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召喚ナイフの罰ゲーム  作者: あかあかや & Shivaji
移動教室あっちこっち
72/124

71話

【森の妖精】

 爆炎と土煙の中では、巨大ヘビの妖精が感心していた。〔防御障壁〕は〔解読〕されて無効になっているので、〔マジックミサイル〕の直撃を何十発も体に受けている。

 爆発した次の瞬間には完全に〔復元〕をしているのだが、視界が利かない上に、生命の精霊場による〔探知〕も対処されてしまっていては、簡単に反撃ができない。

「ほう。我を釘づけにするとは、興味深い。だが……」


 次の瞬間。寄宿舎の迎撃システムが無効化されて沈黙した。〔マジックミサイル〕の飽和攻撃も途絶えてしまい、土煙が薄まっていく。サムカ熊の〔闇玉〕や、先生と生徒たちの〔分身〕による光の精霊魔法攻撃では爆発は起きないので、急速に視界が回復した。

 巨大ヘビ妖精が、ようやく全身を運動場に現した。全長は30メートルほどもある。あれだけの猛撃を受けたのに、傷が1つも残っていない。驚異的な〔復元〕力だ。


「さて、〔マジックミサイル〕も沈黙したぞ。次は何をする気なのか……ん?」

 巨大ヘビが驚愕したように、首を振って周囲を見回した。土煙がすっかり薄まった運動場には、妖精の数が自身を含めて4体しか見当たらない。先程まで23体もいたのだが。


 背後の森にヘビ頭を向けると、怒りを放出して説得された森の妖精19体が、ゆっくりと引き揚げていくのが見えた。

 運動場に残っているサムカ熊とエルフ先生〔分身〕、ノーム先生〔分身〕に顔を向けて、感心したような声を上げる。背後のトカゲ型妖精だけは、さらに怒っているようだが。

「奥の手かね? 驚いたな。何をしたのか聞いても良いかね?」


 サムカ熊が両足に魔力を溜めながら、答える。

「〔エネルギードレイン〕魔法だよ。怒りを収めるには適した術だと思うがね。ついでに無気力にもなってしまうようだが」

 実際は、サムカ熊が妖精9体を、地下の生徒たちが6体を〔ロックオン〕して魔法をかけたのだったが……今はサムカ熊だけで魔法を行使した事にしている。地下のことは可能な限り、敵に知られてはいけない。


 エルフ先生とノーム先生〔分身〕には当然ながら使えない魔法なので、2人は別の魔法を使用していた。光の精霊魔法の中でも、生物相手には凶悪な〔ガンマ線〕攻撃である。表立って使うと非難されるような魔法なので、こうして土煙に紛れたドサクサを突いて放っていた。

 ちなみに、対貴族用の魔法ということで公式に装備されていたりする。


 ガンマ線攻撃で依代が衰弱して、妖精の怒り成分を含んだ思念体が噴き出し、それをノーム先生が大地の精霊魔法を使って説得する……という手順だ。この戦法で、エルフ先生が3体、ノーム先生が1体をそれぞれ撃退していた。

「ブトワル本国の警察に知れたら大騒ぎね。森の妖精相手にこんな戦果とか。エルフとしては単純に喜べないのよね」

 エルフ先生〔分身〕が自嘲しつつ、ライフル杖の残弾を確認した。ゼロだ。錠剤型の魔力カプセルも全て使い切っていた。


 ノーム先生も同じく全魔力を使い切っていた。ライフル杖を自爆させて、自身にも自爆術式を起動させる。彼の両足から草が大量に噴き出しているのが見える。

 その自身に起きている変化を無視して、背中にロケット推進の風の精霊魔法を発動させた。

「ふむ……確かに痛覚廃棄は有効だな。妖精相手の大立ち回り、僕の本国でも騒ぎになるでしょうな。では名残惜しいですが、僕はここまでです。後はよろしく」


 そのままロケット噴射をして、巨大ヘビの妖精の隣にいる巨大クモ型の妖精に体当たりしていった。

 距離にして15メートルしかなかったのだが、クモ型妖精の体にまで辿り着けたのは、頭の一部だけだった。他の部分は全て草の塊になって、空中に散っている。しかし、それだけでも充分だったようだ。

 10トントラックほどの大きさの巨大クモ型妖精が、大爆発を起こした。まぶしい閃光が走って火球ができ、次いで爆風と共に火球が膨張して破裂し、キノコ雲が運動場を飲み込んだ。


 エルフ先生〔分身〕が、自身と森を〔防御障壁〕で守る。隣のサムカ熊も〔防御障壁〕で自身と森とを守っていた。奇しくも同じ行動をとっていたことに、エルフ先生〔分身〕がサムカ熊に微笑む。

(アンデッドが森を守るなんて、初めて見ましたよ。ええと、この爆発はノームが得意とする『反物質爆弾』ですね。体内の組織を大地の精霊魔法を使って、数ミリグラムほどの疑似反物質に〔変換〕し、それを〔エネルギー化〕する魔法です。本物の反物質とは違うので威力は低く、有害な放射線も出ませんが……やっぱり面倒な魔法ですよ)

 確かに威力はかなりのもののようで、巨大クモ妖精の体の3分の1ほどが消失していた。地面にも大きなクレーターができていて、底は溶岩化している。


 さすがに怒りが爆発したようで、クモ型妖精の体から黒い煙状の思念体が噴き出した。

 同時に、粉々になっていたノーム先生の杖の破片が、〔復元〕を遂げつつあるクモ型妖精に付着した。すぐに大地の精霊魔法が起動して、説得されてしまうクモ型妖精である。

 そのまま、ゆっくりと故郷へ戻っていく。黒い煙は、サムカ熊が〔闇玉〕を集中砲火して消し去った。


「ぐあああああっ」と怒り狂っているトカゲ型妖精を放置して、巨大ヘビ型妖精と巨大甲虫型の妖精が、サムカ熊とエルフ先生〔分身〕に視線を向けた。(攻撃的な視線ではなくなってきているな……)と直感する。

「ほう。これが噂に聞く〔反物質爆弾〕の魔法か。ノームもなかなかに侮れないものだな」

「これは確かに、有意義な旅であったと言えそうだわい」


 その会話を聞いて、サムカ熊とエルフ先生〔分身〕が視線を一瞬交わした。次の瞬間。両足で運動場の地面を蹴って、まだ怒り狂っているトカゲ型妖精に殺到する。

 両者とも、激しく大地を蹴った反作用で両足が膝下から潰れた。すぐに〔治療〕魔法が自動起動して、エルフ先生〔分身〕の両足が〔修復〕され、サムカ熊のぬいぐるみ足も元に戻る。ただ、エルフ先生〔分身〕の衣服とブーツは〔修復〕できずに、小麦色の素足が膝下からのぞいているが。


 衣服とブーツについては当然ながら始末書ものだが、その代償に音速の20倍という突撃速度を得ていた。既に〔パッケージ化〕して起動させている各種支援魔法のおかげで、強烈な加速度を受けても失神せずに済んでいるのは前回と同じだ。

 彼我の距離は15メートルしかなかったので、一瞬で拳の間合いに入った。気合いや技名を叫ぶような暇もないので、無言だ。


 エルフ先生〔分身〕の光を帯びた『右正拳突き』が炸裂し、サムカ熊の両手から伸びる2メートルの『爪』が一閃した。

 空気も高速突撃で断熱圧縮されて、爆音と衝撃波を派手に発しながら真っ赤に燃え上がる。空気中の塵やサムカ熊の表面布、エルフ先生の表皮や衣服などが自然発火して燃え上がった。


 そんな火の玉が2つトカゲ型の妖精にぶち当たって、そのまま突き抜ける。

 ……が、トカゲ型妖精は全くの無傷だった。巨大な穴が胴体に開いて、表皮が燃え上がったはずなのだが……これも瞬時に〔復元〕されている。


 一方で、運動場を慣性で飛行しているサムカ熊とエルフ先生〔分身〕が『アリの塊』になって、そのまま空中で四散した。アリも燃え上がっていて、すぐに炭の粉になり、冷たい突風に巻き込まれてどこかへ飛んでいく。爆音だけが森の木々の間で反射して、こだまのような音を数回ほど響かせていった。

 トカゲ型妖精が両足を運動場に踏ん張り、ニヤリと笑うかのように巨大な口を開ける。


 トカゲ型妖精が精霊語で何か吼えている横で、巨大ヘビ型と巨大甲虫型の妖精から黒い煙が噴き出した。同時に彼らの精霊場が穏やかなものに変わり、分厚い雲が薄くなって風が嘘のように弱まっていく。天候まで操っていたようだ。

「ほう。潔い攻撃だったな。良いものを見た」

「良い見世物だったわい」


 そこへパリーが出現した。いつものヘラヘラ笑いを顔に浮かべている。

「いらっしゃい~。遠路はるばるようこそ~」

 巨大ヘビ型と甲虫型の妖精が、パリーに近寄って挨拶を返した。すっかり穏やかな声だ。

「やあ、パリー。遊びにきたぞ」

「面白い旅だったな。こういうのも良いな」


 パリーがヘラヘラ笑いながらうなずく。ウェーブがかった赤い長髪の先が、すっかり穏やかで暖かくなったそよ風にホワホワと揺れる。早くも雲の間から薄日も差してきた。

「でしょ~? しかし、脱落者が多過ぎじゃないのよ~。妖精として~たるんでるわよ~」

「ははは」と笑いあうパリーとヘビに甲虫。



 たまらずにエルフ先生が、地下階から声をパリーに飛ばした。かなり混乱しているようで、〔念話〕でもなく、〔指向性の会話〕魔法でもなく、普通の〔遠距離会話〕魔法を使っている。

「ぱ、ぱりー!? ど、どういうことなのよっ。説明しなさいっ!」

 ノーム先生も状況が飲み込めない様子だ。口をあんぐりと開けて、教室の床に尻餅をついて座り込んでしまった。

「ま、まさか。お遊びだったのか……?」


 ムンキンとジャディが瞬間湯沸かし器のように激高した。

「パリー! ぶっ殺すっ」

「待ってろ、このクソ妖精っ」

 慌てて2人を抑えつけるペルとレブン。彼らも混乱しているままだが。レブンも顔が完全に魚に戻っている。


 当然ながら、情報は避難先にも届いている。「校長が泡を吹いて倒れたわよ、どうすんのこれ」と、ラヤンからメッセージが伝えられた。


 そんな大混乱状態を、運動場からケラケラ笑って楽しんで聞くパリーであった。

「そうでもないわよ~。ほら~、このトカゲさんは大真面目で攻め込んできたんだし~道化役ごくろうさまあ~たのしかったわ~きゃはは」


 トカゲ型妖精が物凄い形相になって吼えた。精霊語で何か叫んでいる。エルフ先生とノーム先生、それにミンタとムンキンが「うんうん」と同情している。キョトンとしているペルとレブンに、ミンタが杖を掲げながら苦笑して告げた。

「酷いスラングの罵倒だから、覚えなくてもいいわよ。よし、準備完了」

 どうやら精霊語にもスラングや罵倒単語が存在するようだ。


 トカゲ型妖精が口を大きく開けた。先程、巨大ヘビと甲虫が放出したばかりの、真っ黒い煙状になっている怒りの思念体を一気に吸い込む。そして、精霊語で再び何か叫んだ。


「げ」

 今度は、表情を凍りつかせているエルフ先生である。

 ミンタは予想していたのか、杖を掲げたままで落ち着いた顔をしている。そして今度はペルとレブン、ムンキン、それにその下敷きになってもがいているジャディに告げた。

「『自爆』するって言ってる」

「えええっ!?」となる4人。


 パニックは避難所にも伝染しているようで、ラヤンから怒りのメッセージが次々に届いてくる。地上でも、パリーがアワアワして慌てている様子が、地下2階の教室にいる先生と生徒たちのそれぞれの〔空中ディスプレー〕画面に映し出されていた。

 ノーム先生〔分身〕はもういないのだが、彼が爆破した杖の破片が生中継映像を送り続けてくれているようだ。


 巨大ヘビと甲虫も慌てている。怒り狂っているトカゲ妖精を落ち着かせようと近寄って、何か精霊語で説得している。しかし……『時すでに遅し』だったようだ。

 トカゲ型妖精の全身が急激に膨張を始めた。ウロコが弾け飛んで、血肉が噴き出してくる。


 パリーが突如、冷めた目になった。松葉色の瞳に鋭く冷たい光が宿る。

「本当に〔自爆〕するのか。しかたないな、食べるか。不味そうだけど」


 エルフ先生が真っ青な顔になる。

「ちょ、ちょっと待ってパリー! 妖精と妖精が戦ったら、この森がどうなるか分かってるでしょ!」

 パリーの目は据わったままだ。

「うるさいな。後で〔復元〕してあげる。でも、トカゲってあまり美味しくないんだよね~」

 そして、真顔になって舌なめずりをした。パリーの口が裂けて際限なく大きくなっていく。まるで顔が上下に裂けていくようだ。

「じゃあ、トカゲ君。さようなら~」


 エルフ先生とノーム先生の背筋が凍りつく。しかし、金縛りにあったのか身動きひとつできない様子だ。


 その時、ミンタが杖を振り下ろした。

「これだから妖精は」

 同時に爆発寸前だった巨大トカゲ妖精の姿が、かき消された。妖精が放っていた魔法場ごと消失する。


「あれ?」

 キョロキョロしているパリーと、巨大ヘビに甲虫型の妖精。パリーの大口が元通りに戻った。

 先生や生徒たちも同じようにキョロキョロしているので、ミンタが「コホン」と軽く咳払いをした。両耳が数回ほどパタパタと動く。 

「〔テレポート〕したのよ、木星へ。ちょっと行って確認して来るわね。それじゃ、後で」

 そのままミンタも〔テレポート〕して姿を消した。


 ペルが目をキラキラさせて黒毛交じりの尻尾を振っている。

「す、すっごーい。ミンタちゃん」


 エルフ先生も感心している。両耳をピコピコさせて腕組みしている。

「木星へ追放かあ。考えたわね。地球上では戻って来ちゃうけど、地球の外に捨てれば良いのか」

 ノーム先生が呆れた笑顔を浮かべながら、エルフ先生に指摘した。銀色の口ヒゲを早速いじっている。

「ノーム社会でも月面の洞窟へ捨てる方法はよく使ってるけどね。木星は、さすがにないなあ。ミンタさんは古代語魔法の練習で、頻繁に木星まで行き来しているからだね」


 地上のパリーたちもエルフ先生から事の概要を知り、すっかり落ち着いた様子だ。パリーがいつものヘラヘラ笑いを顔に浮かべて、巨大ヘビと甲虫の妖精を森の中へ誘っていく。

「じゃあ~、お客様のために~秘蔵の酒でも~開けちゃおうかな~。今年仕込んだ酒も~もちろんあるわよ~」

 ヘビと甲虫が精霊語で答える。声の調子が完全に酒宴前のオッサン状態になっているので、そのような内容の返事だったのだろう。

 パリーもそれ以降は精霊語だけの会話にしてしまい、笑い声と歓声と共に森の奥へ入って見えなくなった。



 ノームのラワット先生が少し愕然とした表情をしている。

「な、何だと……? 酒の用意があるだと? 森の中の酒は全て避難させたはずなんだが……」

 エルフ先生が呆れながらも少しだけ頬を緩ませた。

「避難先が分かっていたら、そりゃあ、ねえ……? だって、あのパリーですよ? 熱帯地方では暑さでお酒が変質すると知っていれば……ねえ?」

 頭を抱えてうずくまるノーム先生であった。もはや言葉もない。


 さすがにジト目になっているペルとレブンである。ジャディとムンキンは激高し過ぎて手がつけられなくなってしまったので、エルフ先生が簡易杖で撃って気絶させていた。


 ペルが薄墨色の瞳を曇らせて、腕組みして唸っている。

「やっぱり、お酒か……また、お酒か」

 その隣でレブンも同じようなポーズをとって顔をしかめていた。

「お酒って、諸悪の根源のような気がするんですが。墓所もそれがきっかけで発見されたようなものですし」


 エルフ先生が無言で微笑んで賛同した。そして、まだ呆然自失状態のノーム先生に、精神の精霊魔法を食らわせて〔操作〕する。ほとんど操り人形の状態になったノーム先生の奥襟をつかむエルフ先生だ。

「さて、私たちもいったん避難しましょう。妖精が去ったとはいえ、彼らの魔法場はまだ強く残留していますからね。長時間ここにいては、魔法場汚染を受けてしまいます。明日になれば、薄まっているでしょう」


 そして、教室の外に出て愕然となった。廊下が一面の『キノコ畑』になっていたのだ。天井までびっしりとキノコが覆っている。

「うわ……教室内も〔精霊化〕寸前だったのね。廊下の掃除が大変だ」

 エルフ先生がノーム先生を抱えて、空中に浮かぶように皆に指示する。


 廊下の奥の魔法サーバー室からは、安定した駆動音が聞こえている。今は魔法場汚染のせいで確認する事はできないが、音を聞く限りは故障していないようだ。

 とりあえず、稼働音と魔法場を〔記録〕するエルフ先生。なおもカタカタと全身を痙攣させて震えているノーム先生を抱え直す。ほとんど荷物扱いだ。

「どうやらパリーが、一応は私たちとサーバー室を守ってくれていたようね。さあ、ここに留まっていては魔法場汚染を受けますよ。さっさと避難しましょう」


 その頃。運動場では、今頃になって校長に頼まれて〔テレポート〕してきた、南の熱帯林の妖精たちが寒さに震えていた。全てが片付いた事をすぐに悟ったようだ。

「……寒いな。帰るか」

「そうだな、帰ろう。寒いし」




【木星】

 木星へ〔テレポート〕したミンタであるが、球状の〔防御障壁〕を自身の周囲に張って、トカゲ妖精の姿を探していた。10トントラックの大きさがある妖精なのだが、宇宙空間ではなかなか見つけるのが難しいようだ。

「ええと……〔テレポート〕出口は木星の上層大気圏に設定したんだけど。ここからだと遠すぎて見つけにくいな」


 ちなみにミンタがいるのは、木星の衛星イオの公転軌道上である。木星の半径の6倍もある距離だ。それでも、目を細めてしばらくの間探していたミンタであったが……ようやく見つけた。

「あー……いたいた。木星の大気の中に落ちてたのか」


 そこへ、古代語授業のクモ先生が〔テレポート〕して出現した。直径1メートルほどの球形の胴体に8本脚と頭が付いている。

「こんにちは、クモ先生。お忙しいところ呼び出してしまい、すいません」

 丁寧にあいさつをするミンタである。クモ先生には事前に計画を伝えて許可を得ていたのだが、改めて口頭で説明する。

「……以上です。あのまま学校で自爆していれば、被害は甚大なものになったと思います。ですが、やはり後でパリーたち妖精に許しを請うべきでしょうか」


 ミンタの懸念に、クモ先生がやや機械的な声で答えた。複眼が並ぶ頭がクリクリとよく動く。

「いや、ミンタ。不要だろう。あの妖精は、どうやら素行不良であったようだ。地球では例え殺しても、数年後には再生して、また迷惑をかけることになる。木星の風の妖精への『供物』として使った方が、君たちの子孫にとっても、良い結果になるだろう。テシュブ先生がいれば金星でも良かっただろうが、地球から遠い木星の方が安心だろう」

 妖精は不死なので死なないのだが……クモ先生の認識は違うようである。ミンタも今は質問しない事にしたようだ。


 そんなミンタがうなずいて、再び木星表面を眺める。トカゲ型の妖精はそれなりに大きいのだが、木星の大きさに比べると『ただの点』にすぎない。

 その点が自爆を中断して暴れているようで、周囲に泡のような小さな光点がいくつも発生している。1つ1つの光点は、戦術核兵器並みの威力があるのだろう。それもすぐに木星の嵐に飲み込まれて消え、点も『何か』に飲み込まれて消滅した。


 ボウフラが鯉に食べられたように、あっけなく魔法場もろとも消滅したのがミンタにも分かった。

「クモ先生の仰る通りですね。『供物』を喜んでくれれば良いのですが……」

 クモ先生が頭をクリンと回す。

「気に食わなければ受け取らないものだよ、ミンタ。『供物』を受け取って食べてくれたので、特に問題は無かろう。一種の『契約』が結ばれたと考えて良い。今後、君の魔法が使いやすくなるな。折を見て、木星の『風の妖精』に会ってみると良いだろう」




【将校の避暑施設】

 校長は泡を吹いて気絶した後にマルマー先生によって〔治療〕を受け、今は回復していた。しかしまだ少し呆けている。

 そのために代理として、避暑施設のクク・カチップ管理人が陣頭指揮を執っていた。相変わらず、原獣人族のキジムナー従業員たちを酷使しているようであるが。


 海風が心地よく吹く白浜の上に設けられてる、臨時の指揮所の片隅に校長が座っている。今は事務職員から手渡された何かの果物ジュースをチビチビ飲んでいる。


 そこへ、キャンバス幕を強引に力で引き上げ、ドワーフのマライタ先生が顔を見せた。熱帯の浜辺の日差しを受けて、赤いモジャモジャヒゲと髪がキラキラと反射している。ゲジゲジ眉まで光っているので、思わず頬を緩める校長だ。

「やあ、シーカ校長。どうだい? 具合は」


 校長がゆっくりと起き上がった。まだ少しだけ足元がおぼつかないが、歩行に支障が出るほどではない。

「もう大丈夫ですよ。学校の方は、あれからどうなりましたか?」

 マライタ先生が下駄を並べたような白い歯を見せた。外が暑いのかさっさと天幕の中へ入ってきて、校長と同じジュースを事務職員から受け取る。職員たちもまだバタバタして忙しそうだが、パニック状態は収まっている様子だ。

「無事だぜ。最後まで暴れていたトカゲ妖精を、ミンタ嬢が木星へ〔テレポート〕させてな。今は、残ったヘビ妖精と虫妖精がパリー先生と連れ立って、森の中で酒宴を開いている頃だ」


 校長が両手で持っているジュースが入ったコップの液面を見下ろして、大きなため息をつく。

「酷い茶番でしたね……パリー先生には、後でしっかりと罰を受けてもらいましょう。まあ彼女は地主さんで妖精ですから、教育研究省からの懲罰も軽いものになる可能性が高いでしょうが……それと、カカクトゥア先生にサムカ先生、ラワット先生にも罰を与えないといけませんね。居残った生徒たちも同様です」


 次第にプンスカと怒り始めた校長の背中を<バンバン>叩いてガハハ笑いをするマライタ先生。丸太を背中にぶつけているような音しかしていないが、校長も慣れているようだ。

「まあ、お手柔らかにな。一応は、学校の危機を救った英雄様だ。パリー先生の仕掛けたビックリドッキリ企画だったとしてもな。ここの森の死霊術場と、残留思念とやらの掃除で勘弁してやってくれ」


 校長も乾いた笑みを浮かべて両耳をパタパタさせた。コップの中のジュースを一気飲みする。

「それも教育研究省で決めることですけれどね。政治的な思惑があると思いますし、軽い罰則だけで誤魔化されてしまうでしょうね。本当は私としても、彼らの活躍には感謝しているのですよ。パリーのいたずらで学校が『また』破壊されてしまっては、教育指導要綱に沿った授業に遅れが出るばかりです」


 マライタ先生もジュースを一気飲みして、コップを事務職員に返した。

「いざとなれば圧縮学習という手もあるけどな。ワシとしても良かったよ。熱帯のここじゃあ、酒があまり美味くない。ワシは蒸留酒派だが、それでも涼しい場所で飲みたいもんだ」

 そして、声を低くして校長にささやいた。

「寄宿舎の屋上に仕掛けておいた、反物質爆弾も使わずに済んだしな」

 校長も声を低くして、マライタ先生に合わせて同意する。

「そうですね……まさか、帝国宰相から直接指令がくるとは思っていませんでしたよ。パリー先生を追い出して代わりに居座るような妖精は、タカパ帝国に敵対する行動をすると容易に想定されます。妖精そのものを攻撃排除できない以上、居場所である森そのものを破壊する作戦だったのでしょうね」


 言葉をここでいったん切って、「ふう……」とため息をつく校長。マライタ先生も微妙な表情になっている。

「しかしなあ校長。そんなことをすれば、学校はもちろんだが森も破壊を通り越して、消滅してしまうぞ。あの爆弾なら、直径数キロのクレーターができるはずだ。底には溶岩が溜まって、しかもガンマ線を放つようになる。風の向きにもよるが、一帯は死の荒野になってたよ」

 更に声をひそめて話す。

「半径100キロのパリーの森も、ほぼ消滅だな。そんなことになったら、帝国中の森の妖精が怒り狂う事態になったと思うがね。パリー先生もさすがに敵に回るだろう」


 それに全面同意する校長である。いつの間にか、ここの森の妖精も天幕の中に姿を見せていた。今はイノシシ風味の狐型の姿をしていて、背丈も1メートルほどしかない。狐耳の代わりにイノシシ耳で、狐の尻尾にもイノシシの毛が半分以上混じり合っているが。

「そんな作戦を考えていたのかね。やはり帝国は、全面的には信用できぬなあ」

 すっかり流暢なウィザード語を話すようになっている森の妖精が、遠慮なくスタスタと歩いてやって来た。


 校長とマライタ先生が少々慌てながらも丁重に出迎えた。事務職員が妖精にもジュースを差し出す。ちゃっかりと受け取る妖精だ。しかも容赦なく味の批評までしている。一応は及第点を出してくれた。

「我もパリーの企ては知らなかった故、こうして共に踊らされた。二重に不快な事件ではあったな」


 校長が心配そうな表情になり、妖精に聞いてみる。

「妖精様。今後も学校が襲撃を受ける事態が続くと思いますか? そうであれば不本意ですが、学校をどこか別の場所へ移す必要が出てきます。タカパ帝国外のどこかという案も現実味を帯びるでしょう」

 マライタ先生は特に何もコメントしないが、ゲジゲジ眉をひそめて丸太のような腕を組んでいる。


 妖精がジュースを飲み干し、コップを事務職員に返して答える。

「いや。その心配はもう不要だ。魔法学校の生徒と、エルフやノームの先生の評価は、今回の事件でさらに高まった。森をあまり傷つけず、妖精の怒りをきちんと鎮めたのだからな。トカゲ妖精のような好戦派も当然いるが、木星へ飛ばされた様を見せつけられたので軽率な行動をとりにくくなる。不干渉の中立という立場になるだろう。我もその立場に近い。我ら妖精の多くは、庇護する森が傷つけられなければ積極的に敵対することはしないものだよ」


 校長がそれを聞いて、安堵の表情を浮かべていく。

「タカパ帝国側では、恐らく情報部も一定の成果を得たのでしょう。私の知る限り、帝国史上ここまで大規模な森の妖精との戦闘は、記録にありません。現に、教育研究省や警察に帝国軍は混乱状態で、一介の校長の私にも問い合わせが来ているほどです。今回の事件でも、指揮権をカカクトゥア先生に丸投げでした。妖精からの報復を受ける危険を冒してまで、迎撃作戦に加担する者はいないでしょう」

 ここで校長が首をかしげた。

「……ですが、なぜか情報部は静かなんですよね。まあ、私の職務に悪影響が出なければ、それはそれで結構なのですが」


 手元にいくつかの〔空中ディスプレー〕画面を出しながら、校長が妖精とマライタ先生に、改めて顔を向ける。

「さて……私も寛いでいる暇はありませんね。生徒たちの間に、何名か法術の〔治療〕が必要な者が出ています。一番重症なのは、意識混濁で全身痙攣を起こしているリーパット君ですね。何かゴーストのような物に接触したという目撃情報が添付されています。彼は生徒の中で最も魔力が弱いですから、魔法場汚染も受けやすいのでしょう」

 事実なので仕方がない。校長が妖精に真面目な視線を向ける。

「他には警官と軍の警備隊が数名、同様のショック症状。ここには法力サーバーがありません。もしよろしければ、魔力支援をしてもらえませんか? 森の妖精様」


 校長の手元に浮かんでいる〔空中ディスプレー〕の1つには、痙攣して倒れているリーパットの姿が映っていた。周囲には腰巾着パランもいて、パニック気味になってリーパットを介抱している。もう1人の新参腰巾着のチャパイは腰を抜かしていて、他のリーパット党員も昏倒しているようだ。

 ラヤンの姿もあって、こちらにカメラ目線でジト目を送っている。『さっさと魔力支援しろ』という催促だろう。

 他の画面では、魔力適性のない一般獣人の警官や軍人が数名ほど倒れて呻いている姿も映っていた。学校からこの避暑施設まで〔テレポート〕した際に浴びた魔力にあてられたのだろう。これも一種の魔法場汚染である。


 妖精が校長の仕草を真似て、肩をすくめて見せた。

「仕方あるまい。御馳走になったジュースの対価くらいは魔力支援をしてやろう。これ、ドワーフよ。早急に魔力サーバーとやらを設置することだ」


 マライタ先生が赤いモジャモジャヒゲと髪を両手でかき回しながら、曖昧な笑みを浮かべている。

「それができれば、とっくにやってるさ。でもまあ今回の事件で、帝国軍上層部の魔法嫌いな連中も少しは考えを改めてくれるといいな、シーカ校長。一応は応急措置用の医療機器セットも持ち込んであるぞ。医者は連れて来ていないけどな」



 現場では、ラヤンが尻尾を8ビートで石畳の地面に叩きつけながら、校長からの返信を受け取っていた。赤橙色のウロコが熱帯の日差しを浴びて、金属的な光沢を放っている。その紺色の目がジト目状態になっているので、面倒くさいと感じているのだろう。

「リーパットは学校最低の魔力しかないくせに勇者ぶるから……バカじゃないの」


 そうして、チャパイのケガを法術で〔治療〕する。何かの爪で切り裂かれたような傷だ。

 当のチャパイは泡を吹いて混乱状態なので、これも〔精神沈静化〕の法術をかけて半分催眠状態にさせている。おかげで、何が起きたのか聞き出すことができずにいた。

 他のリーパット党員幹部の10名余りは、負傷こそしていないが混乱状態で倒れており、他の法術専門クラスの生徒たちの〔治療〕を受けている。一般党員の姿は見当たらないので、幹部だけになった後で襲撃を受けたのだろう。


 リーパットと、彼にしっかりと抱きついているままのパランも、体のあちこちから出血している。チャパイが受けた傷と、(同じようね……)と思うラヤン。彼ら2人の治療にはスンティカン級長が担当している。さすがに成績が上位なので、ラヤンと異なり一度に2人の患者の同時〔治療〕ができている。

 その級長が患者への〔治療〕を続けながら、ラヤンに視線を向けた。

「ラヤンさん。何が起きたのか、俺も読み取れなかったよ。ゴーストがこんな物理攻撃したなんて話は聞いたことがないんだけれど。もっと上位のシャドウの仕業かな」


 現場は避暑施設の商店街の一角で、オシャレな装いの商店の壁や、ガラス窓、扉が、鋭い『爪』のようなもので攻撃を受けていた。(5本指の手のようね……)と思うラヤン。

「かもしれませんね。レブン君によると、シャドウは物理攻撃に近いような魔法攻撃も実装できるということですし。野良シャドウがこの森にいるのかも。でも、それにしては、死霊術場の痕跡は感じられないんだけどなあ……」


 マルマー先生が豪華な法衣をひるがえして、こちらへ駆けてくるのを見つけて、ラヤンがジト目をさらに細める。担任の法術先生は、買い物の最中だったようだ。立派な買い物袋が数個、杖を持たない左手にまとめて束ねられている。

「どうでもいいですけど、そろそろ私の魔力も尽きるんですけど。誰でもいいから早く、魔力支援をして欲しいものだわ」




【学校の運動場】

 学校の運動場では、非常口を通って地下階から出てきた先生と生徒たちが日差しを浴びて背伸びをしていた。

 まだ魔法場や術式の残滓が運動場の空間に入り乱れて残留しているので、これ以上魔法を使うのは得策ではない。魔法の混線を悪化させるだけだ。


「やっぱり、太陽の下は良いわね」

 エルフ先生が腰まで伸びる金髪を穏やかな風になびかせて、空色の瞳を細めている。

 ノーム先生と生徒たちも同意見のようだ。ジャディに至っては、すでに森の上空をトンビのように旋回して回っている。

「じゃあ、オレ様はこれで失礼するぜ。〔妖精化〕して死んだバカ者どもの葬儀が控えてるんでな」

 そのまま、巣へ向けて飛び去ってしまった。


 他の生徒たちは〔エネルギードレイン〕魔法を使った反動か、疲労困ぱいの様子だ。

(多分、ミンタさんも木星あたりでくたばっているわね……)と想像するエルフ先生。クモ先生が一緒なので、問題ないだろうとは思うが。

 そして、パリーとヘビ、虫妖精一行が去っていた方向に、空色の視線を向けた。すでに森の奥に消えているので、運動場からでは彼らの姿は見えない。


 その代わりに、墓が誰かと佇んでいた。一気に不快な表情になるエルフ先生である。ノーム先生も気がついて、とりあえず簡易杖を墓用務員に向けた。

「もう、魔力残量がゼロなんだけどね。とりあえずポーズだけでも取っておくよ、カカクトゥア先生」

「そうね」

 固い笑顔で同意するエルフ先生。彼女も簡易杖を取り出して、墓たちに向ける。


 その墓と誰かの2人は笑顔を顔に貼りつかせたままで、森の中から運動場へスタスタと歩いてやってきた。全く警戒している様子は見えないが、とてつもなく不吉な予感を感じる先生と生徒たちだ。


 あと数メートルまで歩み寄って墓が足を止めた。彼らが歩いた跡が見事に風化して、緑化されたばかりの運動場を裸地にしていく。

「お見事でしたね。私たちはアンデッドですから、物陰からこっそり見守ることしかできませんでしたが……感心しましたよ」


 ムンキンが肩で息をしながらも、気丈に杖を向けて威嚇する。ウロコは全てヘロヘロ状態になっているが。

「うるせえ、このアンデッド。何しに来たんだよ。ぶっ飛ばすぞコラ」

 エルフ先生とノーム先生も同じ表情になって無言で威嚇している。しかし一方でレブンとペルが首を少しかしげた。互いに視線を交わして、再び墓を見つめる。

「攻撃の意思は全く感じられませんね。それに魔力場の放出も意識して抑えているようですよ。何か僕たちに御用ですか?」

「多分……墓さんじゃなくて、隣の方が私たちに用事があるんじゃないかな」


 ペルの指摘に、墓と、隣の誰かが顔を見合わせて微笑んだ。笑みを印刷した表情を、仮面に貼り直したような印象だ。墓が世間話でもするような気楽な口調で答える。

「鋭いですね。紹介しましょう、彼……ということにしましょうか。性別も何も私たちにはないのですが……便宜上設定した方が貴方たちの思考上、都合が良いでしょうからね。近くの墓所の代表ですよ。『墓次郎』とでも呼んで下さい」


 先生と生徒たちの顔が、一斉に最高レベルの警戒に変わった。エルフ先生が苦々しい顔と口調でつぶやく。

「最悪の時にやって来たわね。墓次郎とか、何よそれ。私たちを小バカにしているとしか思えないんだけど」

 今はサムカもハグもいない。多分、ハグはまた邪魔になるとかで、強制的に排除されているのだろう。


 墓次郎が、再びとってつけたような笑みを顔に浮かべた。胡散臭いこと甚だしい。姿や服装も墓を真似ているようで、胡散臭い用務員が1人増えたような印象だ。

「攻撃するつもりはありませんよ。その反対です。ここ最近の騒動で、私の墓所でもさらに多くが目覚めてしまいましてね。近くの墓所の顛末を見聞きして、我々の墓所でも『システム更新をする必要がある』という結論になったのです」

 墓次郎という名前を改名するつもりは、少しもなさそうである。


 そして、用務員服のポケットから古びた鍵を1つ取り出した。それが墓次郎の手の平から浮き上がり、エルフ先生の手の中に〔テレポート〕する。

「うわっ」と慌てて払い落とすエルフ先生。ポトンと運動場に鍵が落ちるのを墓次郎が見守る。笑みを顔に貼りつかせたまま、鍵に視線を向けてうつむき気味になったので……かなり不気味だ。笑顔の能面といった感じだろうか。

「その鍵には魔力はほとんどありませんよ。ご心配なく。システム更新のために、ちょっとした『ゲーム』を用意してあります。景品もありますよ」


「ふう……」と大きくため息をついたエルフ先生が、落ちた鍵を拾った。確かに、ただの古びた鍵だ。相反するような魔力ではない。普通の大地の精霊場を帯びている。そのせいか、さらに不信感を募らせることになったが。

「……断ったら、どうせまた私たちを〔ロスト〕する気でしょ? 最初から私たちには拒否権なんてないでしょうし。で、ゲームって何よ」


 墓次郎が隣の墓に仮面のような笑みを向けて、ゆっくりとエルフ先生に振り返った。人形が動いているような動きになっている。

「ゲームについては。後日お知らせしますよ。今日は、お知らせに来ただけです」

 そして、古びた鍵に視線を向けた。

「その鍵についても、ゲームをする日に説明するとしましょう」

 墓次郎が微笑みながらエルフ先生に手を振って、森の中へ歩いて去っていく。

「他言はしないように、お願いしますよ。我々も墓さんと同じく、ひっそりと眠りたいだけですから」


 墓が1人残って、墓次郎を見送った。

「我々もゲームを楽しみにしていますよ。今回は、先生だけの参加です。あなたたち生徒は、ゲームへの参加を遠慮して下さいね」

 当然、噛みつくように反論するムンキンと、それに釣られるレブンとペルである。が、あっけなく昏倒して運動場に倒れてしまった。

「記憶を消しました。さて、私もこれで去るとしますよ。パリーさんの目もありますしね」




【墓次郎のゲーム】

 ゲームの仕込みは、それから2日後のサムカの定期〔召喚〕までに完了した。


 通常通り、校長とサラパン羊による儀式〔召喚〕が執り行われ、それが成功してサムカが出現した。供物が置かれた、儀式〔召喚〕魔法陣の上に立つ。

 冬なので供物はミカンやマンゴが多い。これに魚の干物や、森のネズミの唐揚げ等が加わっていた。思わず、自身の服の臭いを確認するサムカだ。しかし特に魚やネズミ臭くないので安堵している。このような供物でも問題ない事には、内心驚いているが。

 校長とアイル部長にサラパン羊の挙動が、どうもぎこちない。人形のような動きをしている。


 今回のサムカは、無地の黒マントで古代中東風のシャツとズボン姿のすっきりとした姿だった。しかし、表情は浮かない。校長室にいるエルフ先生と、ノーム先生の表情も同様であった。しかし、アイル考古学部長だけは人形のような動きをしながらもニコニコしている。


 すぐにサムカも察したようだ。校長とサラパン羊に〔召喚〕後の挨拶を交わしてから、エルフ先生に顔を向ける。

「ハグから聞いたよ。災難だったな。奴もいきなり強制〔ロスト〕させられたようでね、かなり怒っていた」

 そのハグ人形がいきなりサムカの頭の上に落ちてきた。わざとらしい動きで手足をバタバタ振って、サムカの頭を「ボカボカ」叩き始める。

「そうだじょー。ワシは怒っているんだぞお。うらうら、食らえワシの鉄拳っ」


 サムカが非常に面倒臭そうな表情になって、無造作にハグ人形を頭からはぎ取り、サラパン羊のモコモコ毛皮の中へ突っ込む。

「ちょっと今は、大人しくしてくれないかね。ハグ」

 ハグ人形がサラパン羊の毛皮の中に潜り込んで、あっという間にご機嫌な様子になった。

「わーいわーい、ウールってフワフワだあ。辛気臭いサムカの髪とは違うなあ、あはははは」


 ハグの挑発を、完全に無視するサムカである。

「済まないね、クーナ先生。人形は無視してくれて結構だ。して、何か話がありそうだね」


 エルフ先生がノーム先生と視線を交わしてから、サムカにうなずいた。空色の瞳が困惑と怒りの複雑な光を帯びている。べっ甲色の髪も、数本ほど静電気を帯びたせいで逆立っていた。

「リッチーがどうなろうと関知しませんが、迷惑を被ったことについては同情します。今回は墓所の住人が企てた案件ですので、召喚契約とは関わりないのですが……」

 言葉を切ったエルフ先生が、校長とアイル部長とサラパン羊に視線を流した。

 校長はかなり動揺している様子で、軽くパタパタ踊りをしている。アイル部長とサラパン羊はニコニコしているが。ハグ人形も毛皮の中で泳ぎ始めた。

「3人には、墓所の事を教えました。当然ですが信じてはもらえませんでしたので、精神の精霊魔法を使って、強制的に〔理解〕させています。もう少し経てば、落ち着くはずですよ」


 サムカが腕組みをしながら、同情の視線を校長とアイル部長に向ける。

「……なるほど、だから不審な挙動をしていたのか。脳神経に過剰な負荷がかかっているのだな」


「コホン」と小さく咳払いをしたエルフ先生が、改めてサムカに空色の瞳を向ける。

「突然の墓所によるゲーム強制ですので、止むを得ませんでした。それで申し訳ないのですが、サムカ先生にもゲームへの参加協力を頼みたいのです。いかがでしょうか」

 ノーム先生もエルフ先生に続けて頭を下げた。

「本来ならば、生徒たちへ授業をするべきなのだがね。私とカカクトゥア先生は、既に〔分身〕に授業を任せてある。万一の事態に備えて、法力サーバーにある生体情報の複製もパリー先生に託した。〔ロスト〕されない限りは、これで〔復活〕できるはずだ。テシュブ先生もできれば熊人形を、私たちに同行させてはくれないだろうか」


 サムカが腕組みをして、錆色の短髪の先を軽く揺らす。

「それは構わないよ。墓所の連中は、死霊術や闇の精霊魔法に近い魔法を使ってくるだろうからね」

 ほっとするエルフ先生とノーム先生だ。サムカが重ねて聞く。

「しかし、そのゲームとやらは強制参加しないといけないのかね。警察や軍からの応援もゲームの規則違反になるのかな」


 ノーム先生が真面目な瞳をした。彼も面倒臭く思っているようで、感情が口ひげをいじる仕草に現れている。

「墓所の連中は『ひっそりと』眠りたいからね。押しかけるのは少人数である方が、ゲームをする上でも便利になるはずだ。どうせ、〔防御障壁〕や〔罠〕の動作確認とかだろう。我々だけでさっさと出かけて、「お手上げです、降参です、素晴らしいシステムですね」とか何とか、おだて上げれば、それで満足して終わるさ」


 いつの間にか、ティンギ先生がひょっこりと校長室へ侵入していた。

「私を『探検パーティ』には入れてくれない理由もそれかい? 冷たいなあ」


 エルフ先生がちょっと驚きながらも空色の瞳を怒らせて、ティンギ先生へ詰め寄っていく。

「どこで情報を嗅ぎつけたんですかっ。ティンギ先生が関わると、絶対に余計で面倒な事態に陥ると、分かり切っています。誘うわけがないでしょ」

 彼女がそう言って、駄々をこねるティンギ先生とついでにサラパン羊を、校長室から押し出してしまった。代わりに魔法陣や供物の片付けのために、事務職員を数名呼びつける。彼らは既にモップとバケツ、供物を収める箱などを準備して、廊下に立って待機していた。


 他の先生や軍に警察、情報部にも知らせて、関係各所からの支援を受けた方が良いというサムカの案に対しては、エルフ先生やノーム先生も特に異論はなかった。

 しかしティンギ先生同様、いつの間にか墓と墓次郎がにこやかな笑みを顔に貼りつかせて登場し、その案を即座に拒否してしまった。

「システム更新に必要な情報収集のためのゲームですが、やはり我々としては余人に知られたくはないのです。助っ人は認めませんよ。我々の魔法は古いので、記憶を〔消去〕したとしても、何らかの魔法で〔復元〕されてしまう恐れがありますしね」

 エルフ先生たちが使用している、生体情報の複製を第三者のパリーに預けるような魔法がある。この中には、記憶情報も含まれていたりする。


 それでも校長がフラフラしながらも、汗を鼻先のヒゲの先から散らしながら墓に食い下がった。

「墓さん、墓次郎さん。やはり、軍や警察などの参加は認めてもらえませんか」

 墓と墓次郎が口調を全く同じくして、校長に顔を向ける。墓次郎の方は、まだ笑顔を顔に貼りつかせているので、かなり不気味だ。

「できませんよ」


 あっけなく拒否されてしまった。ガッカリする校長である。さらに、墓次郎が笑みを顔にペタリと貼りつかせたまま、エルフ先生たちに告げた。

「あなたたちの本国や、友人からの支援も認めません。再び世界〔改変〕をしてしまうような事態になることを避けたいのです。メイガスやリッチー、ドラゴンや魔神たちに気づかれてしまいますからね」


 こうもきっぱりと断られては、さすがにもう交渉の余地はないのだろう。諦めるエルフ先生たち3人であった。校長とアイル部長、それにティンギ先生は、まだ何か言いたげではあるが。シレッと再びティンギ先生が再侵入している。


 サムカが山吹色の瞳を少し曇らせて辛子色にする。そして、無地の黒マントの下の古代中東風のズボンポケットから、小さな〔結界ビン〕を1つ取り出した。ついでにサムカ熊も〔テレポート〕させて、校長室へ呼びつける。

 ただでさえ人数が多くなっている校長室が、大熊の出現でさらに狭苦しくなった。サムカ熊は待機状態で、無言のまま頭をゆらゆら揺らして直立のまま動かない。


 そのサムカ熊に〔結界ビン〕を渡すサムカ。

「そうなると、私とクーナ先生、ラワット先生の3人だけにゲーム参加資格があるということか。では、念のために私の〔復活〕用の情報を、ハグに委ねるとするかな。〔召喚〕中の私の魔力は制限を受けていて弱いからね。たやすく〔ロスト〕や、〔妖精化〕してしまうのだよ」


 〔結界ビン〕を嫌々ながら受け取ったハグ人形が、面倒臭そうに呻く。いつの間にか、サラパン羊の毛皮の中から移動してきていた。

「へええい……リッチーのワシを保管庫代わりにするかね」

 全く意欲のない返事をサムカに返すハグ人形。

「しかたがないな。召喚契約の管理者としては、無視することもできぬ。ほい、複製をとったぞ。安心して死んでこいサムカちん」

 そう言って〔結界ビン〕を丸呑みして、人形ぬいぐるみの中に押し込む。〔消去〕魔法を使ったようで、あっという間に、ハグ人形の中の〔結界ビン〕の形がなくなった。まるで消化してしまったかのようにも見える。


 ノーム先生が三角帽子を被り直して、銀色のあごヒゲを両手で整えながら呻く。

「うむむ……システムの術式確認や、更新のための情報収集であれば、本来ならできるだけ多くの参加者が勝手様々に行動する方が良いのだが……まあ、そうすると今度は、メイガスやリッチーに感づかれる恐れが高まるか。高位の魔法使いどもが暴れると、魔法場汚染も起きるだろうし、安眠の邪魔になるだろうな」

 そう言ってノーム先生が、校長の白毛交じりの毛皮頭の上で横になっているハグ人形に視線を向ける。


 ハグ人形は今は校長の頭の上に飛び移っていて、足を上げ下げしたりして『食後のエアロビクス運動』をしている。さすがに音楽は鳴らしていないが。

「ワシも今回は、不参加だ。助言程度はできるが、魔法は使わないよ。無論、リッチー協会にも報告しない」


 サムカが頬を少し緩めた。ベルトに吊るされている長剣の鞘が他の装飾品と当たって、くぐもった音を立てる。

「余程、強制〔ロスト〕されたことが効いたようだな。ハグ」

 プイと背中を向けて、寝ころんだままの足上げエクササイズを続けるハグ人形である。


 サムカがサムカ熊を校長室から送り出して、墓と墓次郎に顔を向けた。

「授業は、あの熊人形に任せることにしたよ。人形に持たせた〔結界ビン〕には、これまで捕えて処刑したオーク兵の死体が入っている。先程、ゾンビの上級種であるリベナント化しておいた」

 チラリと視線をエルフ先生とノーム先生に向けて、話を続ける。

「我が教え子と講習生には、これを相手にしての実習でもしてもらうとしよう。金星で行うから、学校や森には迷惑をかけないので安心してくれ」


 リベナントと聞いて、エルフ先生とノーム先生の顔が険しくなった。新品のライフル杖を呼び出して、それをサムカに向ける。

「は? リベナントなんて強敵すぎます。私たちでも苦戦したのですよ」

 ノーム先生もエルフ先生の援護に回ることができるような位置にすばやく移動して、杖を向けながらサムカに告げた。

「僕も実習向けの相手ではないと思いますがね。アレは即死系の毒なども持っていますよ」


 校長やアイル部長も大いに不安な表情をサムカに向けている。ハグ人形が足上げエクササイズを終えて、水魚のポーズをとりながら口をパクパクさせた。

「ドラゴンが殴り込みをかけてくる恐れがあるんだろ。この程度の相手では足りないくらいだぞ。実習で死んだら〔蘇生〕させれば済む話だ。簡単じゃないか」


 即座に全身の毛皮を逆立てて頭上のハグ人形に抗議する校長と、腰まで伸びる金髪を逆立てて静電気の火花を散らすエルフ先生。このままでは、校長室で魔法の撃ち合いが起きると懸念したサムカが、間に割って入った。

「即死性の毒は装備していないよ。軽い神経麻痺毒にしている。解毒までの時間も50秒ほどだ。もはや通常のゾンビでは、生徒たちの相手は務まらないのだよ。リベナントで訓練を積む時期に差し掛かっている」

 サムカが目元を和らげる。

「もちろん生徒たちがギリギリで勝てる程度に強さを設定してある。授業時間丸ごと使って訓練をするのだから、このくらいは必要だよ」


 ハグ人形もサムカの話に太鼓判を押したので、渋々引き下がるエルフ先生とノーム先生。深くため息をついてから、アイル部長に空色の瞳を向けた。まだ視線は厳しいままだ。

「それでは、サムカ先生の〔召喚〕時間の問題もありますし、さっさとゲームを始めましょう。アイル部長、話して下さい」




【亜熱帯の森の岩窟】

 日焼けして若干退色している毛皮の頭を、アイル部長が作業用手袋をしたままの両手で撫でて整えた。野外作業ばかりのせいで毛並みが荒いのか、その程度では整っているようには見えないが。

「はい。ええと……現場映像を紹介しながらご説明いたしますね」


 アイル部長が魔法具を起動させ、校長室の窓際に1つの〔空中ディスプレー〕画面を出現させた。10秒ほどかかって砂嵐が止み、現地映像が映し出される。彼は魔法適性が乏しいので、こうして市販の魔法具を使用している。

 亜熱帯の森の奥に大きな岩があり、その周囲で発掘作業が行われていた様子だ。その大岩には不自然な扉がついていて、それが開け放たれていた。扉の奥は地下へ続く階段になっていて、奥は真っ暗で何も見えない。

「ここから、およそ200キロほど北へある古代遺跡です。これまでは、岩の周辺のゴミ捨て場跡地を発掘調査していたのですが……2日前に突如このような扉が出現して、しかも開いたのです。作業員は、全員避難しています。ケガ人や体調不良者は出ていません」


 墓次郎がにこやかな笑みを顔に貼りつかせて、アイル部長の後で話し始める。意外に低い声だ。

「本来でしたら、隠し扉をこうして出現させるようなことはしません。しかし、今回は墓所の保安警備システムの更新目的ですからね、こうして大盤振る舞いをしました」

 そして、エルフ先生に視線を投げる。

「では、後はよろしく。その鍵を使って色々と試してみてください。校長や部長さんの記憶は、ゲーム終了と共に〔消去〕しますからご心配なく」


 そう言って、墓と一緒に姿を消した。死霊術場などは発散していなかったようで、室内の明かりや気温が戻ったりすることはなかった。

(そういえば連中が入ってきた際にも、暗くなったり、寒くなったり、床が〔風化〕したりはしていなかったな……)と思いだす先生と校長たち。サムカよりも高性能だ。


 アイル部長もその点については察したようで、悔しそうな表情をしているサムカには顔を向けずに話を続ける。

「ええ、と……ですね。内部探査もゴーレムを用いて済ませています。これから、中に入ってみましょう」


 画面が動いて扉に向かっていく。どうやら、ゴーレムの体に撮影カメラを取りつけているらしい。扉をくぐって中に入り、そのまま階段を器用に降りていく。階段通路には照明がないので、ゴーレムからのサーチライトによる明かりだけが頼りだ。

 階段はすぐに終わり、水平方向に延びる1本の洞窟に出た。かなり雑に掘ったような洞窟で、まるで巨大なワームが掘り進んだ跡にしか見えない。しかしノーム先生によると、壁面の補強はしっかり為されているそうなので、崩落する恐れはないだろう。


「この洞窟自体は、行き止まりになっていました。しかし、隠し通路が1つだけ見つかりました。ここです」

 アイル部長が告げて、ゴーレムに洞窟の穴の壁の一部を押させる。ちょうど大きな岩が飛び出しているように見える場所だ。

 その大岩が回転ドアのように回り、横穴が現れる。部長の命令で、ゴーレムがゆっくりと横穴に進入した。


 その横穴には光キノコのようなものが密生していて、意外に明るい。半月の夜ほどの明るさだろうか。しかし、ゴーレムはサーチライトを点けたままで、そのまま横穴の奥へ進む。

 すぐに行き止まりになって、ちょっとした広間に出た。キノコだらけだ。天井にもびっしりと生えているので明るい。壁の一部にはキノコを落として元の岩盤を露出させた場所があり、〔テレポート〕用の魔術刻印がゴーレムによって刻まれていた。

「現場保全を優先すべきではありますが、ここに〔テレポート〕で往復できるように魔法具で魔術刻印を刻みました。ここで発見されたものは2つです。1つはこの壁画です」


 キノコに覆われた壁がゴーレムによって掃除され、壁画が現れた。縦横1メートルほどで、幾何学模様の絵が描かれている。しかも、その壁画の下に鍵穴が1つあった。

「もう1つは、床に散乱している刀剣類ですね。ゴーレムによる簡易調査では魔力は検知されませんでした」


 ゴーレムが床面を〔火炎放射〕で焼き払う。キノコが焼けて灰になり、その下から100本以上もの刀剣が現れた。短剣も多数交じっている。〔テレポート〕魔術刻印を介して、空気の入れ替えを行うアイル部長。煙がすぐに晴れて視界が回復する。


 アイル部長がガラス製の〔結界ビン〕を1つサムカに渡した。

「これは、刀剣類と共に埋まっていた地雷です。どうぞ、お納めください」

「うむ。済まないね」

 丁重に受け取って、黒マントの中に収納したサムカ。

「既に発掘調査は済ませてあるのだね。それにしては、キノコの量が多いようだが」


 サムカの疑問に、エルフ先生が両耳を数回パタパタさせて答える。

「それは、生命力の高い森の木々の根が、洞窟の中に入り込んでいるせいですよ。森の木々も、この場所に何かあると探ったのでしょう。キノコは木の根に寄生する種類です。そのおかげで、地中なのですが生命の精霊場が比較的強くなっているんですよ。少々焼き払った程度では、次の日には再生してしまいます」

「なるほど、そうなのか」と素直に納得するサムカ。


 エルフ先生が鍵を制服のズボンポケットから取り出して、その持ち手に刻まれている模様を見た。

「この鍵の模様が基本的なモチーフなのかな。あの壁画の絵は、このモチーフを元にして複雑な絵に仕上げたもののようね」

 サムカは首をかしげている。その一方で他の先生と校長、アイル部長には納得できる推理だったようだ。ハグ人形が校長の白毛交じりの頭の上でポインポイン跳ね飛びながら、サムカをからかっている。

「田舎者~田舎者~貴族のくせに情けないぞお」


 既に校長室には墓や墓次郎の姿はなく、ついでにサラパン羊とティンギ先生の姿もない。アイル部長が〔空中ディスプレー〕画面に映っている壁画を見ながら、一応の補足をした。

「これまでにも壁画とみられる出土品はありましたが、たまに風景画がある程度です。ほとんどは狐族やセマン族の肖像画でした。テシュブ先生の推測の通りとすると、呪いの武器に支配されて古代遺跡の門番となり、情報を収集されて亡くなった方々でしょう。こういった幾何学模様の壁画は、私の知る限り初めてです」

 ゴーレムがその手で壁画の絵を触っているが、特に何も反応は出ていない。


 ノーム先生が銀色の口ヒゲをいじりながら、アイル部長と校長に顔を向けた。

「恐らくは、ゲーム開始の案内板のようなものだろうな。では鍵を差し込んでみるかね。カカクトゥア先生」

 エルフ先生も画面をしばらく睨みつつ杖を向けて〔探査〕していたのだが、それを諦めて同意する。

「……そうですね。魔力も検知されませんし、ただの案内板でしょう。では、鍵をゴーレムに渡して差し込ませてみましょうか」


 そう言って、エルフ先生が〔空中ディスプレー〕画面に直接手を突っ込む。これには〔テレポート〕魔術の術式も走っているようで、無事に鍵がゴーレムの右手に渡された。そして、エルフ先生が校長室にいる全員に告げる。

「鍵を使うと、何かの魔法攻撃が放たれる恐れもあります。校長先生とアイル部長は、個人用の〔空中ディスプレー〕をいったん終了してください。私とラワット先生のもいったん終了します。この中で最も魔力が強いのはサムカ先生ですから、彼の〔空中ディスプレー〕画面だけを残しましょう」


 サムカが口元を緩めて同意する。

「心得た」

 カウンター攻撃に備えて各種〔防御障壁〕を展開していく。さらに腰に吊るしている長剣を素手で抜いて、右手で持って構えた。


 サムカの黒マント越しに校長以下全員が隠れて、エルフ先生が作った水の精霊による〔反射鏡〕を介して、サムカの〔空中ディスプレー〕画面を見る。直接肉眼で見るようなことはしない。敵のカウンター魔法が光魔法だった場合、光速なので対処できないためだ。〔反射鏡〕を中継すれば、それを〔遮断〕できる。


 サムカが黒マントの肩越しに、後ろにかたまって控えている校長と先生たち4人に、山吹色の視線を投げかける。

「準備は良いかね? では、ゴーレムを動かしてくれ、アイル部長」

「はい」

 神妙な顔になっている考古学部のアイル部長が慎重にうなずいた。(発掘作業中は、このような表情をしているのだろうな……)と思うサムカ。まさに石橋を叩いて磨いて、補強してから渡るような人物なのだろう。


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