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召喚ナイフの罰ゲーム  作者: あかあかや & Shivaji
移動教室あっちこっち
66/124

65話

【報告を終えて】

 報告などを行っているエルフ先生の背後では、法術のマルマー先生が大きく背伸びをしていた。救護所に待機している専門クラスの生徒たちに顔を向ける。

「どうやら、今回は我々の出番はなかったようだな。オークどもの〔蘇生〕は生体情報がないから無理だしな。さて、救護所を畳んで撤収するぞ。スンティカン級長、ご苦労だが後片付けを頼む」

「了解しました、マルマー先生」

 級長がマルマー先生に返事をして、すぐに撤収の指揮を始めた。生徒たちも拍子抜けだったようだ。文句も出ている。


 マライタ先生もシステム管理の正常化を、彼の専門クラスのベルディリ級長に指示して教員宿舎へ戻っていく。他の先生とその専門クラス生も同じように撤収を開始した。

 バワンメラ先生はそのままソーサラー魔術の専門クラス生と共に、どこかへツーリングに出かけるようだ。行きたい場所の募集と選定を上空で始め出した。


 エルフ先生が報告を終えて、自身とノーム先生の合同専門クラス生に解散を告げる。

「では、私たちもこれで解散しましょう。ご苦労さまでしたね。今回はほぼ出番がありませんでしたが、きちんと報告書をまとめておきなさい。明日の放課後までに、私かラワット先生に提出するように。質問事項は、ビジ・ニクマティ級長が窓口になりなさい」


 ニクマティ級長がガッカリした表情で了解する。全く暴れる事ができなかったので、ストレスが溜まっている様子だ。

「了解しました、カカクトゥア先生、ラワット先生」

 そして、生徒たちに振り返った。狐族ながら気持ちの切り替えが早いようで、理知的な黒茶色の瞳を冷静に光らせている。

「両クラスの生徒は、この後で寄宿舎のロビーに集合だ。報告書作成の段取りと質問の受付をする」


 ぞろぞろと、寄宿舎ロビーへ向かっていく60名ほどの生徒たち。その後ろ姿を見送るエルフ先生とノーム先生。エルフ先生が頬をようやく緩める。

「ミンタさんとムンキン君がいないと、滞りなく進みますね」

 ノーム先生が、銀色のあごヒゲを手でかきながら微笑んだ。

「我がクラスのニクマティ級長は優秀ですからな。暴走の心配がないのは心強いものですよ」


 少々、耳が痛い思いのエルフ先生だ。とりあえず、話題を変えた。

「あ。そう言えば、ジャディ君の回収がまだだったわね」

 今回はミンタとムンキンがいないので、それからの連想で思い出したのだろう。

「後で何か罰を与えないといけないわよね……精神系は耐性ができてしまったようだし」


 エルフ先生がノーム先生と罰について何が適しているか議論していると、寄宿舎の外にようやく出てきたアンデッド教徒の数名を見つけた。議論を中断して、エルフ先生が声をかける。

「君たち。レブン君の友人よね。ちょうどいいわ。運動場に転がっているジャディ君の回収を命じます」


 いきなり命令されたので、不満顔になるアンデッド教徒だ。魚族のスロコックが青緑色の瞳を明らかに曇らせて口を尖らせる。

「我らはレブン殿の友人というだけで、あの鳥とは無関係なんですがね。まあ、いいでしょう。彼は大量の闇の精霊魔法を使用したばかりですからね。我らが面倒を見るのが最適です」


(そういえば……こいつら、帝国の有力家の子息が多かったわね)

 エルフ先生が無線機を腰ベルトに引っかけながら思い出した。それだけのことで、特に口調も態度も変わらないが。

「そういうことです。じゃ、よろしくね」


 そう言って、教員宿舎へ戻ろうとしたエルフ先生だったが……アンデッド教徒らの視線がまだ向けられていることに気がつく。

「……なに? 何か他に言いたいことがあるのかしら?」


 エルフ先生の凄みに、たじろぐアンデッド教徒。しかし、スロコックが口元を魚に戻しながらも気丈に答える。

「今回は、やり過ぎです、カカクトゥア先生。せっかくジャディ氏がオーク兵を全員殺してくれることになったのに。がっかりです。ゾンビにできる死体が確保できると、我らは大いに期待していたんですよ」

「そうですよ。あのオークはただのクローン人形です。使い捨てで、意識が去った後は、自動で爆発とかして消滅する仕様だったはず。爆発する前に、レブン殿が〔ゾンビ化〕すれば有効活用できたのに」


 口々にエルフ先生に文句を言い始めるアンデッド教徒だ。

 エルフ先生の空色の瞳に、冷たい光が湧き上がっていく。金色の腰まである真っ直ぐな金髪からも、青白い静電気の火花が飛び始めた。

「そういうことはサムカ先生を通して言いなさい。生徒の勝手でゾンビを作るなんて、エルフの私が許しませんよ。さあ、さっさと、鳥を拾ってきなさい!」


 取りつく島もなく拒否されたアンデッド教徒らが、それでも文句を垂れながら渋々の態で運動場へ向かっていく。彼らの背中を見送りながら、また1つため息をつくエルフ先生だ。

「まったく、これだからアンデッドは……」




【将校の避暑施設】

 その数日後。定期〔召喚〕によってサムカが呼び出された。岬の丘の上に出現する。

 前回は最初に魔法学校に出て、そこから〔テレポート〕でここへ移動したが、今回は直接ここに〔召喚〕されている。魔法陣が普通の〔テレポート〕用と、サムカ用の2つになっている他は、特に変わった点は見られない。


 早速、校長がサムカに挨拶をし、その後モップを取り出して魔法陣を消す作業を始めた。事務職員の姿は見当たらない。

 校長の服装は渋めの教員用スーツで、革製の作業靴を履いている。前回ほど汚れてはおらず、復旧作業が順調に進んでいるようだ。

 サラパン羊は熱帯の直射日光に曝されて、うだっているようで元気がない。今は単に地面に転がっている毛糸のクッションみたいになっていた。彼もまた、上質ではない普通のスーツを着ている。


 サムカが丘の上で周囲を見回し、腕組みをして、磁器のようにきめこまやかな藍白色の白い顔を少しだけ険しくした。今回は、いつもの刺繍なしの黒マントに、古代中東風の白い長袖シャツとズボン姿である。靴もごく普通の丈夫な革靴で、遮音の魔法や工夫はしていない。

 腰に下げている質素な長剣が、実用性重視のベルトと鞘打ちして、くぐもった鈍い音を立てた。


 彼の険しい視線の先には、将校向けの避暑施設がある。

「シーカ校長。申し訳ないが……あの程度の造りの施設では、私が帯びている魔力場の浸食を受けてしまうぞ。早急に魔法強化するか、野外での〔召喚〕にするか、そのどちらかにした方が良いだろう」


 サムカも意識して自身の魔力の漏出を抑えているのだが、それでも限界がある。特に、〔召喚〕直後は漏出を抑えることが難しい。魔法学校の校長室ではマライタ先生たちによる対応策が色々と施されていたのだが、あの施設では難しいのだろう。そもそも、ここには魔法場サーバーがないので、なおさら難しい。


 校長がモップ掃除の手をいったん休めて、考え込みながらサムカに顔を向けた。白毛交じりの尻尾と両耳が物憂げにパサパサ揺れている。

「そうですか、それは困りました。あの施設は文化財登録されていまして、簡単に改修できないのですよ。それに軍には、魔法を警戒する人がまだ多くいます」

 少し思案してから話を続ける。

「仕方がありませんね……浜辺や海辺の丘の上に、簡易小屋を建ててもらいましょう。魔法学校の建て直しもまだ見通しが立っていませんし。地下の教室もマライタ先生やラワット先生によると、まだ完成まで1週間ほどかかるということです」


 サムカも腕組みをしたままで同意する。錆色の短い前髪が数本額に垂れて、浜風を受けて揺れた。

「それで妥協するとしよう。私が授業をする部屋も、魔力浸食を受けてしまうはずだ。使い魔を使っても構わないが、要らぬ騒動の種になりそうだな。前回の〔召喚〕時に危惧してはいたが、やはり魔力対策は難しいか。では、今回も浜辺での青空教室にするかね」


 そして、ちょっと気にかかる事があったようだ。丘の上に転がって暑がっているサラパン羊を、サムカが眺める。羊は暑さでそろそろ限界のようだ。彼に特に何をするでもなく放置して、視線を校長に戻す。

「しかし、シーカ校長。地下に教室となると、崩壊の危険性はないのかね? 生徒たちが生き埋めになってしまう恐れがある」


 その点は校長も危惧しているようだ。白毛交じりの尻尾と両耳が、一層物憂げに揺れた。口元や鼻先のヒゲ群も垂れてしまう。

「強制〔テレポート〕させる安全装置を各教室につけます。ですが、あまり多くの安全策を講じると、魔法場や術式が混線しやすくなって、反対に危険になるというラワット先生の話なんですよ」

 そして、ちょっと考えてサムカを再び見上げた。

「しかし……そうですね。魔法に頼らない方法も考えてみます。例えば、避難シェルターとか、丈夫な避難用階段ですかね」


 サムカも眉間に整った眉を寄せながら、軽くうなずく。

「……そうだな。私が関与すると、かえって混乱させる恐れがあるか……魔法が使えなくなる状況というのは、意外に起こりやすいものだ。我々貴族や騎士の戦いでも、相手の魔法を封じる戦術は『定石』だからな。数秒だけでも魔法を使えなくすれば、それでいい」


 校長も掃除を終えて、モップを〔結界ビン〕に入れて片付けた。〔召喚〕儀式用の各供物も別の〔結界ビン〕へまとめて放り込む。そのまま素直にサムカの話を聞いていたが、腕時計を見て、携帯電話を取り出した。

「テシュブ先生、失礼。教室での授業ではなく、浜辺での授業に変更したという知らせをしますね。ああ、私だが……」

 校長が事務職員に電話をかけて、授業の調整作業を指示し始めた。


 サラパン羊がヘロヘロな動きで〔テレポート〕魔法陣へ移動していく。その緩慢な動きを見送るサムカ。風は吹いているのだが、それでも冬毛の羊には暑いのだろう。

「そ、それでは、私はこれで帰る。パ、パパラパー……」

 そう言い残して、〔テレポート〕魔法陣を起動させ、姿を消した。カード式なので羊の彼でも簡単に起動できる。カードは毛玉の中にあるのだろう。

(あれはあれで、それなりに仕事に責任を持っているのだな……)と感心するサムカであった。


 校長が携帯電話をポケットに戻して振り返った。

「お待たせしました、テシュブ先生。ええと、もう少し時間がありますね」

 指示を手早く終えた校長が、サムカに他の情報を話し始めた。

 そのまま、前回と同じように石畳の道を歩いて、丘を下り、森の中へ入って避暑施設へ向かう。今回も、校長が虫よけの魔法を自身にかけている。


 テロ事件では、生徒のバントゥとチューバ、それにラグの死亡が確認された。校長が弔問をして、教育研究省の上層部へ色々と掛け合ったそうだ。

 そのおかげかどうかは不明だが、彼らの一族や親族への罰は回避されたと聞きサムカも安堵した。直接彼が教える生徒ではなかったが、罰が罰を生む連鎖は貴族社会でも時節見聞きするので、校長の尽力に感心している。


 この施設でのテロの手引きをした地元の原獣人族であるキジムナー族だが、代表のマタワン以外の者は罪に問われないという判決になった。そのマタワンは逃亡して行方不明という校長の話である。

 今はルーパスが代表に昇格したのだが……待遇は若干改善されただけに過ぎず、火種は残ったままという校長の見解だ。

「この森を治める妖精の魔力がパリー氏ほどもあるそうで、機嫌を損ねたくないという上層部の意向のようです。実際、北や西の森では妖精や精霊が暴れているという状況ですからね」


 校長の話にサムカもうなずく。

「今、森の妖精を敵にすれば、帝国の危機に繋がるだろう。政治的な判断としては妥当だ。問題にフタをして解決を先送りにしただけだが、現状では仕方があるまい」

 校長が少し悲しげに微笑む。

「そうですね。キジムナー族についても、門で所持品検査や本人確認の徹底が為されるようで、雇用する人数を削減するそうです。その分だけ、ゴーレムやアンドロイドが増えますが……問題は魔力や電力の需要がそれだけ増えることですね。施設地下の燃料電池だけでは足りなくなる恐れがあると、マライタ先生が心配なされていました。ですが、管理人の人魚族クク・カチップさんは、雇用削減にかなり乗り気ですね」



 森を抜けて門に着くと、その本人がニコニコした顔でサムカと校長を出迎えた。先日の騒動でスーツが汚れたのか、革靴も含めて上下一式が新調されている。灰紫色の癖が強い長髪が、浜の風にそよいだ。

「ようこそ、テシュブ先生。私どもの村を守って下さったそうで、ありがとうございました」

 サムカが山吹色の瞳を細めて、白い手袋をした左手で軽く握手を交わす。

「いや。生徒たちの尽力のおかげだよ。私は特に何もしていない。森の妖精が隣にいたので、刺激するのは良くないと思ったからね。ともあれ、君の村が無事で良かったよ」


「ご謙遜を」とニコニコしながらサムカと校長を門の中へ案内する、カチップ管理人。その彼の周りに1人しかキジムナー族がいないのを見て、整った眉をひそめるサムカである。

(これは、相当数を解雇しているようだな。後で、シーカ校長に忠告しておくことにするか。現地民を冷遇するのは宜しくない)

 実際、サムカに挨拶も許されず、ただ黙って頭を下げているルーパス代表からは、殺気に似た気配が感じられていた。顔を伏せたままサムカを睨み上げる瞳が、刃のようにキラリと光っている。


 しかしサムカの経験上、この殺気と雰囲気は要注意の段階ではない。

(彼は、前任者のようにテロに加担するような性格ではない。カチップ管理人の警戒の目も厳しくなっている状況では、特に有害な存在ではないだろう)


 門番から通行証をもらい、それを黒マントの襟に引っかけて施設内へ入る。(確かに、ゴーレムとアンドロイドの数が一気に増えているな……)と直感する。2倍ほどに増えているだろうか。

 これについてもサムカは特に何もコメントすることはせず、校長も別の話題を話し始めた。


 ハグ人形がペルたちをそそのかしたせいで大騒ぎがまた起きたことは、当のハグから聞いていたサムカである。

 サムカも一応、ハグに「今後このようなことは控えるように」と、文句を言ってはいた。しかし内心では、生徒たちの活躍に嬉しさを感じているのも事実だ。このあたり、やはり武辺者と揶揄される所以だろうか。


(文句を言う口調も、形式的なものになっていたかな……)と思い出すサムカ。

(まあ、死んだら死んだで、我が城で引き取って育てれば良かろう、ミンタやラヤンであっても立派な騎士になるはずだ)とも思っている。


 そんなサムカの心情を推し測っているのか、校長も諦め気味な口調になっている。

「私とカカクトゥア先生は、勝手な行動をしたミンタさん、ムンキン君、レブン君、ペルさん、ジャディ君、ラヤンさんの6人に対して1ヶ月間の停学処分を教育研究省へ申請したのですが……即、却下されてしまいました。軍や警察、自治軍に自警団、ミンタさんやレブン君の町の首長から、処分撤回をするように圧力がかかりまして。結局、ここを授業で利用する間、施設内の清掃手伝いを毎日1時間だけ行わせることになりました」


 これについては、人魚族のカチップ管理人も一言あるようだ。焦げ茶色の瞳を、抗議の色に染めている。

「校長。彼らは我々の村を守ってくれた恩人です。掃除をさせる罰ですら、我々は反対なのですよ。そのようなことは、ゴーレムやアンドロイドに任せれば済む話です」


 が、校長は目を閉じて顔を振り、重ねて否定した。

「いいえ。ただの学生です。本来でしたら、軍人でも警官でもない彼らには刑事罰が与えられて、今頃は監獄へ収監されているはずなのですよ」

 タカパ帝国の刑法ではそういう事になるようだ。

「ですが、それでは皇帝陛下直轄の事業である魔法学校に、深刻な悪影響が出ます。ですので1ヶ月間の停学処分と、私も一緒に懲戒免職とするように申請したのです。このような甘すぎる処分では、生徒たちの暴走を抑止することが今後難しくなります。死者も3名出てしまいました」


 なおも口論を続けるカチップ管理人と校長を見ながら、サムカが腕組みをして考え込む。

(……なるほどな。生者の感覚もこうして見ると、一様ではないのか。心しておこう)




【砂浜の教室】

 砂浜では、ペルとレブン、ミンタとムンキン、それにエルフとノーム先生の〔分身〕が待っていた。当然ながら屋根もなく、イスと机の他には何もない。

 校長とカチップ管理人に別れを告げて、サムカが白砂を踏んだ。直射日光と白砂からの反射が強いが、その程度ではサムカは何ともない。黒いマントを浜風に膨らませる。


「テシュブ先生、こんにちはっ」

 ペルが薄墨色の瞳を輝かせて、サムカにいつもの挨拶をする。サムカがキョロキョロと周囲を見回して首をかしげた。

「ん? ジャディ君の姿が見えないが。病欠かね?」


 ペルとレブンが微妙な顔で視線を合わせ、ミンタとムンキンがニヤニヤ笑い始める。「コホン」と軽く咳払いをしたエルフ先生〔分身〕が、サムカに説明した。

「ええと……ジャディ君は学校で暴れたので、私がまた撃ち落しました。羽の半分ほどが抜けてしまったので、生えてくるまでは寄宿舎の屋上に籠っていると思いますよ」


 サムカが錆色の後頭部を白い手袋をした左手でかく。

「あまり、いじめないようにな。では、授業を始めるか。今回の戦いで何か質問があれば言ってみなさい」


「はい!」と真っ先に手を挙げたのは、意外にもペルだった。他の生徒や先生もちょっと驚いている。

 頭のフワフワ毛皮に走る3本の黒い縞が、浜の日差しを浴びて珍しく自己主張している。発言の許可をサムカから得たペルが尻尾と両耳をパタパタさせつつも、しっかりとサムカを両目で見ながら質問してきた。

「あ、あの、テシュブ先生。私、まだエルフ製爆弾の消去〔ログ〕を残しているのですけど、どうしたら良いですか?」


 サムカたちも、この施設のボイラー室の燃料タンクに仕掛けられていたエルフ製の『光の精霊魔法爆弾』を思い出した。その威力は、森を一瞬で塵にしてしまうほど……という事も皆が知っている。


 闇の精霊魔法を使って物を〔消去〕すると、その空間に魔法の履歴が残る。それは他の全ての種類の魔法についても魔法場汚染ということで言えるのだが、闇の精霊魔法の場合では、その履歴を使って〔消去〕した物を〔復元〕できるという特性がある。

 サムカがマントの中に物を入れて〔消去〕し、必要に応じて〔復元〕して取り出しているのも、それを使っているからだ。


「ほう。ペルさんは基本に忠実だね。ちゃんと消去〔ログ〕を保存していたのか」

 サムカが感心してペルを褒めた。そして、エルフ先生に顔を向ける。

「クーナ先生。トリポカラ帝国製の光爆弾だが、必要かね? であれば渡すし、不要であれば〔ログ〕を消して、完全に消滅させるが」


 エルフ先生〔分身〕が両耳をピコピコさせて、小さな〔空中ディスプレー〕画面を彼女の手元に出した。

「『本体の私』に知らせてみましょう。ちょっと待っていて下さいね」


 エルフ先生〔分身〕が〔念話〕による通信を始めたので、サムカがペルに視線を戻す。

「では、その間、〔ログ〕を使った魔法攻撃について教えよう。〔ログ〕は〔ロスト〕以外の魔法を使用した後、魔法場汚染と共に空間に残る。魔法術式の残滓とでも言おうか」

 ペルとレブンが〔ロスト〕と聞いて冷や汗をかいている。ジャディの〔ロスト〕時に〔ログ〕が消滅した事を思い出したのだろう。


 サムカが2人の反応を見ながら、穏やかな口調で話を続ける。

「魔法を撃ち合う戦場においては、この〔ログ〕は大量に発生しているものだ。混線の原因となるのだが、特にそれ以外には毒性もなく、体への悪影響といったものは起きにくい。無論、ハグのような者が大魔法を使った跡地では、その魔法場汚染も相当なものになるから悪影響が出る。が、君たちが使うような規模の魔法では、心配する必要はないだろう」


 そのような前置きを話すサムカである。確かに、「これまでの魔法使用で、深刻な魔法場汚染は起きなかったな……」と顔を見合わせて同意する生徒たちだ。

「〔ログ〕も魔法場汚染と同じで、時間と共に希釈されて消滅する。君たちの魔力では、おおよそ数時間から1日というところだろう」

 レブンもこれまでの経験で知っている様子で、まだメモをガシガシとっていない。サムカが水平線をチラリと見てから、視線を生徒たちに戻す。

「さて、本題に入ろう。〔ログ〕は魔法術式の残滓と言ったが、再起動させることができる。実際に私が日常で使用しているように〔収納〕魔法としても使えるのは、そのためだ。そして、術式は〔解読〕できれば誰でも使用可能だ。無論、魔法適性の範囲内という制限があるがね」


 ミンタの栗色の瞳がキラリと輝いた。金色の縞模様が2本走る頭のフワフワ毛皮が、熱帯の日差しを反射する。

「え? じゃあ、敵や味方が使った魔法を、再起動させることができるの?」

 先生〔分身〕と生徒たちがどよめく。


 サムカが錆色の短髪を浜風に揺らして、白砂からの照り返しを受けている藍白色の白い顔でうなずいた。

「うむ。暗号化されている術式も多いが、それも自然分解される過程で暗号化の術式が消滅すると、場合によっては〔解読〕できる。私が敵の魔法攻撃を一度でも受けると、『次からは効きが悪くなる』という種明かしでもあるな」

 再びサムカが視線を入り江に向ける。

「この浜の上空や海中には、先日使用された魔法の〔ログ〕がまだ残っているのだよ。混線して混じり合っていたり消えているから、そのままでは再起動は無理だ。しかし魔力支援して『強引に再起動』させると、こうなる」

 サムカが白い事務手袋を外して、右手を振った。


 同時にまばゆいばかりの閃光が上空に満ちて、一斉に爆発が起きた。

 衝撃波と爆炎も上空を覆い尽くしたが、2階建ての施設を包み込む〔防御障壁〕も発生していたので、施設が破壊されるようなことにはなっていない。


「おおー!」

 目を丸くして席から立ち上がって、上空の爆炎を見上げる先生と生徒たちだ。彼らにも自動で〔防御障壁〕が展開されているので、爆発の衝撃波や、炎をまとった熱風の直撃を受けても平気だ。


 確かにこの風景は、先日の海賊たちの魔法攻撃の『再現』になっている。さすがに上空だけの再現で、地面付近では再現されていない。そのため、砂浜が再び溶岩状になって溶けだす事態にはなっていない。



 警報が施設側から鳴り響いて大騒ぎになっていくのを無視して、サムカが微笑みながら生徒たちに視線を戻した。火薬を使用した爆発ではなかったので、爆煙などもすぐに消えて視界も戻り、青空になる。

「こんな感じだな。海中にも〔ログ〕の破片が大量に残っている。しかしこれを起動させると、また妖精が怒り出すだろうから、止めておくことにしよう。このように、敵味方の使用した攻撃魔法を『再利用』できる。無論、その分だけ魔法場汚染も悪化するから、多用することは避けるべきだな」

 そして、少しいたずらっぽく笑った。

「では、君たちも試してみなさい。今なら〔ログ〕も明瞭に残っているから使いやすいだろう」


 それからの2分間ほど、大爆発が何度も何度も浜辺の上空に起きた。


 特にムンキンは目をキラキラと輝かせて雄叫びを上げている。施設側からは悲鳴と怒声に、避難警報が鳴り響いてきているが、サムカも生徒も一顧だにしていない。


 ついにはイノシシ型の森の妖精まで顔を出して、こちらへ来て一緒に爆発見物を始めた。

「ほう。これは面白い魔法だな。我も使えるかね?」

 イノシシ型妖精の嬉しそうな声を聞きながら、サムカも爆炎に顔をオレンジ色に照らされて微笑んだ。ちゃっかりノーム先生〔分身〕も一緒に座って見物している。

「うむ。そうだな。君でも使えるだろう。さて……そろそろ、止めた方が良さそうかね? クーナ先生」


 素敵な笑顔を満面に浮かべて、エルフ先生〔分身〕がサムカの目の前に仁王立ちしていた。空色の瞳が爛々と輝いている。

「そうですね。ブトワル警察からの返事です。不要なので処分してくれということでしたよ」

「うむ」とサムカが立ち上がった。

「では、遊ぶのはここまでにしよう。この〔ログ〕の再利用は不安定でね。実戦で攻撃目的で使うのは止めた方がよい。誤爆や暴走の危険が多々あるのだよ。まあ後日、別の利用方法を教えてあげよう。ではペルさん、エルフ製の爆弾の〔ログ〕を完全に〔消去〕しなさい」


 ペルがすぐにうなずいた。他の3人はまだ爆破を続けたがっているようで不満顔だが。

「はい、テシュブ先生」

 そのまま、〔ログ〕を完全に〔消去〕する。その後で、片耳をパタパタさせてサムカに質問した。

「あの、テシュブ先生。もし、このまま私が〔ログ〕を保持していたら、何か悪影響が出るのでしょうか?」


 やっと上空の連続爆発が収まり、青空が戻った。施設からの避難警報はまだ鳴り続いているが。サムカが鷹揚に答える。

「うむ。闇の精霊魔法や死霊術は、本来は生者に適さない魔法だ。長時間保持すると、弱いながらも魔法場汚染を受けてしまう。最終的には『化け狐』になるだろうな。かと言って〔結界ビン〕に封じても、魔法場の供給が遮断されるから、すぐに魔法術式の残滓である〔ログ〕も蒸発して消えるだけだ」


 ペルが素直に首を縦に振り、薄墨色の瞳を細めて微笑む。

「なるほど。そうですね、分かりました、テシュブ先生。今後は〔ログ〕を残さないようにします。やっぱり先生の仰る通り、ずっとあれから体が重かったので」



 次に質問の挙手をしたのはレブンだった。ミンタやムンキンと一緒になって連続爆破をしていたので、少々息が上がっている。

「テシュブ先生。チューバ先輩の検死に参考人として立ち会ったのですが、〔バンパイア化〕していました。これって、ナウアケのような貴族が関与しているってことでしょうか?」


 サムカが腕組みをして、首をかしげて考え込んだ。手元に〔空中ディスプレー〕を表示させて、チューバの検死データを一通り眺める。

 法術神官などがいるのだろう、〔バンパイア化〕したチューバの体は細胞ひとつ残さずに全て法術で〔浄化〕されて灰になっていた。それでもまだ、墓へ収める物が残っただけバントゥよりも良かったとも言える。

「可能性はある……が、低いだろうな。故ナウアケが所属していたオメテクト王国連合については、私も知人や貿易を介して知る程度の知識しかない。私の知る限りでは、まだ貴族社会での混乱が続いているようだ。もちろん、獣人に滅せられたことを恥辱として、復讐を考える貴族や騎士はいるだろう」


 エルフとノーム先生の〔分身〕が、顔を青くして厳しい表情になった。サムカが白い手袋をした左手を上げて、軽く振る。

「リッチー協会の監視の目が厳しくなっているから、勝手な世界間移動は困難になっている。今は政治的な混乱の収拾が優先だろうから、復讐を考えるにしても早くても100年程度先の話だ。その頃には獣人世界の世代交代も終わっているだろうし、復讐する相手そのものがいない。墓の中だろう」


 確かにその通りだ。生徒たちが少し安堵した表情で、互いの顔を見合わせる。一方のエルフとノームは長寿なので、表情は厳しいままだが。サムカが穏やかな声で話を続ける。

「個人の復讐相手がいないままでタカパ帝国自体を攻めるとなると、それは復讐じゃなくて侵略戦争になる。魔法世界やエルフ世界などが黙ってはいないだろう」

 エルフとノーム先生の〔分身〕が黙ってうなずいている。特に反論や疑問もない様子だ。サムカが話を続ける。

「私が住む死者の世界では、そういう状況だな。しかし、死者の世界は他にもあるそうだから、別の異世界のアンデッドが何かを企てている可能性はある。バンパイアだけの世界もあるそうだ。私もハグも、その異世界のことまでは分からない。だが……」


 ここで、サムカが1呼吸おく。

「チューバ君の検死状況から考えると、初心者向けの〔バンパイア化〕魔術だ。このような魔術は、今の貴族は使わない。文献で推測する限り、異世界のアンデッドやバンパイアもこのような低級な魔術は使わないだろう」

 先生と生徒たちが首をかしげているので、サムカが少し思案した。

「そうだな……例えるなら、小学生の宿題程度のものだ。あまりにも初歩の魔術すぎて〔バンパイア化〕しても、せいぜい数日程度しか持続できないだろう。その後は肉体組織が崩壊して動けなくなり、ドロドロの死体に戻る。再利用しようにも、せいぜいスケルトン程度にしかできないだろうな」


 レブンがセマン顔のままで、明るい深緑色の瞳をサムカに向けた。

「ということは……チューバ先輩を〔バンパイア化〕した者は、アンデッドではないと。死霊術を研究しているソーサラー魔術師でしょうか。となると、魔法世界の住人ということになりそうですね」


 サムカが再び整った眉をひそめて腕組みをする。

「憶測に過ぎないがね。魔法世界といえども〔バンパイア化〕させるような技量を持つ死霊術の魔術使いは多くないはずだ。名簿管理されているから、うかつには動けないだろう。だから、別の魔法使いになるだろうな。趣味で死霊術をやっているような者だろう」


「また面倒な設定が出てきたなあ……」と顔を見合わせる生徒たち。レブンも少し残念そうな顔になる。

「僕のシャドウがチューバ先輩の攻撃で、一撃で消滅させられてしまいました。油断していた僕が悪いのですが……あの時にチューバ先輩が使った魔法場を〔記録〕できていれば、もっと多くの手がかりが得られたのですね。残念です」


 そして、レブンがサムカに改めて、明るい深緑色の瞳を向けた。

「テシュブ先生。僕のシャドウをもっと強化して、バンパイアの奇襲攻撃にも耐えることができるようにすることは可能ですか?」

 サムカがあっさりと否定した。手を振る事もしていない。

「無理だな。シャドウ以上となると、スペクターになる。騎士見習い相当だ。いくらレブン君でもスペクターを〔使役〕することは危険すぎる。自我があるので『主従契約』もできるが、生者がそれをして無事だったという事例は聞いたことがない。さすがにパリー氏も黙ってはいないだろうし、そこのクーナ先生も許さないだろう」

 エルフ先生〔分身〕も即座に同意した。

「当然です」


 まだ砂浜で座っているイノシシ型の森の妖精も、体をもぞもぞ動かしてうなずく。

「テシュブ先生が『例外』だということを理解することだな、魚族の少年。君のシャドウも充分に警戒対象なのだよ。少しでも我が庇護する者や森に被害が出れば、即座に排除することになる。無論、君も含めてだ」


 さすがに魚顔に戻って緊張するレブンである。森の妖精が浜辺から起き上がって、顔を森へ向けた。

「君たちを認めて支援している妖精もいるが、我は違う。この一連の騒動のせいで、敵視し始めている妖精も北や西にいることを忘れるなよ。では、我は森へ戻るとしよう。面白い見世物だったぞ、アンデッドの教師よ。では」

 そのまま森の方へ歩み始め、足跡を砂浜に数歩ほどつけて……煙のように姿を消した。


 軽く一礼したサムカが顔をレブンに向けて、ちょっと首をかしげて腕組みをし直す。

「……そうだな。シャドウのままで、何か工夫するか。ミンタさんやマルマー先生に指導を受けて、光の精霊魔法や法術をシャドウに装備できるようにしてみたらどうかな? 死霊術や闇の精霊魔法だけでは、バンパイアと武器が同じになるからね」


 目が点になっているレブンである。

「え? そ、そんなことが可能なんですか?」

 ミンタとエルフ先生も驚いているのが表情から丸分かりだ。しかし、口を半開きにしたまま黙っているが。


 サムカが山吹色の瞳を細めて、レブンに話を続けた。

「私では不可能だ。これも私の憶測に基づく提案に過ぎないよ。まあ、駄目で元々ということで工夫してみたら良い。〔エネルギードレイン〕魔法や〔暗黒物質破壊〕魔法、氷の精霊魔法、それに〔側溝攻撃〕の実装でも充分にバンパイアには通用するだろう。しかしそれ以上に、敵が装備できない武装というのは魅力的だよ」


「うむむ……」と考え込むレブンとミンタに、再び山吹色の瞳を細めたサムカがムンキンや先生たちを見回した。

「他に質問はないかな? なければ、教育指導要綱に沿った授業を進めようと思うのだが」

 特に、手を挙げる者はいないようだ。その後は、教育指導要綱に沿った授業を行うサムカであった。



 しかし、すぐに生徒と共に飽きてきたようで……「コホン」と咳払いをして授業を中断した。

「残りの3ページ分は、宿題にするか」

 一斉にうなずく生徒たちだ。ミンタがジト目になって両耳をパタパタさせている。

「そうしなさいよ。この程度の内容なら、一読すれば習得できるし」

 ムンキンもあくびを噛み殺して、うなずいた。

「だな。魔法適性が乏しい僕たち2人でも、この程度なら自習で充分だ」

 ペルとレブンが、顔を見合わせてから、サムカに視線を向けた。

「私たちも自習で充分です」


 サムカが黒マントの裾を浜風になびかせて、山吹色の瞳を細める。そして、白い手袋を外した。

「よろしい。では、金星でまた実習をしてみるか。向こうの風と大地の妖精の固有精霊場は、前回の訪問で得ている。彼らに気づかれないような〔ステルス障壁〕を編んでみた。術式を渡すので受け取りなさい。一応、個人向けの最適化もしているが、念のために自身でも最適化を行うようにな」

「はい!」

 元気な返事をする生徒たちだ。怪訝な表情をしているエルフ先生〔分身〕に、サムカが錆色の短髪をかきながら愛想笑いをする。

「もちろん前回のような、金星の地形を変えるほどの魔法は使わないよ。〔結界〕の中で行う事にするから安心してくれ。クーナ先生とラワット先生の分の〔防御障壁〕も用意してみた。とりあえず試してみてくれないか」


 エルフ先生〔分身〕が、ジト目になって不敵に笑った。

「そうですね。悪さをしないように見張る必要がありますね。金星まで同行します」




【金星帰り】

 しばらくして授業時間が終わった。無事に金星から地球へ〔テレポート〕で戻ってくるサムカたちだ。サムカが満足そうな表情をしている。

「うむ。〔ステルス障壁〕は上手く機能していたな。よかった。これで実習もはかどるだろう」


 一方の生徒たちは疲労困ぱいになっていて、砂浜の上にへたり込んでしまっていた。全員息が上がっていて、滝のような汗だ。手足や尻尾も痙攣している。

 ペルが薄墨色の瞳をグルグル回して、頭と両耳も一緒に回しながら涙目で安堵している。

「し、死んじゃうかと思ったあ……」

 レブンも完全にマグロ頭で、死にかけの魚のように口を半開きにして倒れている。

「や、やばかったあ……」

 ミンタとムンキンは、さらに酷い有様になっていた。焼けた白砂に顔を突っ込んだまま、起き上がれない。

「あ、ありえないわ……この糞アンデッドお……」

「お、おお……ちくしょお」


 エルフとノーム先生の〔分身〕も呆れた表情をしたままだった。

「本当に、新兵訓練をするなんて……バカなの?」

「見ているだけでも、きついものがありましたな。ははは……」


 一方のサムカはキョトンとした表情だ。黒マントを浜風に揺らしながら、腕組みをして首をかしげている。

「実習だから、こんなものだろう? さあ、次の授業がそろそろ始まるぞ。寝ていないで起きなさい」


 そこへ校長とカチップ管理人が、血相を変えて浜辺へ駆けこんできた。

「テ、テシュブ先生っ。先程の大爆発はいったい何だったのですか!? 被害は不思議に全く出ていませんでしたが、将校の家族を中心にショック状態になる方が多数出ていまして」


 校長のパタパタ踊りを交えた狼狽ぶりに、苦笑するサムカだ。まだ倒れている生徒たちに手振りで、『この場所からさっさと去るよう』に指示する。

 ペルとレブンが震える手で〔結界ビン〕を開けて、シャドウを呼び出した。シャドウが〔浮遊〕魔術を倒れている4人の生徒にかける。ゆっくりと焼けた白砂から浮き上がったのを確認したペルが、疲れ切った笑みをサムカに送った。他の3人は、もう首を動かす気力も残っていない様子だ。

「じゃ、じゃあ……私たちはこれで失礼します。綿毛ちゃん、深海君、私たちを次の授業の教室まで運んで……」


 歩く程度の速さで、ゆっくりと空中を浮かんで施設内へ運ばれていくペルたち。その姿を見送るサムカが、錆色の短髪をかいた。

「むう……確かに、生者には酷だったか。次回からは要修正だな」

 エルフ先生とノーム先生〔分身〕が、心底呆れた表情でサムカを見つめている。

「本当に、これだからアンデッドは……」


 校長の視線を感じて、再び愛想笑いを浮かべて振り返るサムカ。エルフ先生とノーム先生〔分身〕の冷たい視線から、逃れたい様子である。

「ああ、シーカ校長。済まないことをしたようだな。授業の一環で爆発系の魔法を使用したのだよ。今後は配慮する」

 校長がガックリと肩を落として、サムカの黒マントにしがみついた。

「やはりそうでしたか……ちょっと、そこに座りなさい」

 数分間の説教を、浜辺で正座して受けることになったサムカであった。当然である。


 エルフ先生とノーム先生も本人に入れ替わっていて、笑いをこらえて見守っている。現場に居合わせたのは〔分身〕だったので、本人にはお咎めなしなのだ。

 人魚族のカチップ管理人もサムカから事情を聞いて納得し、ほっとしながらも校長の隣で仁王立ちをしていた。この時ばかりは、さすがに校長と意見が合うようだ。

「避難誘導で業務が全て中断したのですから、説教を受けることくらいは当然でしょう。本来でしたら、商店街の損害賠償や、将校家族の診断費も要求したいところです」


 さすがに金銭の話まで出てくると、サムカの表情にも余裕がなくなってきた。山吹色の瞳が時節、辛子色などに変わっている。

「わ、我が城は、ちょうど貿易船を出したばかりで、手元に現金がないのだ。今後は充分に配慮するから、今回は見逃してくれないか」


 ノーム先生がニヤニヤしながら、銀色の垂れ眉を上下にひょこひょこ動かす。

「死者の世界の物には呪いがかかっているのだろう? 支払いに使えるような金貨なんかないと思うけどね。金も銀も銅も大深度地下産の鉱物だ。元々かなりの潜在魔力を有しているから、儀式魔術で供物などに使われてきた歴史を持っている」

 大地の精霊魔法の立場では、そういう事らしい。

「ましてや死者の世界の産だったら、なおさら闇の因子が強いだろう。テシュブ先生が追加〔召喚〕に応じて、各地の復興作業を手伝う程度しかできないだろうさ。瓦礫撤去とか整地とか」

 ちょっと考えて、自説を否定するノーム先生。

「いや、それも無理か。〔召喚〕時間が短すぎるな。時給換算じゃ、何回〔召喚〕されても補償額には届かないよ。かといって熊人形は、暴走した直近の履歴があるから危なくて使えない」

 そして、ニヤニヤしながら口ヒゲを片手で撫でた。

「ここは、ひたすら謝った方が賢明だな。テシュブ先生」


「分かって言っているわね、ラワット先生」

 横で肩を震わせて笑いを堪えながら聞いているエルフ先生が、助け舟を出した。

「今後はパリーと同じように、私がサムカ先生を『監督』しますから、無茶はしなくなると思いますよ。今回の爆発事件は、〔分身〕とはいえ私も同席していました。私にも責任の一端はあると反省しています。そういうことでシーカ校長、今回は見逃してもらえませんか」


「おお……」

 正座しながら山吹色の瞳を輝かせたサムカを見下ろしながら、空色の瞳をキラリと光らせるエルフ先生。

「ブトワル王国の外貨備蓄って少ないんですよ。エルフ世界自体が貨幣経済じゃありませんからね。こんなつまらない事でブトワル王国が通貨危機に陥って、サムカ先生の王国と戦争を始めたりしたら馬鹿らしい。それだけのことですよ」

 再びシュンとなってへこむサムカに、口元を緩めるエルフ先生だ。ちょっと嬉しいらしい。


 ちなみに当然ながら、その程度でブトワル王国が外貨不足に陥ることはない。サムカ以外の面々には分かっているようで、表情を仮面のようにしながらも細かく肩を震わせている。


 カチップ管理人も肩を震わせて笑いを堪えていた1人であった。ひとしきり笑った後で、校長と無言で視線を交わす。そして、緩んだ口元をキリリと正して「コホン」と軽く咳払いをした。

「分かりました。今回だけは見逃すことにしましょう。もし次回起きた際には、損害補償額の目安として金貨1億枚を請求することになると、ご了承下さい。ちなみにタカパ帝国の金貨は、金の純度9割以上です。それ以下の純度では貨幣と認めません。では、私はこれで。各部署の復旧の指揮を執らねばなりませんので」

 そう言って、颯爽とスーツの裾を浜風にひるがえして、施設へ駆け戻っていくカチップ管理人だ。かなり足取りが軽いのは気のせいだろう。


 一方のサムカは、「い、いちおく、だとお!?」と、藍白色の白い顔を磁器のように強張らせて、目を辛子色に濁らせていた。ほとんど人形みたいな印象になっている。

 それをニヤニヤして見守るノーム先生が、追撃をサムカに仕掛けてきた。シレッとした顔のままで、銀色の口ヒゲを片手で撫でる。

「テシュブ先生。ちなみに、魔法高校の校舎は、基礎工事を含めると1棟あたり3億枚になりますぞ。これに、地下室の魔力サーバー設備費が加算されるので、倍近くの費用になるのかな」

 エルフ先生もいたずらっぽく微笑みながら、ノーム先生の肩を軽く叩く。

「ラワット先生。あまりサムカ先生を追い詰めないで下さいね。ハグ人形が心配しているように、彼が引きこもって〔召喚〕に応じなくなると、私たちも困りますから」


 そして、砂浜の上で正座して固まっていたサムカに、立ち上がるように促す。手を取ると魔法場の違いにより、双方が被害を受けてしまうために、触らない。

 エルフ先生が手元に時計を表示させて、サムカの〔召喚〕時間の残りを確認する。まだ10分ほど残っているようだ。校長にも視線を投げかけながら、サムカにお願いをした。

「サムカ先生。実は、魔法学校へ攻め込んできたオーク兵を捕虜として確保しています。5人の兵だったのですが、生き残りが次々に自決して死んでしまいまして、生き残ったのは小隊長格のオーク1人だけです」


 エルフ先生の空色の瞳の光が弱くなっていく。ノーム先生と校長も同様だ。

「どうやって異世界のオークが軍編成でここへ攻め込んでくることができたのか、手引きした者はいるのか、等の情報を得たいのですが……かなり強固な精神の〔防御障壁〕を張っていまして、難航しています。その彼が、サムカ先生に会わせろと強硬に主張しているのです。会ってもらえないでしょうか。ハグさんの許可は既に得ています」


 ノーム先生がエルフ先生に続いてサムカにお願いした。

「彼の口調と態度から、テシュブ先生に対して相当な私怨を抱いているようだ。テシュブ先生と会うことで、恐らく彼の精神が大きく動揺するはず。その隙をついて記憶を読み取って欲しいという依頼なんだが、どうかな? 協力してくれないかね」

 サムカがやや真顔になって、肩をすくめた。

「仕方あるまい、協力しよう。生徒たちを攻撃した以上、私としても捨て置く訳にはいかないよ」




【石像】

 〔テレポート〕した先は、サムカが最初に〔召喚〕された森の中の役場だった。〔テレポート〕魔法陣が記された中庭から出て、役場の中へ入る。

 役場の中は以前の〔召喚〕時と同じく、狐族や羊族を中心にした職員が忙しそうに小走りで廊下を行き交っている。


 校長がサムカを地下階へ案内しながら、やや沈んだ表情で説明してくれた。

「自爆して自決するような捕虜でしたので、ここの地下室を使用することになったのです。尋問施設や警察の留置所が全てそれで爆破されてしまいまして。以前にもご説明しましたが、この施設は人工林の中にあります。大爆発で吹き飛んでも特に問題はありませんし、施設の爆破耐性もかなり高めです」


 サムカたち先生も、地下階は初めて入るようでキョロキョロしている。サムカが首を少しかしげて校長に聞く。

「シーカ校長。確か、ここには魔法具を保管管理していると以前に聞いた。どんな物があるのかね?」


 校長が階段を降りながら、サムカに顔を向けて沈んだ表情ながらも微笑む。

「この階ではありません、地下2階です。ですが、〔テレポート〕魔法陣を使ってしか行き来できない構造になっています。地下2階へ続く階段やエレベータはありませんよ。少しでも魔法場汚染を抑えるための処置ですね」

 そして、地下1階に降り立った。

「収納物は、私も詳しくは知りません。学校の国宝ゾンビも、ここの収納物です。ですが、テシュブ先生の帯剣や、カカクトゥア先生とラワット先生の杖と比較すると、大したものではないと思いますよ」


 サムカとエルフ先生も(そうだろうな……)と視線を交わす。実際、サムカが〔察知〕した範囲内では、せいぜい領地のオーク自警団が装備できるような魔力しか感じられない。

 視線のようなものは感じているが、これは最初に〔召喚〕された際にも感じたものだったので、気にしていない。アンデッド用の〔探知〕魔法具か何かだろう。そもそも魔法具として価値があれば、とっくにセマンの盗賊が入り込んで盗んでいるはずだ。


 校長がちょっと考えてから、サムカたち先生を別室に案内した。ドアのプレートには『保管室』とだけウィザード語で書かれている。分子模型のような立体文字なので、何かの彫像にも見える。

「捕虜がいる部屋へ行く前に、知っておいた方が良いと思います。どうぞ、中へ入って下さい」


 校長がドアに簡易杖の先を「コツン」とつけると、自動でドアが開いた。

 学校も含めて、この世界のドアは普通の鍵で開ける方式のものばかりなので、ちょっと意外に思う先生たちだ。



 中は真っ暗だったので、エルフ先生とノーム先生は首をかしげている。その横に立っているサムカだけが顔をしかめた。サムカの様子を見た校長が申し訳なさそうに、室内照明の起動を簡易杖で行う。

「ああ。テシュブ先生は闇の中での視力も良かったのでしたね。失念しておりました。衝撃的な光景ですから、念のために精神安定の魔法や〔防御障壁〕を用意した方が良いかもしれません。では、照明をつけますよ」


 校長が杖の先を少し振る。それだけで室内が明るくなった。結構大きな地下室で、床面積は地上階の半分ほどはあるだろうか。〔結界〕内になっている。

 彼らの目の前には、石の人形が上下段の棚にびっしりと入って収められていた。数は600体ほどあるだろう。皆、狐族や竜族、魚族の姿をした精巧な作りの石で出来た人形だ。全てに識別票がついている。


 石人形群を見つめていたエルフ先生とノーム先生が、すぐにサムカと同じような険しい表情になる。

「〔石化〕処理した獣人族だね。政治犯か何かかね?」

 ノーム先生が銀色の口ひげを片手で押さえながら、校長に聞く。校長が素直にうなずいた。

「はい、その通りです。我が帝国が攻め滅ぼした敵国や都市で『重鎮だった方々』です。今はもう、歴史研究用の価値しかないということで、こうしてここに保管されています。必要に応じて〔石化〕を解除し、滅んだ国や都市の研究の手伝いをしてもらっているんですよ」

 校長が苦渋を帯びた表情になっていく。

「普通の監獄もありますが、一般の犯罪者向けですね。バントゥ君たちがもし生きて逮捕されていれば、恐らくはここで〔石化〕処理された事でしょう。見せしめという意味もあります」


 先生たちが無言なので、そのまま話を続ける校長。一番手前の棚に収められている狐族の石人形の肩にそっと手をかけて、埃を払った。

「帝国上層部の意向は、捕虜のオークも可能であればここに収めるというものです。ですが、私個人の意見としては、このような非人道的な処遇には反対です」


 ここで校長が〔指向性の会話〕魔法に切り替えた。

「尋問調書を工夫すれば、〔石化〕処理を回避することは可能です。ですがその代わりに、処刑することになります。帝国の場合、かなり苦痛を与える方法で行います。その記録を国内外に広く公開することも併せて行います」

 サムカの顔を真っ直ぐに見上げる。

「テシュブ先生。〔召喚〕契約には含まれていませんが、尋問後、オークを安楽死させてはもらえませんか。尋問中の事故ということで私が記録し報告します。カカクトゥア先生とラワット先生は警官ですから、私からこのようなお願いをすることはできません」


 サムカが山吹色の瞳を、やや辛子色に濁らせて腕組みをした。彼も校長に合わせて〔指向性の会話〕魔法で答える。

「そのくらいならば、別に構わないが……普通の安楽死で良いのかね? 存在した歴史ごと消す〔ロスト〕魔法を使っても構わないが」


 校長が悲しげな笑みを口元に浮かべて、軽く手を振った。

「普通の安楽死でお願いします。存在した事実も消えてしまっては、いくら敵兵でも不憫です」

 サムカがエルフ先生とノーム先生に顔を向ける。彼らも無言でうなずいた。

 それを受けてサムカが校長の小さな肩を、白い手袋をした左手で「ポン」と叩いた。通常の音声会話に戻る。

「分かったよ。では、捕虜の元へ案内してもらおうか」




【オークの小隊長】

 保管庫を出ると、その隣に〔テレポート〕魔法陣が記された一角があった。

「なるほど。これで地下2階に移動するのか」と納得するサムカ。ちょうどサムカが死者のセリに参加する際に使う、貴族専用の〔テレポート〕部屋と同じくらいの床面積だ。校長ぐらいの背丈の獣人であれば、10人ほどが行き来できる。


 その一角を過ぎると、すぐにウィザード語で『研究室』と記された小部屋の前に行きついた。他の部屋は見当たらない。再び校長が杖をドアに当てて、錠を解除して開ける。耐爆仕様の分厚い丈夫なドアだ。

「では、どうぞ。お入りください」



 中は小部屋になっていて、耐爆の防護服や関連装備がズラリと揃っていた。校長が小部屋の中を進みながら、サムカたちに解説する。

「研究で魔法具を取り扱う際に、着用するのですよ。私たちのほとんどは魔力を持っていませんから〔防御障壁〕を自力で張ることができません。ですが市販の〔防御障壁〕発生の魔法具を使用すると、時々、魔法が〔干渉〕しあって爆発したり、毒ガスなどが発生するのですよ。その対策用です」

 毒ガスとして多く発生するのはオゾンという話だった。他には一酸化炭素や酸化窒素もあるとか。


 校長が小部屋の一番奥のドアに杖の先をつけて、錠を解除する。これも分厚いドアだ。

「この中です」


 部屋に入ると、計測機器の操作盤が所狭しと並んでいて、向かいの壁には防弾ガラスが埋め込まれた大きな窓があった。ガラスの向こうにも部屋があり、そこに1人のオークが半裸状態でイスに拘束されて座っている。

「本来は、ここで研究者が機器を遠隔操作して、ガラスの向こうの部屋で実験や研究を行います。今日は、捕虜ですが」

 サムカに顔を向けずに、校長が話を続ける。

「今は、このガラスの偏光を操作していますので、オーク側から私たちは見えません。ガラス室の床に〔テレポート〕魔法陣がありますが、これは緊急排除用のものです。行き先は地下3階の防爆仕様の部屋です。彼を警察の留置所から、ここへ直接〔テレポート〕した際にも使用しています」


 そして、サムカに顔を向けた。白毛が交じる両耳が数回だけパタパタと動く。

「テシュブ先生。どうですか? 見覚えがあるオークでしょうか」


 サムカは眉をひそめただけだった。刺繍が施されていない黒マントの裾を、動きやすい様に畳む。ベルトに吊るされている素朴な長剣の鞘が鳴って、くぐもった音を立てた。革靴に〔遮音障壁〕をかけたようだ。歩く音が聞こえなくなった。

「いや。知らないな。では、〔召喚〕時間の残りもないから、すぐに始めるとするか」


 確かに、残り時間はもう5分を切っている。サムカが1人でガラスの壁の向こうの部屋に入っていく。


 慌てて、校長が記録開始する。同時に、小さな〔空中ディスプレー〕画面が2つ生じて、情報部大将の顔が映った。かなり深刻そうな表情だ。

 もう1つの画面には、意外にもウィザード魔法幻導術のウムニャ・プレシデ先生が映っていた。服装は相変わらずのスーツ姿だが……全くやる気が見られない表情と態度をしていて、いつも以上に斜めに体が傾いている。両者ともに軽く校長に会釈した後は無言だ。


 イスに拘束されているオークはサムカを見るなり、ざくろ色の瞳を血走らせ、口の牙を剥き出しにして罵声を浴びせ始めた。オーク語なので、サムカ以外の者にはよく聞き取れないようだ。

 身長180センチの小太り体型ながら、脂肪ではなく筋肉でできている体で激しく暴れている。イスの拘束具が引きちぎられそうな程だ。体重は100キロはあるだろうか。薄いえんじ色の皮膚も紅潮していて、今までの拷問でできた傷口が開いてしまった。赤い血が床に飛び散っていく。


 既に手足の指は全て潰されていた。腕や足の骨や関節も破壊されて、不自然な方向へ手足が曲がっている。胴体や頭部には、内臓と脳や重要血管を傷つけないように、何本もの巨大な木串が突き刺さっていた。それらが大暴れする体の動きに合わせて、しなりながら揺れている。

 両耳と鼻も潰されていて、歯も何本か破壊されているのだろう、口からも血が出ている。


「サムカ・テシュブ! オマエのせいで我が部下が何人も無残な死を遂げたっ。リッチーに『召喚ナイフ契約』を頼んだ際に邪魔され、作物倉庫の爆破も邪魔された。前回と今回の学校襲撃もだ。オマエのせいで俺の士官出世への輝かしい道が閉ざされて、奈落の泥道を這いまわることになったのだ。この屈辱、絶対に許さんぞっ」


 なおもサムカを罵り続けるオークを見下ろしながら、サムカが首をかしげる。

「ふむ。これまでのオークの襲撃の実行部隊の小隊長あたりか。もう時間もないから、手早く済まそう。情報提供者は誰だね?」

 サムカがそう言って白い手袋を外し、右手をオークの血まみれの禿げ頭の上に乗せた。

「!」

 驚愕の表情になるオーク小隊長。精神防御の〔防御障壁〕が全て破壊されてしまい、丸腰の無防備にされたことに信じられないような顔をしている。が、それも一瞬だった。口から血を吐き出しながら、不敵に笑う。

「俺と道連れに死ね!」


 ガラスの向こうで、校長が思わず全身の毛皮を逆立たせた。白毛交じりの尻尾も竹ホウキのように60度の角度で固まる。エルフ先生とノーム先生も〔防御障壁〕を急いで展開した。


 ……が、何も起きず、オーク小隊長が拘束イスごと〔消去〕された。床も一緒に球状に削り取られて消えている。

「ふう……」と1つため息をついたサムカが、錆色の短髪をかいてから、白い手袋を再びつけた。

「つくづく、何のために産まれたのか疑問に思うよ。さて、シーカ校長」

 サムカが校長と先生たちがいる部屋へ戻ってくる。

「少しだが、情報を得た。映像化するから見てくれ」




【記憶映像】

 部屋の中でサムカが〔空中ディスプレー〕画面を発生させて、闇魔法をウィザード魔法に翻訳し始めた。

「記憶〔走査〕の魔法は、貴族がよく使う闇魔法でね。そのままでは君たちとの互換性がないから、ウィザード魔法に翻訳している。誤訳も起きるから、情報の劣化が多少出るのは我慢してくれ。うむ、終わったようだな。では出力するぞ」


 かなりノイズが入った映像だが、一応フルカラーでサムカの〔空中ディスプレー〕画面に表示された。すぐに、全員が〔共有〕する。

 ノーム先生が渋い表情になり、銀色の口ヒゲを数回片手で撫でた。パイプも取り出そうとしたが、これはさすがにエルフ先生と校長に止められてしまう。

「やはり、セマンか」


 ノイズ混じりの映像には、くすんだ黒い深緋色で毛先が丸い長髪をしたセマンの男が映っていた。他のオーク兵と商談しているようで、精悍な横顔には大きな墨色の目がギラリと光っている。口元には、ちょびヒゲが生えていて、ノーム先生のように充分な手入れが施されていた。

 映像はそれだけで、ほんの15秒ほどしかなかった。音声も入っていない。


 しかし、プレシデ先生にはそれで充分だったようだ。すぐにノイズを除去したクリアな映像に〔修正〕し、さらに音声まで〔復元〕してしまった。それによると、商談相手のオークと魔法武器の取り扱い説明書のバージョン確認をしているようだ。

 名前もウィザード語で表示された。

「ラタ・マタハリ。他にも60個ほどの偽名を使っていますが、武器調達をしている死の商人ですねえ。この映像の体も現地製造のクローンですね。撮影場所はタカパ帝国帝都、ペルヘンティアン家の別邸地下。映像ノイズに、ナウアケ氏の魔法場が痕跡として残っていますね。まあ、このようなところですか。では、私はこれで失礼しますよ」

 早口で、さっさと言うだけ言って、ディスプレー画面ごと消えた。〔解析〕した情報は全員に〔共有〕されたので、彼の役目もこれで充分ではある。


 校長と情報部大将とが、共に驚いたような呆れたような顔をしている。

「幻導術って、実は相当に凄いのですね。驚きました。授業でも、このくらい教えてくれれば良いのですが」

 校長の感想に、大将も同意して大きくうなずいた。

「そうだな。だがまあ、プレシデ先生が魔法を使ったわけではなさそうだ。情報〔解析〕の『協力者名簿』がついている。魔法世界の幻導術専門家が行ったのだろう。ほら、情報の階層を下ると、『専門家たちの宣伝ページ』にリンクされている。お仕事募集中だそうだ」


 ノーム先生が納得して肩をすくめる。そして、画面のセマンの男に張り合うように、自身の口ヒゲをせっせと整え始めた。

「そうでしょうな。優秀な人材は、残念ながらこの世界へ来ることはないでしょう」


 サムカが部屋の隅に移動する。

「そろそろ〔召喚〕時間が終わる頃だろう。何か分かったらハグを経由して私にも伝えてくれると助かる。死者の世界で何か調査できる事があるかも知れぬ」

 情報部大将が即座にうなずいた。

「了解した。セマンのラタ・マタハリについては、我々情報部も監視していた人物だ。現在地も分かっているから早速、拉致して尋問してみよう」


「うむ」と返事をしたサムカが最後に、エルフ先生に山吹色の瞳を向けた。彼女はずっと無言で険しい顔をしたままだ。

「クーナ先生、済まなかったな。もっと穏便で賢い方法があったのだろうが、私ではこの程度が限界だった」

 そのまま、<パパラパー>と場違いな音楽が流れて、サムカの姿が消えた。


「ふう……」と1つため息をつくエルフ先生。

「つまり……オークの襲撃って、サムカ先生を狙ってのものだったのね。死者の世界のゴタゴタを、この世界にまで持ちこまないで欲しいものだけど」

 ノーム先生は別意見のようだ。エルフ先生と一緒にライフル杖を〔結界ビン〕から取り出して、ガラス窓の向こうの部屋に向ける。

「実際は、ナウアケが仕組んだ、一連の死体調達作戦の駒の1つにされたのでしょうな。テシュブ先生や我々を学校に封じ込めるための時間稼ぎとしては、オークたちは役に立ったと言えるでしょうし。〔ロックオン〕できましたよ、カカクトゥア先生」

「了解、撃て」


 突然、エルフ先生が命じたので、びっくりしている校長先生と、画面上の大将である。

「何事か……」と口を開けた瞬間、ガラス窓の向こうの部屋で爆発が起きた。かなり分厚い防弾ガラスなのだが、表面に無数の傷ができてしまい曇りガラスのようになってしまった。


 目が点になって床に尻餅をついている校長を引き上げて、エルフ先生が腰まで真っ直ぐに伸びた金髪をかき上げる。

「すいません、シーカ校長先生。ドラゴンのゴーストが発生していたので、撃って滅ぼしました。弱い魔力のゴーストでしたから、見えなかったと思います」


「ど、どらごん!?」とパタパタ踊りを始め出した校長と大将を、とりあえず放置して、エルフ先生がノーム先生に聞く。

「ラワット先生。ドラゴンのゴーストって、地下の魔法具に引き寄せられてきたのかしら」

 ノーム先生がライフル杖を〔結界ビン〕の中に収めながら、肩をすくめる。

「だったら、今までに何度も発生しているハズだよ。シーカ校長の様子を見ると、今回が初めてみたいだし。別の要因だろうね」


 エルフ先生も〔結界ビン〕の中にライフル杖を収納し終えていたが……何か思い当たる節があるようだ。ピクリと肩と背中が反応する。

「ま、まさか……これもサムカ先生狙いじゃないでしょうね。私とパリーが死者の世界へ行った際に、古戦場を見たのよ。その昔、サムカ先生とドラゴンが戦ったとか。1000年ほど前の話だそうけど、ドラゴンって不死でしょ。恨みを買っていても不思議じゃないわよ」


 ノーム先生が困ったような表情で口元を緩めた。

「確かに……テシュブ先生が来るようになってから、ドラゴンだの変な連中が増えたね。〔召喚〕中のテシュブ先生の魔力は弱いそうだから、『復讐』するには都合が良いのかも。さしずめ今は、ゴーストをばら撒いて索敵してテシュブ先生を探している段階かな」

 そして、足元を見た。

「シーカ校長。地下2階の魔法具を確認した方が良いでしょうな。テシュブ先生によると、ゴーストには『依代』が必要とか。異世界にいるドラゴンが遠隔操作できるような魔法具がある可能性が高いですぞ」


 その時、エルフ先生に〔念話〕が飛び込んできた。

(エルフよ。聞こえるかね。緊急事態だ)

 不審に思ったエルフ先生が、〔念話〕で聞き返す。

(誰? ちょっと今、忙しいんだけど。ん? この波動って、もしかして妖精?)

 エルフ先生が驚いて再び聞き返した。確かに人の声ではなく、かなり合成を経た声だ。この声には聞き覚えがある。たしか――

(そうだ、エルフよ。いつぞやはエルフの館への突入で世話になったな)


 ようやく思い出すエルフ先生。サムカ熊と一緒にトリポカラ王国の要塞へ突入した際に、一緒に行動した森の妖精だ。あの時はトラックくらいの大きさのクモの姿をしていた。

(久しぶりね。元気そうでよかったわ。それで、緊急って何かしら)


 エルフ先生が〔念話〕に集中してノーム先生に断りを入れ、部屋の隅に歩いていく。

(現在、各地の森の妖精が集まって、会議を開いているのだが……そこで君が『精霊魔法契約』しているパリーが大暴れをした。引き取りに来てほしいのだ。我々では、手に負えぬ)

 非常に嫌な予感が、背筋を走り抜けていくのを感じるエルフ先生。


 すぐにノーム先生と校長に簡潔に事情を話して、その妖精が送ってきた座標に〔テレポート〕する事にした。

「そう言えば、今日は森の妖精の会議があるとパリーが言っていたっけ」


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