51話
【ナウアケの剣】
森の中では、数匹のゾンビワームが大暴れして、『化け狐』や精霊群と咬みつき合いのバトルを繰り広げていた。
最初は、ゾンビワームが圧倒されていたのだが、すぐに学習して改良〔防御障壁〕を展開し、さらに攻撃魔法も修正してきていた。元々ヒドラだったので、ゾンビワームになっても互いに巻きつきあって疑似ヒドラの形状になっている。
闇の精霊魔法の〔防御障壁〕がメインだが、微調整をして『化け狐』や精霊への最適化を成し遂げている。おかげで、『化け狐』や精霊もゾンビワームの位置を見失いがちで、右往左往している状況だ。闇の精霊魔法の特徴のステルス効果である。
さらに、攻撃魔法も『化け狐』に対しては、彼らの基地である南極大陸や北極海中にはない、炎の精霊魔法を組み合わせている。水の精霊に対しては大地を、風の精霊に対しては炎を、大地の精霊に対しては風の精霊魔法を組み合わせた攻撃を繰り出していた。
補足説明をすると、この獣人世界では、精霊の力関係は次のようになる。
大地は、水に影響力を及ぼして、風から影響を受ける。炎については、その中間となる。従って、大地に炎を作用させても、その効果は中程度に留まる。
一方で、エルフやノームの世界では、この関係性ではない。大地は炎に対して劣勢であるので、通常では大地に対して、炎で攻撃するというのが定石だ。大地の精霊が、炎の精霊属性を帯びるという事は、起こりえない。さらに、大地は、風に対して優位という、獣人世界とは逆の関係性となっている。
つまり、敵は獣人世界特有の精霊の力関係を、熟知しているという事になる。さらに、死霊術も使っていて、森の中の動物や植物を、手当たり次第に〔ゾンビ化〕させている。
そんな膠着状態に陥っていた戦場へ、上空からジャディの魔剣が襲い掛かった。
体長が数メートルにもなるゾンビワームの集合体が、大根でも切るかのように、あっけなく両断された。
その下の地面までざっくりと切り裂かれ、次の瞬間、40個以上の〔闇玉〕が発生してゾンビワームを跡形もなく飲み込んで消し去った。地面にも直径数メートルのクレーターができている。
地面から1メートル上空でホバリングしたジャディが、満面の笑みを浮かべた。
「良い斬れ味だぜ。斬っても何の衝撃もねえ。素振りでもしたかのようだ」
そのまま森の木々の中を高速飛行して、次の獲物であるゾンビワーム群に襲い掛かっていく。途中の進路上にいた、運の悪い精霊や『化け狐』も、容赦なく斬り伏せていく。
ズバズバ斬っても、手や肩に何の衝撃も伝わってこない。大岩や大木の幹を斬り飛ばしても、ゼリーを切るよりも手応えがない。さらに、斬り口から直径数メートル圏内の全てが瞬時に〔闇玉〕に飲み込まれて消滅する。
今度はゾンビワーム集合体を横一文字に切り裂いて、そのまま消滅させる。〔防御障壁〕やら何やらをゾンビワームが展開していたはずなのだが、完全に無効にされているようだ。
「おりゃ、おりゃあ! 死にさらせえミミズどもおっ」
ジャディが興奮で雄叫びを上げ、魔剣を振り回す。ほとんど直線飛行で、標的から次の標的へ向かい、森の中を飛んでいる。
森の大木が次々に斬られて倒れていくのが、上空で〔浮遊〕しているティンギ先生にもよく見える。
「これこれジャディ君。あんまり木を切り倒してはいかんよ」
〔指向性の会話〕魔法で、森の中を飛んで斬りまくっているジャディに、注文をつけるティンギ先生である。
「お。やっと反応があった。座標を送るから、そこへ急行してくれ、ジャディ君」
そう伝えたティンギ先生の目には、森の一角で何かが蠢いている様が映っている。ゾンビワームの50倍はある長さだ。頭の上で寝転んで観戦していたハグ人形が、むくりと体を起こした。
「おいおい……この生命の精霊場はドラゴンのものじゃないか」
タバコの火で所々黒く焦げている杖を、ティンギ先生が取り出して〔飛行〕魔術の〔強化〕を行い、ドラゴンらしきものが蠢く場所へ向かう。それでも風に流されているので、まるで酔っぱらいが飛んでいるような軌道であるが。
ティンギ先生が素早く情報収集を行いながら、それをジャディとエルフ先生とで〔共有〕する。観測機器や観測魔術などを持たないので、かなり質が悪い情報ではあるが、測位情報は実用に耐えるものだ。
教室では案の定、エルフ先生とノーム先生、それに魔力支援中の生徒たち全員が目を点にしていた。
ラヤンはスケルトン状態を終えて、今は肉塊状態である。ソーサラー先生も同様だ。法術先生はほぼ元通りに戻っていた。
ミンタが顔じゅうのヒゲ群を全てあらぬ方向へ向けて、混乱しながらも辛うじて言葉にした。他の生徒たちはただでさえ魔力支援で疲れ果てているので、口をパクパクさせるのが精一杯のようだ。
「ちょ、ちょっと待って。獣人世界にはドラゴンなんかいないんだけど! どこから湧いて出たのよ」
エルフ先生が慌てて愛用のライフル杖の状態を確認しながら、画面の映像と観測情報を睨みつける。
「バワンメラ先生が〔復活〕したら、拷問にかけてでも尋問しないといけないわね。サムカ先生。これって、どう思いますか?」
エルフ先生のライフル杖の先から、サムカの声が届いた。彼もかなり動揺しているようだ。声が少々上ずっている。
「うむむ……私もドラゴンと戦った経験は、それほど多くはない。生態も詳しくは知らないのだが、これはもしかすると実体ではなく『幽体』というか『残留思念』のような『思念体』のような印象だな。私がゾンビを作る際に使う、森の生物の残留思念に似ている。それが、倒されたゾンビワームの肉体に〔憑依〕して、操っているようだ」
一通り推論を述べるサムカである。それを聞いたエルフ先生と背中に控えるパリーの顔が、露骨に嫌悪感を示した。
「ドラゴンゾンビの出来損ない、みたいなものですか」
「うわ~。醜悪う~臭そうでやだ~」
その時、ジャディがドラゴンゾンビもどきの上空に到着した。彼のカラス型シャドウも隣に控えている。
高さ20メートルにも達する高木群で覆われている森なので、敵の全体像はよくつかめないが……相当に巨大なヘビ状の化け物であることは分かる。
「ドラゴンなのかよコレ。オレ様も見たことなんかないが、想像と違うな。これじゃあデカいヘビだぞ」
そのジャディのすぐそばを、何匹もの『化け狐』が通り過ぎていき、ドラゴンゾンビもどきに襲い掛かっていった。水や風の精霊も大群が押し寄せてきた。大グモや大トカゲ型の森の妖精も数体が殺到してくる。
「うは。こりゃあ、ちょっと退避するか。巻き添えを食らってしまいそうだ」
慌ててジャディがシャドウを連れて、真っ直ぐ上に急上昇する。たちまち高度数キロの上空まで上がった。空気が薄くなるが鳥の肺機能を持つ飛族なので、全く呼吸には問題はない。視力もかなり良いので、この高度からでも観測できているようだ。
それから1分ほど遅れて、ティンギ先生が〔テレポート〕して避難してきた。どうやらジャディのタンクトップシャツに、〔テレポート〕魔術刻印を仕込んでいたらしい。
彼の場合は普通の肺組織なので、ソーサラー魔術で口元の空気を圧縮して、1気圧に高めた空気をつくって呼吸している。それでも、口元以外の場所の空気は圧縮できていないので、あまり長時間は滞在できないが。
「さすがケンカ慣れしているジャディ君だね。良い状況判断だよ」
そして、数キロ離れた下の森の中で、始まった大乱闘をジャディと一緒に見物する。
……が。いつものようにパイプを吹かすような余裕はなさそうだ。声もはっきりと分かるほどに緊張している。彼にしては相当に珍しいことだ。頭の上のハグ人形も神妙な態度である。背筋鍛錬はしているが。
ティンギ先生が軽く腕組みをしながらつぶやく。
「まだ、イモータル化していないね。これなら『化け狐』と精霊に森の妖精たちの攻撃で、消滅できそうかな」
ティンギ先生の希望的観測を、ハグ人形が神妙な態度のままで即座に否定した。鍛錬はまだしつこく続けているが。
「いや。手遅れだな。イモータル化はゾンビなので無理だが、それ以上に魔力量が桁違いに大きくなってきておる。くるぞ、〔防御障壁〕を展開しろ。死霊術の衝撃波が起きそうだ」
通信は教室のエルフ先生たちにも生中継で伝えられているので、ジャディとティンギ先生が浮かんでいる場所から見た映像も〔共有〕している。そのエルフ先生が、サムカに小声で質問してきた。
「あの、サムカ先生。ゾンビはイモータル化できないのでは……あ」
教室の黒板ディスプレー画面からの画像が途絶えて、砂嵐状態になった。通信シグナルも消失している。
「わ。ジャディ君、ティンギ先生! 何が起きたんですか!?」
エルフ先生が大いに慌てる。
ノーム先生も驚愕しているが、ソーサラー先生とラヤンとマルマー先生の〔復活〕作業中だ。仕方なく、それに意識的に集中する。
生徒たちもペルを中心に悲鳴を上げて慌てている。しかしノーム先生が毅然とした声で、〔復活〕魔法の魔力支援に集中するように指示した。まだ作業は途中なので、ここで中断してしまうとマルマー先生以外は単なる肉塊と血だまりで終わってしまうのだ。
しかし、ミンタとムンキンも相当に動揺していている。
あわやソーサラー先生の命もここまでか……となった。しかし、レブンの冷徹な叱咤によって、我に返ることができたようだ。さすが死霊術使いである。
「ふう……」と安堵のため息を1つついたノーム先生が、エルフ先生に顔を向けてウインクした。銀色のヒゲは、完全にボサボサ状態になっているが。
「大丈夫だ。マルマー先生の〔復活〕は完了だ。あと数分で最後のソーサラー先生とラヤンさんも〔復活〕するよ。カカクトゥア先生は、ジャディ君とティンギ先生の安否を確認してくれ。まあ、ハグさんがいるから心配は無用だと思うけどね」
エルフ先生がライフル杖の先を黒板ディスプレー画面に向けた。パリーを抱き寄せている。
「パリー。いざという時は魔力支援お願いね。細胞1個だけでも帰還させるから」
「まかせなっさあい~」
相変わらず、全く緊張感のない返事をするパリーである。が。その嬉しそうな表情が、不満そうなそれに変わった。同時に黒板ディスプレー画面が砂嵐状態から回復して、映像と情報が映し出される。
「ふい~。驚いたわい。上空数キロほどまで離れていて正解だったな」
ティンギ先生の声が最初に届いた。次いで、ジャディの荒ぶった声が届く。
「やっべええ。これがドラゴンの力ってやつかよ」
映像を〔共有〕して見るエルフ先生たちも絶句している。パリーだけは魔法をぶっ放せなかったので、大いに不満そうな顔だが。
眼下の森に直径数キロほどの『更地』ができていた。あれだけあった森の木々が1本も残っていない。下草も消え去って、ついでに岩や丘も削られて岩盤だけになっている。
エルフ先生が放った光の精霊魔法攻撃でできた、大穴だけは残っているが……そのそばにあった違法施設は完全に消えうせてしまっていた。
その直径数キロの円の中心点には、今まさに脱皮を果たしつつある巨大な何かがいた。長さ50メートルもあるゾンビワーム集合体が、互いに絡み合って玉のようになっていて、それが接合、融合して何かの卵のような形状になっている。その表面がバリバリと大きな音を立てて裂けて割れて、破片を周囲に飛ばしていた。
ジャディが凶悪な形相のままで舌打ちする。
「ち。森の妖精どもは全滅かよ。役に立たねえな」
確かに、50匹以上はいた『化け狐』、精霊と、数体の森の妖精の姿が見当たらない。吸収されたようだ。
ハグ人形がティンギ先生の頭の上で仁王立ちをして、下界を見下ろしている。
「〔運〕が良かったな。ゾンビだからイモータル化できておらん。ただの強力なゾンビだな。脱皮後の魔力はサムカちんと同等くらいか。妖精や精霊に『化け狐』まで食いよった。食事のできるゾンビだな」
エルフ先生が少しだけ安堵の表情になった。そして、サムカに質問の続きをする。
「すいません、サムカ先生。質問の途中でしたね。アンデッドはイモータルにはならないのですか?」
サムカも少し落ち着いたようだ。声の調子が普段のそれに戻ってきている。
「うむ。アンデッドは死体に思念体を封じることで動く人形だ。イモータルは生物が不死になることだ。アンデッドは死霊術場、イモータルは生命の精霊場や自己の魔力場に基づく。根本が異なるから、アンデッドがイモータル化するようなことは起きない……はずだ。古代語魔法は知らないから、何か私の知らない手法があるのかもしれないがね」
ハグがまた割り込んできた。リッチーのくせに話好きである。
「ワシが知り得る限りの基礎古代語魔法では、アンデッドのイモータル化は起きないな。墓所の連中のように世界〔改変〕までする応用古代語魔法では可能だろうがね。まあ、この程度のドラゴンでは、せいぜい基礎古代語魔法の初歩しか使えないよ。それよりもだな……」
ハグ人形の動きが連動して、頭をクリクリと時計回転で回した。かなりホラーな動きであるが、ティンギ先生の頭の上に乗っているので誰も見ていない。
「この死霊術場の爆発で、南極と北極海の『化け狐』の本体が興味を持ったようだ。これ以上、このドラゴンゾンビもどきを遊ばせておくと、さらなる『怪獣大戦争』が起きるぞ」
しかし、エルフ先生の表情は曇ったままである。両耳がかなり垂れ下がっている。
「ですが……私も、ノーム先生も魔力不足です。パリーの魔力は大きいですが、私では制御できませんし」
依然としてエルフ先生のライフル杖の通信を独占したままのハグから、含み笑い気味の返事が届いた。
「この鳥が持っている貴族の剣なら、話は別だぞ。鳥が急降下攻撃して、ドラゴンゾンビの表皮を切り裂き、その傷口にワシの人形を放り込めば良い。ワシが爆弾の役割を果たしてやろう」
ぬいぐるみの姿なので、爆弾化と言われてもピンとこない様子のエルフ先生と生徒たちだ。構わずにハグ人形が話を続ける。
「すぐに因果律崩壊が起きて、このドラゴンゾンビもどきは世界から放逐されるさ。ワシは全責任をドラゴンゾンビもどきに押しつけるから、簡単に復帰できるので問題はない」
それでもまだ戸惑っているエルフ先生に、ジャディが自信満々の声で訴えてきた。
「オレ様に任せろ、エルフの先生。もし死んでも、〔復活〕できるんだろ?」
「それはそうですが……未知の魔法を浴びる恐れがあります。あのゾンビもどき、どのような攻撃をするのか不明ですよ。たちの悪い魔法を受けてしまってから、組織片を〔復活〕魔法にかけた際に、どのような悪影響が発生するのか不明です。現状では、攻撃の許可を出すことはできません」
エルフ先生の判断に同意する生徒たちである。ようやく魔力支援にも余裕が出てきたようだ。まだそれでも、話をするような余裕ではないが。
ノーム先生も〔復活〕魔法をソーサラー先生の体にかけながら、エルフ先生の判断に同意する。
「そうだな。私が使用している〔復活〕術式は、それほど高度なものでないんだよ。安全対策上では、色々と欠点がある。あのドラゴンゾンビもどきに斬りかかるような行為は、推奨できないな。魔法場汚染を食らっては、この〔復活〕術式が阻害される危険性がある。そうなると、〔復活〕できなくなるぞ」
視線を魔力支援している生徒たちへ向ける。
「今も、若干の〔妖精化〕の悪影響が出ているんだ。予定よりも魔力消費量が多いままなんだよ。生徒たちの魔力支援で何とか対応できている状況だ。これ以上の負荷は危険だな」
……が。そんな判断に耳を貸すようなジャディではなかった。「フン」と鼻で笑う。
「ガタガタうるせえよ。この森は、オレの支族の巣にも近いんだ。150キロほどしか離れていねえ。そんな近場で怪獣大戦争なんか始まった日には、大迷惑なんだよ。〔復活〕が面倒になるなら、今、送ってやる。受け取れ」
そう言い放つや、ナウアケの長剣を一振りさせて、自分の右足を膝下から斬り落とした。それを、そのまま左足で蹴り飛ばして、足元の魔法陣にシュートする。素早く斬り口を〔冷凍凍結〕させて、血止めを施したジャディが、不敵な笑いをその凶悪な顔に浮かべた。
「これで、保険はできただろ。じゃあ、ドラゴンゾンビをぶった斬ってやるぜ!」
そのまま両翼と尾翼を華麗に翻して、急降下していく。〔探知〕されにくくなるように、闇の精霊魔法の〔防御障壁〕を展開することも忘れない。ジャディの横、10メートル先では、彼のカラス型シャドウも並走して急降下していく。
ジャディを挟んだ向こう側にも〔オプション玉〕が発生した。これらは測位要員である。高速飛行してピンポイントで斬りつけるので、敵の正確な測位情報が必要になるからだ。いわゆる三角測量の立体版である。
教室では、ジャディの右足を受け取ったノーム先生が、少々呆れた顔で新たな〔復活〕用の魔法陣に乗せている。
「やれやれ……さすがは飛族ということかね。勇猛を通り越して無謀なことをする。まあ、これだけ組織があれば、充分に〔復活〕はできるが」
ミンタとムンキンも無言のジト目を、黒板ディスプレー画面に向けている。その一方で、感心しながら肩をすくめるばかりのペルとレブンだ。
エルフ先生も両耳を上下にピコピコ動かしながらも、困惑の笑みを口元に浮かべている。
「1回や2回撃ち落された程度じゃ、反省しないようですね。後でしっかり罰を受けてもらいましょう」
そしてティンギ先生に急いで告げた。
「ティンギ先生。距離がありますが、測位情報を基にして、ジャディ君を〔運〕で守ってあげて下さいね。ハグ人形の〔テレポート〕準備もお願いします」
ティンギ先生が上空にフワフワ浮かびながら、ジャディのタンクトップシャツに付けていた〔テレポート〕魔術刻印を、魔剣の柄に移動させた。
「了解したよ。なかなかどうして、見どころがある生徒じゃないか。私の専門クラスに加えたいくらいだよ」
ティンギ先生が早速パイプに火をつけて一息吐きながら、頭の上に乗っているハグ人形を片手で持った。そのままハグ人形に意味深に微笑み、紫煙を一息吹きかける。
次に急降下飛行をしているジャディのタンクトップシャツに、紫煙を〔テレポート〕させて吹きかけた。〔運〕を付与したのだろう。
「では、派手な爆発を期待しているよ、ハグさん。大規模な因果律崩壊なんて、なかなか見る機会がないのでね」
直径数キロの更地の中央にそびえる、卵に似た形状のゾンビワームの集合結合体が更に割れて、中から巨大なドラゴンの皮翼が1枚飛び出した。折りたたまれた状態から、滑らかな動きで大きく伸びていく。
長さ100メートル、幅は20メートルほどか。ウロコに覆われた皮膚の色は赤褐色なのだが、ウロコが乾いていくにつれて、金属光沢を帯びたザクロ色の輝きを帯び始めた。ドラゴンゾンビが食べた、森の妖精や『化け狐』に精霊の魔力の一部を、〔物質変換〕しているのだろう。
急降下中のジャディが凶悪な笑みを浮かべて、ナウアケの長剣を下段に構えた。地上から100メートルほどの地点で、三角測量の演算を確定させる。斬りつける場所を、脱皮したドラゴンゾンビの皮翼の付け根に〔ロックオン〕した。
同時に頭から急降下していた姿勢を反転させて、足から落ちるように姿勢を整える。長剣は下段に構えたままだ。長剣の物打ちどころに、彼の全体重が乗るような重心配置である。ちょうど、猛禽がその鋭い足の鉤爪に重心を乗せて、急降下して獲物に蹴り掛かる様に印象がそっくりだ。
もう片方のドラゴンの皮翼が飛び出して伸び始めたが、ジャディに動揺の影は見られない。
そして卵の殻を割って、ドラゴンゾンビの頭が姿を現した瞬間。ジャディの魔剣が一閃した。
急降下速度が音速を突破してマッハ2に達していたので、文字通り一瞬の斬撃である。地面に激突する寸前に、ジャディの風魔法が炸裂して爆風が巻き上がった。その爆風で地面への激突を回避したジャディだ。
さらに、急降下で生じた衝撃波と、地面からの爆風のダブル衝撃波が、正確に斬りつけポイントで重なって共振した。海でいう三角波のようなものだ。
礫交じりの土煙が、爆風と共にドラゴンゾンビもどきを覆い尽くす。
ここで初めてゾンビが咆哮した。それだけでも充分な威力があり、咆哮を放った方向の空間にあった土煙が消し飛び、礫も粉砕されてしまった。
ジャディは無事に離脱していて、既にドラゴンゾンビもどきから1キロほど離れていた。不敵な笑みは浮かべたままだが、かなり苦悶の色が見える。その両手に持っていたナウアケの長剣は、跡形もなく粉砕されていた。
両手も衝撃を吸収できずに、肘から先の部分が吹き飛んで無くなっている。肩も脱臼していて、腕の骨が折れて突き出ている。まともに残っているのは、左足だけだ。
すぐに〔凍結〕魔法で腕全体を凍らせて、止血するジャディである。右足の斬り口も改めて凍らせた。地面すれすれの低空を高速で飛行しながら、一目散に森の中へ逃げ込もうとしている。
魔力も相当に消耗したようで、〔オプション玉〕は消失していた。カラス型のシャドウも自律行動モードになっていて、ジャディを援護するように周辺を飛んでいる。
応急処置が済んで、ようやく声を上げるジャディ。息も止めていたようで、やっと深呼吸をして、ボロボロになったタンクトップシャツの胸が大きく膨らんだ。
「か、硬ってええええっ。さすがドラゴンだぜ。脱皮したばかりで、まだウロコも未成熟なくせによお。腕が両方無くなっちまった」
エルフ先生の慌てた声が、ジャディに飛び込んで来た。
「ジャ、ジャディ君! 無茶し過ぎですよ! 危うく衝撃で即死するところではないですかっ。腕2本だけで済んで幸運だったのですよ。すぐに戻ってきなさい!」
エルフ先生が、きつい口調でジャディに撤退命令を出す。まさか、こんな突撃をするとは予想していなかったのだろう。
ノーム先生と生徒たちも口をあんぐりと開けたままだ。危うく〔復活〕魔法が中断しかけてしまい、慌てて魔法に集中し直す。パリーもさすがに呆れた顔をしている。
ティンギ先生だけは上機嫌で、パイプをふかしてジャディに〔念話〕を送ってきた。すでに彼とは直線距離で数キロほど離れているので、通常の音声会話では時間がかかりすぎるのだ。エルフ先生たちが行っている、〔念話〕魔法陣を介した音声会話では、少し無遠慮な内容ということもあった。
(〔運〕の付与をしたけど、それでも両腕を失ったか。まあ、生きているから良しとするか。今、確認したよ。ドラゴンゾンビもどきの皮翼付け根に、切り傷ができている。表皮だけしか切れていないけど、まあ、上出来だ。〔テレポート〕魔術刻印も、剣の柄から無事に傷口の中に忍び込めたよ。作戦成功だ)
ジャディからも〔念話〕で返信が届いた。
(へ。皮1枚だけかよ。どんだけ硬いんだよドラゴンってのはよ。さっきの接触で、奴の魔法をだいたい確認できたけどよ。とんでもねえな。魔法全部〔無効〕だぞ)
その時、再びドラゴンゾンビもどきが咆哮した。ズラリと巨大な牙が生えそろっている口を開けて、太さ数メートルはありそうな青い光線を吐き出した。ドラゴン特有の『ブレス攻撃』である。
カラス型シャドウが、風の精霊魔法をジャディに放って彼を吹き飛ばす。ジャディが先程までいた空間に、〔青い光線〕ブレスが走り抜けた。間一髪でかわして避けることができたジャディ。しかし、カラス型シャドウは回避しきれずに、そのまま〔光線〕ブレスを浴びて消滅してしまった。
(うへ。これがドラゴンブレスってやつかよ)
驚くジャディに、ハグ人形がティンギ先生の懐のポケットに収まりながら口をパクパクさせた。
(正確には、ドラゴンではないぞ。ワームの体をつなぎ合わせて、体組織を融合接合させた人形だな。それも、なんちゃってブレスだよ。あくまでも基本はワームゾンビの集合体だ。ドラゴンの肉体ではない)
そして、ティンギ先生に顔を向けた。
「さて、ワシの準備は整っておるぞ。いつでも〔テレポート〕してくれ」
「了解。ちょうど、ジャディ君も森の中に逃げ込めたようだし、安全距離に達しただろう。では、派手に爆発してきてくれよ。リッチーの人形さん」
「任せろ」
そう言い残して、ハグ人形がティンギ先生の懐から消えて〔テレポート〕した。
その次の瞬間。ドラゴンゾンビもどきのいる空間が『割れた』。
無数の火花や雷が空間の中と周囲を彩り、その割れた空間の中にある全ての物体が、ドラゴンゾンビもどきを含めて赤く染まった。『赤方偏移』が起きたのである。
光速に近い速度で、その空間がこの世界から弾き出されていく。弾き出された空間が光速に近い速度で遠ざかっていくので、光の波長が引き伸ばされて、こちらの世界に届く色が赤系統だけになる。
似たような例で言うと、遠ざかっていく救急車のサイレンの音が次第に低音になることか。音の波長が引き伸ばされて低い音に変調されてしまうのである。これは、その光バージョンだ。
それも、ほんの数秒の出来事であった。すぐに世界の修正機能が作用して、弾きだされた空間が閉じ、埋め合わせされる。
ハグ人形も何事も起きなかったかのように、ティンギ先生の頭の上に戻ってきた。
「無事に飛んでいったよ。亜光速だから、もうこの世界へ戻ることはないだろう。良かったな、敵がアンデッドで。まあでも、もし敵がイモータルだったとしても、すぐに敵が勝手に因果律崩壊を起こしてしまうから、似たような結果になっただろうがね」
頭の上のハグ人形をキャッチしたティンギ先生が〔テレポート〕して、森の中で気絶して倒れているジャディを拾い上げた。
状態を確認して安堵し、ハグ人形に礼を述べる。両腕がちぎれていて凍結され、右足も膝から下が無くなって凍りついている重傷なのだが、セマンの感覚では『問題ない』レベルだ。さすが冒険狂の民である。
「ははは……貴重な体験ができたよ。感謝するよ、リッチー殿。さて。ここに残っては、後でやって来る新たな精霊や『化け狐』や森の妖精たちの標的にされかねないな。さっさと逃げるとしようかね」
実際に森の奥からは、新たに戦闘態勢で突入してくる森の妖精を筆頭に、各種精霊群や『化け狐』群の気配がビシビシと伝わってきていた。
ここに残っては、巻き添えを食らう恐れは非常に高いだろう。満身創痍のジャディを〔治療〕する必要もある。死んではいないので、通常の〔治療〕魔法だけで間に合いそうだ。
【作戦指令室】
「ふう……ようやく〔復活〕の最後の山を越えたようだな。ご苦労さん。もう魔力支援は不要だよ」
ノーム先生が生徒たちに微笑んだ。
「ふえええ……」と力なく床にへたり込んでしまうペル、レブン、ミンタ、ムンキンである。
ミンタだけは、まだ少し余裕が残っているようだが、他の生徒たちは肩で息をしている。レブンに至っては、もう完全に魚顔に戻ってしまっている。釣り上げられたマグロそのものだ。
ソーサラー先生とラヤンの〔復活〕も残すは衣服だけなので、もう後は適当でもよい。頭髪やウロコも完全に〔復元〕が終わっている。後は、そろそろ到着する重傷のジャディの〔治療〕だけだ。これは死者の〔復活〕ではなく、通常の〔治療〕なので、ノーム先生の負担も軽い。
その様子を頼もしげに見ていたノーム先生が、やや厳しい表情になってエルフ先生に顔を向けた。
「カカクトゥア先生。あのドラゴンゾンビもどきだが……恐るべき相手だな。ジャディ君が身を挺して接触して調査してくれたおかげで、かなりの情報が分かったが。ほとんど全ての攻撃魔法が効かないとは想定外だったよ」
ややボサボサになって乱れている腰までの金色の長髪から、幾筋か静電気の火花を散らして、エルフ先生も渋々うなずいた。
「そうですね……〔防御障壁〕で魔法を防御する点では完璧といって良いでしょうね。一般的な攻撃魔法は、一切効果が無いようです。軍や警察が使用する特殊な術式の兵器級の魔法でないと、通用しないかも。しかし、そのような魔法は、そう簡単には使用許可は下りませんよねえ。と、なると、やはり……」
エルフ先生とノーム先生が、同じタイミングで肩をすくめた。
「格闘術で直接殴って魔力を叩き込むしか、手段はない……か」
「あまり気乗りはしませんけれどね。50メートル以上もある巨大な怪物相手に、素手で立ち向かうしかないなんて、ぞっとします。杖や魔力パックの支援なしなので、殴ったところで叩き込める魔力量も大きくありませんし」
ノーム先生が首を何度か傾けたり回したりしながら、もう1つの可能性を口にした。
「先ほどジャディ君が使用したような、魔法の刀剣の研究も必要かもしれないな。ただ、ドラゴンのウロコや肉体を凌駕する強度の素材を見つけ出さないと、さっきみたいに粉砕されて、話にもならないけどね」
エルフ先生がライフル杖の先に顔を寄せて聞く。
「サムカ先生。どうなんでしょうか。ナウアケさんの長剣を凌ぐ魔剣はあるのですよね」
サムカが少し考えてから答えた。
「無論、数多くある。が……我々貴族以外が持つと、精神汚染を受けて発狂してしまうような武器ばかりだ。とても推奨できるものではないな。ナウアケの長剣程度までが限度だろう」
「そうですか……」
サムカが努めて口調を明るくした。
「刀剣よりもやはり、何とかしてエルフやノームの警察と掛け合って、適した武器の提供を受けることが現実的だろう。今回のドラゴンゾンビもどきとの戦闘記録も、そちらの研究機関で分析されるのだろう? そのうちに、新規の武器が試作されると思うが」
「ふう……」とため息をつくエルフ先生である。気を持ち直したようで、両耳の角度が水平以上に戻っている。
「そうですね。それに期待しましょう。それまでは、戦術としては逃げの一手ですね。避難訓練を最重要にするように、シーカ校長にも伝えておきます」
【事件の波紋】
実際、この『ドラゴンゾンビもどき』の出現は、かなりの衝撃と混乱をタカパ帝国中枢部や軍、警察にもたらしていた。同じ魔法兵器世界出身の『バジリスク幼体』を上手に撃破できた経験があっただけに、それが全く通じない相手の出現に慌てるのも、自然の成り行きだろう。
同じような反応は、魔法世界やエルフ世界にノーム世界、ドワーフ世界でも起きているようだった。世界間通信によるインタビュー取材を、数日間受け続ける羽目に陥ったエルフ先生とノーム先生である。ティンギ先生は上手に逃げていて、今も学校周辺の森の中を散歩しているが。
ペルたちも同じように根掘り葉掘り取材を受けてしまったが、ここは校長の計らいで短時間で終わり、今はもう通常の生活に戻っている。
エルフ先生とノーム先生は、これに加えて始末書の山を書かないといけないので、ドラゴンゾンビもどきとの戦闘時よりも消耗しているようだ。今も、教員宿舎のカフェでランチを前に、突っ伏して寝ている。
一方の法術やソーサラー魔術にウィザード魔法の先生たちには、特に厳しい罰は下されなかった。裏での政治工作があったせいだろう。それもあって尚更、不条理を実感しているエルフとノームの先生2人であった。
ともあれ、一連の騒動の情報は、タカパ帝国、エルフ警察、ノーム警察、ソーサラー魔術協会やウィザード魔法協会の各機関に等しく『共有』された。ドワーフ世界にも情報が送られたほどだ。死者の世界にも、ファラク王国連合宛に情報が送られている。
ある意味、これにより獣人世界の知名度が一気に上がった事件となったのは、皮肉なものである。
違法魔法場サーバー施設の件も、当然ながら周知されることになった。しかし、ほとんどの組織が関わっていたので、いつの間にか有耶無耶にされて終わった。
かなりの人数の特殊部隊員の死も、闇に葬られて終わり、学校の先生たちの処分も適当なもので終わってしまった。タカパ帝国の被害状況も甚大なものなので、追及する余裕もない様子である。復興支援の拡充交渉で、『解決』されてしまったようだ。
魔法場サーバーの増強は、タカパ帝国にとっても政治利用できるネタになったこともあり、学校の地下に場所を設けて設置管理することに話がまとまった。しかも、より強力な『魔力サーバー』と呼ぶ種類のものになるようだ。
『魔法場サーバー』は、単に魔法場だけを収集貯蔵し分配するだけなのだが、『魔力サーバー』は、貯蔵した魔法場を増幅増強させる機能が備わっている。
真っ先に復旧したのは、『法力場サーバー』だったことは言うまでもないだろう。これに加えて、より強力で高性能な『法力サーバー』も併せて新規設置された。
おかげで、法術のマルマー先生の法衣が新調されている。杖も新調されて、余計にゴテゴテと装飾が施されたデザインになっているが。
マルマー先生の周囲に浮かんでいる、別宗派の神官が映った〔空中ディスプレー〕も、別の担当に変わっていた。どうやら、前任者は全員助からなかったらしい。口やかましいのは相変わらずであるが。
ソーサラー魔術のバワンメラ先生が関わっていた違法施設は、さすがに認めることはできなかったようだ。彼だけは給料が下がってしまったようで、さらに気合いが入ったヒッピースタイルに進化している。
なのだが、本人は意外にも機嫌が良かったりする。秘密の違法施設管理から解放されたこと自体は嬉しいのだろう。
「まあ、ソーサラー魔術協会の中にある、無数の秘密結社の1つが解散になっただけだしな。実は結構、窮屈だったんだよ。オレの性に合わない下っ端仕事ばかり押しつけられたし。減給処分やらを食らっちまったが、生活には困っていないし、結果オーライだな。ははは」
もう完全に過去のこととして、ふっきれた感じのソーサラー先生である。食事や睡眠もばっちり取ってるようで、頬から顎を覆う盗賊ひげの色つやが良い。焼けた飴色の肌もテカテカしていて張りがある。
一緒に教員宿舎内のカフェでコーヒーを飲みながら、サムカが素直にうなずいていた。もちろん、サムカのコーヒーはエスプレッソである。
「そうだったのか。うむ。確かに君の性格上、魔法生物の飼育係は適さないだろう。旅行や探検の方に興味が向く性格に見えるからね」
サムカの感想に、大きく同意するソーサラー先生だ。彼はミルクたっぷりのカフェオレをがぶがぶ飲んでいる。
「お。テシュブ先生は鋭いな。降格処分で自由時間も元に戻って増えたからよ、旅行を色々と考えているんだ。今回の騒動で治安も悪くなってるからな、楽しそうな騒動が盛りだくさん起きるだろう、楽しみだよ」
サムカが少し羨ましそうな顔になって微笑んだ。ソーサラー先生のバイオレンス愛好趣味については、コメントしないようだ。
「私は、領地を長期間留守にすることはできないからなあ。そういった自由な旅行には憧れる。旅の話を私にもしてくれると嬉しい。ただ、生徒たちへの授業を、ないがしろにはしないようにな」
そして、カフェの壁にかけられている時計を一目見て、席を立った。エルフ先生とノーム先生はまだグッタリとして、カフェテーブルに突っ伏しているままだったので、そのまま放置する。
「そろそろ授業の時間だな。私はこれで失礼するよ」
今回の召喚ではサムカも校長から、かなり詳細に事件の内容の説明を受けていた。校長もまだ疲労の色が残ってはいるが、無事に学校が再開できたので気合い充分である。サラパン羊も、役所機能がまだまだ復旧していないので、仕事がないせいか上機嫌であった。毛並みも前回見た以上にツヤツヤでふっくらして、見事な毛玉状態になっている。
「様々な事件が起きましたが……こうして先生方も復帰なされましたし、私としては問題ありませんよ。教育研究省がまだ混乱状態でして、機能不全が続いていますから上層部への説得も楽でした」
「してやったり」という表情の校長の笑みを、サムカも笑みで受け取った。
「なかなかの策士だな、校長は。こうして私も無事に計画通りに〔召喚〕されている。私としては、不定期な〔召喚〕が最も困るのでね。領地での仕事に支障が出なくて助かる」
そして、サラパン羊に視線を向けた。彼はすでにオヤツの時間のようで、かご一杯の青々とした牧草を寝転びながら食べている。
「彼も大物だな。これほどの事件が起きて役場機能がマヒしていても、〔召喚〕失敗を起こさないとはね」
口いっぱいに頬張った牧草を、あっという間に飲み込んだサラパン羊が寝たままで答えた。顔だけはドヤ顔だ。
「だってこのくらいしか仕事がないし~。〔召喚〕失敗したら、このオヤツが食べられなくなるだろ。そりゃあ真剣に〔召喚〕するよ。あー……草うめえ~」
相変わらずのサラパン羊である。見た目は、ただのイネ科の牧草で普段の食事と同じにしか見えないのだが……羊族にとっては、味に大きな差があるのだろう。例えると、主食になり得るコーンフレークと、間食向けの甘いスイートコーンの違いといえる。
サムカが校長室を出た後で、立ち寄ったカフェでソーサラー魔術のソーサラー先生と雑談し、他にもウィザード先生たちとも簡単に会話を交わす。
彼らも最初の頃に比べると、サムカに対してあまり敵意を向けてこなくなっている。まあ、魔法場サーバーが壊滅した上に、減給やら降格で意気消沈しているせいもあるのだろう。そういえば、ウィザード先生たちが持っている簡易杖も、中古品のようだった。
一方のマルマー先生だけは、かなりの上機嫌である。
多分、先生たちの中では唯一の昇給昇進だったのだろう。サムカに対しても、今までのような露骨な敵意を向けてくるようにはなっていない。
白い桜色の顔に明るい笑顔を浮かべて、焦げ土色の黒い瞳を満足そうに細めている。さすがに、サムカの体に触れることはしていないが。そう言えば、茅色で褐色の髪も整髪したようだ。少しだけ威厳が出ている。
「やあ、テシュブ先生。君の教え子たちには感謝していると伝えておいてくれ。無論、私も礼を言うがね。おかげで、法力場を集めた情報が損失されずに済んだ。すでに法力場サーバーも学校地下室の専用ブロックで完全復旧して稼働中だ」
意外と機械に強いのだろうか。
「公式には、死霊術使いや闇の精霊魔法使いなどとの交流は、減点対象なのだがね。本部から『例外措置』が与えられたから、今後は優しく接するよ。我が宗派の信者数もかなり増えて、布教も加速したからね」
(まったく、現金な先生だな……)と思うサムカであるが、ここは口にも顔にも出さない。藍白色の白い顔のままで、やや固めの笑みを口元に浮かべただけだ。
「そうかね。それは我々にとっても良い知らせだな。生徒たちは、私と異なり生者だ。法術の加護は必須だろう。これからもよろしく頼むよ」
「任せたまえ! ははは」
早くも見下ろし視線で、サムカに向かってふんぞり返るマルマー先生である。同時に彼の頭の周囲に2つの小さな〔空中ディスプレー〕画面が発生して、そこに映っている神官がマルマー先生とサムカとを口汚く罵り始めた。
顔ぶれは一新されているが、口ぶりから仕草まで前任者とよく似ている。すぐに、マルマー先生との口論が始まったので、そそくさと離れるサムカである。
「そういえば……マルマー先生とかなり近距離まで接近して会話したが、特に〔防御障壁〕が反応した印象はなかったな」
少し首をかしげるサムカの頭の上に、ハグ人形がポテと落ちてきた。完全に新品状態に戻っている。
「法術の真教本部の幹部どもと情報交換したのだよ。お前さんが受け入れた〔式神〕ちゃんが収集した観測情報の〔解析〕が終わったんだが、連中が理解できない術式が多数あってな。ワシが呼ばれて講義しておいた」
サムカには『リッチーが神官の前で講義をする』という風景が思い浮かばないので、キョトンとしている。そんなサムカの反応を楽しんでいたハグ人形が、話を続けた。
「今後は、普段展開しているような〔防御障壁〕では、過度な〔干渉〕を起こさなくなるだろう。マルマー先生限定だが、サムカちんが触れても大丈夫だ。無論、戦闘時の〔防御障壁〕はこれまで通り……というか、さらに強化されたがね。サムカちんも、〔攻性障壁〕をマルマー先生に投げつける際には注意することだな。今まで以上の大爆発を引き起こすぞ」
サムカの山吹色の瞳が、少し呆れた色を帯びた。いつもの黒マントの裾が揺れて、身につけている宝石や装飾品が鈍い音を立てる。
「相変わらず、良い仕事をする以上に『余計な火種』を仕込むのが上手だな。ハグ。重ねて聞くが、ドラゴンがこの世界に侵入するような事にはならないのだろうな」
ハグ人形がサムカの錆色の短髪の上でラジオ体操を始める。
「ないだろうよ。今もそこら中に『時空の亀裂』が走っている。世界と世界間が不安定な状況は変わらないんだ。そんな状況でイモータルのドラゴンが出現したら、即座に空間が崩壊して弾き出されるさ。実際今回も、ワシがちょいと爆発しただけで因果律崩壊が起きた。心配あるまい」
サムカが腕組みをしながら、一応理解して同意する。それでもまだ不安は残っているようだが。運動場を歩いて横切りながら、青い冬空を見上げた。
かなり空気が乾燥してきているようだ。綿のような形の雲は見当たらなくなり、筆で掃いたような薄い筋雲ばかりになっている。
「校長にも聞いたのだが、まだドワーフとセマン、ノームにエルフの違法施設が残っているそうだ。場所は特定できていないようだが。しかし、タカパ帝国軍の情報部からの指摘なので、存在する事は確かだろう。それに……墓所の連中が、また余計なことを仕出かす恐れも充分にある。まだ、安心はできないだろう」
森の上空に視線を向けると、『化け狐』が3匹、じゃれあいながら飛んでいる。油膜でできた風船のような残留思念をパクリと食べて悦に入ってる。そのせいか、サムカには気づいていないようだ。
森の中には猿に似た顔の原獣人の小さな群れがいて、サムカをじっと観察している。あの事件で、大量の死者が出て、森の動物もかなり命を落としたのだろう。いつもよりも、浮遊している残留思念の数が多い気がする。
【西校舎】
校舎の手前までサムカが歩いて来たとき、≪バタバタ≫と荒い足音を立てて、バントゥと取り巻きのラグ、チューバの3人が鬼の形相になってやって来て、立ちはだかった。
(いつもの取り巻きの生徒たちが1人もいないな……)と思うサムカ。
バントゥがサムカにつかみかかってきたので、慌ててサムカが〔防御障壁〕を全て解除する。
そのバントゥは、相当に憔悴している顔に変わっていた。狐色の毛皮のツヤも失せている。赤褐色の大きな瞳も睡眠不足なのか血走っていて、周辺に暗い色のクマができている状態だ。
口元や鼻先に生えているヒゲ群も、四方八方にバラバラに向いていて統一性がない。両耳も神経質にクルクル回って、あちらこちらに向けられている。
「テ、テシュブ先生……お前のせいで、我がペルヘンティアン家の面目が瓦解してしまったのだぞ。ナウアケが詐欺アンデッドだと、お前は知っていたのだろう? なぜ早く知らせてくれなかったのだっ」
サムカは仮にも教師なのだが、激高したバントゥはサムカを『お前』呼ばわりしている。サムカは特に何も反応しておらず、バントゥによる失礼な呼び方を聞き流しているが。
サムカの古代中東風の長ズボンのベルトをつかんで、揺するバントゥ。身長差があるので、サムカの襟には手が届かない。一応サムカが、腰ベルトに吊るしている長剣に魔法場漏れ防止の〔封印〕を施す。
それ以外の行動は起こさずに、揺らされるに任せているサムカである。下手に動くと、どこからか闇の魔法場が漏れ出てバントゥに〔干渉〕してしまう恐れがある。
とりあえず質問に答えることにし、1つ咳払いをして努めて穏やかな声で向き合った。
「実のところは、私も奴の目的をつかんでいなかったのだ。巧妙に隠していたのでな、私の能力では〔察知〕できなかった。奴がカルト派だと分かったのも、かなり最近のことだ」
ハグ人形は面倒だと思ったのか、姿を消してしまっていた。(役に立たない人形だな……)と思うサムカである。
「それでバントゥ君の家では、何か悪いことでも起きたのかね?」
そのサムカの言葉が『地雷』を踏み抜いたようだ。バントゥの狐顔が烈火のような形相になった。(あ……しまった)と思うサムカだったが、手遅れだった。
「わ、悪いこと、だと!? お、お前は、何も知らないというのかっ。詐欺師ナウアケを全面支援していたのは、我がペルヘンティアン家だったのだぞ。こ、皇帝陛下への謁見まで手配したと言うのに……これではっ」
何となくサムカにも分かってきた。
「ふむ。家の『断絶』の危機、か」
サムカのこの一言がトドメになったようだ。バントゥが発狂気味になってサムカのベルトを握りしめて、噛みつかんばかりの勢いで叫んだ。
「ア、アンデッドのせいで、アンデッドのせいで! 僕は最初から反対だったんだ。アンデッドなんかに肩入れしたばかりに、このような!」
そのままサムカのベルトをつかみながら、肩を激しく震わせて泣き崩れるバントゥである。さすがにサムカも、彼にかける言葉が見つからない様子だ。
竜族のラグも目を真っ赤に腫らして、頭と尻尾の黄赤色の細かいウロコを逆立たせている。
「ペルヘンティアン家が粛清されれば、もう宰相を叩きのめすことができる派閥はなくなる。復讐ができなくなるんだ! テシュブ、お前のせいでっ」
魚族のチューバもかなり魚顔に戻っていて、黒い紫紺色の瞳を潤ませていた。
「僕も、難民キャンプへ送られることになるでしょう。政府要職への道が閉ざされてしまうんですよ。故郷へも戻れず、海賊も討てず……どうすればいいのですかね、テシュブ先生」
そこへ、リーパット主従が意気揚々とやって来た。手下の狐族の数が増えていて、総勢10名超になっている。
「愚かな者どもよ。信じられるのは同胞の狐族だけだと、ようやく分かったか。多民族主義だと世迷言を抜かしていた代償が、死傷者50万人というこの大災害だ。卒業後は、田舎役場の閑職で余生を過ごせ。バントゥども、退学する時は知らせろよ。盛大に祝って送り出してやろう」
「ガハハ」と笑うリーパットに、腰巾着狐のパランが一緒になって笑う。
「そうだ、そうだ。リーパットさまに逆らうからこうなるんだ」
さらに、新たな腰巾着狐もできたようだ。パラン以上にバントゥたちを嘲る笑い声を浴びせてきた。
「リーパット様の、つま先の爪でも舐めろ。反逆者どもめ」
一応、補足説明すると、狐族と竜族、羊族、飛族は裸足である。サンダルを履いているのは、人化した魚族だけだ。靴を履いているのは、先生くらいのものである。
他の10名超の取り巻きたちも、リーパットに追従して笑い始めた。さすがにサムカが不快な表情になり、制止する。
「こら。下賤な振る舞いをしているのは、どちらだね。まるで汚物を垂れ流す、不潔なバンパイアのようだぞ」
途端に激高するリーパットである。尻尾を逆立てて歯をむき出しにして怒り出した。
「何を言いだすのか、このアンデッドめ! オマエのような奴は……!」
サムカが白い手袋をつけた左手を≪ブン≫と振った。銀糸の刺繍が施された黒いマントが大きくひるがえる。
それだけでリーパット党の全員が、放心状態になって地面にへたり込んだ。声すらも出せない様子である。ついでに、まだサムカにしがみついているバントゥも引きはがす。
「政治ごっこをしている暇があれば、勉強することだ。国を支える優秀な人材になるための場であろう、ここは。帝都でも田舎町でも、できること、やるべきことはたくさんある。ましてや、君たちは選ばれて入学してきたのだろう? 魔法を生かす場はいくらでもあるはずだがね」
「あるわけないだろ、そんなの……」
吐き捨てるように言って、バントゥが背中を向けた。そのまま背中を丸めて校舎へ戻っていく。ラグとチューバも、サムカとリーパットを睨みつけてからバントゥの後を追いかけて行った。
錆色の髪の後頭部を右手でかくサムカである。
「うむ……生者との会話は難しいな。まあ、そのうちに気分も落ち着くだろう。さて、私も教室へ向かうとするかな。そろそろ時間だ」
地面に転がっているリーパット党を放置し、そのまま校舎に入って2階へ向かうサムカである。すっかり生徒たちもサムカに慣れて、気楽に話しかけてきている。特に、レブンとペル、そしてジャディの活躍に熱中しているようだ。
(ちょっとした人気者だな……)と嬉しく思うサムカ。再び出現してきたハグ人形は、サムカの教室の扉の前で名残惜しそうに消えた。
「んじゃ、授業がんばってくれ。また会おう、パパラパー」
【西校舎2階のサムカの教室】
「こんにちは! テシュブ先生っ」
サムカが扉を開けて教室へ入るなり、ペルの元気な声が投げかけられた。(精神治療が充分にできているな……)と思い、ほっとするサムカである。
アンデッドであるサムカには、なかなか縁がない分野の治療なので気にしていたのだった。(バントゥたちにも必要かもしれないな、後でクーナ先生に提案しておくか)とも思う。
サムカの教室では、ペルとレブン、ジャディの他に、ミンタとムンキン、ラヤンの姿があった。全員元気で傷跡も全く残っていない。エルフ先生とノーム先生の〔分身〕も窓際に立って控えている。
軍と警察から受講しに来ている者も、1名ずつ席に座っていた。共に狐族の大人である。制服は着用しておらず私服姿だが、やはり警官らしさ、軍人らしさは出てしまうようだ。かなり緊張している様子が見て取れる。
(ずいぶんと増えたな……)と思うサムカが、そのまま教壇の上に立った。エルフ先生とノーム先生は、実体ではない印象だ。(確かに今は授業時間中であるし、今までの騒動でかなり授業が遅れているのだろうな)と思う。しかし、とりあえず聞いてみるサムカである。
「クーナ先生と、ラワット先生の姿は〔立体映像〕かね?」
エルフ先生の姿が一瞬揺らいで、それから微笑んだ。隣のノーム先生も同様に一瞬揺らぐ。
「ええ、そうですよ。私はソーサラー魔術やウィザード魔法が苦手ですので、光と風の精霊魔法を使っています。これは、自律型の〔分身〕ですので、サムカ先生の授業が終わってから私本体に吸収されて、記憶と行動記録を〔同期〕します。隣のラワット先生も同じ動作原理ですよ」
ノーム先生のホログラム〔分身〕が、それを聞いて口ヒゲを片手で撫でてうなずいた。
「左様。僕の場合は光と大地の精霊魔法の組み合わせだがね。この〔分身〕は観測機能を重点に設計されているから、攻撃魔法などの他の機能はついておらん。くれぐれも授業中に暴れることはしないでくれよ」
ミンタとムンキンが得意気な表情になって、片手を肩まで上げて応えた。
「私たちも昨日、この〔分身〕魔法を習得したのよ。これで、この間のように、わざわざ危険な現場まで出向いて観測する必要がなくなったわ」
「ジャディをぶっ飛ばすくらい造作もないぞ」
当然ジャディが凶悪な形相を悪化させて、ムンキンを睨みつけた。
「ああ? なんだとテメエ。トカゲの分際で生意気な口ぶりじゃねえか。今ここでぶっ飛ばすぞコラ」
《ばあん!》
ジャディとムンキンが同時に席から立ち上がり、仁王立ちになって戦闘態勢になった。イスと机が見事に吹き飛ばされて、教室の床をバウンドしながら転がっていく。
軍と警察からの受講生が、軽く悲鳴を上げて、転がるように教室の最後部の壁に避難した。さすがに訓練を積んでいるだけあって、避難の動きも実に敏捷だ。
レブンが席についたままでゴーストを数体飛ばして、ジャディとムンキンの体に巻きつけた。それだけで、動けなくなる2人である。
「ケンカするのは授業後にやってよ。久しぶりのテシュブ先生の〔召喚〕だから、極力騒動は起こさないようにしようって、さっき決めたばかりだろ。時間がもったいないじゃないか」
レブンの冷静な声が、良いタイミングでかかった。巻きついていたゴースト群が消滅して、2人が動けるようになる。
ぶつくさ文句を言いながらも、ジャディとムンキンが振り上げた拳と翼を下ろして、吹き飛んだ自分の机とイスを拾いに行った。
頬を緩ませて理解するサムカである。
「なるほどな。心がけは感心するよ」
道理でいつもよりも皆、物静かなわけだ。普通ならジャディが真っ先にサムカの足元に飛んできて、ワーワー言い始めるのだが……今回はそれがない。ウズウズしているのか、尾翼がピコピコ上下運動をしているが。
エルフ先生の〔分身〕に、サムカが先程のバントゥたちの挙動について報告した。そして、「後で彼らにも精神状態の〔診断〕と、必要であれば〔治療〕を施してみてはどうか」と提案する。
……が、エルフ先生はニコニコ微笑んだままだ。
首をかしげるサムカに、ノーム先生の〔分身〕が微妙な笑顔で銀色のあごヒゲをかきながら説明してくれた。
「済まないね、テシュブ先生。この〔分身〕、まだ調整不足なんだよ。複雑な情報処理ができない。提案は、後で僕がカカクトゥア先生本人にちゃんと伝えておくよ。こりゃあ、この方式の〔分身〕は却下だな。次回からは別の〔分身〕方式にするよ」
サムカも軽く唸って、錆色の短髪をかきながらゆっくりとうなずく。
「確かに、この不具合はよろしくないな。では、講義を始めよう。受講生2人も席につきなさい。取って食いはしないよ」
教室の最後部の壁に貼りついて《ビクビク》と慄いている2人の受講生に、ラヤンが横目で視線を送る。片手で『こっちへ戻るように』指示する様は、とても学生が社会人にするものとは思えない威厳だ。
「ほら、そこの2人。さっさと戻って席に着きなさい。時間がもったいないでしょ」
ペルが両耳を数回パタパタさせて、サムカに微笑みかけた。黒毛交じりの尻尾も嬉しそうに振られている。2週間ぶりの授業なので楽しいのだろう。
「テシュブ先生。今日はどんな講義なんですか?」
サムカが軽く咳払いをして、教室の空気を引き締める。
「まずは、先日の戦闘の『評価』をしてみよう。その後で、その評価に沿った授業を始めることにするよ」
軍と警察からの受講生の表情が、一気に真剣なものに変わった。生徒たちも視線をサムカに集中する。
エルフ先生の〔分身〕がうなずいた。不具合のせいか動作がコマ送りのようで、ぎこちなくなっている。
「私も興味があります。警察本部からの評価は、かなり良いものだったのですが、サムカ先生の評価も聞きたいですね」
ノーム先生も同様にうなずいて、口ヒゲを一回だけ捻った。ついでに指も鳴らしている。
「そうだな、僕も聞きたい。ノーム警察の評価も良かったのだけど、どうにも気にかかる点がいくつか残っていてね。同じく、テシュブ先生の意見を聞きたいところだな」
サムカが白い事務用の手袋をした左手で、軽く後頭部の短髪をかき上げた。右手は教壇の上に乗せている。
「銃撃戦だったから、私の専門ではないのだがね。死者の世界の貴族からの『一般論的な評価』だと思って聞いてほしい」
そして、左手を教壇の上に戻して、少しだけ身を乗り出した。
「結論から言うと、全体評価は合格点だな。クーナ先生の指揮による遠隔攻撃特化の作戦は、さすがの一言だった。私のような刀剣を振るうしか能がないアンデッドには、非常に勉強になる作戦だよ。生徒たちへの安全策も充分だったと思う」
サムカが褒めているのだが、エルフ先生〔分身〕には届いていないようだ。ポンコツ挙動の微笑みをしたままである。ノーム先生が垂れ眉を上下させながら、あごヒゲをひと撫でした。
「カカクトゥア先生には、後で私からデータを提供しておきますよ」
サムカも少しだけ微笑んで、話を続ける。
「では、戦闘などの『各論』について、検証と改良点の指摘をしてみよう」
サムカが教壇に両手を乗せて、少しだけ身を乗り出した。ミンタとムンキン、それにラヤンに山吹色の瞳を向ける。
「今回、最も障害になったのは、情報通信の質だな。シャドウを使ったレブン君の取得した情報が、結果として最も質が高いものだった。作戦を立てる上でも、立てた作戦を遂行する上でも、詳細な情報取得の手段を確保することは重要だ」
サムカがミンタとムンキンに穏やかな視線を向ける。
「ミンタさんやムンキン君は、ソーサラー魔術やウィザード魔法の幻導術や招造術の中から何か見つけて、強化しておいた方が良いだろう。ラヤンさんは法術なので〔式神〕を工夫すると良いだろうな」
迷わず納得する3人である。特にラヤンは、今回大変な目に遭っているので、なおさら重要性に気づいているようだ。
サムカが穏やかに微笑んで、話を続けた。
「目的は、君たちが危険な場所へ近づく事なく、安全に詳細な情報を所得する手段を構築することだ。レブン君のシャドウのように3キロ以上離れた場所を、遠隔操作で精密測位できる能力ということになる」
ジャディがドヤ顔になってガハハ笑いを始めた。
「オレ様が教えてやるぞっ。優等生どもも大した事ねえなっ。ばーかばーか」
ジト目になる3人だ。サムカが次にそのジャディに、「発言を控えるよう」に注意した。
「ジャディ君。その勇猛さは高く評価するが、若干の協調性も大事だ。支族の飛族を束ねる事も多くなるだろうから、今から『統率のための協調性』も徐々に身につけていきなさい」
ここに悪友ステワやハグ人形がいれば、即、ツッコミがサムカに向けられていただろう。
しかし、エルフとノーム先生〔分身〕を含めて、生徒たちは素直にうなずいている。ジャディもピシッと敬礼をして答える。相変わらずの適当な敬礼方式だが。
「了解ッス、殿! いつしか、タカパ帝国に勇名を轟かせる奴になってやるッス」
サムカが鷹揚にうなずいた。口調を少し軽い調子にする。
「次に、今回の難敵だった森の妖精や精霊、『化け狐』についてだが……〔妖精化〕や〔精霊化〕の脅威はどうしようもないな。敵対して攻撃する方針ではなく、仲間にして共闘する方針で戦略や戦術を練った方が良いだろう。つまり、『パリー氏と、どんどん仲良くしなさい』ということだな」
「ええ~……」
一斉に低い呻き声が生徒たちから漏れてきた。特に酷い目に遭わされたジャディは、露骨に嫌な顔をしている。
そんな反応をサムカが受け流して、ジャディとペル、レブンに視線を向けた。
「ペルさんとレブン君、ジャディ君は、パリー氏に嫌われる魔法場を有している。特に慎重に練ることだ。私やハグでは役に立たないから、クーナ先生やラワット先生の指導に従うように」
今度は、サムカの生徒たち3人が大きな声で返事をした。ジャディも声がまだ詰まり気味だが、明瞭な声で返事をする。
サムカが両手を教壇から上げて、軽く腕組みをした。
「先生方の違法魔法場サーバー事件では、関与せずに放置して、森の妖精たちに『処理』させておけば良かったと、今でも思ってはいるのだが……先生不足で学校が休校になることと比較して考えると、難しいところだな」
エルフとノーム先生〔分身〕も、サムカの考えにうなずいている。
乗り気でない作戦は、どうしても詰めが甘くなるものだ。(作戦の結果がこうなったのも仕方がないか……)と内心で思うサムカである。山吹色の視線を、そのまま生徒たちから先生たち〔分身〕へ向けた。
「そのバワンメラ先生の違法施設で暴れていたドラゴンゾンビもどきだが……ハグとも話し合った結果、かなり高度な魔法使いが『関与しているとみるべき』という結論になった。恐らくは『メイガス』か、それに準じる存在だろう」
そういえば、今回の〔召喚〕では『例のツバメ』を見かけなかった。
「この獣人世界を、『魔法の実験場』や『保管倉庫』として使おうとしている者がいる……という事だろうな。今回の騒動でそれが発覚したから、当面は大人しくなるだろう。しかし、警戒しておくに越したことはない」
ノーム先生の〔分身〕がすぐに同意した。銀色の口ヒゲを片手でつまみながらうなずく。
「でしょうな。マライタ先生と協力して、対策を考えることにしますよ」
エルフ先生はまだピンとこない様子だ。両耳が不規則に上下運動をしている。
「メイガスですか……伝説の魔法使いですよね。ハグさんに対しても、今のエルフ警察は静観の立場ですし……伝説のメイガスともなると、警察上層部からの指示は期待できないでしょうね」
エルフ先生〔分身〕の映像が一瞬『砂嵐状態』になった。やはり、この〔分身〕魔法は出来が悪いようだ。
「もう1つの気がかりとしてはドラゴンがあるのですが、これについてはどう思いますか? サムカ先生」
サムカが首をかしげて腕組みをより深くする。
「ハグによると、すぐに因果律崩壊を引き起こして、この世界から弾き出されるから心配無用だということだ。実際に私が昔、死者の世界で戦った際にもすぐに消えてしまったのだが……イモータル連中の魔法は、私もほとんど知らないのだよ」
少し考えてから、考えを述べる。
「この世界に居残るような方法が何かあるのかもしれない。連中も馬鹿ではないからね。むしろ我々よりも優秀だ。その点については、マライタ先生にも分身をこの教室へ送るように頼んであるから、分身が来てから改めて考えてみよう」
エルフ先生の〔分身〕も少々悔しそうな表情になったが、サムカの提案に同意する。
「……そうですね。あのドラゴンゾンビもどきに対してすら、精霊魔法が全く効かなかったのは事実ですし。魔法以外の対処方法も考慮する必要がありますね」




