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83話

【悪臭の苦情】

 白く輝く砂浜の背後に広がっている熱帯の海岸林は健在で、曲がりくねった枝や根を張り巡らせていて、相変わらずの独特な印象を与えている。ヤシやタコノキが多い。その分厚い葉も日差しを反射して、鈍くキラキラと輝いて見える。

 しかし、これらの樹種は乾燥地に適したもので、泥炭地に生えている種類ではない。そのため、虫も少なく快適なビーチになっている。

 ヒルギなどを主な構成樹種とするマングローブ林は、これらの海岸林のさらに奥に広がっていた。そのさらに奥は、通常の熱帯の森林が延々と地平線まで広がって覆っている。


 そのヤシとタコノキの森の中から、イノシシ型の森の妖精とクラゲ型の地下水の妖精が姿を現した。

 砂浜には、他にも20名ほどの竜族や魚族の将校家族がビーチで寛いでいたのだが、慌てて逃げ戻っていく。さすがにもう、悲鳴は上げないようになっているようだが。


 その後ろ姿を若干冷ややかな目で見送りながら、カチップ管理人がムンキンたちに説明する。

「皆様がやって来ることは、彼ら妖精にも知らせてあります。今回の悪臭騒動は妖精でも不快に感じている様子ですね。将校家族は無視しておいて構いませんよ。朝から警告を出しておりましたから」


 イノシシとクラゲの2体の妖精が砂浜の上を滑るように水平移動して、こちらへやって来た。彼らもムンキンたちと同じく砂浜から浮かんでいる。


 相変わらずの強力な魔力量に、顔を見合わせて微妙な表情をしているムンキンとラヤンである。

 パリーほどではないが、この妖精2体も強力だ。正面から戦った場合、確実に〔妖精化〕されて殺されてしまうだろう。今は、敵対するような魔法場の動きを見せていない。カチップ管理人を含めた全員の命の安全は、保証されていると見て良いはずだ。


(海賊に対する共同迎撃作戦が、結果的に妖精との友好関係を深めることになったのかな……)と思うレブン。何がどう変化するのか不思議なものだ。当然ながら、レブンが2体の妖精にも礼儀正しく挨拶をする。

「先日は、本当にありがとうございました。森や地下水への被害も少なかったそうで良かったです。死臭臭いと、ここのカチップ管理人さんから伺って来たのですが、妖精方も同じ感想をお持ちですか?」


 イノシシ型とクラゲ型の妖精が体をブルブルと震わせてからレブンにうなずいた。先日よりも、さらに人間らしい仕草をするように変化している。

 体の大きさもセマンとほぼ同じくらいにまで小さくなっていた。それでも背丈が130センチほどあるので、ムンキンたち生徒よりも30センチほど高いが。一方のカチップ管理人が140センチなので、彼だけは妖精を見下ろすような視線になっている。


 まずはイノシシ型の妖精が口を開いた。かなり流暢なウィザード語になっている。

「うむ。我らも最近になって死臭に困っておる。森の中からも臭ってくるのだ。だが、我らには臭いだけで、姿や魔法場までは〔察知〕できぬ。君らが指摘するところの、魔法場の相性というものだろうな」


 森の妖精は生命の精霊場の塊だ。地下水の妖精は水の精霊場の塊である。死霊術はウィザード魔法の一種という認識ではあるが、サムカやハグの話のように古代語魔法の末端に位置する魔法である。闇の精霊場との重複もあるので、〔察知〕が困難になりがちなのだ。実際にパリーもサムカと関わる前までは、死霊術場の〔察知〕はできていなかった。


(悪臭公害を受けながら、その悪臭の発生源が分からない状況ではイライラが蓄積するだろうなあ……)と同情するレブン。


 次いで、クラゲ型の地下水の妖精が話を継いだ。口調はかなり穏やかだが……やはりイライラしているようで、所々にトゲトゲしい音波が声に混じっている。

「地下水にも混じってきておるのだ。知っての通り、ここの地下水は淡水で、海水と均衡を保って大地が塩で汚染されないようにしておる。森からの悪臭と、海からの悪臭とが地下水にも届くようになってきておるのだよ。どうやら別々の悪臭のようでね、困り始めているところだ。悪臭源が分かれば、すぐに〔浄化〕して消し去ってしまえるのだが」


「ふむ……」とレブンがうなずいて、妖精たちに情報提供を感謝する。そのまま、手元に小さな〔空中ディスプレー〕画面を発生させて、死霊術の術式をいくつか走らせ始める。

 その術式の走り具合を横目で確認しながら、ブレザー制服の胸ポケットから小さなガラス瓶を1つ取り出した。〔縮小化〕の魔法処理がされているようで、それを〔解除〕して元の大きさに戻す。手の平サイズの〔結界ビン〕になった。

 それを手の平の上で転がしながら、レブンが全員に明るい深緑色の視線を向ける。

「これから、僕が使役しているアンデッドのシャドウを1体、外に出します。死霊術を誰かが使用しているのかどうか、これを周辺を飛ばして測定します。ステルス処理をしていますので皆さんには〔察知〕できないかもしれませんが、危害を加えることはありませんのでご安心下さい」


『アンデッド』という単語を聞いて、ほとんど条件反射的に身構える妖精2体とラヤンだ。カチップ管理人はセマン顔の整った眉をひそめただけだった。

 ラヤンが早速、簡易杖を制服のポケットから取り出して、法術の基礎術式を起動する。

「事前に説明をするのは、良い心がけね。レブン君のアンデッドが暴走したら、すぐに私が退治してあげるから、安心して使いなさい」


 そして、ラヤンが妖精たちに紺色の瞳を向けた。頭の赤橙色のウロコが日差しを反射して、金属的に輝いている。

「そういうことですから、慌てて迎撃魔法を乱射しないようにして下さいね。私たちまで、その場の勢いで〔妖精化〕されたら困りますので」


 学校には一応、〔復活〕用に血液を保存してある。万一、〔妖精化〕や〔精霊化〕、〔アンデッド化〕などをされて、通常の〔治療〕が不可能になった場合に備えての素材準備だ。

 しかし〔復活〕をしないで済めば、それが最善である。ラワット先生が危惧するような、〔復活〕時のエラー発生もある。複数の生体情報を自動で定期的に保存しているので、それらを参照することでエラーを修正することは可能ではあるが。しかし、それでもリスクがあることには変わりはない。


 改めて皆に断ってからレブンが〔結界ビン〕を開けて、中からアンコウ型のシャドウを1体取り出した。すでに〔ステルス障壁〕で包まれているので、ほとんど透明だ。死霊術場が高まり、その場の温度が1度ほど低くなり、若干暗くなる。

 妖精2体とラヤンは反射的に身震いをしたが、〔浄化〕などの攻撃は控えてくれた。その分、かなりの不満顔になっているが。


 ラヤンが紺色の瞳をジト目にしながら、イライラした動きで尻尾を何度も白浜の砂に叩きつける。

「見えないし、〔察知〕もできないけど、相変わらず不快で臭いわね、まったく……妖精さんたちも、調査をする間は我慢して下さいね」

 かなり人間らしい表情と仕草で、イノシシとクラゲが無言で同意した。


 カチップ管理人も、何となく不快感を感じている表情をしている。

「……ですね。確かに、これは死臭ですね。なるほど、これが死霊術というものですか。先日の騒動の際には、私もパニック気味でしたから気がつきませんでしたよ。お化けか何かが、ここにいるのですよね。私には全く見えませんが……私の村でも似たような臭いを感じますよ」


 容赦ない感想を受けて、落ち込んでいるレブン。そのレブンの肩に腕を回して引き寄せたムンキンが、不敵な笑みを浮かべた。

「なあに、死臭に慣れた方が色々と面倒だ。僕みたいに平気になってしまうと、これはこれで問題だからな」


 そして、ムンキンがいったんレブンから離れて、簡易杖を取り出した。

<ポン>と軽い音と水蒸気の煙を出して、手元に手の平サイズの紙製のゴーレムが1体現れる。紙飛行機型で飛行できる仕様のようだ。すでに手元で浮いていて、紙飛行機本体の真後ろと真横に火球が発生し始めた。

「じゃあ、僕も幻導術で不審な術式が潜んでいないか、調査をするよ。この紙飛行機型ジェット機のゴーレムを使って、さくっと飛ばしてみる。半径100キロ圏内を、しらみつぶしに調査すればいいだろう」


 言うが早いか、爆音を轟かせて紙飛行機が火球からジェット噴射をして上空へ飛び去っていった。さすがにまだ音速を突破していなかったので、衝撃波などは発生していないが……それでもうるさい。


 レブンがジェット紙飛行機を見送りながら、軽く肩をすくめる。

「ジャディ君の立場がなくなりそうなゴーレムだね。では、僕もシャドウを使って調べてみます。まずは、この入り江から始めてみますね」

 何か冷たいモノが、高速で音もなく飛び去ったのを感じる妖精たちとカチップ管理人であった。ジェット機ゴーレムの射出に続いて、再び驚いた様子である。一方のラヤンはジト目のままだが。

「本当に、死霊術って厄介よね。私も結構体験しているんだけど、まだはっきりと見えないし」

 ミンタと同じような事を言っている。今のレブンのシャドウは〔ステルス障壁〕を展開しているので、かなり〔察知〕が困難になっていたりする。


 ペルの使う闇の精霊魔法でも同じなのだが、本物の悪臭が出ない分だけマシではある。実際は『悪臭のような感じ』というだけで、匂いとしての死臭を感じている訳ではない。すぐそばに死体がないので当然ではある。



 シャドウが入り江の海中に潜水して間もなく、レブンの顔に険しさが見られ始めた。リアルタイムで観測情報を処理しているためだ。死霊術を使う負荷がかかっている。

 一方のムンキンの表情には、特にこれといった変化は現れていない。


 レブンが口元を魚のそれにしながら、それでも努めて冷静に言葉を選びながら報告を始めた。

「……予想以上ですね。かなりの量の死霊術場と残留思念が海中に滞留しています」


 通常、これらは生命が多い場所から逃げて、洞窟の中のような場所へ集まっていく。特にここは熱帯で生命が多い地域なので、通常は深海や土中深くへ散って希釈されていくものだ。


 しかし、ここでは違っていた。この入り江に吸い寄せられて濃縮されていることが、レブンの調査で明らかになった。レブンが簡単に解説をする。

「ここは熱帯で生命が多いですから、常時、死ぬ生命が出ています。供給量も多くなるのでしょう。入り江には、魚を含めた大きな生物がほとんどいませんから、周辺と比較すると相対的に生命の精霊場の強さが弱くなっています。一種の墓場になっている状況ですね」


 さすがに深刻な表情になっていく妖精たちとカチップ管理人、それにラヤンである。一応、レブンが遠慮して魚の口になりながらも、言葉を付け加える。

「……ですが、まだ本当の墓場ではありませんよ。野良ゴーストがいませんし、『化け狐』の姿も見られません。このまま放置してしまうと寄ってくるでしょうが、その前に希釈処理をすれば大丈夫です」


「そう言えば、あの狐どもの姿が見当たらないな」と、周辺をキョロキョロするムンキンとラヤンである。生命だらけの熱帯地域なので、すぐにはやって来ないのだろう。

 学校へ集まってきていた『化け狐』も、サムカの定期〔召喚〕が始まってから増えた印象がある。その後、怒ったパリーによって追い出されてしまったが。



 レブンが入り江の状況調査を終えた。シャドウをいったん海上へ出して、海の上の空中に〔浮遊〕させる。シャドウはアンデッドなので、結構な量の死霊術場を吸収したようだ。魔力量が上がっている。それに伴い、さらにレブン以外の者には〔察知〕できなくなってしまったが。

「では、僕もムンキン君に倣って、周辺の調査をしてみますね。ムンキン君のゴーレムほど機動力はないから、半径50キロ圏内にします」

 アンコウ型シャドウが空を飛んで、まずは熱帯の森の中へ飛び込んでいった。


 それに観測させながら、レブンが先程の入り江の調査結果を〔解析〕し始める。死霊術はウィザード魔法の1つなので、〔空中ディスプレー〕画面に表示されている文字もウィザード語だ。この文字は複雑な形状をしているため、何かの複雑な分子構造の樹脂を分析しているようにも見えなくはない。


「妖精さま、カチップさん。伺いたいことがあるのですが、よろしいですか?」

 レブンの問いかけに、素直に応じる妖精と人魚である。イノシシ型の森の妖精が、かなり気楽な口調になりながら答える。

「なんだね? 原因が分かるのであれば、協力は惜しまないよ」

 クラゲ型の地下水の妖精も、同じような仕草でうなずく。

「そうだな。我ら妖精では、このような調査は門外漢だからな。ここへ来てくれただけで感謝しているよ」


 人魚族のカチップ管理人も微笑んでうなずいた。その一方で、施設関連の仕事の指示を、手元の〔空中ディスプレー〕画面を通じて次々に出している。相手はキジムナー族のようで、カチップの口調が高圧的な命令調になっているアンバランスさがあるが。

「情報提供は惜しみませんよ。あ、こら。いつまで時間がかかってるんだ、この間抜けめ。これ以上、遅れると即刻解雇するぞ。言い訳を聞く時間はない、仕事で示せ仕事で」


 キジムナー族の保護は、隣のイノシシ型の森の妖精の仕事の1つでもあるのだが……先日の騒動のせいもあるのか、特に何も言わないようだ。やや不機嫌になっている様子ではあるが。


 レブンがシャドウによる調査を続けながら、黒髪の頭を軽くかく。

「すいません、カチップさん。お仕事で忙しいのですよね。できる限り早く調査を済ませます。先程、入江の死霊術場を吸収しましたので、シャドウの能力も少し上がっていますし」

 そして、気になっている事を聞いてみた。

「僕は魚族ですので、海中に故郷があります。そこの親戚からも、今朝になって「死臭のようなものを感じる」と連絡が入っているんです。海中の死霊術場や残留思念の自然〔浄化〕というか〔希釈〕は、海流によるものが主なのですが、それ以外にも『海の妖精』による生命の精霊場の発散効果も大きいのです。森の妖精がしているような感じです」

 レブンの表情が深刻な感じになっていく。

「もしかすると、海の妖精に何か起きているのではないでしょうか。魚族よりも沿岸に近い海中に住んでいる、人魚族の考えを聞きたいのですが、どう思いますか?」


 人魚族の施設管理人カチップが腕組みをして考え込む。隣のクラゲ型の地下水の妖精も、レブンの疑問に何か反応したような仕草をとっている。

 それを横目で見ながら、カチップ管理人が「私見ですが……」と断りを入れてから、話し始めた。かなり不安を感じているような口調だ。

「……そうですね。悪臭騒動が起きてから、確かに海の妖精の気配が非常に希薄になっています。弱っているということではないのですが、何というか……その、『ふて腐れて閉じこもっている』というような印象ですね。私たち人魚族も、滅多に海の妖精には会わないので、あくまでも推測に過ぎませんが」


 ここで、地下水の妖精がおもむろに話を始め出した。クラゲの体がフヨンフヨンとゆっくりと弾んでいる。

「我も、海の妖精の動きが最近になって鈍くなっていると感じていた。魔力は減少しておらぬから、問題あるまいと判断しておったが……妖精は基本的に怠惰だからな。海がある限り永遠に存在し続けるので、生命ある者とは時間の感覚が違うのだよ」

 今度はイノシシ型の森の妖精が唐突に話し始めた。どうやら空気を読むということには、まだ慣れていないようだ。

「このところの騒動のせいで、森の妖精の多くが怒って暴れたのは、君たちも知っているな。それと似たような状況が海の妖精でも起きているのではないかね? 生命の精霊場に依って立つ妖精であれば、大量の死者の発生は不快なこと極まりないからな」


「ふむむ……」と考え込むレブン。手元の〔空中ディスプレー〕画面では、シャドウからの観測情報が洪水のように送信されてきているのが見て取れる。自動処理をしているので、こうして思索にふける余裕があるのだろう。


 そのデータを横目で見ながら、今度はラヤンが紺色の瞳を半眼にしてコメントしてきた。熱帯の日差しが彼女の頭のウロコに反射して、キラキラと赤橙色に輝いている。白浜からの照り返しも加わって、ムンキンとラヤンは金属的な輝きを放っているような印象を与えていた。

「あの大混乱による死者は、帝国住民だけで50万人以上ね。森の原獣人族や、家畜まで加えると桁が1つ2つ増えることは確実でしょう。死霊術の立場から言えば、膨大な残留思念と死霊術場が放出されたことになるわね」

 ラヤンが水平線を見る。

「陸上では今はもう薄まっていることを考えると、海中へ流れて行ったのかもしれない。海の妖精が怒るには、充分な量だと思うけど」


 レブンもラヤンの推測に同意した。顔全体が魚に変わりつつある。

「……ですよね。タカパ帝国での混乱に嫌気がさした海の妖精が、死霊術場や残留思念の希釈を放棄したと仮定すると……納得できてしまう現象が、この入り江で起きています。ですが、海の妖精は気難しい性質だからなあ……直接聞いてみることは無理そうですよね。会ったら〔妖精化〕されてしまうのがオチでしょうけど」

 そして、明るい深緑色の瞳を改めてカチップに向けた。かなり緊張しているのが分かる。

「お忙しいところすいませんが、タカパ帝国にある全ての人魚族の村に問い合わせてくれませんか。死臭がするかどうかを。僕は魚族の町全てに問い合わせてみます。もし、海の妖精が希釈作業をしていないとなれば、帝国全土の沿岸域で死臭が強くなっているはずです」


 ようやくカチップ管理人も、事態の重大さに気がつき始めたようだ。にわかに慌てた表情になって、手元の〔空中ディスプレー〕を忙しく操作し始めた。

「わ、わかりました。早速、緊急に問い合わせてみます。少々お待ちください」




【問い合わせ】

 レブンは、まず故郷の自治軍に問い合わせることにした。一介の学生が調べても大した収穫は期待できないからだ。

 しかし……自治軍の受付に問い合わせると、すぐに自治軍の将軍にまで『直通』で回線が通った。いきなりの展開に面食らったレブンだったが、簡潔に状況を説明して情報収集の依頼を頼む。すると、あっけなく了解されてしまった。


 目が点になっているレブンに、将軍が音声だけの通話で口調を少し和らげて解説してくれた。

「タカパ帝国軍の情報部から事前に色々とあったんだよ。もちろん、それだけでは動くわけにはいかないが、君は先の海賊退治でも活躍してくれたからね。それ相応の対応はするさ」


「なるほど……」と素直に受け取るレブンである。将軍の口調が再び事務的なものに変わった。

「では、我々の方で、早速。全ての魚族の町の自治軍や、自警団の将軍、団長に問い合わせてみよう。数分もかからないだろう。しばし待て」


 通話を横で聞いていたムンキンとラヤンも、故郷に問い合わせることにした。海とは違って河川の流域だが、水を介してつながっていることには変わりない。


 これまでの調査情報と推測をカチップ管理人のアカウントを介して、レブンがこの施設の警察と軍に流して共有してもらう。

 彼らも、帝都の上層部へ報告を開始したようだ。彼らからの返事は届いてこないが、データの流れがそれを物語っている。


 レブンのシャドウは森の中の調査を終えて、今は半径50キロ圏内の海中を潜航して調査を継続していた。それも大よそ終了したようだ。海中は森の中と異なり、水深が深い場所で500メートルほどもあるので簡易な調査に留まってしまう。

 それでも、概要をまとめるには充分な量と質の観測情報が集まっている。情報の〔解析〕を自動で行わせながら、レブンが次第に魚顔になっていった。かなり深刻な状況のようだ。

「死霊術場と残留思念ですが、まだ入り江に向かって森から流入しています。その山場は明後日になる見込みです。流入が最大の量になる時刻の予測は、情報解析が終わり次第出ますが……深夜になりそうですね。この山を超えると、その後は急速に下がって、平常値に戻るという予測です」


「そんなにかかるのか……」と不満顔になる妖精たちである。カチップ管理人も問い合わせ情報をまとめながら、同じような表情をしている。人魚族からの情報も順調に集計されているようだ。魚族からの情報も大量に入り始めた。

 ムンキンからの観測情報も併せて自動処理しながら、レブンが簡易杖の先でセマン頭をかく。

「すいません。死霊術場や残留思念の移動速度は、歩く速度よりも若干遅い程度なんです。しかも、途中で大地の精霊に〔吸着〕されたり足止めされたりすることが多いので、さらに遅れる場合があります。土地に固定されてしまうと、最終的には野良ゴーストになってしまうんですが……その〔浄化〕処理は、また後日に回しましょう」


 ラヤンがジト目になって「フン」と鼻息を1つつく。

「本当に面倒よね、アンデッドって。まだ騒動が続くってことが確定してるなんて、面倒この上もないわね、まったく」

 恐縮しているレブンの肩を、ムンキンがニヤニヤしながら「バン」と片手で叩く。彼もちょうど今、情報収集を終えて、今は紙飛行機型のゴーレムをここへ向けて帰還させている最中だ。

「それだけレブンに期待してるってことだな。さて。この施設の上空で、ちょっと面白い物を発見したぜ」


 レブンの手元の〔空中ディスプレー〕は演算処理の最中なので、ムンキンの〔空中ディスプレー〕画面にそれを表示する。分子模型の羅列で、一目でそれがウィザード語だと分かる。

 レブンとラヤンの表情が一気にこわばった。それを少し楽しんでいるようなムンキンが話を進める。

「見ての通り『死霊術の術式』だ。まだ起動していないが、術式の形状から見て『時限式』だな。まあ、こういった術式には罠が仕掛けられていて、〔解読〕しようとしたら起動するようになっているものだろ」

 ムンキンが術式を眺めながら話を続ける。

「確実に言えることは、何者かが『時限起動式の死霊術』を、この『避暑施設の上空』に仕込んでいたってことだな。レブンが言っていた、死霊術場と残留思念の流入の山場に合わせて起動するのか、それは分からないけどな」


「はあ……」と、大きくため息を漏らすのはラヤンであった。

「また貴族か何かが絡んできたってこと? 勘弁してほしいわね」

 レブンも肩を落としながら、ムンキンとラヤンに視線を向ける。

「可能性は否定できないよね。ハグさん経由でテシュブ先生に伝えておくよ。それで、ムンキン君。その術式だけど……僕たちで今、破壊しても問題ない程度かな? 大爆発とか大規模死霊術の発動とかだったら、この施設の住民と、人魚族や魚族の避難を先にする必要があると思う。津波の発生も起きるのであれば、その対処をしておかないといけないし」


 ムンキンが術式の形状を調べながら、軍と警察に術式への〔側溝攻撃〕を申請する。

「まだ情報が不充分だから、許可は下りそうもないな。軍や警察が独自調査をした後でないと無理だろ。「破壊は後回しにして、避難を優先させるべき」だと、そう報告すれば良いだろ」

 レブンも同意する。

「そうだね。学生の僕たちにできることは、この程度までだろうね。ちょうど今、〔解析〕が終わったよ。やはり危惧していた通り、帝国の沿岸部全域に死霊術場と残留思念が流れ込んで濃縮されている」


 そして、やや厳しいままの顔で、カチップ管理人と2体の妖精に告げた。

「調査は以上ですね。関係各所への報告も済ませました。後は帝国の判断に従うことになりますが、自主避難は早急に始めた方が良いと思います。津波発生の危険がありますので、緊急避難の〔テレポート〕先を森の中、20キロ奥に設定した方が良いかと思いますよ」

 カチップ管理人に視線を向ける。

「岬の上の避難所は、津波被害に遭う危険があります。気が進まないでしょうが、ここは森の中の避難所を拡充しておいた方が良いかと」


 カチップ管理人が難しい表情になった。しかし、すぐに固い表情ながらも微笑む。

「そうですね。キジムナー族への警戒は緩めませんが、森の中に避難するように変更しますよ」

 ほっとするレブンである。ムンキンと目配せをしてから、話を続けた。

「施設上空に『死霊術の罠』らしきモノがある事から、意図的に誰かが仕掛けています。死霊術場の増加量が最大になった時に合わせて、魔法攻撃を仕掛ける可能性が高いですね。明後日の深夜2時前後が、その時なので、それが避難完了の目安時刻かと」


 カチップ管理人が慌ただしく手元の〔空中ディスプレー〕を介して、矢継ぎ早に指示を下し始めた。

「これは大事件になりかねない事態ですね。避難準備をすぐに始めます。避難先の条件は、津波の危険性がありますので『標高40メートル以上で、海岸線から20キロ以上内陸の森の中』という事ですね」


 レブンとムンキンが同意するのを確認して、カチップ管理人が妖精2体に顔を向ける。

「つきましては、緊急で申し訳ないのですが……森の中の避難所の場所指定をお願いいたします。そちらも庇護下のキジムナー族や、原獣人族に獣の避難誘導をしなくてはならないと承知しております。なにとぞ、ご配慮を」

 妖精が即座に承諾した。代表してイノシシ型の森の妖精が答える。

「無論だ。すぐに君たちの避難場所を、その条件で指定しよう。一般の住民は〔テレポート〕できないのであったな、徒歩で行ける場所が良いだろう。しばし待て」


 そして、クラゲ型の地下水の妖精と共に、ヤシとタコノキの森の中へ滑るように移動していった。あっという間に妖精の姿が、入り組んだ枝だらけの森の中に入って見えなくなる。

 カチップ管理人も急ぎ足になって白い砂浜を去り、施設内へ戻っていく。小走りでレブンたちに振り返る。

「ありがとうございました。では、私もこれで失礼いたします」


 レブンもようやく全ての〔解析〕を終えたようで、一息つく。その全ての情報を、現地警察と軍に一括送信していく。さらに、帝国軍の情報部と学校のシーカ校長先生宛にも送信した。魔法場サーバーが本格稼働していないので、かなり通信速度が遅いが。

「……よし。これで僕たちの仕事はひとまず完了だね。最後に、僕の町の自治軍宛にも送信……っと。ムンキン君とラヤンさんの故郷にも送信しておいた方が良いかな?」


 ムンキンとラヤンが微妙な顔になって顔を見合わせた。ムンキンが濃藍色の目を閉じて腕組みする。

「……非公式情報として、僕とラヤン名義で送るさ。指揮系統上こういった情報は、タカパ帝国の役場から流される類だ。情報源が別にあるのがばれると、後々、帝国の役場担当と面倒な話になる。レブンからは直接情報を送信しないでくれると助かるな」

 ラヤンもムンキンと同意見だ。同じように紺色の目を閉じて、ため息をつく。

「……そうね。私も、そうしてくれると嬉しいわね。まあ、帝国がまるで役に立たないってのは、先日の熊と大フクロウの襲撃でも明らかなんだけど。形式も一応は大事なのよね」


 レブンが口元を緩めて了承した。

「分かった。魚族と似ているね。さて、と……帝国や魚族の町の動きが始まるまでには、まだ少し時間がかかると思う。ここじゃ日差しがきついから、商店街のカフェでお茶でもしようよ。スリッパの底が熱くなってきた」


 ラヤンがクスリと笑って、尻尾の先を砂浜の砂の中に突っ込んで跳ね上げた。彼女とムンキンは空中に浮かんでいる。

「カチップさんも慌てているし、お茶代は請求できそうもないわね。自腹になるから、安いジュースにしておくわ」

 ムンキンがニヤニヤしながら、レブンの肩を≪バン≫と叩く。

「お疲れだったな。しかしよ、避難っていってもよ。時限式の死霊術が起動したとしても、残留思念が〔ゴースト化〕するだけだろ? テシュブ先生が使役するようなゴーストでもない限り、害があるようには思えないけどな。それに、海中の爆発で津波が起きても、人魚族や魚族にとっては対処は容易だろ?」


「そう言えばそうね……」とラヤンも思い直したようだ。とりあえず直射日光で白く輝く焼けた白浜から、商店街へ戻る。レブンが軽くセマン顔の頭をかいて答えた。

「うん、そうだね。残留思念と死霊術場だけだったら、気分が悪くなったりするだけで済むと思う。ゴーストが発生しても、テシュブ先生が使役するような兵士みたいな物じゃないだろうし。津波についても、海中ではそれほど深刻に考える必要はないよ。だけどね……」

 ここでレブンがラヤンの顔を見た。

「ラヤン先輩が、「嫌な予感がする」って言っていたのが気になったんだ」


 目が点になっているラヤンである。

「へ? それだけの理由なの? 私の〔占い〕の的中率くらい知っているでしょ。当てにされても困るわよ」

 レブンが微妙な表情になって、再び頭をかいた。

「何も起きなければ、それに越した事はないよ。僕が怒られれば、それで済む話だし。死霊術にとっては、ゾンビやスケルトンのようなアンデッドを作り出すには、死体が必要だからね。こうして住民が、安全な場所へ避難してくれるだけで良いんだ」




【寄宿舎のロビー】

 商店街のカフェで安いジュースを頼み、しばらく休憩してから〔テレポート〕で学校の寄宿舎ロビーへ戻るレブンたち3人であった。ラヤンとムンキンは、ちゃっかり何か買い物をしていて、数個の紙袋を抱えている。

 ロビーでは、既にジャディが難しい顔をしてミンタとペルと何やら相談しているのが見える。


「ただいま。調査を終えてきたよ。はい、その解析済みファイル」

 レブンがミンタたち3人に、観測情報と要約を送信して渡す。すぐにミンタとペルの表情が険しくなった。

「なにこれ……『アンデッド大発生の恐れあり』って……冗談じゃないわよ」

「レブン君……これって、かなりの緊急事態なんじゃ……」

「え、そうなのか?」と、キョトンとした鳥顔のジャディを今は放置して、ミンタとペルが揃ってコメントしてくる。


 レブンも今は、ジャディへの説明を後回しにすることにしたようだ。

「後は、帝国の判断になるよ。ただの学生の僕では手に余るし」

「まあ、それもそうか」と妙に納得するミンタとペルであった。彼女たちの故郷は海沿いや川沿いではないので、特に避難する必要はない。被災者が発生した場合は、支援や情報の提供程度に留まるだろう。


 ペルがちょっと考えつつ、楽観そうな顔で黒毛交じりの尻尾をパサパサ振ってレブンに話しかける。

「アンデッドだったら、ハグ人形さんや墓さんにお願いすれば何とかしてくれそうよね。最悪でも、『化け狐』さんが食べてくれるし」

 レブンもそれぼど心配していない表情になってきた。

「そうだね。『時限式の死霊術』を誰が仕掛けたのか気になるけど、そういう調査は軍の情報部の仕事だろうし」


 その時、レブンの手元に故郷の町の自治軍から連絡が入った。それを一読して安堵する。

「帝国軍と警察も避難誘導に動き出したって。これで海中や海岸が無人になるから、〔アンデッド化〕される恐れのある人はいなくなった。とりあえずは、これで良いと思うよ」

 まだ微妙な顔をしているムンキンとラヤンであるが、特に反論はしてこない。話題を切り替えることにしたレブンである。ジャディの方へ明るい深緑色の瞳を向ける。

「……それで、ジャディ君の方はどうだった?」


 今度はペルとミンタが、顔を見合わせて含み笑いをした。難しい顔をして黙り込んでいるジャディを気遣いながらも、ペルがレブンたち3人に事情を説明する。


 事情を聞いたレブンが腕組みをして唸った。

「うーん……明日の放課後に、木星で妖精契約のバトルかあ。1週間ほど余裕があれば、専用の魔法具や術式の開発もできるんだけどな」


 ムンキンが片目を閉じて、少々呆れ気味でジャディに告げる。

「雲とかいう木星の風の妖精の魔力は、とんでもないだろ。地球とは大気の量が全然違う。小細工して通用するような相手じゃないぞ」

 ラヤンも同意する。尻尾の先がクルクル回っているので、こちらはご機嫌な様子だ。

「どうあがいても〔妖精化〕されて死ぬだけよね。無駄無駄。バカなんだから、よく食べてよく寝て、何も考えずに戦って死んできなさい。バカにできるのは、その程度よ」


 ミンタも半分以上同意して、にこやかな笑みをジャディに向けた。口元のヒゲが数本ほどピコピコ動いている。

「まあ、そうよね。良いじゃないの。妖精契約自体はできることになったんだし。派手に死んでくればいいわ。学校できちんと〔復活〕させてあげるから、心配は無用よ。バカ鳥だから、少々エラーが起きても大して変わらないし」


「ぐぬぬ……」と唸っているジャディである。レブンが申し訳なさそうな顔になって、ジャディに謝った。

「ごめん、ジャディ君。木星の妖精相手の作戦立案を手伝いたいところなんだけど……故郷の町が今、避難中なんだ。木星の妖精さんは、死霊術にはまだそれほど詳しくないはずだよ。シャドウに装備する魔法の検証とか、囮用にゴーストを作りおきしておくとか、手伝いたいんだけど……ごめんね」

 ムンキンも残念そうな表情になって、片目を閉じたままでジャディに告げた。

「僕もそうだ。故郷が川沿いにあるんだよ。死霊術を敵が使うと分かったから、〔察知〕役が必要だ。僕もまだまだ死霊術の〔察知〕能力は乏しいけど、町の自治軍に比べたらマシだろう。ということで、僕も手伝えないな、すまんな」


 ラヤンもムンキンと同じ様子である。

「死霊術となると、法術が一番効果があるのよ。私の故郷はムンキン君ほど強固な自警団を有していないから、法術が必要になる」

 前回の大熊と大フクロウ襲撃時も、死傷者が大量に出ている。

「レブン君の機転で海岸沿いの住民が避難を開始したから、〔ゾンビ化〕する素体が居なくなったのは評価できるわね。ゾンビの大群襲来の危険は低くなった。それでも、大型の海獣や鳥が〔ゾンビ化〕する危険性は、まだ高いままなのよね。私も残念だけど、アナタの試験を手伝うことは無理だわ」


 ジャディが3人の回答を聞いて、素直にうなずく。思ったよりも落胆していない表情だ。

「まあ、しようがねえよな。オレ様も故郷の巣が危険に曝されてるって事態になれば、妖精契約どころじゃないからな。プルカターン支族の巣は海や川から遠い森の中だし、今回のアンデッド騒動とは無縁だ」

 そう言ってから視線を少しだけ和らげた。

「オマエらの故郷が危険だったら、オレ様も契約をあきらめて援軍で向かうところだけどな。レブンのおかげで、どうやら大事件にはならないみたいだし。予定通り明日、木星で契約の試験を受けてくるぜ」


 ミンタとペルが顔を見合わせて、軽く肩をすくめる。

「こら、バカ鳥。さっきはああ言ったけれど、明日挑んで死ぬにしても、策を弄してから死になさいよね。私に続いてアンタは今、この地球の代表でもあるのよ。不本意だけど、ちょっとは自覚しなさい」

 ミンタが容赦なくジャディにビシビシと指摘した。ペルも心配しながらミンタに賛同する。

「そうだよ、ジャディ君。私とミンタちゃんは、故郷の心配をする必要はないんだから。対策を一緒に考えようよ。ね? 死んじゃうにしても、〔妖精化〕からの〔復活〕よりも、心肺停止状態に留めておけば普通の〔蘇生〕法術が使えるし。そうなるように作戦を立てる事も大事だよ」


 さすがにジャディも対策を練る必要性を感じてはいる様子で、意外に素直にうなずいた。

「そうだな。せめて一泡吹かせてやりたいよな……よっしゃ、頼むぜ2人とも」

 そのままロビーの一角で、攻略研究会が始まった。


 レブンがムンキンとラヤンに合図して、その場から離れる。

「ムンキン君、ラヤンさん。じゃあ、僕たちは故郷へ向かいましょうか」

 ジャディが凶悪な顔をさらに険しくさせて礼を述べた。

「おう、行って来い。明日の夜には、オレ様の妖精契約祝いをやろうぜ」

 そして、レブンたち3人を見送って、ふと『ある事』が足りないと気がついた。

「よう、そう言えば、今日は、あのうるさいリーパットどもがいないな。どうしたんだ?」


 ミンタとペルも今になって気がついた。しかし、別にどうでも良い事なので、攻略会議を続ける事にする。後で、レブンやムンキンの友人に聞けば事足りるだろう。ジャディもそう考えたようで、話題を元に戻した。

「じゃあ、会議再開だ。雲は風の妖精だからな、風の魔法で対抗するのは無意味だろ。やはり、ここは弱点の炎系統が良いのか?」

 ジャディの疑問に、ミンタが即答する。今や3人ともにソファーに腰深くかけている。

「精霊魔法の相性から考えれば、そういう事になるかな」


 精霊魔法では、一般的に風は大地に優位で火に弱い。水とは対立関係である。さらに精神や闇とも相性が良い。一方で生命と光については相性が悪いという性質がある。

 今回の木星の風の妖精は太陽から遠いために、闇の性質も強く帯びている。木星には知的生命が棲んでいないので、生命や精神との縁が薄い。従って、実際に弱点要素として考えられるのは火しかない。

 なお、この関係性は獣人世界独自のものだ。他の異世界では別の関係性になる。


 木星には酸素がないので、炎についても分が悪い。しかし、炎というのはプラズマでもある。そのため、酸素が無くても分子や原子をプラズマ化すれば、それを炎と見なして使うことができる。


 その抜け道を使ったとしても、まだ問題が残る。木星は太陽とは異なり、核融合で燃えていないガス惑星なので、プラズマは木星大気の上層部での雷やオーロラとしてしか起こらない。

 もちろん地球に比べると桁違いの巨大なプラズマではあるが、地球では存在していないタイプのプラズマなので、簡単にジャディが魔法として操作使役できるようなものではない。木星でしばらくの間、練習を積んで扱い方を習得する必要がある。とても今夜中には時間不足で無理だ。


 ミンタが少しドヤ顔になってジャディに講義を始めた。

「この精霊の相性なんだけど、別の見方をすると違ってくるのよ。防御障壁の基礎に『知らない魔法術式は防御できない』ってのがあるでしょ。それを使うのよ。雲さんの住環境ってガスだけでしょ。つまり……」


 ジャディがキョトンとした表情をしているので、ジト目になって答えを言うミンタである。

「大地が木星に存在しないのよ。大地を知らない。だから有効になるわ。木星の中心核まで潜れば液体金属の大地があるけど、そこは別の妖精の縄張り。木星の風の妖精によっては、馴染みがない属性なのよ」

 ミンタが先生のような口調と態度になって、上から目線でジャディに指摘する。

「地球で鉱物や結晶を用意して、〔結界ビン〕に入れて木星まで持って行って、それを使うことになるかな。炎はプラズマで不安定だから、あまり持ち運びには適さないわよ」


 ジャディも今は〔結界ビン〕の魔術を習得していたので、特に動揺していない。反対にミンタに質問してきた。

「ってことはだな、木星には水もないだろ。じゃあ、水の精霊魔法も効果的ってことじゃねえのか? それと生命の精霊魔法も」

 ミンタが「フフフ」と微笑む。

「鳥の癖に勘が良いわね。その通りよ。水と生命の精霊場も木星にはない。精霊の相性を加味しても、それなりに効果は期待できると思うわよ。だけど、すぐに〔吸収〕されてしまうから、短時間の効果しかないけどね」


 そして、ミンタがキラリと栗色の瞳を輝かせる。

「〔吸収〕されるというのがポイントね。水を地球から持っていって、それに攻撃魔法の術式を貼りつけておけば良いのよ。でもまあ……妖精相手だから、普通の攻撃魔法程度じゃ大して被害を与えることはできないだろうけど」


 ジャディが「はっ」としたような表情になって、すぐに凶悪な笑みを口元に浮かべた。

「……そうか、〔エネルギードレイン〕魔法だな。森の妖精相手に使ったようにすればいいか」

 ミンタも栗色の瞳を細める。

「50点ね。〔エネルギードレイン〕魔法の術式は、水よりも大地属性の物に貼りつけた方が強力になるわよ。ハグ人形がアンタにやったようにね。つまり、水晶に貼りつけて、それを水で包んで、さらに風に乗せて撃ち込むことね」


 ミンタがジャディの表情をうかがった。〔ロスト〕攻撃のトラウマをかなり克服しているようで、頬を緩める。「コホン」と小さく咳払いをしてから、話を続けた。

「……妖精の体内で水が〔吸収〕された瞬間に、〔エネルギードレイン〕の術式を起動させる。いくら雲でも、水属性の精霊場を、すぐに大地属性に切り替えることはできないわ。その瞬間だけ防御力が落ちる」

「なるほどー」と、腕組みしてうなずくジャディに、ミンタが鼻先と口元のヒゲをピコピコ動かす。

「なので、術式が起動したらジャディ君が突撃して〔闇玉〕を連射しつつ、闇の精霊魔法やら死霊術やらを乗せた拳で、雲の体を直接殴る。そうやって雲にアンタの力を認めさせて、より有利な妖精契約に持って行くという策で行くべきね。倒すことは、どうやっても不可能なんだし」


 防御力が落ちても魔力量は雲の方が遥かに巨大だ。魔法攻撃は相手に直接接触した状態で撃ち込むのが、最も効率が良い。距離があればあるほど威力が減衰するからである。加えて、異なる属性の魔法場であれば〔干渉〕による爆発も起きやすい。


 ペルがミンタに質問してきた。黒毛交じりの両耳を交互にパタパタさせている。

「ミンタちゃん。風の精霊場って大地に強いでしょ。やっぱりここは炎の精霊魔法か魔法を使った方が、効率的だと思うんだけど……どうなのかな?」

 ミンタもそれは考えているようで、ペルとジャディにウインクした。

「プラズマ状態になっている状態であれば、炎と見なすことができるわ。木星でプラズマが多い場所って、オーロラが発生している極地域なのよ。そこから〔テレポート〕させて試験会場へ引っ張ってくればいいわ」


 ジャディが闘志を燃やし始める。勝算が見えてきた様子だ。

「よし! 炎でも攻撃できるって事だなっ。やってやるぜ!」


 ペルが微笑みながら時刻を確認する。

「それじゃあ、ゴーレムさんとかも量産しておこうよ。味方は多い方が良いし。試験会場の座標が分かってるから、テレポート魔術刻印も大量につくる事ができるよ。他の魔術や魔法もたくさん用意しておかなきゃね。作り置きして、結界ビンに入れておこう」

 喜ぶジャディを横目にして、ミンタも時刻を確認した。

「……あまり夜更かしはできないわよ。作業時間は3時間ってところね。効率よくやりましょう。ああ、そうだ。氷の精霊魔法も効果的ね。これも用意して結界ビンに入れておきましょう。ウィザード魔法はサーバー回線を雲さんによって切断されたら使えなくなるから、それも想定しておかないとね」


 ジャディとペルが不安そうな表情を浮かべる。

「あ……そうだよね。どうしよう」

「おおう……って事は精霊魔法とソーサラー魔術がメインになるな」


 ミンタがニヤリと微笑んだ。

「簡易の魔法場サーバーを木星につくれば良いのよ。ゴーレムにサーバー機能を付けて、そいつを極地方に配置して、常時オーロラに当てておけばプラズマから魔力へ〔変換〕できるでしょ。個人用の魔法場サーバーってところかな。得た魔力はジャディ君の杖に〔テレポート〕すれば、木星でも大出力のウィザード魔法が使えるわよ」

 ペルとジャディが驚きながら目をキラキラさせていく。

「すっごーい! さすがミンタちゃんだ」

「おおっ。そういう手があるのかよっ」

 ドヤ顔になるミンタであった。

「配置するのは試験開始前がベストね。別に禁止事項じゃないし、利用しなきゃ損よ」


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