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78話

【とりあえず避難】

 ノーム先生が一言二言ほど隣のマライタ先生と話してから、校長に顔を向けた。

「大地の精霊と妖精だけなので、空中へ避難すれば大丈夫でしょう。飛べない者は、パリー先生が保護する森の中へ入って、木に登っておけば大丈夫でしょう。とにかく、地面から離れれば良いので」


 すぐに校長が了解した。まだグダグダと文句を垂れ流しているサラパン羊の毛玉を引きずって、魔法が使えない事務職員たちに森への避難を指示する。前もって、避難場所を想定していたらしく、混乱もなく迅速に森の中へ駆け込んでいく事務職員たちだ。しっかりと駄々をこねているままのサラパン羊も運んでいく。


 その後姿を数秒間ほど見送っていたノーム先生が、次に軍と警察の責任者に向けて緊急通信をかけた。

「君たちもだよ。大深度地下の精霊や、妖精まで交じっているから、現状の武器では歯が立たないぞ。反対に、〔精霊化〕や〔妖精化〕されて死んでしまうだけだ。それに、妖精や精霊の〔加護〕を受けているタカパ帝国が、事を構えるのは良くないだろ。シーカ校長先生の指示に従って、森の中へ避難しなよ」

 それでも、反論して頑張っていた駐留警察署長と、軍警備隊詰所指揮官である。しかし結局納得して、森の中へ退避を開始した。


 次にノーム先生が声をかけたのは、ドワーフのマライタ先生だった。少しジト目気味ながら、口元が緩んでいる顔で告げる。

「マライタ先生は申し訳ないけど、その中性子物質の泥が入った〔結界ビン〕を、どこか水中に沈めておいてくれないかな。トイレのタンク内でも構わないよ。持ち運んでいると、狙われる恐れがあるんだよ」


 ぐぬぬ顔をして、しかめ面になるマライタ先生。しかし、理解はできているようだ。大きくため息をついて、うなずいた。〔結界ビン〕を、中氏に手渡す。

「仕方がねえな。中さんよお、今日のところは星へ帰ってくれないか。連中の狙いはどうやら、おまえさんみたいだからな。多分、明日になれば片がついてるはずだ」


 素直に従うことにする中氏である。受け取った〔結界ビン〕を、用務員の作業服の胸ポケットに突っ込む。

「そうですね。私も地球の大地の精霊や妖精に対してのステルス工作をしていませんでしたから、あなたたちだけの責任ではありませんよ。次回ここへ来る際には、私も対処しておくことにしましょう」

 そのまま、「では、また」と煙のように消える中氏であった。

 もう一方の、木星の風の妖精の雲氏は上空高くまで浮き上がっていたので、これでよしとするノーム先生だ。


「敵群が水平130キロ、直下80キロまで接近してきた。皆さん、上空へ避難してくれ」

 ジャディを含めた総勢342名の生徒たちが、一斉に運動場から浮き上がった。次いで、先生たちが浮き上がる。もう、運動場には誰も残っていない。


 マライタ先生も魔法具を使って空中に浮かんでいる。サムカが空中に浮かびながらフラフラして風に流されているのを見て、冷かしてきた。

「なんだ、テシュブ先生よ。まだホウキを組み上げていなかったのかい。そんなに複雑な構造じゃないだろ」

 サムカがフラフラ浮かびながら、手足をパタパタさせてバランスを取りながら謝る。

「すまないね。ホウキはもう組み上がったよ。これから微調整を行えば使えるようになるはずだ。このような、貴族としては無様な姿は、あまり見せたくはないからね」

 マライタ先生が白い下駄のような歯を見せて、赤いゲジゲジ眉とモジャモジャヒゲを愉快そうに動かす。

「そうだな。このフラフラ映像を撮られたら、貴族の威厳とかに関わるのだろ。がんばれ」


 地上ではパリーがぶつくさ言いながら、森の中へ戻っていった。『校長や軍、警察の保護は大事だ』という認識は持っているらしい。パリーまで冷かしてくるのかと身構えていたサムカであったが、これは回避できたので安堵している。


 生徒と先生全員の手元には、それぞれ小さな〔空中ディスプレー〕がある。そこには迫り来る500体もの大地の精霊や妖精が、記号化されて表示されていた。

 その接近速度が急に鈍くなる。

 全周囲方向から迫ってきていた大地の精霊の群れが、ウロウロしながら森の中のとある場所に集合していく。先日の墓次郎のゲームで使った、富士山型の噴水岩がある場所のようだ。

 しばらくして、学校真下から迫ってきていた大深度地下の精霊と妖精の群れも、噴水岩方面に移動を始めた。


 ノーム先生が微笑んで、銀色のあごヒゲを撫でる。

「大地から我々の気配が消えたので、戸惑っているようですな。ちょうど、あの噴水火山が希少鉱物を含んでいるので、そこに引き寄せられて行っているね。それじゃあこの間に、対処策を講じましょうかね。カカクトゥア先生、テシュブ先生」

「では、我も混ぜてくれないかね?」

 いつの間にか大地の妖精が現れて、空中に浮かんで微笑んでいた。先日、サムカに『熊の爪』を授けた妖精だ。

「うわわっ……」

 突然の出現に出鼻をくじかれて、うろたえる先生と生徒たち。迎撃態勢をとる暇もなかった。


 それでも2秒ほど遅れで、エルフ先生とノーム先生がライフル杖を大地の妖精に向けた。サムカも腰ベルトに吊るしている長剣の柄に右手をかける。しかし、妖精は相変わらず微笑んでいるだけで、攻撃する意思はない様子である。

「大地の妖精はステルス性能が高いのでね。いや、驚かせて申し訳ない。その慌てた顔が見られただけで、我は満足だよ」


 大地の妖精の姿が急速に変化していく。ただの岩と土の寄せ集まりだったのが、急速に人形のような形状になってきた。

 ……が、途中で飽きたのか、中途半端な変化で終わってしまった。

 遺跡から発掘された古代の埴輪はにわか、副葬品にしか見えない。当然ながら目や口も見当たらないのだが、会話をするには全く支障が出ないようだ。

 今や断続的に地震が続いている状況になって、空気も若干振動しているのだが……緊張感の欠片もない、のんびりした声で話しかけてくる。

「察しの通り、地球では見かけない物質の反応があったのでね。『野次馬』がこうして大量に集まってきている。先ほどの話を聞くと、中性子星の土のようだな。こいつは珍しい」


 すっかりばれてしまっている。諦め顔になって視線を交わす先生とペルたちである。



 大地の妖精の話をまとめると、このような事であった。

 ここ最近、連続して騒動が起きたせいで、大地の精霊や妖精もこの地に注目していたらしい。

 エルフ世界のトリポカラ王国の特殊部隊が立てこもっていた建物が、周囲の森ごと大破壊を始めた事件が発端だった。その際この大地の妖精も、一度はエルフ特殊部隊によって強力な光の精霊魔法で撃退されている。


 ノーム地下研究所での騒動では、素粒子のミュオンまで使って、ミンタたちが大地の精霊に攻撃を仕掛けてきた。


 墓次郎のゲームでは、エルフ先生が地下200メートルにまで届く光の精霊魔法攻撃をして、大穴を大地に開けている。サムカも深さ100メートルもの大穴を闇魔法で作っていた。



 腕組みをして聞いていたマライタ先生が真面目な表情で納得しながら、大地の妖精に同情する。

「ふむ。それだけ攻撃を受けては、怒りたくなる気も分かるわい」

 他の先生たちは、初めて聞く事件もあったようだ。

「貴様らあっ! 散々、俺様に野蛮だの好戦的だの汗臭いだのバカにしておいて、そんな事をやっていたのかああっ」

 早速切れているのは、言うまでもなく力場術のタンカップ先生だ。怒りのせいか、全身の筋肉が盛り上がって、一回りほど横に巨大になっている。


 一方のバングナン級長はムンキンから聞いていた様子である。形式だけ担任のタンカップ先生に従って、拳を振り上げている。気勢もどことなく棒読みだ。


 ソーサラーのバワンメラ先生も一緒になって怒り始めた。ヘビー級ボクサーのような腕を振り回して、ジャラジャラと体中を覆っている装飾品群を鳴らす。

「けしからん、けしからんぞ! そんな面白そうな事、オレに秘密でやるなんて、ずるいぞコラあっ」

 こちらの専門クラスの生徒は知らなかったようだ。先生と一緒に怒声(?)を上げている。


 更には、法術のマルマー先生も怒ってしまった。豪華な法衣の袖を、翼のようにバタバタさせながら、巨大な杖をメチャクチャに振り回している。

「さては、我ら真教の崇高なる布教を邪魔する算段だなっ! 精霊や妖精を手なづけて、どんな悪だくみを考えておるのかっ! 返答によっては、貴様ら全員を浄化矯正させてやろうぞっ」

 何を仰っているのか、よく理解できないことを叫んでいる。

 しかし、ラヤンとスンティカン級長もなぜかマルマー先生と一緒になって非難しているので、そういう主義なのだろう。そのラヤンの紺色の両目は、笑いをこらえているようにも見えるが。スンティカン級長も知っていた様子で、ジト目気味で少々やる気のない動きになっている。


 大声を出しすぎて疲れている幻導術のプレシデ先生と招造術のナジス先生は、心底バカにしたような顔で蔑みの視線を投げかけていた。大声を出して騒ぐようなことはしていない分、かなり見る者をイラっとさせるポーズと態度だ。

「やはり、亜人ふぜいでは、この程度でしょうね。我々の足ばかり引っ張って、恥ずかしくないのでしょうかね」

「調子に乗っておったからなあ、ずず」

「身の程をわきまえる良い機会ですよ、ずず」

「僕の教え子であるリーパット君をいじめた正当性を、ぜひとも伺いたいものですが。ずず」


 ウースス級長とクレタ級長も担任の先生に従って、蔑みの視線を投げつける戦術に切り替えていた。

「これはさすがに擁護できませんよ」

 ウースス級長のグチめいた文句に、クレタ級長も同意して腕組みをする。

「そうだな。これ以上、好き放題を繰り返すのであれば、幻導術クラスとしても対抗策を用意しないといけなくなる」

 そして、一斉にサムカとエルフ、ノーム先生を非難しながら、あっという間に大地の妖精側に寝返ってしまった。


 マライタ先生はそんなことに全く無関心で、一心に手元の空中ディスプレー画面を操作している。ベルディリ級長は「やれやれ困ったね……」という風な仕草をして、肩をすくめるばかりだ。


 ティンギ先生はジャディと一緒になって、森の高木のてっぺん枝に立って地平線をのんきに眺めている。スロコック級長は乱闘の予感に、青緑色の瞳を輝かせている始末であった。


 生徒は生徒でミンタたちを非難し始める。ようやくリーパットも復活してきたようで、生徒たちを扇動してミンタたちを糾弾し始めた。さすがに今はもう、両目の色がザクロ色に変化していない。しかし、態度も口調も変わっていないリーパットである。

「ざまあみろ。悪事は必ず白日の下に曝されるものなのだっ! 我にドラゴンが憑りついたなどと、貶めようとしたところで、全くの濡れ衣だ。貴様らこそが悪ではないかっ」


「あ? なんだとコラ。ぶっとばすぞ」

 青筋を立てて怒っているミンタを、ペルが抱きかかえるようにしてなだめる。同時に、隣でムンキンを同じように抑えているレブンに〔念話〕を送った。

(リーパット先輩、絶好調だよね、これ)

 レブンも、セマン顔の口元を魚に戻しながら同意する。

(まあ、元気そうで良かったよ)


 その後は、アンデッド教徒とムンキン党の連合軍がリーパット党への非難を始めたので、恒例行事とも化した騒ぎに発展していった。さすがに乱闘状態には至らないが、さらにうるさくなる。

 一方のジャディは迫り来る大地の精霊と妖精の大群の方に、気を取られている。ピクリとも動かず、森の高木の天辺の枝にとまって、地平線を琥珀色の瞳で睨みつけていた。方向としては、富士山型の噴水岩がある方面だ。

(これはラッキーだったな)と思うレブンとペルである。今、ジャディに暴れてもらっては、収拾がつかなくなる。ジャディの隣の枝には、なぜかティンギ先生も立っているのだが……多分悪さはしないだろう。さらにその隣には雲氏もいて、一緒に地平線をニコニコしながら眺めている。


 大地の妖精はそんな内紛を実に楽しそうな様子で眺めている風だったが……本題に入ることにしたようだ。目も口も何もない、埴輪みたいな土人形の頭に相当しそうな部分をノーム先生に向ける。

「ラワット君の機転のおかげで、中性子物質はどこかへ行ってしまったようだ。興味さえ削ぐことができれば、こちらへ殺到してきている野次馬たちも、大人しく帰ると思うよ」

 思わぬノーム先生褒めに、離反したばかりの先生と生徒たちが肩透かしを食らったような顔になった。やはり、妖精の考えはよく分からない。


 ノーム先生がエルフ先生と目配せをして、大地の妖精に顔を向けた。この妖精、平気で空中に浮かんだままなので、相当に強力な魔力の持ち主である。

「ということは、お菓子をあげれば満足して帰っていくということだね。奇遇だな、僕たちもそう考えていたんだよ」




【大地の精霊にお菓子を】

 まだワーワー非難している先生と生徒たちを無視して、ノーム先生が作戦を説明し始めた。生徒と先生全員の手元にある〔空中ディスプレー〕画面に、その作戦内容が表示される。

 この情報は、森の中にいる校長や軍と警察にも伝わっている。大地の妖精にも、専用の〔空中ディスプレー〕画面が割り当てられている。


 その後は、階級的に上のエルフ先生が説明を引き継いだ。敵群の接近速度がほぼゼロになり、右往左往しながら噴水岩がある場所へ集まってきている様子を、目の端に留めている。ちょうど学校の真下にいた妖精や大深度地下の精霊も、噴水岩の近くへ移動したようだ。


「敵群は指令官もいない烏合の衆です。現在は、こちらにあった目標物を見失って停滞していますね。ですが、このまま放置しておくのは危険です。そこで、敵群を誘導して排除する作戦を作成しました」

 空色の瞳をペルとレブンの2人に向ける。

「大地の精霊や妖精ですが、最も反応する魔法場は、死霊術場と闇の精霊場です。まあこの2つは、基本的にどんな魔法場に対しても対立するものですけどね。これを使った魔法を、ペルさんとレブン君に使ってもらいます。目的は、敵群の注意を引いて、作戦地点へ誘導することです」


 思わず緊張している2人に、エルフ先生が微笑む。

「どんな魔法を使うかは、あなたたちに任せるわね」


 次に、彼らの隣でウズウズしているサムカにジト目を向ける。

「サムカ先生は、ここで待機です。ナウアケさんの悪行が、今になって徐々に帝国上層部に伝わってきているのよ。リーパット君のブルジュアン家が影響力を増大させていて、異世界人を排除する動きが活発化してきているのよね。ここで貴族が妖精や精霊と一戦交えたなんてことになったら、もう〔召喚〕の許可が下りなくなるかもしれないわよ」

「うぐぐ……」となるサムカ。空中〔浮遊〕のバランスを思わず崩してしまい、手足を振ってよろめいている。


 これ幸いと、リーパットが周りの党員と共にサムカを批判し始めた。彼も、〔飛行〕や〔浮遊〕魔術が苦手なので、党員たちに抱えられている状態だ。

「はははーっ! ざまあ見ろアンデッドめっ。我を見くびった報いだあっ」

 ぴったりとリーパットに寄り添っている、取り巻きのパランとチャパイも一緒になってサムカをからかい始めた。さすがにリーパットが扇動すると、他の生徒も次々に追随するようだ。

 なぜか、ウィザード魔法やソーサラー魔術の先生も一緒になってサムカを揶揄し始める。しかし、力場術のタンカップ先生がその筋肉隆々とした体をダイナミックに動かして、何やら攻撃魔法をサムカに撃ち込もうとしたのは、周囲の先生たちによって阻止されてしまったが。


 エルフ先生がジト目をその先生たちにも向ける。

「私たちもですよ。今までの違法施設などの騒動で、タカパ帝国に警戒されているのは同じです。私たちも基本的には、本作戦に参加しません」

「ええー!?」と、ブーイングと怒声が先生たちから沸きあがった。そんな連中を無視して、エルフ先生が作戦内容の説明を続ける。

「敵群の誘導先は、パリーの森の外にある『噴水岩』です。ここには少量ですが、大深度地下産の希少鉱物が含まれています。ラワット先生が言うところの『お菓子』ですね。墓用務員さんにお願いして、噴水岩の〔ステルス障壁〕を解除してもらっていますので、効率よく引き寄せることができるはずです」


 ここでエルフ先生が〔結界ビン〕をポケットから出した。その中から金杯を取り出して、大地の妖精に聞く。

「ええと、妖精さん。こういう物もあるのですが、これも餌として使えそうですか? 材質は青銅で、私たちにはゴミ同然の代物なんですけど」

 墓次郎がここにいたら文句を言いそうな、エルフ先生の口調である。一応は、ゲームクリアの賞品なのだが。


 妖精が愉快そうに笑いながら、腕らしき物を左右に振った。

「要らぬ要らぬ。我から見ても、それはゴミだな。溶かして農具にでもすれば良かろう」

 エルフ先生とノーム先生が顔を見合わせて、「ですよねー……」と、苦笑した。サムカもペルたちの隣で〔浮遊〕しながら、両目を軽く閉じて納得している。オリジナルの機能がついた金杯であれば、とんでもない魔法具なのだが……この模造品は、ただの普通の金属に過ぎない。


 ノーム先生がエルフ先生から金杯を受け取って、とりあえず自前の〔結界ビン〕の中へ押し込んだ。

「じゃあ、後で適当に溶かして処分するかね。大地の妖精の判断なら、心置きなく潰すことができるよ」


 エルフ先生が作戦内容を説明し終わり、最後にミンタに空色の瞳を向ける。

「では、本作戦の指揮官をミンタさんに任命します。私たち先生は、今回は見物人です。せっかくですので、作戦の成果に応じて、授業の実習としての評価をつけることにします。頑張ってください」


 ミンタが≪ピシッ≫とエルフ警察方式の敬礼をエルフ先生に返して、キビキビとした声で答えた。

「はいっ! 指揮官の役目、がんばります」

 そして、生徒たちに栗色の視線を向けた。もう既にキラキラと輝いている。金色の毛が交じる尻尾も、上機嫌に振られている。すぐにミンタが生徒全員の役割分担を通知した。

「この作戦の主力は、ウィザード魔法幻導術の専門クラスよ。他の全ての生徒は、彼らへの魔力支援に徹すること、いいわねっ」


 早速、リーパットが抗議してきた。とりあえず反対しないと、気がすまない性格なのかもしれない。

「我は招造術の専門だが、幻導術も使えるぞっ。魔力支援などという迂遠な手法ではなく、我も幻導術グループの一員として参加させろっ」

 取り巻き2人も招造術の専門なので、リーパットに合わせてミンタに訴えている。そんなリーパット党を一蹴するミンタであった。文字通り、尻尾の先にもかけない勢いだ。

「うるさいわね、そこ。ウィザード魔法はサーバー経由で魔法を行使するから、余計な人数が加算されると、最初から魔力演算をし直さないといけないのよっ。サーバー能力の上限ギリギリを使うんだから、バカな思いつきで、そんなこと言うなバカ。サーバーがダウンしたら、どうすんのよバカ。ちょっとは考えろ、この赤点バカ」

 ポンポンと小気味良いくらいの勢いで、リーパット党を黙らせるミンタである。


 トドメに幻導術のプレシデ先生が、斜に構えた姿勢で浮かんだまま黒い深緑の瞳の目尻を持ち上げた。先生らしいスーツ姿なので、意外に威厳が感じられる。袖が破れているが。

「そういうことですね。今回は100キロ先の座標で魔法を起動させますので、それなりに高度な魔法になります。残念ですが、専門生徒以外には難しいですよ」


 招造術のナジス先生もそれには同意見のようだ。白衣風のジャケットを森からの風に揺らしながら、鼻をすすった。

「ずず」

「今回は、プレシデ先生の顔を立ててあげなさい、リーパット君、ずず」

「魔力サーバーの再演算には、時間がかかりますからね」

 さすがにここまで言われては、引き下がるしかないリーパット党であった。ぶつぶつ文句を垂れながらも、ナジス先生の周りに移動して陣を組む。


 他の先生と生徒たちも、それぞれの役割分担に復帰する事にしたようだ。粛々と行動していく。学校の危機には違いがないので、これ以上争っても利益は出ないと理解したのだろう。


 そんな様子を嬉しそうな素振りで眺めていた大地の妖精が、エルフ先生に小声で指摘した。

「まだ、大地の精霊や妖精は、こちらへ向かってくる気配はないですねえ。このまま放置しても、じきに勝手に解散してしまうと思いますが、どうします? 何でしたら我が、精霊と妖精を噴水岩へ呼びつけても構わないのですが。残念ながら、追い払うことは私としてはしたくありません」


 エルフ先生が頬を少し緩めて、申し出を遠慮する。

「確かにそうですけれどね。まあ、生徒たちの実習として、観察することにしましょう。私たちがこうして空中に避難した時点で、それで充分だったのですけど、まあ、それはそれ、ということで」


 ノーム先生によると、敵群はいまだにウロウロしていて、こちらへやってくる気配はない。妖精には自我があるが、精霊には基本的に自我はなく、自然現象の延長線のような存在だ。

 このまま放置しておけば、時間はかかるだろうがそのうちにどこかへ散っていくだろう。それが1週間後になるか2週間後になるかは不明だが。その間ずっと空中で暮らすわけにはいかないので、この作戦が行われる……というだけの話だ。


「授業が嫌いなパリーや、バワンメラ先生なんかには不満かもしれませんけどね。私たち先生って、これでも給料をいただいている身ですから。それにこれ以上、校長先生の心労を増やすのも気が引けますし」

 この辺りの人間関係というか、心理事情は、妖精にはあまり理解できないようだ。エルフ先生のグチめいた説明を聞いても、キョトンとした雰囲気になっている。


 そうこうするうちに、ペルとレブンからの報告がミンタに届いた。

「ミンタちゃん。噴水岩に私のシャドウが到着したよっ。レブン君のシャドウも到着済みだよ」

 ジャディについては言及がない。まあ、そんなことは想定済みだったようで。肝心な時にジャディが役に立たないのは、いつものことだったりする。

「うん、分かったわ。じゃあ、始めてちょうだい、ペルちゃん、レブン君」

「了解」


 ミンタの指示を受けて、ペルとレブンが自身のシャドウに術式を走らせた。現状で、最も魔力開放量が大きい術式は〔エネルギードレイン〕魔法だ。ペルは闇の精霊魔法版を、レブンは死霊術版を使う。もちろん、攻撃目標は精霊でも妖精でもなく、噴水岩である。

 森の木々にかけても良いのだが、その場合パリーが怒り出す恐れがある。彼女の管理範囲の外の森ではあるが、生命の精霊魔法を使う森の妖精にとっては不快な魔法であることには変わりはない。

 この噴水岩は墓次郎の作なので、むしろ邪魔な存在ですらある。今まで墓が噴水岩に、〔ステルス障壁〕をかけていたほどである。


「それでも、短時間で済ませたいわね。あまり長い間術式を走らせると、やっぱりパリー先生が怒り出すと思うし。カカクトゥア先生もかな」

 ペルが隣で〔エネルギードレイン〕魔法を行っているレブンに、小声でささやいた。レブンも真面目な表情をしながら同意する。完璧なセマン顔のままなので、あまり気にしているようには見えないが。

「うん、そうだね。僕の場合、無機物の岩に死霊術版の〔エネルギードレイン〕魔法をかけても、あまり意味はないしね。岩はアンデッドじゃないし。派手な花火を打ち上げた程度の効果しかないだろうなあ」


 一方のペルの場合は、闇の精霊魔法版なので若干の魔力を吸収できているようだ。岩とはいえ、墓次郎が魔法で作り上げた噴水岩だ。闇の因子をかなり含んだ古代語魔法を使用しているので、少しは効き目が出ているのだろう。

 そのわずかに吸収した魔力を、ペルがソーサラー魔術の魔力に〔変換〕して、等分にレブンにも分配する。このあたり、几帳面というか正直者である。

「100キロ以上も離れているから、魔力の〔テレポート〕輸送でかなり損失が出ちゃっているなあ。ごめんね、気休め程度の魔力提供で。レブン君」


 レブンが口元を魚に戻しながら、微笑んだ。

「助かるよ、ペルさん。何せ、この術式はとんでもない魔力消費量だからね。ミンタさん、申し訳ないけど、そろそろ限界だ」

 息が急速に荒くなって、魚顔に戻っていくレブンである。ペルもかなりの負荷のようで、つらそうな表情になってきた。


 ミンタが手元の〔空中ディスプレー〕画面を睨んでいたが、数秒後、ペルとレブンに栗色の瞳を向けた。

「もう終了していいわよ。敵群が噴水岩に向けて殺到してきた」

 生徒と先生たちも一斉に確認する。確かに、500以上ものシグナル点が、噴水岩のある座標へ集まり始めた。成功だ。


「ふええ……」と、魔力を使いすぎて〔浮遊〕できなくなったペルとレブンが運動場に落下した。ムンキンとラヤンが慌てて助けに向かって飛んでいく。が、2人を風の精霊魔法ですくい上げたのはジャディだった。いつの間にか、森の木の上から運動場上空へ戻ってきている。背中にはなぜかティンギ先生が乗っているが。

「フン。頑張りすぎだ、バカめ。魔力を使い切ってどうすんだよ」

 凶悪な悪人顔を凄ませて、へろへろ状態のペルとレブンに説教する。言葉もない2人だ。

「ごめーん、ジャディ君。あとはお願い」

「助かったよ。この高さから地面に激突したら、ラヤン先輩に怒られるところだった」


 実際、数メートルそばまで飛んで寄ってきていたラヤンが、不機嫌そうに全身のウロコを膨らませて半眼になって、ペルとレブンを見据えていた。ついでに、大きくため息までついてみせる。

「そうよ、このバカども。ケガの〔治療〕に使う法力場が、もったいないじゃないの。作戦の支障になりかねない魔法なんか使うな、このバカども」


 ムンキンもラヤンのやや前方で〔浮遊〕しながら、ジト目になって同意している。

「ラヤン先輩の指摘の通りだな。無茶はやって良い時と、悪い時があるんだぜ」

 そして、クルリと空中で宙返りをして反転し、背を向けた。ラヤンは既にさっさと法術専門クラスの陣地へ飛んで戻っているところだ。ムンキンが背中越しにジャディに視線を投げて、彼の陣地へ戻っていく。

「ジャディよお。その2人の面倒、頼むぜ」

 さんざんに言われて恐縮しているペルとレブンを、風の精霊魔法で浮かばせながら、ジャディが尾翼を大きく広げて応える。

「フン。うるせえよ、このトカゲ野郎め」


「よろしく~……」と力が抜けた声で、ヘラヘラ笑顔をジャディに向けているペルとレブンに、ジャディが琥珀色をした鋭い瞳で睨みつけた。怒ってはいないようだが、紛らわしい表情である。

「後は、オレ様に任せてくたばってろ。『ブラックウィング改』、風の魔弾を精霊と妖精にぶち込め! 500匹いようが、全部敵に回して引きつけろっ」


 さすがに飛族のジャディが作ったシャドウである。あっという間に、噴水岩まで到着してしまった。

 到着後すぐに、360度の全方位から押し寄せてくる大地の妖精と精霊の大群を相手に、マルチ〔ロックオン〕の全方位マジックミサイルをぶっ放した。

 マジックミサイル本体は闇の精霊魔法で、それを風の精霊魔法で包んでいる複合魔法だ。風の精霊魔法による高速射撃と自動追尾機能が付随しているので、当たり前のように正確に無駄弾もなく、500にも達する大地の精霊と妖精の群れに襲い掛かった。


 エルフやノーム世界では、大地は風に優位となる関係である。しかし獣人世界では逆で、風が大地に優位となっている。

 結果として、森の木々や草にはほとんど傷をつけることなく、正確に大地の精霊と妖精だけを穴だらけにしていく。開いた穴には、次の瞬間、闇の精霊魔法が炸裂していて、ごっそりと精霊と妖精の体を削り取っている。


「おお……」と感心しているペルとレブンに、ジャディが琥珀色の凶悪な目をキラリと光らせて、ドヤ顔になった。

「くだらねえ授業なんかを受けてる暇があったら、オレ様みたいに鍛錬しろよなっ。まあ、色々と教えてくれるのは助かるけどよ。オマエらには、これが初披露だな。完全版の全方位ミサイルだぜっ」


 ペルとレブンのシャドウが現地に残っているので、それが撮影している映像が生徒と先生たちに届いている。

 ジャディのシャドウは、半透明な黒いカラス状の姿だ。そのシャドウが無数の風の弾丸を四方八方に撃ちまくっている。それらは自動追尾式で、草むらや木々の間から殺到してくる500以上もの大地の精霊と、妖精の岩石質な体を粉砕したり、爆破したり、抉ったりしている。


 ミンタが冷静な声でジャディの攻撃を評価した。

「……だけど、足止めにはならないようね。敵意を集中してくれたことには感謝するけど」

 ジャディによるシャドウの攻撃は全弾命中して、敵群を粉砕している。しかしその次の瞬間には、敵が完全に〔復元〕していた。ムンキンもジト目のままで同意する。

「だな。魔力量が違いすぎるな。半端ない回復力だぜ。撃つだけ無駄ってやつだ」

 ラヤンも同意している。

「確かにね。でもまあ、おかげでさらに怒り狂ってきたみたいだし、結果的に良かったかもしれないわよ」


「はあ!? てめえら、何を好き勝手にほざいて……!」

  怒り始めたジャディをヘロヘロな状態のままで、何とかなだめるペルとレブンである。

「ジャ、ジャディ君っ。落ち着いてっ。私たち2人じゃ、ここまで敵を誘導できなかったんだし、上出来だようっ」

 ペルの励ましにレブンも同調する。まだ半分以上は魚頭のままだが。

「そ、そうだよ、ジャディ君。そろそろ、敵を噴水岩に食いつかせても良い頃合いだと思う。攻撃を弱めて撤退しても……あ」


 森の中からブチ切れ状態で突撃してきた数体の大地の妖精が、『ブラックウィング改』に体当たりした。そのまま、シャドウが妖精の岩石ボディに〔吸収〕されて、消滅してしまった。隣で撮影していたレブンのアンコウ型シャドウも体当たりを食らって、同じように妖精の体に取り込まれて消えた。


 残ったのはステルス性能が非常に高い、ペルの子狐型のシャドウ『綿毛ちゃん2号改』だけだ。慌ててペルがシャドウに命じて、森の上空まで退避させる。これで何とか現地の実況中継だけは確保できた。

 ガックリするジャディとレブンである。敵の大地の妖精も高度なステルス機能を有しているので、対処が遅れてしまった。


 それを目の端に留めながら、ミンタがウィザード魔法幻導術のプレシデ先生と、彼の専門クラスの生徒全員に向けて号令をかける。

「〔テレポート〕魔法起動!」

「おう!」と喚声が起こって、幻導術の専門クラス生徒全員が一斉に簡易杖の先を光らせた。指揮を執るウースス級長が露草色の瞳を緊張でこわばらせながらも、しっかりと統率している。

 プレシデ先生も斜めに浮かぶ姿勢はそのままに、格好良く目線よりやや上に向けて簡易杖を突きだしている。しかし、スーツの破れ目は気になるようだ。杖を持っていない方の手でしっかりと握って、破れ目を見せないようにしている。


 他の生徒と先生も、幻導術クラスに魔力支援を開始した。その中には、ぶつぶつ文句を垂れているリーパットとその党員たちも混じっている。

 一番やる気を見せているのは、やはりムンキン党とアンデッド教徒のようだ。皆、空中に浮かびながらの魔法行使なのだが、ふらつきもせずに堂々としている。

 サムカが1人だけ空中でフラフラしながら、錆色の短髪をかいた。

「むう……これは恥ずかしいな」


 富士山型の噴水岩に、次々に大地の精霊と妖精が食らいついていく。連中は生物のような体ではないので、口もなく、それどころか頭もない。腕や足のような物も生えておらず、岩の塊を泥や粘土でつないでいるような姿だ。 

 全身のあちこちからは鋭い水晶や、金属質の牙、トゲが無数に生えていて、それらが足や手の働きをしている。そんな異形の化け物群が次々に富士山型の噴水岩に体当たりし、自身の体に取り込もうとしていた。


 その際に動きが止まるので、そこを遠隔魔法による〔テレポート〕で転移させていく。それでも、富士山型の噴水岩がドンドン削れて小さくなってくるのが、ペルのシャドウからの映像で映し出されている。



 数秒ほどしてから、〔テレポート〕先の座標の映像が〔空中ディスプレー〕画面に飛び込んできた。〔テレポート〕の際に、精霊や妖精と一緒に〔式神〕を送り込んでいたのだった。その〔式神〕が起動して、現地映像を撮影している。

 〔テレポート〕先は、海中だった。大量の海水に囲まれた大地の精霊と妖精が、次々に正気に戻っていく。大地は水に対して優勢なので、水中では落ち着く。


 これについても、エルフ世界や魔法世界と比較すると異なっている。大地と水とは対立する関係なので互いに緊張する。興奮した大地の精霊を海中に突っ込んでも、興奮したままである。獣人世界以外では。


 精霊と妖精の体から、興奮の成分が分離して……それが岩になって海底に沈んでいく。正気に戻った精霊と妖精は、希少鉱物を取り込んだせいもあるのか穏やかになって、海底の岩に潜り込んで故郷の地中へ帰っていった。


 ミンタが満足そうな笑みを浮かべる。

「作戦通りね。前回の、森の妖精群との戦いの経験が活かせたわ」


 生徒と先生の間から、勝利の歓声が早くも上がり始めた。一方でレブンを含む魚族は、微妙な表情をしている。魚族を代表して占道術専門クラスのスロコック級長が、沈痛な表情を浮かべて映像に頭を下げた。

「チューバ君の故郷の座標を使った。墓標を立てるどころか、岩だらけにしてしまって。申し訳ない」

 レブンも他の魚族の生徒と同様に、小声で謝罪している。

「先輩、すいません」


 〔テレポート〕は、基本的に魔術刻印や魔法陣の間でしか行き来できない。海中では、それがあるのは魚族の町くらいのものだ。魚族の町から外れると、行き来する用事も機会もないので魔術刻印もない。今もまだ海の妖精が居座っているので、チューバの故郷は放置されたままであった。



 それから2分もかかららずに、富士山型の噴水岩が食べ尽されてしまった。周辺の土地まで一緒に食われていたので、今や大きな穴に変貌してしまっている。


 これまで見物を決め込んでいたノームのラワット先生が、銀色の口ヒゲに先を片手で捻って垂れ眉を寄せる。

「むう……ちょっと噴水岩の体積が足りなかったか。残っているのは、大地の妖精が数体だけだね。大深度地下の精霊は、もう残っていないな」


 〔テレポート〕魔法を撃ちまくっていた幻導術のプレシデ先生が、生徒たちに攻撃終了の合図を出した。やっぱり斜めに傾斜して空中に浮かんでいる。

 黒い煉瓦色でかなり癖のある髪の先を、森から吹く風に任せて肩下あたりで揺らし、黒い深緑の瞳を細めた。破れたスーツの裾が優雅に風に揺れる。相変わらず、片手で破け目を押さえてはいるのだが……効果は期待できなかったようだ。破け目が若干広がったように見える。

「敵が停止していないと、我々の魔法が当たりませんね。ここまでですな」


 ノーム先生と同じように見物していた大地の妖精が、背伸びをした。雑な出来の埴輪のような姿なので、少し細長くなったようにしか見えないが。

「面白い見世物でしたよ。楽しめました。では、残りの精霊は、我が追い払っておきましょう。そうですね……他にお菓子がありそうな場所は、帝都かな」


「は!?」

 空中に浮かんでいるので、文字通りにひっくり返ってバランスを崩すノーム先生とエルフ先生だ。サムカに至っては、そのまま地面に落下してしまった。慌てて飛び上がって、大地の妖精が浮かんでいる場所まで戻る。


 ノーム先生が顔を真っ青にして、大地の妖精に詰め寄っていく。

「ま、待って下さいよ。そんなことをしたら、帝国がまた大混乱に陥るじゃないですかっ」

 エルフ先生も、同じような蒼白な顔になっている。

「希少鉱物が足りないのであれば、ドワーフのマライタ先生を脅せば、いくらでも出してくれますって」


 何かとんでもないことを口走っているエルフ先生だが、ここは指摘しないことにしたサムカである。大地の妖精に山吹色の瞳を向けて、少し威圧的な口調で尋ねる。

「今の段階では、君と『妖精契約』……だったか。それを結んでいるのは私だ。これは、契約に抵触することになるのではないかね?」


 しかし、大地の妖精は気楽な口調のままだ。表情が全く存在しないので、感情がよく判別できない。

「だからこそですよ、アンデッドの先生。まあ、契約と言っても、我が気まぐれで行った遊びですし。無視しても、何か不都合なことが我に起きることはないですがね。我の善意というか、厚意と考えてくれれば良いでしょう」

 言いたい放題である。

「我としてはタカパ帝国が混乱に陥ってくれた方が、色々と面白い事が起きそうなので楽しみではあるのですがね。かといって、契約者が困っている姿を見るのも心苦しいものですから、悩みどころですねえ」

 さすが妖精というべきか……常識が通用しない相手である。


 ノーム先生が、ふと疑問を抱いたようだ。サムカと妖精との言い争いに割って入ってきた。ノーム特有の大きく丈夫そうな手袋を派手にブンブン振り回して、妖精の注意を引く。

「妖精さん。帝都では、大深度地下の希少鉱物なんか保管していないはずですぞ。アレはそれ自体が魔力を帯びていますからな。魔法適性が乏しい獣人族では魔法場汚染を受けて、精神異常などを起こしてしまうだけのはず……」

 そこまで言ったノーム先生本人が、「あ……」と何かに気がついた。同時にエルフ先生とサムカも、「はっ」としたような顔になる。


 大地の妖精が愉快そうな声で、背伸びしていた岩石質の体を縮めて丸くした。

「そうでしょうね。あるとすれば、魔法使いの施設かな」


 それまでニヤニヤしながら、少し離れた空中でやり取りを聞いていたウィザード先生たちが、一瞬の沈黙の後、悲鳴を上げてワタワタ狼狽し始めた。

 なぜかソーサラー魔術のバワンメラ先生まで一緒になって、空中で右往左往している。法術先生だけはキョトンとした表情のままだ。


 力場術のタンカップ先生が全身から異常なほど大量の汗を噴き出して、妖精のところへ飛んでやって来た。

「バ、バカ者おおおおっ! 帝都の力場術協会本部を、精霊どもに襲撃させる気かあああっ」

 他のウィザード魔法の先生たちも、顔を真っ青や真っ赤にさせて、妖精に殺到して飛んでくる。同じようなことを叫んでいるようだ。一斉に大声で叫んでいるので、声が重なって何を言っているのか聞き取れない。


 心底嬉しそうな声で、大地の妖精が腕らしき部位をクルクル回した。

「愉快愉快。では、残存している大地の妖精と精霊を、全て帝都へ追い払いましょうねえ。あ。面倒だから〔テレポート〕させましょう。それっ、移動時間短縮っと」

 シレッとソーサラー魔術まで使っている妖精だ。


「うおおおおっ! 何をしやがるうっ」

 タンカップ先生とソーサラー先生が妖精に渾身の一撃を放った。

 格闘術のようで、タンカップ先生が右ストレートの『鉄拳』、ソーサラー先生が左の『膝蹴り』で飛び込んできた。音速を軽く超える攻撃のせいもあって、衝撃波と爆音が響き渡る。

 マジックミサイルのような飛び道具では、回避されたり〔防御障壁〕で防護されてしまうと思ったのだろう。直接攻撃で確実に仕留める気満々だ。


 その戦術は成功したようで、見事に妖精の岩石質の体に命中し、体を粉砕した。

「ぐはあ~や~ら~れえ~たあ~」

 まるでパリーのような口調になって、妖精が石の粉になった。唯一残った小石が、サムカの耳元に飛んできてささやく。

「では、我はこれで。中性子物質の剣とやら、楽しみにしておるよ」

<ポン!>

 小石が粉になって砕け散った。それっきり、妖精の気配も魔法場も消えてしまう。


 妖精を粉砕したタンカップ先生とソーサラー先生の2人が、空中で急停止して破壊を確認している。

「やったか!?」

「やったなっ! よし!」

 一瞬喜びの顔になった2人だったが、すぐに手元に出現した〔空中ディスプレー〕画面の表示を見てガックリと肩を落とした。ついでに高度も10メートルほど落ちる。


 その2人を冷ややかな視線で見ながら、ノーム先生が銀色のあごヒゲを両手でつまんで引き伸ばす。彼の手元にも、同じ表示が警告として表示されている。

「『時、既に遅し』でしたな。残っていた大地の妖精と精霊群が帝都へ転移してしまいましたぞ」


「うわああああっ! やばいやばいヤバイいいいいっ」

 バワンメラ先生とウィザード先生たちが、悲鳴を一斉に上げる。すぐに各自で〔テレポート〕魔術や魔法を起動させて、姿を消していった。悲壮な悲鳴だけが残る。


 それを、のほほんとパイプを吹かしながら見送るのはティンギ先生だ。隣で白い歯を見せながらニヤニヤしているマライタ先生と、肩を組んで寛いでいる。

「やれやれ……下っ端の先生は大変だねえ」

 ティンギ先生が口元を緩めながらコメントすると、隣のマライタ先生も赤いゲジゲジ眉を大きく上下させて同意した。流れるような動きでポケットからウィスキーの小瓶を取り出して、そのフタを開ける。

「希少鉱物や土類の管理は、きっちり厳重にしないといけないんだぜ?」


「オマエがそれを言うか……」

 ノーム先生とエルフ先生がジト目を向けるが、一向に気にしていない様子だ。



 生徒もリーパット党を中心に、ちょっとしたパニック状態になってきていた。帝都に親や親類がいる生徒もかなり多いので、当然の反応だろう。そのほとんどは狐族だが。


「わ、我も帝都へ戻らねばっ! ブルジュアン家の危機ではないかっ。て、ててて、〔てれぽーと〕ってどうするのだっ。誰か我を帝都まで連れていけ!」

 リーパットが全身の狐毛皮を見事に逆立てて、狼狽して周囲の取り巻きたちに当たり散らしているのが見える。

 パランが必死の形相で、制服のブレザー服の内ポケットから次々に小さな〔結界ビン〕を取り出してラベルを確認している。

「リ、リーパットさまっ。いましばらくお待ちください。すぐに〔テレポート〕魔法を封じた〔結界ビン〕を……」

 チャパイは、パランが両手からポロポロ落としている分の〔結界ビン〕を拾い回っていた。彼は名家の出ではないので、今はパランを立てるつもりのようだ。

「パ、パランっ。慌てるなって。〔結界ビン〕が全部地面に落ちているじゃないかっ」


 リーパット党員もかなり動揺して空中を右往左往している。その最後尾ではコントーニャが小型の魔法具をポケットから取り出して、実家と何やら話し込んでいる姿が見えた。ちょっと真面目な表情だ。


 スロコックが6人のアンデッド教徒たちに的確に指示を飛ばしつつ、占道術の専門クラスの生徒たちにも指示を下している。このあたりは、さすがと言うべきだろう。彼の実家は海中なので、落ち着いた表情だ。


 このような混乱状態になっていたのだが……既に教師の多くが帝都へ〔テレポート〕して姿を消しているので、統率する者がいない。校長や警察は森の中である。


 ミンタもかなり慌てた様子だったが、すぐに落ち着きを取り戻したようだ。手元の〔空中ディスプレー〕画面を見ると、大地の妖精と精霊群は真っ直ぐに『魔法使い各派が建てた塔や施設』に向かっている。他の一般の施設や帝都の住宅地、商業区画には興味がないと見える。

「なるほどね……希少鉱物なんて、魔法使いしか取り扱わないわよね。普通の一般住宅にはないわよね」


 そして、生徒たちを落ち着かせようと飛び回っているムンキン党のバングナン級長と、法術専門クラスのスンティカン級長とラヤンに、明るい栗色の瞳を向けた。

「大地の妖精と精霊は、魔法使いの施設だけを襲うつもりよ。普通の帝都住民には影響ないわっ。安心しなさい」

 音声と〔念話〕の両方を使って、他の生徒たちにも伝えるミンタである。精神の精霊魔法も併用しているせいもあるのか、鎮静効果はかなりのものだ。たちまち、混乱が収まっていく。


 画面では、〔テレポート〕したウィザードとソーサラー先生たちの姿が、帝都の街の上空に小さく見えていた。それぞれが所属する魔法協会に向かっているようだ。さすがに帝都だけあって、街並みは広大で整然としている。

 ミンタの街のように基本的には赤レンガ造りなのだが、規模が10倍以上ある。


 サムカがその街並みを画面で見ながら、果物市場の場所を探し始めた。その市場は無事のようで安堵している。それは近くで浮いているエルフ先生も同様であった。彼女の場合は、昆虫市場の安否確認のようだが。


 ノーム先生がやや呆れながら2人を横目で見ている。その後、視線を画面に戻して、帝都のあちこちに分散して建てられている魔法使いたちの塔や施設を画面上で追いかけ始めた。

 幻導術、招造術、力場術の塔と協会施設を最初に小窓表示にし、次いでソーサラー魔術協会をピックアップして小窓表示にする。〔空中ディスプレー〕画面上に、小窓が10個ほどできた。

「ティンギ先生の占道術協会と、マルマー先生の真教教会の監視は不要かな。慌てている様子は見受けられないし。それとドワーフ政府の魔法具百貨店も不要みたいだね」


 自身のノーム政府の警察出張所や、エルフ先生の警察出先機関も、監視対象から除外する。

「エルフとノームの施設には、間もなくタカパ帝国の警察と軍による立ち入り検査が入るからね。もう、中には目ぼしい物なんてないよね。あるとすれば、ゴネて立ち入り検査を拒否し続けているコイツらなんだけど……あ」


 画面では、いきなり塔が崩壊して、ただの泥の塊になっていく様子が映し出された。塔だけではなく、4階建ての大きな赤レンガ造りの建物も崩壊して泥の山に変わっていく。

「へえ。魔法使いの施設だけを食らっているのか。地震なんかの副作用も起きてない……な。優秀、優秀」

 そして、エルフ先生とサムカに小豆色の瞳を向けて、口元を緩めた。銀色の口ヒゲを指先でつまみ上げている。

「これなら、放置して見守っていても特に構わないでしょうな。自業自得なのは、魔法使いだけのようだしね」


 サムカが同じように口元を緩めながらも、ノーム先生の意見を否定する。

「そうもいくまい。一応は、我々の教職上の同僚だ。これ以上、授業が停滞すると、校長が心労で倒れてしまうぞ。ここは不本意だが、帝都で食事中の大地の精霊どもを海に〔テレポート〕して排除した方が良いだろう」


 エルフ先生も両耳を上下にピコピコ動かしながら、サムカに同意する。

「そうね。帝都で食事を終えたら、大人しく帰るという保証はありませんしね。今なら移動していませんし、〔テレポート〕魔法で海へ飛ばすことができます」

 そして、ミンタに空色の瞳を向ける。

「ミンタさん。聞いての通りです。帝都の精霊群を、全て海へ〔テレポート〕して下さいな」


 ミンタが即答した。

「はい、そうします。カカクトゥア先生」

 そして栗色の瞳を、幻導術の専門クラスのウースス級長に向けた。彼はまだ緊張した表情で30人ほどの専門クラスの生徒たちを指揮している。

 腹を右手で押さえて猫背になっている様子を見て、ミンタが小さくため息をつく。

「プレシデ先生が帝都へ行ってしまったので、代わりに私が指揮を執るわね。ウースス級長は休憩してちょうだい。そのまま続けると、倒れてしまうわよ」


 意外にも素直に従うウースス級長であった。安堵の息を吐いて、逆立っていた頭の橙色で少し荒めのウロコを元に戻す。

「そ、そうかい? 助かるよ。ちょっと、もう、胃が持ちそうにもない……」


 ミンタがドヤ顔でうなずく。鼻先と口元のヒゲが全てピンと立っている。

「任せなさい。じゃあ、幻導術の専門クラスの生徒は、敵の大地の精霊を全て座標確定して。それが済み次第、海へ〔テレポート〕。いいわね」

 幻導術の専門クラスの生徒たちが、素直にミンタの指示に従った。


 次いで、その魔力支援の割り当てを素早く決めていくミンタ。大混乱したままのリーパット党は、使い物にならないので放置する。ペルとレブンも魔力をほぼ使い切っているので、これも放置した。

 今の主戦力は、半分ほどに減ったアンデッド教徒とムンキン党だ。

「普通の精霊だから、それほど手間はかからないわ。さっさと海へ追い払いなさい!」


 ミンタの号令と共に、一斉に〔テレポート〕魔法が放たれた。その一瞬後。全ての大地の精霊が、画面上から反応を消した。生徒の間から歓声が上がる。


 数秒かけて再確認を終え、ミンタがエルフ先生に顔を向ける。

「カカクトゥア先生。作戦を終了しました」

 エルフ先生が満足そうな笑みを浮かべてうなずいた。

「上出来でした。有意義な実習になったわね。ウースス級長もご苦労さまでした。後でマルマー先生の〔治療〕を受けに行きなさいね。胃は大事にしなさい」

 次に、森の中にいる者たちも含めた全員に向けて〔念話〕と〔指向性会話〕魔法で告げた。エルフ先生の周囲に、10個ほどの風の精霊が発生して音声を伝える。

「地面に降りても大丈夫ですよ。敵群の撃退に成功しました」


 歓声が運動場にいる生徒と、森の中から上がってくる。それを微笑ましく聞きながら、エルフ先生が手元に時間を表示させた。

「まだ、少し授業時間が残っているわね。じゃあ、授業を再開します。生徒は全員、教室へ戻りなさい。先生が不在の教室は自習にします」

「うへえ……」という呻き声に変わる生徒たちであった。ティンギ先生もそれに混じっているようだが。



 レブンも疲れた体で何とか歩きながら、地下の教室へ向かうことにした。ペルはジャディに背負われているままだ。フラフラと空中に浮かんでいたサムカもレブンの横に着地して、一緒に教室へ向かうことにする。

「3人とも、よく頑張ったな。魔力量から言えば、君たちよりも格上の精霊や妖精を相手に上々の成果だ」


 照れている3人をサムカが山吹色の瞳を細めて微笑む。そのサムカの錆色の短髪の上に、今になってハグ人形が落ちてきた。

「やあ。大したものじゃないか」

 ジャディが琥珀色の瞳をギラつかせて、ハグ人形を睨みつける。まだ少しビクビクしているが、かなりトラウマの克服は進んでいるようだ。

「オイ、今になって、ノコノコ出てくるんじゃねえよ、このハゲ」


 しかし、ハグ人形は動じていない。口をいつものようにパクパクさせてジャディに返答する。

「このバカ鳥め。あれほど多くの精霊や妖精が学校へ向かっている時に、ワシがいると事態を悪化させるだけだと分からぬか。人形とはいえ、魔法を使う際には闇の魔法場を発散させてしまうからな。餌をばら撒くような真似はできぬよ」


 背中のペルからも解説をされて、ジャディが渋々納得する。それでも心情的には、ハグ人形に不満だらけの様子だが。そのようなジャディを無視して、ハグ人形が嬉しそうな口調でサムカに告げた。

「海へ放り出す作戦は、なかなかに楽しめたぞ。が、ちと、浅慮だったかもな」


「ん?」と反応するサムカ。ペルとレブンも不安な表情になった。ジャディはキョトンとしたままだ。ハグ人形が話を続ける。

「精霊や妖精ってのは、興奮や怒りの感情みたいな成分を分離放出できる。オマエさんらも、森の妖精撃退の際に見ただろ? 海に放り出された大地の精霊や妖精は大量の水に包まれたショックで、その成分を分離放出して正気に戻った。それ自体は良い作戦だな。だが、放出された成分は、どうなるのかね?」


 レブンが顔を魚に戻しながら、ハグ人形に意見する。

「し、しかしハグさん。映像を見る限りでは、放出された興奮や怒りの成分って『岩』に変化して海底に落ちたようでしたよ。それで終わりなのではないのですか?」

 ハグ人形がサムカの髪の中で泳ぎ始めた。今は平泳ぎみたいな動きをしている。

「まあ1ヶ月もすれば、ただの岩になって落ち着くだろうな。だが、それまでの間は、魔力の塊でもあることを忘れちゃいかん。同時に美味しい『餌』でもある」


「あ……」と顔を見合わせるペルとレブン。ジャディへの説明は後に回すようだ。サムカも、ハグ人形に指摘されてようやく気がついた様子である。それでも、特に慌てたような素振りは見せていないが。

「……まあ、そうなるか。大地の精霊場を強く帯びた魔力だな。私のようなアンデッドには扱いにくい魔力だが、教え子でも扱いにくいと思うぞ」


 ハグ人形が呆れたような声を出して、サムカの頭の上で「ポンポン」飛び跳ねる。

「まったく、こやつは。もう少し考えろ。あの海域には何が潜んでいる? ん?」

 サムカが首をひねった。

「海の妖精がいるが……奴では大地の精霊場は使えないだろ」


 レブンが完全に魚顔に戻ってハグ人形に答える。

「まさか、大ダコですか?」

「え!?」

 思わず声を出すペル。


 そういえば、チューバ先輩の死亡は確認できているが、彼と行動を共にしていた大ダコは不明のままだ。ハグ人形がサムカの頭の上で仁王立ちになって口をパクパクさせた。

「それ以外に何がいる。奴の餌としては、極上の御馳走だっただろうな。奴は生物だから、体組織は生命の精霊場の他に、大地の属性も帯びておる。オマエらもそうだろ」

 言葉もなく顔を見合わせるペルとレブンに、ハグ人形が愉快そうに笑いかけた。

「新たな『モンスター』の誕生だな。おめでとう」




【オーク墓地の管理棟】

 サムカが〔召喚〕を終えて、オーク墓地の管理棟の前庭に無事に戻った。水蒸気の煙が立ちこめて、数秒間ほどサムカの視界が利かなくなる。

(どうも、この煙の量や濃度が毎回違うのは、いかがなものか……)と思うサムカである。そのくせ、<パパラパー>と鳴るラッパ音の音質だけは、徐々に向上しているのが気に食わない。

 サムカを含むアンデッドは可視光線領域の視覚よりも、魔法場探知による周囲の認識の方が得意なので、特に支障は出ない……はずなのだが。


 《ドスン、バタン、ガシャン、バラバラバラララ……》

 引っ越し作業や、庭の草抜きをしていた部下のアンデッド兵たちが、サムカの体に衝突して吹っ飛び、地面に倒れてバラバラになった。

「ん? これは、どういうことだ?」

 サムカが水蒸気の煙を両手とマントで振り払いながら、首をかしげている。いくらサムカが突然に出現したとしても、ここまで〔認識〕できないというのは、どう考えてもおかしい。


 自身を魔法で〔診断〕して、何か異常が体に起きていないかどうか調べる。

 その間に、管理棟の中から騎士シチイガが飛び出てきた。手にはホウキとモップを持っている。一応、腰のベルトには、長くないとはいえ剣が吊るされている。更に、短い黒錆色の髪をタオル地の白い頭巾で覆っているので、中途半端に武装した作業員のようでもある。

「な、何奴っ……あれ? 我が主ではありませんか。いつ、お戻りになられたのですか」


 騎士シチイガが両手のホウキとモップを背後に隠して、膝を軽く曲げて立礼をする。サムカが自己〔診断〕を手早く終えて、やや複雑な表情で騎士シチイガに山吹色の瞳を向けた。

「……うむ。シチイガにも、私と〔認識〕できていなかったようだな。とりあえず〔復元〕したから、もう大丈夫だろう」


 アンデッド兵たちも、今はサムカを正確に〔認識〕できているようだ。衝突をしに来なくなった。騎士シチイガも、サムカの気配の〔復元〕を〔察知〕した様子である。彼も不思議そうに首をかしげている。

「はい。今は、いつもの主でございます。先程は何だったのでしょうか。まるで、ステルス効果の非常に高いファントムが出現したかのような感覚でした」


 サムカが手元に小さな〔空中ディスプレー〕画面を出して、〔復元〕前と後との、自身の固有魔法場の照合をする。すぐに原因が分かったようだ。藍白色の白い顔に、品よく並んでいる眉を軽くひそめた。

「獣人世界へ〔召喚〕された際に、エラーが起きていた。実際、学校の上空へ出現したのだが、座標間違いだけではなかったようだな。〔召喚〕で世界を往復する際に、私の構成情報が変質していた。まったく、あの羊め」


 騎士シチイガが顔を上げて、怒りの表情をサムカに向けた。既に腰ベルトの剣の柄に右手を添えている。ホウキとモップは、丁寧に地面に置かれていた。

「何と! その羊とやら、始末して参ります。座標をお教え下さい。肉骨粉にしてから、焼いて悪臭を飛ばしてやれば、畑の肥料に有効利用できましょう。魚の養殖での餌としても使えるかと」

 さすが食糧生産拠点であるサムカ領の騎士である。実に具体的な処方だ。


 サムカが目を閉じて、騎士シチイガの激高をなだめる。さらに続く情報照合で、もう1つ分かったからだ。

「いや。ハグが困るから止めておけ。もう1つ、分かった事がある。前回、私は異星の大地の妖精と、『妖精契約』を交わしたのだよ。その際に、私自身の情報が変化してしまったのだろう。『召喚ナイフ契約』で登録している私の情報と異なってしまったから、それが原因で術式にエラーが発生したと考えるのが妥当だ。あの羊に、ハグが使うような高度な魔法の術式を書き換えることはできないよ」

(夜にでもハグを呼び出して、術式の〔修正〕をさせよう……)と思うサムカである。騎士シチイガも、「我が主がそう仰るのであれば……」と柄から手を離した。


 しかし改めて見ると、(この墓地の管理棟は、とても客人を呼べるような風格ではないな……)と思うサムカ。ただの墓地倉庫と管理人の宿泊施設なのだから、質素で貧相な見た目なのは当然ではある。(しばらくの間は、悪友ステワや師匠に冷やかされるなあ……)とも思い諦める。

「……して、引っ越しと掃除だが、私も何か手伝おう。何をすれば良いかね?」


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