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52話

【シャドウ改】

 サムカが話題を変えることにしたようだ。生徒たちに視線を戻した。

「では、ジャディ君。君が新しく作成したシャドウの『品質』を見てみようか。出してみなさい」


 ジャディが凶悪な形相を更に凶悪にさせて喜びを表現しながら、羽毛に覆われた懐から〔結界ビン〕を1つ取り出し開けた。ちなみに、彼はまだ制服が支給されていないため、今はツナギ作業服だ。

「了解ッス、殿! 出でよ『ブラックウィング改』っ」


 たちまち、教室内の温度が1度ほど下がり、薄暗くなった。軍と警察からの受講生が、≪ビクッ≫として体を硬直させる。しかしすぐに気温と明るさが元に戻ったので、ほっとしている。


 1号改と基本的に同じ姿のカラス型のシャドウが、ジャディの肩の上に止まっていた。しかし、魔力がより強力になっているせいなのか、輪郭がぼやけている。

 そのために、見た目だけで判断すると前よりも劣化したように見える。実際、ミンタ、ムンキン、ラヤンと、エルフとノーム先生〔分身〕は、首をかしげて見ている。


 ペルとレブンは目を輝かせてジャディのシャドウを見上げている。専門家には分かるようだ。

「うわー。相変わらずかっこいいな。術式もかなり改良されているよね」

 感嘆しているペルに、レブンも素直にうなずく。

「うん。闇の精霊場も強くなってる。あ。風の精霊場もだね。1号改さんよりも早く飛べそう。だけど、型式はやっぱり1号改の範疇だよ。ジャディ君、どうして名称を変えたんだ?」


 レブンの疑問に、ジャディが「フン」と鼻を鳴らして琥珀色の凶悪な瞳を向けた。

「こっちの方が、言いやすいだろ」

 妥当すぎる答えだったので、認めざるを得ないペルとレブンであった。

 ミンタとムンキン、ラヤンも、この会話を聞いて評価を改めたようで、見上げて感心している。が、ぼやけているので、明瞭には見えていないようだ。


 レブンが3人に明るい深緑色の瞳を向けて微笑んだ。

「大丈夫だよ。ゴーストの時と同じく、時間が経てば魔法回路が〔修正〕されて慣れてくるから。はっきりと見えるようになるよ」


 やはり最初に感想を述べたのはムンキンだった。濃藍色の瞳を輝かせて、柿色のウロコを少し膨らませている。

「いいなあ。僕も何か考えないといけないなあ。精霊は、その場所の魔法場や精霊場に影響を受けやすいから、やっぱりゴーレム系かなあ」

 ミンタとラヤンも同意見のようだ。ミンタが金色の縞が走る頭の毛皮を左手で撫でて、両耳をパタパタさせる。

「そうね。精霊の場合は契約をしないといけないから面倒よね。妖精との『妖精契約』は、パリーを見ればダメダメなのが分かるし。ゴーレムが便利かしらね」


 ラヤンは目を閉じたままだが、頭のウロコがやや膨らんだり縮んだりしている。尻尾も床を叩いていないので、真剣に考慮しているようだ。

「私の場合はテシュブ先生の指摘の通り、法術の〔式神〕かしら。丈夫な難燃性の紙で、いくつか試作してみましょう。観測関連の法術はまだ私じゃ使えないから、ドワーフ製の小型機器を装着することになるかな」


 サムカもそんな感想をする生徒たちと一緒にシャドウを見上げて、腕組みをほどいてうなずいた。

「うむ。しっかりと改良を加えているね。術式にも無理がない。ただ、出力が高くなっている。その分、魔力のバランス維持には注意するようにな」

「了解ッス、殿っ」

 ジャディが嬉しそうに両翼を大きく広げて「バサバサ」させ始めた。他の生徒たちは、もう慣れているのだろう。〔防御障壁〕を展開して、突風被害から身を守っている。


 軍と警察からの2人は、さすがにこのような魔力は持っていないので大慌てで机にしがみついた。

 しかし、レブンとペルがすぐに〔防御障壁〕を被せたので、旋風に巻き込まれて天井へ吹き飛ばされる事にはなっていない。


 サムカは彼らが飛ばされようが、気にしていない様子である。そのままペルとレブンに顔を向けた。

「では、君たちのシャドウも出してみなさい。検査してみよう」

「はい。テシュブ先生」

 ペルとレブンが声をそろえて返事をし、すぐに〔結界ビン〕を取り出して開封した。再び暗くなり冷気が教室に充満するが、すぐに元に戻る。

 ペルは子狐型のシャドウ、『綿毛ちゃん2号改』。レブンはアンコウ型のシャドウで、『深海1号改』である。


 共に外見は変わっていないが、サムカが満足そうにうなずいた。

「うむ。外見はそのままだが、術式の改良はしっかりと行っているな。共に魔力が上がっているから、君たちもさらに自身の魔力バランスを維持するようにな」

「はい。テシュブ先生!」

 元気な返事だ。


 ここでようやくサムカが、軍と警察からの受講者が首をかしげているのに気がついた。

「ああ、そうか。君たちは、まだシャドウを見たことがなかったね。ステルス性能が強いから、初見ではまず〔察知〕できないのだよ。見ることができるようにしてあげよう。しかし、接触すると、魔力適性のほとんどない君たちでは精神異常が起きる恐れがある。近寄らないことだ」

 そう言って、サムカが白い手袋をはめた左手を軽く振った。

「ぎゃ!」

 たちまち悲鳴を上げて、机から転がり落ちる受講生たち。


 特に手を差し伸べることもなく、そのまま放置してサムカがミンタたちに視線を移した。

「君たちには見えているかね? この3体のシャドウは、姿は以前と同じだが魔力量が増えている。ステルス性能も良くなっているから、見えにくくなってはいないかな?」


 ミンタはドヤ顔である。もう、魔法回路の〔修正〕を済ませたようだ。

「余裕よ」

 ムンキンもドヤ顔である。2人揃うと、なかなかにサマになっている。

「僕も今は、はっきりと見えていますよ」


 ラヤンはさすがにミンタとムンキンに比べると魔力量が低いので、紺色の半眼をさらに細めて軽く首をかしげたが……それでも15秒ほどで慣れたようだ。尻尾を1回≪バシン≫と床に打ちつけた。

「私にも見えました。法術とは魔法場の関係上、相性が最悪だから調整に手間がかかるわね」


 3人の生徒たちの適応を確認したサムカが、1呼吸ほど間をあけてから話を続ける。

「今回の戦闘では、遠隔地の情報収集と通信で役に立ったが、もう少し強化してみるか。我々貴族などもそうだが、敵が使用する魔法の術式や通信は、基本的に暗号化されているものだ。もちろん充分な時間があれば、ウィザード魔法幻導術の暗号〔解読〕魔法を用いることができる。しかし、実際にはなかなか難しい」


 ミンタが同意してきた。ようやくドヤ顔ではなくなる。

「そうね。今回もカルト貴族に対しては、暗号〔解除〕の時間的余裕は足りなかったわね。私が担当した招造術のナジス先生と、彼についてた特殊部隊の攻撃魔法の〔解読〕も、時間が足りなくて無理だったし。盗めるかなと思ったんだけど」


 ノーム先生〔分身〕が、あごヒゲをかきながら口を挟んできた。

「『軍用』の魔法だからな。まず〔解読〕などできないよ。恐らく1週間かけても無理だろう。だけど、確かに搦め手のような『解読方法』はあるよ。テシュブ先生、もしかして〔側溝攻撃〕を教えるつもりかい?」

 エルフ先生を含めて、一斉に首をかしげる生徒たちと受講生たちである。

 ただミンタだけは習得済みなので、普通にしているが。ちなみにこの〔側溝攻撃〕は、以前に幻導術のプレシデ先生が授業で教えようとしていた魔法だ。ゴーレム騒動が起きたせいで中断してしまったが……


 サムカが微笑んだ。

「うむ、その通りだ。教育指導要綱には書かれていない内容だが、知っていると便利だろう」

 そう言いながら、サムカが手袋をした左手を軽く振り上げた。お馴染みの〔闇玉〕が1つ教壇の上に出現する。


「暗号化してある。術式を〔解読〕できないようになっているわけだが、実は、術式が演算をする際に発生する魔法場や、術式自体の動きというのは『特有』のものであることが多い。魔法場の波動の形状や、周期といった情報が周辺の空間に漏れ出ているものだ。魔法場汚染の元だな」

 ミンタが静かにうなずいている。サムカが話を続ける。

「それを利用して、暗号の鍵を盗み出す手法が〔側溝攻撃〕だ。道路を走った車のタイヤカスや排気ガスが集まる側溝を調べて、どんな車だったのかを推測するようなものだな。まあ、私の世界には車などは無いのだがね。説明に使うには適しているはずだ」


 サムカが杖をポケットから取り出した。山吹色の瞳がキラリと輝いて、少し自慢げな表情になる。

「ドワーフのマライタ先生からいただいた作成キットの杖が、ようやく組み上がったのでね。早速、使ってみる事にした」

 そう言われても、当時サムカとマライタ先生は教室の外にいたので、生徒たちは知る由もない。反応が乏しい事に落ち込みながらも、サムカが杖を〔闇玉〕に近づけていく。


 すると、黒板型ディスプレーにその〔解読〕情報が表示され始めた。有機高分子模型のようなウィザード語であるが、ここにいる生徒たちや講習生には理解できる。

「見ての通り、杖を〔闇玉〕に接触させなくとも、鍵を『盗む』ことができる。もちろん、近ければ近い程よいがね。だが欠点としては、〔解読〕に時間がかかるということだな。気づかれないように行う事が肝要だ。この役目を、〔ステルス障壁〕をかけたシャドウやゴーレム、〔式神〕などに任せれば良い。だが……」


 サムカが無造作に、杖を持っていない左手を〔闇玉〕にかざした。すると、黒板ディスプレー画面が再び砂嵐状態に戻る。

「〔闇玉〕の構成術式を別のものに〔変更〕した。このように未知の魔法であるほど、〔解読〕能力は落ちる。森の妖精や精霊、『化け狐』に関する文献や資料をよく当たって、『参照情報』を充実させておくことだ。それでも〔解読〕できる可能性は半々、というところかな。〔解読〕できなければ、すぐに逃げることだ」


 ここで、サムカの杖が爆発した。

 軍と警察からの受講生が席から跳び上がったが、エルフとノーム先生〔分身〕が被せている〔防御障壁〕に守られて無事だ。他の生徒と先生〔分身〕も、〔防御障壁〕で被害を受けずに済んだようである。


 ミンタがジト目になってサムカに文句を言う。

「テシュブ先生。試運転くらいやって下さい」

 ジャディがミンタに怒声を浴びせて蹴りを入れようとしたが、ペルとレブンが押さえつけたので暴行未遂で終わった。「モゴモゴ」唸っているジャディに、サムカが申しわけなさそうに頭をかく。

「いや、これは私が悪かった。ジャディ君、席へ戻りなさい。しかし、うむむ……努力が水の泡になってしまったか。ホウキはもっと慎重に組み立てねばならぬな」


 粉々になった杖を〔消去〕したサムカが、改めて話を続ける。

「〔側溝攻撃〕についてだが、もう1点。これは量子暗号の〔解読〕には使えない。クーナ先生が使うような光の精霊魔法に対しては無力だ。くれぐれも逆らわないように」


 エルフ先生〔分身〕が空色の瞳を細めて頬を緩ませながら、うなずいている。

「そうですね。光の精霊魔法の攻撃には、強力な〔レーザー光線〕を使用することが多いですね。不用意に近寄ると、〔レーザー光線〕の餌食になってしまうだけです。〔防御障壁〕の場合も『量子もつれ』を使って自他の区別をしていますから、〔解読〕は困難ですよ。ですが、先日の大深度地下のミミズ型精霊の乱射攻撃のように、私の知らない術式は判別できないので防御できませんけどね」

 ノーム先生も同意見のようだ。

「光の精霊魔法については、カカクトゥア先生から別に教わった方が良いだろうな。ただ、量子暗号通信は、まず〔解読〕することはできないものだ。送り手や受け取り手の『頭の中を調べる』魔法を使った方が確実だな。短期記憶の収集魔法は、ソーサラー魔術やウィザード魔法幻導術に色々とあるから、それを基に研究しておくと良いだろうね」


 3人の先生たちの話を、「なるほど……」と聞きながらノートやメモ、〔空中ディスプレー〕画面に記していく生徒と受講生たちである。


 レブンはやはりガシガシとメモを取っている。〔記録〕用の魔法もすでに習得していて、彼の〔空中ディスプレー〕に自動〔記録〕しているのだが、手書きの方が馴染みがあるのだろう。

 ミンタとムンキンは自身の〔空中ディスプレー〕に〔記録〕し、ペルとラヤンはそれと併用してノートにも〔記録〕している。

 ミンタだけは、〔側溝攻撃〕それ自体は既に幻導術で習得済みだ。しかも独習である。しかし今回はウィザード魔法版ではなくて、闇の精霊魔法版なので素直に聞いている。

 ジャディは腕組みして「フンフン」と、うなずいているだけだった。


 サムカが生徒たちの手の動きを目で追って眺めている。それが止まった頃を見計らってから右手を掲げ、左手で〔闇玉〕を〔消去〕した。

「では、その術式を渡そう。杖を出しなさい」


 生徒と受講生たちが一斉に簡易杖を出して、サムカと同じように顔の前に掲げた。すぐに術式の提供が始まったようで皆、眠くなっている。それでも、すぐに頭を振って眠気を払うミンタたちだ。

 一方の軍と警察からの受講生は、ほとんど気絶状態に陥ってしまった。すぐにペルとレブンが〔気付け〕の魔法をかけて、眠気を覚ましてやっている。


 自身の簡易杖を見ていたミンタが「意外だ」というような表情になって、金色の縞が2本走る頭をかしげた。両耳と尻尾も数回パタパタしている。

「あれ? 術式のサイズが結構大きいのね。これも、各種の安全装置を組み込んでいるせい? テシュブ先生」


 サムカが右手を掲げながらうなずく。黒マントの中を左手で探って、予備の杖か何かを探しているようだ。結局見つからず、そのまま素手での術式提供を続ける事にする。

「そうだ。曲がりなりにもこの術式は、貴族が使う『闇魔法』が元だからね。君たちのように『生きている者』が使うには、様々な安全上の工夫を加えないといけないのだよ。そうだな……もうしばらく時間がかかりそうだな。では、余談というか雑談でもするとしよう」


 サムカが「コホン」と軽く咳払いをした。

「今回から、軍や警察からの受講者が加わったな。なので『安全保障』について、死者の世界での一般論を述べておこう。私の場合どうしても、ファラク王国連合の安全保障思想に基づいた講義になる」

 うなずく生徒たち。サムカが2人の受講者に視線を向けてから話を続ける。

「タカパ帝国とは国の運営方針が違うので、タカパ帝国の安全保障思想とは異なる点がある。その差異を理解する事も、魔法を学ぶ上では有益になるはずだ」


 そう前置きを述べてから、サムカが穏やかな声で話し始めた。

「安全保障を担当する者は、善人では荷が重いものだ。相手の幸せを考えるような者には向いていない。自分自身を含めて、周囲の者や事象全てを『客観視』できることが第一だな。主観を排除できる思考が必要だ。その上で、相手が出してくる手を読むために、ひたすら汚くて倫理から外れた思考ができることだ」

 軽く肩をすくめる。

「……残虐非道で人を道具としか思わない性格の者が適任だな。もちろん、それを日常では、微塵も感じさせない知恵も併せて必要になるが」

 穏やかな話しぶりなので、返って威圧感が出てしまっているサムカである。


 2人の受講者と生徒たちも、思わず顔を引き締めているのが明らかに分かる。ノーム先生〔分身〕は、何か痛いものを見たような表情をし、エルフ先生〔分身〕は、ややジト目になって一言口を挟んできた。

「サムカ先生……それって私たち警官が想定する、『テロ実行犯』の人格推理と、心理解析、行動予測の手法ですよ。バンパイアや魔族の犯罪組織が該当します。私たち警察官は、『国の法』と『自身の良心』に基づいて仕事を遂行するものです。残念ですがサムカ先生のお考えには、とても賛同できません」


 サムカが意外にも、エルフ先生の反論に同意した。

「うむ。実は私もだ。だから私はこうして、しがない田舎の領主をしているのだがね。オークの領民の生活向上という『愚策』も堂々と推進している。戦場へ出ることもほとんどない臆病貴族だよ」


(あら?)

 目を点にしている先生たち。サムカが穏やかな声のままで話を続ける。

「だが、今渡している〔側溝攻撃〕の術式は、死者の世界の安全保障の考えの中から編み出されたものだ。他人を信用するような善人の思考からではない。その点は同意できなくとも、『記憶』はしておいてほしい」

 そして、少しだけ自嘲気味に微笑んだ。

「それと、安全保障関連の仕事をしている者は、精神が壊れやすい事も覚えておいた方が良いだろうな。ずっと悪人を演じ続けることは、普通の人にはツライものらしい」

 ピンと来ない様子の先生たちと生徒たちであるが……唯一、軍からの講習生だけは目を潤ませている。


 サムカが簡易杖の状況を確認する。

「ふむ……まだまだかかりそうだな。ああそうか。今の学校の地下では、様々な『魔力サーバー』が設置作業中だったな。空間に術式が入り乱れていて、相互〔干渉〕を起こしているのか。闇魔法で交通整理しても良いが、それをすると私が戻った後で反動が来る恐れがある。仕方がない。もうしばらくの間、雑談をしよう」


 レブンが手を挙げた。

「テシュブ先生。安全保障の話ですが、僕たちに関わる問題としては『故郷の復興』作業があります。何か用心する点がありますか?」


 サムカが「ふむ……」と少しだけ首を傾け、数秒ほど考える。

「……そうだな。人手は都合がつくと思うので除外するとして。うむ。真っ先に思い浮かぶのは、金融機関の倒産による問題だ。復興資材や機材を用意するにも資金は必要だ。タカパ帝国から復興予算も出るだろうが、やはり倒産する金融機関が出てくるだろう」


『お金の話』なので、養殖業の叔父を持つレブンと、商家出身のミンタだけが熱心に話を聞いている。半分眠りかけているのは、言うまでもなくジャディであった。他の先生と生徒、受講生たちは、今一つ理解できていない表情だ。

 サムカも雑談なので特に解説もせず、そのまま話を続ける。

「基本的には、ある金融機関が倒産した場合、株券や債券を買っている出資者は、その残った資産を受け取ることで返済を受ける。これには優先順位があって、順位が低い出資者はもらえる資産が無くて返済を受けることができない」


 レブンが叔父のグチを思い出したようで、口元を魚に戻している。銀行融資で色々とあったのだろう。

 一方のミンタは、当然とでも言いたげな表情だ。こちらは有力企業なので、銀行からの評価順位も最上位の辺りなのだろう。

 サムカがそんな2人の反応を興味深く眺めながら、話を続ける。

「一般的には、返済を受けることができる出資者の割合が多い金融機関ほど、危機に強いといえるな。同じことは市場全体にも言える。割合としては半分以上いることかな。目安にすると良いだろう」

 ここでサムカの口調が少し自嘲気味になった。彼も色々と苦労しているようだ。

「これが低いと、例え大銀行であっても復興支援はできない。それどころか反対に、被災地の融資の借り手たちから借金返済を強行することもある。気をつけた方が良いだろう」


 レブンとミンタが真剣な表情になって、サムカにうなずいた。

「分かりました、テシュブ先生。早速、僕の町の地方銀行の資産状況を確認してみます。それと、帝国の投資銀行もですね。その傘下会社が僕の町にもあります」

「お金が関わると、善人ではいられなくなる人も多いものね。故郷の金融機関の動向を調べるように伝えることにするわ」


 ノーム先生は学者肌なので、不思議そうに彼らの反応を見ている。エルフ先生は残念ながらよく理解できていないようだ。首をかしげて両耳をピコピコさせている。

「『お金』ですか……馴染みがないので、理解が難しいですねえ」



 そこへ、≪ドカドカ≫と荒い足音を立てながら、マライタ先生がガハハ笑いをしながら教室へ入ってきた。

 相変わらずの赤毛のモジャモジャ髪とヒゲであるが、(今日は笑顔に少し、愛想笑いの要素があるかも……)と直感するペルである。

「よお。貴族の先生。元気そうで何よりだ。学校の保安警備対策のことが気にかかるって聞いたんだが、もう少し待ってくれ。今は『魔力サーバー』の増設真っ最中でな。これが終わらないと本格的な設定ができないんだよ。以前の『魔法場サーバー』なんかよりも数段厄介な代物でな」


 サムカが気楽な仕草で、マライタ先生に左手を胸元まで上げて挨拶を返した。

「やあ。マライタ先生。済まないね、忙しいのに。申し訳ない、君からいただいた杖を組んだのだが……先程、壊してしまった。ホウキの組み立ては、もっと慎重に行うよ」


 マライタ先生が白い下駄のような歯を見せて笑う。

「最初はそんなもんだ。失敗を繰り返して上手くなるものさ。ワシもテシュブ先生に頼みたいことがあってな。ちょうど良かったよ。先にテシュブ先生の話から聞こうか。何だい?」

 赤いゲジゲジ眉を上下させて豪快に笑うマライタ先生に、サムカが申し訳なさそうな顔をした。

「今は、術式の転送中だ。安全のために『後で』話すよ。今は雑談の途中なので、それを続けたいのだが構わないかね?」


 マライタ先生がニンマリと笑って、丸太のように太い腕を組んだ。

「ああ。見たところ、転送も半分以上終わってるしな。すぐに終わるだろう。待っててやるよ」


「感謝する」とマライタ先生に伝えたサムカが、雑談の続きを始める。

「死者の世界でもネット通信回線はあるのだが、かなり遅い。よく故障して不通になるので不便なのだが、それでも国外の動向を探るには便利な手段だ。他に、私の友人貴族やオークの商人たちにも情報収集を依頼してあるので、彼らからの情報も多く入ってきている」

 ここでサムカが1呼吸間を置いた。

「情報を総合すると……カルト派貴族の母団体である、南のオメテクト王国連合内の動向がキナ臭い。カルト派とはいえ、誇りある貴族だ。その彼が獣人によって滅せられた件が、かなりの衝撃を与えているようだ。特に血気盛んな貴族や騎士の中には、何やら息巻いている者もいると聞く」


 サムカが「コホン」と小さく咳払いをする。

「もちろん、正規の空間転移ゲートを通じて、こちらへ攻め込んでくることは禁止されている。しかし、故ナウアケが使ったような『抜け道』があることも事実だ。私も動向に注意するが、表立って動くことは難しい。我が王国連合も熊ゾンビを大量に受け入れてしまっていて、私も感謝状と詫び状を何枚も書いたばかりだ」

 サムカが軽く肩をすくめた。

「本来は、この話を君たちにすることも『公式には』厳しい。雑談中に私がうっかり口を滑らせた事にしないといけない」

「なるほど……」と納得する先生たちと生徒たち、受講生たちである。サムカが急に雑談に固執した理由は、これだったようだ。しかし、『うっかりで済む』というのも貴族らしい。


 再びレブンが手を挙げた。

「今回、ジャディ君が大活躍してくれました。そのおかげで多くの生徒たちが、死霊術や闇の精霊魔法に興味を抱いてくれました。戦闘用の魔法を使ってみたいという生徒も多く出ています」

 ジャディが大いに照れているが、そのまま話を続けるレブンだ。

「もちろん魔法適性が乏しいので、直接魔法を習得することは困難です。ですが、『使い捨ての魔法具』を使うのであれば大丈夫です。テシュブ先生が死者の世界との交易品の1つとして、使い捨ての魔法具を挙げておられましたよね。その試供品を僕たちに使わせてもらえないでしょうか」


 申し合わせたかのように、警察と軍からの受講者の目の色が変わったのを、サムカが横目で確認する。

 一方で、エルフ先生までも両耳をピコピコ上下させて興味を示しているので、内心で苦笑しながら軽く目をつぶった。

「……宰相閣下からの経過報告では、まだ製作に時間がかかるようだ。いわば、『呪いの武器』から呪いだけを解除して、量産化するようなことだからね」

 確かにそうである。レブンとペルが明らかに落胆した表情になった。


 サムカが少しだけ微笑む。

「攻撃魔法のような強力な魔法具は、現状では無理だ。しかし、軽い支援魔法であれば可能性は高い。ステルス機能が少しついた〔防御障壁〕や、アンデッドの存在を〔探知〕する機能などだな」

 ペルはまだ落ち込んでいるが、レブンの目に再び光が宿った。

「そうですか。先日来、死霊術場が強くなっている場所が増えています。野生のゴーストや鬼火が集まってくると、騒音被害や森林火災が増える恐れがあります。〔探知〕機能つき魔法具だけでも普及してくれると、早期発見ができるようになります」


「なるほど」とうなずくサムカ。

「ふむ。宰相閣下にしかと伝えておこう。しかし……そうか。そういう意味では、貴族である私を見る経験をするだけでも効果は出る……な。よろしい。では、私の代理となるような『何か』を作ってみることとしよう。ゴーレムかゾンビあたりが妥当か。私自身には〔召喚〕時間が短いという制約があるからね」

 警察と軍からの受講生の顔色が、明らかに良くなった。今回の交渉内容はこれかと内心思うサムカである。レブンを介して持ち掛けてきた事についても、称賛はしないが不快にも感じていないようだ。


 ミンタとムンキン、ラヤンに至っては、攻撃魔法の格好の『標的』ができそうなので、目をキラキラさせている。ジャディはついに寝落ちしてしまったようだ。イビキを軽くかいて、机の上に突っ伏している。ノーム先生〔分身〕も興味津々の表情になって、あごヒゲを右手でつねりながら何か考え事を始めている。


 エルフ先生は冷静さを装っているが、両耳が微妙にピコピコ上下運動しているので心情がバレバレだ。

「森の異変ですが、鬼火やゴーストの増加の他にも起きています。森の妖精や各種精霊、『化け狐』たちが群れて各地の森で大暴れしたので、生態系のバランスに異常が起きているのですよ」

「森の妖精や精霊なのに、そんな事になるとは……」と驚くサムカ。エルフ先生〔分身〕も内心で同意しながら話を続ける。

「そのうちに正常化すると思いますが、あの当時、比較的に活性化していなかった大地の精霊が時間差で遅れて、今になって活性化しています。現象で言うと、害虫やワームの大発生ですね。森から溢れ出て、周辺の村の畑や果樹園に襲来する事例が増えてきています」


 そして、視線を警察と軍からの2人の受講者に向けた。

「授業後に、彼らに簡易魔法具をエルフ世界の警察から贈ることになっています。考えていることは、どこも同じのようですね。エルフ世界とこの世界とは、精霊の力関係が異なりますので、その『調整』をしてからになりますが」

 サムカが首をかしげた。

 サムカの手元に表示されている小さな〔空中ディスプレー〕画面では、ちょうど術式の『転送完了』を知らせていた。しかしこれから生徒それぞれの杖に、術式の導入と最適化が開始されるので、もう少し雑談する時間があるようだ。

「光の精霊魔法具か。ジャディ君を撃ち落した時も不思議に思ったのだが……光を照射しただけで敵を殺すことができるのは、いったいどういう原理なんだね?」


 エルフ先生〔分身〕が、少しドヤ顔になって微笑む。

「ジャディ君への攻撃は、精神の精霊魔法を光に乗せて、視神経を介して脳内へ叩き込んだのですよ。脳の処理能力を超える情報を、一気に送りつける魔法です。暴徒鎮圧用の代表的な魔法ですね。殺す事は目的とされていませんよ」

 そして、少し考えてから話を続けた。

「光で敵を殺す魔法は、別ですね。使用には許可が必要です。光だけの攻撃魔法は、エックス線やガンマ線といった放射線が主流ですね。魔法で、敵の『ゲノム損傷』や『細胞死』をより効率的に引き起こす手法です。撃たれたら、普通は即死ですね。対アンデッドでは、死霊術場との〔干渉〕による爆発を目的とするようです」

 そう言いながらサムカの表情をうかがう。特に反応を見せていない事に、少し落胆しているエルフ先生。


 サムカが素直にうなずいた。

「……ふむ。確かにそうだな」

 エルフ先生が気を取り直して、話を続ける。

「ですが、生物によっては、致死的な波長の光が異なるのですよ。例えば昆虫や多足類ですね。彼らには、青色領域の光も致死的なのです。畑の害虫駆除用の魔法具に使われているのも、放射線ではなく青色光ですよ。虫だけに有害で、獣人には無害です。まあ、光が強いので直接見てしまうと、失明の危険がありますけれどね。遮光ゴーグルは必須です」


 サムカがさらに不思議そうな表情になった。

「青い光で、生物を殺傷できるのかね? 紫外線やエックス線ではなく?」

 エルフ先生〔分身〕が、やや困惑しながらも空色の瞳をキラリと輝かせた。両耳の角度が上がって、ドヤ顔が強調される。

「ええ。特にこれは昆虫やワームや多足類に対して有効な魔法ですね。波長が400から500ナノメートル辺りの青色光を、太陽光以上の照度で照射します。すると、体内に大量の活性酸素が生成されて、細胞を殺傷するのですよ。卵の状態から幼虫、サナギ、成虫に至るまで効果があります」


「おお……」と素直に驚いているサムカに、「コホン」と軽く咳払いをして、ドヤ顔を元に戻すエルフ先生〔分身〕。

「……ですが、昆虫やワーム、多足類の種類によって、効果的な波長域は異なります。例えば、ハエに対しては青色光だけで充分ですが、蚊に対しては紫に近い波長の光がより効果的です。森の中では多くの種類の虫がいますので、その自動最適化処理を魔法によって行うのですよ。魔法適性のない獣人族が使用するので、魔法具にその作業を任せます。使用者は魔法具のスイッチを押すだけですね」

 ペルが「うんうん」とうなずいている。彼女は農家出身なので、よく使っているようだ。


 エルフ先生が自身の機動警察の制服のベルト付近を「ポン」と叩いた。草で編んだポーチと簡易杖ホルダーケースが揺れる。

「虫以外には基本的に無害な光なんですけど、照射強度が太陽光以上ですからね。害虫によっては、紫外線も含まれる場合があるので、日焼け防止のための防護服を着て、遮光ゴーグルをかける事になります。もし、サムカ先生が使う場合は、全身を防護服で覆う事になりますね」

「ふむふむ……」と興味深く聞いていたサムカ。

「なるほど。使用者の防護服も同時に開発する必要があるのか。確かにそうだな。それも早速、宰相閣下に伝えることにしよう」


 ここで、ようやく術式の最適化が『完了』したという知らせが、生徒と受講生たちの簡易杖の先から表示された。

 ミンタが少々呆れたような表情になっている。金色の毛が交じる尻尾の先はリズムよく振られているので、不快には感じていないようだが。

「こんなに時間がかかるなんて、相当に危険な術式なのかしらね。闇の精霊魔法の魔法適性がなくても使用できる仕様になってるし、安全回路や術式も大量に組み込まれてるわね」


 ノーム先生〔分身〕が、サムカの代わりに答えてくれた。口ヒゲを片手で数回捻っている。早くもサムカが提供した術式を〔解読〕し終わったようだ。

「悪用しようと思えば、相当に使える術式だからな。元々の設計思想が『悪意』から生じているから当然なんだがね。それを強引に捻じ曲げて、君たちの『良心』と『国の法』に基づくように〔改変〕してある。つまり、良からぬことに使用すると、警報が出て自動停止する機能がついてあるんだよ。使用に際しては、タカパ帝国警察や軍の『許可』が必要になっている」


 残念そうに口をとがらせて凶悪な形相になっているのは、当然ながらジャディであった。さすが鳥というか、寝覚めも素早い。

「殿おおお……面倒ッスよおおおお。自由に使わせて下さいッス」

 レブンが真面目な表情のままでジャディを諭した。

「いや、これでいいよ。この魔法を使うような事態は、今回のような大変な相手だよ。僕たちだけで対処できる仕様だと、反対に僕たちの生命が危険に曝されることになる。今回の騒動で、組織戦闘の重要性が理解できたし、それに対応した魔法でないといけない」


 ムンキンも同意して尻尾を数回床に叩きつけた。

「そうだな。今回のように、僕たちが敵地深くまで潜入することなく、〔式神〕なんかを使って遠隔操作で敵情を把握して、〔防御障壁〕の解除をするための支援魔法だしな、これは。組織戦闘を前提にした魔法だよ。カカクトゥア先生やラワット先生のような狙撃を支援する魔法だ。僕たちが敵地に突撃して、大暴れするための魔法じゃない」


 それはケンカの経験が多いジャディにも理解できている様子である。口を尖らせたままではあるが、翼を羽ばたかせてはいない。

「分かってるさ、そのくらい。でも、オレの希望くらい言わせろ」


 サムカが心持ちニヤニヤしているように見える。(ちょっと珍しいな……)と思うペルだ。そのサムカが手を肩の高さまで再び上げて、話題を変えた。

「では次は、その『敵地で大暴れする』系統の雑談をしよう。ドラゴンなどのイモータルが出現して、攻撃を仕掛けてきた際の対抗手段についてだ」


「と、殿おおおおっ! その、お言葉を待っておりましたあああああっ」

 ジャディが席から舞い上がって、天井に頭から衝突した。竜巻のような旋風が巻き上がる。しかし手慣れたもので、生徒たちが簡易杖を掲げただけで旋風が〔消滅〕した。 

 ペルとレブンは闇の精霊魔法をぶつけ、ミンタとムンキンは炎の精霊魔法をぶつけて風の精霊場を〔消滅〕、もしくは霧散させている。


 エルフ世界やノーム世界では、この場合は大地の精霊魔法を使う場面だが……ここ獣人世界では、それをすると大地の方が負けてしまう。


 ラヤンは精霊魔法が苦手なので、ウィザード魔法力場術の、空気分子の〔運動量操作〕魔法を使って、風そのものを発生させなくしている。「おおっ」と驚いているのは2人の受講生だ。



 ジャディが無事に天井から落ちて、席に戻ったのを見てから、サムカが話を続けた。

「もちろん以前に説明した通り、イモータルは『絶対の不死』だ。殺すことはできない。彼らが勝手に因果律崩壊を引き起こして、消えるまでの時間稼ぎということになる」

 ノームとエルフ先生〔分身〕が共にうなずく。


 サムカがマライタ先生の顔を見る。魔法の話ばかりだったので、かなり退屈していたようだったが……話の流れからようやく出番が来たと直感したらしい。素早く反応して、サムカにニヤリと微笑んだ。

「お。やっとワシの出番かな」


 サムカがうなずく。

「うむ。イモータルには基本的に、あらゆる攻撃魔法は効かないものだ。我々も彼らの攻撃魔法については術式を〔解析〕したり、先の〔側溝攻撃〕で推測したりして、対処することができる。しかしドラゴンには、やっかいな攻撃手段があるのだよ。口から吐くドラゴン『ブレス』だな。これは魔法ではなく、妖術に近いものだ。狐族の〔魅了〕や魚族の〔変化〕と同じだな。私はアンデッドなので、ラワット先生にこの先の説明をお願いするよ」


 ノーム先生が腕組みをして了解した。いきなり話を振られたせいか、ちょっと声が高音になっているが。

「……そうだね。今回はドラゴンではなく、その思念体が死体に憑依した『ゾンビもどき』だったから、ブレスを吐く器官ができていなかった。これは相当に幸いだったと言えるだろうな」


 ジャディがジト目になっている。

「は? オレが食らったアレはブレスじゃなかったのかよ」

 ラワット先生が銀色の口ヒゲの先を指でつまんで捻り、曖昧に微笑んだ。

「記録映像を見る限りでは、ドラゴン『ブレスもどき』だな。リッチーのハグさんから得た、リッチー協会の異世界探検記録によると、本来のブレスはもっと威力がある」


 そして学者のような仕草で、簡易杖を振った。大きめの〔空中ディスプレー〕画面が発生して、大量のウィザード語で記された情報が洪水のように流れ始める。それを眺めながら、ノーム先生が銀色のあごヒゲをさすった。

「リッチー協会提供の文献や記録によると、代表的なブレスは〔火炎放射〕らしい。標準型のドラゴンは尻尾や皮翼を除いた胴体での大きさが100メートルほどで、そのブレスの有効射程は300キロ。〔火炎放射〕というよりも、巨大な〔火の玉〕を地面に転がすといった表現が正しいかな」


 説明を続けながら、ラワット先生が画面に〔火の玉〕の解析情報を表示した。ミンタとムンキンが唸っている。

「〔火の玉〕の中心温度は4000度なので、物理的な防御は不可能だ。金属も岩石も溶けてしまう。磁場を使っても、熱を逸らすことができる量は8割程度だから、あまり効果はない。魔法による〔防御障壁〕は有効ではあるんだが、何せ相手の温度が4000度だ。かなり強力な〔防御障壁〕になるので、術者の体温を識別できないんだよ。一緒に術者の体温まで、〔防御障壁〕が排除することになってしまう恐れが高い」


 サムカがノーム先生の解説に感謝した。

「ありがとう、ラワット先生。私には体温と呼べるものがないので、羨ましいよ。課題としては、ドラゴンブレスへの対処に集約される。〔防御障壁〕も物理防御も有効ではない……となると、魔法具の出番になるのだが……今度は、クーナ先生に解説をお願いしよう」


 エルフ先生が呆れたような表情をしながらも了解した。話を振られる事は予想していた様子である。

「分かりました。サムカ先生のいう魔法具は、基本的に『呪いの魔法具』ですからね。私たち向けではありません」

 ペルとレブン、ジャディがジト目になっているようだが、無視するエルフ先生だ。

「魔法具に要求される機能は、ドラゴンブレスの高熱を『吸収』することです。妖術とはいえドラゴンブレスの成分は、空気分子が高速で動き回っている事による高熱です。空気分子の動きを『止める』魔法を、装備することになります」

 ミンタとムンキンがあれこれ考え始めたのを、微笑んで見つめるエルフ先生。

「ウィザード魔法力場術の〔吸熱〕魔法、ソーサラー魔術の〔減速〕魔術、氷の精霊魔法などが代表的ですね。他の精霊魔法では熱エネルギーを電気に〔変換〕するのが妥当でしょう」


 この世界では火は風に対して優位である。電気は風に属するので、〔変換〕効率が最大になる。水は火に対して優位だが、これでは〔変換〕効率が最低になる。大地では拮抗する。つまり熱エネルギーが〔変換〕されなくて爆発する恐れが高い。

 この関係性はエルフ世界やノーム世界などの異世界と異なる。理由は分かっていない。


 エルフ先生〔分身〕が視線をマライタ先生に向ける。

「マライタ先生、こういった大電力への耐久性が高い素材で、魔法具に使えそうなものってありますか? 高熱への耐久性も要求されますが」


 マライタ先生が丸太のような腕を組んで、しかめっ面になった。

「そんな都合のいい素材は、簡単には見つからないだろうな。少なくとも、地表にはないよ。あるとすれば、高温高圧環境の大深度地下の鉱物や岩石になるか。先日の採集試料の分析がまだ終わっていないんだが、有望な素材はいくつかある。それを詳細に分析すればはっきりするだろう」


「おおっ」と目を見交わすエルフ先生とノーム先生、生徒たちである。しかしマライタ先生のしかめっ面は、まだ収まっていない。さらに加えて、丸太のような腕を腰に当てる。

「……大深度地下の鉱物や岩石は、有害なものばかりでな。安全性を考えると、大量に使うことは無理だ。やはり、魔法での熱防御も併せて設計した方が良いだろうな」


 エルフ先生が両耳を数回上下にピコピコさせて思案する。何か思いついたようだ。

「では、魔法具に光の精霊魔法を付与しましょうか。私は氷の精霊魔法は苦手ですし。高速で動く空気分子を〔レーザー光線〕で狙い撃ちする術式でしたら、自動化もできますよ。もちろん、全ての空気分子を撃つ性能はないので、ある程度までですが」


 サムカの目が黄色い点になる。

「おいおい。空気分子のような極小の的を自動狙撃するのかね? 確かに光速の前では、分子運動などは止まっているようなものなのだろうが……」


 エルフ先生が軽く微笑んだ。かなり自信がある魔法のようだ。

「魔法具を持つ使用者のいる『方向』へ向かう、空気やガス分子だけを狙い撃つ自動魔法ですね。〔レーザー光線〕を『正面衝突』で当てることで、こちらへ向かう空気分子の動きを止めます。動きが止まった空気分子が増えるほど、全体の熱エネルギーが減りますし、温度も下がります。〔レーザー冷却〕と呼ばれる魔法ですね。魔法具の〔吸熱〕魔法を支援する方法としては適しているかと思いますよ」


 マライタ先生もレーザー冷却という『工学手法』は知っているようだ。「うむ」とうなずく。

 ドワーフ的に言うと、気体の状態の原子に、その運動方向と真逆の方向から光を照射する。すると、ドップラー効果によって、原子にブレーキがかかる。原理的には絶対零度付近まで一気に冷却できる手法である。

 しかし、これは原子に対する手法で、空気やガス分子のような大きなサイズに対してはなかなか難しい……のであるが、そこは魔法で可能にしているのだろう。


「良い案だな。分かった。それを組み込んだ魔法具を設計してみよう。時間もそれほどかからないだろう。カカクトゥア先生、その術式をワシに渡してくれ。明日には試作品が出来上がるよ」

「おお!」と喜ぶ生徒たちと受講生2人である。特にムンキンの喜びようは目立っている。一方で、光の精霊魔法が最も苦手なペルはショボンとしてしまっているが。



 先生たちも「ほっ」とした表情になったところで、サムカが次の話に移った。

「では、次に。ドラゴンが消えるまで何もできないというのも、癪に障るだろう。魔法が一切効かないので物理攻撃になるのだが、マライタ先生。何か有望な金属などはないかな? 私の持つ剣でも、表皮を削る程度しかできなくてね」


 マライタ先生が腕組みをして、少し首をかしげる。

「ん? 核攻撃も無効化されるのかい? プラズマミサイルなら10分間ほど1億度以上は出せるぞ? 反物質をぶつけて対消滅させる兵器もあるだろう?」


 サムカが空しく首を振った。

「それぞれについて、〔防御障壁〕を常時展開させているから効かないのだよ。攻撃を別世界へ〔転送〕してしまう。死者の世界でも、どこかの魔族やオーク軍が核兵器などを使用したそうなのだが……効果は全くなかったと記録にある。周辺への被害が大きすぎるのも問題だな」

 まあ、核兵器を使えばそうなるだろう。放射線被害の他でも爆風の被害が大きい。

「この世界で使用したら、森の妖精や精霊、『化け狐』、全てが怒って敵になる。魔法を帯びていない刀剣であれば〔防御障壁〕をかわすことができるのだが、届いてもドラゴンの硬いウロコと表皮に阻まれる。ドラゴンの表皮と骨を切り裂くほどの硬度と弾性を持つ、素材でできた刀剣があれば便利なのだが」


 マライタ先生が即答した。ちょっと怒っているようにも見える。

「ねえよ、そんな素材。地球の中心核まで掘って探しても、そんな素材はない」

 ガッカリするサムカに、ノーム先生が銀色の口ヒゲを指で捻りながら慰めの言葉をかけた。

「太陽系では地球が最も大きな岩惑星ですからな。地球で見つからない素材は、木星の中心核を掘って探すしか手がないよ。太陽の中心部は光が強すぎるし、外宇宙の巨大岩惑星は、ちょっと遠いしね」


 その慰めの言葉に食いついてきたのは、サムカではなくてミンタだった。ちょっと得意気な顔になっている。

「木星だったら、この最近何度も行ってるわよ。でも、クモ先生の話だと、木星の中心核には行かない方が良いみたい。磁場が強烈で、魔法の術式が〔干渉〕を受けて機能しなくなるって。〔防御障壁〕が吹っ飛ばされちゃうみたい。それと、強力な風の妖精も棲んでいるって。風の魔法場も地球のものとは違うそうよ」


 さらにガッカリしているサムカにニヤニヤして、ミンタがドヤ顔になりながら話を続ける。

「古代語魔法の練習で、木星内部磁気圏の〔操作〕をやってるの。元々は、『木星砲』とかいう物騒な兵器級の魔法だったそうなんだけどね。私じゃ使いこなせないから、電子や素粒子なんかを加速させてビームにする練習をしてるのよ。まだオーロラの色をちょっとだけ変えるくらいしかできないけど」


 レブンが首をひねってミンタに質問してきた。

「オーロラの発光色をちょっとだけ変える魔法って……それって意味ないんじゃ……」

 ミンタが金色の毛が交じった尻尾を逆立てて、レブンに反論した。かなり図星を指されたらしい。

「う、うるさいな! 一見無意味な魔法から、何か発見があるものなのよ! きっと」


 その時セマンのティンギ先生が、ふらりとやって来て教室に顔を見せた。

「やあ。マライタ先生。我々のお願いは叶いそうかい?」

 マライタ先生が照れくさそうな表情になって、赤いクシャクシャ髪とあごヒゲを左手で「ガシャガシャ」音を立ててかいた。

「いや、まだだ。これからするよ」


 気を取り直したサムカが、マライタ先生を促した。

「ん? 何か要望があるのかね? マライタ先生。ああ、そう言えば、そのようなことを最初に言っていたな。私の話はもう終わったから、構わないよ」

 授業時間の残りも、まだ20分以上残っている。マライタ先生が改まって「ゴホン」と大きく咳払いをした。

「じゃあ、ちょっといいかな。聞いてくれ」




【ドワーフとセマンからのお願い】

「実はだな……ドワーフとセマンも違法施設を帝国領内に設けているのは、もう知っているだろ。ご多聞に漏れず、〔ステルス障壁〕が無効化されてしまってね」


「またかよ」とジト目になるのはエルフ先生とノーム先生である。警察と軍からの受講生も、(仕事を増やしやがってこの野郎)みたいな顔をしている。


「ワシたちは基本的に魔法を使わないから、『化け狐』や精霊たちには見つからずに済んでいたんだけどな。〔ステルス障壁〕だけは、どうやっても復旧しない。これはもう、発見されて攻撃を受けるのは時間の問題で、避けられないと判断されたんだよ」


(あ。墓所の連中のせいだね、これって)

 レブンが真っ先に感づいて、ペルに〔念話〕を送る。ペルも黒い縞模様が走る頭の毛皮を軽く逆立てて、両耳を伏せて答えた。

(そうみたい。世界法則が書き換えられたから、違法施設が使うような〔ステルス障壁〕全てが使えなくなちゃったのね、きっと)


 マライタ先生は〔念話〕を使えないので、当然気がつかない。そのまま話を続ける。

「違法施設は、ドワーフ側は資源調査の関連機器の保管と採掘物の管理、セマン側は冒険用の装備各種の保管と記録の一時保存に使ってたんだ。共同利用だな。簡易宿泊所もある。これらは、既に本国へ搬出済みだ。違法施設内には、もう何も残ってない」

 ジト目になったままのミンタが、マライタ先生に質問を投げつけてきた。声色もかなり好戦的な色合いになっている。

「なんだ、撤退作戦は成功してるじゃないの。良かったわね。それで、私たちに『何を』頼みたいのよ」


 マライタ先生がガハハ笑いをしながら、ティンギ先生の肩に腕を回して引き寄せた。

「違法施設を破壊してくれ。ワシたちだけじゃ火力不足なんだよ。かといって、本国から専門部隊を呼ぶと記録に残る。特殊部隊を呼ぶとステルス化の魔法装備してるから、森の妖精たちに見つかってしまう」

 明け透けに言うマライタ先生である。

「実際、ドワーフの特殊部隊が使用している幻導術は、旧世代のものなんだよ。プレシデ先生に同行していた『本職』のウィザード特殊部隊の最新型の幻導術ですら、森の妖精たちに突破されてしまっただろ。来るだけ無駄ってやつだ」

 エルフ先生が静かにうなずいている。

「でも、君たちなら可能だろ? 実際、ウィザード先生やソーサラー先生、法術先生の違法施設の完全破壊を成し遂げているじゃないか」

 そのような相談を、警察と軍からの受講生がいる前で堂々とするマライタ先生も相当なものである。


 その意図を察して、エルフ先生が深いため息を2つ3つつきながら、〔空中ディスプレー〕画面を1つ呼び出した。いくつかの取り次ぎを経て、タカパ帝国軍情報部の大将の顔が映し出される。


 既に経緯は知っている様子で、エルフ先生と何事か会話を交わす大将である。マライタ先生とティンギ先生は白々しくも背中を向けて、明日の天気の話をしている。受講生たちもそれぞれ小さなトランシーバーをカバンから取り出して、上司に報告を始めた。


 そんな教室の空気の中で、ラヤンがあからさまに不機嫌な表情になって尻尾を《バンバン》と床に叩きつけている。 

 まだそれでも4ビートなので、我慢できているのだろう。

「こういう事は、生徒が見ていない場所でやってもらいたいものだけど!」

 ミンタとムンキンも、すかさず同意した。特に竜族にとっては、こういった根回しは姑息な手段に見えるのだろう。とりわけ不機嫌になっている。


 一方のジャディは、「これが当たり前だ」とでも言いたげな顔だ。レブンもジャディと似たような顔をしている。アワアワして尻尾と両耳をパタパタさせているのはペルだけであった。


 サムカは彼らの中では最も冷静なようだ。1分ほど経って、話がまとまったと思ったのか、おもむろに口を開いた。

「それで、クーナ先生。どういう判断に落ち着いたのかな」


 エルフ先生が、大将の顔が映っている〔空中ディスプレー〕画面から、サムカに視線を向けた。警察官の顔ではあるが、何か残念そうな雰囲気を出している。

「……ええ。タカパ帝国軍は公式には関与しないことになりました。警察も同じ態度になるでしょう。私たちに違法施設破壊の非公式依頼という形で、命令が出される予定です。エルフ世界とノーム世界の警察も、それを了承しました。違法施設も書類上は未登録の不法建築物で、それの撤去作業の依頼になります。ですが……」

 ここでエルフ先生が言いよどんだ。ノーム先生と目配せをする。

「私たちが今、この攻撃に参加する許可は出ませんでした。先日のカルト派貴族事件の『処分』がまだなのですよ。予定では明日、処分が決定されるので、その前に別の作戦に参加することは規約上できません。ですので、攻撃実行は明後日以降になりますね」


 ミンタがエルフ先生に、すがりつくような視線を送った。

「カ、カカクトゥア先生。処分って、解雇や懲戒じゃないですよね」

 ムンキンも心配そうな顔になって、尻尾の動きが完全に止まる。


 エルフ先生が微笑んだ。

「後任者が決まっていませんから、それはありませんよ。多分、私の守護樹の強制徴用でしょうね。しばらくの間、雑用に使われるだけです。エルフ世界には貨幣がありませんから、給料や年金はありませんし」

 ノーム先生は、エルフ先生とは違って苦渋の表情だ。

「ノーム世界は貨幣経済だからなあ。僕の場合は、減給処分になるかな。上司のエルフの指示に従っただけだから、それほど深刻ではないと思うけど」


 エルフ先生が話を元に戻した。両耳が結構上向きになっている。

「そんな状況ですので、この作戦の指揮はサムカ先生に委託することになりました。明後日まで待つ時間的な余裕は、どうやら無さそうですし。〔召喚〕時間がもうあまり残っていないので心苦しいのですが、構いませんか?」

 サムカが軽く微笑んでうなずいた。

「了解した。私もハグから魔力の大幅な制限を受けている身だが、この程度の違法施設であれば消滅できるだろう」


 サムカが同意したのを受けて、エルフ先生、ノーム先生、マライタ先生にティンギ先生が、それぞれ本国と連絡をとる。タカパ帝国側でも、軍と警察からの受講者が臨時の窓口になって、先生たちとの情報交換を行った。


 それも2分ほどで終わる。ほとんど最終確認だけだったような印象を持つ生徒たちだが。


 ムンキンが少しジト目になりながらも、頭と尻尾のウロコを膨らませた。

「それぞれの組織には専門の情報員がいるからな。根回しやら何やらは、とっくに終わっていたんだろ。じゃあ、テシュブ先生。早速攻撃しようぜ」


 サムカも同じ感想を抱いていたようだ。ムンキンの意見に軽くうなずいている。

 ノーム先生から作戦内容の情報を杖を介して受け取り、瞬時に確認を終える。確かに、どう見てもこれは事前に練られた作戦である。

「……うむ。では、マライタ先生。違法施設の詳細な位置情報を送ってくれ。私は光の精霊魔法を使えないから、遠距離狙撃は無理だ。攻撃魔法を〔テレポート〕して送り込むことになる。周辺被害を最小にするためにも、正確な位置情報が必要だ」


「ほらよ。これでどうだい?」

 即座にマライタ先生が返事を返して、ごつい右手を≪ブン≫と振った。既に、教室内には情報共有のネットワークが構築されていたようで、その場にいる全員と、画面向こうの担当者全員に共有される。


 エルフ先生が、ジト目になった。

「あら……ずいぶんと精度が良い位置情報ですね。誤差が500マイクロメートルですか。この精度の情報を、どうして先日は出してくれなかったのかしら?」

 マライタ先生がガハハ笑いを始めた。

「あの時は、うちの政府から正式な許可が出ていなかったからな。オレ個人の趣味範囲の情報しか出せなかったんだよ。いや~、済まなかったな。ガハハ」


(趣味でアレかよ)と思わずツッコミたくなる生徒たちであるが……そこは時間がないので我慢する。

 多分、既にこの世界の衛星軌道には、無数のドワーフ製の測位衛星が飛んでいるのだろう。もちろん、完全なステルス機能つきで。


 現地の映像が、教室の正面黒板ディスプレーに映し出された。かなりの解像度で、現場で飛んでいる羽虫の羽模様まではっきりと分かる。

(森の中にも、ステルス処理された大量のカメラが配置されているのだろうな……)と思うサムカである。


 現地の状況は、予想とはかなり異なっていたようだ。先生と生徒たち全員の目が点になっている。

「森の中だとばかり思っていたけど、こんな場所だったのね。パリーがここにいなくて良かった」

 エルフ先生が思わずつぶやいて、両耳をピコピコさせた。狐化事件の時以来、かなり耳の可動域が増しているようだ。


 森の中には、1頭の野生の狐が雪で覆われた森の中を歩いている。ペルが目ざとく見つけてミンタに知らせた。

「ミンタちゃん。野生の狐がいるよ。冬毛になっているみたいだけど、凍えないのかな」

 ミンタもペルに言われて、その狐を画面の中で見つけた。金色の毛が交じる両耳がピコピコ動かしながら、少し首をかしげる。

「もうそろそろすると、本格的な冬になるものね。今年は寒波が厳しいみたいだから、大変でしょうね」


 サムカが野生の狐とミンタとペルを見比べて、軽く腕組みをする。

「こうして見比べて見ると、獣人族と野生の狐とは、かなり違うのだな」

 ミンタが眉間にシワを寄せて、サムカを睨みつけた。

「あ? 何それ、当たり前でしょ。ケンカを売ってるのなら買うけど」

 慌ててペルがミンタに抱きついて、サムカとの間に割って入った。黒毛交じりの尻尾と両耳がパタパタ踊りを始めている。

「ミ、ミンタちゃん、落ち着いて。テシュブ先生も狐族を侮辱するような発言は控えて下さいっ」


 サムカが両目を閉じて、錆色の短髪をかいた。また仕出かしてしまったようだ。

「すまん。どうも私の認識は、君たちにはまだまだ無礼であるようだな。確かに、種族からして別だ」

 エルフ先生とノーム先生も、サムカにジト目を向けている。エルフ先生が空色の瞳を鋭くして、サムカに注意した。

「その通りですよ、サムカ先生。狐と狐族とは、生命の精霊場が違います。狐族は直立歩行ですし、会話能力もありますよ。顔だって違います。野生の狐は口元や鼻先のヒゲを動かせませんし、上毛も発達していません。狐族は両目の構造を見ても、より立体視できる配置です。何よりも衣服を着る習慣があって、国家運営まで出来ますよ」

 まさにその通りなので、何も言えないサムカであった。

「うむむ……確かにその通りだ」


 エルフ先生が追撃とばかりに、空色の瞳を意地悪く光らせた。

「例えて言えば、貴族とバンパイアが似ていると比較されるようなものですよ。あまり快くは無いでしょ?」

 もはや、ぐうの音も出せないサムカである。


 エルフ先生とミンタが勝利のハンドサインを交わす中、マライタ先生が大きな鼻と、赤いゲジゲジ眉をヒクヒクさせて、サムカに小声でささやいた。

「でもまあ遺伝子上では、獣と獣人族との差異なんて2%もないんだけどな。現に、産まれたばかりの乳児は、見分けがつかねえよ。たまに『先祖返り』を起こす獣人族もいるしな。気にすんなアンデッド先生」

 それでも失言は失言である。恐縮しているサムカであった。


 そんなサムカに慰めの言葉をかけたペルが、エルフ先生に薄墨色の瞳を向けた。まだ、不安を感じている様子で、瞳の色が白っぽい。

「カカクトゥア先生。念のために、この一帯の動物や原獣人族を強制退避させてはどうでしょうか。何が起きるか分かりませんし」

 ミンタもペルに言われて、ようやく気付いた様子だ。 

 彼女もエルフ先生に顔を向けた。先程まではかなりのドヤ顔だったのだが、今はすっかり真剣な表情である。

「私もそう思います。森の妖精が暴走すると、見境なく動物や原獣人族を同化して……あ。〔妖精化〕でしたね。その危険性が高いと思います」


 エルフ先生も異論はない様子だ。すぐにうなずいた。

「そうですね。では、追い払いましょうか。これは人道的な魔法使用として認められましたので、使えますよ」

 簡易杖を腰ベルトのホルダーケースから引き抜いて、〔空中ディスプレー〕画面に向けた。既に、術式は走らせていたようで、無詠唱で精神の精霊魔法を放つ。

「半径5キロ圏内の全ての動物と原獣人族に、〔離脱命令〕を出しました。これで1分ほどで退避が完了しますよ」

 画面上では、4000ほどの生命の精霊場の反応が、全速力で湖畔から逃げ去り始めていた。その軌跡が表示されている。湖を中心にした、半径5キロの同心円域から、文字通り脱兎のように逃げだしていく。


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