦力には全くなりそうもない。一方のマライタ先生は「各種魔法具のテストができる」と大はしゃぎだ。小躍りまでしている。


 生徒たちは、これまでに何度か戦闘経験があるので意外に冷静である。すぐに専門クラス単位でまとまって、級長が指揮しながら術式の展開を始めている。

 これとは別に、力場術級長のバングナンが並行指揮するムンキン党の10名ほどと、占道術級長のスロコックが並行指揮するアンデッド教徒の7名が、独自に陣形を組んで術式の展開を開始しているのが見える。


 バングナンの指揮により、ムンキン党は混乱している軍と警察を、合体墓の攻撃から防御するように円陣を組んでいく。力場術専門クラスの生徒30名ほどもこの円陣に加わって、指揮に従って攻撃陣を形成し始めた。

「タンカップ先生は地下サーバーの維持に専念している。ここは俺たちだけでやるぞ! 連続攻撃できるように、訓練通りに4隊に別れろっ。各隊長の指示に従え! 総指揮は俺が執るっ」

 バングナン級長の指示に、気勢を上げて応える生徒とムンキン党員だ。軍と警察は混乱していて、組織的な戦力になりそうにもない。


 一方のアンデッド教徒はスロコックの指揮の下で、校長を含めた教職員の防御に専念するようだ。彼らも占道術専門クラスの生徒30名ほどと合流して、防御陣を形成していく。

 スロコックが黒いフードを〔結界ビン〕から取り出して、それを頭から被りながら指示を下した。

「ティンギ先生は見物中だから当てにするなよ! アンデッド教徒は手持ちのゴーストを放出。占道術生徒は訓練通り小隊に分かれて、担当の専門クラス生徒への支援を開始! 〔防御障壁〕は最低限にして、幻導術の奴らに任せろっ」

 こちらは気勢を上げる者はおらず、淡々と仕事を開始している。


 アンデッド教徒は全員が小さなゴーストを出して、上空を旋回させながら対空警戒もしている。(だけど、あの程度のゴーストでは魔力不足だろうなあ……)と思うレブンである。(今度はもっと強いゴーストを使役できるような魔法具の開発をしよう……)と、一応メモしておく。



 敵の土人形は急速に敏捷性を増していき、一対一の戦闘になるように、陣形を組まずに襲い掛かってきた。何とか人の形をしているのだが、目や口もなく、指もない。関節もないので、粘土人形のような動きだ。


 リーパットが〔結界ビン〕から無反動砲のような魔法兵器を取り出して、敵の土人形を〔ロックオン〕する。

「我に続けえ! 攻撃開始だあっ」

 勝手に全軍の司令官を買って出たリーパットだったが、特に異論は出ていない。そのため、事実上リーパットが大将になってしまった。


 側近のパランとチャパイがブレザー制服のポケットから〔結界ビン〕を取り出して、同じような無反動砲と予備弾40発を地面に置く。チャパイが全軍に振り向いて両手を振り回して鼓舞した。

「土人形なぞ、我らの敵ではない! そこの国宝ゾンビに知らしめてやれっ」


 パランは次々に無反動砲に榴弾を装填しつつ、それをリーパットに手渡している。訓練を重ねているのか、かなりの手際の良さだ。

「リーパットさま! ご存分に腕を奮って下さいっ」

「おう!」

 黒茶色の瞳をギラギラと輝かせて、口元を凶悪に緩めるリーパットだ。

 パランから奪うように無反動砲を受け取って、〔ロックオン〕して迷いもなく撃つ。撃った後の無反動砲をパランに投げ捨てて、次の装填済み無反動砲を受け取って狙いをつけていく。


 バングナン級長がニヤリと笑って、自軍の力場術専門クラスに攻撃命令を出した。

「やるじゃねえかよ、貴族の坊ちゃんのくせに。よーし、俺たちも負けちゃいられないぞ。各隊長の指示に従って攻撃開始だ!」

 力場術専門クラスとムンキン党の合同部隊が攻撃を開始した。さすがに破壊力は、リーパットの無反動砲の比では無い。運動場に爆炎と爆風、土埃に衝撃波が乱れ飛ぶ。


 続いて、精霊魔法専門クラスの合同クラス部隊が攻撃を開始した。指揮を執るのは、ノーム先生の専門クラスの級長ビジ・ニクマティ3年生だ。理知的な黒茶色の瞳を静かに燃やして、狐耳をピンと張っている。

「サーバーに依存しない攻撃の威力を示してやれ! 各小隊は慌てずに落ち着いて敵を破壊しろ」

 そして、ムンキンにチラリと視線を投げた。

「ムンキンは、遊撃隊に参加しているからな。カカクトゥア先生のクラス生徒は、私の指揮下で動くようにっ」


 これまで何度も、ムンキンの指揮下ではなくニクマティの指揮下で戦闘をしているので、エルフ先生の専門クラス生徒30名ほども素直に従っている。不敵に口元を緩めるニクマティ級長だ。

「60名の戦闘指揮も、慣れてきてるなあ……意外と優秀だな、私」


 他にも、ソーサラー魔術専門クラスの生徒30名ほどが同時に攻撃を開始した。

 魔法工学の専門クラスの生徒30名も、〔結界ビン〕を開けて無反動砲と予備弾を出して攻撃を開始している。魔法工学クラスを指揮しているのは、狐族マスック・ベルディリ級長だ。クルミ色の瞳を輝かせて、無反動砲で榴弾を次々に撃ち込んでいく。

「魔力を増強した榴弾の実地試験ですね。観測班は、この戦闘情報を余さずに〔記録〕しなさい」


 招造術専門クラスの生徒30名も、同様に〔結界ビン〕の中から土石製の虫型ゴーレムを〔召喚〕して攻撃に向かわせた。指揮を執っているのは、竜族レタック・クレタ級長だ。渋柿色の頭と尻尾のウロコを逆立てて、瑠璃色の瞳をギラギラと光らせている。

「何か状況が今ひとつ把握できませんが、攻め込んでくる敵は排除あるのみです! 最新式のゴーレム術式の実用試験になりますから、気兼ねなく派手にやりなさいっ」


 幻導術の専門クラスの生徒30名は直接攻撃には参加せずに、〔防御障壁〕支援と敵への各種妨害、〔混乱〕魔法を仕掛けている。指揮をしているのは、竜族のプサット・ウースス級長だ。今回はさすがに余裕なのか胃痛などは起こしていない様子で、背筋がピンと伸びている。それでも橙色の頭のウロコは見事に逆立っているが。

「〔防御障壁〕の充実に魔力を優先して使用しなさい。ケガ人ゼロを目指しますよっ」


 それを聞いて頬を緩めているのは、法術専門クラスのバタル・スンティカン級長だ。渋い柿色の尻尾で地面をパシパシ叩きながら、鉄紺色の瞳を細めている。

「おう、感心、感心。俺たちが暇しているのが最善だからな」


 ミンタたちも攻撃を開始したので、運動場の視界が一気に悪化した。

 敵が土属性なので、風の系統の魔法攻撃を集中しているせいだ。風の精霊魔法に、ソーサラー魔術の風魔法、力場術の〔空気分子操作〕魔法と〔ベクトル操作〕魔法、爆風をもたらす系統の魔法具だ。法術専門クラスだけは風魔法を使わずに、光線タイプの法術を斉射している。

 その一斉攻撃で、土人形が100体ほど粉砕されて土埃になった。


 しかし、運動場はそれほど広くないので、土人形群が2秒後には生徒や先生たちの陣に激突した。生徒や先生もすぐに乱戦用の格闘魔法に切り替える。

 たちまち、運動場全域で激闘が開始された。ムンキン党とアンデッド教徒は、幻導術のウースス級長と協力して〔防御障壁〕の多重化と強化に専念する。スロコックはそれに加えて、味方に〔運の強化〕を付与し、敵の〔不運を誘発〕させるように指示を下している。すぐに、占道術の魔法の切り替えが行われた。格闘戦では、射撃戦とは別種類の〔運〕が必要になるためだ。


 レブンが土人形の魔力量を〔解析〕して、味方全員に一斉送信する。これで土人形1体を破壊するために必要な魔力量が分かる。今後は効率よい戦闘ができるだろう。


 この間にも、1体の土人形にアンコウ型シャドウが体当たりして〔支配〕し、レブンの指揮下に強制転換させている。今のところは、レブンの指揮下になった土人形は20体ほどだが……乱戦の中で次々に敵の土人形に殴られ、〔液化〕されて運動場に吸い込まれていく。

 その蹴りやパンチのスピード差と威力の差に、残念がるレブン。

「操者の魔力差を痛感するなあ。僕の支配下に置くと、敏捷性が10分の1以下に落ちてしまうよ。盾の代わりにもならないか」

 口元を魚に戻しながらも、土人形の寝返り作戦を継続していく。


 真っ青な表情になって右往左往しているのはリーパット党だ。しかし、回避運動には長けているようである。土人形が手足を振り回しての〔液化〕攻撃を上手にかわしている。



 その様子を眺めながら、合体墓が微笑んでうなずいている。生徒からの攻撃も、この合体墓に命中しているのだが傷一つ付いていない。

「授業の一環ということですので、簡単な解説を挟みながら進めましょうか」

 ちょっと暇になったらしい。勝手に解説を始めた。

「土人形に死霊術を施して〔操作〕しています。ハグ人形さんと原理は同じですね。残留思念は、あなたたちから強制徴収して導入しました。闇の精霊魔法で残留思念を強化して、手足には〔液化〕の魔法を付与しています」


 サムカが感心した様子で腕組みをする。実習と割り切っているのか、戦闘には全く参加せずに見物しているだけだ。

 彼の目の前にも土人形が駆けてくるのだが……サムカを〔察知〕できないようで、そのまま素通りして乱戦の中へ駆け去っていく。サムカが〔防御障壁〕を展開しているせいである。サムカ自身がかなり上位のアンデッドなので、レブンの寝返り土人形やシャドウと異なり〔察知〕が難しいのだろう。

「ほう、なるほどな。敵の数だけ自動生成する土人形か。大地は水に対して優位だから、手足に〔液化〕の術式を装備できるということだな。私の領地でも応用できるかもしれないな。検討してみるか」


 そんな、のほほんとした様子のサムカであったが、戦闘は彼の周りで今も継続されている。怒声と悲鳴が運動場に巻き上がり、まだ地面に吸収される前の泥が群衆に踏み荒らされて、空中にしぶきとして飛び散っている。

 この泥は、へばりついた相手も〔液化〕するようで、泥まみれになった生徒が〔液化〕して退場していく。一応は〔防御障壁〕をしているのだが、完全に無効化されている。

 土埃が濃く立ち込めているので視界が悪いのも、生徒たちにとって不利になっている。


 幻導術のウースス級長の顔色が悪くなって、背中を丸め始めた。

「うげ。もう対処されたのかあ……参ったな」

 アンデッド教徒が早くも魔力切れで死霊術を使えなくなり、ゴースト群が消えた。スロコックが黒いフードの中で、目を白黒させている。

「うわ、しまったあ。もう魔力切れかっ。急いで、別のソーサラー魔術の〔防御障壁〕と迎撃魔術に切り替えろっ」


 しかし、魔力切れの影響では満足な出力が出せない。天を仰ぐスロコックだ。

「もはやこれまで! 我らアンデッド教に栄光あれ!」

 あっという間に土人形群に突破されて、全員が殴られて〔液化〕されてしまった。

 そうなっては、戦闘の実習訓練を受けていない校長を含めた事務職員には対抗手段はない。占道術の専門クラスの生徒30名ほどと一緒になって、携帯型の魔法具を撃ちまくって抵抗するが……10秒間も持たずにタコ殴りにされて水玉になって全滅した。そのままアンデッド教徒と共に、運動場の土に吸い込まれて消える。


 軍と警察の全部隊は幻導術専門クラスの防御支援を受けながら、重火器や魔法具で応戦していたが……練度が全く足りていないのか、まともに命中していない。

 ムンキン党の魔法攻撃の方が当たるくらいだ。それどころか、ムンキン党員と力場術専門クラスの数名が、軍と警察の誤射で吹き飛ばされてしまった。幸い、〔防御障壁〕を展開していたのでケガはなかったが……起き上がったところを土人形に取り囲まれてタコ殴りにされ、そのまま〔液化〕して消えてしまった。


 陣形が誤射の影響で崩れて、敵土人形が乱入してくる。生徒の間からも、悲鳴と怒声が上がり始めた。それを見たムンキン党のバングナンが、もう1人の党員に毒づいて肩をすくめる。

「味方のせいで、防御陣が崩壊か。ここまでだな」

「そうだな。次はこれを教訓にして対応策を……ぐは」

 彼も味方の誤射で吹き飛ばされてしまった。すぐに殴られ、〔液化〕されて土中へ退場する。


 これで味方を失って〔防御障壁〕が途切れてしまい、そこから本格的に土人形群が乱入してきた。最後に1人残ったムンキン党員兼、力場術専門クラス生徒のバングナンが、ムンキンに〔念話〕で壊滅を伝える。

(じゃあ、あとはよろしく。俺も土の中で休憩するよ、ムンキン)

 その次の瞬間。バングナンも土人形に蹴られて、土中の住人になってしまった。


 軍と警察がさらにパニックになって魔法具を乱射して抵抗するが、ものの2分弱で彼らも〔液化〕して、運動場に吸い込まれて消えてしまった。力場術専門クラスも、占道術専門クラスに続いて全滅だ。水たまりだらけになっている。


 ムンキンが30体目の土人形を『光る右拳』で殴って粉砕して、左手に持つ簡易杖で31体目の土人形を風の精霊魔法で粉砕しつつ、地面の水たまりをジト目で睨んで飛び越える。先程まで警官と軍人だった水たまりだ。

「酷い練度だな。狼バンパイアと戦った部隊の方が、はるかに活躍していたぞ。味方を撃って壊滅とか、笑えねえ……」


 ムンキンの故郷やその近隣に、今になって展開している帝国軍や警察も、運動場の彼らほど低質ではなかった。その事もあり、相当に呆れている表情だ。

 まあ、ペルヘンティアン家がのさばっていた時ですら、故ラグ・クンイット先輩の故郷の街を『誤射』で根こそぎ破壊したほどなので、最初から信用などしていないのだが。


 ちょうど運動場に吸い込まれて消えたばかりの水たまりに一言告げて、ついでにもう1体の土人形を『光る拳』で殴って粉砕した。手袋ごと白く光っている。

「教訓としては、『味方をあまり信用するな』という事だな。でもまあ、よく戦ってくれたぜ。あとは俺に任せてゆっくり地下水してろ。……げ! ミンタさん、ちょっと待て、待てってコラっ」

 ミンタが広域〔殲滅〕魔法を仕掛け始めたので、それを慌てて中止させる。ミンタも既に10体以上を格闘戦で粉砕していたのだが、面倒になったようだ。ムンキンに制止されて頬を不満で膨らませている。

「何よ、ムンキン君。こんな土人形、一撃で分解すれば良いじゃないの」


 ミンタの肩を持ったままで、ムンキンが険しい顔をして忠告する。同時に背後に敵性魔法場を〔察知〕して、白く光る尻尾を鞭のようにしならせて振り、さらにもう1体の土人形を粉砕した。ほとんどムンキン無双状態である。

「これだけで終わるとは思えない。魔力サーバーがそのうちダウンして使えなくなるし、精霊場の遮断も可能性として充分にある。できるだけ、魔力を温存する方が良いよ。ミンタさん」


 ミンタが一息ついて、気分を落ち着かせた。そして、何事か考えたようだ。

「魔力サーバーか……使えそうね。ムンキン君、了解したわ。魔力の温存は大事よねっ」

 合体墓にも聞こえるような大声である。ミンタとムンキンが『前蹴り』で土人形を1体ずつ粉にしてから、さらにミンタが声を張り上げてジャディに告げた。

「バカ鳥! まだ生きていたら聞きなさいっ。使えないリーパット党を〔防御障壁〕の外に吹き飛ばして助けなさいっ。そいつらは、まともな魔法なんか使えないから、ここに残っていても足手まといなのよっ」


 合体墓が首をかしげた。

「……まあ、そうですね。テストしてもらうには実力不足なのは、私も同意見です。しかし、この〔防御障壁〕を突破できるとは思えませんが」


 リーパットが激高した。側近のパランやチャパイも絶望顔になっていたのだが、彼だけは元気だ。

 土人形の蹴りや拳を、撃ち終わった無反動砲で見事に受け流して、そのまま土人形を転ばしている。無反動砲はそのまま〔液化〕するので使い捨てにして、別の無反動砲をパランから受け取っていく。彼も色々と思うところがあったのだろう、体術が見違えるように向上していた。

(しかし、これも支援型の何かの魔法具による効果だな……)と看破するムンキンである。そう長時間は持続できない。

 他のリーパット党員はそこまでの体術がないので、次々に〔液化〕して退場しているが、リーパットは気にしていない。

「はあ!? 我が役立たずだと? 今、ここで、こうして、立っている、我を! 侮辱するかあああっ」


 そう喚いているリーパットの上空に、ジャディが飛んできた。かなりの低空飛行で、地上2メートル以下の高度で突っ込んでくる。

 風の精霊魔法を使っていて、数個の〔旋風〕を従えていた。これはかなりの出力のようで、〔旋風〕の内部は真っ暗で何も見えないのだが、フラッシュのような鋭い閃光が毎秒数回の頻度で起き続けている。水蒸気がイオン化して、小さな雷発生の発電装置になっているようだ。


 そんな〔旋風〕に襲われた土人形は、瞬時に粉砕されて消滅するしかない。〔旋風〕を包むように〔遮音障壁〕が展開されているために、物音ひとつしない異様な有様だ。


 ジャディがリーパットの真上で急停止して〔浮遊〕し、凶悪な笑みを投げかけた。ついでにリーパットが転ばせた土人形を吸い上げて破壊する。

「よお。しぶといじゃねえか。外へ逃がしてやるから、あとは休んでろ」


 ジャディのカラス型のシャドウが飛んできて旋回する。次の瞬間。暴風が起きてリーパットと、その生き残り党員が1ヶ所に吹き寄せられた。パランとチャパイも強運の持ち主なのか、まだ生き残っている。

「生き残りは5人かよ。余裕だな。外へ出たら、水の玉を攻撃するなと偉い奴に言いまわってこい。ここの生徒と帝国の犬どもの故郷は、帝国全土に散らばってる。帝都含めて一斉に消滅しちまうぞ」


 ようやく、リーパットにも状況が飲みこめてきたようだ。それでもかなり悔しい様子で、苦虫を噛み潰したような表情をしている。

 そんな顔をニヤニヤして楽しんでいる様子のジャディ。さらに10体ほどの土人形を〔旋風〕に飲みこませて破壊した。敵の破壊数では、ムンキンを超えているかもしれない。

「まあ、飛族にとってはどうでもいい事だがな。むしろ、盗賊の仕事が増えて嬉しいくらいだ。さあ、どうする?」


 リーパットが暴風に両足を踏ん張って耐えながら、「キッ」とジャディの凶悪な目を見上げた。もちろん1人では立てないので、パランとチャパイら党員4人全員が、リーパット1人を全力で支えているのだが。

「よかろう。貴様ら盗賊の跋扈を許すわけにはいかぬ。そして、このクソ国宝の暴走もな。いくら初代皇帝の遺品でも、これは許容できぬ」


 そして、彼を支えている生き残り4人の党員全員に顔を向けて、文字通りの上から目線で命じた。

「貴様らは、この危機を帝都のブルジュアン家に伝えよ。〔念話〕も何も通信手段がない以上、貴様らが〔飛行〕魔術で飛んでいって知らせる他あるまい。行け! 我は、このクソ国宝を破壊する。これはブルジュアン家の者にしかできぬ事だ」

 動揺している党員に、今度はパランがチャパイに命じた。

「俺はリーパットさまの盾になる。チャパイは命じられた事を為してくれ」


 まだ戸惑っているチャパイと2人の党員に、ジャディがニヤリと笑った。琥珀色の瞳がギラリと光る。

「じゃあ、吹き飛ばすぜ! 落ちて死んでもオレ様は知らねえからな。自力で〔蘇生〕しろ」

 まだ何か言おうとするチャパイに、容赦なく〔旋風〕が襲い掛かって飲みこんだ。悲鳴が一瞬上がったが、それも〔遮音障壁〕に阻まれて聞こえなくなり……姿も黒い〔旋風〕に飲まれて見えなくなった。


「おりゃ!」

 ジャディが一声叫んで、〔旋風〕が帝都の方角目がけて吹き上がった。見事にリーパットとパランだけが残されていて、地面に転がっている。

 それを冷ややかな視線で見送るのは合体墓だ。

「無駄な事を。この〔結界〕の強度は、そのような風魔法では突破できませんよ。衝突して全員ミンチになるだけです」


 しかし、ジャディはニヤニヤしている。ミンタも口元が少しほころんで、栗色の瞳がキラリと光った。

「そうだといいわね。『地球の』アンデッドさん」


 黒い〔旋風〕が、合体墓が張り巡らせている頑丈な〔結界〕を、あっけなく突破して外へ出た。

「は!?」

 合体墓が心底驚いたような声を上げた。〔結界〕の外に飛び出た黒い〔旋風〕に、その〔結界〕の壁から60発の〔マジックミサイル〕が発射されて命中する。しかし、直径500メートルもの爆炎に包まれた〔旋風〕は、全くの無傷だった。

「はあ!?」

 再び、素っ頓狂な声を上げて驚く合体墓である。次の攻撃を〔光線〕魔法に切り替えて攻撃しようとしたが、『化け狐』の小さな群れが爆炎跡に集まってきたのを見て、追撃を慌てて中止した。


 この『化け狐』も〔旋風〕を認識できていない様子で、何も反応していない。〔旋風〕はそのまま、亜熱帯の森で覆われた地平線の向こうへ飛び去っていった。



「コホン」と咳払いをして落ち着きを取り戻した合体墓が、サムカの頭の上で平泳ぎしているハグ人形を睨んでからジャディに聞く。ジャディは既に〔結界〕ドームの最上部まで飛び上がっていて、今はホバリングしていた。

「これは、どういう事ですか? 説明して下さると、墓所としても非常に嬉しいのですが」


 ミンタと軽くアイコンタクトを交わしたジャディが、ドヤ顔で笑う。背中の両翼と尾翼が、見栄を切ったかのように派手に大きく広げられる。黒い風切り羽もピンと張った。

「ミンタが言った通りだぜ。『地球以外の妖精』の力を借りた。未知の魔法場には、いくらオマエでも対処できなかったな。ククク、痛快だぜっ」


 そのまま、風の精霊魔法に闇の精霊魔法を加えた〔風の魔弾〕を、マシンガン掃射のように運動場へ向けて撃ち放った。あっという間に土人形が全滅していく。

 それには全く関心がない様子で、合体墓がジャディに感謝の意を伝える。

「なるほど。木星の妖精ですね。これは新たな経験を得ましたよ。ジャディ君。墓所として、あなたに感謝しましょう。そして、消えて下さい。少し、癪に障りました」


 〔結界〕の外に浮かぶ巨大な水玉から数本の〔ビーム光線〕が放たれて、それが全てジャディに命中した。

「ぐはっ。じゃ、後は頼むぜ、バカども」

 あっという間に〔液化〕して、そのまま運動場に落下し、泥水混じりの水たまりになった。


 それを満足気に眺めているサムカが、頭上のハグ人形に小声で聞く。まだ平泳ぎをしている。

「ハグ。もしかして、このテストは君の発案かね?」

 ハグ人形が今度はバタフライに泳法を変えて、サムカの錆色の短髪をかきわけ始めた。かなり上機嫌のようだ。

「今頃気がついたのか。さすがはサムカ卿だな。もう少し頭を使った方がいいぞ。アンデッドでもボケる者はいるからな」


 散々に好き放題言い放ってから、ぬいぐるみの顔を両手でつかんでドヤ顔を作り出した。準備していたらしい。

「この世界の偉い人に媚びへつらうのは、商売の基本だろ? 「召喚ナイフの心証を良くすることは、販売促進上とても大事だ」……と、オマエさんの盟友ステワ・エア君が言っておったのでな。見習ったまでだ」


 サムカの脳裏に、ステワの顔が浮かぶ。彼は鉄錆色の癖のある髪を適当に手で整えながら、蜜柑色の瞳を細めている。

(ステワめ。最近大人しいと思っていたら、このような事を企んでいたのか……)と、困ったような顔で頬を緩めるサムカである。

「しかし、このような策略は、誇り高きリッチーに『ふさわしくない』のではないのかね? 他のリッチーから影口を叩かれる気がするが」


 ハグ人形が「ケラケラ」笑い始めた。器用にもバタフライ泳法で足がつって、溺れたような所作までしている。

「何を言っておるのかな? これはただの『人形』だろ? リッチーなど、どこにも見当たらぬではないか」


 これ以上、不毛な会話をする事を諦めたサムカが、話題を変えた。

「さて……結構な人数が生き残ったな。ざっと見て200人というところか。うむ、優秀だな。これで闇魔法場に耐性があれば、全員を我が城で雇いたいくらいだよ」


 残っているのは、生徒たちだけになっていた。他にはサムカとティンギ先生、マライタ先生の3人だけだ。

 最も多く残っているのは防御に秀でた幻導術クラスで、数名の退場だけで乗り切っていた。招造術と魔法工学の専門クラス生徒は、半数程度が残っている。

 一番少ないのは法術と、エルフ先生とノーム先生の専門クラスの生徒だった。数名しか残っていない。占道術と力場術、それにソーサラー魔術の専門クラスは全滅していた。


 土人形が死霊術を帯びていたので、魔法場の相性で見ると、精霊魔法クラスの生徒にとって最悪だった。法術と力場術も同様の結果になっている。一方で、直接戦闘をできるだけ回避していた他のクラスには、壊滅的な被害は出ていない。


 ミンタが生き残りの精霊魔法専門クラスの生徒を集めて、情報共有網を改めて作成した。ラヤンを含めると、11人の小隊規模になる。奮戦のニクマティ級長に、一言礼を述べる。

「お疲れさま。なかなかの指揮官だったわよ」


 ニクマティ級長が疲れた顔で笑う。

「いつもの無茶振りだろ。後は任せたぞミンタさん」

 ミンタが不敵な笑みを口元に浮かべて、鼻先のヒゲをピコピコさせた。

「ええ。任されたわ。級長は生き残りの同級生の小隊長をお願いするわね」


 そして、元ジャディの水たまり跡にウインクして、合体墓にドヤ顔を向ける。

「私たちの勝ちね。土人形は全滅したわけだけど」

 ムンキンとリーパット、それにパランがミンタの前に出て、格闘戦の構えをとる。ミンタの両隣には、ペルとレブンがシャドウを頭の上に浮かべていて、魔法攻撃の準備を完了していた。ラヤンは最後尾で法術の術式を人数分用意している。ニクマティ級長が率いる精霊魔法専門クラスの生徒たち6人は、ラヤンの盾役に徹するようだ。


 そんなピリピリした緊張感をまるで無視して、マライタ先生が疲れた様子でドッカリと運動場にあぐらをかいて座っていた。赤い煉瓦色のクシャクシャヒゲと髪を、手袋をはめた左手でかき回して、白い歯を見せている。

「手持ちの魔法具全ての機能確認ができたよ。素晴らしい実習だなっ。次回も呼んでくれ」

 あれだけの攻防があったというのに、全くの無傷だ。ほぼ履き潰されたスニーカー靴が、土埃で覆われている程度である。


 近くで同じように寛いでいるティンギ先生が、パイプのタバコを入れ替えながらマライタ先生に指摘した。

「まだ終わってないよ、マライタ先生。そうだろう? 墓さん」

 ティンギ先生の隣には、ちゃっかりとコントーニャが座ってニコニコしている。なぜかライターまで制服のポケットから取り出していて、火をつける準備をしている。


 少し離れた場所では、幻導術のウースス級長が猫背になりながら怒っていた。

「こらあ! この大変な時に、何を遊んでいるんですかっ! 不謹慎この上もないですよっ」

 しかし、コンニーの素敵な笑顔は崩れない。ライターをちらつかせながらティンギ先生に擦り寄っていく。

「ティンギ先生の護衛よー。これも必要でしょー」


 サムカもこれまでの攻防に満足そうにうなずいて、合体墓に山吹色の瞳を向けた。

「ティンギ先生の言う通りだな。まだ墓君の魔力量は全然減っていないからね」

「ええ~……」と、露骨に不満顔になるミンタたちである。各専門クラスの生徒たちも、同じような表情になっている。


 合体墓が手元に時計を表示させて、時刻を確認した。学校で色々と学んだせいか、様々な魔法を習得している。

「そうですね。予想外の展開で、予定していたテスト時間を大幅に短縮しなくてはなりません。残り時間は、帝都からの距離を考えると、そうですね……30分というところですか」

 時計を消して、森の方向を見る。

「『化け狐』に命じて逃げた生徒たちを追いかけることは可能ですが……そうすると、墓所の魔法場が外の世界に残ってしまいますね。魔法使いや神官に墓所の存在が疑われてしまうと本末転倒ですので、見逃すことにしますよ」


 ホッとするリーパットとパランである。が、すぐに闘志を顔に表して合体墓を睨みつけ、簡易杖の先を向けた。

「まだよく何がどうなってるのか、分からぬが、成敗してやる事に変更はない! 大人しく破壊されて灰になれ、アンデッド!」

 パランがリーパットの左側について、彼の格闘術での弱点が多い左前方を塞いだ。文字通りの盾役だ。同時に意識の〔共有化〕もしているようで、2人の動きが完璧に同調している。

「リーパットさま、ご存分に!」


 その様子を、微笑ましく見つめる合体墓。

「そうですね。では、次のテストを開始しましょうか」

 そう言い終わるや否や、土中から今度は200体ほどの金属製の人形が湧き出してきた。あくまでも一対一の仕様でテストを進めるつもりのようだ。今回の人形は、なぜか全身が蜂の巣のように穴だらけの構造である。


 ペルが片耳をパタパタさせて首をかしげる。

「ん? 軽量化するためかな? でも、軽金属だから、元々軽量なんだけどな」

 一目で敵人形の組成を〔分析〕して読み取るペルである。さすがは魔法工学が得意なだけはあるようだ。すぐに生徒たち全員に一斉送信で伝える。

「軽金属製の人形型アンデッドだよ。土じゃないから注意してね」


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