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50話

【マルマー先生、死す】

 その時、森の奥から三日月型の光線が数発発射されて、違法施設に命中した。爆発が起きて違法施設の外壁が大きく崩壊し、ラヤンが伏せている場所まで熱風が吹き抜けていく。頭のウロコも爆発の閃光を受けて、メタリックな赤橙色に輝いた。

「え? この〔封印〕法術も効かない敵がいるの?」


 驚いているラヤンに、エルフ先生の背中でニヤニヤしているパリーが解説してくれた。ウェーブがかった赤髪の先が得意気に跳ねる。

「あたりまえ~。森の妖精なめるな~。そんな足止め~すぐに壊すぞ~」

 エルフ先生もパリーを非難しようとしたが、そんな時間はないと判断したようだ。すぐに真面目な表情で、ラヤンに告げた。

「森の妖精は、パリーと同等の魔力の持ち主ですよ。法術と生命の精霊魔法とが撃ち合ったら、魔力が弱い法術の方が消えてしまいます。あ。表示が詳細になった」

 黒板の分割ディスプレー画面の、違法施設内部の情報表示が一新された。映像は表示されないままだが、内部構造のかなりの部分が詳細に分かるようになってきた。妖精の攻撃で、違法違法施設の外壁が崩壊したおかげだろう。


 エルフ先生の片耳がピコピコ動く。それでも微妙な表情のままだ。

「……う~ん。残念だけど、これでもまだ、誤差は10センチね。修正しても5センチいかないかなあ。仕方がない。腕や足はあきらめて、胴体にするか。ラヤンさん。ちょっと『荷物』が大きくなるけれど、我慢してね」

 ラヤンが現地で地面に伏せながら、顔の赤橙色のウロコを膨らませた。

「胴体は大きいわね。首でもいいけど、抱きかかえて〔テレポート〕することになるのか……私の趣味じゃないわね。あれ? カカクトゥア先生。違法施設内部の様子が何か変です」


 エルフ先生が黒板の分割ディスプレー画面の数値情報を注視するが、特に何も変化はない。

「こちらでは、何も観測されていないけれど。何が見える?」

 エルフ先生の問いかけに、ラヤンが紺色の目を細くして、破壊された外壁部を見る。


 そこには、数名の特殊部隊員とマルマー先生がいた。敵に侵入されないように〔防御障壁〕を張っている。

 ……が、その〔防御障壁〕があっけなく消滅した。特殊部隊員の声だろうか、断末魔の呻き声も聞こえてくる。


 壊れた外壁の外に転んで出てきた特殊部隊員の1人の姿を見て、ラヤンの頭と尻尾のウロコが逆立った。

「カカクトゥア先生……特殊部隊員の1人の全身から、クモが湧き出しています」

 教室側には相変わらず情報が上がってきていないが、エルフ先生が冷や汗をかいた。急いでラヤンに命令する。

「それは〔妖精化〕です。森の妖精の中にクモに擬態した者がいるはずです。その者に〔同化吸収〕されたのでしょう。妖精が攻め込んで来た以上、作戦は失敗です。ラヤンさん、大至急撤退しなさい」


 ラヤンが伏せている場所の上を、巨大なクモが通り過ぎていった。脚を除外しても4トントラックほどの大きさがある。

 同時にラヤンの左手の指先が痺れて、感覚がなくなった。その自分の手を手袋越しに一瞬見たラヤンが、尻尾を一回だけ≪バン≫と地面に叩きつける。

「カカクトゥア先生。残念ですが、たった今、私も〔妖精化〕し始めたかも知れません。これより独断で行動します。私の〔復活〕処理の準備をお願いしますね!」

 猛烈なダッシュで違法施設の崩壊部へ駆けていくラヤン。エルフ先生の顔が蒼白になった。慌ててラヤンに帰還命令を繰り返しするが、全て無視されてしまった。


 ノーム先生もかなり緊張した表情になる。

「カカクトゥア先生。ラヤンさんの〔復活〕術式を流し始めるよ。専用の魔法陣も起動した。マルマー先生と彼女を狙撃して殺しても大丈夫だ」

 エルフ先生が即断する。

「分かりました。ラヤンさんも〔ロックオン〕します。〔妖精化〕が完了する前に殺さないといけないわね」

 サムカの声がエルフ先生のライフル杖の先から届いた。

「ちょっと待て、クーナ先生。まだ15秒ほど余裕があるはずだ。ギリギリまで待て」


「はっ」とするエルフ先生である。同時にラヤンが違法施設内に到着して、青い点に接触した。マルマー先生を示す青い点だ。

 そのマルマー先生も〔妖精化〕が始まっていた。服も含めて一斉に全身から、拳大もある大きなクモが湧き出ている。


(マルマー先生!)

 ラヤンがタックルして、マルマー先生を床に倒す。同時にポケットの中から1個の〔結界ビン〕を取り出して、その封を開けた。ビン内から、学校で作成していたウィザード魔法の幻導術の〔念話〕魔法が吹き出てくる。それを先生に叩き込んだ。

 瞬時にマルマー先生から、最新の生体情報を読み取るラヤンである。先生自身が〔妖精化〕でパニック状態に陥っているので、情報の保護術式が全て機能停止していたおかげだ。


 すぐにマルマー先生のポケットの中にあった〔結界ビン〕を抜き取り、遅延発動式の〔テレポート〕魔術刻印をセットする。

 そして、もう1個の〔結界ビン〕を取り出して封を開けた。ウィザード魔法力場術の初歩魔法である、左手刀の〔鋭利化〕の魔法だ。それを使って、問答無用で左手を一閃させて、マルマー先生の首を斬り飛ばした。


 首断面の筋肉の収縮で、マルマー先生の首がロケットのように勢いよく宙に飛び上がった。首の切断面からは、棒のような鮮血を噴き出している。

 天井にぶち当たって落下してきたマルマー先生の生首を、ラヤンが両手でキャッチする。幸いなことに、首だけは妖精化する前に分離できたようだ。

 白目になって、口をガチガチと噛み合わせて痙攣しているマルマー先生の口の中に、先ほど先生のポケットから抜き取った〔結界ビン〕をねじ込む。


 遅延起動した〔テレポート〕魔術刻印が出現すると同時に、マルマー先生の首を投げ込む。次いで、自身の右手を肩先から手刀で斬り落とし、〔テレポート〕魔術刻印に蹴り飛ばした。

 半秒後、〔テレポート〕魔術刻印が自動消滅した。


 それを確認したラヤンが大きく深呼吸して振り向き、崩壊した外壁の外を向く。右肩からは棒のような鮮血が噴き出している。

 崩壊した外壁の向こうには、先の巨大クモ型の森の妖精が地響きを立ててこちらへ歩んでくる姿があった。精霊や『化け狐』群も次々に自由を取り戻して、こちらへ飛んで殺到してくる。


 ラヤンの左手の〔鋭利化〕が解除されて、感覚がなくなった。代わりに全身のあらゆる部位から、強烈な違和感が発生してくる。

 違法施設内部の特殊部隊員は、見る限り全員が痙攣して倒れており〔妖精化〕を始めていた。床は拳大のクモだらけになっている。クモは妖精のようで互いに連結して合体し、より大きなクモになっていく。


 ラヤンの全身からもクモが湧き出してきた。右肩からの大出血も止まり、代わりにクモが噴き出してくる。物凄い激痛が全身を駆け巡る中、不敵な笑みを口元に浮かべるラヤンだ。

 その口もすぐにクモ数匹に〔変換〕され、数秒後、全身を激しく痙攣させていたラヤンの体が全てクモ群体に〔変換〕されて、この世から消えた。




【作戦指令室】

「さすが、勇猛な竜族だな。学生にしておくのが、もったいないくらいだ。よし、届いたぞ」

 教室では、ノーム先生が口ヒゲを片手で整えながら、マルマー先生の首を受け取った所だった。すぐに生首の口から〔結界ビン〕を抜き取る。次いで〔テレポート〕してきたラヤンの右腕を、専用の〔復活〕用の魔法陣の上に置いた。


 エルフ先生も急いでやって来て、首と片手の状態を注意深く確認する。背中のパリーがガッカリした表情になり、エルフ先生の表情に落ち着きが戻っていく。

「……よかった。〔妖精化〕されていないわね。これなら「復活」できます」


 そして、ライフル杖の先に視線を向けた。かなり怒ったようなジト目だ。

「サムカ先生。とんでもない『提案』ありがとうございました。普通の先生……というか人間でしたら、まず行わない提案でしたよ。おかげで任務完遂できました。さすがアンデッドですね」

 サムカが苦笑気味な声で答えてきた。

「私は再び余計な事を言ってしまったようだな。本来ならクーナ先生の命令通りに、マルマー先生はあきらめて、ラヤンさんだけを回収、〔復活〕させるべきだった。なぜか数秒間だけ〔妖精化〕が遅延したおかげで、両者の回収ができた。さすがはティンギ先生の教え子だな。〔運〕の加護を受けているようだ」


 そんな会話をしているエルフ先生の隣で、〔結界ビン〕の栓を軍用グローブの上で転がしていたノーム先生が、呆れたような表情になった。

「〔結界ビン〕の中身は、法力場サーバーの暗号化ファイルだな。必死で複製を取って残そうとしていたのは、コレかね。命を懸けてまで守るような代物ではないだろうに。しかも、量子暗号化までしておる。つまり、解読〔キー〕は、マルマー先生が〔復活〕しなければ分からないってことか。ラヤンさんが来なければ、無意味な行動だったぞ、まったく……」


 エルフ先生の杖からハグの声が届いた。笑っているように聞こえる。

「やあ、ご苦労だったね諸君。〔妖精化〕って凄いのだな。世界を飛び越えて感染するとはな」

 嫌な予感がするエルフ先生である。杖の先を「コンコン」と床に叩きつけた。

「ハグさん。いったい、どういうことかしら。あんまり私の杖を無線機代わりに使って欲しくはないのですが」


 そんなエルフ先生の文句と嫌がらせには、断じて屈しないハグである。床に叩かれるたびに、「あうあう」言っているが。

「あの法術先生、2つほど『世界間通信』用の回線を開いておったようでな。その回線を使っていた、魔法世界の神官2名も〔妖精化〕してしまったのだよ。クモが大発生して、向こうでは大騒ぎになっておる」


 エルフ先生が思い切り呆れた顔になった。ため息をつく気力すら失せたようだ。

「この非常時に、呑気に『世界間通信』をしていたのですか……ええと、森の妖精ですから、そのうち消滅するか休眠しますよ。獣人世界の森に依存する妖精ですから、異世界の森には親和性が乏しいのです。魔力が切れるまでは暴れるでしょうけれどね」


 パリーもヘラヘラ笑っている。

「だよね~。私も~死者の世界の森じゃ~眠ってしまったし~。あ、でも~、現地人をいっぱい食べちゃうと~変質して眠くならなくなるかも~」

 エルフ先生がジト目のままで、杖の先に告げた。床コンコン叩きの嫌がらせは継続中だ。ハグの「あうあう」声も続いている。

「そういうことですね。テロ支援者がどうなろうと関知することではありませんが、せいぜいクモには近寄らないことですね」


「あうあう」声をBGMにしながら、ハグの嬉しそうな返事が届いた。「あうあう」声は、事前に録音したものを流していただけのようである。

「うはは。それは面白いことを聞いたわい。早速、神官坊主どもに知らせてやるか。ではまた、パパラパー」

 少し頭痛がするエルフ先生である。

「まったく、これだからアンデッドは……神官も神官ですよ」



 黒板の分割ディスプレー画面の、ラヤン担当部分を消去するエルフ先生。

 最後に残っているジャディ担当の部分は、いまだに砂嵐の状態のままだ。分割表示を止めて、ジャディからの情報のみを表示する仕様に変更する。


 そこへ、ムンキンを先頭にして、レブンとミンタ、少し遅れてペルが教室へ駆け戻ってきた。ラヤンの状況を聞いて、言葉を失う4人である。

 ムンキンが少ししてから、ようやく口を開いて尻尾で床を数回叩いた。

「大した先輩だよ。〔妖精化〕って、聞いた話じゃ、かなり痛いそうだろ。法力場サーバーも、これならすぐに元に復旧するだろうし、ケガの〔治療〕には心強い話だ」


 ミンタもさすがに一目置いた表情になっている。

「〔治療〕なら、生命の精霊魔法にもソーサラー魔術にも、ウィザード魔法の招造術にもあるから、そんなに死守する必要はないんだけどね。魔法なしでもドワーフの科学力で治療できるし。でも、心意気は認めるしかないかな」


 隣の生命の精霊魔法の魔法陣の上で〔復活〕処理を受けている3人の先生とラヤンを、ペルがおっかなびっくりな表情で見つめている。

「うう……予想以上に気持ち悪いな。プレシデ先生だけは、服もほとんど〔修復〕できてるから、まだ良いけど……」

 確かに、内臓や筋肉組織、骨格に血管の束が、むき出しの状態で再生し〔復活〕をしている様は、確かに万人向けの光景ではない。


 さすがに悪臭などは発していないが、口元を両手で押さえてうつむくペルにとっては、充分すぎるほどの衝撃場面だろう。尻尾も完全に動きが止まり、両耳も黒い縞模様のある頭のフワフワ毛皮の中に潜っている。

「私の魔力がもっと強かったら、ラヤン先輩もミンタちゃんと共同で仕事ができただろうし、こんなことにはならなかったのかな」


 落ち込み始めたペルの背中に、ミンタが抱きついた。ちょっと怒っているようにも見える。

「あのね、ペルちゃん。今回の敵は、パリーみたいな超強力な妖精と、『化け狐』の群れなのよ。私の魔力じゃ、防ぐ事なんか無理だって。実際、戦闘のプロたちの部隊がいたけど全滅してるし。シャドウが使えない私がラヤン先輩といても、変わらなかったわよ。多分、私もラヤン先輩みたいに、破片になって戻ってきたかも」

「うん……それでも、ね……」


 意気消沈が続くペルをミンタが励ましている横で、レブンがようやく口を開いた。セマン顔なのだが、口元が魚になっている。

「ともあれ、作戦は成功だよ。これで先生たちもクビにならずに済む可能性が高まった。後は、魔法世界とタカパ帝国の政治的な交渉になるから、僕たちではどうしようもないよ」

 エルフ先生とノーム先生とが顔を見合わせて、肩をすくめた。その通りらしい。


 ペルがフワフワの黒毛交じりの尻尾を胸に抱きながら、もう1つ質問をエルフ先生とノーム先生に投げかけた。

「それと、あの……この〔復活〕魔法ですけど、これって復活前と復活後とで、同じ本人という保証はあるのでしょうか?」


 ミンタがペルに抱きつきながらドヤ顔になった。

「だから、本人の生体組織を使うのよ。体の方の本人認証は、これで間違いなくできるわよ。意識の方は、最新の生体情報で対応するしかないけどね。だから、古い生体情報を使うと、その時間差だけ記憶の欠損なんかが起きちゃうわけ」


 ムンキンもドヤ顔になって補足説明してきた。

「本人の組織が回収できなかった場合でも、学校に本人の血液が保存されているからな。そいつを元にして、本人の体の〔復活〕ができる。まあでも、血液なんかよりも腕1本の方が、生体情報の量も質も段違いに高いから、保存サンプルを使うのは非常手段だけどな。皮膚に付いている常在型の細菌叢さいきんそうも必要になるし」


 ノーム先生が〔復活〕の魔法を続けながら、答えてくれた。こちらはドヤ顔をする余裕はなさそうだ。

「ペルさんの疑問は正しいよ。最新版の生体情報を使っても、厳密には時間差があるから、死んだ時の本人では『ない』。生活に支障が出ない範囲内での本人だね。皮膚や口内や腸内の、個人固有の共生細菌の割合とかも、正確には再現できない。もっと言えば、遺伝子を収めたゲノムだって、飾りが時々刻々と変化している。そういう意味でも厳密には本人とは言えないな。だから、安易な〔復活〕は、お勧めできないんだよ」


 エルフ先生も静かに同意した。

「そうですね。生命や精神の精霊場にも、多少の変化が生じますし。限りなく本人に近づく事はできますが、死ぬ前の本人ではありません。ですので、死なないに越した事はありませんよ。心肺停止状態であれば〔蘇生〕の魔法で正確に元通りに戻ります。脳死を含めた、体の一部分を用いての〔復活〕の魔法は、相当な危険性があるという事ですね。よく覚えておきなさい」


 神妙な雰囲気になる生徒たちだ。ノーム先生が、銀色の口ヒゲをいじりながら口調を砕けたものに変えた。

「そういう我々だって、日々、体の細胞を古い物から新しい物へ入れ替えている。記憶や意識も絶えず変化しているしな。本人が本人だと信じる限りは、本人だよ」


 哲学的な話になってきたので、ペルが話を変えた。

「すいません、もう1つだけ。例えば、サーバーに保存している生体情報を、複数の体に導入する事も出来ますよね。私の体を細切れにすれば、いくらでも私を作り出せるような気がするんですが。そうしなくても、私の幹細胞を使って培養した組織に、生体情報を導入すれば、それこそ無限に増やせませんか?」


 ムンキンとレブンがキラリと瞳を輝かせた。こういう話が好きなようだ。すぐにミンタがペルの肩を「ポンポン」叩く。

「原理上はそうね。でも、それをやっちゃうと、魔法を使えない一般の獣人から迫害されるわよ。私たちだけ、こうして〔蘇生〕や〔復活〕できるだけでも、すっごく不公平なんだし」


「なるほど……」と素直にうなずくペル。エルフ先生も空色の瞳を細めて微笑んだ。

「〔蘇生〕や〔復活〕魔法が常識的に使われている、私たちのエルフ世界やノーム世界でも、倫理上の問題になっていますね。結局、法律によって、むやみな〔蘇生〕や〔復活〕は禁止されています。国王陛下と言えども、面倒な手続きを経ないと認められないのですよ」

 ノーム先生が銀色の垂れ眉を上下する。

「魔法世界では、いくつか抜け道を設けてしまったがね。おかげで連中の寿命は、今や数万歳まで延びている有様だ。さすがにそれ以上の延命は、他の世界からの非難を浴びるので『行わない方針』のようだが」


 ここで、マルマー先生とラヤンの全身が復元された。

 その報告が表示されて、安堵する一同。ノーム先生がここでようやくドヤ顔になってくる。

「さて。「復活」の目途が立ったな。法術と違って、かなり時間がかかったが……もう心配は無用だろう」


 ほっと安堵したレブンが表情を大真面目にして、エルフ先生とノーム先生を見つめた。

「では次に、僕たち全員の精神〔治療〕をお願いします。今は興奮しているので平気ですが多分、相当に精神的な傷を受けていると思いますので」


 エルフ先生がすぐに同意した。落ち込んでいるペルを見て、ライフル杖にあらかじめ準備しておいた精神〔治療〕用の魔法の術式を起動させる。精霊語が文章で記述されている魔法陣が4つ発生した。

「脳神経で保存されている記憶の選択〔改変〕と、ストレスで破壊されたり機能が低下しつつある神経組織の〔修復〕、内臓組織でのストレス〔診断〕と〔修復〕、さらに、遺伝子の装飾部分の〔診断〕と〔改変〕も行います。精神波動の〔診断〕と〔波長調整〕もしますね」

「コホン」と小さく咳払いをする。

「では、皆さん。これから私が危険性の説明をします。その後、それぞれの専用魔法陣の中に入るかどうか、各自で決めて下さい」


 目を丸くして驚いている4人の生徒たちである。

 特に、ミンタの驚きは半端なかった。ペルから飛び離れてエルフ先生に飛びつく。金色の毛が交じる尻尾がブンブンと振られて犬のようだ。両耳と鼻先に口元のヒゲ群も、エルフ先生の空色の瞳を正確に向いている。

「カ、カカクトゥア先生! これって、エルフ世界の波動医療ですか? 私、見るの初めてですっ」


 目がキラキラ輝いているミンタに、エルフ先生が微笑んでうなずいた。

「そうですよ。私が教えるような機動警察用の〔応急措置〕魔法よりも、本国医局の正規の精霊魔法を使用することになりました。エルフ世界の医局スタッフと今、世界間で双方向通信されています。かなり高度な生命の精霊魔法を使用しますが、あなたたちが〔解析〕して習得することも許可されていますよ」

 エルフ先生が軽く肩をすくめる。

「ただ、私も理解できない高難度の魔法術式ばかりですので、習得することは多分無理だとは思いますが。ミンタさんなら、ある程度の術式は習得できるかもしれませんね。その反面、法術の術式との衝突〔干渉〕には充分注意して下さい」


 ミンタの両目が好奇心と興奮で更にキラキラと輝き始めた。ムンキンも同様である。しかし、ペルだけは懐疑的な視線をエルフ先生に向けた。

「その……以前にテシュブ先生の歯科治療をしたように、今回は私たち獣人族の生体情報を収集するということですよね。そのこと自体は構いませんが、なぜここまでの優遇を受けるのでしょうか」


 レブンもペルの反応を見て冷静になった。完璧なセマン顔に戻る。

「そうですよね。僕たちの魔法適性情報や、これまでの事件での行動記録や、使用魔法の〔ログ〕情報とかは、既にエルフ世界へも充分な量と質で流れていると思いますが」


 ペルとレブンの疑問に、ミンタとムンキンが少々「むっ」としながらも同意し、エルフ先生の空色の瞳を見上げた。エルフ先生が、微笑みつつも真剣な表情になって答える。

「確かに、あなたたち生徒のあらゆる情報や記録は、常時エルフ世界へ『送信』されています。これはタカパ帝国との条約で決められた内容ですし、将来エルフ世界で仕事をする際のガイドライン作成資料になりますからね」


 チラリと魔法陣の中で〔復活〕処理を受けている3人の先生たちを見る。

「……こっそりやっている連中もいるようですけど」

 再び視線を生徒たちに戻した。

「エルフ世界にも森の妖精や精霊がいます。彼らの中には、危険性があるものも多いのですよ。それによる事故を回避したり、〔妖精化〕や〔精霊化〕する前に〔治療〕するノウハウが必要だと、医局から提案されたようなのです。私は一介の警官なので、そこまでの情報しか得られませんでしたが」

 エルフといえども、全ての妖精や精霊と仲が良い訳ではなさそうだ。


 〔治療〕を続けているノーム先生も含めて、生徒たちがエルフ先生に注目する。少々きまりが悪そうに、口元を曖昧に緩ませるエルフ先生。

「パリーのような森の妖精や、精霊の暴走を抑える魔法などが研究されていますよ。いくつかは実用段階まで来ているそうです。あなたたちの精霊や妖精に対する反応や関連情報を、そういった研究に使うのかも知れないわね。試作魔法が提供されるという話も聞きますし」


 そして、片耳だけをピコピコと上下運動させた。

「説明は以上です。納得できなければ、この魔法陣の中に入らなくても構いませんよ。その際は、私が機動警察用の〔応急措置〕魔法をかけてあげます」

 ノーム先生が視線を逸らした。あまり推奨される方法ではないのだろう。

「ああ、それともう2点。いったん医局作成の魔法陣に入ったら、精神が〔沈静化〕されます。脳神経への負荷を減らす目的ですが、半分眠ったような状態になります。〔治療〕中は、魔法陣の外へ出ることも同じ理由でできません。その間は、私が責任をもって警護します」

 片耳ピコピコが止まり、真剣な表情になるエルフ先生である。

「では、それぞれの判断で決めて下さい」



 結局、4人全員が専用魔法陣の中に入った。立ったままなのだが、特に問題はなさそうだ。エルフ先生が手早くライフル杖を使って、各自の魔法陣の最終調整を行う。


 ノーム先生がプレシデ先生にかけていた魔法陣を解除した。完全に服装も含めて〔復元〕されている。そのままナメクジ型の大地の精霊に乗せて、教室から教員宿舎へ運ばせた。

「さてと、まずは1人めを完了……っと。パリー氏からの魔力供給がないと厳しいかと思ったけど、何とかなりそうだ。生命の精霊魔法だから、〔復活〕後の日和見感染症は起きないとは思うけど一応、免疫システムの一時〔活性化〕をしておいた。あまり強めると、アレルギーなどの自己免疫疾患につながるから、すぐに正常に戻すつもりだけどね。カカクトゥア先生の方はどうだね?」


 エルフ先生も4人の魔法陣の術式の微調整を終えたようだ。

「はい。これで大丈夫でしょう。では、術式を起動して、医局との『治療回線』を開きます。半覚せい状態になりますから、怒ったり叫んだりしたい人は今のうちに済ませておきなさい」

 レブンが明るい深緑色の瞳を好奇心でキラキラさせながら、ペルにつぶやいた。

「ジャディ君が居なくてラッキーだったかもね」


 2分ほどかけて、精神状態が強制的に〔鎮静化〕されていき、生徒たちが眠ったような状態になった。〔世界間通信〕魔法が本格起動して、エルフ世界の医局とつながる。

「では、医局の皆さま、生徒たちをよろしくお願いします」

 エルフ先生が担当する医局のスタッフと画面越しに挨拶をする。その中に医局長ディ‐ナファス‐プンバントゥ‐モスの姿もあった。代表して、彼が微笑みながら答えた。

「お任せ下さい。カカクトゥア先生」

 そのまま画面が切り替わって、施術情報の表示窓だらけになる。もう〔治療〕が始まったようで、エルフ先生が一息ついた。


「ふう……これで何とかなりそうかな」

 そして、黒板のディスプレー画面を見上げた。ただ1つだけ残った画面は、今も砂嵐状態が続いている。

「ジャディ君、ティンギ先生。どうですか? バワンメラ先生の居場所が分かりそうですか? オプション作戦ですので、そろそろ撤収しようかと思うのですが」




【ソーサラー魔術の違法違法施設】

 ジャディの声が一番に飛び込んできた。

「だなあ。なーんも発見できねえぞ。オレ様も飽きてきた」

 かなり退屈しているような口調だ。同時に、砂嵐状態の画面が一転して鮮明な映像に変わった。


 ジャディの背中には、ティンギ先生が『あぐら』をかいて座っている。その様子がクッキリと映し出されていた。ソーサラー魔術の〔オプション玉〕を使っているのだろう。撮影送信の魔法術式を乗せたオプションの光の球を、ジャディの周囲に飛ばしている。その1つからの映像である。


 ジャディに続いて、ティンギ先生の間延びした声が届いた。彼もかなり退屈している様子だ。

「森、広いなあ。私の〔占い〕では、とても絞り込めないよ。何か良い打開策ないかな?」


 確かに眼下の森は、大地を覆い尽くしている。ジャディが飛行している高度は500メートルの辺りなのだが、360度見渡す限り、緑の魔境が地平線まで延々と続いている。

 まあ、エルフ先生にとっては見慣れた光景なので、特に感想は述べないようだ。


 代わりにノーム先生が提案してきた。ちょっと余裕が出てきたらしい。

 2人めのナジス先生の〔復活〕も、ほぼ完了している。後は服の〔修復〕だけだ。杏子色の白い顔の肌荒れもきれいに治っているし、焦げ土色の髪もツヤツヤで、枝毛も切れ毛もない。こういう場合、実は『美男子』だったという話もありそうだが……残念ながら彼には適用されなかったようだ。

「多分、広域の〔ステルス結界〕を張っているよ。森の妖精や精霊と『化け狐』たちに、違法施設の場所を特定されないためにね。その場合、広域だから『かなり広い範囲が不自然に反応なし』という事になる。そんな場所があるかどうか、探してみたらどうかな」


(なるほど……)と思うエルフ先生。ティンギ先生も大きくうなずいた。

「なるほどな。さすがノームだな。では、早速〔探知〕してみるか」

 使い古して所々黒くなっている安物の杖を、ティンギ先生が頭上に掲げた。

「……ないなあ。どこも何らかの精霊が徘徊している。いったいどこに隠れているんだ? バワンメラ先生は」

 首をかしげるティンギ先生である。


 エルフ先生とノーム先生も、送られてきた探知データを見て首をかしげた。

 精神治療の専用魔法陣の中に収まっているペルたち生徒も、眠ったような状態になって大人しくなった。これから本格的な〔検査〕と〔治療〕が始まるのだろう。


 そこへ、エルフ先生のライフル杖の先から、サムカの声が届いた。

「もしかすると、闇魔法の〔結界〕かもしれん。だがそうなると、バワンメラ先生の魔術ではないな。考えたくはないが、別の貴族か魔族やバンパイアが絡んでいる可能性がある」


 思わずジト目になるエルフ先生とノーム先生である。ティンギ先生もさすがにため息をついた。エルフ先生がライフル杖の先を睨みつける。

「不吉なことを言わないで下さい、サムカ先生。これ以上、厄介ごとが増えるのは勘弁してほしいのですが」

 エルフ先生がジト目のままで、整った眉をひそめて思考を進める。

「……でも、確かに、ソーサラー魔術以外の魔法による『広域ステルス』という事も考慮する必要がありますね。ハグさん、どうかしら? 何かそれらしい魔法場ってありそう?」


 ハグ人形が「ポテ」と、ジャディの羽毛で覆われた頭の上に落ちてきた。どこから落ちてくるのか、いつも不明だが、落ちてきた。

「ステルス魔法だからなあ。発散する魔法場そのものが弱い。動いていれば、航跡が残るんだが……どこか候補となる場所があれば、調べることは容易だぞ。しかし、この広大な森全てを一律に調べるとなると、ワシの魔力もそれなりに使う。そうなると、空中といえども『化け狐』どもから攻撃される恐れがあるな」


 肩を落とす3人の先生である。確かにそうだ。その時、サムカの声が入った。

「このティンギ先生が調べた情報だが、精霊群の移動量の経時変化の地域差を見ると、どうやら1ヶ所だけ不自然な動きをしている場所がある。広さは10平方キロほどだが、その区域の精霊の動きが、単純な等速運動とランダム停止の組み合わせだ」

 そう言って、マップ上のその場所を指摘した。


 1分後。「なるほど」と同意する3人の先生。サムカが意見を続ける。

「恐らくだが、この精霊群は偽物だな。精霊を模した何かだろう。ハグ、この場所を〔探知〕してもらえるかね」

「ほいきた」

 ハグ人形がジャディの頭の上で、一本釣りをするような動きを始めた。すぐに見破ったようだ。

「うむ。ダミーだな。ここだろう。だが、かなり特殊な魔法場だな。ああ、君たちには馴染みがあるか」

 嫌な予感がしまくる3人の先生である。ハグが一本釣りのキメポーズ(?)をとった。

「幼体バジリスクだよ」


「はあ!?」

 思わず激高しているエルフ先生である。腰までの金髪が半分以上逆立って、青白い静電気の火花を散らし始めた。その背中に平気で抱きついているパリーは、嬉しそうに「ケラケラ」笑っている。

「どうして異世界の怪物が、『また』出現しているのですか! あれ以降は、大きな空間の亀裂も起きていないし、馬鹿な〔召喚〕使いもいなかったのに」


 ノーム先生がボサボサ状態になった口ヒゲを、片手で整えている。

「まさかとは思うが……あの時の幼体バジリスクの組織片を採集して、培養して〔復活〕させたのではないかな。クローンのようなものだが」

 先生たちが思い返すと、確かに学校から森の中への一斉避難の際に、ソーサラー先生が忙しそうに何やらやっていた記憶がある。


 同時に、ジャディから通信が入ってきた。

「到着したぜ。だがよ。〔結界〕が強固で突破できねえ。何か方法ねえのか先生よお」


 エルフ先生とノーム先生とが顔を見合わせた。

「……では、この術式を使ってみて下さい」

 ノーム先生がジャディに送信する。と、ジャディたちが簡単に〔結界〕を突破して、内部へ侵入できた。ジト目になるノーム先生である。

「やはり、あの時の幼体バジリスクの組織培養クローンか。あの時は、〔結界〕外部から餌を呼び寄せるために、出入り自由の設定だったけど……今回はその逆で、〔結界〕外部からの侵入を全て遮断する設定になってるな。まったく……バワンメラ先生は何をやっているのだか」


 ジャディが侵入して開けた穴には、ティンギ先生がすぐに通信用の中継魔法の魔法陣型術式をはめ込んでいる。そのため、今は〔結界〕内部でも鮮明な映像と各種観測情報が明瞭に得られて、エルフ先生たちがいる教室まで届けられていた。


 その〔結界〕内部のモンスター情報が表示されてくるにつれて、大きくため息をつくエルフ先生とノーム先生である。

「おいおい……幼体バジリスクだけじゃないのかね」

「呆れ果てました。救出する必要性ってあるのでしょうか、この場合」


 〔結界〕面積は10平方キロほどで、深い森に覆われている。その中央に違法施設と思えるシグナルがある。

 しかし、テル・バワンメラ先生を示す青い点の表示が見当たらない。同じく黄色い点が1つもないところを見ると、特殊部隊のような支援者もいないようだ。


 ソーサラー魔術師はウィザード魔法使いと異なり、国家やその下部組織に属していることが比較的少ない。ソーサラー先生が所属するソーサラー魔術協会も民間団体である。

 警備会社とは契約しているので、それなりの警備員が協会に派遣されている。しかし、こんな僻地の違法施設まで警備に出向くような契約ではないのだろう。違法施設内に誰もいなくて当然だ。


 違法施設は相当に破壊されている印象だった。外部からの攻撃で破壊されたというよりは、内部からの爆発で壊れたように見える。瓦礫が全て違法施設の外側に散乱している。

 その破壊された場所から、違法施設内部で飼育保管されていた魔法生物などが逃げ出したのだろう。違法施設から同心円状にモンスターの分布が広がっている。



 やがて、ほぼ全てのモンスターの〔解析〕が完了した。それによると、幼体バジリスク1体、狼バンパイア1体、ほとんど骨格だけだが巨人ゾンビ1体、ゾンビワーム100匹。他に、何かのガス体が1つ。

 バジリスク幼体もソーサラー先生と同じく見当たらない。魔法場だけの〔検知〕だ。〔ステルス障壁〕でも被っているのだろう。


 エルフ先生が腰まで延びている金髪を帯電させながら毒づいた。軍用グローブをした両手を、腰ベルトに引っかける。

「これまでの騒動の犯人たちですね。こっそりと組織片を採取して培養していたのね。でも、アンデッドの組織まで培養してクローンを作るなんて、かなり高度じゃないかしら」


 サムカの声がエルフ先生のライフル杖の先から届いた。彼も呆れたような声色である。

「確かに、かなり高度な死霊術だな。私も知らないよ。バワンメラ先生の技量では無理だろう。誰か他の凄腕のソーサラー魔術使いがいるのだろうな。だが、モンスターたちが皆、脱走しているところを見ると……制御不能の状態のようだね」


 ハグが混線気味に、また割り込んできた。

「術式自体は、それほど高度ではないぞ。ゾンビワームの破片を依代にして、残留思念をそれぞれに再導入して、死霊術場を大量に供給しながら、その魔力を物質化すればいいだけだ。ゾンビ用の傷治療や再生の応用だな。暴走した原因は、術式文章の中に、色々と変な方言というか言い回しが入っているせいだろう」


 サムカもようやく理解できてきたようだ。

「そうか、なるほど。面白い考え方だな。今度私も実験してみるとするか。死霊術場が大量に必要になるのが欠点だが、先日のカルト派貴族による熊と大フクロウの大虐殺で、それを補ったのだろう。恐らくは、その際の術式記述エラーが、暴走のきっかけになったのかも知れないな」


 ソーサラー魔術使いはウィザード魔法使いと違って、外部の魔法場サーバーを使わずに、自分の保有する魔力を使うのが基本だ。処理しきれなかったのかも知れない。


 エルフ先生と背中のパリーとが、示し合わせたようにジト目になっている。かなり悪い方の事態だと直感したのだろう。それでもとりあえずは、サムカに文句を言う事にしたようだ。彼女のライフル杖の表面が放電を始めている。

「あの。私の杖を介して雑談するのは止めてくれませんか。ただでさえ杖の魔法処理能力が、ギリギリ上限なのに。私の杖まで負荷がかかりすぎて壊れたら、どうするんですか」

「クーナあ~。このアンデッドども~調子に乗り過ぎ~滅しちゃっていい~?」

 文句を中断して、慌ててパリーを諫めるエルフ先生である。背中に抱きついている小学生の駄々っ子を、あやしているようにしか見えないが。



 ジャディの背中に乗って飛行を続けているティンギ先生から、新たな通信が入った。相変わらず淡々とした口調で、観光を楽しんでいるような印象すらある口調だ。

「雑談中申し訳ないんだが、どうしようかね。私だけの魔力では、こいつら全てを退治する事は無理だよ。ハグさんも魔法は極力使わない方が良いだろうし。ジャディ君だけでは、少し荷が重いのではないかな」


 ジャディが即座に反論してきた。

「何言ってんだよ! こんな連中、オレだけで片付けてやるぞ。余計な口を挟みこむんじゃねえよ!」

「いいか、見てろよっ」とばかりに、ジャディが簡易杖を取り出して振り回し始めた。

 巨大な竜巻が何本も空中に発生し始める。それを黒板のディスプレー画面で〔察知〕したエルフ先生が、すぐに警告した。

「止めなさい、ジャディ君。その〔旋風〕魔法では、森への被害も甚大になります。森の妖精や精霊群が怒り狂っている状況では、その魔法攻撃は許可できません。反撃を受けて、あなたたちが〔妖精化〕や〔精霊化〕されてしまいますよ。〔ロスト〕された経験があるのでしょ、精神〔治療〕にも限度があるのですよ」


 〔ロスト〕と言われて、「ひっ」と全身の羽毛を逆立てたジャディが、慌てて竜巻を消去した。


 それを確認したエルフ先生が、ライフル杖の先を黒板のディスプレー画面に向ける。錠剤タイプの魔力カプセルの残量を確認して、背中のパリーに視線を向けた。

「〔結界〕内部の敵標的を全て「ロックオン」したけど、一撃で全て光にするには魔力不足ね。パリー。魔力支援してくれるかしら」

 パリーが背中に抱きついたままでニヘラと小気味よく笑った。ウェーブした赤い髪の毛先が楽しげに跳ねる。

「まかせなさ~い。このときを~待ってたのよ~」


 エルフ先生が視線を再びジャディに向けて命令する。

「私が光の精霊魔法を撃って、全て消し去ります。ジャディ君は、もっと正確な測位情報を送って下さい。それと、近くにバワンメラ先生がいるはずです。こちらからでは、敵標的の1つとしてしか認識できていないの」

 エルフ先生の目には、敵標的の印しか見えていない。他にはジャディの印だけだ。

「まずバワンメラ先生の位置を特定して下さい。そうしないと、私が誤射して彼を光に〔分解〕してしまいます。連れ帰って〔復活〕させることができません」


 かなり不満な様子のジャディだったが、ここは素直に命令に従った。凶悪な顔がさらに凶悪になっているが、そこは誰も気にしていないようだ。

「分かったよ、先生。オレの『ブラックウィング2号』を放って、ソーサラー先生を探してやる」

 そのまま〔結界ビン〕を羽毛の中から取り出して、ふたを開けた。周囲が一瞬暗くなり、黒いカラス型のシャドウが出現する。


「行け!」

 ジャディが鋭い声で命令を下すと、ほとんど戦闘機並みの速度でシャドウが飛び去って行った。実体がないので衝撃波も爆音も出ないが、楽にマッハ4以上は出ている。


 ジャディはソーサラー先生が守っていた違法施設の上空に到着していた。すっかり破壊されて瓦礫の山になっているのが、黒板ディスプレー画面を通じてエルフ先生やノーム先生にもよく分かる。違法施設内部は、もぬけの殻になっているようだ。生命反応が全くない。アンデッドの反応もない。


 エルフ先生が更に呆れた表情になってつぶやく。

「檻くらい、まともに作れないのかしらね」

 そして、ジャディに命令した。

「ジャディ君、違法施設直上から精密測位をして下さい。今の状況では、敵を〔ロックオン〕しても誤差が1メートルほどあるの。これを少なくとも数センチまで縮める必要があるわ。ジャディ君の足元に、私の攻撃魔法を〔テレポート〕させます。念のために、あなたの足元に光の精霊魔法用の〔防御障壁〕を展開しておきなさい」

「了解だぜ、先生」


 ジャディが翼を大きくしならせて、崩壊して瓦礫の山と化した違法施設の真上から、L字型に急上昇していく。

 翼を反転させ、ふり返って森を見下ろした瞬間。背中に乗っているティンギ先生が、「ポンポン」とジャディの背中を叩いた。

「〔石化〕光線が来るぞ。たった今、バジリスクに〔ロックオン〕された」


「へっ!」

 ジャディが凶悪な形相のままで鼻で笑い、闇の〔防御障壁〕を展開しながら、真横へ10メートルほど瞬間〔テレポート〕した。 

 同時に、森の中から直径2メートルほどの青い光の束が放たれて、つい先ほどまでジャディがいた空間を貫いた。そのまま上空の〔結界〕の内面も貫いて、天空へ走り抜けていく。


 ジャディが不敵に笑いながら、青い光線が放たれた発射元の座標を〔特定〕する。瓦礫と化した違法施設から30メートルほど離れた、森の中からの攻撃だった。不意にその場所の森の木々が不自然に動いて、樹冠の葉が大きく揺れる。何かの怪獣のようだ。

「ばかめ。今さら場所移動しても遅いぜ。この出来損ないの石ヘビ野郎め」


 そして、ジャディの足元の空間に発生している魔法陣に視線を移した。

「何してるんだよ、エルフの先生よ。さっさと石ヘビを光にしてしまえ」


 しかし、エルフ先生からの返事は芳しくないものだった。

「予想したよりも、バジリスク幼体の魔力量が大きいのよ。想定の1000倍以上ある。育ちすぎていて、成体へ脱皮する寸前みたいね。パリーの魔力全てを、こいつ1匹に向けないと仕留められそうもないわ」

 ジャディとティンギ先生には、それほどの強敵だとは思えなかったが、とりあえず首をかしげるだけで反論などはしなかった。

 エルフ先生が続けて指示を出す。

「作戦を変更します。私の攻撃を眼下のバジリスク幼体だけに限定します。他のモンスターたちへの一斉攻撃はしません。〔結界〕を張っているのがバジリスク幼体なので、こいつを倒せば自動的に消失するでしょう。そうなれば、〔結界〕の外にいる森の妖精や精霊、『化け狐』群が発見して襲い掛かってきますから、モンスター退治は彼らに任せます」


 ティンギ先生がジャディの背中の上で腕組みをしながら同意した。

「戦闘は専門家に任せた方が良いでしょうね。賛成です、カカクトゥア先生」

 ハグ人形も、ティンギ先生の頭の上であぐらを組んで座りながら同じポーズをしている。

「うむ。ワシも今、バジリスク幼体の魔力量を確認した。確かに、こいつは化け物だな。イモータル化したら、お手上げだ」


 ジャディへも測定結果の情報を送って〔共有〕したので、ジャディの全身の羽毛が逆立って丸々としている。相当に驚愕しているのは明らかなのだが、そこは矜持が許さないのだろう、特に何も言わず反応もない。



 エルフ先生による精密測位作業が終わったようだ。〔ロックオン〕情報が、ジャディとティンギ先生にも自動的に伝えられた。

「かなりの大出力の光の精霊魔法を使います。術式を提供しますので、ティンギ先生。光の〔防御障壁〕を先行して展開して下さい。ジャディ君とハグさんは闇系統の魔法を使用中ですから、この術式を使えません」


 エルフ先生がティンギ先生に手早く術式を渡して指示する。

 と、次の瞬間。ティンギ先生がニヤリと微笑んだ。同時にジャディが展開している闇の〔防御障壁〕を包み込むように、一回り大きな光の〔防御障壁〕が発生する。

「〔予知〕してるよ、そのくらい。こちらは大丈夫だ。遠慮なく撃ってくれ」

 ティンギ先生が言い終わるかどうかの間に、ジャディの足元の魔法陣がまばゆい光を放った。


「げ」

 ジャディの視界が白い光で真っ白に覆われて、何も見えなくなった。稲光のようなものが空間のあちこちを走り抜け、空間もあちこちで閃光を放って爆発する。ティンギ先生の頭の上で寝そべっているハグ人形が文句を言う。

「おいおい。遠慮なく撃ち過ぎだぞ、エルフの先生。空間が所々裂けてしまったではないか」


 ジャディは視界が失われたせいもあって、少々パニックになっている。その彼の羽毛が盛大に逆立っている頭を、ティンギ先生が「ポンポン」と叩いて、彼を落ち着かせながら同意した。

「ですな。因果律崩壊の一歩手前ですよ、これ」

 そのまま上空を見上げる。

「ですが……バジリスク幼体は、無事に光に〔分解〕できたようですな。良い青空だ」


 〔結界〕が消失して、きれいな初冬の青空が広がっていた。



 1呼吸ほど後で、眼下の景色も見えるようになってきた。

 直径50メートル、深さ数キロほどの大穴が大地に口を開けていた。崩壊した違法施設も巻き込まれていて、そのほとんどが光に〔分解〕されて消失している。

 大穴の周辺の森の木々も、強烈な光の精霊魔法を浴びたせいで細胞が破壊されて塵と化し、その40メートルもの巨体が崩れ始めていた。


 エルフ先生がディスプレー画面越しに森の惨状を確認して、両耳を斜め下45度の角度まで下げた。

「うう……かなりの被害が出ちゃったわね。バジリスク幼体の生命の精霊場の消失を確認。私も、これでエネルギー切れだわ」

 彼女の愛用のライフル杖の底部から、大量の魔力カプセルが排出され、教室の床に落ちて散乱した。数は60個に達する。背中に抱きついているパリーは何ともないようだ。息も全く乱れずヘラヘラ笑いをしたままである。

「ひゃっはあ~。気持ちいいわ~。ねーねー、次の攻撃はしないの~? やろうよ早くう~」


 エルフ先生がジト目になって、背中ではしゃぐパリーをたしなめる。

「残念だけど、これでおしまい。私の杖がもう限界なのよ。私自身も魔力の使い過ぎで限界。もう、緊急用の魔法しか使えないわ」

「え~、やだやだ~ぶ~ぶ~」とかなんとか頬を膨らませて不平を訴えるパリー。


 そのパリーの赤毛のフワフワなウェーブ髪を、杖を持たない左手でクシャクシャしながら、エルフ先生がジャディとティンギ先生に指令を下す。

「そういうことです。私も、もう攻撃魔法を撃てません。モンスター退治は森の妖精たちに任せて、バワンメラ先生を殺してきてください。腕1本あれば、こちらで〔復活〕できます。森の妖精たちに見つかる前に、お願いしますね。不幸にも見つかってしまっていたら、見捨ててください。犯罪者を救出する義務はないので」


 ジャディの元気な声が届いてきた。早くもパニックから復活したようだ。

「ああ、了解だぜ。ティンギ先生よお、どうだよ。見つかったのかよ。オレのシャドウでは、まだ発見できてねえんだが」

 ティンギ先生がパイプに火をつけて紫煙を吐き出した。

「見つけたよ。さて、ぶっ殺しに行くか」




【亜熱帯の森の上空】

 ソーサラー先生は、違法施設から2キロほど離れた森の上空に、〔ステルス障壁〕を展開して〔浮遊〕していた。彼もようやく視力が回復してきたようだ。両目を両手でこすりながら、涙を拭いている。

「んが……何てえ光だよ。あの糞エルフの仕業か。少しは手加減しろってんだ」


 すぐそばを、ジャディが放ったカラス型のシャドウが飛び去っていく。〔察知〕できていないようだ。それを見送りながら、ソーサラー先生が悪態をもう1つ。彼も今は、シャドウが〔視認〕できるようになったようだ。

「あのシャドウは、アンデッド教室の鳥野郎だな。見つかるかよ、バーカめ」


 ソーサラー先生の周囲の空間には、小さな〔空中ディスプレー〕画面や、手の平サイズの人形、紙でできた人型などが合計50余りほど〔浮遊〕していた。ソーサラー先生に同行しているソーサラーたちだろう。魔法世界からの〔世界間通信〕をしている。

 それら人型や人形たちが、グチをこぼしていた。

「我らの違法施設から逃げ出した、実験動物どもの処分をするつもりなのか。邪魔をしたいが、すでに糞エルフ経由で、ここの現場の映像や情報が流出しておるだろう。さっさと撤退して、知らぬ存ぜぬを通さねばならんぞ」

「あの脱皮間近だったバジリスク幼体を分解されては、この違法施設に用はないな。実験情報は得られたし、後始末は奴らに任せればよいだろう」

「いやいや、しばし待て。もう1つ、あのドラゴンの『例のガス』が残っておる。もう少し、観察を続けたいのだが」


 眼下の森の中と上空に、50匹以上の『化け狐』群が唸り声を発しながら侵入してきた。水や風の精霊群も多数侵入してくる。その背後には数体の森の妖精の姿も確認できた。もうモンスター群を発見してしまったようだ。


 たちまち、ソーサラー先生たちが違法施設で育てていたモンスター群との戦いが、眼下の森の中で始まった。


 善戦しているのは、巨人の骨格クローンと、狼バンパイアクローンくらいか。100体を超えるゾンビワーム群は、『化け狐』の餌にしかなっておらず、次々に食われてしまっている。


「さすがは巨人の骨人形と、狼バンパイアだが……」

「戦力差は大きいな。小型の『化け狐』や精霊を消滅する程度は出来るようだが」

 紙人形と手のひらサイズの人形がソーサラー先生と一緒に、そろって森を見下ろして観戦している。『化け狐』という単語も周知されているようだ。


 狼バンパイアは、盾形の闇の〔攻性障壁〕を無数に放って敵を削っているのだが、相手は実体を持たない精霊や『化け狐』である。削るそばから〔回復〕されてしまっている。

 数分間ほど善戦していたが結局、『化け狐』の群れ50匹超に包み込まれてしまった。そのまま断末魔の絶叫を放ちながら、細胞1つすら残さずに食い殺されてしまう。真っ黒いガスのような残留思念も噴き出したが、これもあっという間に吸い尽くされてしまった。


「むう……バンパイアだったのだが、弱いな」

「骨巨人の方も、もう耐え切れないようだぞ」

 こちらは〔精霊化〕されてしまったようだ。腰から下のたくましい骨格がドロドロに〔液化〕していく一方で、上半身の骨格は〔気化〕して蒸発していく。水と風の〔精霊化〕である。


「〔精霊化〕かよ。魔法防御できないんだよなあ。空間ごと〔精霊化〕してくるから、厄介この上もないぜ」

 これはソーサラーのバワンメラ先生の言である。


 かなり焦燥しているようで、銀灰色の長髪も大きく乱れて、大きな紺色の目も疲れをにじませ、どんよりした色になっている。焼けた飴色の顔も、さすがに生彩が乏しくなっている。元々だらしないヒッピースタイルなので、余計にだらしなく見える。

 いつもゴテゴテと身につけている、腕輪や足輪に首輪の類も今はない。身長は190センチもあって、ボクサーのような筋骨たくましい体型なのだが……このところの体の酷使のせいなのか、筋肉の張りが異常になっていて、うっ血しているのか肌が赤黒い。何よりも動きに、いつもの冴えがない。

「はあ……これでオレの苦労も水の泡かよ。細胞収集やら骨集めやら大変だったんだが」


 〔空中ディスプレー〕画面に映る人影と、手のひらサイズの人形に紙人形群も、ソーサラー先生に同情している。もう少しでバジリスク成体を入手できるところだったのだから、同情もひとしおなのだろう。



 やや先生から離れた空間に生じている、小さな〔空中ディスプレー〕画面に映っている人影が口を開いた。ノイズが画面全体にかかっているので、姿がぼんやりとしか見えない。声も加工されていて、男声と女声の中間あたりの中性的なものだ。

「こんなこともあろう。だが、我々もこうしてバシリスクやアンデッドの〔復活〕魔術を実験できた。得られた情報は貴重だよ。次回に生かせればよい」


 彼の一言を聞いて、ソーサラー先生が反応した。他のディスプレー画面の人影と人形群も一斉に反応する。

「しかし、君はいったい何者だい? アンデッドの破片を培養して〔復活〕させる魔術なんて、聞いたこともなかったよ。すごく高度な魔法なんだろ?」

 他のディスプレー画面や人形もソーサラー先生に同調して、質問を始めた。

「死んでいる細胞どころか、死霊術まみれの死細胞で遺伝子も何もかもが変質しているのに、どうやって〔再生〕できるんだよ。術式も暗号化されてて〔解読〕できねえし」

「狼バンパイアが使っていた各種魔法も完全復元してるしよ。どうやったんだよ」

「巨人もそうだぞ。アレも元々はゾンビだ。ワームに至っては培養どころか養殖までできた。生殖機能なんかアンデッドだから喪失しているはずなのに」

「極めつけは、バジリスク幼体のクローン培養だ。イモータル化寸前までできた話なんか聞いたこともないぞ」


 などなど……わいわいと質問の嵐が、小さな〔空中ディスプレー〕画面に映る人影に投げかけられる。しかし返事はそっけないものだった。

「素性を明かさない事は、ここにいる我々の共通認識のはずだが。ソーサラー魔術師というものは、秘密重視を旨とするものだ」


 皆、それっきり黙り込んでしまった。ソーサラー先生も口を閉じたが、ある程度の推理はしているようだ。

(口ぶりや態度から、生粋のソーサラーじゃないんだよな、コイツ。どこかのウィザード魔法使いが隠れて参加してるんだろうが……もしかすると、うわさに聞く『メイガス』って連中かもしれねえな)

 ソーサラー先生のような、ジャディにも負ける程度の魔力しか持たないソーサラーでは、当然ながらメイガスのような連中に面識などない。

(そういえば、コイツが関わってきたのは、テシュブ先生が2回目に〔召喚〕されてからだったっけ。おかげで、それから忙しくなりすぎだ。今もこうして……)

 ソーサラー先生のグチめいた思考が、ここで途切れた。


 今まで先生たちを全く認識できていなかったカラス型のシャドウが、いきなり正確に襲ってきたからであった。

 あっと思う時間すらなく、ソーサラー先生の体が50発超の〔闇玉〕に浸食されて〔消去〕され、左腕だけになった。


 同時に、彼の周囲にあった〔空中ディスプレー〕や、人形群が一斉にかき消される。ソーサラー先生を核にした魔法だったので、核が消えると魔法も無効になってしまうのだ。〔ステルス障壁〕も消えた。



 唯一残った左腕を、見事に〔浮遊〕魔法で確保したカラス型シャドウが、後から飛んできたジャディに渡した。

 シャドウは実体がないので、直接腕を持つことはできない。しかし、代わりにこうして、風の精霊を使った〔浮遊〕魔法で保持できる。


 ソーサラー先生の左腕を受け取ったジャディが、足元にまだ残っていた魔法陣の中に投げ入れた。この〔テレポート〕魔法陣は、今はエルフ先生ではなく、ノーム先生の管理下に変更されている。


 速やかにノーム先生が左腕を受け取って、それを専用の〔復活〕用の魔法陣の中央に乗せた。

「無事に受け取ったよ、ジャディ君、ティンギ先生。では、これからバワンメラ先生の〔復活〕を開始する」

 そう言って、術式を起動させるノーム先生である。かなり疲労の色が濃いが、魔力支援している生徒たちに向けて礼を述べた。もう既に生徒たちは、精神〔治療〕を終えている。

「助かったよ。試算ではパリー氏の魔力支援と私だけの魔力で、全員の〔復活〕と、体力の回復ができるはずだったんだが。実際に行うと違ったな。足りなくなってしまった。済まないね」


 照れているミンタたちである。パリーは反対にむくれているが。結局、また魔力過剰供給になってしまい、エルフ先生から遮断されてしまったらしい。


 ちなみにラヤンは、ちょうど全身骨格が大よそ〔復元〕できた段階である。何かのスケルトンみたいな印象で、もちろん会話などできるはずもない。

 ミンタが代表してノーム先生に返答した。

「そこにいるパリーが使えないのは、これまでの経験上予想できました。これで先生たちも全員が〔復活〕できるんですよね。よかった」


 隣のムンキンは、口を利く余裕もない様子である。かなりの負担がかかっているのだろう。特に、魔法適性の乏しいペルとレブンに至っては、息も絶え絶えな状況になっている。

 エルフ先生も、かなりの疲労具合のようだ。教室の教壇にもたれかかって、ぐったりとしている。パリーが背中に手を当てて魔力供給を続けてはいるのだが、魔力の質がエルフと妖精とでは異なるので、思ったよりも回復効率が低いようだ。

 それでも、ジャディたちに指令を伝える。

「作戦は終了です。幸い、あなたたちの周囲の森の妖精や精霊、『化け狐』群は敵対行動をとっていませんね。ですが、〔妖精化〕や〔精霊化〕に巻き込まれる危険性はあります。学校へ撤収しなさい」


 意外にもティンギ先生が、ジャディの背中の上から反対してきた。

「いや。もうしばらく待ってくれ。これでは〔占い〕が当たったという事にはならないんだよ。もっと英雄的なことを、このジャディ君が成し遂げる『はず』なんだ」


 教室でそれを聞いて、スケルトンなラヤン以外の生徒と先生たち全員がジト目になった。特にムンキンのジト目具合がひどい。かなり息が上がっている状態なのだが、文句をキッチリと言ってきた。

「〔占い〕って……遊んでいないで、さっさと戻って魔力支援しろよ。何、遊んでるんだよコラ」

 ミンタも半分以上ムンキンに同意している様子だったが、ここはティンギ先生の擁護をした。

「ティンギ先生がここへ戻って来ても、大した魔力支援は得られないわよ。かえって、余計な騒ぎを引き起こしかねないわ。放置しておくべきね」


 擁護とはとても言えない物言いに、ペルだけがアワアワしている。レブンは息も絶え絶えで、それどころではない様子だ。死霊術の魔法適性なので、当然ではある。


 ノーム先生が〔復活〕魔法を続けながら、一言告げた。

「〔復活〕用の魔力は何とか足りている。気がかりがまだ残っているなら、それを解消してからでも構わないよ。こちらも、そろそろ3人めの〔復活〕が終了する。そうなれば、魔力の余裕も生まれるさ」


 2人めのナジス先生の〔復活〕が完了していることに、エルフ先生も気がついた。今はプレシデ先生と同じく安らかな寝息を立てて、魔法陣が消えた床に横たわっている。

 3人目のタンカップ先生も全身の皮膚が〔復元〕されて、今は髪の毛の〔再生〕中だ。確かに、タンカップ先生の〔復活〕が終われば、残るは法術のマルマー先生と、ソーサラー魔術のバワンメラ先生、それにラヤンだけになる。


 エルフ先生が細長い両耳を軽く上下させて、うなずいた。

「そうですね……魔力消費量の峠は過ぎたようですね。分かりました。もうしばらくの滞在を許可します。ただし、くれぐれも〔妖精化〕や〔精霊化〕には注意して下さいね、ティンギ先生。一応、あなたたちを『射殺』する分の魔力は残していますが、なるべくなら使いたくありませんので」


 ティンギ先生が穏やかな笑みを浮かべて、エルフ先生に礼を述べた。そしてジャディに視線を投げかける。

「さて。とりあえずは、まだ残っているゾンビワームどもを片付ける手伝いをしようか。魔法は使わない方が良いだろう。森の中を含めた空間を無数の術式が飛び交っているから、相互〔干渉〕を受けて正確に機能しないよ。ここは原始的な方法を採用した方が良いだろう」


 ジャディがニヤリと凶悪な形相で笑った。両目も「ギラリ」と鋭い光を放っている。

「へへっ。分かってるぜ、セマンの先生よお。ちょっとどいてくれ」


 ティンギ先生がハグ人形を頭の上に乗せながら、ジャディからひょいと離れて空中に〔浮遊〕した。さすがにジャディのような〔飛行〕魔術は得意ではないようで、風船か何かのような緩慢な動きで〔浮遊〕している。

「私も、貴族の剣の切れ味を見てみたいのさ。『魔法の剣』なんて骨董品は博物館のガラス箱の中でしか見たことがないんだよ」


 ジャディが手慣れた動作で、半ズボンのベルト穴に紐で吊るしている鞘から長剣を≪スラリ≫と引き抜いた。冷気のような霧状の闇の魔力が、鈍く太陽光を反射する刀身から漏れ出てくる。

 ジャディの凶悪な表情が、さらに凶悪になったが……すぐに元通りになる。精神汚染を少し受けたようだ。

「ふん……さすがに貴族の魔剣だな。あまり長時間の抜刀はできないか」


 ティンギ先生の頭の上で腹筋鍛錬をしているハグ人形が、ジャディがしっかりと自我を保ったままで魔剣を持っているのを見て感心している。

 ティンギ先生も感心した顔でジャディに語りかけた。

「さすがにテシュブ先生の教え子だなあ。私が持ったら、すぐに精神汚染されて廃人にされそうな魔力だろうに。大したものだよ。で、ジャディ君。その長さの刀剣を振り回すことはできるのかい?」


 ジャディがバサバサと翼を羽ばたかせてホバリングしながら、タンクトップシャツの胸を張った。内側から羽毛が膨らんでいるようで、かなり胸板が強調されている。

「当たり前だ。オレたち飛族は、空中戦でよく刀剣を使うんだよ。ここと同じで、空間に術式が入り乱れて乱戦になることが多いからな」

 そう言って、本当に手慣れた動作で、貴族の長剣をブンブンと振り回した。まさに手足のように扱っている。 


 実際はエルフ先生が対大フクロウ戦で呆れたように、飛族の戦士と言えども『ただ振り回している』者が大半なのだが。さすが飛族でも指折りの勇者である。

「うっしゃ。手になじんだな。じゃあ、セマンの先生よお、その〔占い〕の事態になるまで、ゾンビどもをぶった斬ってくるぜ」

 そのまま、ジャディが翼と尾翼を華麗に翻して、森の中へ垂直に急降下していった。


 取り残されたティンギ先生が森の上空に〔浮遊〕しながら、目を丸くして見守っている。冬の気配が強い上空も風が強く吹いているので、ずるずると引きずられるように、風に流されている。

「ほう。さすがに飛族だなあ。空中機動が私とは大違いだ」


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