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召喚ナイフの罰ゲーム  作者: あかあかや & Shivaji
移動教室あっちこっち
63/124

62話

【教員宿舎のカフェ】

 翌日。臨時の魔法陣を描いた校長とサラパン羊によって〔召喚〕されるサムカであった。<パパラパー>とラッパの音が鳴り、水蒸気の煙が<ポン>と発生して、その中からサムカの姿が現れる。

 今回は校長室ではなく、教員宿舎内部にあるカフェの一角だった。ほっとしている校長の姿がサムカの目に映る。

 校長はいつものスーツ姿ではなく、汚れが少し目立つ作業服を着ていた。足もいつもの裸足ではなく、丈夫な革の作業靴を履いている。一方のサラパン羊もスーツ姿ではなかったが、こちらは観光客のようなラフな長袖シャツに長ズボンに運動靴だった。


「良かった。〔召喚〕成功ですね。サラパン主事、さすがです」

 校長のおだてに、素直に乗る羊である。完全にいつもの口調である。

「うははは。私は天才ですからねっ」


 そんな羊に軽く礼をしたサムカが、校長に山吹色の瞳を向けた。深刻な表情である。当然だ。

「ハグから、ある程度は聞いた。シーカ校長もサラパン主事もケガをしていなくて何よりだ。状況を説明してもらえると助かる」

 校長が、曖昧な表情になって微笑む。

「はい……少し、長くなりますが」


 校長から事情を聴くうちに、更に険しい表情になっていくサムカであった。その後、サラパン羊からなぜか彼の武勇談を数分ほど聞かされて、運動場へ出る。


「……なんということだ」

 絶句しているサムカの隣で、申し訳なさそうに見上げる校長がオズオズと言葉をかけた。

「マライタ先生によるシステム設定ミスもあります。決してテシュブ先生だけの責任ではありません。こうなることを予期できなかった、私にも重大な責任があります」


 背後の教員宿舎は3分の1ほどが崩壊しているが、東西校舎は完全に瓦礫の山になっていた。

 運動場の中央には爆発によるクレーターが生じていて、地面が冷えた溶岩やガラス状になっている場所もあった。その向こうの寄宿舎も、屋上と最上階が大破している。その一方で周辺の森には、全くといっていいほど被害がない。

「軍の工兵部隊も帝国各地の復旧工事で手一杯です。校舎の復旧には、2ヶ月ほどかかる見通しです」

 校長の沈んだ声に、サムカも顔を伏せる。

「そうか……済まないことをした。私で力になれることがあれば、遠慮なく申し出てくれ。学校は休校ということになるのかね?」


 校長が顔を上げた。白毛交じりの両耳は、まだ伏せられたままだが。

「いえ、それは回避します。マライタ先生とラワット先生の尽力で、簡易教室を校舎跡地の地下に建設中ですよ。2週間後には一応完成するという見通しです」

 サムカが山吹色の瞳を瞬いて感心する。

「ほう。さすがノームとドワーフだな。だが、それでも2週間は休校ということになるのかね? 冬だから雨はそれほど降らないだろうが、青空教室でもするのかな?」


 校長が微笑んだ。少し無理をしているような笑顔で、尻尾の動きも緩慢になる。

「パリーさんの話では、北の森の妖精が気象管理を失敗しているようです。強烈な寒波が襲ってくる恐れがあるとか。ここは亜熱帯気候ではありますが、竜族や魚族は寒さが苦手ですから、青空教室は最後の手段ですよ」


 サムカが首をかしげた。短く切りそろえた錆色の髪が、冬の乾いた風に揺れる。アンデッドの体なので、校長のように生きている者ほどには気温に敏感ではない。

 が、校長が少し寒そうにしているのを見て、気温が低い時の仕草をしておいた方が良いだろうなと認識するサムカだ。黒マントの裾をまとめて、古代中東風の白い長袖シャツの襟元をマントで覆った。

「そういえば、生徒の姿が見えないな。ということは、他に候補地があるのかね?」


 崩壊した校舎や教員宿舎には、先生を含めて生徒が1人もいない。奥の寄宿舎にはいるのかもしれないが、いつものような騒ぎ声が聞こえてこない。教員宿舎でも、事務職員の気配がいつもの半分以下だ。


 校長がうなずいて、スーツの懐からカードを1枚取り出した。サムカにも見覚えがあるそれは、最初に〔召喚〕された際に、校長が使用したものだ。あの時は役場の〔テレポート〕魔法陣から学校近くの魔法陣へ移動するのに使用した。

 白毛交じりの尻尾と両耳が、見事にシンクロしてパタパタと動く。

「はい。つきましては、臨時の学校へこれからご案内しましょう」


 サムカが思わず校長にツッコミを入れた。

「いや、それは無理だぞシーカ校長。私の契約は、この学校の敷地内だけで……」

 校長はニコニコしたままだ。

「ハグ様から、既に許可を得ておりますよ。ご心配なく」




【熱帯の入江】

 学校の教員宿舎の裏手に描かれていた〔テレポート〕用の魔法陣から転移した先は、入江を見下ろす丘の上だった。

 丘の下は真っ青な海になっていて、カモメのような海鳥の大群が乱舞している。時期は残念ながら冬なので、涼しい季節風が吹いており、時期的に泳ぐには適さないようだ。


 熱帯の入り江なので、岩が目立つ白い砂浜の奥にはヤシが多く混じる熱帯林が広がっていた。白浜には、10名ほどの狐族や竜族の家族連れの姿が見える。結構、上品な身なりをしているのが、サムカの気を引いた。

 近くには川や沼がないせいか、熱帯林とはいえマングローブ林のような鬱蒼としたものではない。海風と乾燥に耐える種類の樹種や草ばかりだ。葉の形がパイナップルの葉のような形状の草や木が多い。そのせいか、虫の数や種類もかなり少なく感じられる。


 その入り江を囲むように丘が延びていて、その上に大きな2階建てのホテルのような赤レンガ造りの建物が建っている。周辺の関連施設も多く、ちょっとした田舎町のようだ。生命の精霊場の強さから、住民の数は600人というところか。


 サムカがため息を1つついた。〔テレポート〕したのだが、何ら体調や魔力には異常がない。

「まったく、ハグめ……」


 サムカと校長が転移した〔テレポート〕魔法陣からは、立派な石畳の道が延びていて、乾いた森の中へ続いていた。あの建物まで通じているのだろう。

 校長が白毛が交じる尻尾を優雅に振って、サムカに説明を始める。口元と鼻先のヒゲ群が潮風になびいている。

「テシュブ先生。中央の大きな2階建ての建物が、当座の臨時学校です。帝国軍将校の避暑施設を、お借りしました。1000人ほどが宿泊や講習ができる施設ですが、被災して避難している軍将校のご家族も多くおります。ですので、私たちはこれまで通り寄宿舎と教員宿舎住まいで、ここへ『通勤して授業を行う』という形になります」

 校長は教員側なので『通勤』と話したのだが、学生によっては『通学』となる。


 サムカが錆色の短髪を潮風に揺らして、校長の話にうなずいた。

「うむ。さすがは帝国軍というところだな。粋な計らいをするものだ。ところで……」


 サムカが視線を変えて、入江の対岸の丘の辺りを見る。白い砂浜が弧を描いた先で、距離がここからだと2キロほどある。

「向こうの丘の下、海中に集落があるようだが。もしかすると魚族の村かね?」


 校長も顔を向けて微笑んだ。熱帯で晴れているせいか、狐目を糸のように細めている。

「はい。さすがテシュブ先生ですね。よくお気づきになられました。あれは、『人魚族』の村ですよ。魚族はもっと沖合に町を作ります。村人は、この避暑施設の管理を任されています。後で、責任者をご紹介しましょう」

 サムカの山吹色の瞳が、太陽の光を反射してキラリと輝いた。

「ほう。私は人魚族を見たことがなくてね。文献でしか知らない。魚族とはかなり違うのかな?」


 校長がサムカを案内して、石畳の道を避暑施設へ向けて歩みだしながら、両耳を数回パタパタさせた。

「そうですね……陸上での見た目は、ほぼ一緒ですね。驚いた時に、魚族は顔が元に戻りますが、人魚族は変わらない程度でしょうか。身長はテシュブ先生ほどもあって大きく、力持ちなのですが……魔力や魔法適性に水中での機動力といった面では、魚族よりも若干弱いという印象ですね」

(シーカ校長がそう言うのであれば、実際にはかなり魔法適性が弱いのだろうな……)と推測するサムカ。校長が淡々と話を続ける。

「人口も魚族と比較すると、かなり少ないようです。岩場の多い浜や岩礁に村を作っていますね。タカパ帝国民ではありますが、ジャディ君のような飛族と同じく自由民ですよ」


 森の中へ入り、校長の話を聞きながらうなずくサムカである。さすがに森の中は薄暗くなり、石畳の上にも落ち葉や枯れ枝、雑草が目立つ。虫の数も多くなってきた。校長が虫よけの魔術を使って、話を続ける。

「これまでの騒動の解決が評価されてきたようで、最近になって帝国側の態度が、良いものに変わってきています。今回の臨時学校の便宜もその1つですね。私としては少々気になる点もありますが、総じて歓迎すべきことです」


 校長の、やや歯に物が詰まったような印象の話しぶりに、サムカが錆色の短髪を白い手袋をした左手でかいた。

「その微妙な点の責任の一端は、私にもあるな。先生や生徒から、私の教え方が新兵の訓練だと指摘されていてね。カルト派貴族まで退治してしまった」


 校長が少し怒ったような表情でサムカを見上げた。頭の毛皮に交じっている白毛が、木漏れ日に反射してキラキラと銀色に光る。

「何度も言いますが、それは生徒がする仕事ではありませんよ。ですが、これら一連の事件での生徒の活躍で、軍や警察、王立魔法研究所に警備会社、果ては傭兵会社からも、卒業生雇用の問い合わせが増えました。異世界のエルフ世界やノーム世界、それに魔法世界からの問い合わせもですね。いわゆる『青田買い』です」


 サムカもうなずき、錆色の前髪を片手でいじる。校長の口調が、予想よりもそれほどきつくない事に安堵している様子だ。

「そうか……死者の世界からは、残念ながらないだろうな。私もペルさんやレブン君、ジャディ君が死んでいれば、迷わず高値で入札するのだが。60年ほど鍛えれば、立派な騎士になるだろう」


 校長が両耳をパタパタさせた。ちょっと混乱したようだ。

「『死んでいれば』……ですか。確かに、死者の世界ですからね。『青田買い』の打診が来ているのは、ミンタさんやムンキン君が中心ですね。カカクトゥア先生とラワット先生の専門クラス生の他には、法術専門クラス生、ソーサラー魔術専門クラス生、それと力場術専門クラス生です」

 校長の視線がサムカから逸れていく。

「テシュブ先生の教え子には、今のところ残念ですが来ていません。怪しい結社からは、いくつも問い合わせが届いているのですが……そんなところに大事な生徒を就職させるわけにはいきません。問い合わせが来ていること自体は、知る権利がありますので生徒に伝えていますが」


 さすがに落胆するサムカであった。腕組みをしてうつむいている。

「むむむ……そうか。ハグの言う通り、アンデッドの悪評改善は難しいものだな。ハグに用意してもらった熊人形も暴走してしまったし」

 校長も改めてサムカ熊の大暴れを思い出したようで、頭の毛皮を少し逆立たせた。尻尾の角度も30度ほどになっている。

「そうですね……まさか、あれほどの破壊力があるとは思いませんでした。あの熊人形でも、テシュブ先生の魔力の半分以下なのですよね」


 サムカが錆色の髪を両手でかいた。さすがに反省している表情だ。

「暴走状態だったから、実際はもっと低い。パリー氏による魔力の抑え込みもあったようだしな。我々貴族の魔法は術式詠唱を不要とするもので、『思考がそのまま具現化する』系統だからね。暴走状態では思考が混乱しているので、大した魔力にはならないのだよ」

 校長の目が驚愕で丸くなっている。ホウキ状態の尻尾の角度も、いきなり60度近くまで持ち上がった。

「ええっ? そ、そうなのですか。凄いものなのですね、貴族の魔力というものは」


 サムカがさらに気恥ずかしくなったようだ。校長に向けて手袋をはめた左手を差し出して、パタパタ振る。

「済まないが、この話はこれまでにしてくれ。ハグの口を通じて死者の世界へ知れ渡ると、色々と私をからかってくる輩が出てくるのだ」

 そして、無理やりに真面目な口調と顔色になる。

「今後は、このようなことが起きないように、きちんと整備と調整をするよ。安心してくれ、シーカ校長」


 校長も素直に微笑んでうなずいた。

「期待していますよ、テシュブ先生。まだ古代遺跡からの刀剣類の発掘が続いています。その鑑定作業を、可能であればテシュブ熊さんでも行えるようにして下さると、非常に助かります」

 サムカが腕組みをしてうなずく。

「うむ。ハグと相談してみよう。本当は私が直接鑑定すべきなのだが、熊人形でも行えるようにしておく事は、暴走を抑える事にも繋がるであろうしな」


 そう言いつつも、疑問に思うサムカであった。

(しかし、墓所の連中は、いったい何を考えているのだろうな。我々に目的がばれてしまった以上、この世界の情報収集のためには、もう使えない手になっているのだが。むしろ我々や帝国側が、墓所に情報操作を仕掛けることも可能だ。まあ、300万年も寝ているので、頭が働かないのかも知れぬが……)




【軍将校の避暑施設】

 乾いた森を抜けると、そこには大きな石造りの門があった。門のそばに守衛室があり、そこで校長がサムカを登録する。

「すいません、テシュブ先生。施設内には〔テレポート〕魔法陣を設置できない規則なのです。もちろん、〔テレポート〕魔術を使える生徒は、魔術刻印を施設内に刻めば自由に転移して来ることができますが、それも内規法で禁止されています。テシュブ先生も、申し訳ないのですが、この施設内へ直接〔テレポート〕することは避けて下さいね」

 サムカが通行証を校長から受け取って、黒マントの襟に引っかける。刺繍が施されていない普段用のマントなので、あまり貴族らしい威厳がない。革製の腰ベルトも中古品だ。なお、吊るしてある長剣は物騒だという守衛の判断で、〔消去〕する羽目になってしまった。

「うむ、了解した。まだ魔法に抵抗がある者が多いのだったな。余計な刺激を与えないのは妥当な判断だ」


 門をくぐって敷地内へ歩み入る。ちょっと考えたサムカが、顔を校長へ向けた。

「私を模した熊人形は、この施設内に置いておけば良いのかな? 自律行動するが、ただの人形だから問題ないと思うが」

 校長も少し考えてから同意する。

「……そうですね。ゴーレムやアンドロイドは、既に多数導入されています。その仲間として見られるでしょうから、ここへ常駐させても構いませんよ。ですが、ゾンビや、目に見えるようなゴーストは遠慮して下さると助かります」


 門の中にはサムカと同じくらいの背丈の人間が1人立っていて、挨拶をしてきた。中年の男性で、ソーサラー魔術のバワンメラ先生を、一回り細くしたような体つきだ。結構、筋肉質である。

 校長がいつも着ている様なスーツ姿で、校長と違い作業靴ではなく、きちんと革靴を履いている。今の校長は少し汚れた作業服姿なので、この中年男性の方が校長のようにも見える。手には校長と同じく白い魔法の手袋をしていた。


 その彼の背後には3人の小人族が控えていた。こちらは校長よりも少し背が高いくらいで、何となくセマンの体型に似ている。彼らは普通の作業着だが、(挙動が何となく怪しいな……)と感じるサムカであった。


 上品な渋い藍色のスーツ姿の男が、うやうやしく校長とサムカに礼をした。よく磨かれている黒い革靴が、熱帯の日差しを鈍く反射している。

「ようこそおいで下さいました。初めまして、テシュブ先生。私は、ここの帝国軍の将校避暑施設の管理人をしております、クク・カチップと申します。地元の人魚族です」

 そして、背後の小人たちについても紹介した。しかし、小人たちには顔を向けず、高圧的な口調に変わったが。

「彼らも地元の森の原獣人族です。キジムナー族で雑用を任せております。おい、挨拶しろ」


 挙動不審な動きをしていた小人3人が、慌てて地面に平伏した。狐族と違い、手の形は人間型で指も5本ある。魔法の手袋はしていなかった。中央のリーダーとおぼしき小人が述べる。

「ワ、ワシはマタワンでさ。こいつらはルーパスとスンガル。よろしゅう頼みます、旦那さま」

 サムカが鷹揚にうなずく。校長も無言でうなずいた。


 それで充分だと思ったようで、人魚族のカチップ管理人が厳しい顔を小人たちに向け、追い払う仕草をした。灰紫色の癖が強い長髪が、手の動きに沿って左右に揺れる。

「さあ、もういいだろ。さっさと持ち場へ戻れ。ゴーレムやアンドロイドの割り当て制限のおかげで、お前たちが雇われているんだからな」


「は、はいいいっ」と駆け去って行くキジムナーたち。ゴミを見るような目つきのカチップ管理人に、サムカが不思議そうな顔をして聞いてみた。

「カチップ管理人殿。あのキジムナー族……だったか、原獣人族の事をあまり良く思っておらぬようだが。何か原因があるのかね?」


 人魚族のカチップ管理人がサムカの指摘を受けて、慌てて愛想笑いを浮かべた。口調も元に戻る。

「い、いえいえ。そのようなことは御座いません。至って平穏です。テシュブ先生の気のせいでしょう」

 サムカと校長が揃って顔を見合わせた。が、そろそろ授業開始の時刻だ。話題を変える。

「では、私の教室まで案内してもらえるかな。そろそろ開始時刻だからね」

「もちろんで御座います。では、テシュブ先生、こちらへ。校長先生もご同行なさいますか?」

 カチップ管理人の問いかけに、校長がにこやかに微笑む。

「そうですね。私も、少し時間がありますし、ご一緒しましょう」



 帝国軍将校の避暑施設だけあって、裕福そうな狐族や竜族、それに若干の魚族の家族連れの姿が多くみられる。オープンカフェがあちこちにあり、日陰の席でお茶をして雑談している者が多い。化粧品や雑貨店に各種衣料品を扱っている店も多くあり、結構な賑わいである。


(だが、私の領地のオーク自治都市の商店街の方が賑わっているな。うむっ)

 とか何とか、自己満悦しているサムカであった。よほど帝都の市場の賑わいぶりがショックだったようだ。


 そんなサムカであったが、果物売り場に入ると目つきが変わった。

 売られている果物を何気なく品定めしていたが、ヤシの実やココナツ、バナナにパパイヤ、マンゴにパイナップル、熱帯オレンジなどが当たり前のように陳列されているのを見て、悔しそうな顔になっている。 

 そのくせ山吹色の瞳には、好奇心の光が急速に湧き上がってきているようだが。隣を歩いている校長もサムカの様子を伺っていたが、特に何も言わないことにしたようだ。


 人魚族が働いているせいなのか、同じような背丈のサムカが歩いていても特に注目されることはなかった。

 その代わり、雑用で雇っている小人のキジムナー族が、あちこちで人魚族や将校の家族たちに叱られている姿が目につく。鞭で打たれているキジムナー族も数名いた。


(特段、失敗をしているようには見えないが……シーカ校長が言っていた『昔の慣習』とやらが、まだ残っているのだろうか)

 サムカが整った眉をひそめて思う。校長の顔色も優れないようなので、大よそは当たっているのだろう。そのまま繁華街を通り抜けて、臨時学校に指定された地区に入る。


 授業開始前の教室への大移動中だったようで、いつもの生徒たちの群れが現れた。見慣れた風景にほっとするサムカである。一方のカチップ管理人は驚いているようだ。実際、かなり騒々しい。

 生徒たちはサムカと校長を見かけると、笑って挨拶をしてくる。しかし、さすがに教室移動が最優先のようで、そのまま駆け去っていく。

 校長が微笑んでサムカの顔を見上げた。

「テシュブ先生も、かなり生徒たちの人気者になってきましたね。私も非常に嬉しいですよ。熊事件がありましたので気になっていましたが、杞憂に終わったようで良かったです」


 そのまま生徒たちの流れの中に入る3人である。階段を上がらず、カチップ管理人の案内でそのまま一階の通路を歩いていく。サムカも一旦は微笑み返したが……すぐにやや真剣な表情に戻り、視線を森の方へ向けた。つられて校長とカチップ管理人も同じ方向を向く。


 そこには、ちょうど森の中へ走り込んで逃げていくバントゥとチューバの姿があった。先頭に立って案内しているのは、先程サムカたちに挨拶していたキジムナー族のリーダーだ。確か名前は……

「マタワンじゃないか。何をやっているんだ奴は」

 カチップ管理人が呆れた顔になって吐き捨てるように言った。校長も首をかしげている。

「変ですね。もう、授業開始の時刻なのですが」


 サムカが視線を森の奥に向けたままで、錆色の短髪を手袋した左手でかく。

「かなり強い敵意を放っている。何かを仕出かすのかもしれないな」

 そして、校長に視線を戻した。

「シーカ校長。忙しいとは思うが、今一度、施設内を点検してくれないか。爆発物などがあるかもしれない。あの敵意は、オークの工作員並みのものだ。森へ逃げていることから見て、かなり大きな仕掛けである可能性がある」


 校長とカチップ管理人が、驚いて互いに顔を見合わせた。が、すぐにサムカと同じような厳しい顔になってうなずく。

「分かりました。授業はいったん中止して、避難誘導を始めます。森の中が指定されています。後でテシュブ先生にも避難場所の地図情報を送りますね」

 校長の手際のよい判断に、少し驚いて感心しているカチップ管理人だったが、彼もすぐに手配を始めた。

「警備班に至急連絡しましょう。まったく、キジムナーどもめ」

 サムカが鷹揚にうなずく。

「確証はないが、そうした方が良いだろう。私は、クラスの生徒たちを誘導することにするよ」




【避暑施設のサムカの教室】

 サムカが教室へ入ると、早速ジャディが男泣きして叫びながら飛んできてサムカの足にまとわりついてきた。いつものパターンなので、サムカも他の生徒たちも平然としている。ペルの元気な声も飛んできた。

「テシュブ先生、こんにちは!」

 今回は、軍や警察からの受講者は参加していなかった。軍将校の保養地なので、色々あったのだろう。生徒たちや、エルフとノーム先生の〔分身〕たちも避暑地なので、少し気が抜けた顔をしている。ラヤンだけは、今回は出席していなかった。実習授業の予定ではなかったためだ。


 しかし、サムカが事情を手短に説明すると、生徒たちの様子が一変した。緊張が教室の中を走り抜ける。エルフとノーム先生の〔分身〕は、慌てて本体のいる教室へ駆け戻っていった。


 教室の正面に立てかけてあった熊人形をサムカが取り出し、手早く手の平サイズの〔結界ビン〕に入れてフタをする。ロッカーには授業で使う予定の品が色々と入っているのだが、時間がないのでそのままにしておく。

 サムカの手元に小さな〔空中ディスプレー〕画面が生じて、森の中の指定避難場所の位置と道順の情報が表示された。送信元は校長からだ。


「では、我々も早速、森の中の避難場所へ向かうとしよう。この施設はどうやら魔法で強化されていないようだ。普通の爆弾でも容易く壊すことができるだろう」

 サムカが生徒たちに告げる。


 しかし、反応は予想外のものだった。真っ先にムンキンとジャディが席から立ち上がって胸をバンと張る。

「爆弾程度なら、僕たちの〔防御障壁〕で防御できます。僕たちでさっさと爆弾を見つけて破壊しましょう、テシュブ先生」

 ムンキンが柿色のウロコを膨らませて尻尾で床を≪バンバン≫叩く。その横ではジャディが鳶色の背中の翼と尾翼を広げて、早くも旋風を起こし始めた。

「殿! 逃げるなんて飛族にはできない相談ッス! 爆弾見つけて犯人をやっつけましょうや」

 こういう時だけは、奇妙に意気投合する2人だ。互いに拳をぶつけ合っている。


 レブンとペルも〔結界ビン〕を取り出してサムカに見せた。

「僕たちのシャドウを放って施設内を捜索すれば、すぐに不審物と不審者を発見できると思います先生」

「あれから、ミンタちゃんとムンキン君も小型ゴーレムを作ったんですよ。〔遠隔操作〕できます」


 ペルに言われてミンタとムンキンがドヤ顔になって、〔結界ビン〕を開けた。中から紙製のゴーレムが1体ずつ出てきて、空中に浮かぶ。狐型とトカゲ型の紙人形だ。法術で使う紙の〔式神〕によく似ている。

 ミンタがドヤ顔のままでサムカに簡単に説明した。

「人工知能搭載だから、半自律行動ができるわよ。使える魔法は、光と風、水、大地に精神、それに生命の精霊魔法。それに各種〔防御障壁〕と自動〔修復〕機能。ソーサラー魔術も一通り装備したわ。ウィザード魔法と法術はサーバーの問題があるから実装していないけど、かなり使えると思うわよ」


 ペラペラな白い紙のどこに『人工知能』を搭載しているのか、サムカにはよく分からなかった……が、ミンタのいう事なので信じることにしたようだ。(ドワーフの技術とは凄いものなのだな……)と改めて思うサムカ。

「そうか。全員が〔遠隔操作〕できるのであれば、障害物の多い森の中へ避難すると操作時に不便だな。見通しの良い浜辺に出るとしようか」


 これには生徒たち全員も賛成だ。早速、大至急で浜辺で駆けていく。〔テレポート〕魔術や魔法は、施設内では一応使用禁止になっているので使っていない。〔飛行〕魔術も同様である。

 軍将校の家族が多くいるので、彼らへの配慮だ。軍人ではないが、将校のサロンでは影響力を持つ人たちである。彼らの心証次第で、色々と変わってしまうものなのだ。



 既に施設内では、避難する生徒と先生たち、それに避暑客で大混雑していた。かなり騒々しくなっていて、あちこちで怒声や子供の泣き声もしている。

 サムカたちは、その人込みの流れに逆らう方向へ走っていくので、すぐにエルフ先生やノーム先生の知るところとなった。〔念話〕でサムカにクレームが入る。

(サムカ先生! 何を勝手な行動しているんですかっ。森の中の指定避難場所へ集まるという手順ですよっ)

 エルフ先生が真っ先にサムカへ指摘すると、すぐにノーム先生からも〔念話〕が届いた。

(左様。また1人だけ目立つつもりですかな。浜辺は危険ですぞ。つい先ほど、ティンギ先生が浜辺を散歩していたという目撃情報が入っているのですよ)


 それを契機にして、校長やカチップ管理人、それに他の先生たちからも〔念話〕の雨がサムカに届けられたので、着信拒否にする。

「まあ、後で始末書を何枚か書けばよかろう。さて、この辺りまで出てくれば充分だな」


 サムカが白い砂浜に出て立ち止まった。他の生徒たちも急停止する。

 ジャディだけは超低空飛行して来ていたので、砂浜へ着地失敗して盛大に砂まみれになってしまった。それでも全く気にしていないようだ。

 振り返ると、ちょうど施設の全景が余さず見て取れる。距離は100メートルほど離れているだろうか。これだけ離れていれば、〔防御障壁〕で充分に防御することができる。 


 既に全員が〔結界ビン〕からシャドウやゴーレムなどを取り出して、待機させているのをサムカが確認する。

「よし。では捜索開始だ。ここは見通しが良いので、敵からも丸見えだろう。〔ステルス障壁〕を各自展開しておきなさい」


 3体のシャドウが音もなく高速で施設内へ飛び込んでいった。ミンタとムンキン作の紙製ゴーレムは風の精霊魔法を稼働させて飛行し、ジェット音を響かせながらシャドウの後から施設内へ入っていく。


 サムカは反対側の海をじっと眺めている。整った眉を少しひそめた。

「……ふむ。どうやら、海中にも敵意があるようだ。まだ遠いが、間もなくここまでやってくるだろう。敵の魔法攻撃に備えて、追加の〔防御障壁〕を準備しておきなさい」


 生徒たちが〔遠隔操作〕で不審物と不審者の捜索を続けていると、施設左手の森の中から、大きなイノシシ型の森の妖精が現れた。

 半分予想はしていたようで、それほど驚いていないミンタとムンキンだ。

「うわ……ここにもいるのか」

「うわ……やっぱりいるのか」


 レブンとペルも予想していたようで、ちょっと警戒している。とりあえず、「何だこいつら。やんのかコラ」などと早くも威嚇しているジャディを2人がかりで抑えつける。

 そのまま愛想笑いを浮かべながら、ミンタとムンキンの陰に避難していった。魔法適性が死霊術と闇の精霊魔法なので、妖精が帯びている生命の精霊場とは非常に相性が悪いためだ。


 しばらくの間、妖精とちょっとした睨みあいになったが……妖精は特に敵意を出していない様子だ。ほっとするレブンとペルである。旋風を起こし始めていたジャディを解放して安堵する。

「ふう……パリーさんみたいに、好戦的じゃなくて良かった。〔ステルス防御障壁〕を展開しているのに、見抜かれちゃう相手だものね。戦っても勝てないわ」

「でもいったい、何の用事なのかな? とりあえず、僕たちには敵意がない事を明示しましょう。彼らには僕たちが見えるように〔防御障壁〕を調節した方が良いと思います、テシュブ先生」

 サムカが素直に同意した。

「うむ。その方が良かろう。では、彼ら妖精を『例外リスト』に加えなさい」


 とりあえず挨拶をして、サムカの指示に従う生徒たちだ。それを終えて再び〔遠隔操作〕に集中し直す。

 ジャディは文句を垂れているが、とりあえず今はシャドウの操作に専念することにしたようだ。上空に舞い上がっていった。


 その森の妖精は、どうやらサムカに用事があった様子だ。しばらくして、いきなり動き出した。「ズカズカ」と白い砂に大きな足跡をつけて、サムカのところまで歩いて来る。そしてイノシシが唸るような声を出し、それが次第に人の声に変化していった。

「……あー……うむ、この発声で良いかね? アンデッドの教師よ」


 サムカが素直にうなずいた。内心では(ウィザード語か……)と驚いている。

 浜風が吹いているので、サムカの錆色の髪が結構ばらけて揺れている。アンデッドの特徴である磁器のような色合いをした藍白色の白い顔には、生気が全くない。それが異質な印象を森の妖精に与えているようだ。

 サムカもその事は察したようで、努めて柔和な笑顔をする。

「問題なく聞き取れるよ。それで、どうかしたのかね?」


 イノシシ型の森の妖精が、サムカの手前3メートルの場所で立ち止まった。これ以上近寄ると、魔法場の〔干渉〕が起きるのだろう。イノシシの周辺に浮遊している、風や水の精霊も同じ位置に留まっている。

「我は、この森の妖精だ。君たちがキジムナーと呼ぶ原獣人族を庇護している。その頭目が血相を変えて森の中へ逃げ込んできて、我に身の安全を頼んできたのだ。それからすぐに、ここの施設の者どもも大挙して、指定された避難場所へ逃げてきておる。何か起きたのかね?」


 浜風で乱れた髪をサムカが白い手袋をした手で押さえてまとめ、イノシシ型の森の妖精に向き合う。

「まだ、確定ではないのだが……施設内に爆弾がある恐れがある。海の向こうからも、かなりの数の敵意がやってきている。間もなく、ここは戦場になるだろう」

 森の妖精も、サムカが指で示した水平線の彼方をじっと見る。すぐに納得したようだ。全身の獣毛が一斉に逆立っていく。

「確かに……クラーケン族の一群がこちらへ向かっているようだな。数は、5000というところか」


 サムカが視線を森の妖精に向けた。山吹色の瞳がやや厳しい光を宿している。

「私は海の民について詳しくないが……そうか、5000か。海賊だろうな。森の妖精よ、私はアンデッドだが召喚契約により、彼ら生徒たちを守る義務を負っている。海賊どもと一戦交えるとなると、君たちの嫌いな死霊術場や闇の精霊場を、大量に発する事になるだろう。だが、貴族の名にかけて約束するが、森へは攻撃しない。安心してくれ」


 イノシシ型の森の妖精が軽く鼻を鳴らして、両耳をパタパタさせた。

「君と君の生徒の活躍は、近くの湖の妖精どもから聞いている。海から賊が迫っている以上、君に協力したいのではあるが……難しいのだ。この施設の人魚族どもが、我の庇護を受けているキジムナー族を迫害しておるのでな。軍の連中も同様だ。我は静観することになる。すまぬな、アンデッドの教師よ」


 人魚族や軍の将校家族たちがキジムナー族に冷たい仕打ちをしている様は、先程からサムカも見ている。白い手袋をした左手を上げて理解を示した。

「うむ、了解した。ここの連中の、あの態度では仕方があるまい。私も領地と領民を抱えている身だからね、理解できるよ」


 イノシシ型の森の妖精の耳がピタリと止まった。サムカの返答が、かなり意外だったようだ。ややあって、再び両耳がモソモソと動き出したが、その声はかなり親しみやすいものに変わっていた。

「……なるほどな。パリーどもが君に肩入れしているのが、何となく分かる。では、我からも少しばかり情報を出すとしよう」


 イノシシ型の森の妖精の鼻先がヒクヒク動く。

「このところの騒動で、異世界人どもへの『不信感』が森の妖精の間で高まっている。エルフやノームに対してもだ。この地域はまだ好意的だが、北や西の森では攻撃的になりつつある。なぜかイライラが募っているようだ。この狐の帝国ばかりではなく、全世界に広がっていると、渡り鳥どもから聞いている」

 サムカは北の情勢はニュースなどで知っていたのだが、世界規模になってきつつあるとは初耳だ。興味深く聞いている。

 イノシシ型の森の妖精が更に意外そうな表情を浮かべたが、話を続ける。口調がより柔らかくなってきている印象だ。

「この魔法学校の建設を、様々な国でも進めるという話だが……これからは森の妖精が反対に回るやも知れぬ。用心しておくことだ」


 サムカが真面目な表情のままで礼を述べた。

「イライラの心当たりは多少ある。狂った熊とフクロウが大量発生したせいで、多くの命が失われた。その残留思念が大量に漂っているせいだろう。これは残念だが、君たち妖精には〔察知〕できないのだ。私の生徒や友人たちには、その処理方法を教えてある。試してみてはどうかな? 私でもできるが、アンデッドは見たくないだろう」

 イノシシ型の森の妖精の耳が再びピタリと止まった。またもや意外な答えが返ってきたので驚いているようだ。

「ほう。それは面白い話だな。そう言えば、パリーが何か言っていたような気がする。考えておこう」


 その時、レブンが大きな声を上げた。ムンキンの陰に隠れていたのだが、勢い余って飛び出している。

「あ! 見つけた。映像を出します」


 レブンが簡易杖を振って、白浜ビーチの空中に大きめの〔空中ディスプレー〕を出現させた。数秒間ほど砂嵐状態だったが、パッと鮮明な映像が映し出される。地図表示も画面隅に出ていて、施設の地下ボイラー室のようだ。

 帝国軍将校の避暑施設には魔法場サーバーがないので、光熱器具は全て燃料電池式だ。施設規模が小さな町ほどもあるので、ボイラー室も相当に大きい。ちょっとした発電所並みである。当然、燃料電池で使う水素燃料が大量に保管されているので、ここに爆弾を仕掛けるのは理に適っている。

 まあ、ジャディのようにまるで見当違いの場所を捜索している者もいるが。


 映像では予想通り、水素燃料タンクのそばにある大きな包みが映し出されていた。かなり大きく、爆薬の量は150リットルほどもある。


 その映像を生徒4人と共に、サムカと森の妖精も見上げて確認する。ジャディは上空を飛び回りながら、ディスプレー画面を見下ろしている。

 魔法工学を選択科目で学んでいるペルの顔が明らかに曇っていく。特に薄墨色の瞳の曇り度合が激しい。

「うわ……この爆弾の量。レブン君のシャドウによる成分〔分析〕だと、軍事用の爆薬ですね。あ。今、演算が終わった。これが爆発すると、半径1キロ円内の施設全部が崩壊します。森の避難場所は、何とか大丈夫かな」


 レブンと顔を見合わせてから、ペルがサムカに顔を向ける。

「テシュブ先生。それでは、早速、この爆弾を私の闇の精霊魔法で〔消去〕しま……」

「ああーっ。何でこの爆弾がここにあるのよっ」

 いきなりエルフ先生の大声が画面に割り入ってきた。すぐにワイプ窓が生じて、エルフ先生の顔が映る。


 彼女の表情はかなり驚いている様子で、金髪が見事に静電気を帯びて逆立っている。横にはノーム先生の姿も見えた。彼も目が点になっている。その後ろには、大勢の生徒たちと軍将校の家族たちの姿が見えた。なぜかリーパット党が何か演説をしているようだが。


 ペルとミンタも、エルフ先生の声に驚いてパタパタ踊りを始めている。レブンは魚顔に戻り、ムンキンも濃藍色の目をパチクリさせて彫像のように動かなくなった。

 ジャディも3メートルほど落下したが、そこはさすがにサムカぞっこんの飛族である、すぐに立て直した。

「何だよ、コラ。いきなり素っ頓狂な大声なんか出すなよ。ケンカ売ってんのかコラ。買うぞコラ」


 ジャディのツッコミが良い方向へ作用したのか、エルフ先生がすぐに正気に戻った。ジャディに5発の〔マジックミサイル〕を撃ち込みながら、小さく咳払いをする。 

 〔防御障壁〕を展開したジャディだったが、見事に〔無効化〕されて体に命中し、派手に爆発して海へ落ちていく。今回も役立たずで終わりそうな雰囲気だ。


 そんな鳥には見向きもせずに、エルフ先生が話を続ける。

「ええと、ですね。火薬の上に乗っている箱なんですが、これ……エルフ製です。あ。レブン君ありがとう。詳細情報が出たわね。間違いない。トリポカラ王国製の広域殲滅用の、光の精霊魔法爆弾です。エルフの要塞から、森に撃ち込んでいたアレの爆弾版ね。爆発したら、この一帯の森が地平線まで消滅しますよ。でも、どうしてここにあるのかしら」


 それには、エルフ先生の隣に映っているノーム先生が答えてくれるようだ。

「あの要塞は、エルフ製武器の試し撃ち用施設だったのだろうな。対妖精や精霊の武器をタカパ帝国軍が持てば、色々と便利だと考える派閥がいるのだろう。そして、現場に残留している生命の精霊場の特徴は……」

 レブンのシャドウ経由での魔法場検証が終わったようだ。顔写真が2つ出た。

「バントゥ・ペルヘンティアン君と、チューバ・アサムジャワ君のものだね。つまり、ペルヘンティアン家の誰かが裏交渉をして、このトリポカラ王国製の爆弾を入手した……ということだろうな」


 その頃には、ペルが闇の精霊魔法で爆弾全体を包み終えていた。しかし、さすがにショックの表情をしたままだ。レブンやムンキンも落胆した表情をしている。ミンタは反対に怒っている表情だ。ジャディは爆弾処理が順調すぎるので、エルフ先生に罵声を浴びせながら上空を飛び回っている。


 エルフ先生がノーム先生からの合図を受けて、ペルに告げた。向こうでもリーパットが気づいたようだ。何か喚きながらエルフ先生のいる場所へやって来ている。

「証拠となる情報は、全て保存しました。もう、爆弾を〔消去〕しても構いませんよ」

 ペルがうなずいて、サムカの許可を待つ。サムカもうなずいた。

「よかろう。〔消去〕しなさい」

「はい、先生」


 ペルが返事をした瞬間、爆弾が〔消去〕された。範囲指定をしっかりしていたおかげで、燃料タンクや関連施設への被害は出ていないようだ。

「ご苦労だったな。この後の処理は、施設のカチップ管理人に任せよう。クーナ先生、済まないが、校長と施設のカチップ管理人が近くにいるはずだ。探し出して伝えてくれ」


 エルフ先生がワイプ窓で険しい表情をして考え込んでいる。その隣では、リーパットがノーム先生と何か口論を始めていた。

「……了解しました。施設の安全が確認されるまでは、私たちはここに残ることにします。サムカ先生もきて構いませんよ。炊き出しも準備中ですから、コーヒーを用意しておきますね」


 そのままエルフ先生が映ったワイプ窓が消えた。平静を装っているが、内心はかなり動揺していると分かる仕草だ。


 サムカも1つ小さく咳払いをし、生徒たちに顔を向けた。

「シャドウとゴーレムは、まだ出したままにしておきなさい。そろそろ海賊どもが来る頃合いだ。恐らくは、あの爆弾の炸裂を合図に襲撃する計画なのだろう」

「あ。そうか」と思い出す生徒たちの横で、イノシシ型の森の妖精が両耳を伏せて何か考えている。そして、おもむろに顔を上げてサムカを見た。

「あのエルフの言う通りだとすると、森にもかなり大きな被害が出る恐れがあったということか」


 サムカが少し考えてからうなずく。

「そうだな。私はエルフの武器には詳しくないが、以前にエルフの要塞が森を破壊した攻撃を見ている。地平線までの森を、一瞬で塵に変える魔法を使っていたよ。ありうる話だと思う」


 森の妖精もサムカの考えに同意した。イノシシ顔なのだが、怒っているという感情だけは分かる。

「うむ。我も、あの土地の妖精どもから話を聞いている。我らに仇なすエルフがいるようだな。それと、我が保護した者の中にもな」

 口調が機械的なものに変わった。

「バントゥ・ペルヘンティアンと、チューバ・アサムジャワは、キジムナー族の頭領マタワンを道案内にして、森の中を逃げている最中だ。マタワンはこのまま継続して我が保護することにしよう。だが、残る2人は森から排除せねばなるまい。アンデッドの教師よ、それで構わないかね?」


 サムカがうなずく。

「〔精霊化〕や〔妖精化〕されないだけでも、感謝するよ。だがタカパ帝国の法では、この罪状では見つけ次第射殺だったように記憶している。どう転んでも、命はあきらめてもらうしかあるまい」


 レブンとムンキンが同時に顔をこわばらせた。レブンがセマン顔を人形のように顔に貼りつけて目を閉じる。

「……そうですね。逮捕する必要もなく、僕たち民間人でも殺処分できます」

 ムンキンも濃藍色の目を閉じて1回だけ尻尾で砂浜を叩く。

「……だな。1000人あまりを爆殺しようとした現行犯だからな。森まで焼こうとしたから、弁解の余地もない。例え名家のペルヘンティアン家でも逃れられないさ」

 ペルとミンタは悲しそうな顔をして、互いの手を握り合っている。ジャディも砂浜に降り立って無言だ。


 レブンが3人の顔を見て、力なく微笑んだ。

「同じ魚族として、悲しいことだけどね。彼の場合は故郷を、軍と海賊の戦闘で失っているし」


 イノシシ型の森の妖精が冷徹な声で宣言した。

「では、2人を森から『追放』する」


 浜辺にバントゥとチューバの2人が出現して、盛大に転んだ。森の中から突然浜辺へ〔転送〕されたので混乱している。しかしサムカと生徒たちの姿を認めて、すぐに状況を理解したようだ。激しく怒声を浴びせてきた。

「また君たちか! どこまで僕たちの邪魔をするんだ。あ。ま、まさか、仕掛けた爆弾は……」


 ジャディが仁王立ちしてドヤ顔で答えた。何もしていないのだが。

「そうだぜ。跡形もなく消した。オマエらの悪事もここまでだな。うるせえから、もう黙って死ね」

 生徒たち全員が、バントゥとチューバに簡易杖の先を向けた。既にシャドウと紙ゴーレムも臨戦態勢だ。レブンが口元を魚に戻しながら、悲しそうな顔で告げる。

「チューバ先輩。こんな復讐じみた行為をするなんて失望しました。亡くなった故郷の皆さんも悲しんでいると思いますよ」


 チューバが砂浜から起き上がり、奇妙に甲高い声で笑い始めた。その狂気に毒されたような声に、顔をしかめる生徒とサムカである。

「僕の町の救済を訴えて、さんざん軍や政府の高官どもに陳情した結果がこれだったんだよ。ペルヘンティアン家に親しいというだけで、仮想敵扱いだ。もう、故郷もない。誰も生き残っていない。なぜ、これで復讐するなと言えるんだ君は」

 かなり挑発的な口調のチューバだったが、レブンは冷静なままだ。口元がセマンのものに変わった。

「僕の町の調査では、チューバ先輩の故郷出身者は全国に点在しています。全滅はしていませんよ」


 それでもチューバの憤怒の視線は変わらない。レブンがため息をつきながら、指摘を続ける。

「復讐に囚われた先輩の行動が、こうして1000人もの新たな犠牲者を生み出す状況寸前になったんです。どうか理解して下さい。爆弾テロをしてからでは、もう、先輩の育った町には墓標すら建てられなくなりますよ」

 ムンキンが少し首を傾げて質問する。

「なあ、先輩たち。たかが生徒の身分じゃ、これほど迅速かつ周到な準備なんかできないだろ。誰か手引きした奴がいるんじゃないか」


 怒って魚顔になっているチューバの肩を、バントゥが抑えて前に出た。そのままムンキンを睨みつける。

「教えるわけがないだろ。僕たちの恩人でもあるんだ」


 バントゥとチューバの体が電撃を受けたかのように≪ビクッ≫と痙攣した。一瞬遅れて弾丸の風切り音がし、施設側から銃声が轟く。

 リーパットと数名の生徒、それに軍の警備班が、空中に浮かんで自動小銃を向けていた。

「逆賊バントゥ! 我が直々に成敗してやるっ」

 すぐに隣のパランがリーパットの銃に抱きついて封じた。軍の警備班も慌てた様子でリーパットに駆け寄っていく。

「リーパットさま! 撃ってはいけませんっ。この銃は護身用なのですよ、逆賊の処分は、彼ら警備班の仕事ですっ。ブルジュアン家の子息が手を汚す相手ではありません!」


 サムカが銃を眺めてつぶやいた。

「ほう。この距離で命中させたか。なかなか良い腕だな」

 ペルとレブンがさすがにサムカに注意する。ジャディは戦闘態勢になって、〔防御障壁〕を展開して飛び上がった。


 バントゥの制服の腹部から大量の血が染み出して、白い砂浜に滴っていく。呻いているが気丈に振る舞う、ペルヘンティアン家の子息だ。

「く……この程度の傷、法術で簡単に〔治療〕できる。これだから、劣等生は。野蛮に過ぎるぞ、リーパット」

 チューバは右腕の動脈をやられたようで、やはり腕の先からボタボタと真っ赤な血を砂の上に垂らしている。しかし、闘志は全く衰えていないようだ。魚顔になりながらも左手で簡易杖を振る……が、何も起きない。

 彼が驚きの表情に変わっていく。

「な? 法術が起動しない。ウィザード魔法も使えなくなっている。サーバーへの接続を強制的に切ったのか」


 ムンキンが「フン」と鼻を鳴らして、杖の先に光の輪を生じさせた。

「当然だろ。この施設にはサーバーはない。使えるのは遠く離れた港町の魔法場サーバーだけだ。そいつさえ認証制にすれば、もう魔法なんか使えないぞ。認証されている俺たちは使えるけどな」


 レブンが重ねてチューバに聞いた。杖の先は彼に〔ロックオン〕したままだ。

「先輩方。その体ではもう抵抗できませんよ。速やかに降参して下さい。出血多量で死にますよ。〔蘇生〕用の生体情報も削除されていますから、死んだらもう終わりですよ」


 バントゥがチューバの体を強引に引き起こして、高笑いを始めた。もう、顔面は血の気を失って青くなっている。杖の先を頭上へ向け、ソーサラー魔術を放った。 

 〔マジックミサイル〕だ。14発もの光の矢が施設の屋上や海側の壁面に命中して、派手な爆発を起こす。

 施設の窓ガラスが全て粉砕されて、雨どいや花瓶にカーテンなどが空中に舞い上がった。地響きを伴う爆発音が浜まで届く。

「爆発の合図で、攻撃が始まる手筈だ。僕たちの勝ちだね。君たちがモタモタしてくれたから、攻撃魔法の術式を多数起動させることができたよ」

 ヨロヨロと腹部から大量の血を垂らしながら、バントゥが勝ち誇った顔をした。


 チューバにソーサラー魔術の治療術を施す彼の背後、青く広がる海の沖合1キロのラインから、一斉に〔マジックミサイル〕が撃ち上がった。その数は5000発にも上るだろうか。自動追尾式で、こちらへ高速で襲い掛かってきている。


 リーパットが何か叫んで、今度は自動小銃をオートで全弾撃ち込んできた。しかし、バントゥとチューバが展開した〔防御障壁〕に遮られて1発も届かず、弾道を逸らされて外れるばかりだ。サムカを含めた生徒たちにも流れ弾が飛んでくるが、これらも全て〔防御障壁〕によって阻止されている。


 ミンタが栗色の瞳をキラリと光らせて、ペルやレブンに顔を向ける。

「施設を守るわよ。これ以上、休校になるのはごめんだわ」

 ペルとレブン、ムンキンがすぐに同意する。ジャディも上空をグルグル旋回しながら渋々同意した。


 瞬時に3体のシャドウが〔テレポート〕して、施設のそばに並んで浮かぶ。次いで2体の紙ゴーレムがジェット噴射で空中に浮かびながら配置についた。

 既に術式は走らせていたようで、瞬時に施設全体をすっぽりと覆う5枚の巨大な〔防御障壁〕が発生した。ちょうど大きな傘のような形状で、5つの傘で施設を覆うような印象だ。


 レブンが森の妖精に一応告げる。

「すいません。僕たちの魔力では、森まで〔防御障壁〕で包むことができません。カカクトゥア先生やラワット先生が多分、やってくれると思います」


 イノシシ型の森の妖精は『のほほん』とした様子で、この惨劇を眺めていたが……レブンの謝罪に両耳をパタパタさせて答えた。

「いや。森の守護は我の役目だ。君たちは建物の守護に専念すればよい。なかなか面白い見世物であった」


 やっぱり、(基本的にはパリーと同じなんだな……)と痛感する生徒たちである。それはサムカにも若干あてはまるようだが。

 リーパットたちは当然のように無視されているが、軍の警備班が魔法具を取り出して防御を固め始めているので、任せておけば良いだろう。


 その半秒後。5000発の〔マジックミサイル〕が着弾した。

 強烈な光と熱、プラズマで視界が真っ白になって何も見えなくなった。まるで地震のように砂浜がうねり、空気が高熱のせいで呼吸に適さなくなって、呼吸補助の風の精霊魔法が自動起動する。

 爆音と衝撃波もすさまじいことになっているようで、〔防御障壁〕で遮断していても、壁の界面が激しく波打っている様子が見える。砂浜の砂も爆風で舞い上がって、それが高熱で溶けてガラス化し、真っ赤に光る暴風雨になっていた。


 サムカがリーパットたちの〔防御障壁〕の補強を行いながら、バントゥとチューバを見ている。貴族の彼には、この真っ白く光る中でも問題なく見えるのだろう。その山吹色の瞳が少し曇った。

 バントゥが出血多量で力尽きたようだ。最後の力でチューバを突き飛ばして、微笑む。〔防御障壁〕が全て吹き飛んで、バントゥの体が爆風で粉々になって散っていった。


 その破片のいくつかを空中でつかんだチューバが、魚頭のままで何か叫びながら荒れ狂う海に飛び込んでいった。海賊の上陸部隊が身柄を確保し、沖合に運んでいく。

「……ふむ。海賊も、この爆撃に耐える強度の〔防御障壁〕を用意しているのか」

 サムカが妙に感心しながら、海中の海賊たちを見つめている。



 第一次攻撃が終わったようで、静寂が戻ってきた。 

 しかし、それもわずか数秒間だけだった。第二次攻撃がすぐに開始された。今度は〔マジックミサイル〕ではなく、〔レーザー光線〕魔法の一斉射に引き続いて、高さ10メートルに達する巨大なスライム状の水の塊が海から湧き上がってきた。津波のような形状ではなく、饅頭型の水の塊だ。

 それがかなりの高速で溶けた砂浜を駆け上がり、施設に体当たりして爆発した。その水しぶきが、サムカの〔防御障壁〕にも豪雨のように振りかかる。


「やはり溶解液か。先日の森の妖精が使った戦術と同じだな」

 サムカが冷静に分析して、海賊が潜む海を見る。

「……が、この程度では、我が生徒たちには通用せぬよ」


 幅2キロほどある入り江の中の全ての海水が、〔テレポート〕されて消失した。同時に入り江全体がまぶしい光に包まれる。海中に潜んでいた海賊、5000人の姿が一瞬露わになり、海水が全て消失した海底に落下していくのが見えた。

 やはりクラーケン族が過半数を占め、全長数メートルほどの巨大イカのような姿をしている。他には、意外にも武装した魚族の姿も多く見えた。チューバの姿も見え、必死の形相で〔防御障壁〕を展開している。その次の瞬間、チューバ以外の海賊の姿が光に〔分解〕されてしまった。

 サムカの〔防御障壁〕も、さすがに最外殻が破壊されて消滅する。

「ミンタさんか。さすがに強力な光の精霊魔法だな」


 空になった入り江に、外洋から海水が怒涛のように流れ込んでくる。その様子を見たサムカが、背後の施設に視線を戻した。ちょっと満足そうな笑みを浮かべる。

「うむ。上出来だな」


 施設は全くの無傷でそこにあった。バントゥが最初に破壊した窓ガラスも、ちゃっかり〔修復〕魔法で元通りに戻っている。壁についていた汚れも落ちていて、かえってキレイになっているほどだ。バントゥたちが先制攻撃をした際の、映像記録と魔法〔ログ〕を確認する。


 シャドウ3体と紙ゴーレム2体が、施設に被せていた〔防御障壁〕を消去した。視界も完全に回復して、青空に浮かぶ白い雲が、印象的に施設とのコントラストを強調している。リーパットたちも何とか無事のようだが、完全に気絶していて動かない。


 イノシシ型の森の妖精は結構楽しんでいたようだ。両耳と尻尾がフリフリとリズム良く振られている。

「終わったようだな。では、我は森へ戻るとしよう。アンデッドの教師よ。我もパリーどもと同様に、君を攻撃対象から除外する。しかし、大した魔力量だな。君が生徒たちへの魔力支援をしたのだろう?」


 森へ帰っていく森の妖精の後ろ姿に、礼を述べるサムカ。

「ばれたか。ここには充分なサーバーがないからね。遠くの港町には魔法場サーバーがあるが、今の魔法行使で壊れたようだ。しかし、光の精霊魔法は無理なので、ハグに丸投げしているがね。君たち妖精には、気づかれないように工夫したのだが……。ともかくも、傍観の立場を貫いてくれて感謝するよ。私も授業が行いやすくなる」


 サムカが礼を述べたが、彼の表情はまだ柔らかくなっていない。レブンとジャディ、ペルのシャドウが海上と海中を行き来して、大量に発生している残留思念を食べて処理している。その作業を見つつ、生徒たちに告げた。

「安堵しているようで悪いが、敵の残党がまだ外洋に残っているぞ」


 レブンがサムカの隣まで空中〔浮遊〕してやってきた。砂浜はまだ溶けたガラス状になったままだ。熱々である。

「はい。把握しています。入り江は今、海水が渦になってひどい流れになっていますから、こちらを攻撃する余裕はないと思います。やはり、追撃した方が良いでしょうか」

 レブンの問いにサムカがうなずいた。

「そうだな。魚族の海賊もかなり混じっているようだが、ここは徹底的に叩いて数を減らしておくべきだろう。レブン君の故郷の負担も減らすことができるはずだ」


 サムカの答えにレブンも決心したようだ。明るい深緑色の瞳に力がこもる。

「そうですね。分かりました、殲滅しましょう。魚族の海賊は僕が殺しますので、皆さんはクラーケン族の討滅をお願いします」

 ジャディが上空を旋回してレブンを見下ろす。

「おい。いいのかそれで。同族を殺してよ。オレ様に任せてもいいんだぜ」

 ペルも不安そうな顔で、薄墨色の瞳を潤ませている。その2人にセマン顔で微笑むレブンだ。

「魚族は、上陸部隊だよ。僕たちを殺しに来ていた。同じ魚族として、それは許せないんだ」


 ムンキンが〔浮遊〕してやって来て、レブンの背中を≪バン≫と叩いた。

「分かったぜ。任せる。イカどもは俺たちに任せろ」

「うん」

 レブンが自身のシャドウであるアンコウ型の『深海1号改』を手元に呼び寄せて、支援魔法をかける。既に〔パッケージ化〕されていたので、キーワードを唱えるだけだ。 


 一瞬でアンコウが100体に増えて、隊列を組んだ。今回は前回と異なり密集陣形ではなく、散開型のショットガン陣形である。

 500ほどある敵魚族の座標が全て入力されて〔ロックオン〕が完了する。人魂のような狐火のような冷たい色の火の玉が、いくつもアンコウの周りを衛星のように回っているのがはっきりと見える。リミットを全て解除したようだ。ここまでわずか1秒で完了する。


 レブンの掛け声も何もなく、次の瞬間。100体のアンコウ型シャドウが散弾のような軌道を描いて、入り江内に飛び込んでいった。半実体なので風切り音も何も起きない。名前の通り、影が走っただけにしか見えない。


 しかし。入江の中で濁流に巻き込まれている魚族や、入江の外で待機している魚族、それに早くも逃げ出している魚族のその全てが、次々に体中に大穴を開けていった。

 直径50センチほどもある〔闇玉〕だ。身長が1メートル弱しかない魚族は、海水ごといきなり腰から上が消滅したり、腹から下が削られて無くなったりしていく。残った体も、次の〔闇玉〕に飲み込まれて完全に〔消去〕されていった。

 シャドウのステルス機能が高度すぎるので、誰一人として魚族は敵シャドウを〔察知〕できないまま死んでいく。わずかに血が海中に漂っているだけだ。


 シャドウを操作しているレブンの顔には、悲しみや苦悩といった色は出ておらず、反対に怒っているようだった。

 シャドウから逐次送られてくる映像には、上陸後に使う予定の道具が映し出されていた。人質にするための拘束具だろうと思っていたレブンだったが、その予想は裏切られた。解剖具と一時保管用のバッグや箱ばかりだった。ギリリと奥歯を噛みしめるレブン。

「臓器売買で儲けるつもりだったのか……テシュブ先生の判断で正解でした」


 ペルとミンタは気分が悪くなった様子で、顔を伏せて自身に杖を向けている。精神の精霊魔法だろう。


 一方のジャディには、特に変化は出ていない。

「まあ、な。飛族の中にも、それで小遣い稼ぎをする連中がいるしな。あ。オレ様の支族は、そんな外道な事には手を染めちゃいないぜ。堂々と商隊を襲撃する『正統派』だ」


 ムンキンが柿色のウロコを少し膨らませて、日差しをキラキラと反射させる。

「自慢するなよ、バカ鳥。クラーケン族も、ほぼ殲滅できたぜ。溶解液で攻撃してきたから、そっくりそのままやり返した。逃げ出した連中にも精霊魔法が効いてるから、間もなく全滅するだろ。水の中だから逃げ場がないんだよな。で、レブン。チューバ先輩がまだ生き残っているんだが、どうする」

 濁流の中、必死で入り江の外へ逃げ出そうとしているチューバが、位置情報マップに点として表示されている。〔防御障壁〕をいくつも展開していて、そろそろ外洋へ出る頃だ。


 レブンが冷静な顔で、その点を見る。

「うん。ちょうど今、他の魚族を全て〔消去〕し終わった。チューバ先輩は魔法の成績が良いからね。半端な攻撃では取り逃す恐れがある。これから、僕のシャドウ100体全てを使って確実に殺すよ」

 そして、〔ロックオン〕が完了した。やはりレブンは掛け声も合図も出さないまま、いきなりシャドウ群をチューバに襲い掛からせる。


 そのレブンの顔が驚愕に変わった。シャドウ100体全ての反応が消失したのだ。代わりにチューバのいる座標へ、何か巨大なものが〔テレポート〕してきた。

「飛び込んできたシャドウを、〔テレポート〕させて排除したのか。やられた。で、この巨大な生物はいったい……?」


 ペルがようやく回復したようで、画面をじっと見て両耳をパタパタさせた。

「あ。この子、カカクトゥア先生の洪水事件で、海へ転送したタコさんだ。生命の精霊場の固有波動が一緒だよ。へえ……生きていたんだね」


(ああ、そう言えば、そんなタコがいたな……)と思い出すジャディ以外の生徒たち。そのジャディが、レブンの頭の上の上空を旋回しながらニヤリと笑った。もう、どこかの悪役モンスターそのものだ。

「おう、レブン。残念だったな。あとはオレ様に任せろ。やれ、『ブラックウィング改』」

 レブンの返事も待たずに、ジャディが真っ黒いカラス型のシャドウに攻撃を命じた。


 甲高く一声鳴いたシャドウが、500発もの闇の精霊魔法のマシンガン掃射をタコに向けて上空から浴びせる。タコとチューバは海中にいるのだが、お構いなしだ。闇の精霊魔法の弾が海中に突入して、瞬時に周囲の海水を氷にさせ『小さな氷の魚雷』と化して突き進んでいく。魚雷の後端部には風の精霊魔法が起動していて、ジェット推進を維持している。


 ジャディがまさしく悪役顔と高笑い声で自慢し始めた。

「どうよ! オレ様の編み出した超スゲエショットガン水中版。穴だらけにしてやるぜ」


 大ダコが8本ある腕を全て回してチューバを抱きかかえ、幾重もの〔防御障壁〕を展開していく。しかし、その全ての〔防御障壁〕が紙のように突破されて消滅し、ジャディの攻撃がタコ本体に突き刺さった。氷が破裂して、中に封じられていた闇の精霊魔法が露わになり、タコの足を削り取っていく。


 上空のジャディのドヤ顔が不満顔になる。

「……ちっ。結構丈夫だな、このタコ。オレ様の攻撃に耐えやがった」


 タコは全ての足を失い、頭も半分ほど消滅していたが……確かに耐えきった。チューバは失血がひどく、気絶しているようだ。タコがそのまま、〔テレポート〕魔術を起動させる。


「逃がすか!」

 ムンキンが紙ゴーレムを操ってタコの近くまで迫り、〔爆裂〕魔法を放った。

 海水が一気に沸騰し海底を削りながら巨大な水柱が1本、入江と外洋の境界あたりに発生する。水柱の直径は20メートル、高さは150メートルにもなる巨大なものだったが……ムンキンの顔が険しくなった。

「くそ、一瞬遅かったか」

 水柱の色は鈍いオレンジ色だったが、それもすぐに消えて真っ白い色に変わっていった。


 ようやく温度が下がった浜辺にサムカが降り立ち、錆色の短髪を左手でかく。

「……まあ、逃げたものは仕方がない。では、後片付けをしなさい。手始めに、この砂浜の〔修復〕だな。それと、残留思念の処理も続けるように。『化け狐』が大挙してやってくると、森の妖精殿が不機嫌になるだろうからね」


 そして、ようやく動き始めたリーパットたちにも視線を向けた。

「それから、彼らを森の中の避難所まで運ぶようにな」

 同時に、(後でクーナ先生に、生徒たちの精神状態の〔診断〕と〔治療〕を頼むことにしよう)と思うサムカであった。特に、レブンについては念入りに診断してもらう必要があるだろう。


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