70話
【アンデッド教】
そんな教え子たちのやりとりを微笑ましく見つめていたサムカ熊であったが、ふと思うことができたようだ。
レブンに熊頭を向けて聞く。激戦中なのだが。
サムカ熊からは今ひとつ緊張感や興奮が感じられない。授業中の雑談の延長のような口調だ。
「そう言えばレブン君。確か君の仲間が『アンデッド教』とかいう秘密結社を作っていたね。この〔結界ビン〕榴弾の取り扱いが、初心者にしては堂に入っているなと感心したのだが。生徒たちに、死霊術への過剰な警戒がないのは大した事だよ。我が領地のオーク兵ですら、ここまで手慣れた扱いはできないぞ」
レブンがまた1体の巨大なクモ型の妖精を沈黙させて、サムカの問いに答えた。若干、気恥ずかしいのか、口元が少し魚に戻っているが。
「僕を勝手に伝道者か何かに、祭り上げようとしているんですけどね。正直に言うと、少々面倒な人たちです。帝国の有力家の子息が多いので、僕も強く言えませんし。ですが、そうですね……リーパット党も含めて、死霊術への警戒を適度に緩和してくれた事には感謝しています。そのおかげで、今回の作戦が実行可能になった訳ですし」
そう答えつつも、表情は微妙だ。
「榴弾の扱いについては、いつも使う高速圧縮の〔学習〕魔術を使いました。短期記憶なので復習しないと、日数の経過と共に忘れやすくやりますが」
ジャディがニヤリと笑ってレブンに同意した。同時に彼もまた1体のムカデ型妖精を停止させている。
「オレも世話になってるぜ。すっげえ便利だなっ。オレたち飛族はバカだの鳥頭だの、散々に今まで言われていたけどよ。これさえあれば見返すことができるぜっ」
ペルもかなりリラックスしてきた様子で、ニコニコ笑っている。口元と鼻の周りの細いヒゲ群はまだ緊張でピンと張りつめているままだが。
「ジャディ君の成績も良くなっているものねっ。今じゃ学校でも、平均より少し下くらいじゃないかな。私は相変わらず赤点ギリギリの科目だらけだけど」
レブンもセマンの黒髪を手でかいて、ペルに同調する。
「僕も同じだけどね」
サムカ熊が穏やかな声でペルとレブンに諭す。熊人形の丸い尻尾と両耳がパタパタ動いているので、機嫌はかなり良いみたいである。
「君たちは魔法適性が特殊だからね。地道にバランスを整えていくことだ。さて……」
サムカ熊が真面目な表情に戻っていく。
「そろそろ、残り時間が少なくなってきた」
あちこちの部隊の指揮官から、魔法陣の出口座標の〔修正〕指示が出始める。皆、悔しそうな表情と、次第に『追い詰められてきている』という焦燥感を露わにしている。
特にリーパットは暴れ出しそうな程になってキレまくっていた。
「ぐああああっ! また戦線の後退かっ。妖精どもめえええっ!」
慌てて取り巻きのパランとチャパイ他が総出でリーパットをなだめている。
先生方にも動揺が広がってきている様子だ。リーパット党の隣で攻撃を継続しているソーサラー魔術のバワンメラ先生も、そのヒッピースタイルの顔を険しくし始めた。
首や腰、腕に足首などに装着しているゴテゴテした飾りが音を立ててうるさい。頬からアゴにかけてすっぽりと覆っている盗賊ヒゲを神経質に手でいじり、大きな紺色の瞳の光が揺らいでいる。
「うぐぐ……さすがに妖精ともなると丈夫だな。オレのクラスは、まだ30キロ防衛線を死守できているが……そろそろ、ここも支えきれなくなるか。次の防衛線は25キロだったな。級長とリーパット君よ、撤退準備を開始しろ」
「うがああっ」と吠えるリーパットを、再び抑えつけるパランとチャパイたち。
バワンメラ先生が銀灰色の長髪を森からの突風になびかせて、ボクサーのようなたくましい肩をすくめてみせた。
「法術クラスや軍、警察どもに比べりゃ、オレたちは善戦してるぜ。あいつらは根性なしだからな、もう20キロラインまで押し込まれてしまってるし」
声が聞こえたのか、法術のマルマー先生が白い桜色だった顔を真っ赤にして、バワンメラ先生に反論してきた。
距離は20メートルほどあったのだが、耳が良いのだろう。豪勢な法衣を森からの強風になびかせて、不要な飾りがついているようにしか見えない大きな杖を振り上げる。
「う、うるさいっ。本来、法術はこんなことに使用することはないのだ。参加しているだけでも有難いと思え、この浮浪者めっ」
ラヤンも法術専門クラスで攻撃用の法術を撃ちまくっていたが……赤橙色のウロコで覆われた尻尾の先をクルクル回して、紺色の目を閉じた。近くで指揮をしている3年生のスンティカン級長も、竜族なので同じような仕草をしている。
「確かにまあ……押されているのは事実だしな。反論のしようがないな。これは」
力場術と招造術の部隊も、敵に押されての後退を繰り返していた。現在はともに25キロラインだ。
タンカップ先生が率いる力場術専門クラスは、当初の段階では優勢に防御していた……のだが、ペース配分を考慮しなかった。そのため疲れが見えてくると、脆くも敗退を重ねていく羽目に陥っている。
エルフ先生もため息をつくばかり。
「まったく……どうしてタンカップ先生は、いつもいつも最初に戦力の大半を投入してしまうのですか。この作戦は『初撃重視ではない』と何度も念を押しておいたはずですけど」
タンカップ先生は動じない。反対にアメフト選手のような筋肉に包まれて盛り上がった胸を張る始末だ。
「何を言うか。初撃が効いたからこそ、敵もひるんでいるのだ。現に、法術クラスより敵を防いでおるではないか。無用な言いがかりはよせ、このエルフめ」
そして、生徒たちに日焼けした小麦色の顔を向け、鉄黒色の目を「クワッ」と見開いて叱咤する。
「貴様ら! 攻撃こそが力場術の神髄だっ。魔力が尽きても撃ちまくれえっ」
「うおおおおっ!」
彼の教え子たちが吼えて応える。級長のバングナンも声を張り上げて叱咤した。
「魔力切れには充分に注意だ! 回復時間を考えて撃ちまくるぞっ」
バングナン級長としては、当初から攻撃魔力の消費配分を考慮して指揮をしていたのだったが……担任の先生の暴走に対処し切れなかった様子だ。もちろん、担任に対して文句は言わないが。
一時的に攻撃が激化するが……それも数分しか続かず、息切れしているタンカップ先生とその生徒たちである。
魔法工学クラスと占道術クラスからの応援勢は、手持ちの榴弾を全て使い果たして順次撤退し始めていた。彼らは本来、情報収集や行動予測がメインなので、攻撃はオマケ的な位置づけだ。
そんな彼らを相変わらずの冷ややかな目で見ているのは、招造術のナジス先生と、クレタ級長が指揮する生徒たちだ。ナジス先生が鼻をすすり上げた。紺色の細目がさらに細くなっている。
「ずず」
「まったく、筋肉だらけの人や、機械好きに、占い好きな人は、ずず」
「計画性という概念が完全に欠落していますね。ずず」
「クレタ級長。死霊術と、ゴーレム封入の榴弾の残弾を確認しつつ、ずず」
「これまで通り、突出してくる敵に、集中砲撃するように」
「はい」
理性的な返答がクレタ級長と生徒たちから返ってきた。作戦も生徒たちの間で徹底されているようで、黙々と攻撃を続けているのが印象的だ。
一方で大忙しなのは、黒い煙を吐き出して停止した森の妖精を『説得』させる担当の、幻導術クラスである。次々に紙でできたゴーレムを、〔テレポート〕魔法陣を通して送り込んでいく。
プレシデ先生がさすがに疲労の色を濃く見せながら、先生たちに文句を言っている。いつも体を斜めにして立っているのだが、今はさらに傾斜角度が大きくなっていた。黒い煉瓦色でかなり癖のある髪を、汗の球が目立つ辛子色の顔に貼りつかせていて、黒い深緑の瞳の奥には不満の光を宿している。
「口論や言い訳をする余裕があるのでしたら、戦線をデコボコにしないでもらえませんかね。片や学校から30キロ、片や20キロでは、ゴーレムの配送が面倒になるんですよね」
ウースス級長も、専門クラスの生徒たちと一緒に不満の声を上げている。
「その通りです、デコボコになるにつれて、戦線距離も伸びるんですよ。胃痛が酷くなるような『無様な戦線』は、止めて欲しいですねっ」
その指摘には、耳が痛いエルフ先生だ。他の先生や軍や警察と同じく反省しきりである。
「組織戦闘って、難しいのよ。私だって、こんな本格的な指揮なんかするの初めてなんだから。そもそも普通の警官にこんな任務させるなんて、ブトワル王国もタカパ帝国も何を考えているのよ。ぶつぶつ」
腰まで真っ直ぐに伸びるべっ甲色の髪が青白く発光して、所々で静電気の火花が散っているエルフ先生である。
エルフ先生も運動場にいるので、そこへポテポテと歩いてきたサムカ熊が、軽く肩を回しながら声をかける。
「エルフへの不信感も、今回の騒動の原因のようだしな。まあ、クーナ先生はよくやっているよ。領主である私が保証しよう」
エルフ先生も少し落ち着いたようで、静電気や発光が弱まっていく。
「貴族に褒められるとは、思いもよりませんでしたよ。さて、と……」
エルフ先生とサムカ熊が、共に同じ〔空中ディスプレー〕画面を見る。結論は一致しているようだ。
「敵の最前衛が15キロ圏内に間もなく到達しますね。頃合いかな、これは」
エルフ先生の状況判断に、サムカ熊も即座に同意する。
「うむ。撤退準備を始めるべきだな」
そして、画面上のウィザード文字で表示されている数字情報を流し読みした。
「敵妖精の残りは50か。精霊は全滅。戦果としては上出来だな。オークや貴族の軍では、とっくに撤退している損害だ。自我が弱い妖精ならではの攻撃続行……ということだな」
エルフ先生もサムカ熊と同意見のようだ。数回ほど細長い両耳をパタパタさせる。
「そうですね。では、撤退を開始しましょう」
【15キロ防衛線】
エルフ先生が指揮官権限で南の将校避暑施設への『撤退命令』を出した。これも事前に想定されていた作戦の一環ではある。そのため大きな混乱は起きずに、迅速に学校からの撤退を開始する各部隊だ。
ただ、リーパットだけは狐の毛皮を逆立てて、尻尾も竹ホウキのようにして激高して喚いているが。
「撤退など許さんぞ! たかが妖精ごときに屈するなど、帝国の恥ではないかっ。おいこらっ、留まって戦え!この臆病者どもがあああっ」
ロックなパタパタ踊りも交えて憤慨するリーパットを、パランが1人でなだめている。
チャパイを含めた他の党員は妖精の脅威に怯え始め、動揺が広がっている様子だ。全員が軽くパタパタ踊りを始めている。
そんなリーパットは無視して、各部隊が迅速な撤退を開始した。
特に、マライタ先生の魔法工学クラスと、ティンギ先生の占道術クラスの逃げ足は速かった。エルフ先生の撤退命令が出るや、ものの10秒で撤収が完了してしまい、もう誰も学校に残っていない。結構な量の機械類があったのだが、それらも綺麗に持ち運ばれていた。
寄宿舎屋上でパイプをふかしていたマライタ先生とティンギ先生も、すっかり逃げる準備を終えていた。観測機器のうちで屋上に残しても構わないものだけを選別し、持ち帰る機材を背中の大きな背負い箱に詰め込んでいる。それも、15秒もかからずに終えてしまった。
「さあて、ではワシたちも逃げるとするかね。ティンギ先生」
マライタ先生が下駄のような白い歯を見せて、隣でまだパイプをふかしているティンギ先生に告げた。いつの間にか屋上を吹く風はかなりの強風に変わっていて、冷たく肌を刺すような厳しさを帯びてきている。
屋上から望むと、亜熱帯の広大な森で覆われた地平線上に、真っ黒い雲が現れていて、こちらへ急速に迫ってきているのが見える。
パイプから伸びる煙が強風に流されていて、ティンギ先生が黒い青墨色の瞳を不満そうに細めている。
「……そうですな。風が強くなりすぎて、タバコの味も悪くなってきましたしね。ちょうど私のクラスの生徒たちも、全員が避難を終えました。では、お先に失礼しますよ。南の保養施設で会いましょう。ここの森で仕込んだ酒を全て避難させておいて正解でしたな」
ティンギ先生が黒い青墨色の目でウインクする。そして、赤墨色で癖が強い短髪を強風にたなびかせながら〔テレポート〕して姿を消した。
マライタ先生も彼のクラスの生徒が全員撤退したことを確認する。
「酒を避難させたのは良いんだが、熱帯気候で水温が高すぎるんだよな。酒の熟成に悪影響が出る。さっさと、この騒動を片付けて、ここの森へ戻さないといかん。期待してるぞ、カカクトゥア先生、テシュブ先生。さて、ワシも逃げるか」
そして、背後のジャディが使っていた止まり木の横に設置してある、大きな箱を見上げた。起動中のランプが点いている。
「こいつを使わないように頼むぜ」
運動場では、リーパットの怒声を伴った引き留めが全く効果を為さないまま、各部隊の撤退が続いていた。
事務職員の撤退を確認した校長がサラパン羊と共に、エルフ先生の元へ小走りでやってくる。2人ともに、いつものスーツではなく、作業着と安全靴の姿だ。しかし、安全ヘルメットは着用していない。魔法具による〔防御障壁〕で代用するのだろう。
「事務職員の撤退を終えましたので、私たちも撤退します。学校をよろしく、お願いしますね、カカクトゥア先生」
必死な懇願の表情の校長に、エルフ先生が微笑んで答える。
「はい。シーカ校長先生は、避難先の生徒たちと職員の指揮をお願いしますね。避暑施設の人魚族のカチップ管理人さんにも、よろしくお伝えください。私たちも無理はしません。危険と判断すれば即座に退避しますから、ご心配なく」
サラパン羊もとりあえず一言だけ言いたい表情だ。
「学校をよろしく。これ以上壊されると、私の出世にも悪い影響が出ますからな。はっはっは」
これには適当に返事をするエルフ先生だ。(そう言えば、いつも頭の上で偉そうにしているハグ人形がいないわね……)と気づく。本当に、肝心な時には役に立たないアンデッドだ。
校長と羊が〔テレポート〕用のカード型魔法具を使用して無事に姿を消すと、今度は駐留警察の署長と、軍の警備隊長の顔が〔空中ディスプレー〕画面に映し出された。共にエルフ先生に、ディスプレー画面を通じて最終確認をとる。
「カカクトゥア先生。本当に、我々も撤退して良いのですか?」
「撤退するにしても、ここは我々が一番最後まで残った方が良いのでは?」
エルフ先生が、ディスプレー画面の2人に微笑んだ。
「いいえ。作戦の通りに、至急撤退して下さい。そろそろ、妖精たちも私たちの〔テレポート〕魔法の術式を〔解読〕してくる頃です。その場合、魔力サーバーの稼働を停止しないといけません。そうなると、かなり危険な状況になります。南の将校用の避暑施設での治安維持の方をよろしくお願いしますね」
それでもまだ渋っている軍と警察であるが、しばらくしてから従ってくれた。彼らの上官から、重ねての撤退許可が伝えられたためだ。実質上の『撤退命令』である。
その間に着々と撤退を完了しているのは、幻導術と招造術、それに法術の専門クラスだった。最後にラヤンが軽く挨拶して、〔テレポート〕をして消える。
「じゃあ、私もこれで。〔式神〕だけ残していきますね」
ラヤンが消えた場所には1体の紙製の式神が残されていて、待機運動を始めた。疲労した今のラヤンの法力では戦況に応じた自律行動が無理なので、ラヤンが避難先から遠隔〔操作〕することになっている。かなりの距離になるので、ぎこちない動きになることは避けられないようだが。
同様に、マルマー先生、バワンメラ先生、タンカップ先生が、自身の攻撃魔法を代行させる〔オプション玉〕を運動場に残して去った。これは半自律式なので、ラヤンの〔式神〕よりは動きが滑らかだ。運動場の上で〔浮遊〕しつつ、これらも待機状態になった。
一方で、ティンギ先生、マライタ先生、プレシデ先生、ナジス先生も〔オプション玉〕を残して去っているのだが、これは観測用である。プレシデ先生が担当していた『怒りを放出した妖精への説得役』は、ノーム先生が引き継ぐことになっている。エルフ先生よりは生命の精霊魔法に通じているので、こうなった。
そのノームのラワット先生が、1体の〔分身〕を出現させて運動場に立たせる。
「さて。我々は手順通りに地下階へ移動しますか」
エルフ先生も、パリーと一緒に地下にいる〔分身〕と交信をし、ノーム先生に顔を向けてうなずいた。
「そうですね」
そして、まだ留まって喚いているリーパット党に命令した。さすがに、他の部隊が撤退完了しているので、先程までの威勢は先細りに弱くなっている。人数も幹部の10人だけだ。一般党員は既に退避していた。
「こら。あなたたちもさっさと避難しなさい! そろそろ敵群の先鋒が10キロ圏内に達しますよ」
「うぐぐ……」
口ごもるリーパットである。それでも、全身の毛皮を逆立てて何か反論しようとしたが「キャン!」と可愛い悲鳴を上げて昏倒してしまった。
エルフ先生がライフル杖をいつの間にか出して、リーパットを撃った……のだと分かった取り巻きたちが、パニック気味になる。エルフ先生がライフル杖を『腰だめ』にして向けながら、最後通牒をした。
「ほら。倒れているリーパット君を連れて、さっさと避難しなさい。撃たれると、とっても痛いわよ、コレ」
「ひゃああっ!」
悲鳴を上げて、リーパット党員幹部が我先に〔テレポート〕して逃げ去って行く。チャパイたちも尻尾を巻いて逃げてしまい、運動場に倒れて痙攣しているリーパットは放置されていた。
結局、最後まで残ったパランが涙目になりながらもリーパットを抱え上げ、〔テレポート〕魔法の術式を走らせ始めた。彼とリーパットは学年最下位の成績で魔力も最弱なので、〔テレポート〕するにもかなりの手間がかかる。それでも、エルフ先生を非難するのは怠らない。
「リーパットさまを何度も撃つとは、絶対に許さないぞ! 後でブルジュアン家を通じて処罰してもらうように言うからなっ」
「はいはい、好きにすれば」と口にこそしないが、エルフ先生がライフル杖を肩に担いでジト目になる。
「文句を言う暇があるなら、さっさと〔テレポート〕しなさい」
「あうあう……わ、分かっているっ」
それから数秒後、ようやくパランがリーパットと共に〔テレポート〕をして消えた。
それを確認して、小さくため息をついたエルフ先生が居残り組に振り向く。まだ残っているのは、ミンタ、ムンキン、レブン、ペル、そしてジャディの5人である。ラヤンはマルマー先生やスンティカン級長らと一緒に、既に退却を済ませていた。
「あなたたちもですよ。避難しなさい。シーカ校長先生が心配するでしょ」
いま現在、学校に残っているのは、エルフ先生、ノーム先生、サムカ熊、そしてこの5人の生徒だけになっていた。地下階にはパリーがいるが。
ミンタがドヤ顔でエルフ先生に答える。2本ある頭の金色の縞模様が、雲間から差す日差しを反射して輝く。
「妖精にはもう慣れています、カカクトゥア先生。今は私たちにも有効な魔法が使えます。このまま学校が壊されるのを、黙って見ていることはもうできません」
エルフ先生が険しい表情になった。腕組みをして空色の瞳を閉じる。
「……〔エネルギードレイン〕魔法か。まったく、サムカ先生も余計な魔法を教えてくれたものだわ」
「う……」と呻いて、たじろぐサムカ熊に代わって、ノーム先生がエルフ先生に同情しながら銀色のあごヒゲを片手で撫で下ろす。彼は意外に、まんざらでもない様子だ。
「戦力は多い方が便利だよ。我々も地下に避難して、遠隔攻撃を続けるわけだしね。いざとなれば一緒に撤退すれば良かろう」
運動場では、部隊の代わりに3つのオプション玉が妖精への魔法攻撃を継続している。確かに、これからエルフ先生が参戦するとしても、ノーム先生とサムカ熊だけでは攻撃力の低下は否めない。
「残り50……仕方がないわね。後で一緒に、シーカ校長先生に叱られることとしましょう」
ガッツポーズを軽くとりあう5人である。
サムカ熊がすぐに注意を与えた。
「〔エネルギードレイン〕魔法は消費魔力が大きい。最後の攻撃手段として残しておきなさい。そうだな、私が攻撃の合図を出そう。それまでは通常の魔法攻撃をするようにな」
その時、全員の手元に警報表示が出た。ウィザード語で敵群の先鋒が10キロ線を突破したというものだ。
同時に冷たい風が森から吹き始め、急速に突風になっていく。空一面に分厚い雨雲が立ち込めて、日差しが途切れてきた。
ノーム先生が「おっと……」と言いながら頭の大きな三角帽子を深く被り直した。
森の中では、猿や猫の顔の原獣人族の小さな群れが逃げ遅れたのか、右往左往しているのが見える。上空では、『化け狐』の群れと、数名の飛族、それに500羽単位の鳥の群れが乱舞しているままだ。
ジャディが琥珀色の瞳を凶悪な光で満たして、上空の連中を見据える。
「バカだな。逃げ遅れたか」
そう言った瞬間。地平線の辺りの上空を飛んでいた鳥と『化け狐』の群れ、それに数名の飛族らしき人影が爆散した。羽虫の群れにされてしまった。〔妖精化〕である。
その爆散が急速にこちらへ向かってきた。森の上空を舞っている鳥や『化け狐』の群れが、次々に羽虫の塊にされていく。
サムカ熊が両手足から3本の爪を伸ばして、森の上空を見上げる。
「来たようだな」
【10キロ防衛線】
エルフ先生がノーム先生や生徒たちと一緒に、地下階への入口へ向かって小走りになる。素早く手元の〔空中ディスプレー〕画面で状況を確認する。
「残る敵妖精は48ですね。では、私たちは地下階へ移動します。地上には、すぐに私の〔分身〕を送りますね」
運動場に残ったサムカ熊が微笑んで見送り、両腕をグルグルと回した。3本の爪がどんどん伸びて長さ2メートルになっていく。
その熊人形の周囲には、教え子たちのシャドウが待機状態で浮かんでいるのが、ぼんやりと見える。
他には、ラヤンが残した紙製の〔式神〕と、ミンタとムンキンが作り出した小型の使い捨て〔分身〕が近くに立っている。狐とトカゲの2頭身のデフォルメぬいぐるみにも見えるが、仕草や表情は明らかにサムカ熊よりも繊細だ。
先生方が残したオプション玉3つは、相変わらず正面の〔テレポート〕魔法陣に向けて全自動で攻撃魔法を撃ち込んでいる。そしてノーム先生の〔分身〕がライフル杖を肩に担いで、〔テレポート〕魔法陣の前に小走りで向かっていた。
そんな味方の動きを目で追うサムカ熊だ。気負った様子もなく、実に淡々としている。
「うむ。今回は、敵が近距離まで接近しているから、シャドウもより多く使えそうだ。地下での安全を充分に確保してから援護してくれ」
ジャディが前回とはうって変わって、地下階への入口に率先して真っ先に飛び込みながらサムカに叫んだ。
「殿おおおっ! 少しだけ待ってて下せえっ。うおおおおっ、地下なんか怖くねえぞおっ」
(やっぱり怖かったんだな……)と無言で目配せするペルとレブン。その2人もジャディに続いて、サムカ熊に手を振ってから地下へ駆け込んでいった。
「テシュブ先生っ、僕たちもすぐに支援しますので、少しだけ待っていてください。その間、僕たちのシャドウは自律行動で動きます」
「テ、テシュブ先生、ちょっと待っててね。ひー、足が速いよおレブン君っ、転ぶ、転んじゃうううっ」
ミンタとムンキンは特にコメントする気はない様子だ。エルフ先生と一緒に、黙々と地下への階段を駆け下りていった。すぐに階段の入口が閉じて、地面の中へ潜り込んで見えなくなる。
非常階段も〔石化〕されて、ただの岩に偽装されていく。地下階へ通じる〔テレポート〕魔法陣や刻印も全て消去された。
感心するサムカ熊である。
「ふむ。これなら簡単に見つけることはできないな。さて……」
サムカ熊が森の方へ顔を向ける。同時に教え子3人のシャドウが自律攻撃の行動術式を起動させて、森の中へ飛び込んでいく。
ミンタとムンキンを模した小型〔分身〕も本人に負けず劣らずの魔力で、自動追尾式の〔マジックミサイル〕を毎秒4発のリズムで発射し始めた。ここまでともなると、まるでロケット砲台である。
ラヤンの紙製の〔式神〕はまだ待機状態で、森からの冷たい突風に上体を大きく揺らして立っている。先生たちが残した〔オプション玉〕群も、本格的に魔法攻撃と魔法支援を開始した。
その森の中でパニックになって右往左往していた猿顔と猫顔の原獣人族の小さな群れが、一斉に『羽虫の塊』になった。妖精群も着実にこちらへ近づいてきているようだ。
「では、私も始めるか」
足元の影が5000に分裂して、森の中へ音もなく殺到していく。空中にもカラス型のシャドウが500体出現して、これも一斉に音もなく森の中へ飛んでいった。
サムカ熊が爪の生えた両手を、森の上空に伸ばす。その爪の先から5000個もの〔闇玉〕がマシンガンのように放たれて、森の中へ飛んでいった。
2分後。森の中で爆発音が連続して発生し始めた。かなりの威力のようで、サムカ熊が立っている運動場の地面にも振動が伝わってくるほどだ。が、サムカ熊の表情は変わらない。
「私からのささやかな挨拶だ。魔力の制限はかなり大きいが、何とかなりそうだな」
【地下2階の指令室】
サムカ熊の攻撃による衝撃は、地下階にも当然ながら届いていた。急いで〔遮音障壁〕を展開するエルフ先生たちである。まっすぐに地下2階まで駆け下りて、サムカの教室の中へ入った。
教室の中には、パリーと護衛のエルフ先生〔分身〕が待っていた。パリーが退屈そうにあくびをして、一行を出迎える。
「おそい~。すっごく眠いんだけど~」
とりあえずパリーの相手は後回しにして、すぐにエルフ先生とノーム先生が教室内に『指令センター』を開設する。
天井も含めた四方の壁が瞬時にディスプレー画面になり、運動場のノーム先生〔分身〕からの視点で360度の全方位画面になった。
解像度もかなりのもので、森の中でパニックになっている獣人族の姿や、上空を逃げまどっている鳥の群れの1羽1羽が明瞭に見える。次々に容赦なく〔妖精化〕されている模様だ。
先生方の残した〔オプション玉〕や、〔テレポート〕魔法陣の稼働状況、隣の部屋の魔力サーバーの稼働率、敵群の個別情報などが一斉に表示されていく。これら一連の起動と設定完了まで、ほんの数秒しかかかっていない。
ノーム先生がシステムの確認を終えて、エルフ先生に報告した。
「よし。エラーなく起動したよ。脱出用の〔テレポート〕魔法陣も正常。第二回戦の開始だ」
エルフ先生がうなずき、自身の〔分身〕に命令する。
「地上のサムカ先生たちに合流し、指揮下に入りなさい」
ほぼ同じ声が返ってきた。
「はい、マスター」
そのままエルフ先生〔分身〕が〔テレポート〕して消えた。次の瞬間、運動場の〔テレポート〕魔法陣の中から出現する。
魔法陣はエルフ先生〔分身〕を吐き出した後、各〔オプション玉〕からの攻撃魔法を、敵妖精へ〔テレポート〕する作業を再開した。
そのまま、近くのノーム先生〔分身〕の元へ合流する姿を、地下教室の360度画面のディスプレーで確認するエルフ先生本人だ。
まだ延々と衝撃音や振動が続いている中、エルフ先生が「コホン」と軽く咳払いをして、生徒たち5人に空色の瞳を向けた。徐々に指揮官ではなく、狩人の目になりつつある。
「くれぐれも、私たちがここにいると敵に知られないように。では、1体ごとに敵を集中攻撃する作戦を開始します。画面上のターゲット表示がついた敵を狙いますので、各自、簡易杖を出しなさい」
【将校の避暑施設】
南の熱帯の白浜に面した丘の上に建つ帝国軍将校用の避暑施設では、学校から〔テレポート〕して避難してきた生徒や先生、それに事務職員や軍と警察部隊が点呼をしていた。
校長が全体指揮を執り、各部隊や先生から「無事に全員が避難してきた」という報告を受けている。校長は幻導術をある程度使うことができるので、報告も〔空中ディスプレー〕を介したものだ。
サラパン羊が早くも暑さと湿度でへたるのを背中で支えながら、校長が顔をしかめる。
「うう……やはり、あの5人が来ていませんね」
間もなくエルフ先生から「地下教室の指揮所設定を終えた」という報告を受ける。その小さな〔空中ディスプレー〕画面に、校長が顔をしかめたままでエルフ先生に詰め寄った。
「カカクトゥア先生。そこに生徒がまだ残っているはずです。早急にこちらへ避難させなさい」
困った表情をしているエルフ先生を押しのけて、ミンタとムンキンが画面に割り込んできた。
「もう少しだけ先生に協力します! 学校が壊れるのは、もう見たくないもの」
「ミンタさんの言う通りです。僕も微力ながら尽力します。〔分身〕を使った遠隔攻撃だけをしますが、危なくなったら、そちらへすぐに避難しますよ」
レブンとペルも肩越しに顔をのぞかせた。
「すいません、シーカ校長先生。後で反省文を書きますから、許して下さい」
「地下にいても多分、15分くらいしか妖精の目を欺けないと思います。対妖精戦闘では、私たちもある程度の知識と経験があります。すぐに戻りますから、少しの間だけ猶予を下さい」
……が、当然ながら校長は却下する。ディスプレー画面に向けて叱りつけた。
「いけません! 今すぐに避難しなさいっ。これは校長命令です」
ジャディが背中の翼と尾翼を大きく広げて、教室の壁ディスプレーの一角を睨んで叫んだ。彼にとっては、校長の心配や命令は、どうでもよい事でしかないようだ。
「来たぜ! 〔妖精化〕攻撃だっ」
エルフ先生が校長に早口で告げた。
「すいません、シーカ校長。作戦中ですので、通信はこれでいったん切ります」
それっきり画像が映らなくなり、すぐに〔空中ディスプレー〕画面も消えた。ガックリと肩を落とす校長である。
「まったくもう……〔妖精化〕されても、今なら〔復活〕できますが……死を軽く考えすぎです」
そこへ、この熱帯の森を治める森の妖精がノソノソ歩いてやって来た。巨大なイノシシ型であるが、少しデザインが前回と変更されたようだ。若干、狐の風味が加わっている。その背後には、他の妖精も数体従っていた。こちらはよく見るトカゲやヘビ型だ。水や海の妖精の姿は見当たらない。
「シーカ校長。我々は中立の立場ではあるが、避難してきた君たちの安全は保障しよう。危険が去るまで、ここに滞在することを歓迎するよ」
校長が、おっかなびっくりではあるが丁寧に返礼する。尻尾は逆立ったままだが。
「こ、これは森の妖精様。わざわざのお越しありがとうございます。森の中へは、むやみに立ち入らないように通達しています。それでも騒がしい場合には、遠慮なく私にお知らせください」
「うむ」と鷹揚に返事をする森の妖精。微妙な間があった後に、おもむろに校長に提案してきた。
「非公式ではあるが、学校への助力を行う用意がある。我らの一部を分離して、援軍として差し向けて敵と戦うことが可能だ。あくまで非公式なので、『パリーの傭兵』という肩書になるが。どうするかね?」
校長の黒い瞳がキラキラし始めた。同時に白毛交じりの両耳と尻尾がパタパタ動き始める。
「そ、それは非常に助かります。是非に、お願い致します。報酬は、いかほどご用意すれば良いですか?」
妖精たちが顔を見合わせて、そして再び校長にイノシシ顔を向けた。急速に妖精たちの足元が緑化していく。
「金銭には意味がないが……パリーが言っていた、「残留思念やら死霊術場の掃除」をしてみてくれ」
校長が二つ返事でうなずく。隣のサラパン羊もこの時ばかりはニヤニヤしている。
「かしこまりました。学校に居残った者たちに必ず行わせましょう」
妖精が満足そうにイノシシ頭を縦に振った。獣人族の仕草を真似て、意思表示をしたのだろう。
「契約完了だな。よろしい、では後ほどまた会おう」
そのまま、巨大なイノシシやトカゲにヘビの姿が、煙のようにかき消されていなくなった。足元の緑の絨毯は残されたままだが。
ほっと一息つく校長と羊である。そこへ今度は、人魚族の施設管理人クク・カチップが、革靴の音も大きいままスーツ姿で駆け込んできた。
「シーカ校長っ。食事の件ですが」
サラパン羊を緑の絨毯の上に横たえて、校長が鼻先のヒゲからしたたる汗をぬぐう。半分以上は、先程かいた冷や汗のようだ。
「……そうですね。やるべきことが山積みでしたね。早急に課題を整理します。カチップ管理人には申し訳ありませんが、まず最初に、このサラパン主事を涼しい場所へ運んで下さい」
さらに向こうでは、リーパット党が声を荒げて徹底抗戦を呼びかけているのが聞こえる。どうも、ムンキン党まで加わっているようで、バングナン・テパの声も聞こえる。軍と警察部隊の隊員の中にも、そわそわしている者たちがちらほらと見える。
その興奮気味な声を聞き耳を立てて聞いた校長が、小さくため息をついた。
「それから、彼らの〔沈静化〕も……ですかね」
【5キロ防衛線】
学校の運動場では、〔テレポート〕魔法陣の前に並んでエルフとノーム先生の〔分身〕、ミンタとムンキンの小型〔分身〕、先生方が残した〔オプション玉〕、それにラヤンの〔式神〕が、攻撃魔法を撃ち込み続けていた。
少し離れた場所にはサムカ熊が仁王立ちしていて、シャドウを次々に森の中へ放っている。
森の中では、ジャディを筆頭にしてレブンとペルのシャドウが縦横に飛び回って、迫りくる妖精群に攻撃を加えていた。
今は近距離攻撃になり、戦線も短くなっているので、〔テレポート〕魔法陣も1つだけで充分になっていた。それに向けて、〔オプション玉〕から次々に攻撃魔法が放たれている。
最も強力なのは、やはり力場術のタンカップ先生が残したものだ。自動追尾式で曲がる〔光線〕や、〔雷撃〕を撃ち込んでいる。その分だけ、爆音も相当に大きい。
ソーサラー魔術のバワンメラ先生と、法術のマルマー先生が残した〔オプション玉〕も、かなり強力な攻撃魔法を放ち続けている。正確には、攻撃魔術と攻撃法術に分類される魔法だ。これらはさらに、幻導術や招造術、魔法工学や占道術の支援も受けている。
しかしそれでも、純粋な攻撃力という点では力場術には及ばないようだ。
ちなみに、これらの〔オプション玉〕や、〔テレポート〕魔法陣の魔力供給は、地下の魔力サーバーや、法力サーバーからのものである。ソーサラー魔術だけは魔力サーバーがないので、そろそろ魔力切れで消滅しそうではあるが。
エルフ先生とノーム先生〔分身〕は、共にライフル杖を構えて、魔法陣へ向けて光の精霊魔法を連射している。
ミンタとムンキンの小型〔分身〕も、杖を構えて同じ魔法を使用中だ。ラヤンの〔式神〕は、攻撃型の邪道な法術を撃ち込んでいる。
敵は妖精なので、思念体には直接の効果は無いのだが、憑依している生物は別だ。これに対する攻撃に集中しているのは、これまでの作戦の通りである。
戦況を観測しているのは、地下2階のサムカの教室を指揮管制室にしたエルフ先生たちだ。パリーは退屈し過ぎて寝てしまっていた。
ノームのラワット先生が銀色のあごヒゲを片手でいじりながら、垂れ眉を少しひそめてモニター画面を睨む。
「敵の最前衛が5キロ線を突破したか。いよいよ本格化してきそうだな。カカクトゥア先生、僕たちの〔分身〕をそろそろ〔テレポート〕魔法陣から離す頃合いだろう」
エルフ先生も即座に同意する。
「そうですね。もうこれ以上は、術式の切り替えも効果がなくなるでしょうね。ミンタさん、ムンキン君、ラヤンさん、〔分身〕と〔式神〕を至急、魔法陣から離しなさ……」
教室の壁面を使った全方位モニターに映っている〔テレポート〕魔法陣の表面に、ノイズが走った。次の瞬間。魔法陣から菌糸のようなものが一斉に湧き出してくる。
「自爆せよ」
エルフ先生が一言告げた。
魔法陣が消滅して、次いで、森の奥で巨大な火柱が立ち上がった。爆音と衝撃波も、地下の指令室に伝わってくる。
指令室の電源が一斉に落ちて真っ暗になったが、すぐに予備電源に切り替わった。教室内が再び明るくなる。しかし、全ての壁面ディスプレー画面は真っ黒になっていて、何も映し出されていない。
こちらの〔テレポート〕魔法が、妖精に〔逆探知〕されて乗っ取られたのだった。敵の魔法攻撃が逆に〔テレポート〕されて襲い掛かってくる寸前で、魔法陣の術式ごと自爆させたという訳である。
マップ上の大きな熱源の跡に2つの妖精の反応があり、『怒りの思念場を噴き出した』というシグナルが表示された。すぐにノーム先生が2つの大地の精霊を送り込んで、妖精への説得を開始する。怒りの思念場には、サムカ熊のシャドウが体当たりしたので、再び爆発が起きた。
数秒後。2体の妖精が去っていくのを確認して、エルフ先生が一息つく。
「ふう……予想よりも少し早かったか。さて、これで私たちは〔テレポート〕魔法を使った攻撃が使えなくなった……という事ね。各自、作戦を切り替えなさい。もう、だまし討ちはできないわよ」
運動場の状況を確認して、両耳の角度を少し下げた。〔オプション玉〕の数が減っている。
「一瞬だけだったけど、浸食されたか……ええと、破壊されたのは、占道術と幻導術、招造術ね」
魔法工学の〔オプション玉〕は生き残ったので、森の中の測位の精度はまだ下がっていない。これは幸運だった。
残った〔オプション玉〕に測位情報を与え、敵への直接攻撃の命令を出す。今までは魔法陣を介した攻撃だったので、攻撃術式の切り替えが必要になるからである。
幸いすぐに反応して、森の中を爆走してやって来る妖精を〔ロックオン〕して、直接魔法を撃ち込み始めた。
「でも、魔法工学の〔オプション玉〕も、そう長くはもたないでしょうね。そうなると、精霊魔法による測位にしか頼れなくなるわね。ラワット先生、その切り替え準備を開始して下さい」
エルフ先生の命令に、ライフル杖で教室の床を「トン」と叩いて応えるノーム先生。
「了解。いつでも切り替えできるよ。だが、測位の精度は妖精からの妨害があるから、2センチ以下というところだろうな。攻撃が当たりにくくなる事は避けられないよ」
「そうなるわよね……」と素直に納得するエルフ先生。次いで、生徒たちに顔を向けた。
「もう、〔テレポート〕魔法陣を介した攻撃はできません。直接攻撃に切り替えなさい。ラヤンさんには、私から〔念話〕で知らせておきます」
ムンキンが全身のウロコを膨らませて、《バン》と教室の床を尻尾で叩く。
「ここからが本番だな。敵妖精は全て〔ロックオン〕済みだから、撃ちまくるぜっ」
そう言うや、すぐに運動場の小型トカゲ〔分身〕が、青い光を帯びて発光し始めた。
同時に運動場へ迫っていた妖精の1体が急停止して動かなくなり、怒りの思念体を噴き出したというサインをマップ上に出した。同じ挙動をして動かなくなる妖精が、さらにもう1体出る。
ムンキンの小型〔分身〕からは、特に何も発しているようには見えないのだが……周辺の空気が帯電して火花を放っている。可視光線ではない紫外線領域の〔レーザー〕を撃ち込んでいた。
妖精の思念体には無効だが、依代の生物は別だ。大強度の紫外光を浴びて、生体内で大量の活性酸素が発生して細胞死が連鎖する。騎兵の馬を狙う戦術だが、当然ながら妖精本体が激怒するには充分すぎる攻撃だ。
〔ロックオン〕済みの上に光速の攻撃なので、妖精といえども避けようがない。森の中に妖精がいるので、運動場からでは木々が邪魔になるのだが、すでに森の中には水の精霊が多く配置済みであった。
彼らが反射レンズや屈折レンズを水で作り上げていて、森のどこにいても当てることができるように配置されている。さすがに、このようなキメの細かい攻撃網は、学校の近くでしか構築できない。
ムンキン小型〔分身〕の放った光の精霊魔法は、これらのレンズの道しるべに従って、森の中を爆走している妖精へ正確に命中していく。
それは、ムンキン小型〔分身〕だけでなく、ミンタ小型〔分身〕や、エルフ先生〔分身〕、ノーム先生〔分身〕、〔オプション玉〕、それにラヤンの〔式神〕の攻撃でも採用されていた。なお、サムカ熊や3人のシャドウは魔法場の相性が悪いので使えない。
そのサムカ熊が運動場で仁王立ちのまま、熊耳をピコピコさせた。継続してシャドウ群を森の中で操り、〔闇玉〕を毎分1000発の量で妖精に撃ち込んでいる。測位の精度が悪いので、妖精への命中率はかなり悪いようだが。
「レンズや鏡が使えるというのは便利だな。こちらも、そろそろ魔法場を〔探知〕されてしまいそうだ」
地下の教室にいる教え子たちに〔念話〕で告げる。
(ジャディ君、レブン君、ペルさん。妖精がシャドウを浸食する恐れがある。分離処分する用意を整えておきなさい)
(はい!)
3人が答えた瞬間。サムカが放っている5000体のシャドウが全て〔消滅〕した。〔闇玉〕も全て消え去ってしまった。
再び、耳をピコピコさせるサムカ熊だ。熊手からスラリと伸びる3本の爪で、運動場の地面を引っかく。
「むう。さすが妖精だな。〔解読〕されると一気に消されてしまうか」
数秒後。ジャディの怒声が〔念話〕で地下から届いた。
(うがああっ! オレ様の『ブラックウィング改』が消されたああああっ。ちっくしょおおおおっ)
続いてレブンの呻き声が届く。
(うう……僕の『深海1号改』もやられた。どうやって攻撃したんだろう)
ペルの〔念話〕が、かなり遠慮がちに届いた。
(わ、私の『綿毛ちゃん2号改』は、まだ無事だけど……これって、もしかして、テシュブ先生がした戦術を真似されたんじゃないかな。森の中に、クラゲの足みたいな細いものが張り巡らされているよ)
すぐに、運動場でライフル杖から光の精霊魔法を撃ちまくっているノーム先生〔分身〕が、森の中を〔走査〕する。
「ははは……確かに、クモの巣のような迎撃網が森の中にできているね。触れると〔妖精化〕されるようだ。やられたね、テシュブ先生。これじゃあ、実体のないシャドウでも、もう森の中を飛び回ることはできないよ」
ガックリと肩を落とすサムカ熊であった。
(むう……調子に乗りすぎたか。ペルさんは、その場にシャドウを固定。以降は森の中の情報収集に専念しなさい。ジャディ君とレブン君はシャドウを廃棄。他の魔法攻撃に切り替えなさい。私も、氷の精霊魔法に切り替えるとしよう)
エルフ先生〔分身〕もライフル杖を構えて光の精霊魔法を連射していたが、サムカ熊とその教え子たちの敗退を聞いて、日焼けした白梅色の顔を険しくした。大幅な戦力の低下だ。
「敵ながら、見事ね。私でも〔探知〕が難しいのに、無効化までするなんて」
その時、ひと際強い突風が森の中から吹いた。運動場に土煙が巻き上がる。同時に運動場の地面が一斉に緑化された。芝やマメ科の雑草が芽吹いて、運動場が草に覆われていく。
慌てて空中に浮かんで避難する。おかげで〔分身〕や〔式神〕が草に変わることは回避できたようだ。
サムカ熊だけは一瞬逃げ遅れてしまい、熊の両足裏の毛糸が草に変わってしまった。〔浮遊〕魔術が苦手なので、どうしても遅れてしまう。
ついに、運動場にも〔精霊化〕が及び始めたことに、戦慄する先生と生徒たちであった。寄宿舎や教員宿舎の赤レンガの壁面からも、無数の草が芽吹き始めている。
さらに、空中へ避難したせいで、数秒間ほど攻撃の手が緩んでしまった。それを森の中を進んでくる妖精が見逃すはずはない。〔オプション玉〕が全て破裂して消滅した。
妖精による浸食は、運動場だけではなかった。地下階にも及び始め、1階の全教室の机とイス、それに床がキノコに覆われていく。その変貌の様が、先生たちの手元にあるディスプレー画面の端に映し出されている。まだ地下2階には浸食が及んでいないが、時間の問題だろう。
エルフ先生がとりあえずパリーに聞いてみた。
「ねえ、パリー。地下2階だけでいいから、敵妖精からの〔精霊化〕攻撃を〔遮断〕できないかな」
パリーが眠そうな顔のまま、手を振って否定した。
「むり~。同じ系統の魔法場だから~区別ができない~」
予想していた答えだったとは言え、落胆するエルフ先生であった。重ねてパリーがエルフ先生に、不満そうな顔を向ける。
「ね~ね~、だったら~このパリー様が戦うよ~。隠れるの飽きた~」
即座に拒否するエルフ先生。べっ甲色の髪が青白く発光している。
「ダメよ。妖精大戦争なんかになったら、学校が敷地もろとも森になってしまうでしょ。そうなったら、さすがに廃校になるわよ」
その通りなので、「ぐぬぬ……」と呻くしかないパリーであった。エルフ先生がジト目になりながら、付け加える。
「それに、南の避暑地って暑いのよね。森の妖精も、堅物のイノシシだし。果樹も生えていないから、お酒の仕込みができなくなるのは痛いのよね」
(結局、お酒ですか……)と呆れている生徒たちであるが、ここは空気を読んで黙っていることにした。
エルフにとっては果実酒は、果物ジュースの一種なので、酔う事はない。ノームやドワーフのように酔っぱらって暴れたり、騒いだりする事は起きない。
ジャディも支族の巣がここにあるので、あえて騒いでみようとは思っていないらしい。ほっとするレブンとペルである。
酒の仕込みについてはノームのラワット先生も全くの同意見のようで、何度も何度もうなずいている。
「左様。左様。酒づくりに適しているのは亜熱帯までですからな。熱帯では微生物の管理が面倒になるので、なかなか授業の合間に醸造するのは難しい。雪が降るような気候が一番良いのだが、そうなると魚族や竜族が苦手としますからね。僕としても、亜熱帯が譲歩できる限界ですぞ。そもそも……」
何やら語り出したノーム先生だったが、すぐにペルが発した警報に遮られてしまった。
「あ! 妖精群が、何か放出しました。こっちにやって……虫? あ。やられた」
森の中でじっとしていたペルのシャドウが〔妖精化〕されてしまったらしい。情報が途絶えた。『虫』という単語を聞いたパリーがあくびをしながら指摘する。
「あ~、それって多分~〔妖精化〕で発生した虫だ~触ると〔妖精化〕するよ~」
「げ」と呻く先生と生徒たち。運動場のサムカ熊も聞いていたので、同じような仕草をしている。森に向かって魔法攻撃を続けていたエルフ先生〔分身〕とノーム先生〔分身〕も顔を見合わせた。
「森の中の水の精霊も、全て消されてしまったわね。どうしましょう、ラワット先生」
ノーム先生がライフル杖の魔力カプセル残量を確認し、銀色の垂れ眉をひそめて答える。
「森の中は、もう完全に妖精に制圧されてしまったということだな。さらに虫の大群か。一気に劣勢になってしまったなあ。敵妖精の残りが、いくつかも分からなくなった。敵が運動場に侵入する際に、攻撃をするしかあるまい」
サムカ熊が森の中を見つめながら、両手の爪を合わせて「カチカチ」と鳴らす。
「来たぞ」
【妖精襲来】
森と運動場の境目がぼやけたようになった。と同時に、猛烈な羽音が運動場に鳴り響いて、森の中から巨大な雲のような羽虫の大群が沸いて出てきた。その数は50万匹にも上る。
森にいて逃げ遅れた獣人や原獣人族、それに一般の動物が全て〔妖精化〕してしまったので、この数になっているのだろう。
羽虫の飛行速度は、優に秒速20メートルは出ている。先生と生徒〔分身〕に〔式神〕、サムカ熊が迎撃魔法を放ったが……数が多すぎた。あっという間に羽虫の雲の中に飲み込まれてしまった。
地下2階の教室でも、先生と生徒たちそれぞれの手元にある〔空中ディスプレー〕画面が、虫の映像で埋め尽くされていた。相変わらず、ノーム先生〔分身〕からの視点なのだが、虫だらけで視界が全く利かない。
虫の種類は様々で、蜂や蝶に蛾、羽虫に甲虫、トンボにハエなどだった。普通の虫であれば警戒して近寄ってこないものなのだが、この〔妖精化された虫〕は別物だ。地上のサムカ熊や、先生と生徒の〔分身〕を、餌か何かと認識しているようで、まっしぐらに飛び掛かってくる。
虫はランチなどでよく食べている生徒たちだが、さすがにこの多さには辟易したようだ。ジャディが悔しがっている。
「くそ。こんな虫ども、オレのシャドウなら簡単に吹き飛ばせるんだが。オイ、大丈夫なのかよ。この虫に触れたら〔妖精化〕しちまうんだろ?」
さすがに返事をする余裕がある生徒と先生は、この教室にはいない。皆、自身の〔分身〕を虫から守るために必死である。ラヤンの〔式神〕があっけなく〔妖精化〕されて同じ羽虫になっていくのが、虫の乱舞の向こうで見え隠れしている。
サムカ熊の〔念話〕が全員に届いた。
(対冷気の〔防御障壁〕を張っておいてくれ)
その2秒後。巨大な虫の雲が、運動場の上で突如爆散した。衝撃波が寄宿舎や教員宿舎にも及び、草が伸びて来ていた赤レンガの壁が凍りつく。草で覆われた運動場も一面凍りついてしまった。
爆風の中からサムカ熊が現れて、凍りついた運動場に着地する。氷爆弾の魔法を使ったのだろう。
サムカ熊がキョロキョロと周囲を見渡す。先生や生徒の〔分身〕は無事で、空中に浮かんでいる。ラヤンの〔式神〕は〔妖精化〕してしまったようだ、姿が見当たらない。あれほどいた羽虫の大群も、嘘のように消え去ってしまった。
寄宿舎や教員宿舎の壁に生え始めていた草も、全て凍りついていて、そのまま砕けて落ちている。
「ふむ。まあ……成功だな」
そして……運動場と森との境界に佇んでいる、巨大な森の妖精群に熊顔を向ける。
「ようやく、対面の時だな。23体が残ったか。初めまして、かな。私は死者の世界の貴族、サムカ・テシュブの代理人形だ」
エルフ先生とノーム先生の〔分身〕、それにミンタとムンキンの小型〔分身〕が、サムカ熊に続いて凍りついたままの運動場に降り立った。そのまま格闘戦の態勢に移行する。既に各種の支援魔法をパッケージで発動させているので、4人ともに手足と肘膝がぼんやりと発光している。
戦闘準備をいち早く完了させたエルフ先生が、ひと際巨大なヘビ型の森の妖精に注意を向けた。
森の木々の幹をすり抜けて巨大なヘビ頭が運動場に伸びている。その頭の直径だけでも2メートルはあるだろうか。爛々と松明の炎のように緑色に輝く両の瞳には、他の妖精とは違う迫力が備わっている。胴体は森の中にあるので運動場側からでは見えないのだが、相当に長そうだ。普通のヘビとは異なり、先割れした舌は口から出していない。
地下のエルフ先生本人が冷や汗をかいて、その蛇の頭を見ている。
「うわ……パリーと匹敵する魔力量じゃないの」
サムカ熊も戦闘準備を終えたようだ。エルフ先生のつぶやきに同意しつつ、その奥に控えている別の森の妖精にも注意するように促す。
「その背後にいるトカゲ型の妖精も要注意だ。尋常ではない『敵意』を発している。恐らくは、こやつが妖精どもを煽ったのだろう」
エルフ先生〔分身〕が、軽くジト目になった。
「そんなにこの森が欲しいのかしらね。1つ質問して良いかしら、大きなヘビの妖精さん。あなただけで、この森全てをミミズなどに〔妖精化〕できると思えるのだけど、どうしてわざわざ私たちに会いに来るような行動をしたのかしら」
風の精霊による精霊語への自動通訳が働いて、妖精たちにも届いたようだ。「ピクリ」と23体の妖精が反応する。どうやら先程のサムカ熊の挨拶は、理解できていなかった様子である。
ザワザワと妖精たちが森の中で動き出し、襲撃の態勢をとっていく。まだそれでも森から出てこようとはしていないが。
(マライタ先生の保安警備システムに感謝しないといけないわね……)と内心思うエルフ先生であった。敵の足並みが少しでも乱れてくれれば、今はそれで充分だ。
巨大ヘビの妖精も警戒しているようで、ここでようやく舌を口から見せて〔探知〕などを始める。そして、結構流暢なウィザード語で答えてきた。
「そこのエルフの仲間どもや、異世界の者どもの狼藉も聞き及んでおる。成敗するには、それだけで充分な理由だ。我の治める森から、オマエらを攻撃して虫の群れにすればそれで終わりだ。ここから1000キロほど西だが、そのような距離、我にはないも同然だ」
「マジかよ……」と顔をしかめる地下教室の先生と生徒たちに、パリーがあくびをしながら「ニヘラ」と笑う。
「あの妖精なら余裕よ~。私より強いし~。この大陸の重鎮の1人よん」
目が点になっている地下の面々の心情を反映してか、運動場の面々も動きが少しぎこちなくなった。目も点になっている。そんな様子には興味がない様子で、森から首を伸ばしている巨大なヘビ妖精が話を続けた。
「だが一方で、この森を治めるパリーや、南や東の妖精がオマエらを認めている。我としても興味が沸く。処分する前に、いかなる者どもか見ておくのも悪くはない。久しぶりに物見遊山の旅に出るきっかけにもなる」
パリーがニコニコしながら同意した。
「そうよね~。私たち妖精って魔力が強いから~なかなか気軽に旅行へ行けないのよね~」
「そういうものなの?」と妙に納得するのはエルフ先生だけのようだが。
他の面々は、相変わらず眉間にしわを寄せて険しい表情をしたままだ。ミンタは杖を地下教室の天井に向けて、何かの通信をやっている。地上の彼女の小型〔分身〕は、他の〔分身〕たちと同じく、杖を巨大ヘビに向けた姿勢のままだ。遠隔操作の割合を相当に減らして、半自律行動のモードにしているのだろう。
既に〔テレポート〕魔法陣や〔オプション玉〕などが妖精の浸食を受けて破壊されているので、〔逆探知〕されて地下の居場所を特定されるとまずい。
地上のサムカ熊は、先程から背後のトカゲ型の妖精の動向に注目している様子だ。そのせいで、巨大ヘビの話をあまり真剣には聞いていないように見える。
巨大ヘビが後ろのトカゲ型妖精から何事か耳打ちされて、舌を再び口の中へ引き戻した。
「陸路での旅は、有意義だったぞ。妖精退治の様々な魔法を経験できたからな。性急にオマエらを処分していては、こういう魔法には出会えぬ。一方でオマエらの攻撃には、森の被害を軽微に抑えるという意図を感じた。狼藉を働いた者どもとは違うな」
地下で息をひそめて聞いていた先生と生徒たちが、少しだけ瞳を輝かせる。レブンが深緑色の目の色を明るくして、隣のペルやジャディにささやいた。
「あ。これはもしかして、穏便に引き揚げてくれそうかも」
……が。巨大ヘビの話の結論は、それとは別方向のものだったようだ。
「だが、我々には既にかなりの怒りが溜まっておる。このまま引き下がるわけにはいかぬ……な。オマエらが張っている〔結界〕も読み取ったことだし、戦いを続けるとしよう。参るぞ」
ガックリとうなだれるレブンとペルであった。ジャディとムンキンは、「おう! こいやあああっ」などと雄叫びを教室で上げている。ミンタに至っては平然として、杖を掲げた通信を続けている。
エルフ先生とノーム先生も、(まあ、そうだよね……)という表情で視線を交わしただけだった。パリーは、「バトルだバトルだ」と嬉しそうにピョンピョン跳ねまわっている有様だ。
森の中から妖精23体が、一斉にその巨体を現した。どれもこれも10トントラックほどの大きさだ。
リーダー格のヘビ型妖精に至っては、まだ尾が森の中に隠れていて全容が分からない。それでも、森の外に出ている部分だけで長さは20メートル、胴の直径は4メートルにもなる堂々としたものだ。魔力も相当なもののようで、以前にバジリスク幼体が発していたような魔力場に似ている。
ただ、頭部分の幅は2メートルほどなので、ヘビというよりもツチノコを巨大化したような印象だが。
森と運動場の境界には、ドワーフ製の自動迎撃システムが組み込まれているはずであったが、全く反応していない。先程、サムカ熊が運動場全体を凍結させてもいたのだが、それもあっけなく解凍されてしまった。運動場が再び〔緑化〕されていく。
「うげ……システムまで無効化されたか。妖精の浸食攻撃って何でもありだな」
ノーム先生〔分身〕がライフル杖を妖精群へ向けて、光の精霊魔法を撃ち込みながら呆れている。それについては、エルフ先生〔分身〕や、ミンタとムンキンの小型〔分身〕たちも同意見だ。矢のように攻撃魔法を連射しつつ、同じように呆れている。サムカ熊も〔闇玉〕をマシンガンのように掃射して迎撃していた。
「あ」
ミンタとムンキンの小型〔分身〕が、突如停止して「ガタガタ」と震え出した。あっという間に攻撃続行できない状態に陥る。杖を捨てて自爆させた2人の小型〔分身〕が、エルフ先生〔分身〕に壊れた人形のような笑みを向けた。
「ミンタさんもか。〔妖精化〕されてしまいました。後はよろしく、お願いします、カカクトゥア先生」
「ムンキン君、痛覚を廃棄していて良かったわね。すっごく痛いってラヤン先輩から聞いてたから。じゃあ、後でまた」
ムンキンとミンタが最後の挨拶をすると同時に、デフォルメされた二頭身キャラの小型〔分身〕が崩壊して、虫の塊になった。すぐにサムカ熊が〔闇玉〕を放って虫ごと〔消去〕する。
そんな彼らの後方の寄宿舎側が≪ピカピカ≫と光った。次の瞬間。50発ものマジックミサイルが背後から飛んで来て、そのまま風を切って追い抜き、前方の妖精群へ命中した。
盛大に爆発して50もの火球が発生し、そのまま爆炎となって妖精群を包み込む。土煙も大量に巻き上がって視界が全く利かなくなる。
背後の寄宿舎からの自動迎撃攻撃が続く中、サムカ熊がジト目になっている。
「おいおい……これでは視界が利かないぞ。私の赤外線〔探知〕は、爆炎の中では使えないのだが」
サムカ熊の目の前に小さな〔空中ディスプレー〕画面が発生して、座標情報が次々に表示された。併せてエルフ先生からの注釈がサムカ熊に届く。
(今はテラヘルツ波による〔探知〕に切り替えています。サムカ先生には使えない魔法ですので、私から探知結果の情報を流しますね。これで測位できるはずです)




