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召喚ナイフの罰ゲーム  作者: あかあかや & Shivaji
魔法学校へようこそ
6/124

5話

【要望】

 サムカが安堵と落胆を半々にしたような表情になって、2人の教え子に山吹色の瞳を向けた。

「もうしばらく時間が残っているな。今日は授業を行わず、内容の紹介に留めるようになっている。君たちから、何か要望はないかね?」

 サムカが深い山吹色の瞳の光を和らげて、教え子となった2人に聞く。


「私たち……」

 ペルが重々しく口を開いた。薄墨色の瞳が揺らいでいる。

「大きくなって……大人になったら、闇の精霊魔法や死霊術の影響を受けて『悪い人』になってしまうって……色んな大人たちが言うんですけど、これって本当なんですか?」

 話すにつれて再び涙目になっていき、両耳を前に伏せていく。上毛も含めて鼻先と口元のヒゲも、力なく垂れてしまった。

 隣に立っているレブンも真剣な面持ちだ。

「僕も同じ事をよく言われます。『悪の権化』みたいになってしまうのでしょうか?」


 サムカが子狐と魚少年の肩に優しく、手袋で包んだ両手をそっと置いた。

「先日も言ったが……」

 サムカの山吹色の瞳が、深山の黄葉のような色あいになる。

「全ては君たちの今後の『方針』による。この世界には純粋な悪も善も存在はしないのだよ。光は闇があって初めて色を為し、生命は死があって初めて機能する。魔法自体は極めて反自然的ではあるが、それは自然を補完するものでもあるのだよ。つまり……」


 サムカが穏やかな声で2人に話しかけた。

「君たちにしかできない魔法が、きっとあるということだ。それを自分の利益のためだけに使うか、皆の利益のために使うか。君たちは、どう使いたいかね?」

 ペルが涙目を拭きながら、真っ直ぐにサムカを見て答えた。

「皆の幸せのために使いたいです」

 レブンも強い意志をみなぎらせた、輝くような深緑色の瞳でサムカを見つめる。

「僕もです」


 その強い視線を受け止めてサムカが微笑んだ。青白っぽくて血の気が全くない顔なのだが、なぜか温かみを感じる微笑である。

「うむ。では、君たちは悪党にはなれないな。そういう特性を持っている」

 ポンと軽く2人の生徒の肩を叩いた。

「無論、君たちは私の教え子でもある。もし、悪党にでもなれば、私が直々に成敗してあげよう。そうだな、例えば連中のようにな。悪ふざけも少々、度が過ぎてきているようだ」

 そう言いつつ、窓の外を見上げた。


 ペルとレブンも見上げると、上空にはいつの間にか数百羽ものオオワシと飛族が旋回して威嚇し合っていた。その空が急激に黒く分厚い雲で覆われていく。

「ふむ。意外と上級の精霊魔法を使うのだな」

 サムカが感心した様子でつぶやく。


 数本の竜巻が上空で発生して、それが地面に伸びて校舎を襲った。地震を伴う爆発が起きたような轟音が校舎を揺るがして、窓ガラスが一斉に砕けていく。けたたましい音と、大勢の悲鳴が沸き上がった。


 しかしサムカの教室だけは窓ガラスも割れず、揺れもそれほど感じない。

「闇の精霊魔法を使った〔防御障壁〕だ。防衛手段としては、かなり有効だと私は思うね」

 サムカがペルとレブンに話しかけて使い魔を呼び出した。

 半透明ながらも、身長2メートルほどの熊型の魔族だ。腕は4本あり、背中には4枚の羽が生えている。しかし体の輪郭は曖昧で、目や鼻といった物が見えない。見た目だけで言えば先程のゴーストの方が凶悪そうなのだが、魔力はこちらの方が圧倒的だ。


 ビリビリと圧迫感のある魔力を感じて、息を呑む2人の教え子。ペルの黒毛交じりの尻尾が逆立ち、ついでに後頭部のふわふわな毛皮も逆立っている。レブンもせっかくセマンっぽく戻っていた顔が、また魚のそれになってしまった。


 今度はサムカがレブンを見て説明する。教え子が乗っている感情のジェットコースターには気づいていないようだ。

「私の使い魔だ。これは魔族でアンデッドではない。つまり君たちと同様に生きている者だな。姿がおぼろげなのは、〔ステルス障壁〕を展開しているからだ。召喚ナイフでの召喚契約者は私だけだからね。一応は、校長や羊の主事から隠す必要がある。このように死者の世界では、我々貴族やアンデッドの他に、生者として魔族やオークがいるのだよ」


 そして、声のトーンを変えて使い魔に命令した。

「この魔法障壁の維持を行え」

「我が主の御意のままに」

 意外と知的な、低くて渋い声で応じた使い魔が、サムカに一礼して〔防御障壁〕の術式を走らせ始める。その障壁のせいか、姿がさらに見えにくくなっていく。


 その様子を見て、落ち着く生徒たちである。結構、慣れてきたのかもしれない。

 使い魔による術式開始を確認したサムカが、生徒たちに視線を戻した。山吹色の瞳が再び和やかな光を取り戻している。


 その間、真っ黒になった分厚い雲からは2つほど竜巻が発生していて、校舎を直撃していた。しかし、サムカたちがいる教室は全くの無傷だ。

 他の教室からは相変わらず悲鳴が聞こえてきていて、何かが割れたり折れたりする音が続いている。容易ならない事態に陥っているのだろう。


 そんな悲鳴や破壊音をサムカは全く気にしていない様子で、先ほどまで消し去っていた黒マントを出現させた。

 そして優雅にマントを身にまとい、教室の扉を音も立てずに開けた。そのまま廊下へ足を踏み出して、背後のペルとレブンに振り返る。

「では、悪党どもを退治しに行こうか。我が教え子たちよ」

 ただそれだけの所作なのだが、それはまさしく貴族の気品と威厳に満ちたものであった。


「はいっ」

 つい先ほどまで、おっかなびっくり状態だったのが、一転してわくわくした表情になっていく。そのまま目を輝かせて、急いでサムカの後を小走りでついていく狐少女と魚少年であった。




【暴風】

 校舎内には竜巻による暴風が吹き込んでいて、大いに荒れ狂っていた。

 粉々になった無数の窓ガラス破片や石つぶて、レンガ、校舎内に植えられている鑑賞樹の折れた枝などが凶器となって、校舎の内外で飛び交っている。それらは外壁や内壁や廊下や天井にも突き刺さっていて、大変なことになっていた。


 すっかり太陽が分厚い雲に隠れてしまって、夜のように暗い。幸い生徒たちは先生たちと共に、それぞれが〔防御障壁〕や、風に対する対抗魔法を展開しているおかげで無事だった。1年生の生徒はまだ魔法が拙い者が多いので、上級生が魔法で支援を行っている。


 その中には、つい先ほどまでサムカの授業で瀕死になっていた3年生のニクマティ先輩が活躍する姿も見えた。彼はノーム先生のクラスの級長をしている狐族の男子生徒だ。結構タフな性格のようで、精霊魔法の専門クラス生徒と一緒に駆け回っている。

 バントゥと党員たちの姿も見えるが、こちらはまだ精神的なショックを引きずっているようだ。動きや魔法に精彩がない。

 リーパット主従は魔法具を多数掲げて振り回しながら、障壁を展開しているようだ。罵声と非難なども叫んでいる様子なのだが、この暴風の中では誰も聞いていない。


 この他に学校駐在署の警察部隊もいるのだが、この暴風にはお手上げのようであった。防護服の上に防護アーマーを装着した完全装備の警官姿の狐たちであるが、右往左往して手足と尻尾をパタパタして混乱している。

 杖を持ってはいるのだが、警官隊はこの事態に対応できる魔法が使えないようなので、仕方がないといったところだろう。相手が暴風と鋭利な破片群で、それをまき散らしている張本人たちは空中高く飛んでいて、分厚い雲に隠れて見えないのでは手出しできない。


 それでも先生たちを補佐して、生徒たちの安全確保に動いてくれているのを見て、サムカがうなずいた。

「うむ、良い処置だ。若干ケガ人が出ているようだが、それは法術先生に任せよう。だが、魔力を有しない者であっても使用できるような、自動追尾型の遠距離攻撃用の魔法具は装備しておくべきだったな。後で、シーカ校長に進言しておくとするか。レブン、ペルついてきなさい」

 サムカが黒いマントを大きく広げて、その中に小さな生徒たちを入れて包み込む。魔力を帯びているせいか、夜空が広がって生徒たちを包み込んだようにも見えた。


「〔防御障壁〕の中は私の魔法場が強いが、大丈夫かね? 教育指導要綱にある死霊術場と闇の精霊魔法場とは異なる、私が持つ魔力なのだが。闇魔法場と呼ばれている」

「はい! 大丈夫です」

 ペルとレブンが大きな声で答えた。もう完全に元気一杯である。好奇心と興奮で2人の目がキラキラと輝いている。サムカが山吹色の瞳を細めて微笑んだ。

「よろしい。この出力の闇魔法場に耐えられるのであれば、先が楽しみだ」



 校舎の外は、猛烈な竜巻が何本も聳え立つ、秒速60メートルの暴風の中だった。空は真っ黒い雷雲に覆われて、日没後のように暗くなり視界があまり利かない。

 上空には雷が縦横に走り、無数の雹やガラス、石や枝などが、ものすごい密度で校舎の外壁にぶち当たって、そのまま突き刺さっていく。


 赤いレンガ造りの校舎なのだが、木の枝が突き刺さっているのを見ると結構柔軟な素材である。

 日差しの強い亜熱帯なので、断熱効果を高めるために無数の空隙を内部に有するレンガを使用しているのだろう。軽石のレンガ版というところか。これでは、強烈な暴風と襲い掛かる大小無数の破片に対しては心もとない。


 サムカは闇魔法の〔防御障壁〕を展開していたので、その大量にぶち当たってくる凶器群は闇でできた障壁に飲み込まれて消滅していった。風すらも闇の障壁に当たると消滅している。サムカや生徒たちには、そよ風すらも感じていないようだ。実際にサムカの錆色の前髪は、サムカの歩みだけに同調して揺れている。

「これは私の魔力で発生させた〔防御障壁〕だ。見ての通り、我々に危害を加えそうな物体やエネルギーだけ、無に強制変換して〔消去〕する術式だ」


 解説を聞いて、目をキラキラさせるペルとレブン。 

 サムカが穏やかな声で、ゆっくりと歩きながら話を続ける。周囲の破片と土砂が吹き荒れる様とは対照的な、ほのぼのとした雰囲気すら出している。

「可視光線や、君たちが呼吸するために必要な空気などは、術式を修正して〔消去〕しないようにしてある。全てを〔消去〕してしまうと、この世界の物理化学法則に真っ向から反することになって、因果律崩壊を引き起こしてしまう。この世界から弾きだされてしまうので、完全防御とはいかないのだよ。なかなか微妙なものだ」

 素直に聞き入っているレブンとペルだ。レブンはまたメモ帳を取り出して、サムカの話を記録し始めている。


 黒いマントの内側からサムカを見上げている2人の生徒たちに、サムカが優しい視線を向けて話を続けた。

「君たちは厳密には私が有する闇魔法場とは異なる、死霊術場と闇の精霊場を有する。従って、このまま術式をコピーして、君たち自身の物にすることはできない」

 そういうものらしい。

「しかし、こうして見て体験することで、君たち固有の魔法場に応じた魔法回路が形成される。私のこの〔防御障壁〕と似たような魔法を、君たちもすぐに作り出せるようになるはずだ。後は練習を繰り返して、魔法回路を最適化すればよいだろう」


「はい! テシュブ先生!」

 元気な声で返事する2人の生徒たちに、目を細めて満足そうにうなずくサムカである。



 またもや突風が吹き荒れて、大量の土砂と破片がサムカの〔防御障壁〕に飲み込まれて消滅した。サムカがその障壁を調整しながら、森の方向を見て思わず首をかしげる。

「ん? この嵐は森には及んでいないのか」


 確かに不思議なことに、校舎周辺に延々と広がる亜熱帯の森林は吹き飛ばされていない。結界が張られているのかサムカの〔防御障壁〕と同様に、広大な森全体が全く竜巻の影響を受けていない。

「ふむ。風系か? これだけの広さを防御するとは、相当な精霊魔法使いだな。エルフの先生かな?」


 サムカが森の様子を見て、なおも首をかしげる。

 そこへ、轟音と破壊音が響き渡る暴風の中から、女性の澄んだ声が校舎の方向からサムカたちに届いた。

「いえ。これは精霊魔法の1つ、生命の精霊魔法です。ここでは特に樹木系が強いですが。ちなみに私の専門は光の精霊魔法ですよ」

 そう言って、エルフ先生が校舎から現れた。


 暴風のせいで普通の口頭での会話は困難なのだが、はっきりと聞こえる。ということは、『指向性の強い会話魔法』を使用しているのだろう。言葉を発しない〔念話〕魔術ではない。 

 手にはライフル銃のような物騒な代物を持っている。しかし、よく見ると銃ではなさそうだが。

 彼女も〔防御障壁〕を展開していて、その中に2人の生徒がいる。1人は狐族の女の子で、もう1人はトカゲ族の男の子だ。サムカが展開している闇の〔防御障壁〕とは異なり、破片や暴風が光に強制〔変換〕されている。


 その様子を見て、サムカが腕組みをして感心した。

「ほう……光の〔防御障壁〕か。初めて見るよ」

 さすがに光の精霊魔法だけあって、障壁自体が美しく白く輝いている。サムカの地味な闇の〔防御障壁〕とは、派手さも併せて大違いだ。


 サムカのマントの内側にいるレブンが、エルフ先生と共にいる生徒2名をサムカに紹介した。彼もエルフの先生に習って、〔指向性の会話〕魔法を使用しているので聞き取りやすい。

「テシュブ先生。狐族の女の子がミンタ・ロコ、竜族の男の子がムンキン・マカンで、僕たちと同じ1年生です。ミンタさんは全学年トップの成績の持ち主で、ムンキン君も学年2位の成績です。2人とも光の精霊魔法の適性持ちなので、ああしてエルフのカカクトゥア先生の教え子になっています。実力、人気ともに凄いんですよ」

 ペルも上空を気にしながらも、レブンに同意する。

「レブン君の言うとおりです先生。私たちは落ちこぼれなので、あこがれの存在なの」


 サムカが竜族という単語を聞いて、ムンキンと呼ばれた男子生徒を眺めた。

(ふむ。トカゲ族ではなくて、竜族と呼ぶのか。確かにウロコの形状がドラゴンに似ているか……修正しよう)

 サムカがそう思い、認識を更新した。といっても、表情には何も現れていないが。


 サムカが教え子の話を聞いて、黒マントの中の2人にウインクした。夜のように暗い中、暴風吹き荒れる空を背景にして、錆色の短い前髪がちょっと小生意気に揺れる。

「そうかね? 死霊術と闇の精霊魔法は、君たちの方が得意だと思うが」

 サムカも教え子とエルフの先生に習って、同じ会話魔法を使用する。


 確かに、〔念話〕は一対一の会話では便利だが、多人数での同時会話には不向きである。「なるほど」と感心するサムカであった。そして、エルフ先生に顔を向けて優雅に会釈をした。

「こんにちは。あいにくの曇り空だね」


 エルフ先生は、その挨拶を無視し「コホン」と咳払いをした。肘当て等がついた機動警察の制服姿なので、かなりの威圧感がある。

 しかし、これだけの暴風の中なのだが、ヘルメットや帽子をかぶらない主義のようだ。腰まで伸びている真っ直ぐな、べっ甲色の金髪が邪魔なのだろう。その辺り、いかにもエルフらしい。

「あの森を覆っている防御魔法は、風系ではなくて生命系ですよ。それも、ちょっと特殊な……あら」


 説明しながらエルフ先生が、森の中からひょっこり現れた、のほほんとした感じの少女に気がついた。

 少女の身長は130センチほどしかなく、ハグを連想させるようなセンスのカケラも無い、だぶだぶの寝間着姿である。足元も樹皮でできたサンダルだ。

 しかしその身に帯びている生命の精霊魔法場は、尋常ではない巨大さである。サムカにとっては生命の精霊場は天敵とも呼べるので、思わず反射的に身構えてしまった。アンデッドの習性であろう。


 森から出てきた赤毛の少女に、エルフ先生が親し気に手を振って挨拶した。

「こんにちは、パリー。森のほうは大丈夫そうね」


 改めて観察すると、エルフ先生が手に持っているライフルに似た長い棒は、杖だった。杖の底部には、マガジンのような形状の魔力パックがいくつか挿入されている。

 腰ベルトには、そのマガジンの予備パックがいくつか収められてある。ベルトには他に、私物の若草色の草で編んだポーチが1つあって、これが意外なアクセントになっていた。

 エルフ先生の身長が145センチほどなので、パリーと呼ばれた女の子と並ぶと、少女のツーショットと言えなくもない。まあ……どう見ても、警官に職質されている寝間着姿の浮浪者の図であるが。


 パリーと呼ばれた服のセンスの欠片もない少女が、暴風吹き荒れている真っ暗な上空を見上げた。

「そうね~、それはいいんだけど~」

 暴風なので少しは緊張したらいいのに、声の大きさも変えずに間延びした声で答えている。彼女も皆と同じく〔指向性の会話〕魔法をしていた。


 彼女も〔防御障壁〕を展開しているようだ。この秒速60メートルの暴風も、荒れ狂い飛び交う無数の凶器も、自ら方向を変えて彼女を避けているように見える。

 エルフ先生やサムカが展開している〔防御障壁〕とは、また別の魔法によるものなのだろう。おかげで、この大変な暴風の中でも、陽だまりの中の昼寝猫を見ているような錯覚すら感じる。


 パリーがゆっくりと歩いて近寄ってきたので、彼女の姿がはっきりとしてきた。やはり背丈はエルフ先生より低く、腰まで優雅に伸びているウェーブした紅葉色の赤髪がよく目立つ。

 日に焼けているせいなのか褐色の麦藁色の肌で、瞳はレブンに似た松葉色だ。眉も大きくて存在感を主張している。鍛え抜かれたエルフ先生とはまた別の意味でのスレンダーな体型で、歩くと、その赤い髪全体がホップするようにリズミカルに動いている。


「飛族と~渡りのオオワシ族かしらね~? 雲が厚くて見えないけど~」

 ぼーっとした顔のまま上空を見上げて――

「困ったちゃんたちねえ~」

 ……と、本当に困っているのか疑問な顔でつぶやいている。


挿絵(By みてみん)


 一通りの会話をエルフ先生とパリーが済ませたと判断したサムカが、エルフ先生に〔指向性の会話〕魔法を使って話しかけた。早くも、エルフ先生と生徒たちが使用していた術式を習得したようである。

「カタ‐クーナ‐カカクトゥア‐ロク先生。あのお嬢さんは寝起きの顔ながら、相当な精霊魔法を使うようだな。もしかして妖精かね?」


「寝起きの顔って……」

 思わず吹き出すエルフ先生。言いえて妙だが、ここは笑いをぐっとこらえてエルフらしい冷静さを装う。細長い両耳がピコピコと上下しているので、感情は丸分かりなのではあるが。

「ええ、この森を治めている妖精ですよ。名前は、ニル・ヤシ・パリー。私の精霊魔法の契約者です。森の方はパリーがいるから大丈夫だけど、校舎は大変なことになってしまっているわね」

 そう言ってエルフ先生が、今出てきた校舎を振り返ってため息をついた。本当にハリセンボン状態だ。あるいはサボテン状態か。


「カカクトゥア先生!」

 この、のんびりした空気に耐えられなくなったのか、エルフ先生の展開する光の障壁の中にいた狐族の女の子ミンタが声を張り上げた。

 ペルに負けないほどのふわふわな毛皮に、ところどころ巻き毛があるが、それを周囲の竜巻に同調させるようにピンピンと逆立てる。明るい栗色の瞳が、強く強く輝いている。

「やっつけましょうよ! 光の精霊魔法で撃ち落すんです!」


 トカゲ族……もとい竜族の男の子のムンキンも、大きな濃藍色の目を輝かせてミンタの過激な発言に同調してきた。

「そうですよ先生。こんな無法者ども、盲目にして金輪際飛べなくさせてしまえばいいんです」

 既に戦闘準備は万全のようだ。頭と尻尾を覆う、細かくて硬い、柿色の金属光沢を放つ鱗が盛り上がっている。ベストと長袖シャツに半ズボン、それに白い魔法の手袋も、盛り上がったウロコのせいで膨らんでいる。


 しかし、エルフ先生は冷静な対応をするばかりだ。きれいな空色の瞳を鋭く光らせて2人の好戦的な教え子たちをたしなめた。

「こら。ミンタさん、ムンキン君。乱暴なことを言うんじゃありませんよ」


 そう言いながらも、すぐに目をジト目にして暗く荒れる空を見上げた。腰まで真っ直ぐに伸びている金髪が、静電気を帯びて青白く発光し始めている。イライラし始めているようだ。

「でも、雲が分厚くて、どこに誰が飛んでいるのか分からないわね。面倒だから飽和攻撃で片付けようかしら」


 サムカも真っ黒い上空を見上げたまま、首をひねっていた。雲の中で稲光が何度も走って、サムカたちの顔を照らしている。

「うむ。思ったよりも雲が分厚いな。しかも連中は風に乗って、高速で飛び交っているようだ。飽和攻撃も良い案だが、狙うには一工夫必要だな」


 森の妖精パリーも目を細めている。あと30秒で眠りそうな顔にも見えるが。

「そうね~、みえないわ~あ」


 その時、上空から羽の生えた人が落ちてきて、派手な音を立てて運動場に墜落した。そのまま暴風に吹き飛ばされて校舎に激突していく。

 それを追いかけるように全長数メートルはある、首と尾の長い巨大なオオワシも落下してきて、運動場に墜落した。これは森の中へ吹き飛ばされていく。


「あ~、こら~。くそワシ~。森から出てけえ~」

 意外な暴言を吐いて、妖精のパリーが手で舞うような仕草をする。決して『招き猫』の仕草だとは言ってはいけない。とたんに森の中から弾き出されて、上空の竜巻の中に吸い込まれるオオワシ。


 呆れるエルフの先生だ。

「パリー。あなたまで、もう……」

 しかし、すぐに思案顔に戻る。

「でも、困ったわね。こうも暗くて雲が分厚いと測位できない。飽和攻撃しても撃ち漏らしが出るかも」


 その時、狂喜の雄叫びが暴風を斬り裂いて放たれた。

「らああありいいいいほおおほほほほおおおうううおう」

 向かいの校舎から、ソーサラーのバワンメラ先生が飛び出てきた。空を飛んでいるので、飛行魔術か何かを使っているのだろう。遠くから見ても、引き締まった筋肉質の堂々とした体躯である。

 その先生に続いて、恐らくはソーサラー魔術専門クラスの生徒たちだろう、十数名が同じような奇声を発して飛び出てきた。その中には先程バントゥの隣に座っていた、竜族の男子生徒の姿も見える。


 バワンメラ先生と専門クラスの生徒たちが、杖や両手両足の先から何かの〔ビーム〕を発して雲の中に撃ち込んでいる。当たっていないようだが。

 見るからに調子に乗っているバワンメラ先生が、再び奇声を上げて叫んだ。

「いたずら者は、お仕置きだあああ、ほうえええっ」

 などと、元気良く叫んでいたのだが……あっという間に〔雷撃〕を食らってしまった。


「ぶべっ!?」

 そのまま、竜巻に飲み込まれて見えなくなる。生徒たちも全員が巻き添えを食らって、竜巻に飲み込まれていく。そして当然ながら、雄叫びが悲鳴に変わった。



 そんな茶番のような、学芸会の出し物みたいな有様を見ていたサムカがジト目になった。あまりに呆れているのか、瞳が辛子色に濁っている。

「本当に先生かね? 生徒たちも巻き添えになっているようだが」

 エルフ先生も、空色の瞳を暗くさせながらのジト目になって答えた。

「ええ、悲しいですけれど。獣人世界に雇われた出稼ぎの先生ですもの、優秀な人ではありません。本国世界で教職をしているような先生が来て下されば、もっとマシな魔法教育もできるのでしょうけど。ここに来るのはチンピラみたいな先生ばかりですよ。生徒は大変でしょうけど、見ての通りです」


 竜巻の中では、なおもバワンメラ先生と十数名の生徒たちの悲鳴が上がっている。

「あびええええっチクチク刺さるううううふあもべでびあ」

 それも徐々に、途切れ気味になり……悲鳴が暴風の音に遮られて切れ切れになってきた。


 サムカがジト目になったままで、錆色の短髪をかく。それでも、雲の中でキリキリ舞いしているソーサラー先生と生徒たちの生命状態を調べた。すぐに結果が出て、ため息混じりながらも安堵する。

「大ケガだが、死ぬことはなかろう。面白い性格の先生だな。つき合わされる生徒は大変だろうが」

 そして、サボテン状態の校舎の方向に振り返った。

「そういえば他の先生方は、この事態でも外へ出てこないのだな。出稼ぎ契約であれば、不意の暴動対処は契約外なのだろうが……」


 時折、校舎内から〔光線〕や〔マジックミサイル〕が発射されているが、これも当てずっぽう撃ちだ。魔法場の特徴からして、これはウィザード魔法力場術のタンカップ先生と、その専門クラスの生徒たちによるものだろう。


 エルフ先生の日焼けした白梅色の表情が、あからさまに曇った。

「そうですね。戦闘向けの魔法は、先生といえども使える人は少ないのです。私とノームのラワット先生は、警察からの出向なので対処できますが、他の先生は一般人です。戦闘訓練は履修していないのですよ」


 校舎の一角を指さす。

「ラワット先生は大地の精霊魔法が得意なので、今は校舎の崩壊防止に専念しています」

 そうしないと、壊れやすい建材で建てられている校舎はとっくに全壊していただろうと話す。

「帝国警察部隊はこんな魔法災害にはまだ無力ですし。私がここへ配属になって以降は、定期的に訓練指導をしているのですけどね」

 曇ったままの険しい表情で上空を睨みつけながら、エルフ先生がサムカに〔指向性〕会話魔法で話し続ける。彼女のそばに居る2人の生徒たちにも聞こえているようだ。

「そういうことです。かえって足手まといになりますし。安全な校舎内に避難してくれた方が私も助かります。しかし……できれば、初歩的な戦闘訓練は履修しておいてほしいと思いますね」


 サムカもエルフ先生に賛同した。

「そうだな。後で私からも校長に提案しておこう」


 上空では再びソーサラー先生たちの悲鳴が、か細いながらも聞こえてきた。かなり色々と刺さっているようだ。

 墜落して、運動場や寄宿舎屋上へ激突する生徒が数名見える。その中に、あの竜族の生徒も混じっていた。


 パリーだけが、ケラケラ笑っている。

「面白いこえ~」

 それに同調して、ミンタとムンキンも簡易杖を上空に向けて威嚇し始めた。ミンタが明るい栗色の瞳をキラキラさせて、エルフ先生に訴える。

「カカクトゥア先生! 攻撃しましょうよっ。飽和攻撃やりましょうよっ」

 ムンキンも同じように、大きな濃藍色の瞳をギラリと輝かせている。頭のウロコがさらに逆立って膨らんでいるようだ。

「暴徒どもを制圧できるのは、今は俺たち生徒しか居ませんよっ。撃ち落しましょう、カカクトゥア先生!」


 頭痛がするのか、眉間に指を当ててうつむくエルフ先生。両耳の角度がさらに下がった。

(私も罰ゲームでここへ召喚されたわけだしな……)と妙に納得するサムカであった。


 暴風はさらに強さを増してきていた。

 サムカたちが〔防御障壁〕を展開して立っている運動場でも、あちこちで地面が竜巻でえぐられて巻き上がり、それが新たな凶器と化して空中を飛び回っていく。

 サムカが〔防御障壁〕の調節を行いながら、周囲を見回した。かなり暗くなっている。思わず頬を緩めるサムカだ。

「ふむ、日差しもちょうど良い具合に隠れてきたか。これなら闇の精霊魔法を使っても支障はさほど出ないだろう」




【飛族とオオワシ退治】

 また新たなオオワシが飛族と一緒になって、上空から運動場に派手に激突した。サムカたちがいる場所まで衝撃の地響きが伝わってくるほどだったが、元気に跳ね起きる。そしてまた、雄叫びを上げながら竜巻の中に消えていった。空の色は、雲の厚みが増したせいで更に暗くなってきていた。


「もしかして、私の出番かな?」

 飄々とした顔と声で笑いながら、暴風の中でセマンの先生が校舎から出てきた……というより散歩の途中にも見える。


 赤墨色で癖が強い短髪が暴風に吹かれてさらにクシャクシャになっているが、全く気にしていない様子だ。

 大きなワシ鼻と耳が目立つ小人で、身長は130センチほどか。エルフ先生よりも15センチほど背が低く、ノーム先生よりも10センチほど背が高い。体つきは細身ながらも意外に筋肉質で、手足が長い。この暗いなかでも、黒い青墨色の大きな目が目立つ顔だ。


 半袖シャツに折り目のついたズボンをはいた姿は先生らしいが、それでも散歩向きの普段着ともいえそうな軽快な印象である。もちろん、場違い感が甚だしい。エルフ先生の機動警察の服装と見比べると、軽装過ぎるともいえる。

 縦横に飛び回っている破片群や土石塊が当たると、ただでは済まないだろう。当然ながら、ヘルメットや防護服に登山用の靴や手袋すらもつけていない。普通の量産品のスニーカー靴を履いているだけである。しかも、履き潰された感じがかなりある。さらに彼は〔防御障壁〕も展開していない。


 文字通りノーガードでここにやってきているのだが、なぜか飛び交う凶器群は彼に当たっていなかった。暴風も、なぜか彼のいる周辺だけは弱まっているようだ。普通なら、こんな秒速60メートルを超えようとしている暴風の中に出れば、体重の軽い小人族はひとたまりもなく空中高く吹き飛ばされてしまうものなのだが。


 ティンギ先生はそんな不思議を意にも介さない様子で、ニコニコというかヘラヘラと微笑みながらサムカたちに会釈した。本当に散歩中に交わすような挨拶である。

「やあ、テシュブ先生とカカクトゥア先生。良い風が吹く日だね。改めて自己紹介をしよう、ウィザード魔法の占道術を担当するセマン族のティンギ・マハルだ。ティンギと呼んでくれて結構だよ。以後よろしく」


 それをサムカが見て感心する。魔法を使えるサムカであっても、これには目を黄色の点にしている。

「その幸運、ものすごい効果だな」

「ははは」

 セマンのティンギ先生が笑って、軽くおどける仕草をした。

「一応、占道術の先生だからね。私も出稼ぎ教師でね。本国世界で仕事を得られなかった無能だが、これでケガをしたら看板に偽りアリなんて言われるよ」

 そう言いながら、暴風の中を鼻歌混じりで散歩歩きして……こちらまでやって来た。先程の〔指向性の会話〕魔法でのやり取りを、なぜか聞いていたようだ。ちなみに今は、彼も同じ魔法を使用している。


 エルフ先生もサムカと同じように唖然としていたのだが、表情を整えて軽く咳払いをした。

「あら、ティンギ先生は違うと思いますよ。驚くほど高い、かなりの競争倍率を勝ち抜いてここの教師になったと、ドワーフのマライタ先生から聞いています。危険に満ちた世界ほど、占道術にとっては利益があるのでしょう?」

 エルフ先生が少々皮肉めいた口調でセマンの先生に指摘する。が、当のティンギ先生はヘラヘラ微笑んで、はぐらかすだけだった。エルフ先生もそんな様子を見慣れているのだろう。それ以上の挑発は入れてこない。


 サムカもエルフ先生に習って受け入れて、ティンギ先生に訊ねた。

「では1つ、頼みごとを聞いてもらえるかな、ティンギ先生」

「空のバカ者共の居場所を〔予測〕してほしいんだろ? いいよ」

 ティンギ先生が笑って答えた。

 懐の内ポケットからパイプを取り出そうとして止める。さすがにこの暴風の中でパイプをふかすのは難しいと考えたのだろう。改めて見ると引き締まった筋肉質で、ボクサー型の体型をしている。


 すでにクシャクシャな赤墨色の髪は、秒速70メートルに達しようとしている暴風に曝されていて、爆発したかのような髪型になってきていた。その下の青墨色の目は大きくてキョロキョロとよく動き、大きな両耳とわし鼻も、嵐に負けじと自己主張をしている。

 半袖シャツから伸びる腕は焦げた干し藁色なのだが、こう暗いと余計に焦げたような色合いである。小人族の中では最も手足が長いので、散歩のような歩き方ですらダイナミックに見える。


「私も、今回の狼藉には呆れていてね」

「スイッ」と、パイプの代わりに杖を取り出して、真っ暗な嵐の空に向けた。生徒も使っている、量産品の安価な簡易杖だ。かなり使い込まれているようではある。

 杖のあちこちが黒く焦げているのは、恐らくパイプをふかしながらの、『ながら魔法』を使ったせいだろう。


「ふむむ。バカワシが200羽に、ボケ鳥が240人だね。よくもまあ、これだけヒマな連中が集まったものだよ」

 瞬時に数を言い当てたティンギ先生に、感心した視線を送るサムカとエルフ先生だ。先生にしがみついている4人の生徒たちも驚いている。


「なるほど。では……」

 サムカが黒マントの中から白い長袖シャツの右腕を出して、白い事務用の手袋を外した。

 本当に血の気のない、きめこまやかな藍白色の白い磁器のような手が現れる。剣などを振るうせいか、意外にごつごつとした手である。

 当然、エルフ先生の目が険しくなったが、無視している。そのまま右手を上空に伸ばして、エルフ先生とティンギ先生に提案した。

「ティンギ先生が〔探知〕した場所を、私が闇の精霊魔法を使って目障りな雲と障害物を〔消去〕しよう。そこに羽付き共が現れたら、カタ‐クーナ‐カカクトゥア‐ロク先生が光の精霊魔法で撃ち落す。という手筈でどうかね?」


「ああ、それでいこう」

 ティンギ先生が不敵に笑って、簡易杖を空に向けた。 

 黒い青墨色の瞳がキラキラと輝いて、赤墨色で癖が強い短髪が暴風の中で派手に巻き上がる。わし鼻と同様に目立つ、大きめの両耳もその先が少し赤くなっているようだ。砂粒は彼の体じゅうに容赦なく当たっているのだが、石やレンガの破片等には1つも当たっていない。

 その分、彼の近くに立っているエルフ先生の〔防御障壁〕に飛んできているようで、彼女の障壁が一際派手に輝いているが。


「私だけフルネーム呼びですか」

 エルフの先生が空色の瞳をジト目気味にしたが、すぐにうなずく。

「異存ありません。ねえ、パリー。私への魔力支援してもらえるかしら。少なくとも440発も撃たないといけないから、手持ちの魔力カートリッジだけでは足りないのよ」

 そう言って、隣でポケーと突っ立っているパリーを呼び寄せた。


 妖精の彼女も背が130センチほどしかなく、スレンダーな細い体型だ。体重も当然軽いと思われるのだが、ティンギ先生と同じで吹き飛ばされる事無く、余裕で運動場に立っている。

「しかたないな~。支援してあげる~」

 エルフ先生の〔防御障壁〕と同調したようで、妖精の彼女の〔防御障壁〕の色が瞬時に変わり、エルフ先生のと同じになった。大量の土石や枝葉が障壁に飛来して衝突しているのだが、ことごとく火花を散らして光に〔変換〕されている。


 それを見て、ティンギ先生がサムカや生徒たちに教えてくれた。

「カカクトゥア先生は出身国では特殊部隊に入っていたそうだよ。射撃の腕前は相当らしい」

 ジト目をティンギ先生に向けるエルフ先生。妖精のパリーがエルフ先生に寄り添って、2人の光の障壁が1つにまとまった。

「ティンギ先生。特殊部隊ではありませんよ、機動警察です。言葉には気をつけて下さい」


 エルフ先生が大きなライフル型の杖を空に構えて、発言を修正させた。よく見るとやはり銃ではなくて杖だ。引き金がついていない。杖の底部に嵌め込まれている数本の魔力カートリッジの接続を手早く確認する。

「さあ、始めましょう」


「了解。じゃあ、いこうか」

 ティンギ先生も空を見上げて、黒い青墨色の目を輝かせた。

「はいそこ、ほいここ、やれあそこ、おーそこ、うらここ、ほれやっこ」

 次々に簡易杖で嵐の空を指し示していく。サムカが思わず口元を緩ませた。

「その掛け声は、何とかならぬかね」

 サムカが瞬時の遅れもなく、セマンの先生が指し示した空間に次々と闇の精霊魔法を炸裂させていく。竜巻が何本も巻き上がる真っ黒な空に、直径2メートルほどの丸く何もない空間が、絨毯爆撃をかけたように毎秒十数個の増殖スピードで増えていった。


 まるで嵐が穴だらけにされていくような風景に、エルフ先生が一瞬息を飲んだが……それもほんの一瞬。ライフル型の杖の先から、まるでマシンガンのように光の矢が噴き出してきた。


「わあ~きれいねぇ~」

 のほほんとした声で、のん気に感激するパリー。彼女はエルフ先生の背中に両手を当てている。魔力供給だ。ミンタとムンキンも支援に加わっていて、パリーと一緒に光の精霊魔法の洪水を観賞している。


 雨や土塵などが空中に大量に舞い上がっているので、魔法の一部が乱反射されているのだろう。おかげで光る魔法の軌跡が、暗い暴風の空に浮き上がってよく見える。

 果たして――

 エルフ先生が放った光の弾丸は、『まるで命中することが必然』とでも表現できるような正確さで、オオワシと飛族を撃ち落していった。毎秒十数羽が滝のように空中から落下して、ドカドカと地面に激突していく。


 熱線ではないようで、光の精霊魔法の弾が当たっていても燃え上がって焦げたりはしていない。ただ、相当に衝撃があるようだ。落下した連中は全員が激しく痙攣して、すぐに気絶してしまった。


 サムカがその様を横目で観察しながら、感心している。闇魔法では考えられない攻撃方法とその効果である。

 サムカが知る限りのソーサラー魔術やウィザード魔法でも、見たことがない。しかも、魔法の術式の〔解析〕が全くできないことにも驚いていた。

 これが、攻撃用の光の精霊魔法なのだろう。術式が分からない以上、〔防御障壁〕を展開して防御することが全くできないのだから。


「やれー、撃てー、落ちろー」

 やんやの喝采を上げる竜族のムンキンと狐族のミンタが、エルフ先生の機動警察服にしがみついて、片手を振り回してはしゃいでいる。彼らもエルフ先生に魔力支援していた。接触方式による魔力支援だ。学年トップと学校トップなので魔力量もかなりあるようだ。


「うわー。うわー」

 こちらはサムカの黒マントの中から見上げる、魚のレブンと狐のペルである。彼らも同様に、サムカにしがみついて魔力支援をしている。同時にサムカの意識とも接続しているので、その攻撃感覚に驚いているようだ。

 例えるならば、アクションゲームの上手な人の意識と動作を見ているような感じか。


 魔法使いは、その魔法に適性があれば、見たことがそのまま経験として自分のものになる。その動作と意識の使い方を自分のものにすることができるので、これも立派な実技授業になっている。

 もちろん、一度に習得できる情報には個人差があるので1回見ただけで完全に習得できる者は少ないが。普通は自身で反復練習をして、情報の補正と最適化をするものである。ペルとレブンも後で何度か自主練習をしないと、完全な習得はできないだろう。今はサムカから得られる情報を、できる限り自身に読み込ませることに全力である。



 さて。そんなこんなで20秒も経つと、地面には撃ち落されて気絶しているオオワシと飛族が累々と転がるようになってきた。

 同時に嵐と竜巻も消されて弱まっていき、夜のように真っ暗だった空の色が明るくなっていく。サムカの表情が心なしか曇り、反対にエルフ先生の表情が明るくなっていく。それを見比べてニヤニヤしているのはティンギ先生である。


「何だ、お前らああっ」

 ようやく狙撃に気づいた飛族が数羽、エルフ先生に風の精霊魔法をかけてきた。しかし、次の瞬間には光の弾丸に撃ち抜かれてしまっている。

「きゅ~」

 変な声をあげて落下していく。そしてドスっと鈍い音を立てて運動場の地面に激突した。そのままピクピクしている。


 そして、29秒後……

「あと4羽」

 エルフの先生が最後の光の精霊魔法を、標的の飛族に放った。……が、光の弾丸は跳ね返されてしまった。

「え?」

 驚くエルフ先生。


 上空では飛族の高笑いが始まる。歴戦の勇者のような貫録の飛族の男たちだった。その中でも1人、ひと際威風堂々とした勇者が、運動場のサムカたちを見下ろして嘲笑した。


 赤黒い赤褐色の鳶色の羽毛を持ち、その風切り羽は黒色。勇者と呼ぶとしてもかなり凶悪な顔には、琥珀色の鋭い眼光を放つ猛禽の瞳がギラギラと輝いている。頭と口は人のそれだが、人間と呼べるような姿ではない。

 それでも身長は130センチ程度だ。翼と尾翼を広げて2メートルというところか。自身の周囲には、風の精霊魔法で作り出した旋風をいくつも従えている。

「ばーかめ。この鎧には、そんな魔法弾は通用しないわあっ」

 どうやら、対魔法加工された服を着込んでいるようだ。どうみても鎧ではない。サムカでも術式を〔解析〕できない光の精霊魔法なのだが、この服を制作した者はできたようだ。


(そういえば、光と風の精霊魔法にはある程度の親和性があったな)と思い出すサムカであった。闇の精霊魔法と死霊術とに親和性があるようなものだ。〔解析〕用の魔法回路が服に仕込まれていたのだろう。サムカやエルフ先生にとっては正に、(余計なことを……)である。


 勇者が大音声で名乗りを上げた。背中の大きな鳶色の翼と尾翼が見栄を切るようにバッと広がる。

「オレ様はプルカターン支族の猛者! 聞いて驚け、見てビビろ、我が名は!」

「やれやれ」

 サムカがため息をつく。そして、「すっ……」と手袋を外した左手を上げて一言。

「手間を、かけさせないでほしいものだ」

 そのまま遠慮なく、闇魔法をブチ当てた。


 羽毛ごと鎧服が消滅して、まるで調理前の鶏のような姿にされてしまった飛族の猛者4人。

「ジャディ……うお!?」

 驚愕した飛族たちが、羽と魔力を失ってフラフラと落下し始めた。その顔に向けて、これまた容赦なくエルフ先生がライフル杖をぶっ放す。

「そうね。弾が余分に必要になったわね、まったくもう」


 鳥肌飛族の顔面に正確に光の弾がヒットして、頭が<ピカッ>と光った。そのまま自由落下して、《ドスン》と鈍い音を立てて地面に激突する。まだ嵐の強風が残っているので、数メートルほど風に流されて地面を転がっていった。


 反撃の意思がない事を確認してから、エルフ先生がライフル杖を下ろす。死んではいないようだ。100メートルほどの高さから自由落下しているのだが、丈夫な連中である。


 苦悶の声をあげて地面を這いずり回る土まみれのオオワシと飛族を見下ろしながら、エルフ先生が冷たい声でつぶやいた。

「4発分、余分だったわね」

 彼女の空色の瞳がまさに『ハンター』と言えるような鋭い輝きに満ちている。しかし、大いに不満気のようだ。べっ甲色の金髪からも何本もの静電気の青い火花が散っている。


 パリーがエルフ先生の背中から離れて魔力支援を終え、地面に横たわる惨状を見てケラケラ笑っていた。

「バカね~。ぴくぴくしてるう~芋虫か~」

 場違いなほどにのんびりと間延びした声を聞いて、エルフ先生の瞳がハンター状態から先生の状態に戻っていく。

「ねえ、パリー。魔力支援は感謝するけど、440発分でいいのよ。40万発分も要らないわ」

 エルフ先生がそう言いながら振り返ってパリーを見つめた。まだ若干、瞳の色がハンターの雰囲気を残している。


 エルフ先生のライフル杖は、パリーが離れたにも関わらずまだ魔力に満ち満ちている。満ち過ぎて、白っぽい光を出して発光している有様だ。普通の杖であれば、魔法回路が過負荷で焼き切れて使用不能状態になるのだが、そこは頑丈な警察用の杖である。


 パリーがなおもケラケラ笑いを続ける。

「あら~。いいじゃないの~。400も40万も大して変わらないわよ~」

 相当、アバウトな性格のようだ。


 エルフ先生が肩を軽くすくめて頬を緩める。べっ甲色の髪の表面に走っていた静電気や火花も収まっていく。

「そんなに撃ったら、このコたち跡形もなくなるわよ。だから飽和攻撃はしなかったのに」

 どうやら、よくあるやり取りらしい。



 空は嵐が収まりサンサンと日が差してきた。サムカが上空を見上げる。そして再び、あの狐の精霊が戻っていているのに気がついた。

「おや?」

 今度の狐は、闇の精霊魔法による〔ステルス障壁〕を展開しているので、サムカ以外の者は全く認識できていないようである。しかし、黒マントの中にいるペルとレブンはサムカの知覚を通じて何とか、(何かいる?)程度の認識は得られているようだ。


 ペルが首をかしげて、右の耳を数回パタパタ動かした。鼻先のヒゲも狐の精霊の方向を向いている。

「ゴーストかな? 狐の姿をしている感じだけど……」

 レブンもぼんやりとした認識だけしか得られていないので、ペルと同じように首をかしげている。

「そうかもね。死霊術場と闇の精霊魔法場も発散しているみたいだし」

 上空の狐の精霊も、サムカたちの視線を感じた様子である。長い尻尾を優雅に振って、かなりの高速飛行で東の空へ飛び去ってしまった。


 サムカが黒マントの中のペルとレブンに話しかける。

「ゴーストではないな。土地などに縛られていないから、精霊か何かだろう。しかし、かなりの魔力だったな。恐らく、この騒動を引き起こした元凶だろう」

 マントの中で驚いているペルとレブンに、山吹色の瞳を向けて微笑む。短く切りそろえた錆色の髪が、雲間からの日差しに鈍く輝いて揺れた。

「精霊だから意識はあるが自我は無い。自然現象みたいなものだ。放置しても構わないさ。それよりも今は、この羽付き連中の処分が先だな」


 サボテン状態になって破壊された東西両校舎から、生徒や先生たちが顔をのぞかせている。そんな彼らの様子が、サムカたちが居る場所からも見えた。


 リーパット狐が瓦礫の山の上に立って、何やら叫んでいる。純血がどうの、劣等種がどうのと言っているようだ。足元では手下の狐族の男子生徒もいて、一緒になって叫んでいる。周辺の他の生徒たちや先生は、無視しているので、よくある行動なのだろう。


 一方で、サムカに穴だらけにされたばかりのバントゥ狐も党員と共に、生徒たちの救助活動を勝手に始めたようだ。早速、警官部隊と主導権を巡って言い争いを始めている。取り巻きの魚族と竜族の男子生徒もバントゥに加勢しているのが見える。

 彼らには他の生徒たちも協力的なようで、自然と生徒だけの救助チームができてきていた。先生たちはまだ腰が抜けているようで、これといった動きは起きていない。


「……また勝手に生徒たちだけで動いて、もう」

 エルフ先生が彼らの動きを遠目で見てため息をつく。が、今は別の優先事項があるようだ。

「さあ、あなたたち」

 エルフ先生が土まみれのワルどもに向かって告げる。かなり呆れているようで、ジト目になっている空色の瞳の色合いが暗い。

「あなたたちのせいで授業が流れました。校舎も壊れました。掃除して謝りなさい」


 一斉に反発するオオワシと飛族だ。早くも回復して、元気を取り戻してきている。

 オオワシは言葉を発することができないが、飛族は手足を振り回して大いに反抗してきた。特にサムカに撃たれて鳥肌の丸裸にされた、勇者4人は真っ赤になってエルフ先生に怒っている。羽毛をほぼ全て失ったのだが、それでも凶悪な形相だ。

「うるせー! 耳長エルフの分際で指図するなっ」


 鳥肌にされていない周辺の飛族が、背中の大きな羽をバッサバッサ羽ばたかせて、つむじ風をあちこちで起こし始めている。オオワシたちも同調して巨大な翼を羽ばたかせ始めて、つむじ風の量を増やし始めた。


 鳥肌の勇者のうちで、先程サムカにジャディと名乗りを上げた飛族の男が琥珀色の瞳を凶悪に光らせる。

「まだ、終わっちゃいねえぜ! オレ様の真の力を見せてやるああああっ」


 エルフ先生の目が再び据わり、暗い空色になる。羽虫を見るような目つきになった。

「掃除しな、さい」

 エルフの先生がライフル杖の先を向けて、マシンガンのようにオート射撃した。

 再び一撃必殺な光の弾丸に撃ち抜かれて悶絶する440羽。今度は15秒もかからなかった。それでも、まだパリーからの魔力が残っているようで、杖がうっすらと白く発光したままだ。


 2度も撃たれて、さすがに意気地も折れたか……すごすごと、校舎の掃除に取り掛かる飛族である。オオワシも、校舎の壁一面にハリセンボンのように突き刺さっている、ガラス破片や枝、石片を、飛びながらクチバシで引っこ抜く作業を始めた。


 早速、純血主義者のリーパット狐が、手下の生徒と共に大声で威嚇しながら侮蔑している。

 ……が、サムカによって丸裸にされた鳥肌の飛族のジャディに凄まれてしまうと、悲鳴を上げて逃げ散って瓦礫の陰に隠れた。

 それでも魔法で羽虫の群れを森の中から呼び出して、その飛族の裸男4人を襲わせる。蜂やアブで構成されている羽虫群だ。

 面倒くさそうな顔をした飛族の裸男4人が、背中の羽を数回羽ばたかせた。と、それだけで数百匹もの羽虫の群れが風で吹き飛ばされて、さらにバラバラに分解されてしまった。声もなく驚愕の表情を浮かべるリーパットとその党員たちだ。

 羽や胴体、脚がゴミのように空中に舞い上がって、校舎の瓦礫の上に落ちていく。

 リーパットはそれでも健気に大声で飛族の裸男4人を罵っていたが、凶悪な形相になった飛族の裸ジャディに一睨みされると、悲鳴を上げて逃げ去っていった。


 一方の多民族主義者のバントゥたちは十数名の党員の生徒と共に、警察や先生の命令を無視して、勝手に瓦礫の撤去作業を開始していた。一般の生徒も加わり、その総数は100名にも達するだろうか。

 案の定、指を切ったりしてケガをする生徒多続出しているようだ。しかし彼らについては、オオワシ族や飛族が歓迎している。


 法術のマルマー先生や、彼の専門クラス生徒たちは、級長と見られる竜族を中心にしてバントゥに文句を言っているようだ。しかしバントゥたちには、止める気配は全くない。


 それを見ながら、サムカがエルフ先生に話しかけた。〔防御障壁〕を解除したので、森からのそよ風に錆色の髪がそよぎ、黒マントもなびいている。

「少々、余計なことをしたかな? 顔面に正確に射撃できるとは思わなかったよ」

 エルフ先生が軽く肩をすくめて、小さくため息をついた。彼女の腰まで真っ直ぐに伸びている金髪も、森からのそよ風に揺れている。

「……いいえ。対魔法防御服に気づかなかった私がいけないんです。テシュブ先生が闇魔法で撃ち落して下さったのに、私は余計な射撃をしてしまいました。まだまだ未熟ですね」

 素直に反省しているエルフ先生だ。しかし、両耳の角度は既に元に戻っているが。


 ティンギ先生が黒い青墨色の目を細めながらニヤニヤしている。爆発状態だった赤墨色の髪にようやく気がついたようで、適当に手で整える。

 それが終わるとパイプを懐から取り出し、エルフ先生をからかい始めた。

「余計な射撃は、その後も440発あったけどな。2度撃ちとは、やるねえ。カカクトゥア先生。下手したら連中の脳神経回路が、プッツリと焼き切れるところだったぞ。トドメもいいところだ」


 パリーも昼寝猫の状態に戻り、松葉色の瞳を細めてヘラヘラ笑っている。(もっと撃てばいいのに~)とでも、言いたげのようだ。

 ウェーブがなだらかにかかった紅葉色の赤髪の先がピョコピョコと跳ねている。よく見ると、赤髪は手入れがほとんど為されていないようで、大量の枝毛と切れ毛だらけだ。おかげで、せっかく日が差したのに光沢が髪に乗らない。妖精なので全く気にしていないようだが。


 さすがに赤面するエルフ先生だ。

「もう、止めて下さい。ティンギ先生。パリーも、そんな顔で見ないのっ」

 でも耳の角度は下がらない。次いで竜族のムンキンが、頭を覆うきめ細かい柿色のウロコを膨らませて、ティンギ先生に抗議した。

「先生はちゃんと無法者を懲らしめて改心させたじゃないですかっ」

 彼の横の狐族のミンタも、金色の毛が混じる尻尾を逆立出せてムンキンに同調する。

「そうですよっ。撃ち落したのはカカクトゥア先生なんだからねっ」

 これまた一歩も譲らず先生を称えている。エルフの先生が2人の教え子をたしなめた。

「こら。先生に向かって、何て口をきくのですか」


 本格的に天気が回復してきた。亜熱帯の太陽が運動場に降り注ぎ、その光をエルフ先生の瞳が反射する。腰までの長い真っ直ぐな金髪も太陽の光を浴びて、発光したかのように輝いた。

「私だけでは、仕事はできませんでしたよ。ティンギ先生の正確な位置予測情報に、テシュブ先生の闇魔法による障害物除去、そしてパリーの魔力支援がなければ、成し遂げられませんでした。謝りなさい」

「……はい、先生。すいませんでした。ティンギ先生。テシュブ先生」

 さすがに、素直に謝る2人である。


 竜族のムンキンはいつもの半眼の状態に戻り、盛り上がっていた柿色で滑らかで細かいウロコも元に戻る。制服の盛り上がりも元に戻った。

 狐族のミンタは両耳を前に伏せているが、尻尾の先はパサパサと動いている。日差しを受けてミンタ狐の頭頂部のふわふわな毛皮に刻まれた、2本の黄金色の縞模様が本格的に輝いた。


 ティンギ先生がパイプにタバコを詰めながら微笑む。

「ははは。素直で良いコたちだな。さて、小腹が空いた。お茶にするか」

 そのまま、パイプに火をつけながら、教員宿舎のカフェに向かっていった。やっぱり散歩の途中だったようだ。


「さて」

 サムカも教え子たちを自分の黒マントから出した。亜熱帯の日差しに目を細めるペルとレブン。

「どうだったかな? 感覚を〔共有〕したから、実際にどういう風に魔法を使うか、学べたと思うが」

 サムカの問いに、薄墨色の瞳を輝かせてペルが答えた。黒毛交じりの尻尾と両耳がブンブン振られている。

「はい、テシュブ先生。闇の精霊魔法って、こう使うんですねっ。後で練習して身につけます!」

 レブンも生き生きした表情だ。明るい深緑色の瞳をキラキラと輝かせながら、尊敬の視線をサムカに投げかけている。

「すごいです、先生っ。僕も練習して必ず習得します」


「うむ。それは良かった」

 サムカがうなずいた。そして、改めてレブンの顔を見る。

「カタ‐クーナ‐カカクトゥア‐ロク先生が、光の精霊魔法を2度目に用いた場面だが。私であれば死霊術を使って、残留思念を連中に〔憑依〕させるだろう。ここには死霊術場がないので、ごく短時間しか効果は続かないし心理的なダメージも浅いが、相当な恐怖感を与えることができる。嫌がる掃除を強制するには好都合だろう」


 それを聞いていたエルフ先生が頬を緩めた。空色の瞳も日差しを反射して美しく輝いている。

「テシュブ先生。フルネーム呼びは疲れるでしょう? カカクトゥアと呼んでくれて構いませんよ。私もテシュブ先生と呼びますから」

 サムカが山吹色の瞳をエルフ先生に向けた。

「うむ、そうかね」

 そして、軽く腕組みをした。黒マントの裾がそよ風に揺れる。

「実はエルフの名前には魔力があるのでね。私のようなアンデッドには、それなりに堪える。ではカカクトゥア先生と、これから呼ぶことにしよう」

 カカクトゥア先生は少し考えるような感じだったが、納得するようにうなずいた。

「そうですねぇ。確かに私もテシュブ先生と呼んだ時、悪寒が走るのですよ。同じ理由ですね」


 サムカが素直にうなずき、さらに首を少しかしげた。

「であれば、別の名前で呼んでくれても構わないが。そうだな、サムでもムカでも」

 クスクスと笑うカカクトゥア先生。瞳の空色が澄み渡る。

「ムカになったら、ノームですよ。では、サムカ先生でよろしいですか? これでしたら、下位名ですから魔力もそれほどありませんし」

 サムカが腕組みを解いて微笑んだ。

「ああ、それで構わない。さて、私は……」

 サムカが錆色の短髪をかきながら、しばらく考えていると、エルフ先生が微笑んで告げた。

「クーナとでも呼んで下さい。これでしたら、魔力は少ないと思いますが」

「うむ、クーナ先生……か」

 サムカが試しに口にする。サムカの瞳が深い山吹色になった。

「うむ。これであれば不快感は出ないな。これにしよう」


 そのやりとりを見ていた生徒たちが不思議そうな顔をしている。

 まず、狐族のミンタ・ロコが片耳を立てて訊ねた。巻き毛が交じるフワフワな頭の毛皮に走る、2本の金色の縞が日差しを反射して強く輝いている。

「えっと。それじゃあ私たちも、テシュブ先生じゃなくてサムカ先生と呼んだらいいのですか? カカクトゥア先生?」

 竜族のムンキン・マカンも半眼を止めて、濃藍色のつぶらな瞳をエルフ先生に向け、首を軽くかしげている。


 エルフ先生が微笑みながら、軽く手を振って答えた。

「いいえ。あなたたちには名前による魔力効果は、エルフの私ほどには作用しませんよ。テシュブ先生と呼びなさい。私とサムカ先生の魔法場の相性が最悪なので、こうしたのですよ」

 同じように、サムカも教え子たちに指示する。

「ペルとレブン。そういうことだ。カカクトゥア先生と呼びなさい」

「はい、先生」

 素直に答えるペルとレブンだ。


 改まった様子で、カカクトゥア先生がサムカに向かった。両耳の角度が上に上がり、空色の瞳の真剣な表情に戻っている。

「サムカ先生。今回は助かりました。感謝します。しかし、まだ観察は続けてみます。もうしばらく」

 サムカが、そっけなく答えた。

「ああ、それで構わぬよ」

 太陽の光を浴びて、血の気のない真っ白な顔が更に青白く見える。それでも不気味には思えないのは不思議だ。瞳の色が黄色系統ながら不快感や圧迫感を与えない、山吹色のせいかもしれない。黄葉した山の森のような印象だ。

「その方がいい。アンデッドを簡単に信用してはいけない」

 とも付け加える。


 それを聞いて、かなり不満げに頬を膨らませているペルとレブンに、サムカが優しい声で諭した。

「我々の仲間には、野良バンパイアやリッチーがいるからな。連中は何を仕出かすか分からないものだ。この世界にも残留思念がある以上、野良ゴーストは居るだろうしな。連中は害虫と似たような存在だ」

「でも、せんせい~」

 ペルとレブンはまだ不満だらけの様子だ。


 そんな2人を、森の妖精のパリーが褐色の麦藁色の腕で優しく抱きしめて諭した。コケやら草が生えている寝間着姿で、腰までの赤毛も荒れ放題の枝毛だらけなので、あまり絵にならないが。

「そうね~。両極端な魔力特性だからねぇ~。簡単にはいかないのよ~。握手するのも気合が要るくらい~といったらいいかな~?」

 驚くペルとレブン。

「え? そうなんですか?」

 サムカとパリーの顔を交互に見ながら、狐のパタパタ踊りと魚顔への変化が始まっている。一方のミンタとムンキンも驚いて、パタパタ踊りと尻尾ドラムが始まった。


 カカクトゥア先生が空色の瞳で困惑しながらも、パリーをたしなめる。

「こら。パリー」

 サムカも困ったような笑顔になって、軽く錆色の短髪をかく。

「まあ、その通りだな。握手するとしたら、双方とも〔防御障壁〕を完全に停止してからでないと無傷では済まないだろう。元は同じ旧人からの進化なのだがね」


 パリーが「クスリ」と笑った。赤い髪の先がピョコピョコ跳ねる。

「そうね~。元が同じだったら、何とかできるわね~。私みたいな妖精とサムカちんとじゃ、コツが要るけど~」

 早くもサムカを『ちん』呼ばわりしている。

 それを聞いて、「うわあ……」と恐れ入る生徒たちであった。

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