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召喚ナイフの罰ゲーム  作者: あかあかや & Shivaji
魔法学校へようこそ
7/124

6話

【掃除が終わって】

 そうこうするうちに掃除が終わったようで、ゾロゾロと飛族とオオワシが戻ってきた。

「終わりました、姐さんっ」

 声を揃えての口上に、キョトンとした顔のエルフ先生。目が水色の点になる。

「は? 今なんて言ったの?」


「我ら、飛族プルカターン支族は、今日よりエルフ先生の『舎弟』になりますっ。こいつらオオワシ族もですっ」

 代表者の鳥肌にされた羽なし飛族が、大声で宣誓した。先程、純血主義者のリーパットを敗走させた鳥肌の飛族のジャディだけは、凶悪な顔のままでそっぽを向いているが。

「よろしくお願いしますっ」

 再びの大合唱が、すぐ後に続く。


「え、え?」

 まだ、目を水色の点にしているエルフ先生。しかし飛族とオオワシは、勝手にドンドン盛り上がっていくばかりだ。

「あの、ライフル連射の腕前と、情け容赦ない度胸、最高っす!」

「ワシら2度も撃ち抜かれてゾッコンっす!」

 などなどと、ジャディを除いた440羽が口々に称えだし、オオワシは勇者の舞を群舞で踊り始めた。結構壮観な眺めである。


 サムカが冗談とも本気とも取れる口調で感想を述べた。

「ははは。これは大勢の部下ができて良かったのではないかね? クーナ先生」

 そしてマントを正し、折り目が正しくついている渋い色合いのズボンを軽くはたいて、埃を払った。〔防御障壁〕を解除していたので革靴にも土埃が薄くかかっている。

「さて、そろそろ時間だな。次回の授業で登録を確定することにしよ……」

「ち、ちょっと、サムカ先生っ」

 慌てるエルフ先生を見ながら、<ボン>と煙を上げて消えるサムカ。予定時刻よりも早く消えてしまった。まだ10分ほどは残っていたはずだったが。今回も運動場の土が丸く円形状に消滅したが、前回ほどではない。


「ちょっとーっ」

 地団駄を踏んでいるエルフ先生だ。その彼女を、ケラケラ笑って森の妖精のパリーが煽った。

「いいんじゃな~い~? 面白そう~」

 それらを一切無視して、「ズイ」とにじり寄ってくる440羽。こちらは大真面目の顔である。

「姐さんっ! 襲名は何としますかっ?」


「う、うるさあーい」

 エルフ先生がライフルを構えて乱射し始めた。

 慌てているのか、腰まであるべっ甲色の長い金髪が大きく広がって舞い上がっている。青や白、オレンジ色の静電気が髪のあちこちで弾けた。そういえば、杖の発光はまだ全く収まっていなかったのであった。まだまだ杖に残る魔力は上限あたりだ。

「私は、公務員だああっ」

 今度は、無差別に光の弾が飛び出していく。やっぱりオート射撃モードになっている。


「わあああっ」と、パニックになって散り散りで飛び上がり、森の向こうへ逃げていく飛族とオオワシ。それでも100羽ほどは、直撃弾を食らって撃ち落され気絶してしまった。 

 その中には、鳥肌ジャディと4人の生徒の姿もあった。


 校舎の方へも流れ弾が100発ほど飛んで行って、瓦礫や生徒に命中しているようだ。悲鳴が湧き上がっている。

 リーパットがエルフ先生に指さして何事か叫んでいるが、すぐに彼も撃ち抜かれてバタリと倒れてしまった。慌てて手下の狐族の生徒が、彼を抱きかかえて退避していく。外傷はなさそうだ。

 バントゥは周りの生徒たち十数名と共に、瓦礫の陰に隠れて丸くなっている。


 代わりにバントゥ党を守っているのは、取り巻きの1人で魚族の生徒だ。セマン顔ではなくなって魚顔になっているが、必死に〔防御障壁〕を展開してエルフ先生の無差別発砲の盾になっている。すぐに今度は狐族の生徒が瓦礫の中から立ち上がって、魚族の生徒に協力し始めた。

「チューバ君、僕も手伝うよ。魔法工学の力を見せてやろう」

 チューバと呼ばれた魚族の生徒が狐族の生徒に振り返り、深く頭を下げた。

「はい! ベルディリ級長。バントゥ先輩や生徒たちを、エルフの暴行から守ってみせましょう!」


 魔法工学の2人が手に持っているのは、〔防御障壁〕作成用の魔法具だ。それを両手に1つずつ持って2枚の〔防御障壁〕を発生させている。これはエルフ先生の光の精霊魔法にも対応できているようだ。きちんと機能していて、攻撃をしっかりと防御できている。


 他にも竜族の生徒が瓦礫を両手に持ち、それを盾にして狐族のバントゥを守っている。彼はソーサラー魔術のバワンメラ先生と一緒に竜巻に突撃をかけて……飲み込まれたはずだったが。戻ってきていたようだ。ただ、制服がボロ布状態で、全身が傷だらけである。


 そのバントゥが力強く、魔法工学の魚族のチューバと狐族のベルディリ級長に声をかけた。

「頼んだぞ! これ以上、学校を破壊されてはならない。魔法の混線は僕が何とか対処するから、存分にやってくれたまえっ」

 その魔法具を提供したと思われるドワーフのマライタ先生が、瓦礫の陰に隠れながら満足そうに笑っているのが見えた。赤いモジャモジャヒゲと白い下駄のような歯がよく見える。

「うむ。カカクトゥア先生の杖の術式解析を、こっそりやっておいて正解だったな!」


 ソーサラー魔術のバワンメラ先生は姿が見えない。まだどこかで気絶したままなのだろう。バントゥを守護している竜族の生徒以外の、ソーサラー魔術専門クラス生徒の姿も見当たらない。彼らもどこかで気絶しているようだ。


 一方、気絶したままのリーパットを背負った手下の狐族の生徒パランは、悲鳴を上げて瓦礫の中を右往左往して逃げ回っていた。その横ではティンギ先生がパイプを楽し気に吹かしながら、生徒たちを誘導避難している。


 力場術のタンカップ先生とノームのラワット先生がエルフ先生の乱射をまともに食らって、泡を吹いて倒れているのが見える。他の2人のウィザード先生は、瓦礫の陰に隠れてブツブツ文句を言っているようだ。


 警察部隊は全滅しており、法術のマルマー先生と専門クラス生徒たちが〔治療〕を行っている。放置していると、魔法適性がない者は死んでしまう恐れがあるためだ。おかげで、エルフ先生への非難轟々だ。マルマー先生が痙攣している武装警官に、豪華な杖を当てて〔治療〕しながら叫んでいる。

「あの糞エルフを何とかしろ! 〔治療〕が追いつかぬぞっ」

 法術クラスの級長である竜族の男子生徒が、マルマー先生の補助を務めながら、他の生徒たちに的確な指示を下している。

「症状別、重症度別に区分けする事を最優先にするんだ。1年生は軽症患者に専念。上級生も軽症患者から処置する事。重症者は俺と先生とで対処する。ラヤンさんには1年生の指揮を頼んだ。占道術も駆使して1年生への被弾も抑えてくれ」

 ラヤンと呼ばれた竜族の女子生徒が、尻尾で瓦礫を叩いて応じた。

「はい、スンティカン級長! 任せて下さい。おのれ糞エルフにアンデッド、余計な仕事ばかり増やして。許すまじっ」


 数十発の光の弾はパリーにも襲い掛かってきていたが、それらを全て〔防御障壁〕で受け止めている。そのパリーがヘラヘラ笑いをしながら一言。

「あ~あ~。無差別発砲はヤバイんじゃ~なぁい~?」

 自身の魔力支援過剰のせいだとは、全く思っていないようだ。しかし、この一言でエルフ先生が正気に戻った。

「う、わあ。大変っ! きゃあ、このコ、6発も食らってるーっ」


 我に返ったエルフ先生が、白目をむいて泡吹いて倒れているペルを抱き起こしてパニックになっている。エルフ先生自身もまだ混乱していて、全身から静電気の火花が散っていた。おかげで感電して、ペルのダメージが膨らむばかりである。

 その隣では、レブンが完全な魚頭に戻った姿で手足を痙攣していた。しかし彼はまだ軽症のようで、「アウアウ」言いながらも意識を保っている。


 それでも、ようやくエルフ先生による無差別射撃が終わった。校舎の中から、恐る恐る遠巻きに眺める先生、生徒たちと校長先生。法術先生もいる。

「大変なのは、我々なんですがね」

「ああ、全くその通り。あの暴走エルフめ」

「エルフ警察に苦情ですな」



「……あれ? 私どうなったんだっけ。確か、カカクトゥア先生に撃たれて……」

 ペルがエルフ先生の腕の中で意識を回復して、あたりをキョロキョロと見回した。まだ記憶と意識が霞がかっているが、それも急速に晴れてきているようだ。

 その様子を見ているエルフ先生が、ほっとした表情でペルに微笑んで空色の瞳を和ませた。一見すると機動警官が民間人を救助しているようにも見えるが、その警官が張本人だったりする。

「良かった。後遺症はないわね。ええと、サムカ先生の専門クラスのペル・バンニャさんね。立てる?」


 エルフ先生がペルを支えて、優しく立たせてみる。フラフラしているが大丈夫そうだ。

「ええと……はい。大丈夫です、カカクトゥア先生」

 ペルがエルフ先生の顔を見上げてにっこりと笑った。薄墨色の瞳に生気が戻る。

 隣で心配して見守っていた同級生のレブンも安心したようだ。マグロのような魚顔が、急速に黒髪のセマンの顔に変わっていく。エルフ先生の専門クラスの生徒であるミンタとムンキンもいて、同じように安堵の表情をしている。


 ほっとしたレブンがすぐに好奇心を露わにした表情と目の色になって、エルフ先生に手を挙げて質問を始めた。

「カカクトゥア先生! 先ほどの魔法は、精霊魔法系の治療術ですよね。法術とはどう違うのですか?」


 エルフ先生が口を開くより前に、生徒のミンタがドヤ顔になった。明るい栗色の視線を向けて、レブンの質問に答える。

「法術は信者から集めた法力場という魔法場で〔治療〕をするけど、精霊魔法の場合は、精霊や妖精から得るのよ。彼らを介して、ここにいる全ての生物から集めた生命の精霊場を使うってわけ。足りない分は、周辺の森から補うわよ」

 ムンキンも、ミンタの後ろでふんぞり返っている。

「カカクトゥア先生が使用した攻撃魔法は、光の精霊魔法だから、光速で敵の脳内を駆け巡るんだぜ。喰らってから〔防御障壁〕や回避魔法を発動しても手遅れさ」

 ともに上から目線の答えだったが、素直にレブンが礼を言う。


 エルフ先生もレブンに微笑んでから、自分のクラスの生徒たちに優しい目を向けて補足説明する。

「光の精霊魔法には、もちろん〔熱線〕や〔放射線〕といった直接攻撃のための魔法もあります。ですが、今回使用したのは、それではなくて精神攻撃の魔法ですよ。これなら相手に外傷を負わせることなく無力化できますからね」

 意識が完全回復したペルがエルフ先生に抱きついて、顔を見上げてうなずいた。

「はい。そうでした。体自体は何ともありません。撃たれた瞬間に頭の中に電気が走って、スイッチが切れたみたいに意識が真っ暗になりました」

 ペルの感想と体験はそのままデータとして、エルフ先生と居合わせた3人の生徒たちにも自動的に〔共有〕された。


 魔法使いは接触接続によって、相手の体験も疑似体験として読み込むことができるのである。もちろん、魔法適性による得手不得手があるが。

 通常は、この疑似体験を元に自分で練習をして、自身の魔法に組み込んでいく。そのため、ミンタやムンキンにレブンも後で自主練習を繰り返す必要がある。でないと、短期記憶と同じで忘れてしまう。


 一般的な魔法の教育方法はこの手法を採用しているために、魔法適性の有無が非常に重要になるのである。ほとんどの魔法や魔術に法術は、世界を形成している物理化学法則などの決まり事から逸脱した現象を引き起こす。そのため、一般の学習や訓練では習得できない。


 エルフ先生がペルの精神状態を改めて精査して、異常がないことを確認してからペルに話しかけた。少し離れたところには、まだパリーがいて大あくびをしているのが見える。癖のある赤髪の下の松葉色の目が、あくびのせいで少し潤んでいるようだ。原因のいくばくかはパリーにもありそうだが、誰も指摘していない。

「光の精霊魔法で、相手の脳内の神経回路と、神経伝達物質の分泌機能を〔操作〕するの。そうやって、強制的にパニック状態にさせるわけ。ペルさんが感じた、頭の中で電気が走ったという感覚がそれね。急激に脳内の情報負荷を上げて、処理能力を麻痺させる魔法だから」

 なかなかにエグイ魔法である。

「だけど、短時間だけパニック状態にさせる魔法なので、普通は後遺症なんかは出ずに回復しますよ。飛んでいる連中を撃墜したり、暴徒鎮圧の目的だったから、これで充分」


 レブンがポケットからメモ帳を取り出す。明るい深緑色の目を輝かせながら、ガシガシとメモを取り始めた。

 今はまだ大量の魔法が行使されている状況だ。特に、負傷者の〔治療〕を行っている法術の妨げになりかねないので、〔記録〕魔法を使うのを控えている。


 ペルは薄墨色の目を丸くして、黒い縞のある両耳をきっちりとエルフ先生の口元に向けて聞き入っている。

 ミンタは既に知っているのか余裕の表情だ。頭の金色縞と、顔じゅうの細いヒゲ群を、手袋をした右手で拭いている。尻尾の動きも両者対照的である。


 メモすることに集中しているレブンの隙をついて、ムンキンがエルフ先生に質問をしてきた。好奇心の光を宿した濃藍色の両目が大きく見開かれている。柿色の尻尾も8ビートのリズムで地面を叩いている。

「カカクトゥア先生。ということは、もっと強力な精神攻撃魔法もあるということですよね。後遺症が出てしまうくらいの」


 エルフ先生が空色の目を少し曇らせ、苦笑気味にうなずいた。

「そうですね。〔記憶操作〕までするような魔法もありますからね。エルフ世界では、意図的に人工的な偽の記憶を作って、それを強制的に相手に記憶させる魔法もあります。よく使用されるのは、偽の恐怖記憶の植えつけですね。恐怖で体を竦ませて無力化させる魔法です。犯罪を繰り返すような悪質な相手に対して使ったりしますよ」

 結構怖い話をするエルフ先生だ。生徒たちも思わず身震いしている。


 その表情を見て、エルフ先生が微笑んだ。

「でも、こういった魔法は、警官だけの個人の判断では使用許可は出ません。光速通信を介して警察本部からの使用許可を得ないと使えない仕組みです。ですので、学校の授業では教えることはできませんよ」

 とたんに、ガッカリするミンタとムンキンであった。ペルとレブンが軽いジト目になって、2人の丸まった背中を見つめる。


 エルフ先生が「コホン」と軽く咳払いをした。

「そもそもこの世界には、ブトワル警察分署はありません。タカパ帝国の警察でもこのような魔法を扱えるシステムは構築していません。この世界に安全システムがない以上、教えられないわね」

 非常に残念がるムンキンである。尻尾を地面にバンバンと叩きつけている。レブンも男の子なので、がっかりしているようだ。なお、エルフ先生はエルフ世界のブトワル王国にある、ブトワル警察から教師として赴任している。


 キラリと空色の瞳を光らせるエルフ先生。

「しかし、これらの精神後遺症を受けた人を〔治療〕するための魔法は、教えることができますよ。同じ〔精神操作〕魔法ですが、使い方が異なると正反対の効果を出すのです。後日、学習状況を見ながら、時間に余裕があれば教えることにしましょうか」

 一転して、踊りだして喜ぶムンキンとレブン。ミンタとペルも顔を見合わせて微笑みあった。


 にわかに興味を抱いたのか、ミンタがエルフ先生に詳細を聞こうとペルの手を引いて顔を近づけてきた。

「カカクトゥア先生。偽の記憶とおっしゃいましたが、それって雛形というかパターン化されたものがあるんですか?」

 エルフ先生が空色の瞳に、落ち着いた光を浮かべてうなずく。

「そうですよ。基盤記憶と呼ぶものです。心的外傷のパターンに応じていくつか形式があります」


 基本的には、このようになる。

(これから危険な事が起こりそうだ)と予想させるような現象を脳内で提示する。そして、(それを見越して危険を回避し、実際に何も起きなかった結果と共に安心する)という偽の経験と記憶を魔法を使って行う。

 さらに、これを魔法で高速反復学習させていく事で、心的外傷を負った神経回路を正常化させる、というものだ。(危険に遭遇しそうになったけれど、回避した、問題ない)という回路の強化だ。

 同時に、脳内神経伝達物質の分泌量も魔法で制御して、過剰な興奮を抑えて正常化を促進させる。


 治療できたかの判断は、同じ危険予測を想起させる刺激を与えて、脳内での神経回路の反応量を定量すれば第三者の視点で分かる。心的傷害の克服中は値が高いのだが、克服すると平常値のままで推移する傾向になるのだ。


 エルフ先生がやや自虐的に、瞳の色を曇らせながら微笑んだ。

「兵器級の〔精神攻撃〕魔法に対しては、歯が立ちませんけれどね。治療するよりも破壊する方が簡単ですから。ですので万一、そんな非人道的な広域〔殲滅〕魔法を〔察知〕したら一刻も早く離脱するか、自動〔蘇生〕魔法の術式を遅延発動させた方が良いでしょうね」

 兵器級の〔精神攻撃〕魔法の中には、人を殺す事を目指す種類の他に、死ぬよりも酷い行動を強制させる種類もある……らしい。

「いったんすぐに死んで、精神状態をリセットさせて〔蘇生〕した方が、周りに迷惑をかける恐れもありません。脳死に至らない心肺停止状態まででしたら、〔蘇生〕魔法や法術が使えますからね」


 そして、さらに自虐的に微笑んで追加した。空色の瞳がさらに曇る。

「……とは言え兵器級魔法では、そのような回避方法を織り込んで無効化しているものも多いですね。とにかく逃げた方が確実ですよ。〔テレポート〕魔術を同時起動させた方が良いでしょうね。あなたたち1年生も、そろそろ履修するはずです」

 エルフ先生の話に、思わず冷や汗をかいて聞いていた生徒たちだ。


 レブンがメモをガシガシとりながら、更にエルフ先生に質問してきた。

「すいません、もう1つだけよろしいでしょうか。テシュブ先生がおっしゃっていたのですが、『世界間移動魔法』というのは、先生方も利用されていますよね。どんな感じなんですか?」


 エルフ先生が少し首をかしげて考えた。かしげた側の細い耳先が、ゆっくりと円を描いている。

「そうですねえ……あれは古代語魔法ですからね。今の魔法とは異質ですので、私も特に何も〔察知〕できませんね。術式も量子暗号化されていて〔解読〕できませんし。大きなゲートがあって、それを普通にドアをくぐる感覚で世界を行き来できますよ」


「へえ、そうなんだ……」と聞き入る生徒たちだ。エルフ先生が曖昧な笑みを口元に浮かべる。

「……ですが、古代語魔法ですから、術式詠唱に非常に時間と手間がかかりますね。エルフ世界でも、あの術式をスラスラと唱えることができる人はいないでしょう。恐らくは魔法世界でも同じだと思います」


 ここでエルフ先生の空色の瞳が、いたずらっぽい光を放った。口元の端も少し持ち上がっている。

「精霊魔法でも、最近では映像と音声だけは異世界へ送ることができますよ。向こうの人と会話もできます。これだけできれば、わざわざ異世界へ出向く必要性も低くなりますね。実際、異世界間の移動魔法を使うのは、食料品などの貿易業者と、出稼ぎ労働者くらいですよ」

 エルフ先生の瞳が軽いジト目気味になっていく。

「ゲートの管理人が、アンデッドの生意気な禿頭リッチーだというのも大きなマイナス要因ですけどね」


挿絵(By みてみん)


 樽のような体型の小人の中年男が、ガハハ笑いをしながら歩いてやってきた。ドワーフのマライタ先生だ。

 ペルたちよりも身長は30センチ高い125センチほどだが、当然ながら145センチのエルフ先生よりは低い。両腕も丸太のように太く、筋肉で盛り上がっている。ただ、背が低いせいもあり、筋肉量はウィザード魔法の力場術タンカップ先生ほどではない。

 衣服は丈夫そうな作業着でツナギ服みたいな上下一体型であるが、下品な印象は全くない。靴も丈夫そうな作業靴である。ごつい手袋には針のような突起や極小のパッチがあり、それらが独自に動いている。


 そのような服装の上に乗っているドワーフの頭は、やはり煉瓦色の赤い癖毛だ。あごヒゲと口ヒゲが頭髪とつながって一体化している。太いマジックで描いたような眉も、ついでに一体化してつながっている。

 その「ガハハ」と笑う口からは、下駄のような大きな白い歯がズラリと並んで見える。虫歯は1本も見当たらない。酒をよく飲んでいるせいなのか、顔も赤みが強い小麦色だ。その赤ら顔の真ん中には、大きな鼻がドンと鎮座している。


 顔だけを見れば、何かのモンスターにすら見える。しかし、黒褐色の瞳は知性溢れる輝きを宿し、好奇心の光も同時に強く放っていた。

「よお、カカクトゥア先生。壊れた校舎の応急対策を手伝ってくれや。俺のアンドロイドとラワット先生の大地の精霊だけでは、ちょっと時間がかかるんだ。水か風の精霊でいいからよ。ナジス先生もゴーレムを操ったりしてるんだけど、数が足らん」


 がに股で歩くマライタ先生の背後に見えている壊れた校舎では、既に岩塊を適当につないだ姿の大地の精霊群が取りつき、アンドロイド隊と共に校舎の応急補強をせっせと行っていた。

 生徒たちは治療を終えた警察部隊によって、やっと半ば強制的に退場させられていた。今頃は背後の寄宿舎に入っている頃だろう。法術のマルマー先生と生徒たちも引き上げたようで、姿が見えなくなっていた。


 1人の三角帽子をかぶった小人が、校舎のそばに立って精霊を指揮しているのが見える。彼がノームの先生だ。他には教員宿舎のカフェや事務室で見かけたゴーレムが数体、かなりぎこちない動きで復旧作業をしている姿も見える。


 エルフ先生が素直に応じる。

「そうですね、分かりました。飛族とオオワシたちがゴミ掃除をしてくれましたが、応急措置は必要ですね。ここで校舎が崩壊すると、授業がまた1週間以上もできなくなりますし」

 ライフル杖ではない普通の簡易杖を取り出して、精霊語で何か詠唱した。たちまち何本ものつむじ風が巻き起こり、地中からはスライム状の液体が湧き出してきた。それらに仕事を命じるエルフ先生である。


 マライタ先生が大きな白い歯を見せ、黒褐色の目を細めて微笑んだ。

「助かるよ。ラワット先生が樹脂やモルタルを錬成しているから、それを補修箇所まで運んでくれ。大地の精霊や俺のアンドロイドでは、高所作業は苦手でね。ゴーレムもプログラム以外の仕事は、ちょっと無理っぽいんだ」

「分かりました」

 エルフ先生が、詳細な行動術式を水と風の精霊群に入力していく。


 その間に、マライタ先生が4人の生徒たちに赤ら顔を向けた。

「よお。魔力支援ご苦労だったな。世界間移動魔法の話をしていたようだが、実は俺たちドワーフも世界間移動ができるんだぜ。もちろん『魔法ナシ』でだ」

 意外なことにペルが真っ先に食いついてきた。墨色の瞳が強く輝いて、黒毛交じりの尻尾がブンブンと振られている。

「そ、そうなんですか? すごいなー。どうやっているんですか?」

 ミンタとムンキンは首を少しかしげてペルを見ている。レブンも同様だ。


 マライタ先生がそんなペルの黒い縞が3本走った頭を、「ポンポン」と軽く叩いて「ガハハ」と笑った。色々飛び出ている手袋なのだが、ペルの頭には刺さらなかったようである。

「魔法を使わないドワーフ科学が、ペル嬢は本当に好きなんだなあ。『時空の裂け目』っていうのがあってな。こいつが色々な世界の間に走っているんだよ」

 エルフ先生を無視して勝手に話し始める。

「もちろん裂け目自体は、俺たちが通り抜けられるほど大きくないんだけどな。だが、情報は流すことができるんだ。情報はエネルギーだから、送った先の世界で物質化できる。で、それを元にしてクローンを作るんだよ。後は、そのクローンに意識をインストールすれば完了だ。実は、俺のこの体もクローンなんだぜ」


 これにはエルフ先生も驚いた様子であった。集中力が散逸したのか、精霊群への行動術式の入力速度がかなり落ちている。が、何か言うことはせず、振り向きもしていない。

 生徒たちも、もちろん驚いている。本人だと思っていたのがコピーだったとは。


 マライタ先生は気にする様子もなくガハハ笑いを続けている。ペルの好奇心の薄墨色の目がさらに輝いていくのが、誰の目にも明らかになっていた。

「あ、あの! それで、意識のフィードバックによる副作用などはないのですか? 自分が何人も同時に存在して、様々な世界からの情報をリアルタイムで並行処理しているんですよね」


 赤ら顔で赤い煉瓦色のモジャモジャ髪とヒゲのマライタ先生がニヤリと笑って、ペルの小さな肩を「ポン」と叩いた。

「副作用なんか対処済みだ。魔法なんかよりも確実に対処できるからな」

 ドワーフのマライタ先生に言わせれば、得体の知れない古代語魔法に頼って世界間移動を生身でする方が危険この上もないという事だった。確かにドワーフの手法であれば、向こうの世界で何か起きても通信を切れば良いだけだ。本人はドワーフ世界にいるから、何ともない。


 最近は、セマンもドワーフのシステムを使うようになってきたらしい……と話すマライタ先生だ。

「向こうの世界で見つけた財宝なんかも現地で情報化すれば、セマンの世界まで暗号通信で送って、復号してから物質化して復元すればいい。まあ、膨大な量のエネルギーとクローン作製設備が必要だから、この方法は物凄い金食い虫なんだけどな。簡単にホイホイと量産できるわけじゃない」


 エルフ先生がジト目になった。ようやく精霊群への入力が終わって起動させる。

「なるほど。道理でエルフ世界に忍び込んだセマンを捕まえても、すぐに消えてしまうわけですね。消えるっていうか、現地作製クローンの自己分解だったんですね。犯罪幇助はんざいほうじょで世界間問題に発展しますよ」


 しかし、マライタ先生は「フフン」と鼻で笑っただけである。大きな鼻が一層存在感を主張した。

「魔法じゃないからな。証拠なんか残らない。魔法場の残滓なんかないから、エルフも魔法使いも手掛かりをつかめないさ」

 ドヤ顔になっていく。

「現地製造したクローンも、本人とはゲノム情報がちょっとだけ装飾部分で違うから、本人認証の対象外だしな。『他人の空似』ってやつだ。それに時空の裂け目も、絶えず生成と消滅を繰り返している」

 そしてキメ顔でニヤリと笑った。モジャモジャの赤ヒゲが意外とサマになっている。

「魔法なんかに頼っている素人じゃ、追跡なんか無理だ。あきらめろ、ガハハ」


「ぐぬぬ……」と唇をかんでいるエルフ先生を放置して、マライタ先生がペルの顔を再び見下ろした。

 ミンタとムンキンもエルフ先生側についてマライタ先生に抗議しているが、やはり当然無視されている。レブンはメモとりに必死のようだ。

「ペル嬢。貴族の先生がさっき言ってたけどな。魔法適性ってのは、君ら獣人族にはかなりあるもんなんだぞ。ドワーフとしても、魔法が使えれば便利だとは思うことは多々あるが、俺たちには魔法適性が全くないんだよ」

 先ほどとは打って変わって、真摯な表情である。

「俺たちドワーフに比べたら、君ら獣人族はすごく恵まれているってこった。数は少ないとはいえ、魔法適性のある者がいるんだからな」


 ペルがじっと、マライタ先生の知性溢れる黒褐色の瞳を見つめている。サムカの授業により、ある程度は自信を得ているおかげなのか、先日のようなオドオド感は見られない。

「はい。私もテシュブ先生に引き出されるまでは、自分の中の魔力や適性を知覚できていませんでした。きっかけさえあれば、魔法が使えるようになる私たちの仲間って……実はもっと多いのかも」


 それには同意するミンタとムンキンである。

 彼らもサムカによって魔法がいきなり使えるようになったペルとレブンのことは、その後の様々な授業を通じて、その目で見て実感していた。エルフ先生も同感のようである。


 すでにエルフ先生が呼び出した風と水の精霊群は、半自動で作業をしている。今は特にこれといった監視や操作は必要ない。そのため、今度はノーム先生がこちらへ向かってテクテク歩いてきているのが見えた。暇になったらしい。


 マライタ先生がガハハ笑いをしながら、ペルの小さな背中を《バンバン》叩いている。本当に叩くのが好きなようだ。もちろん、ドワーフの本気パワーでは叩いていないのは言うまでもない。

「一般の魔法や魔術、法術を使う際には、脳の大脳皮質が主に働くんだが、その神経細胞の数はざっと160億もある。しかしだな、実際に関わっている主力細胞数は、せいぜい2割だ。この2割の神経細胞がグループ化してフィードバックしつつ強固な機能を形成している」


 エルフの精神攻撃魔法や、ウィザード魔法幻導術に、精神系のソーサラー魔術を食らっても、しばらくすると回復できるのはそのおかげだ。一部分を破壊されても、全体は破壊されずに機能を維持できる仕組みになっている。

 さらにその2割の細胞も7種類ほどに分けられているので冗長性を高レベルで保っている。予備回路が7本あると思えばいい。


 ここでマライタ先生がニヤリと笑った。

「兵器級の〔精神攻撃〕魔法では、脳内で連鎖誘爆する術式も使っているがな。一撃で2割の細胞が全滅することもあるようだ。とんでもねえよなあ、エルフってよ」

 エルフ先生が口をへの字に曲げてジト目になった。そんなエルフ先生を無視して、マライタ先生がペルの背中を叩きながら話を続ける。

「で、だな。君ら獣人族は、その主力細胞が2割以上ある場合が多いんだ。3割に達する場合も多い。人間や俺たち亜人と比べて感覚器官も鋭敏だし、各種魔法場を〔察知〕する能力は高い。だから魔法適性がある者は、より多くの魔法や魔術、法術を同時に習得できる芸当ができるんだな」


 しかし、そんなマライタ先生の長い説明も、栗色の瞳を暗く光らせてジト目になっているミンタには効果がなかったようだ。

「そんなこと、とっくに授業で習ったわよ。生徒に自信と誇りを植えつけるために1年生の最初の授業で教えられることだし、それ。入学したばかりで不安な精神状態じゃ、魔法を習得するのは非効率だしね」


 ばっさりと言い切ったミンタに、慌ててペルがすがりついて取り繕う。

「ミ、ミンタちゃん! そんな言い方しちゃダメだよ。先生だって、そんなことくらい知っていて話してくれたんだよ」

 ムンキンもミンタに同調しかけていたが、ちょっと忘れていた所があったらしい。ミンタほどの勢いは自制しているようだ。レブンは一心不乱にメモを取り続けている。


 エルフ先生も生徒たちの様子を横目で見ながら、空色の瞳を細めて口元を少し緩めた。

「そうだったわね。私たちと比べても魔法に親和性が高いのよね。魔法適性を示す割合が人口比でとても低いから、すっかり忘れていたわ。ドワーフのマライタ先生、ご指摘感謝します。私も忘れていたせいで、ペルさんとレブン君の魔法適性を完全に見誤っていました」

 そして、改めてペルとメモ取り中のレブンに、空色の瞳を向けた。

「ごめんなさいね。固定概念にとらわれていて、あなたたちの将来を危うく潰すところでした」


 ペルがひっくり返ったように驚いて、慌ててエルフ先生の謝罪を制止する。

「カカクトゥア先生! そんなこと仰らないで下さい。私たちも自覚していなかったのですから」

 レブンもメモ帳を放り出してエルフ先生の手を取り、やや魚顔になった顔で見上げた。

「そうですよ、先生。まさか他の魔法適性もあるなんて、僕たち、あの時まで想像もしていませんでした。謝罪なんか必要ありませんよ」

 ミンタとムンキンが「アワアワ」して、どう反応するべきか混乱している。


 その間にマライタ先生が手を上げて、エルフ先生の背中を叩いた。

「そういうこった。気にすんな。魔法なんだぜ。わけが分からんことしかない代物なんだ、気にしていたらキリがないぞ」

 そう言われて、微妙な表情になるエルフ先生である。

「……ドワーフに言われるなんてね。魔法全否定だけど、この場は有難くその言葉をちょうだいします」


 いつの間にか空気を察したのか、パリーがヘラヘラ笑いを満面に浮かべながらヒョコヒョコ不自然な歩き方をしてやってきた。

 ウェーブがかかった赤い髪先がその不自然なリズムに乗って、腰のあたりで踊っている。背丈は130センチあるので、マライタ先生やノーム先生よりも高い。しかしやはり人ではない妖精のせいか、ヒョコヒョコ歩きすると非人間性というか異質感が表に出てくる。

「んー? なになに~?」


 エルフ先生が呆れ顔になりながらも少し怒った表情になって、パリーとマライタ先生を見据えた。さらに、ニヤニヤ笑いを口元に浮かべながらこちらへ歩いてくるノーム先生にも、同じ視線を送った。

「もう。用事がないなら、森に帰りなさいよパリー。先生方もお暇でしたら、他にするべきことがあるでしょ」


 ドワーフのマライタ先生とノーム先生が顔を見合わせたが、それだけだった。マライタ先生が白い歯を見せながら丸太のような腕を組む。

「そうでもないんだな、これが」


 エルフ先生が確かめるまでもなく、生徒たちの避難誘導は校長たちがやっており警察も手助けしていた。

 ケガ人の〔治療〕は、法術のマルマー先生とソーサラー魔術のバワンメラ先生が、専門クラスの生徒と共にやっている。じきにウィザード魔法招造術のナジス先生も、ゴーレムの行動術式の修正作業が済めば〔治療〕に加わるだろう。

 力場術のタンカップ先生は瓦礫撤去をしている。幻導術のプレシデ先生は、入り乱れる魔法の交通整理で大変そうだ。


 エルフ先生が大よその状況を把握した。すぐにマライタ先生がニヤリと笑う。

「だけどワシらは、アンドロイドや精霊を半自律起動させた後は、やることなんかない。邪魔者になるくらいなら、こうして遊びにきた方が有意義ってもんだ」


 ノーム先生もようやく皆が集まっている場所へ合流し、大きな三角帽子を揺らして同意した。

 身長はマライタ先生よりも低く、校長よりも少し高いくらいか。意外に白い白銅色の肌をしていて、大きな三角帽子から垂れている白蕎麦色の銀髪はまっすぐに腰まで伸び、パリーと違って充分に手入れが施されている。

 いかにもノームらしい銀色の垂れた眉に口ひげ、あごヒゲの手入れも充分だ。これも隣のマライタ先生と大違いである。腰まである長めの杖を持ち、つま先が丸まったブーツを履いて、教師らしいスーツ姿だ。見た目は50代というところだろうか。

「そういうことだよ。カカクトゥア先生。授業も今日は終了するしかなさそうだし、暇になった。何か面白い事件は起きていないのかい?」

 50代の風貌らしからぬ若々しい声で、エルフ先生に聞くノーム先生である。


 エルフ先生が空色の瞳で軽く睨みつけて、ノーム先生に反論した。

「そう簡単に騒動が連続してたまりますか」

 しかし、すぐに「ハッ」となって、逃げ去った飛族やオオワシ族が戻ってきていないかと慌てて上空を見上げて確認する。いない様子だ。


 その仕草を見て、ヘラヘラ笑いを続けるパリーがエルフ先生に横から抱きついた。

「だいじょ~ぶよ。あれだけ撃たれたら~今日は仕返しにこないわ~。鳥頭だから~明日になったら分からないけど~」

 妙に間延びした、歌うような話し方である。しかし、歌声自体はかなりの美声といえよう。

「それより~。暇ならちょっと~お願いがあるんだけど~」


 すぐに反応して話に食いついてきたのはノーム先生だった。

「なんだね? 森の妖精さん。今なら、結構何だってやっちゃうよ。精霊魔法の使用許可を本国から得ているからね。ついでに1つや2つくらいは余計な魔法も使えるよ」

 ノーム先生が銀色の垂れ眉を持ち上げて、口元のヒゲをユサユサ動かしながらパリーに話を促す。ノリノリである。

「じゃあ~お願いする~」

 パリーもノリノリである。


 エルフ先生の空色のジト目が更に暗い色合いになっていくのが、ミンタとムンキンにも明らかに見えた。

「パリー、あなたね……」

 エルフ先生が口を開いたが、構わずにパリーが話し出す。

「森の中には~いくつも泥炭沼があるんだけど~その1つでね~セマンの盗賊みたいなのが~発狂状態で~暴れてるのよ~。一応、小人だし~殺す前に相談しよっかな~と思ってるの~」

 歌うような話し方で美しいアルト声なのだが、物騒な話をいきなりしてくるパリーであった。赤いウェーブ髪が可愛らしく揺れているので、さらに始末が悪い。


「は?」

 目が青い点になっているエルフ先生である。

 ノーム先生が口元のヒゲを片手でつまみながら、〔空中ディスプレー〕を出現させた。魔法でつくった厚さや重さのない画面である。マンガの『吹き出し』のようなものだ。

「……どれどれ。ああ、確かに泥沼の中でセマンが1人暴れてるな」

 確かにパリーの言う通り、訳の分からない雄叫びを上げながら剣を無茶苦茶に振り回している小人の姿が映っていた。森の動物の鹿や野牛、猿などの群れが、悲鳴を上げて逃げまどっている。

 その中には、猿顔と猫顔の原獣人族も混じっているようだ。狐語で何やら叫んでいるのがかすかに聞こえ、相当に迷惑しているようである。


 エルフ先生や生徒たちが皆、そのディスプレー画面に顔を寄せて首をかしげた。

「なんでこんな場所にセマンがいるのよ」

 ミンタが呆れた表情で指摘すると、マライタ先生が意味深なニヤリ笑いを浮かべた。ついでに、太くて赤いゲジゲジ眉を上下に動かしている。さらについでに、顔を覆っている煉瓦色の赤いモジャモジャヒゲも、ワサワサと動いている。

「ああ。こいつはクローンだな。この森で何か探索してたんだろ。で、その剣をどこかで見つけたんだが、呪いか何かが剣にかかっていて、それを食らってしまったんだな。よくあることだよ」

 クローンと聞いて、にわかに興味を持つ生徒たちだ。


 マライタ先生がニヤニヤしながら話を続ける。ドヤ顔になっていく。

「セマン本人は緊急安全装置が働いているから意識が離脱して、元のセマン世界へ強制避難してるはずだ。ここに残っているのはクローンの抜け殻だな。しばらくすれば残っている意識も消えて、ただの死体になるよ。このセマンは大赤字になっただろうな。多分、一生かかっても支払いきれないぞ」


 エルフ先生が露骨に不快な表情になった。日焼けした白梅色の顔の眉間に、くっきりと縦の刻みが入る。同時に、べっ甲色の金髪から数本ほど静電気の火花が散った。

「まったく、ドワーフって。セマンもセマンですね」


 しかし、なおも狂ったように暴れているセマンを見て、憐みのため息をつく。髪に走る静電気も消える。

「しかし……『呪いの剣』って、またずいぶんと古風な武器があったものですね。美術品的な価値しかないでしょうに」


 ノーム先生も銀色の口ヒゲを撫でながら微妙な表情をして、画面を見つめていた。が、急に真面目な表情になった。三角帽子をとって、さらに画面に顔を寄せて呻く。少し慌てているようで、小豆色の瞳の色が少し濁っている。

「うむむ。この剣の素材は、恐らくは『大深度地下』産の鉱物ですな。早急に破壊粉砕して希釈しないと、やっかいなことになるかも」

 マライタ先生が赤いゲジゲジ眉を大きく跳ね上げて、すぐに反応した。黒褐色の瞳が好奇心の光で輝く。

「え? そうなのかい? 大深度地下の鉱物だったら欲しいな。希少金属である場合が多いんだよ」


 レブンが次に早く反応して明るい深緑色の瞳をノーム先生に向け、手を挙げて質問した。このあたり律儀である。

「ラワット先生! 大深度地下の鉱物ということは、有害物質ですよね」

「うむ。その通り」

 ノームのラワット先生が即答した。急に不安そうな表情になったエルフ先生やパリー、4名の生徒たちに、やや濁った小豆色の目のまま、興奮気味の早口で説明する。

「大深度地下は、こことは環境が全く異なるんだよ。その鉱物は放射線を放つことが多いんだ。また生物毒性も高いことが多くて、降雨によって溶け出して被害を広げる恐れがある。泥炭池の場合、池全体が毒の池に変わる恐れすらある。これらの無害化処理をしないと……あ」


 画面の中で暴れていたセマンが、泥炭池の中から飛び出してきた巨大なミミズみたいな化け物に、ひと呑みにされてしまった。あっという間に噛み砕かれて、血吹雪と肉片が化け物の口から噴き出す。

 結構ショッキングな映像なのだが、パリーはため息をついただけだった。

「あ~あ。食べられちゃった~。アレは~大深度地下の~大地の精霊だね~」

 生徒たちと先生方の視線が、一斉にパリーに向けられた。捕食の場面を生中継で見てしまったので、かなり目が泳いでいるようだが。


 しかし、パリーは意に介せずにヘラヘラ笑いながら話を続ける。

「泥炭池って~燃料とか~色んなものが合成されるのよね~。それって美味しいらしくて~大深度地下の大地の精霊が~時々食べにやってくるのよ~。そこに希少鉱物とやらがあったら~そりゃ食べるよね~」


 確かに、セマンを剣ごと丸呑みにした巨大ミミズ状の大地の精霊は、いきなり元気になって池の中で大暴れを始めた。泥が盛大に周辺の森の中に飛び散っていく映像が映っている。

「クーナあ~。セマン死んじゃったけど~、別にいいよね~。クローンみたいだし~。それより~この暴れん坊を追い返してよ~。これじゃ~森が泥だらけにされちゃうわ~」


 腰までまっすぐに伸びている、べっ甲色の金髪を、エルフ先生がサラッとかき上げた。そして、簡易杖をディスプレーに向ける。空色の瞳はジト目のままだが。心の動揺を精神の精霊魔法を自身にかけて抑え、「コホン」と小さく咳払いをした。

「……そうね。じゃあ、光の精霊魔法でも撃ち込んでみましょうか」

 言うや否や、杖の先が光った。光の軌跡は周辺に粉じんがないので、今回は見えない。


 次の瞬間。ディスプレーに映っている巨大ミミズが弾け飛んで空中に舞った。命中したらしい。そのまま、盛大な泥しぶきを上げて、泥沼の中に潜り込んで逃げ去ってしまった。


 静寂が戻ったのを確認したノーム先生が、銀色のあごヒゲを撫でながら満足そうにうなずいた。彼もエルフ先生と同じように、自身に魔法をかけて落ち着いている。

「……うむ。大地の精霊は地下深くへ逃げ去ったようだ。さすが光の精霊魔法だな。大深度地下の大地の精霊は闇の影響を強く受けているからね、光の精霊魔法は天敵なんだよ。もう安全だ。池の汚染も大したことないようだね。数日間ほど水質浄化の魔法を使えば、特に問題ないだろう。僕が後でやっておくよ」


 それを聞いたパリーがヘラヘラ笑いを浮かべながら、ノーム先生とエルフ先生に礼を述べた。

「よろしく~。じゃね~またね~」

 踊るような足取りでヒョコヒョコと森の中へ帰っていく。



 パリーが森の中に消えたのを確認してから、エルフ先生が生徒たち4人に顔を向けた。彼らにも精神の精霊魔法をかけて落ち着かせる。すぐに効果が出たようで、狐族のパタパタ踊りと、竜族の尻尾ドラム、魚族のマグロ化が収まった。

「それじゃあ、あなたたちも寄宿舎へ戻りなさい。多分、明日までには校舎の補修も完了するでしょう。明日の授業の予習をしっかりとしておくこと。いいわね?」

「うへえ……」となる4人の生徒たちであった。


 メモ魔のレブンが首を少し傾げてノーム先生に手を挙げた。まだ少し、手袋の指先が震えているようだ。

「ラワット先生。どうしてそんなに大深度地下の大地の精霊について詳しいのですか? 確か、この精霊って未知の精霊なんですよね。ノームでも完全には使役できないとか」

 ギクリとした表情を一瞬だけ見せたノーム先生だったが、すぐに先生らしい余裕を持った対応になる。

「……ノーム世界での研究も日々深まっているからね。地下深い場所の精霊の動きは、意外に、どの世界でも共通していることが多いんだよ。まあ、そうでないと、この地球の元素組成から異なってしまうから当然なんだけどね」

「ああ、なるほど……」

 納得してメモするレブンである。ミンタだけは少し怪訝な表情になっているが。しかし、何もノーム先生には言わないで、ペルたちに顔を向けた。

「それじゃ、戻ろっか」




【ガーゴイル】

 サムカが治める領地があるウーティ王国は、亜熱帯の高原にある。ここでは雨季と乾季の他には、これといった季節の変化を感じることはない。それでも日差しはすっかり夏の厳しいものではなくなり、秋の物寂しくも明るいそれに変わっていた。

 北方にある大陸では寒気が発達したのだろう。北のほうから越冬のために渡り鳥ならぬ、渡り魔族が飛来する時期である。一般にはガーゴイルと呼ばれている連中で、オーク住民が飼育している鶏や豚を好んで襲うという困った事をする。


 当然サムカが指揮して、騎士やアンデッド兵士を動員しての恒例の大規模な掃討作戦が行われることになった。今回からはオーク自治都市の自警団からの選抜部隊も参加している。

 隊列を整えての、対空戦闘の準備が完了していた。今はアンデッド‐オーク軍と、上空を旋回しながら汚物を撒き散らしてからかうガーゴイル軍団が睨み合っている。


 騎士シチイガも上空のガーゴイルの群れを睨みつけている。

「連中は空高く飛んで、上空から魔術攻撃をしますので面倒ですね、我が主」

 サムカと騎士は愛馬に乗っていて、2人が羽織っている渋い色合いの黒茶色のマントが秋の風にたなびいている。鎧や兜は装備しておらず作業着のままだ。愛馬も普通の鞍である。

「そうだな」

 サムカが答えて、上空で旋回している千羽余りのガーゴイル群を山吹色の目で追う。


 1羽1羽当たりの胴体の大きさは、オークの子供くらいはあるだろうか。広げると3メートルにも達する、大きなセメントのような色合いの皮翼を羽ばたかせている。もちろん、その程度の翼では実際に飛行することは困難であるが、そこは魔族の魔術が発動されているのだろう。飛族と同じである。


 ガーゴイル群から雨のように撒き散らされる汚物は、サムカたちが展開している広域の〔防御障壁〕に当たって消滅していく。が、悪臭は完全には消えない。オーク兵もさすがに辟易しているようだ。意外と知られていないが、オークは嗅覚聴覚が鋭敏でキレイ好きである。


 ガーゴイル群の動きに変化を認めたサムカが、騎士シチイガに向かって指示を出した。秋の日差しに照らされた白磁の顔が、切りそろえた錆色の髪と共に輝く。山吹色の瞳に宿る光が鋭さを帯びた。

「奴らの魔術といっても、大したものではないがね。〔分身〕魔術さえ封じれば対処も楽になる。よし、こちらと一戦する気になったようだ。弓隊、射撃準備。シチイガと私は〔攻性障壁〕を展開するぞ」

「は、我が主の御意のままに」

 瞬間技で騎士シチイガが剣を抜き、渋い色合いの黒茶色のマントが大きくひるがえった。

 同時に背後に控えている約100体のアンデッド兵が一斉に矢を強弓につがえて、引き絞った。《ギギギギギッ》という音が響き渡る。

 その後ろに整列した、500名ほどもいるオーク兵たちも一呼吸ほど遅れて弓を引き絞った。統制はとれているほうなのだが、それでもアンデッド兵の精密機械のような一斉動作には及ばない。弓を引き絞る音にも少し緩みが感じられる。


 上空で黒い雲のようになって旋回していた1000羽余りのガーゴイル群が、鋭角な角度で急旋回する。かと思うと、一糸乱れぬ完璧な隊列のまま、一斉にサムカたちに襲い掛かってきた。

 同時にソーサラー魔術で、炎の玉を2000個も発生させて空襲を仕掛けてくる。1つ1つの炎の直径が2メートル程度もあって温度も高そうだ。

 それらが重なり合い明るいオレンジ色に輝いて、誘導弾のような正確さでサムカたちに降りかかってきた。炎が重なり合っているので、巨大な炎の壁が落下してくるようにも見える。


「〔攻性障壁〕を開放せよ」

 サムカが一言告げると、騎士シチイガが剣をガーゴイル群の方向へ向けた。同時に展開していた〔防御障壁〕が変化し、ガーゴイル群が放った炎爆弾にぶつけられる。巨大な闇の障壁は瞬時に2000個もの炎玉を〔消去〕して、なおも上昇し、そのままガーゴイル群本隊に衝突した。

 ガーゴイルもそれぞれ〔防御障壁〕を展開していたのだろう。双方の障壁が激しく反応して1000羽ものガーゴイル群が明るく光る。障壁の衝突の圧力の影響だろうか、飛行速度がやや鈍った。


「我が主!」

 騎士シチイガがサムカに訴える。サムカが弓隊に攻撃の命令を下した。

「うむ。敵の〔防御障壁〕が消えたな。よし、斉射始め」

<バアアアン!>と、600もの弓の弦が一斉に鳴る大音量が響き渡る。

 空気を切り裂く特有の鋭い音がそれに続いて、動きが鈍ったガーゴイル群に矢が突き刺さった。闇魔法の加工がされているのだろう、矢が命中した場所が大きく削り取られるように消滅する。

 そのまま矢はガーゴイルの硬い体を貫通して、何とUターンして戻って来て、再びガーゴイルを襲った。〔自動追尾〕魔法がかけられているのだろう。

 断末魔の叫びを上げながら、何度も繰り返し襲う矢に体を削り取られて、空中で消滅していくガーゴイル群。


「さすがに硬いですね。3度貫かれても、まだ飛んでいますよ」

 騎士シチイガが淡い山吹色の瞳を鋭く光らせて悪態をつく。サムカも少々呆れているような表情で、ガーゴイル群を見上げている。

「豚9頭に鶏280羽も食べたのだからね。体力もあるのだろう」


 サムカが弓隊に連射準備の指示を出した。

「よろしい、第二射用意。数も半減しているから、我等も攻撃に参加するぞ」

 そう、騎士シチイガに付け加える。

「御意」

 きびきびとした声で反応する騎士シチイガ。それを快く思いながらサムカが合図を出した。

「弓隊、斉……(メエメエメエ、メメ?)」


 突然、サムカの姿が馬上から消えた。

 今回はサムカの周囲が一緒に消えてしまうようなことにはなっていないが、それでもサムカの愛馬の鞍が消失してしまった。幸い、馬の背には被害は出ていないようだ。


「うわ、今ですか、我が主っ」

 騎士シチイガが馬上でのけ反る。サムカに習って短く切りそろえた、真っ直ぐで癖のない黒錆色の髪もあちこちで跳ね上がった。が、そこはさすがに騎士である。すぐに馬を立て直した。


「……とりあえず、今は攻撃を続行しよう」

 騎士シチイガが剣を握っている左手で自身のこめかみを押さえながら、右手で手綱を操って馬の動揺を抑える。

「ここでガーゴイル共を逃がしては、我が主に後で叱られそうだからな」

 そして、サムカの代わりに馬上から剣を振りかざし、上空の獲物の群れに向けた。初撃の600本の矢は、相変わらず自動追尾でガーゴイルを削り続けている。

「斉射!」

<バアアアン!>と轟音が鳴り、追加の600の矢が重低音を響かせて弓から放たれた。


 戦意を喪失して、ちりぢりになって逃げ去ろうとするガーゴイル群の残党300羽余りの退路の先に、騎士シチイガが闇魔法を追撃で発動した。先日サムカが使ったように、無数の〔闇玉〕が空中に発生してガーゴイルの退路を遮断する。

 逃げ場を失って空中を右往左往するところへ、第二次攻撃の600本の矢が襲い掛かった。

 たちまち、容赦なく体を穴だらけにされていくガーゴイル群。断末魔の叫びすら満足に出す時間もなく、あっけなく全個体が〔消去〕された。


 目標を失った1200百本もの矢の大群が、まるで鳥の群れのように統率された動きで、音を立てて大地に突き刺さって止まった。回収が容易なように、1ヶ所にまとまって大地に突き刺さっている。闇魔法は解除されたのだろう、大地が消失してしまうことにはなっていない。


「これでよかろう。では、隊を解散させるか」

 騎士シチイガが戦況を確認してからうなずいて、馬上から兵たちの方へ顔を向けた。マントがたなびく。

「以上で作戦を終了する。解散。オーク兵、ごくろうだった」

 そう言って、騎士シチイガが愛馬を進ませてオーク自警団の部隊長が控える場所まで来て、ねぎらった。サムカほどではないが陶器のように滑らかな藍白色の白い顔がほころび、淡い山吹色の瞳が細められている。


 オーク自警団の隊長が笑顔で、深く頭を下げた。

「もったいないお言葉です。これで我々も安心して家畜の世話ができますよ」

 笑うと、薄い柿色の顔をした赤目のオークでも可愛く見えるから不思議だ。


「次第に自警団の練度も上がってきているようだ。やはり、こういった実戦は大事だな」

 騎士シチイガの言葉に、恐縮してさらに禿頭を低く下げるオークの自警団長だ。

「ありがたいお言葉です。渡りガーゴイルなど、領主様の兵だけで充分に退治できるでしょう。わざわざ我々自警団に実戦の場を用意して下さり、感謝いたします」


 実際、この自警団長の言う通りではある。しかしサムカの方針で、オークの自警団の練度も上げる事になっていた。自警団が害獣駆除に使えるようになれば、その分だけサムカの城のアンデッド兵の負担も減らせる。

 騎士シチイガもその方針に賛同していたので、自警団長に馬上から軽くうなずいた。


 自警団長の背後に控えるオーク兵に向かい、解散の指示を出す。

「オーク自警団選抜の諸君、よくやった。本作戦は以上を以って終了とする。それぞれの仕事に戻ってくれ。矢の回収はアンデッド兵に任せる」

 オーク自警団の部隊長が、騎士シチイガに恭しく一礼をした。

「では、騎士様。私は後片付けをして参りますので、これにて失礼いたします」

 再度、深く頭を下げてから、足早に自治都市へ駆け戻っていった。

 それを淡い山吹色の瞳で見送る騎士シチイガである。


 目を転じると、アンデッド兵たちが無言で矢の回収作業に入っていた。黙々と、地面から1200本の矢を引き抜いて矢箱に収めている。矢の先端部分が闇魔法のせいで浸食されて痛んでいるので、回収して研ぎ直す必要があるからである。痛んだままでは、魔法回路の魔力の流れが滞る恐れがあるためだ。

 そして、魔法に疎いオークでは矢先を研ぐことはできない。こうした研ぎ直し作業は、アンデッド兵の重要な仕事の一つでもある。


 見慣れた風景なのか、解散指示が出されたオーク兵たちもたちまちリラックスして談笑し始めていた。

「その前に、バーに行こうぜ」

「割引サービスがあるそうだぞ」

 とか何とか、すっかりくつろいだ表情になったオークたちがワイワイ騒ぎながら、部隊長に続いて自治都市へ戻っていく。


 それを見送りながら、馬上で騎士シチイガが独り言をつぶやいた。短い黒錆色の髪がそよ風に揺れ、日差しを鈍く反射している。

「自治都市の自警団も、なかなか優秀だな。素人にしてはよく統制が取れている。それなりに彼らで訓練をしていたのだろう」

 真っ直ぐな黒錆色の短髪を手櫛で整えて、ガーゴイルが放った悪臭を消し、淡い山吹色の瞳でオークたちの後姿を眺める。

「さて、通常業務に戻るか。森の中にまだガーゴイルの生き残りが潜んでいるかもしれないな。北の森から巡回してみよう」


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