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49話

【妖精】

 静かになったエルフ先生に、今度はサムカが質問してきた。

「クーナ先生。〔妖精化〕や〔精霊化〕だが、これは我々の死霊術で言うところの、〔ゾンビ化〕に似ているのかな? 〔ゾンビ化〕でも、いったんゾンビになってしまうと、基本的には二度と生者には戻ることができないが……」


 エルフ先生が杖に常駐させる各種魔法の術式を全て起動させながら、サムカの質問に答えた。さすが先生というか、同時に複数の作業を楽々とこなしている。

「ゾンビについては、私は詳しくありませんが……〔妖精化〕は、森の妖精の一部にされてしまう『同化現象』のことです。エルフ世界でも起きますが、〔妖精化〕という言葉を妖精たちが嫌うので、『森に食べられる』という風に表現しています。幸い、この獣人世界ではそこまで神経質な妖精はいないみたいですので、〔妖精化〕という言葉を使っても支障ないと思いますが……」


 パリーがヘラヘラ笑いを浮かべながら、腰まで伸びているウェーブのかかった赤毛をポインポイン揺らした。 

 確かに、気にしていないようだ。

「まあね~。中には気難しい妖精もいるけど~無視していいよ~。あんたたちが妖精になっても~嫌いにはならないし~。むしろ〔妖精化〕してしまえ~」


 何か始めそうだったので、慌ててエルフ先生がパリーの両肩をガッシリとつかんで押さえた。

「また、良からぬ事を考えたでしょ、パリー。ええと、どこまで話しましたっけ……あ、そうそう。妖精自身は実体を持たない『思念体』ですので、生きている者に〔憑依同化〕して『実体化』します。パリーの場合は、森のネズミを〔妖精化〕させて、人の姿になって実体化しています」

 パリーの元ネタは森のネズミだったようだ。

「〔妖精化〕させる数は、複数あった方が安定しますので、先生方を〔妖精化〕させて、『妖精自身の一部』にしてしまうことができるのですよ。この世界の物理化学法則から外れてしまうので、一度〔妖精化〕されて固定化されてしまうと、二度と元に戻ることはできません」


 パリーがエルフ先生に両肩を押さえつけられながら、両手をパタパタ振って抵抗している。しかし、ただ単に、じゃれあっているようにしか見えないが。

「正確に言うと~〔妖精化〕が固定するまで~数分ほど時間がかかるのよね~。その間に~妖精にお願いして~〔妖精化〕を解除してもらえば~元の姿に戻るわよ~。その制限時間を過ぎてしまうと~固定されちゃうから~もう二度と~戻れなくなるけど~」

 しれっと恐ろしい事を、ヘラヘラ笑いを浮かべた顔で平然と言うパリーであった。周囲の先生や生徒たちが、かなり緊張して聞いている。


 サムカも聞きながら(なるほど……)と思う。

(そうか。〔ゾンビ化〕と似たようなモノなのだな。魔法の効果が確定するまでに時間がかかる。その間に対処可能という事か)

 当然ながら口にはしないサムカであった。アンデッドの話をするとパリーの機嫌が悪くなるのは、よく知っている。


 エルフ先生が生徒たちの緊張した顔を見ながら話を続けた。こちらも、緊張のせいか口調が少し固くなってきている。

「〔精霊化〕の場合は、精霊の一部に変えてしまう同化現象ですね。これも、〔妖精化〕と同じで、基本的には二度と元の体には戻れません」

 森に棲む命の精霊の場合では、主に植物になる傾向が強いようだ。

「私もこうして日常的に精霊魔法を使用していますので、最終的にはエルフ世界に置いてきている私の守護樹に取り込まれて〔精霊化〕し、〔同化〕して木の一部になります。まあ、2、3千年後の話ですけどね。ノームの場合はそこまで寿命がありませんから、途中で死んで〔精霊化〕には至りません」


 後半をサラリと説明したエルフ先生が、皆の準備が完了したのを確認した。

「では、作戦を開始します。先生たちの魔法との相性に良し悪しがありますので、担当を指名します」

 エルフ先生が一呼吸置いた。空色の瞳が鋭く光っている。

「レブン君は幻導術のウムニャ・プレシデ先生を担当して下さい。ミンタさんとペルさんは招造術のスカル・ナジス先生をお願いします。ムンキン君は力場術のタンカップ・タージュ先生を。ラヤンさんは法術のブヌア・マルマー先生を指名します。ソーサラー魔術のテル・バワンメラ先生は行方不明ですので、飛行しながら探索できるジャディ君に、お願いします。ティンギ先生の占道術の指示に従うように」


「はい!」

 生徒たちが一斉に答えた。その軍隊調の規律正しさに――

(学生なのに、まあ……)

 ……と、内心で苦笑するエルフ先生。しかし、顔には出していないが。そしてノーム先生に空色の視線を向けてから、また生徒たちに視線を戻した。


「マライタ先生の測位情報だけでは、学校からの長距離狙撃は不可能です。あなたたち生徒は、現場近くまで〔テレポート〕して、先生の位置情報を正確に測定し、私とラワット先生に報告して下さい。狙撃は私が行います」

 そして、心配そうな口調になって生徒たちを見た。

「ウィザードや法術の先生たちは狙撃により、一撃で粉砕されます。各自、精神安定関連の魔法や法術を起動させておいて下さい。さもないと、ショックなどを起こして仕事を遂行できなくなりますよ」


 大熊と大フクロウ騒動で『それ』を経験しているので、素直にうなずく生徒たち。

 ラヤンが少しドヤ顔でポケットから人数分の〔結界ビン〕を取り出した。それをミンタたちに投げて渡す。

「精神安定用の法術をパッケージにして封じてあるわ。必要になったら開けて使いなさい。使った後は、精神の精霊魔法なんかで自力で〔治療〕しなさい。私はマルマー先生の担当で忙しいんだから、これ以上の仕事を増やすんじゃないわよ」


 ぶーぶー文句を言い始めるミンタとムンキンにジャディであるが、エルフ先生がライフル杖を掲げて制止する。

「有難く使いなさい。さて、手順としては、森の妖精や『化け狐』たちが本格攻撃を始めて、先生たちを〔妖精化〕や〔精霊化〕してしまう前に、私が狙撃します。あなたたちは、粉砕された先生方の体の破片を回収して、この教室へ〔テレポート〕して戻って来て下さい。ラワット先生が生命の精霊魔法で〔復活〕させます」

 体の破片が必要なのは、それが〔復活〕作業上で必要となる『最新の生体情報』を含んでいるためだ。それと、本人確認の証拠にもなる。


 最後にエルフ先生がジャディに空色の瞳を向けた。ふんぞり返って対峙するジャディである。

「ジャディ君とティンギ先生は、バワンメラ先生の居場所の特定から始めて下さい。負担が大きいのですが、よろしくお願いします」


 生徒たちが全員了解して、それぞれの標的がいる座標への〔テレポート〕準備を終えた。今回の標的は、学校の先生だが。


 ティンギ先生も実に嬉しそうに、黒い青墨色の瞳をキラキラさせている。墨色で癖が強い短髪をかき上げて、大きな両耳と鼻をヒクヒク動かした。

 服装も、いつものスーツ姿ではなく、汚れても構わないような古着の長袖シャツと長ズボンだ。靴も同じく履き潰したスニーカーであった。彼なりに準備万端という事なのだろう。

「わくわくするような〔占い〕が、次々に出ているんだよ。これは楽しみだなっ」


 他の先生と生徒にとっては、それは『最悪の事態を想定するように』と言外に告げているようなものだ。緊張がさらに高まってしまった。特に校長はパタパタ踊りを始める寸前だ。



「コホン」と小さく咳払いをしたエルフ先生が、ライフル杖を肩に担いで作戦開始を宣言をする。

「では、開始します。総員〔テレポート〕始め!」

 ペルたち生徒が一斉に〔テレポート〕して、教室から姿を消していく。それを校長が不安気な表情で見送った。

「死体の回収作業ですか……心苦しいですね」


 エルフ先生も整った眉をひそめて、空色の瞳を曇らせる。

「そうですね……いくら〔復活〕できるとは言っても、やはり精神衛生上は良くないことです。この作戦が終了し次第、精神の精霊魔法で〔治療〕をしようと考えています。場合によっては、記憶〔操作〕魔法も使いますよ。あ。情報部の方が来たようですね」


 足音を全く立てずに、教室へ10名余りの軍服姿の軍人たちが入ってきた。

 ゴム底の丈夫なブーツを履き、迷彩柄の魔法処理された軍服だ。輪郭がぼやけて見える。ベルトには拳銃が入ったホルダーがあるだけで、突撃銃のような銃器は持っていない。皆、狐族だが、フルフェイスのヘルメットを被っているので、顔が分からない。


 一種異様な雰囲気の軍人たちだが、校長と先生たちにキビキビとした動きで敬礼をした。警察とも軍の警備隊とも違う形式の敬礼だ。

「帝国軍情報部です。部隊名と責任者名は機密事項ですので、お知らせできません。ご容赦ください」

 音声フィルターをかけた声だ。徹底的に身元が分からないようにしている。


 しかし、エルフ先生とノーム先生は、そっと微妙な表情で視線を交わした。ついでに〔念話〕で会話する。

(でも、生命の精霊場は隠せていないのよね。個人によって固有の波動があるんだけど)

(まあ、魔法適性の問題がありますからな。分からない人には分かりませんよ)

 もちろん、そのような指摘はしない先生たちだ。


 校長とエルフ先生が代表して敬礼を返した。校長は適当な敬礼で、エルフ先生はエルフ警察の方式になる。

 幽霊のように無音で動く情報部部隊に、校長が面食らった様子だったが……白毛交じりの尻尾と両耳をパタパタさせただけで、すぐに落ち着いたようだ。

「ナウアケ氏に拉致されていた者たちは、この教室で保護している人数だけです。よろしくお願いしますね」


 エルフ先生とノーム先生は『狼バンパイア事件』の際に、似たような装備の部隊を見ていたので冷静だ。エルフ先生が教室の隅に転がっている10名余りの拉致被害者たちに視線を向けて、情報部の隊長に告げた。

「闇の魔法場に曝されていましたので、かなり精神が消耗していましたが……今はもう回復しています。体力も数日間安静にしていれば元に戻ると思いますよ。では、彼らの処遇をよろしく頼みますね」


 情報部隊長がフルフェイスヘルメットを被ったままで≪ピシッ≫と敬礼した。やはり独特な敬礼だ。

「は! 拉致被害者の〔治療〕ありがとうございました。この後は、我々情報部にお任せ下さい。では、撤収!」

 既に拘束を解除されていた拉致被害者だが、まだ体力が回復していないので『ぐったり』したままである。それを見事な手際の良さで、簡易担架に乗せて教室から運び去ってしまった。ものの1分間も経っていない。


 校長も担架を見送ってから、エルフ先生とノーム先生に一礼をした。

「私もこれから、教育研究省へ報告してきます。校長室からでないと報告できないシステムですので、面倒なのですが。これで失礼します。くれぐれも、生徒たちと先生たちの身の安全を『優先』して下さいね」

 そう言い残して、足早に教室から去っていった。白毛交じりの尻尾が、軽くパタパタ踊りを演じている。


 これで、教室内に残っているのはエルフ先生とノーム先生、マライタ先生、パリーだけになった。

 ティンギ先生は早速、ジャディの背中に乗ってどこかへ飛び去っていた。情報部や拉致被害者には、全く関心がなかった様子で、さすがはセマンと言ったところだろうか。スリルにしか興味が向いていない。


 マライタ先生も大きく背伸びをした。彼も少し飽きたらしい。

「んじゃ、ワシも戻るよ。保安警備システムの調整をしないとな。万一、妖精と『化け狐』の大群が押し寄せてきても、何とか対処できるように考えておくよ。ステルス機能を強化しておくかね」

 丸太のような腕をブンブン振り回しながら、教室を出ていった。




【作戦指令室】

 しばらくすると、現地へ〔テレポート〕を済ませた生徒たちから〔念話〕通信を介して、現地の詳細な位置情報、魔法場や魔法の種類といった、魔法関連の情報が次々に届き始めた。

 学校の教室の正面黒板を5分割したディスプレー画面に、それら情報が追加されていく。


 それまでは単に点と線だけの単純な図形情報だけだったのだが、先生や特殊部隊員たちの身長までが明確に認識できるようになった。先生と特殊部隊員の位置座標までも、2秒以内の遅延誤差で表示されていく。

 施設の外壁の防御システム情報や、迎撃システムの稼働状況、使用している具体的な魔法の種類までが判明し始めた。


 しかし、実際の現地映像はまだ届いていない。文章は分子模型のようなウィザード文字で表示されているので、もちろんエルフ先生とノーム先生にも理解できる。今回は校長や軍に警察の関係者が同席していないので、狐語の表示は無かった。


 エルフ先生が不満そうな表情を浮かべる。やはりパリーが背中に抱きついている。

「気温、風の流れ、水蒸気濃度も、作戦への支障は基準値内で、射線上の障害物もなし。……でも、これでも狙撃に必要な情報は不足してるわね。やはり生徒たちが接近して観測してもらわないと、命中精度は上がらないか……」


 少し考え込む仕草をするエルフ先生だ。そして、背中にくっついているパリーに視線を向けた。

「パリー。再確認するけれど、先生の体全てを消滅させるような魔力にしてはダメだからね。少なくとも『手の平』くらいは残さないといけないのよ」

 ノーム先生もやや厳しい視線をパリーに向ける。

「できれば、腕1本くらいの量があると助かるがね。さて、〔復活〕魔法の起動を開始するか」


 パリーはエルフ先生の背中に抱きついたままで、やや不満そうな顔をしている。

「ぶ~。分かってるわよ~も~。でも、ここから~的まで~、50キロ以上の距離があるから~、誤差も結構大きくなるぞ~」

 そして唯一、砂嵐状態で何も映っていないディスプレー画面を見上げた。

「ソーサラー先生だけど~、100キロ以上離れてたら~ちょっと自信ない~。全部消しちゃうかも~」


 エルフ先生が同じ画面を見上げながら少し肩をすくめ、小さくため息をつく。

「それはそれで仕方がないわね。本来ならテロ実行犯でスパイだから、『抹殺』するのが基本なのよね。教育研究省への配慮で〔復活〕させるサービスをするだけで」


 エルフ先生のライフル杖の先から、サムカの声が入ってきた。

「甘すぎる処置ではあるな。先生が死んでしまっては、今後の生徒たちへの授業が満足に行えなくなる。下手すれば休校、廃校もあり得る。それはそれで、外交問題になるだろうしな」

「ですよねえ……」

 エルフ先生とノーム先生が素直に同意した。


 サムカが一呼吸程の間をあけて、申し訳なさそうな口調になった。

「ナウアケへの追悼文書をしたためて、我が国王陛下へ奏上したよ。今後は、宰相閣下や陛下による政治交渉の場になる。我が王国はナウアケとの公式な接点はないから、穏便に収束するだろう。先のパーティに参加した程度だからな……」

 サムカが話している間に、ハグの声が割り入ってきた。

「長話すぎるぞサムカちん。ワシにもしゃべらせろ。ワシも何か手伝おうか、エルフの先生よ。人形をその教室へ送ってもパリー殿の機嫌を損ねるだけだろうから、それ以外で何かないかね」


 完全にサムカの声が中断されて聞こえなくなった。ノーム先生と顔を合わせて、首をひねるエルフ先生である。背中のパリーが、特に目立った反応を返していないことを横目で確認する。ここでの騒動というか乱闘は困る。

「賢明な判断ですね、ハグさん。そうですねえ……では、ティンギ先生とジャディ君の支援をお願いします。行方不明のソーサラー先生の探索はオプション作戦なのですが、できればこれも遂行したいと思いますので」

 それから少しの間考えてから、もう1つ要請した。

「それと……ペルさんやレブン君、ジャディ君のシャドウが〔再生〕できるように、魔力支援をしてくれませんか? エルフとしては不本意ですが、シャドウが必要な事態が続いていますので」


「プププ」と、ほくそ笑むハグである。しかしそれ以上は、エルフ先生を『からかう』気はない様子だ。

「ほいきた。じゃあ、鳥の羽毛の中に潜りこんでこよう。シャドウも〔再生〕させておくよ。では、パパラパー」

 ハグの声もそれっきりで聞こえなくなった。


(そう言えばハグさんって、ジャディ君の羽毛を気に入っていたわね)

 そんな事を思い出すエルフ先生である。そこへ、現場からレブンの〔念話〕が届いた。黒板のディスプレー画面で音声〔変換〕されているので、教室内では普通の声になっている。

「カカクトゥア先生。作戦通り、施設から直線距離で3キロの地点まで接近しました」

 そして、驚いた口調の〔念話〕になった。

「僕のシャドウが、もう〔再生〕しました。さすがハグさんですね。ではこれから、僕のシャドウを放ちます」




【幻導術の違法施設】

 レブンの位置表示から、1つの記号が発生した。それが高速で飛行していく。目的地は、幻導術のウムニャ・プレシデ先生が母国の特殊部隊と共に立てこもっている違法施設だ。

 その進路上には、今や500個以上にも増えた森の妖精と『化け狐』、精霊群を示す赤い点がひしめいている。しかしそれらは、シャドウに反応していない。


 エルフ先生が困惑した笑顔を浮かべる。

「さすがはシャドウね。ステルス性能は大したものだわ。これなら、見つからずに施設内へ侵入できそうね」

 そのまま、ライフル杖の先をレブン担当の分割画面に向けた。その顔が呆れた表情に変わる。

「……あら。プレシデ先生ってば、幻導術を使いまくっているじゃないの。普段の授業でも、このくらい熱心であれば良いのに」


 シャドウが施設の外壁に取りついたので、かなり詳細な情報が入って来た。

 〔念話〕や〔空中ディスプレー〕システムで知られている幻導術は、ウィザード魔法の中では最も普及が進んでいる。 

 そのために自動化が進み、魔法具を買えばかなり高度な魔法まで誰でも使用できる。魔神などとの契約も必要ない。そういった身近になりすぎた魔法なので、学校でも特に教えることが少ないのである。

 もちろん、企業や軍、警察などが使うような高度で強力な魔法もあるが、それは機密の塊なので、学校の授業では通常教えない。そういう訳で、最も人気が低い科目の1つである。


 しかし今、プレシデ先生が特殊部隊と共に使いまくっているのは、明らかに軍用の魔法であった。

 もちろんプレシデ先生は、辺境の魔法学校でしか教職ができないような『底辺魔法使い』なので、大した魔法は使えないようだが。一方で、彼の母国から派遣されている特殊部隊は『エリート魔法使い』ばかりだ。当然ながら、かなり高度な幻導術を惜しげもなく使用している。


 幻導術による攻撃魔法は、主として精神攻撃になる。 

 そのため、森の妖精や『化け狐』、精霊に対しては有効ではない。〔幻覚〕や〔混乱〕などの精神攻撃、〔念話〕の通信妨害、敵の視覚などの感覚器官を狂わせる魔法は、肉体を持たない彼らに対しては、ほとんど効果がないのだ。


 しかし、敵が襲い掛かる相手を、別の相手に『すり替える』魔法は有効のようだ。この場合では、精霊が『化け狐』に襲い掛かるように仕向けたり、森の妖精が同士討ちをするように誘導することはできている。

 また、味方の特殊部隊員の幻の〔分身〕を無限に作成して、敵からの攻撃を逸らす作戦もかなり有効に機能しているようだ。


 〔テレポート〕魔術はソーサラー魔術版が有名だが、幻導術にもある。この場面では、施設内から攻撃魔法を放ち、それを〔テレポート〕させて、敵の背後から撃ち込むことをしている。

 ここで使用されている攻撃魔法は、力場術の〔ビーム光線〕魔法や、自在に軌道が曲がる〔マジックミサイル〕魔法だ。敵と周囲の魔法場を、撹乱してダメージを与えることが目的である。魔法場が乱されたり、薄まったりすると、魔力も低下するからだ。それでも、さすがに消滅させるまでには至っていないようだが。


 一方で、敵が施設へ放った攻撃魔法にも、その射線上に〔テレポート〕魔法を差し込んでいる。敵の攻撃魔法を〔テレポート〕させて、施設への損害を回避するためだ。

 〔テレポート〕先は森のどこかなので、森が被害を受ける。森の妖精がそれを新たな敵の攻撃だと誤認するために、敵戦力が分散されるという効果もあるようだ。


 ディスプレー画面を見ているエルフ先生が、感心したような表情になった。

「へえ、なかなかやるじゃない。さすがはウィザードの特殊部隊ね。でも……」


 森の妖精が3体ほど吼えた。姿は人のそれではなく、巨大なクモやヘビ、トカゲの姿である。怒り心頭に達してキレたようだ。

 それだけで施設周辺の生命の精霊場の濃度が、一気に跳ね上がった。施設の中に侵入していたレブンのシャドウにも影響が及んでしまい、ステルス機能の一部が吹き飛んでしまう。


 3キロ離れた観測ポイントでは、レブンが冷や汗をかいている。セマン顔を維持できなくなって、かなり魚顔に戻ってしまっていた。

 人型への〔変化〕は魚族固有の妖術で、狐族の〔魅了〕と同じようなものだ。しかし、これも生命の精霊場が強力になった焦りのせいで、かなり使いにくくなっているのだろう。


 彼が伏せている森の下草も急激に育ち始めてきた。足の先が草の根やツルで覆われていく。

「うわ……僕の『深海1号改』が、施設内に入り込んでいて助かった。それでも、もう身を隠す機能は使えそうもないかな。プレシデ先生の位置情報の詳細を再確認しました。誤差は2ミリです。いつでも射撃できます。カカクトゥア先生」


 教室の黒板ディスプレー分割画面では、プレシデ先生が柄にもなく何か叫びながら簡易杖をあちこちに向けて魔法を放ちまくっている姿が、克明に映し出されていた。 

『深海1号改』とレブンが呼んでいる、彼のシャドウから撮影されているものだ。


 エルフ先生もライフル杖を画面に向けて、レブンから送られた位置情報を最新版に更新した。その黒板ディスプレー画面が、現場の急激な生命の精霊場の増幅のせいで画像が乱れ始める。ブロックノイズと砂嵐とが、同時に発生しているような画面になってきた。

「了解、レブン君。〔ロックオン〕しました。精神的なショックが強い魔法になります。所定の精神保護魔法が起動しているか、今一度確認しなさい」


 エルフ先生の言葉で、慌ててレブンが自身の魔法を再確認し始めた。その間に、違法施設を守っていた幻導術が、とうとう全て破壊されてしまったようだ。

 違法施設の外の特殊部隊員の〔幻〕が全て消え、〔テレポート〕術式も全て吹き飛んでしまった。同士討ちをしていた『化け狐』と精霊群も、攻撃目標を施設に〔ロックオン〕し直して襲い掛かっていく。


 違法施設の外壁が、紙のようにあっけなくズタズタに切り裂かれて内部構造が露わになった。数名の特殊部隊員の姿が見え、次の瞬間に血吹雪を上げて千切りになる。 

 魔法場サーバーらしき機械も、切り裂かれた内壁の奥に見え隠れしていた。こんなもののために、人命がいくつも失われている。かなり呆れているエルフ先生。


 レブンのしっかりした〔念話〕が、声となって教室内に響いた。

「再確認しました。大丈夫です! カカクトゥア先生」

 エルフ先生がハンターの顔で、無表情、無返答で攻撃魔法を放った。光の精霊魔法なので、火薬が爆発したような閃光も爆音も何もない。


 しかし、次の瞬間。画面に表示されているプレシデ先生の身体映像と情報が消え去った。何かが爆発したかのように破裂して、血だらけのミンチになる。床だけでなく、天井や壁にも血糊と肉片が飛び散ったのが画像として確認できる。


 それを無表情のままで見たエルフ先生が、背中で鼻歌を歌っているパリーに視線を向けた。

「パリー……ちょっと、魔力が強すぎよ。全部肉片にしちゃダメでしょ」

 パリーがそれでもヘラヘラ笑いながら、エルフ先生の肩越しにディスプレー画面を見上げた。

「え~。肉片残ってるし~。血煙にしてないし~。これでいいよ~褒めてよ~」


 すぐにレブンからの連絡が飛び込んできた。

「大丈夫です、カカクトゥア先生。右足と左足を発見しました。シャドウに回収させて、すぐにそちらへ〔テレポート〕させますね」

 そして声の調子が濁って、迷いのある声色になった。

「それで、あの……特殊部隊は、やはり見殺しにするのでしょうか。僕のシャドウでしたら、2、3人は救助して、そちらへ〔テレポート〕させることができますが……」


 エルフ先生がハンターの表情から先生の表情に戻って、悲しそうに首を振った。両耳も垂れ下がる。

「残念だけど、それは無理ね。生きたままで救助して学校へ〔テレポート〕したら、今度はこの学校が森の妖精たちに襲撃されます。〔蘇生〕や〔復活〕用の生体情報があるのはプレシデ先生だけですから、こうして『殺して誤魔化す』ことが可能なのですよ。特殊部隊員の生体情報は、今後とも提供されることはないでしょう。個人情報と機密情報の塊ですからね。記憶情報も〔蘇生〕や〔復活〕には必要ですから」


 その時、ノーム先生が展開している生命の精霊魔法の魔法陣の中心に、プレシデ先生の両足が転送されて出現した。膝下部分しかなく、靴やズボンに靴下も全て消失している。皮膚もズタズタに裂かれていて血まみれで、白っぽいピンク色をした骨もあちこちに見えている。

 それをラワット先生が機械的に確認して、命令口調で告げた。

「これだけ残っていれば充分ですな。レブン君。君の作戦は、これで終了です。速やかに教室へ退却しなさい」


 レブンが迷いを吹っ切った口調で答える。

「はい。了解しました。退却します」

 同時にレブンが担当している分割画面が、作戦開始前の状態に戻った。レブンとシャドウが作戦地域から撤退した証だ。


 エルフ先生がそれを見て、プレシデ先生とレブンが関わっていた黒板の分割ディスプレー画面を消去した。妖精たちに〔逆探知〕されると非常にまずいためだ。


 サムカの声が、エルフ先生のライフル杖の先からする。

「……ふむ。作戦の所要時間は3分弱か。初めてにしては上出来だな。クーナ先生、遠距離の狙撃は精神を消耗するものだ。大丈夫かね?」

 エルフ先生が少し疲れたような表情で微笑む。

「ええ。機動警察の任務で、こういうことは何度も経験しています。対処方法は心得ていますよ。ラワット先生は、プレシデ先生の〔復活〕作業を開始して下さい。さて次は、ミンタさんとペルさんの組かな」


 ミンタとペルが担当している黒板の分割ディスプレー画面が、急に鮮明になってきた。招造術のスカル・ナジス先生と、彼の本国から派遣されている特殊部隊が防衛している、違法施設の情報が更新されていく。

 現地にペルが放ったシャドウが到着して、情報収集を開始したようだ。これもハグからの魔力支援を受けて、〔再生〕を果たしたものだ。


 それをパリーと一緒に見上げながら、エルフ先生がライフル杖の先を向けた。しかし、シャドウの性能が異なるせいなのか、送られてくる情報の種類と量、質は、レブンのシャドウの方が上のようだ。

「さすがにシャドウ使いは潜入調査が早いわね。どう? 準備はできたかしら」




【招造術の違法施設】

「はいっ。準備できました。ちょうどナジス先生の姿を捉えたところです。ハグさんの魔力支援のおかげですね。私だけじゃ、今日中のシャドウ〔再生〕は無理でした。カカクトゥア先生、〔再生〕の許可、ありがとうございます」 

 ペルが元気な声でエルフ先生に〔念話〕で答えてきた。ミンタもペルの隣にいて、生命の精霊魔法による〔防御障壁〕を周囲に展開している。

「目標施設から、直線距離で2キロの地点にて作戦行動中です。森の妖精や精霊群の行動範囲と少しだけ重なっていますが、私の展開している〔防御障壁〕で、敵という認識は持たれていません。作戦の実行が可能です」


 ペルはレブンほど死霊術に秀でていないので、どうしても遠隔精密〔操作〕が行える距離は短くなる。そのため、ミンタが展開した〔防御障壁〕で、森の妖精たちから攻撃されることを予防しているのだ。


 エルフ先生も、ディスプレー画面上を動いている森の妖精や『化け狐』、それに精霊群の動向を確認した。

「そうね。仲間だと認識されているようね。ペルさん。シャドウをもう少しナジス先生に接近させてください。まだ測位誤差が10センチほどあります」

 エルフ先生の注文に、黒毛交じりの尻尾と両耳をパタパタさせながらペルが答える。

「は、はい! 分かりました。ちょ、ちょっと待ってください」


 新たな『化け狐』と水の精霊が数体ほど、森の中でミンタが張っている〔防御障壁〕の上を飛び去っていった。そのまま、ナジス先生たちが立てこもる違法施設へ向かっていく。


 それを見送りながら、ミンタが金色の縞が走る頭を軽く振って、両耳をパタパタさせた。

「招造術って、軍事機密や企業機密ばかりの胡散臭いウィザード魔法って印象だけど。実際、その通りだったみたいね。この〔防御障壁〕だけじゃ、足りないかも」


 招造術は、軍や警察に大企業の機密魔法ばかりなので、名前だけで実態はよく知られていないウィザード魔法の分野である。ゴーレムの〔製造〕と〔操作〕、各種〔召喚〕魔法といった、漠然とした内容しか世に知られていない。

 魔法学校でも、ごく基本的な魔法術式しか教えておらず、せいぜい紙や土石でできたゴーレムの作成と調整や修理程度である。〔召喚〕魔法も、森にいる虫や小動物を呼びつけて操る程度だ。幻導術と並んで、最も人気のない科目の1つでもある。


 しかし、施設にこもって抵抗している特殊部隊が使っている招造術は、まるで別物だった。ナジス先生もそれほど魔法適性が高いとはいえないようで、特殊部隊の魔法攻撃の支援に専念している様子が映像で確認できる。

 支援しているナジス先生自身の表情が、驚愕の色に染まっている様子もよく見えている。


 その招造術の魔法を生中継で見ているエルフ先生とノーム先生も、目をパチクリさせて驚いた表情をしている。

「驚いたわね……こんな魔法なのね」

 ライフル杖の先をナジス先生の体に〔ロックオン〕させる作業を続けながら、エルフ先生がつぶやいた。パリーも興味津々の様子で、そのディスプレー画面を見上げている。


 ノーム先生も横目で杖を操りながら同意した。足の脛から肉や骨が湧き出していて、幻導術のプレシデ先生の体が、徐々に〔復活〕されてきている。結構、グロい風景だ。

「確かにな……学校で教えている内容はブラフというか、建前に過ぎないようだね。さて、組織サンプルとの照合完了。本人確認ができたから、本格的に〔復活〕作業を開始するよ」



 招造術の違法施設の周囲には、数多くの魔法兵器が稼働していた。

 まず目を引くのは、4トントラックほどのサイズの多脚砲台だろう。腐葉土と下草に灌木で覆われている森の中では、足場が柔らかすぎるために重量物の行動はなかなか難しい。

 大地の精霊も敵対していて、石筍や溶解液を噴射して襲い掛かっている。そのような環境では、キャタピラやオフロードタイヤは、全く役に立たない。先日のドワーフ製ブルドーザーが、為す術もなく運動場に飲み込まれて沈んでいったようになる。


 この多脚砲台は、森の大木にクモのようにしがみついて自重を支えている。動きもほとんどクモのようだ。

 そうやって大木伝いに常時移動しながら、敵の『化け狐』や精霊群、森の妖精に、〔ビーム〕攻撃を繰り出していた。これは力場術の〔ビーム〕なので、敵が帯びている魔法場を吹き飛ばすことで被害を与える仕組みだ。


 軽トラックサイズの砲台もあり、これらは〔浮遊〕して〔ビーム〕攻撃を行っている。さすがに破壊力は多脚砲台の半分程度しか出せないようだが、敵の撃退には通用しているようだ。これら砲台が、ざっと確認できるだけでも50台以上あり、自動で攻撃をしている。


 生物型の魔法兵器もあり、直径数メートルほどの分厚いスライムが小隊を形成している。意外に俊敏に動き回っていて、襲い掛かって来る水の精霊や、風の精霊などを〔捕食〕して体内に取り込み、数秒ほどで〔消化〕していく。 

『化け狐』も、小型のものは容赦なく〔捕食〕されて、〔消化〕されているようだ。精霊や『化け狐』が帯びている魔法場を、スライムの有する魔法場に強制〔変換〕させて消滅させる仕組みだろう。


 歩兵部隊もいた。敵軍に殴りかかって行って、盛んに攻撃している。数は50人というところか。その映像を見ているエルフ先生が、首をかしげて片耳をパタパタさせた。

「人間? ではないわね。不快な生命の精霊場を発している」

 背中に抱きついているパリーも、頬をモチのように大きく膨らませた。

「なにこれ~。いや~なかんじ~」


 ノーム先生が小豆色の瞳を細めて、微笑みながら解説してくれた。プレシデ先生の体の〔復活〕は、ちょうど進捗状況が3割になったところだ。かなりグロい。

「初めて見るのかな? そいつらは『人造妖精のホムンクルス』だよ。墓用務員さんが生ゴミから〔錬成〕されて誕生したように、彼らも様々な有機物を〔錬成〕して製造されている。ゴーレムよりも高度な魔法だね。意識や自我もあるはずだ」


 確かに肉体を持つ妖精のようだ。実体を持たない『化け狐』や精霊群には物理攻撃が『通常は』効かないのだが、同じ妖精なので殴ったり蹴ったりの直接攻撃が見事にきまっている。

 パンチやキックが当たって、吹き飛ばされる『化け狐』と精霊群である。彼らは格闘術の技能などないので、面白いように簡単にホムンクルス兵によって叩きのめされていた。


 一方で、〔召喚〕された森の虫群や菌類、原獣人族にヒドラやマンティコラ、炎の精霊に氷の精霊などは、反対に森の妖精たちによって、逆に支配されてしまったようだ。〔召喚〕した側の特殊部隊に逆襲している。


 エルフ先生が、それを画面で見ながら肩をすくめた。

「〔召喚〕魔法の方は、全然通用していないようね。森の妖精に対して、森の動物たちを使うなんて……なんて無謀な」

 パリーもケラケラと笑っている。

「妖精なめんな~ばか~」


 違法施設の守備部隊が、自らの攻撃で敵を増やしてしまったせいもあり、違法施設側の防衛線があっけなく崩壊してしまった。砲台が一瞬で全て塵になり、スライム小隊も大地に飲み込まれていく。 

 エルフ先生の言う『森に食われている』状況だ。ホムンクルス兵たちも、あっという間に『化け狐』群に襲われて、食いつくされてしまった。施設の外に布陣していた防衛側の戦力が、15秒間も維持できずに消滅する。


 守備部隊に立て直す時間を与えず、『化け狐』と雷の精霊、大地の精霊が、施設に殺到して外壁を粉砕した。

 すぐに、その『化け狐』と精霊群は迎撃されて、消滅してしまったが、ついに違法施設の守備部隊も追い詰められたようである。


 そこへ、ペルからの知らせが入った。

「カカクトゥア先生! お待たせしました。測位誤差を1センチ以下まで修正しました。これで良いですか?」

 エルフ先生がライフル杖を分割画面に向けながら、測位をやり直す。

「うん。これなら使用に耐えるわね。ご苦労さまでした。では、狙撃を開始します」


 そこへ、別の分割ディスプレー画面からの情報が更新された。ムンキンの声が届く。

「カカクトゥア先生。僕も作戦ポイントへ到着しました。これより測位を始めます」

「了解しました。ムンキン君、慎重に行いなさいね。シャドウを使っていない君は、かなり接近しないと測位や回収ができないから、なおさらにね」

 エルフ先生が、ムンキンに細かい指示を送りつけながら、注意を与える。ムンキンも、危うさは理解できているようだ。彼が自身を『僕』と呼んでいる間は、冷静である。


 ムンキンからの返事を聞いてから、エルフ先生が再びペルとミンタに向けて〔念話〕を送った。

「ペルさん、シャドウの〔防御障壁〕を最大出力にしておきなさい。では、これより狙撃を……あら」

 違法施設の外に、突如、炎の竜巻が1本と液体の球体が発生した。たちまち、竜巻はドラゴンのような姿になり、液体は巨人のような姿になる。


 ノーム先生が眉をひそめて、口ヒゲを軍用グローブでつまみながら呻く。ちなみに、プレシデ先生の〔復活〕作業の進捗度合いは7割といったところか。かなり人間らしい姿になってきていて、グロさも緩和されてきている。裸というか、皮膚がまだないが、血管の束や筋肉組織がまとまってきているので、理科室にある人体模型みたいな印象になってきた。

「おいおい……ドラゴンや巨人と、何かの契約を交わしているのかね? 彼らの魔力の一部を〔召喚〕して、炎を炎竜に、水の球を巨人に形成しているようだ。『奥の手』って奴かな」


「なるほど……」

 ジト目になるエルフ先生である。パリーも怒り気味になってきているようだ。

「ねえ、クーナあ~。私も参戦する~。あのドラゴンもどきと~巨人もどき~ぶっころす~」

 エルフ先生がパリーをなだめながら、ナジス先生の〔ロックオン〕を完了した。


 画面に鮮明な画像で映し出されているナジス先生は、さすがに緊急事態だと理解しているようだ。いつもの斜に構えたニヤニヤ笑いは、完全に消えうせていた。紺色の細い垂れ目も、緊張と恐怖で吊り上がったまま。褐色で焦げ土色の髪も、肩の上でフルフルと小刻みに震えている。

 学校から急いで駆けつけたままの、白衣風のジャケットを羽織った姿である。さらにいつものTシャツにジーンズのようなズボン、足元は短いゴム長靴の、いつものファッションであるので、この修羅場の雰囲気には馴染んでいないようだ。


 さすがに音声までは拾えていないようだが、ナジス先生が何やらパニック気味で叫んでいるのが分かる。杏子色の白い顔を真っ青にして、切れ毛と枝毛だらけの髪を振り乱して右往左往し始めた。

 施設の外壁が一気に破られてしまったので、当然と言えば当然な反応だろう。外には、敵意むき出しの『化け狐』と精霊群がひしめいている。その背後には、虫やトカゲ型をした数体の森の妖精もいる。


 炎の竜は、猛烈な〔火炎放射〕を森に向けて吐いている。

 温度が高すぎて青い炎になっていて、炭にすらならずに気化していく木々と、溶岩化する大地だ。精霊や妖精も圧倒的な炎の魔法場に曝されて、消し飛ばされて消滅していく。『化け狐』も、次々に気化するように消し飛んでいく。ただ、魔法の炎なので、炎が当たっていない場所は無傷だ。

 精霊や妖精は不死なのだが、問答無用で消滅している様子を見ると、何らかの対処を加えた魔法攻撃なのだろう。


 水の巨人は、やはり大量の液体を全身から噴き出していた。それが炎の竜の〔火炎放射〕に巻き込まれて霧状になり、霧が生き物のように動いて、あらゆる物を包み込んでいく。消化液のようで、包み込まれた木々や『化け狐』、精霊ですら〔消化〕されている。スライムの気体版といったところか。

 おかげで形勢が再び逆転して、違法施設の守備隊側が圧倒的な優勢になった。


 森の妖精や『化け狐』、精霊群が、たまらず後退して森の奥へ退却していく。森は大火災になっていき、真っ黒な煙が一帯を覆い始めた。

 ナジス先生と特殊部隊も、それを見て元気づけられた様子だ。柄にもなくナジス先生が両手を振り上げて、雄叫びを上げている映像が届く。


 それを撮影して送信しているのは、ペルが送り込んでいる『子狐型』のシャドウだ。

 闇の精霊場が強いので、ナジス先生や特殊部隊には〔察知〕できていないようである。精霊や『化け狐』にすら〔察知〕されていない。そのシャドウが今は、ナジス先生の足元にひっそりと寄り添って控えていた。

 ペルとミンタは、先ほどのレブンとエルフ先生の会話も聞いていたようだ。特殊部隊の救出を申し出ることはしていない。表情は、かなり沈んでいるが。


 その子狐シャドウが見上げているナジス先生の体が、いきなり爆裂四散した。


 狙撃を終えたエルフ先生の口から、「ふうう……」と長めの息が漏れた。やはり、ナジス先生の全身が血まみれのミンチとなって、床と天井、壁にぶちまけられている。


 近くにいた特殊部隊員が驚いて、慌てて退却していく。それを画面で確認して、エルフ先生が背中のパリーに再び文句を言った。空色の瞳が冷たく光っている。

「……パリー。だから、魔力が強すぎるって」

 パリーもエルフ先生の背中越しに、その松葉色の瞳を光らせた。こちらも凄みのある光を帯びている。

「イライラしてるのよ~しかたがないじゃない~。気体になってないだけマシでしょ~」


 そんなやり取りをしているエルフ先生とパリーを、困惑した顔で見つめるノーム先生。ちょうどプレシデ先生の体に皮膚が巻き始めた段階だ。毛はまだ生えていないので見事な禿頭である。

「もう少し後で狙撃してくれれば、私も仕事が楽になるんだが……まあ、そんな贅沢は言っていられないか。よし、ナジス先生の〔復活〕用の生体情報を走らせるぞ。〔テレポート〕してくれ」


 ペルがその数秒後に報告してきた。隣ではミンタがちょっとしたドヤ顔で微笑んでいる。

「回収しました。ええと……狙撃の瞬間に、私のシャドウをナジス先生の右手に咬みつかせました。その右手部分だけは破壊されていません。ミンタちゃんのアイデアです。他の部分は、ええと……細かいミンチ状態で潰されています。これでナジス先生を〔復活〕できますよね」


 ノーム先生が両肩をすくめながら、うなずいた。

「うむ。良い機転だったな。それだけ確保できれば充分だよ。ミンチじゃ組織が潰れてしまっているから使えないんだ。それじゃあ〔テレポート〕してくれ」

 エルフ先生が、ほっとした表情になった。

「良かった……コラ、パリー。危うくナジス先生の〔復活〕作業に、支障が出るところだったわよ。次はもう少し魔力を抑えなさい」

 パリーが大きな大きなあくびをした。

「へえ~い。わかりましたあ~うるさいな~も~」


 ナジス先生の右手が無事に〔テレポート〕されてきた。ペルの小さなシャドウがくわえたので、肘から先までしか確保できなかったようだが。先程のレブンによる確保量と比較すると、3分の1程度の組織量だろうか。


 早速、ノーム先生が別の魔法陣に腕を乗せて、〔復活〕用の術式をかけた。本人確認の作業が開始されたようだ。

「必要量はあるから、これでも充分だよ。ペルさんも御苦労さまだったね」


 その時、外の炎竜と水巨人が穴だらけになった。エルフ先生にも見覚えがある穴の群れである。

「これって、闇の精霊魔法の攻撃よね。あれ? ハグさんも貴族もいないわよね、ここ。いったい、誰が……あ」


 エルフ先生とパリーが杖の先を向けたままの黒板分割ディスプレー画面に、巨大な『化け狐』の姿が映し出された。

 学校校舎を一飲みにした奴と同じ型だ。闇の精霊魔法を撃てるとは、予想していなかった。エルフ先生が画面を睨みながら呻く。

「きちゃったか……ペルさん、ミンタさん。作戦終了です。速やかに学校へ戻りなさい。あの巨大な『化け狐』が暴れ出すと、〔テレポート〕術式が乱されてしまう恐れがあります」


「了解しました。カカクトゥア先生!」

 ペルとミンタが声を合わせて答えた。同時に、黒板の分割ディスプレー画面に表示されていた、2人の反応が消える。手際よく〔テレポート〕したようだ。ペルの子狐型シャドウも消滅している。

 そして、分割ディスプレー画面の情報量が、作戦開始前の貧相な状態にまで戻った。映像での情報は、もう見ることはできない。


 ちなみに、シャドウはアンデッドで、その依代はペルが所持している〔結界ビン〕である。依代が遠くへ〔テレポート〕したので、シャドウを維持する魔力も途切れて自動消滅した、という仕組みだ。

 シャドウの術式自体は〔結界ビン〕の中にあるので、消えたといっても、もう使えなくなったという事にはならない。実体を持たないアンデッドなので、この点がゾンビとは決定的に異なる。


「こうして見ると、アンデッドが使えるって便利よねえ……」

 ふと、つぶやくエルフ先生であった。背中にくっついているパリーも、ちょっと興味を抱いたようだ。特に何も言わないが。


 シャドウが消えて、元の大雑把な情報だけの表示になった黒板の分割ディスプレー画面では、無数の赤い点が違法施設内部へ侵入している様子が映し出されていた。巨大な『化け狐』は、その大きさを認識できていないので、赤い点の一つとして表示されている。

 急速に違法施設内部の黄色い点が消失していき、ものの10秒ほどで全て消えてしまった。特殊部隊を示していた色分け表示だったのだが、撤退したか、全滅したかのどちらかだろう。


「ふう……」と1つため息を漏らすエルフ先生。サムカからも特に何もコメントはない。



 さて、ペルとミンタの〔テレポート〕帰還先の座標だが、教室ではない。生命の精霊魔法による〔復活〕術式を邪魔しないように、運動場の真ん中辺りに戻るように変更していた。

 その場所には既にレブンがいて、〔結界ビン〕に自身のアンコウ型シャドウを戻している姿が見える。間もなく、ペルとミンタの姿も現れるだろう。


 エルフ先生が、ペルとミンタたちがいなくなった分割ディスプレー画面を消した。これで2つめだ。残るはムンキン担当の画面と、ラヤン担当の画面の2つ。ジャディたちの担当画面は、まだ砂嵐状態のままである。




【力場術の違法施設】

「カカクトゥア先生。測位情報ですが、どうですか? 今のところ、目標施設から150メートルほどまで接近しました。もう少し接近した方が良いですか?」

 ムンキンの声が黒板分割ディスプレー画面の1つから届いた。エルフ先生が素早く、その分割ディスプレー画面にライフル杖を向けて精査する。

「……施設内部にいる、力場術のタンカップ先生を捉えることができますね。誤差は数センチですが、狙撃には支障は出ないでしょう。私の方で補正作業を行います。ムンキン君には、もうそれ以上の接近は許可できません。〔防御障壁〕の状態を再度確認して下さい」


 エルフ先生の命令に、素直に従うムンキンである。素早く、自身の〔防御障壁〕の状態を言われた様に再確認していく。


 エルフ先生がタンカップ先生への〔ロックオン〕作業に取り掛かりながら、少しだけ肩をすくめた。

「さすがにシャドウによる直接観測と違って、精度と情報量は格段に落ちるわね。違法施設の外壁越しの間接測位と観測だから、当然なんだけど。まあ、これ以上の接近は危険よね」

 エルフ先生がライフル杖を向けて、黒板の分割ディスプレー画面を眺める。


 その画面上では、施設内部の情報は映像では得られていない。記号だけの表示だ。標的のタンカップ先生を意味する青い表示と、特殊部隊の面々を意味する黄色い点が、違法施設の外に向けて攻撃している。攻撃魔法の軌跡も、大雑把ではあるが表示されていて、違法施設から放射状に伸びている。


 一方、違法施設の外の様子については、ムンキンが潜んでいる場所からの視点で映像化された情報が届いていた。ここも、数多くの精霊群と『化け狐』の群れが森の木々の中を縦横無尽に飛び回っていて、攻撃型の精霊魔法を施設に向けて集中砲火している。雷撃や石筍を放つのがメインの攻撃だ。

 森の奥の方では森の妖精も数体ほどいて、じっと控えているのが分かる。軽トラックほどの大きさで、カエルやヘビ、クモのような姿をしている。


 エルフ先生がライフル杖を画面に向けながら、小さくため息をつく。

「完全に包囲されているわね……。だけど、防衛力はここが一番高そうかな」

 さすがに、ウィザード魔法の中でも攻撃魔法が多い力場術である。タンカップ先生がよく使っている、自動追尾型の〔ビーム光線〕魔法が、四方八方に向けて放たれている。

 おかげで、森の木々がかなりの面積で焼失していた。ムンキンが潜んでいる場所より近くは、焼け野原と言っても良い状況である。


 さらに、特殊部隊による魔法攻撃なのだろう、実に様々な軍事用の力場術が使用されている。

 任意空間を瞬時に爆破させる〔空間爆破〕魔法は、空気分子を急加速させることで生み出す魔法である。爆弾や火薬、炎の精霊や風の精霊を一切使用せずに、空気の分子運動の〔操作〕だけで爆発を起こす。

 本来は、敵兵士の肺の中にある空気に対して行う攻撃魔法であるが、相手が実体のない精霊や『化け狐』なので、魔法場を散らすために、こうして空間を爆破している。


 一方では、視界の邪魔になる大木を、文字通りに粉状に粉砕する魔法も使用している。これは、木の組織を形成している分子結合や重合を強制解除して、バラバラにさせる魔法である。

 サムカが最初に〔召喚〕された際に、タンカップ先生が攻撃魔法として使用した種類の大規模版だ。ゲノムやタンパク質、多糖類を、ただの分子の山に変えてしまうので、炭とリン酸塩の粉の山ができて、窒素ガスや水蒸気が大発生する。これも、実体のない精霊や『化け狐』に対する直接攻撃という面では、あまり通用していない。それでも、森の木や草などの障害物を排除するという面では、大いに役立っている。

 ただ、副作用として、分子結合や重合の強制解除に伴う、気温の低下が起きている。しかし、ここは亜熱帯なので、特に問題になっていないようだ。


 この他に、炎の竜巻を発生させたり、空気中の酸素をイオン化させて、強力な酸化力をもつオゾンに変化させたりしている。これらも、敵が帯びている魔法場を散らしたり、変質させたりさせる効果があるようだ。


 特に有効に見えるのは、〔重力操作〕魔法だろうか。重力加速度と、そのベクトルを自在に操ることで、精霊や『化け狐』たちが思い通りに飛べなくなっている。空中高くに弾き飛ばされたり、地面に叩きつけられたりして動けなくなっているモノもいる。

『化け狐』の頭と尻尾に真逆のベクトルで重力をかける事で、『化け狐』が引き伸ばされてちぎれたり、ねじれたりしている。精霊も同じような攻撃を受けているが、これは『化け狐』ほどには耐久力がないのか、呆気なく複数に分裂してしまうようだ。

 小さくされた『化け狐』や精霊は、魔力も小さくなるので、違法施設への攻撃力も弱まってしまう。


 さらに、電場や磁場も〔操作〕できるので、精霊や『化け狐』を電子レンジで加熱するような攻撃もしている。魔法場は電場や磁場の影響を受けるので、姿を小さくされてしまって、慌てて逃げ出していく。


 この他にも、様々な攻撃魔法が繰り出されているのだが、それを記号化された画面上で見ているエルフ先生である。その空色の瞳が次第に曇ってきた。

「頑張っているんだけど……これじゃ、森の妖精や精霊たちを怒らせるだけよね。よし、〔ロックオン〕完了」

 そのままムンキンに命令した。

「では、これより狙撃します。ムンキン君。君が放つ〔牽引ビーム〕魔術との同期を開始しなさい」

 すぐにムンキンの元気の良い返事が返ってきた。

「はい。カカクトゥア先生。同期、完了しました」


 エルフ先生が画面の青い点にライフル杖を向け、攻撃魔法を放った。シャドウが現地映像を撮影していないので、単に青い点が消滅しただけである。



 その15秒後。ムンキンの元気な声が届いた。

「無事にタンカップ先生の左手を回収しました! これから、そちらへ〔テレポート〕します」

 エルフ先生がライフル杖を下ろして、ラワット先生に空色の瞳を向ける。

「了解しました。ラワット先生、引継ぎを開始して下さい」


「よしきた」

 ノーム先生が既に準備していた専用の魔法陣に、〔復活〕用の生体情報の流し込みを開始した。

 隣の魔法陣の中では、無事に頭髪まで〔復活〕が完了したプレシデ先生が、全裸状態で浮かんでいる。これから衣服の〔修復〕を開始するようだ。ナジス先生の〔復活〕作業も、ほぼ半分ほどの進捗状況である。この段階では、さすがにまだグロい。


 数秒後、無事にタンカップ先生の左手が〔テレポート〕されて、専用の魔法陣の中央に出現した。肩の下から指先まである腕だ。ノーム先生の太ももよりも倍近く太い、筋肉の塊のような厳つい腕である。肩口の傷口は相当にミンチ状態になっているが、左手それ自体の損傷はそれほどでもない。血だらけではあるが。

 タンカップ先生は、今回もいつも通りのタンクトップシャツだったので、付着している布切れ等は無かった。


 それを確認したエルフ先生が、ムンキンに命令する。

「〔テレポート〕の完了を確認しました。君の任務は終了です。速やかに離脱して帰還しなさい」

「はい! カカクトゥア先生」

 ムンキンの元気な声と共に、黒板の分割ディスプレー画面上から、ムンキンの位置情報が消えた。同時に画面の情報量が一気に元の簡素なものに戻る。その中で、特殊部隊員を示す黄色い点が、次々に赤い点に置き換わっていた。


 エルフ先生の表情が決定的に曇った。両耳も垂れ下がる。

「……〔精霊化〕してしまったようですね。精霊場の特徴から見て、水の精霊かな。焼き払った森の消火用の水として使われるのでしょうね」


 そのまま、その画面を消去する。これで、現在残っているのはラヤンが担当する画面1つだけだ。ジャディたちが担当している画面は、まだ相変わらずの砂嵐で何も映っていない。

「ラヤンさん。どうですか? 無事に作戦予定地まで到着できましたか?」




【法術の違法施設】

 ラヤンの緊張した声が届いた。

「……もう少しで到着します。思ったよりも精霊や『化け狐』の数が多いですね」


 エルフ先生が心配そうな表情になって、重ねてラヤンに質問する。

「ラヤンさん。敵に見つかってはいけませんよ。私からの魔力支援が、もっと必要であれば申し出て下さい」

 すぐに竜族らしい毅然とした声が返ってきた。

「それには、及びません。カカクトゥア先生。私が敵対行動をとらない限りは、彼らは警戒はしても攻撃はしてきません。このままで大丈夫です。あ。作戦地点が目視できました。もう少し待って下さい」


 それでもなお不安そうな表情のエルフ先生に、ノーム先生が無言で小豆色の瞳を向けた。

 ほぼ、プレシデ先生の〔復活〕と衣服の〔修復〕が完了している。衣服は心持ち新品になっているようだ。ナジス先生も進捗率が8割ほどに達してきたので、グロさはなくなってきている。これから全身の皮膚組織の〔再生〕に移るようだ。タンカップ先生は右手の切り傷の〔掃除〕が終わり、肩が生え始めている。これからグロくなるのだろう。

 同時に3人もの〔復活〕作業を行っているので、相当な負荷がかかっているはずだが……ここまでは順調だ。


 そんな真剣な表情のノーム先生に、パリーが「下手くそ~遅いぞ~」と、からかっている。決して手伝おうとは思わないようだ。ラワット先生も聞き流して、代わりにエルフ先生に告げた。

「カカクトゥア先生。ラヤンさんの魔法適性を考えると、どうしても施設に接近しないといけない。生徒たちの中では、最も施設に近づく事になる。その分、危険も増すことになるな」


 エルフ先生も同意する。パリーにノーム先生を手伝えとは言わない。膨大な魔力で制御が難しいので、パリーが手伝うと余計に混乱すると思っているのだろう。実際、これまで何度も起きている。

「そうですね、ラワット先生。ラヤンさんの〔復活〕の準備をしてもらえますか」


 ノーム先生がニコリと微笑んだ。銀色の口ヒゲと垂れた眉毛が同調して上下している。

「既に準備しているよ。〔発動キー〕さえ入れれば術式が起動する。まあ、だけど、敵が厄介だな」

 エルフ先生が真剣な表情でうなずいた。

「……そうですね。森の妖精と精霊、それに『化け狐』ですからね。普通に殺してはくれません。〔妖精化〕と〔精霊化〕には充分に注意します」


 そして、ほぼ元通りになったプレシデ先生を一目見た。

「生命の精霊魔法なのに、衣服や靴まで〔修復〕できるのですね」

 ラワット先生が少しドヤ顔になる。

「弱いとは言え、招造術や法術のサーバーが稼働していますからな。生物以外の衣服や小物も〔修復〕可能なんですよ。でもまあ、あくまで出来の悪い〔修復〕ですがね。耐久性が皆無ですので、明日にでも新しい物に買い替えてもらいましょう、自腹で」


「なるほど」と納得するエルフ先生とパリーであった。

「そうでしたね。まだサーバーが完全停止していませんでしたね」


「うむ」とうなずいたノーム先生が話題を変えた。少々重い雰囲気になっていると思ったのだろう。

「しかしまあ……特殊部隊の連中だが、思っていたよりも大人しいので良かったよ。魔法兵器や軍用の攻撃魔法を使ってはいるが、大量破壊兵器ではないな。連中なら、その気になれば森を一気に焼き尽くす魔法も使えただろう」


 エルフ先生は、特に何も言わずに黙って聞いている。エルフ警察の批判は行いにくいのだろう。

 一方、背中のパリーが、ちょっと関心を持っているようだ。鼻歌を歌っているが、大人しく聞いている。ノーム先生も構わずに話を続けた。

「もちろん、そんな大魔法を使ったら、特有の魔法場が『痕跡』になって残る。すぐに、どこの世界の、どの勢力が使ったか知れ渡る。それは下策だと理解している証左だな。この獣人世界も利用価値があると認めているってことだ」

 実際、こうして多数の違法施設が稼働している。

「それに、うちの学校の先生の実力は、特殊部隊のエリートとは比較にならないくらい出来が悪い。ミンタ嬢の方が上だしな。それなのに、こうして重要施設の危機に立ち会えている。先生たちも利用価値があると認められてきているってことだな。この騒動が収まった後、色々と動きがありそうではないかね?」


 エルフ先生もかなり同意しているようだ。両耳の先がピコピコと動いた。

「そうでしょうね。私たちも、本国では考えられないような権限を有している状況ですしね。私が今やっていることなんて、本来なら警察参謀本部の偉い人の仕事ですよ。もしくは機動警察の部隊長クラスです。とても、一介の教師兼任警官の仕事ではありません。追加手当も何も出ていないのも不満ですけどね」


 今度はノーム先生が同意する。〔復活〕魔法の行使中で両手がふさがっているために、口元のボサボサになり始めているヒゲをモゾモゾと動かした。

「そうだな。条約を結んでいるとはいえ、そのような高官を送り込むことはしないものだ。先日のようなテロの標的にもされるだろうしな。せいぜい使い捨てが効く連絡員程度だよ。が、しかし、どうやら例外ってのもあるようなんだな。ティンギ先生とかね。お。ラヤンさんがそろそろ準備完了するぞ」

 ノーム先生が黒板の分割ディスプレー画面を見上げて指摘した。


 ラヤンを示す青い点が、作戦の実行予定ポイントに重なった。同時に画面に表示されている各種情報が、一斉に更新されていく。

 それでも、ムンキンが得られた情報に比べると更に貧弱ではあるが。当然ながら、ラヤン視点からの視覚情報や映像も入らない。

 ラヤンは違法施設から直線距離で100メートルの距離で待機していた。違法施設の外側の形状は、かなり詳細に分かるようになったが、内部構造までは分からない。マライタ先生による、法術のマルマー先生と特殊部隊員の位置情報だけだ。

 そして、施設をぐるりと取り囲んでいる、50個にも上る赤い点の詳細情報が明らかになった。


 エルフ先生が機械的な口調でつぶやく。

「森の妖精が4体、水の精霊が20体、風の精霊が10体、大地の精霊が6体、『化け狐』は小型が20体、か。実際はこれよりも、もう少し多いかな」


 同時にラヤンからの報告が届いた。緊張しているせいか、かなり低い声で〔変換〕されている。息もかなり上がっているようだ。

「カカクトゥア先生。ただ今、作戦ポイントへ到着しました。遅れてすいません。これより作戦を実行します」

 エルフ先生が画面を注視しながら首をかしげた。片耳の先がピコリと1回だけ上下する。

「ねえ、ラヤンさん。精霊や『化け狐』たちの動きがおかしいわ。止まっている……というか、動きが大きく制限されているように見えるのだけど」


 息を整えている様子のラヤンから、すぐに反応が返ってきた。

「はい、〔封印〕法術ですね。札や符などを飛ばして、敵を空間に固定させる法術です。例えるならば、野犬を杭につないでおくようなものですよ。敵の攻撃魔法も同時に空間に固定してますので、施設まで届きません。映像が送れなくて分かりづらいですね、すいません」


 確かに、教室の黒板の分割ディスプレー画面上では現地映像は映っておらず、記号と位置情報、簡単な魔法情報程度しかない。エルフ先生やノーム先生は法術に疎いので、あまり上手にイメージすることができていない様子だ。


 法術は生命の精霊魔法と重なる分野が多く、相互〔干渉〕して双方が機能不全を起こしやすい。獣人だけは、なぜか両方を使える者が多いが、亜人であるエルフやノームや、人間の魔法使いには、どちらかしか使えない者の方が圧倒的に多い。


 画面上の点の動きを10秒間ほど注視して確認したエルフ先生が、ライフル杖の先を向けた。

「確かに、拘束されているような印象ですね。マルマー先生の測位情報ですが……残念ですが、誤差が14センチほどあります。私の方で修正をしてみますが、それでも恐らくは10センチ弱までしか精度を上げられないでしょうね」

 口調に厳しさが増していく。

「狙撃が失敗したら特殊部隊の警戒度が跳ねあがって、第二撃は不可能になるでしょう。その場合、ラヤンさんは作戦後、速やかに撤退するように」

 エルフ先生の指示に素直に反復復唱して、理解するラヤンである。

「了解しました」


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