64話
【レブンの故郷】
その頃、レブンは故郷の海中の町に〔テレポート〕して戻っていた。熱帯のサンゴ礁がひしめいている海中を、スイスイと高速で泳いでいく。
「爆炎地獄の後だと、落ち着くなあ……ミンタさんには悪いけれど」
その足で町役場へ向かったのだが……やはり今回も自治軍には参加できず、彼の住所区の自警団預かりとなった。仕方なく自警団詰所へ向かうレブンだ。自警団の団長に挨拶すると、やはり今回も大きな仕事は割り振られなかった。
「……まあ、予想はしていたからいいや」
連絡網に登録してから、実家に向かう事にする。詰所からすぐ近くだ。すぐに家の前に到着して、少し驚くレブンであった。
「あれ? みんな集まってるんだ」
実家のイカクリタ家の中は、ごった返していた。親戚のほぼ全員が避難しに来ているらしく、身の置き場もない。ちなみに、ここの区の自警団は攻撃には参加せずに、区の警戒と物資支援といった後方任務が主になっている。
一通り、親や親戚筋に帰宅の挨拶を済ませて家の隅で休憩していたレブンに、養殖場の管理をしている叔父がやって来た。
「よお、レブンよ。学校での活躍は色々と聞いたぜ。やるじゃねえか。ワシらも鼻が高いわい。おかげで、イカクリタ家の評判も良くなったぞ。養殖の魚も卸値がちょっと上がった」
レブンがお菓子を手早く食べ終えて、叔父に挨拶を返す。海中なので、レブンの姿も黒マグロに手足を生やして衣服を着せたような印象になっている。本来の魚族の姿だ。
「叔父さんも元気そうで良かったです。商売も良い感じですね。ですが今回も僕は、自治軍への参加を断られてしまいました。残念です」
そんなレブンの背中を≪バンバン≫と叩いて、豪快に笑う叔父だ。何となく仕草や雰囲気が、ムンキンやマライタ先生に似ている。
「何事も一歩ずつだ。いきなり出世したら、それはそれで面倒なもんだぞ」
(そうかもなあ……)と思うレブンに、叔父がさらに魚顔を寄せてきた。
「ん? 何だいその画面は」
レブンの手元には小さな水中〔空中ディスプレー〕画面が発生していて、立体海底地形図と非常にたくさんの点が色分けされて表示されていた。レブンが肩をすくめて答える。
「あ。ばれてしまいましたか。実は……僕のシャドウを放って、敵と味方の配置を観察していたんですよ」
そのレブンの一言で叔父の他にも10名ほどの親戚魚族が殺到して、画面をのぞき込んできた。水中なので、音が空気中よりもはるかに速く伝わるためだ。(ああ。そうだったな……)と反省するレブン。
「敵の海賊は、概算で総数4万。僕たちの自治軍は300ですね。このままでは厳しいかな。敵の武装も、高出力の魔法兵器ですね。攻撃待機状態で出る周波数の音波が、多数検知されています」
(そう言えば前回に見た、水平線上に高く上がった巨大な水柱は、この魔法兵器だったのかな……)と思い出す。
叔父が目を白黒させてパニックになりつつあった。他の親戚たちも浮足立っている。
「ちょ、ちょっと待ってくれ。4万だと? どこからそんなに海賊が湧いて出てきたんだ!?」
レブンが肩をすくめる。
「さあ。ともかく、敵は本気だということは分かります。あ。出た」
画面上の敵を示す点の、1割ほどの色が変わった。同時に〔ロックオン〕完了の表示も出る。叔父が首をかしげた。
「なんだこりゃ? 何かやったのかい? レブンよ」
レブンがマグロ頭をかきながら、叔父を見上げる。
「敵の部隊長や小隊長を全員〔ロックオン〕したんですよ。ついでに敵の〔防御障壁〕の術式も〔解読〕しました。じゃあ、この情報を自治軍の司令部に渡しますね」
そう言いながら、レブンがデータ送信を開始する。驚いている叔父たちだが、今ひとつ何をレブンがしたのか理解できていないようだ。反応が中途半端である。レブンもそれは予想していたようで、いつもの魚顔のままだ。
「あ。そうだ。叔父さん。養殖生け簀の警備用に、僕のシャドウの〔分身〕をいくつか貼りつけておきますよ。この騒ぎに紛れて、どこかの盗人が魚を盗みにくるかもしれませんし」
【海賊の野戦病院船】
チューバは海賊軍の最後尾にある移動型の野戦病院船内にいた。ここでも扱いは酷く、応急措置が済んだ後は病院船から追い出されてしまった。今は病院船にロープを引っかけて、チューバの腰ベルトにつなげている。
病院船も海賊軍と共に海中を潜水艦のように移動しているので、それにロープでつながることで、海賊軍からはぐれてしまわないようにしているのだ。なので、遠くから見ると病院船に多くの極細の毛が生えているようにも見えている。
その1本の毛先であるチューバがため息をついた。今はエラ呼吸中なので口から出るのは海水だが。
(……まあ、僕は爆破テロを失敗して逃げてきた卑怯者だし、待遇はこんなもんだろうな)
チューバがぼんやりと戦闘区域となる前方の水中海域を眺めている。現実問題として、野戦病院船の床数には限りがある。これから始まる戦いでは、多くの負傷者が出ることは容易に想像できる。彼らのためにベッド数を確保しておくのは手順でもあった。
チューバの他にも、同じくロープで引っ張られている負傷者がかなりいる。50人ほどだろうか。全て先の学校避難施設への襲撃に参加して負傷した海賊だ。ほぼ全てが魚族である。
前方の水中海域から、轟音と爆音が突如響き始めた。衝撃波も弱いものだがチューバの体を突き抜けていく。
魚頭の口を引き締めたチューバが、残っている右手でロープとベルトの金具フックの状態を再確認する。
「始まったか」
チューバの体はかなりの損傷を受けていた。大ダコが守ってくれたのだが、それでも両足を膝上から失い、左腕も肩先から吹き飛ばされた。顔の左半分もざっくりと裂けていて、左目を失っている。胴体にも大穴がいくつか開いていたが、それは応急措置で塞がれていた。
しかし、さすが魚族と言おうか。水の精霊魔法を使えるので、体を動かす程度であれば支障は出ていない様子だ。
周辺を巡回しているクラーケン族の警備兵たちも水中銃の筒先でチューバたちをつつき回してくるのだが、楽に回避している。あまりにも当たらないので、警備兵が負け惜しみの文句を吐いて病院船の向こう側へ泳ぎ去っていった。
しばらくの間、前方の水中海域では轟音が続いていたが、それが徐々に弱くなってきていることにチューバが気づいた。病院船の中の医療班の顔も外から見えるのだが、慌てている様子がありありと見える。
不審に思ったチューバが右手を振って、〔水中ディスプレー〕画面を発生させた。そして、戦況情報を得るべく病院船の回線に割り込む。が……
「あれ? 何も映らないな。どういうことだろ」
色々と接続や回線を切り替えてみるが、どれも全て機能していない。ここでようやくチューバの表情が険しくなった。
「これって、まさか。海賊の情報網が破壊されたのか? あ。レーダーも機能していないぞ」
病院船の舵にも悪影響が出たようだ。真っ直ぐに進まなくなり、上下左右に蛇行し始めた。チューバらロープで牽引されている、負傷した魚族たちが悲鳴を上げ始める。チューバも病院船の迷走に振り回されて目が回ってきた。
振り回されていたチューバの体が安定して、ほっとした彼の前に、大ダコを引き連れたセマンの男が現れた。
「やあ、初めまして。君がチューバ・アサムジャワ君だね。ちょっと手伝ってほしいことがあるんだけど、いいかな?」
セマンの周りには魚族の男が数名いて、水中銃で武装している。
チューバの体が安定したのは、この大ダコが牽引ロープを引きちぎったせいだと分かった。今はこの大ダコの足が、チューバの体に巻きついて固定してくれている。
(この大ダコは、学校襲撃の時に僕を助けてくれたタコだな。って言うか、コレ……学校の授業で逃げ出したタコじゃないか。大きく育つものだ)
チューバが記憶をたどって思い出していると、セマンの男が近寄ってきた。
彼は魚族と違って水中では呼吸ができないので、水中メガネの下に呼吸用のマスクをしている。水中から電気分解で酸素を取り出し、それを窒素ガスと混合して人工空気を作り出すタイプだ。
マスクの特徴としては、数本の太い触覚のようなパイプが口元から延びていて、水との接触面積を増やしている。その他には、錠剤化された窒素ガスが腰の箱に入っているようだ。
水中メガネもつけており、足ヒレも装備しているが、その程度ではこの水圧やスピードに対応できない。そのため、ソーサラー魔術の支援魔術をいくつか同時起動させていた。
「数ではこちらが圧倒していたし、武装も強力だったんだけどねえ。やられたよ」
水中メガネの中で、大きな墨色の目がギラリと光った。呼吸用マスクの縁に隠れてよく見えないのだが、ちょびヒゲを生やしているようだ。くすんだ黒い深緋色の長髪は、海流に流されて揺れている。
チューバもようやく目が回る状態から脱して、落ち着いてきた。
「君は、何者ですか。セマン族ということは、僕たちの支援者の仲間でしょうか」
チューバの問いには『ただ微笑むだけで答えない』ちょびヒゲのセマンである。
「君の後輩は実に優秀だね。まさか、部隊長や小隊長を正確に暗殺してくるなんて、さすがの私でも想定していなかったよ。シャドウ……とか言ったかな、厄介だねえ。全く〔探知〕できないんだから。おかげで、見ての通り、海賊は総崩れだよ。レーダーや通信も無効にされてしまっては、たかだか300の敵にすら為す術がない。痛い出費になったけど、いや、良い経験になった」
セマンの説明で、チューバにもようやく状況が見えてきた。こんなことができるのは、死霊術使いのレブンに違いない。故郷を滅ぼした海賊に身を寄せることになった境遇を悲嘆していたチューバだったが、その目に少しだけ生気が戻った。が、魚顔のままで表情は変えていない。
セマンの男はそんなチューバの気持ちを読み取ったのか、墨色の目元をわずかに細めて話を続ける。
「今回の連続テロに参加した私だが、途中までは順調だったんだ。軍や警察への対処もできていたし、帝国政府各派閥の分断工作にも成功した。残る障害は魔法学校の生徒だけだったから、念入りに二度も襲撃計画を練ったのだがね。どうやら見誤ったようだ。先程、第二次襲撃も失敗したと報告があったよ」
ここでセマンの男が、残念そうに息を吐いた。たくさんの吐息の泡が、海流に流されていく。
「都市でのテロも、あまり上出来ではなかったようだ。君の友人だった竜族の子も戦死したそうだよ」
ラグが死んだことを聞いて、目を閉じるチューバ。不思議と怒りや悲しみは沸いてこない。ゆっくりと目を開けて、セマンに礼を述べた。
「そうか。ラグも死んだか。名前も知らないセマン族の人、知らせてくれてありがとう。僕も間もなく向かう事にするよ」
セマンの男がマスクの中で墨色の目を細めて、会釈を返す。
「どういたしまして。この海賊も散々だね。せっかく増やした占領地を全て、『海の妖精』に奪われて追い出されてしまったからねえ。もう、この海賊への投資価値はないだろうな。あの妖精、ありゃあ化け物だ。驚いたよ。と、いうことで、君に最後の提案があるんだが。聞くかね?」
そこへ、クラーケン族の警備班が巡回してやって来た。セマンの他に数名の魚族までいるので、よく目立つ。不審に思われるのも当然だ。警備班が水中銃をセマンの男やチューバに向けて泳いできた。
全長が数メートルあるイカ型の獣人で、魚族と同様にイカの体に人型の手足が生えて顔がある。衣服というか戦闘服はかなり丈夫そうな生地で、さらに分厚い防護アーマーも装備している。
「こら貴様ら! 今は戦闘中だ。面会は禁止になっていることを知らんのか」
「セマンの先生も、お引き取り下さい。いくら特別扱いとは言え、規則は規則ですので」
次の瞬間。そのクラーケン族が大ダコが放った闇の精霊魔法の直撃を受けて、全身穴だらけにされた。分厚い防護アーマーや水中銃も一緒になって、ごっそり削られて〔消去〕されている。
その1秒後には、大ダコが放った〔爆破〕魔術によって水中で粉みじんになって、海水に混じって流れていった。
驚いているチューバに、セマンの男が水中メガネの中の墨色の目を細めた。海流に流されている長髪を簡単に両手でまとめてから、懐からバトン状の筒型の魔法具を取り出して見せる。
「使い捨て型の〔使役〕魔術の発生装置だよ。この大ダコを操るのに使っている。ある魔法使いから買ったんだが、かなり高価でね。まあ、命を守るためには仕方がないか」
チューバが水の精霊を操って、腰ベルトにかかっているロープを切り離した。大ダコに体を支えられているので、流されていかない。
「また助けてもらったのか僕は……それじゃあ、話を聞くよ」
チューバの答えに気を良くしたセマンが、筒を懐に戻す。
「そうこなくてはね。私もこのままでは赤字だ。よって、第二案として、海賊のお宝をいただくことにしたんだよ。ここから〔テレポート〕して、あの『海の妖精』が居座っている海域にある宝物庫に侵入する。君には、私が宝をセマン世界へ電送する間、この大ダコと一緒に私を護衛して欲しい。報酬は、私が不要と判断した宝物だ。どうかね?」
チューバがにこやかな笑顔で、残っている右手を振った。
「報酬は、もう要らないよ。そんなに長生きできないからね。分かった、手伝うよ」
【海賊の宝物】
〔テレポート〕した先は、海賊の本拠地だった。既に4人の魚族の海賊が待っていて、他に誰もいない事をセマンの男に報告した。すぐにこの4名の海賊と一緒に、探索にかかる事にするセマンの男である。
「了解。さっさと済ませよう。妖精に気づかれたら大変だからね」
町は海の妖精の介入で、完全に瓦礫の山と化していた。それには目もくれずに、さらに奥の海丘にできた崖の割れ目から中に入っていく。これも『海の妖精』の攻撃でできたものだ。
崖の中には大規模な倉庫が収まっていた。割れ目から侵入したのだが警備も誰もおらず、無人の廃墟のような印象だ。警備システムも破壊されていて、ドアというドアが開いている。
そのために、セマンの男一行は、大ダコと共に楽々と宝物庫へ侵入を果たした。あまりにも簡単すぎて拍子抜けする、チューバと4人の魚族の海賊。
最後のドアも開いていたので、その中に入る。と、海賊たちの間から歓声が沸き上がった。
金貨やダイヤなどの海水中で腐食しない種類の宝石が、床に山盛りになっていた。重量計算でおおよそ100トンは下らないだろう。
狂喜して金貨と宝石の山に飛び込む魚族の海賊たちに、セマンの男が水中メガネの奥で微笑む。
「それは全部、君たちにあげるよ。私は別の物が目当てなんだ」
チューバと大ダコが、セマンの後についていく。本当に金貨や宝石には興味がない様子だ。
セマンの男が杖を取り出して、何かを〔探知〕し始めた。すぐに目当ての場所が見つかったようだ。引き出しを開けて、目当ての物を取り出す。それを見つめる水中メガネの奥の墨色の瞳がキラキラと輝いている。
「?」
チューバが思わず首をかしげた。何の特徴もない、ただの小さな琥珀の板だ。それ自体には、それほどの金銭的な価値はないだろう。気になってつけてきていた海賊たちもガッカリした表情になって、金貨の山へ戻っていった。
一方で、セマンの男は満足そうな笑みを目元に浮かべている。早速、転送用の術式を起動して、琥珀を物質から情報エネルギーに〔変換〕し始める。
すぐに自動運転モードになったようで、暇になったセマンの男がチューバに顔を向けた。
「龍って聞いたことがあるかな。ドラゴンじゃないよ。同じ第6世界の住人なんだけど、引きこもりでね。なかなか都市部には遊びに来てくれないんだ。これは、そのウロコの破片だよ」
チューバが目を凝らしてよく見ると、琥珀板の中に何かある。これが龍のウロコのカケラなのだろう。セマンの男が上機嫌になりながら話を続ける。
「龍はクラーケン族が好物でね。時々やってくるんだけど、たまに脱皮時期と重なることがある。脱皮殻はすぐに分解して消えるんだけど、こうやって琥珀に封じ込めると長期保存できるんだ」
そう言いながら、セマン族の男が小さな琥珀の板を、もう1つ引き出しの中から取り出した。
「こいつは龍の魔法場をごく微量だけど発している。クラーケン族にとっては、龍が来襲した時に『お守り』として持っておくと効果が出るんだよ。魔法場が〔干渉〕して音を発するんだ。警報器としても使えるし、龍に対する簡易な〔防御障壁〕も展開できる。それで、こうやって収集して保管しているってわけだ。クラーケン族に似た種族は、様々な異世界にいるからね。高く売れるんだよ」
チューバが話を聞きながら、そんな商売もあるのかと感心している。セマンの男が更に数枚の琥珀の板を、引き出しから取り出していく。
「ついでに、その種族と友好関係に持ち込む道具にもなる。他の商品を売り込む足場としても使えるんだ。この海賊には、もうコレは必要ないからね。堂々と回収できる」
ペラペラと親切丁寧に説明してくれたことを不思議に思うチューバだったが、すぐに理解できた。背後から4人の魚族の海賊たちがニヤニヤしながらやってきたのだ。こちらに水中銃の筒先を向けている。
「そういうことかよ。だったら、俺たちにも寄越せ。全部だ。俺たちの仲間も、もうじきここへ駆けつける手筈だぜ」
セマンの男が安堵した目をして、チューバに話しかける。
「やはり、私の味方になりそうなのはチューバ君だけのようだね。では、私の護衛をよろしく」
チューバが残っている右半分の顔で苦笑し、同じく残っている右手の指を≪パチン≫と鳴らした。
「ぐ、は!?」
4人の海賊が全員、数秒間ほど苦悶の表情を浮かべた後……そのまま気絶して水中を漂い始めた。
とりあえず説明するチューバだ。大ダコが海賊たちを攻撃しようとしていたのを体を寄せて制止する。
「体内の血液の酸性度をちょっと〔操作〕しました。今はショック状態ですが、1時間ほどすれば回復しますよ」
セマンの男がチューバの顔を見て、惜しそうに肩をすくめる。
「私の見立てた通りの人だね。このまま死なせるのが惜しいよ」
しかしチューバの態度が全く変わらないので、セマンの男が別の話題に切り替えた。懐から『赤い液体が入った薬ビン』を取り出して、チューバに投げて渡す。
「それも高価な品なんだが、まあ仕方がないかな。私からの餞別だ。〔バンパイア化〕する薬だよ。判断はさすがに君に任せるけど、飲んで〔バンパイア化〕してほしい。そこに浮かんでいる海賊にも噛みついて、彼らも〔バンパイア化〕させて、君の眷属にしてくれると助かる。『海の妖精』が感づいたようなんだ」
一番向こうで漂っていた魚族の海賊の1人が、絶叫を放って激しく痙攣し始めた。
チューバが水の精霊魔法を発動させる。痙攣している海賊の手前で漂っている、まだ無事な3人の魚族の海賊の所までジェット噴射で高速移動した。すぐに、3人の海賊の手を〔拘束〕魔術でつないで、残っている右手でつかんで引き寄せる。そのままジェット噴射を逆転させて、元いた場所まで引き返す。
同時に、水の〔防御障壁〕を床から天井まで伸ばして展開し、壁のようにして部屋の水を区切った。こちら側の海水は淀みのようになって動きがなくなる。
(僕の〔探知〕魔術でも敵影の反応がない。ということは、数キロ以上も遠くから攻撃してきているのか)
チューバが張った水の壁の向こう側では、1人残された魚族の海賊が絶叫しながら全身を激しく痙攣させていた。そして、残念ながら、壁のこちら側のチューバにも及んだようだ。手足の先から急激に違和感が生じてくる。やはり、この程度の防御では意味がない。
一瞬目を閉じたチューバが『赤い液体が入った薬ビン』を取り出して、そのまま口の中へ放り込んだ。海中なので普通にビンを開けると、周囲の海水に混じり込んで拡散してしまう恐れがあるからだが……それにしても思い切った飲み方だ。
ガラス瓶が口の中で砕ける音がして、チューバの脇の下にある排水用のエラのスリットから血がにじみ出した。口の中がガラスで切れたせいだろう。今のチューバは完全に魚頭になっていて喉がないので、薬を飲んだのかどうかは外見からでは分からない。
数秒して、口から「ペッ」とガラスの破片を吐き出す。そのチューバの動きが硬直した。目の色が赤くなり、魚らしい青磁のような銀色の皮膚から完全に血の気が引いていく。
しかし、それも数秒間の出来事だった。すぐに動きを取り戻したチューバが、手を取っていた3人の魚族の海賊の腕に噛みついた。あまりの痛さに正気に戻った海賊たちが暴れるが、チューバの〔拘束〕魔術のせいで逃げ出せない。
数秒もすると、3人の海賊たちも血の気を失って、赤い目になり暴れなくなった。ここでようやくチューバが海賊たちの〔拘束〕を解除して、命令を下す。
「この大ダコを守り、その指示に従え」
「ガルル……」と獣のような唸り声を上げた海賊バンパイアたち3人が、大ダコを守るように仁王立ちになった。大ダコはセマンの男を守るように、彼の使役魔法具で命じられているので、これでいい。
海賊バンパイアまでセマンの男を守るように命じると、下手をすると大ダコを敵として認識して攻撃する恐れがあるからだ。命令の序列がこれで出来たので、セマンの男を守る点においては、命令の混乱が起きにくくなる。
一方のチューバは独立した行動がとれるようになった。右手を握ったり開いたりして、赤い右目で自嘲気味に笑っている。ズタズタになっている左半分の顔や左目は〔復元〕しなかったので、笑顔がかなり引きつっているようにも見えるが。
「〔バンパイア化〕しても、〔妖精化〕は阻止できないのか。多少遅らせることができただけだな。まあ、いいか」
だが、彼の魔力は桁違いに強力になっていた。〔探知〕能力もいきなり15キロ圏までを網羅できるようになっている。そのため、ようやく妖精の位置が特定できた。チューバが赤い右目で、呆れたようにつぶやく。
「うわ……ここから8キロ先にいた。本当に化け物だな。これじゃあ、せっかく〔バンパイア化〕しても攻撃できませんよ、セマンさん」
セマンの男も、さすがにこれほどの化け物だとは考えていなかったようだ。長い髪を手でかいて、口のマスクから吐息の泡をボコボコ吐き出すばかりである。とりあえず、電送状況を確認しつつチューバに告げた。
「仕方ないな……防御に専念してくれ。このデータ送信が完了するまで時間を稼いでくれれば、それでいい」
そして、電送用の魔法陣の真上に小さな〔水中ディスプレー〕画面が出た。カウントダウン表示になり、残り時間は30秒を切ったところだ。
水の壁のような〔防御障壁〕も、〔バンパイア化〕以降はマシになっていた。チューバが感じる自身の〔妖精化〕の進行速度が遅くなっている。
それでも、出来る限りセマンの男や大ダコには〔妖精化〕の魔法場が届かないように、水流を工夫する。チューバにも〔妖精化〕をもたらす魔法場は〔察知〕できないのだが、それでも考え得る範囲で出来る限りのことをしている。
水の壁の外に残された1人の海賊は、急速に〔妖精化〕の最終症状を呈してきていた。
激しく痙攣しながら断末魔の絶叫を放ち続けている海賊の体から、次々に手のひらサイズのヒトデが生まれていく。それらが床にボタボタと音を立てて落ち始めた。衣服も装備も関係なく、海賊の体と一緒にヒトデになっていく。
〔バンパイア化〕した3体の海賊の内、2体の挙動がおかしくなり始めた。ガッカリするチューバ。
「うう……この2体もヒトデになりそうだな。命令が利かなくなってきた。仕方がない、廃棄するか」
ガタガタ震えはじめた2体の海賊バンパイアを、水の〔防御障壁〕の外に出す。とりあえず、最後の命令を下すチューバだ。
「君たちは、この施設内に留まるように。侵入者が来たら攻撃しなさい」
『海の妖精』がここへ侵入してくる可能性もあるので、その囮役にするつもりなのだろう。この2体のバンパイアに妖精の注意が向けば、それだけ脱出などの時間を稼ぐ事ができる。
「が……ご……」
このバンパイアは、言葉を発する機能を持ち合わせていない様子だ。かなりぎこちない動きながらも、チューバの命令を聞いて部屋から出ていく。既に手足からヒトデが噴き出し始めている。
その後ろ姿を見送って、固い笑みを浮かべるチューバとセマンの男である。
「〔妖精化〕かあ……。とんでもないな」
「うむ。食らったら最期だな、これは」
チューバもセマンの男も〔妖精化〕現象は初めて見るようで、呆気にとられている。
セマンの男の方は好奇心を刺激されたようだ。懐から簡易杖を取り出して、小さな〔水中ディスプレー〕画面を呼び出して撮影し始めた。さすがにチューバが赤いジト目になる。
「あのう……セマンの人。命の危機だというのに、余裕ですね」
セマンの男は水中メガネの奥で墨色の目を細めて笑いながら、撮影を続けている。くすんだ黒い深緋色の長髪が、ゆるやかに揺れている。何となく海草が揺れているように見える。
「性分ってやつでね。ちなみに、この体は現地生産したクローン体だ。用済みになれば、廃棄するよ。あ。この妖精に何かされると困るから、爆破させるか」
そう言われたチューバも意外に平然としている。赤い瞳をキラリと輝かせた。
「噂では聞いていましたが、クローンでしたか。まあ、僕も人生の最期にこうして楽しむことができましたし、別に文句も何も言うつもりはありませんよ。強いて言えば、この大ダコ君だけは生きて逃してあげたいですね」
セマンの男も大ダコをチラリと見上げて、何やら考えている。
「……そうだな。生き証人という訳じゃないが、こいつを生かしておけば後々、妖精ども相手に交渉できる足掛かりにできるかも知れないな。分かった。私もこいつを逃す手を講じてみよう。ちょっと待ってくれ、私たちのリーダーに相談してみる」
そう言って、何やら小さな〔水中ディスプレー〕画面を新たに出して、操作し始める。チューバがそれを横目で見て、『セマンはチームで関わっていた』のかと理解する。
そうこうする内に、電送が完了したという表示が出た。その頃には、水の壁の外には人影は全くなく、ヒトデだらけになっていた。
セマンの男が喜ぶかと思ったチューバだったが、思いのほか悔しそうな顔をしているので意外に思う。水の〔防御障壁〕が浸食されて崩壊し始めてきた。
「リーダーと連絡がつかない。まさか、奴が情報を漏らした本人だったとはなあ。これも誤算だったよ。儲けはリーダーが独り占めだな」
そう言って、セマンの男が魔法陣を全て消去し、壁に「ペタリ」と貼りついた。
「では、ここまでだ。一応、対爆破用の〔防御障壁〕を展開してくれ。そのバンパイアの体であれば、かなり使えるはずだ。存分に暴れて死んでこい。じゃ!」
明るく別れの挨拶をしたセマンの男が、大爆発を起こした。
宝物庫の壁が全て吹き飛び、衝撃波で宝物や設備がバラバラになる。天井まで吹き飛んで、青く輝く海面が見える有様だ。ヒトデも全て粉砕されて消滅した。彼が貼りついた壁にも大穴が開いて、外の景色が見えている。
〔防御障壁〕を解除したチューバが、大ダコと海賊バンパイアを引き連れて、猛ダッシュで脱出した。
「くは。さすがに外に出ると、きつい攻撃になるか」
チューバが高速で海中を突き進みながらグチを漏らす。すぐに敵の妖精に補足されてしまったようで、〔妖精化〕が始まってきている。
チューバの右手から感覚が消えていく。膝上からちぎれている両足の腿からも、強烈な違和感が走り始めた。
左肩や左目跡からは激痛が起こる。大ダコも足が1本、また1本とヒトデだらけになり、そのたびに、その部分を自分で切断して除去している。海賊バンパイアも、両足先からヒトデが湧き始めた。
「よし、敵の索敵圏外に出た。〔テレポート〕!」
【お別れと仇討ち】
〔テレポート〕した先は、戦場のど真ん中だった。
チューバが赤い右目を動かして、戦場の状況を素早く把握する。海賊は完全に瓦解していて、ただの烏合の衆になっていた。右往左往して海中を逃げ回り、同士討ちまでしている。
自治軍の方は一糸乱れない連携で、数個の密集陣形になった攻撃部隊が、烏合の衆と化した海賊軍を殲滅していた。
自治軍も海賊の反撃を受けて150人ほどにまで削られているようだが、いまだに士気は非常に高いようだ。下を見ると、病院船が爆発を繰り返しながら海の底へ沈んでいくのが見えた。
「戦況はもう決したな。海賊の負けだ」
レブンのシャドウが早速〔察知〕してやって来た。それを水の精霊群に包み込ませ、そのまま死霊術場を〔消化〕する。溶けるように消滅するシャドウに、「フン」と一睨みするチューバだ。さすがにバンパイアの今では、敵シャドウの〔察知〕が容易になっている。
そして、大ダコと海賊バンパイアの〔妖精化〕の程度を調べる。大ダコは、ほぼ全ての足が〔妖精化〕していて頭の一部にも広がっていた。
チューバが赤い目を細めて、右手を振り上げる。彼は格闘術を本格的に学んでいなかったので、放課後のクラブ員たちが練習している様子を見ただけの『見よう見まね』だ。それでも今は〔バンパイア化〕しているので、体機能は生前よりも段違いに向上している。(何とかなりそうだ……)と思うチューバ。
「学校襲撃の時に、僕をかばって受けた被害とほぼ同じか。何度も傷つけて済まなかったね」
そのまま、右手を手刀にして、タコの〔妖精化〕された足全てと頭の一部を瞬く間に切り落とし、切除した。切り離されたタコの一部は、そのままヒトデを撒き散らしながら青黒い海底へ沈んでいく。一方のタコ本体を注意深く観察するチューバ。
ややあって、ほっとした表情になって赤い目の光を和らげた。
「よし、うまくいったようだな。〔妖精化〕が止まった」
「さて……」と海賊バンパイアにも顔を向ける。こちらは既に死亡して〔バンパイア化〕していたので、〔妖精化〕の進行も緩やかなものになっていた。この点はチューバと同様だ。
しかし、それでも両足の膝から下は手遅れの状態である。再びチューバが手刀を振るって、海賊バンパイアの両足を膝から切り落とす。もう死んでいるので、それほど血は出ていない。
「うん、これも大丈夫だな。では、改めて命じる。この大ダコを守り、その指示に従え」
そして再び大ダコに近寄って、その大きな黒い目に顔を寄せる。
「君はもう自由だ。どこへとも行くと良い。セマンの魔法具による〔使役〕魔術も効力が消えているね。じゃあ、ここで別れよう」
そして、左肩の傷口の中に自身の右手を突っ込んで、体内から小さな〔結界ビン〕を取り出した。激痛が起きるのを予想していたのか、チューバが顔をしかめていたが……拍子抜けの表情になる。
「あれ? 痛みがないな。死んでいるからかな。まあ、いいか」
チューバが〔結界ビン〕の蓋を開けて、中身を大ダコに飲み込ませた。少し満足そうに微笑む。
「僕とラグとバントゥ君の、〔蘇生〕〔復活〕用の生体情報と組織サンプルだよ。僕たちには、もう不要な物だ。だけど、君の魔力補給と栄養補給には適しているはずだ。ここから脱出したら、この海賊バンパイアを食べて栄養補給してくれ。こんな物しか報酬にできなくて済まないね」
海賊バンパイアを大ダコに抱きつかせて、赤い右目を細めるチューバ。大ダコの動きが活発化してきたのを確認して、うなずいた。
「よし。戦闘海域から脱出して、どこへでも行け。最期にタコだけでも救えて良かったよ」
海賊がついに総崩れに陥って、敗走し始めた。その主力部隊が逃げていく方向に顔を向ける。
「さて、行くか」
そのまま2キロほどを〔テレポート〕して、敗走する海賊の正面に出現した。それでも、数は500ほどある。手足や胴からヒトデが湧き出してくるが、赤い瞳を爛々と輝かせて大音声で名乗り、海賊の正面に立ちふさがった。
「僕はチューバ・アサムジャワ。一族の仇を今、果たす! 死にたい者はかかってこいっ」
【魔法学校】
その頃。瓦礫の撤去が続いている魔法学校の運動場では、駐留警察署と軍警備隊詰所の完全武装部隊が協調して拠点防衛陣地を形成していた。鶴翼型の包囲陣形で、隊員は皆、物理攻撃用と〔マジックミサイル〕用の複合〔防御障壁〕を展開させる魔法具を使っている。
敵のオーク軍はパリーによって森から追い出されてしまい、運動場との境目に陣取って、同じような対物理と対魔法の〔防御障壁〕を魔法具を使って展開していた。〔防御障壁〕の色が両陣営で異なるので、別々の製造元の魔法具なのだろう。
両軍の〔防御障壁〕は実際かなり強固だった。銃撃はもちろんロケット砲攻撃やレーザー光線攻撃、爆弾や麻痺性ガスのみならず、大地の精霊魔法による石筍や水晶、金属塊の射撃攻撃も見事に防御している。
もちろん、精霊界などへの異世界へ攻撃を〔テレポート〕するような高度な機能ではないので、単純に運動ベクトル操作を行って、敵の攻撃の軌道を曲げる程度の〔防御障壁〕ではあるが。
そのため、〔防御障壁〕に沿って弾かれた弾丸などが、大量に後方の森や瓦礫の山と化した校舎跡、さらにその向こうの寄宿舎にまで流れ飛んでいる。
森の上空や寄宿舎の周囲には、さらに強固な〔防御障壁〕が展開されているので、爆発などが起きても森や寄宿舎への被害は出ていない。
森の中には、パリーが他の森の妖精や精霊たちと一緒に佇んでいて、ニヤニヤしながら侵入者である100人余りのオーク軍を見つめていた。既に隊長や指揮官が死亡しているようで、組織だった作戦行動が取れていない。
時折、オーク兵がパリーたちに、運動場から携帯ミサイルなどを撃ち込むが……森に届く前に50羽もの小鳥や羽虫に〔変換〕されてしまっている。金属や樹脂、それに燃料までも瞬時に生物にしてしまう、生命の精霊魔法だ。
そして、鳥や虫になった元ミサイルは180度方向を変えて、オーク兵たちへ襲い掛かっていく。
オーク兵はかなり最先端のステルス性の魔法の戦闘服と防護アーマーで武装しているので、本来ならば兵士の姿は肉眼でも赤外線カメラでも認識できない……はずだった。それも当たり前のように〔無効化〕されてしまっている。
鳥や虫がオーク兵の体に当たった場所が、生物になって脱落していく。その新たに発生した鳥や虫が、兵士に襲い掛かる。見た目は〔妖精化〕の穏やかなバージョンにも見える、生命の精霊魔法による〔同化〕攻撃だ。
もちろん、この虫や鳥は基本的には普通の生物なので、銃も効くし爆薬で燃やすことも容易だ。なので、15秒ほどで完全に駆除できている。パリーたちは遊んでいるのか、能動的にオーク軍へ攻撃を仕掛けて来ていないので、それもオーク軍にとっては僥倖だった。
パリーたちの怠慢により、オーク軍と対峙している軍や警察連合部隊が攻撃の主力になっている。魔法具による各種〔防御障壁〕を展開しつつ、銃やロケット砲、それに魔法銃による〔レーザー光線〕や〔マジックミサイル〕攻撃を、休むことなく敵オーク軍へ浴びせ続けている。
「各小隊は、打撃力の強度をそのまま維持。〔防御障壁〕担当小隊は、交代のカウントダウンを同期させろ。訓練通りに落ち着いてやれよ」
警察署長が無線で、各小隊へ激励の言葉をかけている。実際の戦闘指示や情報支援は、専門の情報係官がいるので彼らに任せているようだ。情報係官は各小隊ごとに1名が割り振られていて、無線で交信している。
「3、2……交代。完了を確認。〔防御障壁〕の消失や出力低下は起きず。訓練通りです、署長」
その情報係官からの冷静な報告を次々に受けた警察署長が、安堵しつつも狐目を輝かせた。
「よし。次の交代も頼むぞ。交代時の〔防御障壁〕受け継ぎトラブルが、拠点防衛戦での最大の弱点だからな」
獣人族は魔力を持たない者がほとんどなので、魔法具を使用して〔防御障壁〕展開や魔法攻撃を行っている。魔法具は例えていうと電池式なので、魔力が切れると途端に〔防御障壁〕が消失したりするのだ。拠点防衛戦では、〔防御障壁〕が途切れて消えてしまうことは、そのまま全隊の危機に直結する。
それを防ぐために、こうして定期的に小隊を交代する必要がある。その際には、〔防御障壁〕の受け継ぎ時間が短時間であればあるほど良い。
「しかし、敵の姿が丸見えで、我が隊も丸見えという状況は想定外だったな。おかげで測位小隊群の出番が全くなくなってしまったが」
警察署長がややドヤ顔気味に、手元の〔空中ディスプレー〕に映っている軍警備隊長にぼやく。警備隊長も署長と同じような指示を軍小隊に下していたが、大きくうなずいた。
ちなみに警察署長は運動場から離れた後方にある警察署内の作戦ルームに立っていて、現地の状況を映像で見ている。軍の警備隊長は軍の詰所内の作戦ルームにいて、警察署長にドヤ顔で返した。
「そうですなあ。本来でしたら、我々の小隊は校舎の中に潜んで、狙撃中心で敵を攻撃するのですがね。肝心の校舎が瓦礫の山では、隠れようがありませんよ。かといって森の中に小隊を配置することは、パリー氏から禁止されてしまいましたし。はっはっは」
警察署長が警備隊長の低い笑い声に反応して一緒に笑いながら、作戦ルーム正面の分割〔空中ディスプレー〕の情報を確認する。
「各地の森の妖精が、我々警察や軍の動きを警戒しているようですからなあ。彼らの手前、さすがのパリー氏でも、森の中に我々を入れる事をためらうのでしょうな。これまでの戦闘経験では火力の集中を行いすぎて、短時間で魔力が尽きてしまうことがよく起きました」
実際に地雷からうまれた巨人ゾンビに対しては、そんな醜態をさらしていた。
「敵の〔防御障壁〕切り替え時を狙う戦術に変更したのは、良い判断だったと思いますよ。我々指揮官の負担は増しますがね、はっはっは」
しかし、それだけではオーク軍の〔防御障壁〕を破壊することは難しい状況だ。
味方側の攻撃火力や魔力量は、これまでのバジリスク幼体攻撃の時よりも倍近く上なのだが……やはり敵オーク軍の〔防御障壁〕の能力は非常に高いものがある。
切り替えの瞬間に攻撃を集中する事により、敵兵がバタバタと倒されていくのだが……少数だ。しかも〔治療〕魔術によって戦闘に復帰してくる。
「この攻撃ですと、無力化できる敵の数が少ないのが欠点ですかね。これまでの攻撃履歴では、1名から2名だけです。全く攻撃が届かない事に比べるとマシですが、これでは『こう着状態』ですな」
軍の警備隊長のグチに、警察署長も同意する。
確かに、敵の〔防御障壁〕切り替えを狙ったピンポイント攻撃で、回復を許さずに仕留めることができるのは、せいぜい2名程度までだ。自軍の被害は出ていないので、この戦術で良いとも言えるのだが……それにしてもじれったい。
「魔法戦闘というのは、こういうものなのでしょうな。ですが、援軍が来たようですぞ」
作戦ルームの正面画面の1つに、生徒たちの顔が映し出された。ムンキン党、リーパット党、それにアンデッド教を含む全校生徒、それに先生方だ。校長がようやく折れたらしい。
代表して、エルフ先生が署長と隊長に攻撃準備完了の知らせをする。同時に新たな共有回線網が形成されて、先生や生徒たちの情報が一度に表示された。
それを手慣れたように情報係官たちが処理して、攻撃と守備小隊を含む全隊に共有し、情報網を結合する。全校生徒数は、結局360人から19人が退学して、341人になっていた。これにカウント外のジャディが加わるので342人となる。
これに加えて先生たち9人の大人数の情報なのだが、さすがは専門家の情報係官たちだ。数秒で共有情報網を再構築し終えた。
「遅れてすいませんでした。では、作戦に従って魔法攻撃を開始したく思います。攻撃許可を申請します。署長、隊長」
エルフ先生の申し出を受けて、警察署長と軍警備隊長が互いの手元画面越しにうなずく。
「了解した。警察署長の命をもって、攻撃を許可する」
「了解。軍警備隊長の名で、作戦の実行を許可する」
分割画面の向こうで、生徒たちが気勢を上げた。先生ではバワンメラ先生とタンカップ先生が雄叫びを上げている。
そして一斉に攻撃魔法が寄宿舎の前庭から、瓦礫状の校舎を飛び越えて正確に運動場の敵オーク軍に放たれた。
光の精霊魔法だけは直進しかできないので、軍と警察の守備小隊が張っている〔防御障壁〕の先に〔テレポート〕魔法陣が生じ、そこから放たれている。
生徒と先生による攻撃が加わったのを境にして、急速にオーク軍に不利な状況に持ち込む事ができるようになっていく。
敵の〔防御障壁〕の術式が〔解読〕されて、攻撃が貫通するようになり、1人、また1人と完全武装しているオーク兵が倒れていく。トドメになった致命傷の攻撃によって、彼らの最期の様子もまちまちだ。
銃撃で穴だらけにされる者、ロケット砲の直撃や〔爆裂〕魔法を受けて爆散する者、〔レーザー光線〕や〔火炎放射〕に〔電撃〕によって燃え上がって炭になる者、〔石筍〕を浴びてハリセンボンのような姿になりそのまま〔石化〕する者、〔液化〕や〔気化〕する者、〔精神支配〕を受けて自殺する者、心臓〔麻痺〕をもたらすガスを浴びてショック死する者などなど。
これら大半の攻撃魔法は、本来の教育指導要綱では想定されていなかった種類のものである。サムカやエルフ先生の活躍で、他の先生も本国からの指示で教えることに変わった。
もちろん、見ての通り殺傷能力が非常に高いので、使用には軍や警察からの『許可』が必要になる。この点は〔側溝攻撃〕と同じ手順だ。
生徒たちは、自身の専門クラスの魔法を使用している者がほとんどになる。
なので、法術や魔法工学、幻導術や招造術、占道術といった後方支援向けの専門クラス生徒たちは、直接攻撃には参加していない。〔治療〕や魔法支援を、精霊魔法と力場術とソーサラー魔術専門クラスへ施している。同時に軍と警察部隊への魔法支援も開始した。
魔法具による〔防御障壁〕に加えて、生徒たちによる〔防御障壁〕が加わったので、ほっとする警察署長と軍警備隊長だ。これで、魔法具交換による小隊交代の厳密さがかなり緩和できる。数秒間程度なら、何かトラブルが起きて警察と軍の〔防御障壁〕が途絶えても問題ないだろう。
魔法工学の専門生徒たちはドワーフのマライタ先生と共に、寄宿舎と教員宿舎、それに警察署と軍警備隊詰所施設の保安警備システムへ介入してきた。リアルタイムでセキュリティの強化を行っている。敵オーク軍が使用している兵器や魔法が特定されたので、それに対応したシステムにするためだ。
マライタ先生の指示が次々に飛んでいて、マスック・ベルディリ級長が的確に専門生徒たちへ割り振っていく。
そんな次々に起きる先生と生徒たちの支援に、改めて舌を巻く警察署長と軍警備隊長。作戦ルームの分割画面に表示される情報の推移を、感心しながら見守る。
「さすがは、魔法学校の先生と生徒ですなあ。一時は我々の装備の方が上回っていたのだが、すぐに強化してきたか。確かに、帝国を襲う敵としては、彼らは脅威に映るでしょうなあ」
かなり戦況が好転したので早速、軍警備隊長と画面越しに雑談を始める警察署長。警備隊長も仕事が急に減ってしまい、今や情報係官に任せれば良い状況なので雑談に応じてきた。
「いかにも、いかにも。敵オーク軍も決して練度が低いわけではないですからなあ。パリー氏のせいで森から追い出されて、ドワーフの警戒システムのせいで寄宿舎や教員宿舎へ侵入できませんからねえ。結局、我々に追い立てられて、運動場の隅に逃げるしかなくなった。実際、我々はタカパ帝国内で最も安全な場所にいるのかもしれませんな」
警察署長も深く同意する。狐族なので尻尾があるのだが、今は戦闘指揮中なので尻尾を収めるような仕立てがされた戦闘服を着ている。なので、お尻がかなり巨大に見える姿だ。
「そうでしょうなあ。しかし、この世界にはオークは存在しておらんはずだが。いったいどこから〔テレポート〕してきたのやら。生存者には尋問して侵入経路を聴き出さないといけませんな」
軍警備隊長も同じ疑念を抱いている表情をしている。
「恐らくは、セマンが絡んでいるのだろうな。文献では、オークが多く棲む世界は『死者の世界』だそうですな。あのアンデッド先生と何か関わりがあるのやも知れませんな」
警察署長が無言で反応するのを横目で見て、軍警備隊長が別の画面の表示に目を移した。ちょっと困ったような顔になる。
「生徒は魔法は得意でも、やはり組織戦闘の訓練を受けていないのでしょうな。生徒の一部が突出してしまっておるわい」
リーパットは魔法が苦手である。3年生なのだが、成績は全校で最下位だ。同じ狐族で腰巾着のパランも最下位層で、赤点ギリギリだ。なので、魔法具を得ても、それを使いこなすには非常に苦労する。
今、リーパット党が持っているのは、軍と警察の装備更新により処分された魔法具の流用だったりする。魔法工学専門クラスで作成した魔法具も装備しているが、こちらは魔力の低いリーパット主従には少々荷が重い。起動不良や強制停止を起こしてしまうためだ。
寄宿舎の前庭にいると瓦礫の山の向こうの敵軍を目視できない。そのために、支援魔法を使って測位することになるのだが……リーパット主従にはそんな余力などない。
従って、招造術専門クラスの支援で空中に浮かび上がり、上空から敵軍を目視できる位置まで上昇する必要がある。〔測位〕魔法も苦手なので、魔法工学専門クラスの支援で測位機器を搭載した紙飛行機を飛ばしてもらっている。
そのままでは、敵から丸見えで『攻撃目標』になるだけなので、幻導術専門クラスの支援で〔ステルス化〕魔法とダミーの〔幻影〕の配置をしてもらっている。
遠距離攻撃になるので、魔法具で放った攻撃魔法を〔ロックオン〕した敵に当てるにも魔力が必要だが……その余裕もない。そこは占道術専門クラスの支援で〔命中率操作〕の魔法を受けている。
とまあ、頼りっきりの状況なのだが……当のリーパットは偉そうにふんぞり返っていて、感謝の言葉もかけない有様だ。
「我がブルジュアン家のために尽くすことは、帝国のためでもあるからな! 狐族はもとより、卑民である竜族や魚族が我に尽くすのは義務である」
すかさず腰巾着のパランがリーパットに拍手する。新参の側近であるチャパイは、リーパットの代わりに専門クラスの級長の間を駆け回って、調整作業をしている。
元バントゥ党員だった魔法工学のベルディリ級長や、幻導術のウースス級長、それに招造術のクレタ級長は、傍若無人なリーパットを見て険しい表情をしている。しかし、それだけで特に文句や非難はしていない。
表立って文句を言っているのは占道術のスロコック級長だけだった。ちなみに彼はアンデッド教徒なので、旧バントゥ党とは無関係である。青緑色の瞳を不満で濁らせて、近くへやってきたチャパイに魚顔を向けた。
「おい、チャパイ君。君のご主人様に伝えておけ。こう見えても占道術は忙しいんだ。〔運〕の強化にも限度があるからな。調子に乗っていると、敵の流れ弾に当たって死ぬぞ」
チャパイが狐顔を不満で膨らませて、頭と尻尾の毛皮を逆立てる。
「何を言うか、この魚族が。リーパット様が寛大な御心で、役に立たない占道術を取り立てて下さっているのだぞ。思い上がるな、当たらない〔占い〕ばかりのくせに」
占道術の専門生徒たちがざわめきだした。級長のスロコックも魚顔をセマン顔にして仏頂面になっていく。
「あ? 役に立たないのは、貴様らの方だろ。全校最下位の落ちこぼれの集まりの癖に」
それを聞いて激高したチャパイが、スロコック級長に詰め寄っていく。
「言ってはならない事を言ったなっ」
実はチャパイの成績自体は全校でも中位なのだが、今はリーパットを擁護するつもりのようだ。スロコックも一歩も引かず、それどころか〔確率操作〕の占道術魔法を詠唱し始めた。一撃必殺のカウンターの拳でも叩き込むつもりのようだ。
そこへ、コントーニャがヘラヘラ笑いながら割って入ってきた。
「ケンカしている場合じゃないでしょー。チャパイさんは、リーパット党主に定時連絡うー。スロコック級長は、どこかへ遊びに行ってるティンギ先生の行方を捜してよー」
2人ともそれほど好戦的な性格ではないので、思ったよりも素直にケンカを中止した。
スロコック級長がコントーニャに軽く礼をして、専門クラス生徒たちを落ち着かせに向かう。チャパイも腰ベルトに引っかけていた通信魔法具を取り上げて、連絡を始めた。
コントーニャがニヤニヤ笑いながら軽く肩をすくめている。
「アンデッド教徒は、この程度で収まるんだけどねえ……旧バントゥ党は頑固で面倒だわー」
バントゥ党から見れば、彼女はリーパット党へ寝返った裏切者だ。ベルディリやウースス、それにクレタ級長から冷ややかな視線を浴びているのは、当然ではある。
「バントゥ党は解散したんだからー、さっさと気持ちを切り替えれば良いのにー。チャパイさんなんか、腰巾着第2号として頑張ってるんだからー、彼を参考にすれば良いだけなのになー」
コントーニャが少し呆れた表情で頑固者3人と、チャパイとを見比べている。
そのチャパイからの連絡を受け取りながら、パランが主人を褒めまくっていた。腰巾着という意味では、パランの方が年季が入っている。
「さすがはリーパットさまっ。帝国に仇なす異国の蛮族どもを討ち果たして下さい」
他の40名に上るリーパット党員も、パランと一緒になって拍手喝さいしていた。彼らはリーパット主従と違い、魔力がちゃんとあるので支援魔法を必要としていない。
《ファサリ……》と尻尾を優雅に振ったリーパットが、魔法具を構えた。2メートルほどある杖状の魔法具で、エルフ先生が使っているようなライフル型の杖に似ている。
獣人族の身長は1メートルほどなので、倍もある巨大な魔法武器だ。そこそこ重量もあるようで、リーパットが大汗をかきながら、銃身を敵軍へ向ける。
既に敵を〔ロックオン〕しているので、少々杖の先がずれていても命中する……のだが、杖の先の震えが尋常ではない。慌てて杖を支えようと手を伸ばすパランに足蹴を食らわせたリーパットが、大汗をかきながらも高らかに宣言した。
「異世界の蛮族ども! タカパ帝国は狐族のための高貴な帝国だ。貴様らのような汚物は、我が鉄槌を受けて滅びるがいい!」
そのまま、魔法具から攻撃魔法である〔レーザー光線〕を撃ち込んだ。
出力はかなり低いようで、質も悪く、レーザー光が水蒸気や空中の塵に乱反射されてしまい、真っ赤な光の筋が明瞭に見える。
敵の〔防御障壁〕に相当量が遮断されてしまったようだが、それでも何とか貫通して敵オーク兵の魔法処理された防護アーマーに届いた。すぐにアーマーが溶けて気化し爆発する。2メートルほど後方へ吹き飛ばされるオーク兵だ。
リーパットがドヤ顔になって、上空から敵軍を見下ろす。〔ステルス化〕されているので、敵からは見えていない様子だ。
「どうだ。我が力は!」
やんややんやの喝采が、リーパット党員40名の中から湧き上がる。そして、リーパットが勇ましく2メートルの杖型魔法具を振り回して、敵軍に≪ビシッ≫と先を向け直した。
「さあ、皆の者、撃て!」
一斉に40本もの赤い〔レーザー光線〕が放たれる。しかし既に敵は術式を〔解読〕していた。今度はなかなか攻撃が当たらず、当たっても〔防御障壁〕を抜けにくくなっている。リーパットがさっさと一斉射撃の指示を出さなかったので、対処されてしまったようだ。
そして、撃ち倒したはずのオーク兵も『むくり』と起き上がって、平然と〔防御障壁〕を展開して攻撃を再開し始めた。リーパットのドヤ顔が曇る。
寄宿舎の前庭に集合しているムンキン党の10人余りが、上空のリーパット党を指さして冷かし始めた。バングナン・テパが鼻先のヒゲをピンと張って、文字通り鼻先で笑っている。彼の狐の尻尾も煽るようにパサパサ振られている。
「ははは、バカなリーパットだな。あんな程度の魔法で、一撃殺なんかできるかよ」
力場術専門クラスや、他の竜族や魚族の生徒たちも、バングナン級長の指揮に従って攻撃をしたり魔法支援をしている。その彼らも、リーパット党のふがいなさにブーイング気味の嘲笑を浴びせていた。
法術や魔法工学の専門クラスは、法術のスンティカン級長の指揮の下で1ヶ所に集まって、救護所や臨時のシステムセンターの設置をしている。
ソーサラー魔術専門クラスはバワンメラ先生を筆頭にして、リーパット党を尻目に、敵軍に攻撃魔法を雨のように放っている。寄宿舎の中では、リーパット党からさっさと離れたアンデッド教徒が集まって何やら時間を気にしている。日没を待っているようだ。
ともあれ、先生や生徒たちが参戦してくれたおかげで、敵オーク軍は為す術もなく半数まで削られていた。
敵軍の小隊長は、何事か叫んで魔法銃を撃ちまくり奮戦しているのだが……その攻撃も全て学校側の〔防御障壁〕に受け止められている。
その状況を観察していた各作戦ルームの警察署長と警備隊長も、満足そうな笑みを目元に浮かべている。
「順調だな。我が方の死者はゼロか。負傷者も数名だな」
「ああ、上出来だね。この調子で進めば、敵の無力化も間もなく終わるだろう。尋問できそうな敵兵も10人ほど確保できそうだ」
そんな2人の指揮官の耳と目に、ジャディの雄叫びが届いた。かなり遠くまで遊びに行っていたのか、今頃になって参戦しにやって来たようだ。
「ひゃああっほう! オレ様が来たからには、こんな豚ども一瞬で消し飛ばしてやるあああっ」
あっという間にオーク軍が固まっている上空に飛んできて、大音声で言い放つ。
すぐにオーク軍が上空のジャディを〔ロックオン〕して、ロケット弾や迎撃の〔マジックミサイル〕を10発ほど撃ち込んだ。このあたりは、さすがの対応だったが……相手が悪すぎた。
瞬時にロケット弾や〔マジックミサイル〕が〔消去〕されて、かき消される。
そのまま、運動場で集団防御陣を敷いて固まっているオーク軍の全員が、凍りついたかのようにピクリとも動かなくなり硬直状態になった。
いきなりの〔麻痺〕攻撃を食らって、オーク軍が目だけを恐怖とパニックでギョロギョロ動かしている。当然ながら、オーク軍は対麻痺攻撃の〔防御障壁〕も展開していたのだが、他の〔防御障壁〕ごと全て〔消滅〕してしまった。
声もなく立ち尽くすオーク軍が、軍や警察、それに寄宿舎の生徒からの魔法攻撃を、文字通りの『丸腰』で食らってバタバタと倒されていく。
運動場の土を噛んで倒れているオーク軍に、上空のジャディが凶悪な形相で高笑いしながら嘲った。鳶色の大きな翼でホバリングして、周囲に数個の〔旋風〕が発生して渦を巻いている。
「氷の精霊魔法で、オマエらの〔防御障壁〕の術式速度を激遅にした。でもって、闇の精霊魔法の〔防御障壁〕を槍状にして、オマエらに撃ち込んだ。どうだよ、串刺しにされた気分は。雑魚すぎて、オレ様のシャドウを出すまでもねえ」
サムカが教えた氷の精霊魔法を、早くも実戦で使える術に仕上げている。さらに、狼バンパイアが使用していた小型盾状の〔攻性障壁〕攻撃まで、工夫して使いこなしていた。
現場の軍と警察の部隊の間から歓声が上がった。作戦ルームでも署長と警備隊長が感心している。
「おお。さすがは飛族の戦士だな。一撃で敵を無力化するとは」
「これは想定以上だな。驚いた」
早速、両指揮官が情報係官に「敵オーク兵の確保」を命じた時。再びジャディの高笑いが響いてきた。
「さあて。んじゃあ、オレ様が告げた通り、オマエらを全員消してやらあ。この世界に肉片一つ残さねえからな、覚悟しやがれ」
両指揮官の動きが一瞬止まり、すぐに分割画面の1つに映っているジャディを凝視する。
「え!?」
「は!?」
たちまち、運動場の地面に倒れて痙攣しているオーク兵数名が、周辺の土ごと〔消去〕された。それを見た両指揮官が、慌ててジャディに向かって叫ぶ。
「ま、待て! ジャディ君。その兵士は捕虜にして情報を聞き出す予定なのだ。殺してはいかん」
「どこから来たのか、どうやって来たのかを調べないといけないのだっ。そこまでだ、ジャディ君!」
その叫び声は、運動場の軍や警察部隊の無線通信器から〔指向性の会話〕魔法を介してジャディにも伝わった……はずなのだが、ジャディは凶悪な形相のまま。琥珀色の瞳をギラリと輝かせて鼻で笑うだけだ。
「知るかよ。コイツらは、どうせ『現地生産したクローン』だろ。ただの人形じゃねえか。〔遠隔操作〕している本人は、別の異世界にいるっていう話だろ。捕虜にしても、意識が異世界へ逃げ帰ったらそれっきりだぞ」
「そうなのか?」と、両指揮官がエルフ先生に聞く。苦笑したエルフ先生が寄宿舎前庭から答えた。
「その通りです。ですが、精神をある程度麻痺させておけば、元の異世界へ意識が逃げ帰ることにはなりませんよ。尋問は可能です、署長さんと警備隊長さん」
そして、今度はエルフ先生が〔念話〕でジャディに話しかけた。
(ジャディ君。そういうことです。後は警察と軍に任せなさい)
が。ジャディには通じなかった。ひと際激しく背中の翼を羽ばたかせて、尾翼を扇のように広げる。
「うがあああああっ! うるせえ、うるせえよ! 飛族がやるって言ったらやるんだよっ。この豚ども、全員ぶっ殺おおおす」
ジャディがオーク兵たちに目がけて、闇の精霊魔法を風の精霊魔法で包んで弾丸状にした〔闇玉〕のマシンガン掃射を開始した。オーク兵たちの顔面が真っ青になって恐怖で塗りつぶされ、その両目が大きく見開かれる。
次の瞬間。〔闇玉〕のマシンガン弾が、全て光を放って爆発した。同時に、倒れているオーク兵たちを包み込むように一枚の光の〔防御障壁〕が張られる。
(……あのね、ジャディ君。途中までは良いのに、どうしてこう、あなたはいつも変な方向へ突っ走るの)
エルフ先生が呆れた顔で、ライフル杖を運動場へ向けていた。彼女がオーク兵を守る〔防御障壁〕を展開したのだった。ついでにジャディの〔闇玉〕攻撃も光に〔分解〕している。
「げ」
ジャディがジト目になっているのを、ジト目で見上げるエルフ先生だ。ジャディに〔念話〕で叱る。
(コラ。個人が勝手に攻撃するのはいけませんよ)
その光の〔防御障壁〕に、ジャディが放ったのではない他の魔法攻撃が50発ほど一度にヒットして弾かれた。エルフ先生のジト目がさらに据わり気味になる。
エルフ先生のいる寄宿舎の前庭に陣取るムンキン党や、力場術専門クラス生から、残念がる声が漏れて聞こえる。上空にいるリーパット党とソーサラー魔術専門クラス生からも舌打ちの音が届いた。
ノーム先生もライフル杖を向けて、何か魔法を撃とうとしていた様子だ。エルフ先生と目が合って、慌てて愛想笑いを浮かべながらライフル杖を肩に担ぎ、下手な口笛を吹き始める。
「……あなたたち。ジャディ君が攻撃するどさくさに紛れて、魔法を撃ち込んだわね。規律を守りなさいよ」
エルフ先生が空色の瞳をジト目にしながら、先生と生徒たちを牽制する。
タンカップ先生や、バワンメラ先生もノームのラワット先生のように目を逸らして、鼻歌を歌っている。ニヤニヤして上機嫌なのはマライタ先生ぐらいか。それと、森の中のパリーもだった。ティンギ先生はどこかへ散歩中のようで不在である。
先生と生徒たちによる横槍を潰したエルフ先生が、再び〔念話〕をジャディに向けた。かなりイラついた口調になっている。
(ほら、ジャディ君も。さっさと寄宿舎へ戻って来なさい!)
これでジャディが完全に怒ってしまった。ジャディが吼えて、凶悪な琥珀色の瞳を寄宿舎へ向ける。
「面倒くせえええええええっ! オレ様の先生は殿だけだあああっ! 狐エルフなんか先生でも何でもねえっ。ぶっ殺おおおおおす」
同時に彼の周囲に控えて渦を巻いていた数個の〔旋風〕に魔法陣が発生して、寄宿舎に面を向けたかと思うと、いきなり400発もの〔闇玉〕のマシンガンを一斉射した。
寄宿舎上空を飛んでいるリーパット党40人と、ソーサラー魔術専門クラス生30人弱にも〔ロックオン〕して、マシンガンを撃ち込む。両方ともに〔ステルス障壁〕を展開しているのだが、ジャディには通用していなかったようだ。風の精霊場で〔探知〕されたのだろう。
「げえっ!?」
思わず空中で硬直するリーパットとパラン。彼らは魔力が弱いので、回避運動するだけの余力はない。支援魔法をしている生徒も動転したのか〔ステルス〕魔法が消滅してしまい、丸見えになった。飛行支援の各種魔法も消滅してしまい、悲鳴を上げながら、あえなく落下していく。
当然ながら〔ロックオン〕済みだったので、落下しようが自動追尾していくジャディの弾丸だ。
「ひいいいっ」
リーパットと、彼を必死で身を挺して守ろうとするパランとが悲鳴を上げて、両目から涙をふりこぼす。
その鼻先で〔闇玉〕の弾丸が光を放って炸裂して消えた。呆然とした顔のまま、寄宿舎の前庭に落下する。
ノーム先生が2人を〔防御障壁〕で包み直してくれたおかげで、大けがもせず、気絶だけで済んでいるようだ。ピクリとも動かないが。
他にも、動転したせいで魔力制御ができなくなり地面に落下してきた生徒たちを、20人ほど同様の手法で助けるノーム先生。銀色の口ヒゲを左手で捻りながら、エルフ先生に文句を言う。
「カカクトゥア先生。ジャディ君の性格は知っているでしょう。あんな言い方では逆上するだけですよ」
エルフ先生は、そんな忠告を完全に無視している。ジャディの放った〔闇玉〕の弾丸全てを、光の精霊魔法による〔レーザー〕射撃で撃墜していた。
さすがに驚いているジャディの額を容赦なく〔ロックオン〕し、流れるように光の精霊魔法を叩き込む。
「うきゅうう……」
悶絶して、10枚以上もの羽を空中に散らせながらジャディが撃墜された。そのまま運動場へ落下する。ノーム先生がしたような、衝撃緩和の措置は全くなされなかった。
同時に、運動場で倒れていたオーク兵たちが立ち上がって、森の中へ向けて逃げ出していく。ジャディの魔法が失われたので〔麻痺〕が収まり、動くことができるようになったのだろう。
しかしながら……彼らを、すぐにエルフ先生が撃ち倒した。再び口から泡を吐いて悶絶するオーク兵たち。
「ふう……」と一息つくエルフ先生。機動警察の制服の腰ベルトに引っかけていた無線機を口に当てる。
「まったく……ジャディ君は。罰としてしばらくの間、停学処分をシーカ校長先生に申請します。頭を冷やしなさい。あ。警察署長、警備隊長さん。敵の確保を終えました。『半永久的な精神麻痺』を施していますので、このクローン体から意識が逃げ出すことはできないと思います。ブトワル王国の警察本部から、この魔法の使用許可が遅れたこと、申し訳ありません」