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48話

【森の妖精】

 〔マジックミサイル〕群が放射状に打ち上げられて、森のあちらこちらへ落下して炸裂していった。

 この最後の苦し紛れな作戦は、意外にも効果を上げたようだ。特に、ジャディは森の上空で飛行しながら囮をばら撒いたので、かなりの広範囲に〔マジックミサイル〕が着弾した。

 それらには、森の妖精が嫌う死霊術場や闇の精霊場が充填されているので、〔浄化〕するのに右往左往することになったのである。『化け狐』にとっては餌であるので、同じく森の中を右往左往することになった。


 申し訳なさそうに光の〔防御障壁〕の中へ戻ってきた3人の生徒たちに、エルフ先生が微笑んだ。背中のパリーは、思いっきり『出戻り生徒たち』をからかっているが。

「作戦失敗ですが、苦し紛れの〔マジックミサイル〕ばら撒きは効果がありましたね。結果として、時間稼ぎはできましたので、差し引きゼロでペナルティは無しにします。ミンタさんたちの魔力支援に向かいなさい」


 エルフ先生の指示通りに、ミンタとムンキン、ラヤンのいる場所へ駆けていく3人である。ジャディも逆らったりはしていない。彼らを見送ったエルフ先生が「はっ」とした顔になって、森の一点を見つめた。

「……来たか」


 そこには、体長3メートルの巨大なヘビと、巨大ダチョウがいた。

 光の精霊魔法の〔防御障壁〕が発する白色光に照らされて、両目が燐光を放っているように見える。そのまま足をゆっくりと踏み出してきて、エルフ先生の目の前にやって来た。ちょうどエルフ先生がパリーを背負ったまま、光の壁を背にしている形になる。

(ほう。エルフか……ここで何をしている)

(後ろにいるのは、我らと同じ森の妖精だな。お前もここで何をしている)


「はあ~? 何、その偉そうな言い方~ぶっとばすう~」

 パリーが、のんびりした口調で即時戦闘態勢に入ったので、慌ててなだめるエルフ先生である。

「こ、こら、パリー。私たちはケンカをしに来たのではありませんよっ」


 そして〔念話〕に切り替えて、眼前の巨大ヘビとダチョウに向き合った。

(私は、カタ‐クーナ‐カカクトゥア‐ロク。後ろの妖精はニル・ヤシ・パリーです。この森で強力な死霊術場と闇の精霊場が観測されたので、やってきました。こうして光の精霊魔法を使って、邪悪な魔法場を〔浄化〕するお手伝いをしています。このまま放置すると、この森がゴーストの巣窟になりそうですからね)

 一応、嘘は言っていない。

 実際、光の壁の中にあるカルト貴族の土饅頭施設から漏れ出てくる魔法場は、これで〔遮断〕、〔浄化〕されている。この土饅頭施設が、森への魔法場汚染の『源』であることには違いはない。


 巨大ヘビとダチョウが、互いに顔を見合わせた。

(確かに、この森に充満し始めていた邪悪な魔法場は、急激に消失しつつある。君の精霊魔法のおかげだったか)

 意外と素直にエルフ先生の言い分を聞いたので、拍子抜けしているエルフ先生。

 背中にしがみついているパリーは大いに不満そうだが。しかし、ここはエルフ先生の言う通りにして、頬を膨らませながらも黙っている。


 エルフ先生が続けて〔念話〕で森の妖精たちに告げた。

(ここは私たちが〔浄化〕していますので、貴方たちは他の場所の〔浄化〕をお願いします)

 ダチョウ妖精が背中の翼をバサバサと振った。ちょっとしたダンスをしたようにも見える。

(うむ、そうしよう。他の場所は、まだ邪悪な魔法場が残っているからな。特に人形のような奴が、森を走り回って汚染を広げておる。こいつが『犯人』だろう)


(ハグ人形さん、濡れ衣を被せてすいません……)と、心の奥底で謝るエルフ先生である。そんな心情を見透かしているのか、背中のパリーがニヤニヤし始める。


 そんな事情を知らない巨大ヘビ妖精もダチョウ妖精に同意して、エルフ先生を見据えた。

(異世界の者よ。わざわざの支援感謝する。では、我らはこれで……)


 そのまま音もなく、森の奥へ消えていく巨大ヘビとダチョウを見送るエルフ先生。完全に姿が見えなくなり、気配も失せたことを確認して、深い安堵の息をついた。

「ふう……助かった。戦っても、まず絶対に勝てない相手だものね。でも、パリー。エルフって、そんなに森の妖精から信頼されているの?」


 背中であくびをかいたパリーが、ヘラヘラ笑いをしながらうなずいた。ウェーブのかかった赤髪が微妙に動く。

「そりゃあ~、クーナの所業は~私が逐一~、周辺の森の妖精に~自慢して伝えているもの~有名人よ~」

 エルフ先生がジト目になった。

「パリー……あなたね。余計な事まで言いふらしていないわよね」

≪ぴゅるぴるぴー、ひゅるるぴ≫と、下手くそな口笛を吹いてごまかすパリーである。やはり、あることないこと交えているようだ。その顔が、ちょっとだけ真面目になった。

「でも~、コイツらには~通用しないかも~」


「ハッ」となって、上空を見上げるエルフ先生の空色の瞳に、数匹の『化け狐』が映った。冷や汗が幾筋か顔に流れるのを感じる。

「……う。コイツらもいたわね」

 パリーがやはり気楽な声でエルフ先生をからかう。

「言葉が通じない相手よね~あ、警戒し始めた~」


 パリーの言う通り、上空を旋回している『化け狐』群が威嚇行動をとり始めた。大きく裂けた口を開いて、ズラリと並んだ牙を見せて唸る。エルフ先生が簡易杖を向けた。

「さすがに、ごまかせないか。光の精霊魔法で攻撃するしかないかな」


(その必要はなさそうですぞ、エルフ先生)

 ノームのラワット先生からの〔念話〕が飛び込んできた。

(大深度地下の大地の精霊群がやってき……)

 《どおおおん!》

 森全体が地震が起きたかのように揺れた。震度で置き換えると4ぐらいありそうな縦揺れである。


 まだ森の木々の中に潜んでいた小鳥やコウモリの群れが、悲鳴を上げて一斉に森の上空に飛び出してきた。森の中が一気に騒々しくなっていく。


 その一瞬後。巨大な牙みたいな物体が、森の地面から突き出してきた。森の高木層と同じく、高さが20メートルにも達するそれは、金属と水晶をちりばめた岩のような異様な姿をしている。


 エルフ先生が立つ場所からも、森の木々の隙間を通して見える。その巨大な岩の牙には見覚えがあった。

「教員宿舎を襲った牙ね」


 たちまち、『化け狐』群が巨大な牙に向かって襲い掛かり始めた。闇の因子が強い精霊なので、餌だという認識なのだろう。

 森の妖精たちも迎撃を始めた。三日月型の生命の精霊魔法攻撃が繰り出されて、巨大な岩石の牙をミミズや虫の山に強制〔変換〕していく。


 エルフ先生が自身のピコピコ動く耳の先を、軍用グローブをした指でかきながら簡易杖を下げる。

「騒動が大きくなったおかげで、ごまかせたわね。これで時間稼ぎができ……」

 《どおおおん!》

 光の壁の『中』に、1本の岩石の牙が地面から突き出てきた。土饅頭施設が岩の牙に襲われて半壊し、外壁が呆気なく粉々に砕け散っていく。


 頭ほどの大きさの壁の破片が四方八方に飛び散り、光の壁に衝突して爆発四散する。土饅頭施設の壁は闇の魔法場を帯びているので、光の魔法場とぶつかると激烈な反応をするのである。ちょうど、エルフ先生を抱きとめたサムカの腕が骨になったのと同じ現象だ。


 狼狽する生徒たちに、エルフ先生とノーム先生が冷静な指示を下す。

 そのおかげで、光の精霊魔法による〔防御障壁〕はその姿を維持できていた。これが消滅してしまうと、再び闇の魔法場が噴き出して、森に充満してしまう。


 しかし、先生と生徒たちが〔防御障壁〕の維持に集中したせいで、数秒ほど岩石の牙への対処が遅れてしまった。

 土饅頭施設の内部から漏れ出てくる尋常ではない量と濃度の闇の魔法場を、牙が〔探知〕して、瞬時にその姿を変えた。高さ20メートルの岩石の牙が、真っ赤に溶けて溶岩状に〔変化〕し、そのまま施設内部へ飛び込んでいく。

「げ。しまった」

 エルフ先生が腰まで伸びた金髪の全てを逆立たせて、青い静電気を幾筋も走らせた。が……


「何だね、コレは」

 ナウアケの声が施設の中からした。

 かと思うと次の瞬間。真っ赤に溶けた溶岩の鉄砲水が、無数の〔闇玉〕に穴だらけにされて、そのまま闇に飲み込まれ〔消去〕された。一気に闇の魔法場濃度が跳ねあがり、光の壁が大きく揺らぐ。


「おっとっと~」

 パリーがのんびりした声を出して、魔力支援する。すぐに光の壁が安定し、ほっとするエルフ先生である。光の壁の内側に踏み入って、壁の大穴の中に立っているナウアケに顔を向けた。

「すいません。大地の精霊の攻撃で大穴が開いてしま……ん? 何かいますね」


 土饅頭施設の外壁が半分以上吹き飛んだので、施設内部の様子が丸見えになっていた。


 ドーム型の構造だったようで、内部には部屋も廊下もない。その中央には、エルフ先生とノーム先生も使っている『世界間移動ゲート』が見え、見知った坊主頭のアンデッドがいる。このゲートの管理人だ。

 ゲート周辺には、大量のガラス瓶がコンテナに収められていて、そのコンテナを数頭の熊ゾンビがせっせとゲートの向こうへ放り投げていた。ガラス瓶の中には、他の熊ゾンビや大フクロウゾンビが分封されて収められているのだろう。100万頭もいるので、この方が作業効率が良い。


 しかし、エルフ先生の視線はそちらではなく、別方向に向けられていた。10名余りの人が全身を拘束されて転がっている。セマン、ドワーフ、魔法世界の住人である人間たちであった。他に、狼族や牛族、狐族の姿も見える。




【ナウアケ卿のドーム施設】

 エルフ先生が空色の瞳を鋭く光らせて、ナウアケを見据えた。

「……ナウアケさん。この人たちは、いったい何ですか」


「フッ」と自虐的に微笑むナウアケである。

「やれやれ……見つかってしまったか。君たちには事故ということで消えて……ぐは?」

 彼の胴体にいきなり大穴が開いた。真っ赤な血が噴き出し、臓器みたいな物体が大穴から姿を見せる。余裕の表情だったナウアケが狼狽し、大穴を両手で塞ごうとする。さらに続けて水晶の弾丸が数発、ナウアケの体にめり込んだ。

「な、なぜ私の体に穴が開いている!? 〔防御障壁〕は完璧に展開しておるというのに」


「あなたの〔防御障壁〕でしたら、私が闇の精霊魔法をぶつけて無効化しました。1秒もない短い間だけですけど」

 崩れた壁の一方からペルが姿を見せた。簡易杖をナウアケに〔ロックオン〕している。


 エルフ先生とノーム先生も簡易杖を向けて〔ロックオン〕していた。

「1秒なくても充分ですよ。光速ですからね。『対貴族』用の攻撃魔法です。もう、貴方は終わっていますよ」

 ハンターの厳しい視線を向けるエルフ先生である。背中のパリーが満面の笑みを浮かべているのが対照的だ。

 ノーム先生も厳しい顔で口を開いた。

「私も『対貴族』用の攻撃魔法を放ちました。アンデッドの貴方に言うのも何ですが、もう死んでしまいましたよ」


 レブンが〔結界ビン〕を開けて、その口をナウアケに向けていた。ジャディとミンタにムンキンも簡易杖を向けている。


「く、くくく……」

 ナウアケが不意に笑い出した。大穴からは大量の鮮血が噴き出し続けているが、今はもう気にしていない。

「く、くく。この程度の傷、貴族に効くとでも思っているのかね」

 そのまま右手をエルフ先生に向けた。

「消し飛べ」


 エルフ先生が軽やかなステップで、ナウアケの攻撃魔法を回避した。代わりに、その場の床が大きくえぐられて〔消滅〕する。

 驚愕の表情になるナウアケである。

「は? なぜ当たらぬ。なぜ……」

 ぐらりとナウアケの体が傾いて、尻餅をつく格好で床に座り込んだ。両腕が力を失ってだらんと垂れている。

「ど、どういうことだ!? なぜ動かぬ。腕が上がら……」

 言葉が途切れた。ナウアケの肌が急速に青白く変わっていく。


 エルフ先生が簡易杖を向けながら、冷徹な声をかける。

「『寄生生物』とやらを、ガンマ線放射で即死させたからですよ。さらに〔エネルギードレイン〕魔法も多数命中しています。もう貴方の体の〔操作〕は不可能ですよ。あきらめなさい」


 ノーム先生が簡易杖の先をナウアケに向けながら、銀色の垂れ眉を上下させた。

「そういうことですな」

 ノーム先生の簡易杖の先から、猛烈な〔火炎放射〕が放たれて、数秒でナウアケの体が炭化されてしまった。言葉も出せないまま、為す術もなく炭の塊に変化していく。

 ナウアケの体が炭になっていくにつれて、その体が石造りの床に沈み込んでいく。大地の精霊によって食われているのだ。ヒドラ退治の時と同様である。


 だが、彼が身につけていた宝石類や、豪華な装飾が施されている長剣、ベルトに腕輪、衣装のボタンなどは、そのまま床の上に残った。闇の魔法場が強いので、ノーム先生が使役する大地の精霊では〔吸収〕〔分解〕できなかったのだろう。


(お、おのれ……私の肉体をよくも! だが、貴族を甘くみるなよ。体など無くとも貴様らなど……)

 それっきり〔念話〕が途切れてしまった。声があった空間から、くすんだオレンジ色のガスが発生してそのまま希釈されて消えていく。


 瓦礫の向こうで、悲しそうな表情をしたペルが簡易杖を下ろす。

「ごめんなさい。完全に殺してしまいました」

 ミンタとムンキンも、厳しい表情で簡易杖を下ろす。 


 ミンタが肩をすくめて、軽く首を左右に振った。

「謝ることはないわよ、ペルちゃん。50万人を殺した悪党なんだから。しかし、ばかね。拠り所の暗黒物質をペルちゃんが崩壊させたら、完全消滅しちゃうのに。さっさと逃げないから」


 ムンキンも「フン」と一息ついて、1回だけ尻尾を床に叩きつけた。

「だよな。オレたちを見くびり過ぎだ。〔エネルギードレイン〕攻撃だけだと思ってたんだろうな。それなら数日後には元通りになるから」

 ジャディは更に冷静だ。ケンカ慣れし過ぎているのか、鳶色の背中の翼をバサバサさせることもしていない。

 ただ、興奮はしているようで、全身の羽毛を膨らませている。おかげで、タンクトップシャツと半ズボンの服がパンパンになっていた。

「オレだけは〔ロスト〕の恐怖を知ってるから、あんまり喜べないけどな」


 地味にラヤンも驚いているようだ。が、努めて冷静を装っている。コメントをする余裕はなさそうだが。


 サムカの声がペルの杖の先からした。

「ふむ。完全に……とまではいかなかったが、ほぼ消滅できたか。不意打ちが功を奏したな」


 レブンが、ペルの簡易杖の先に顔を寄せた。彼の杖でも〔念話〕で通信ができるのだが、よほど驚いたのだろうか。

「え? まだ思念体が『生き残っている』のですか?」


 サムカの声が、あっさりと肯定した。

「残念ながらな。パリー氏の魔力供給が中途半端だったせいだな。だが、ゴースト程度まで〔エネルギードレイン〕されてしまったから、もう意識や自我は残っていない。この森のゴーストの『仲間』になるだけだろう。死者の世界へ戻る力もないから、貴族へ〔復活〕することもない。〔ロスト〕には至らなかったから、奴が存在したという記憶は残るよ。公式記録では行方不明扱いになるだろうな」


 レブンが憐れみの表情を浮かべて、光の壁の向こうに広がる森の中を見つめた。

「……そうですか。そんな最後になってしまいましたか」




【世界間移動ゲート】

「それで、どうするつもりだね? まだガラス瓶とゾンビどもが残っておるのだがね」

『世界間移動ゲート』の中に立っている冴えない老人が口を開いた。見事な禿頭で、カエルのような顔をしている。サムカのように旧人から進化した人類ではなく、もっと以前の原人から進化した人類特有の姿だ。

 魔法世界にも原人出身の人間はいるが、旧人出身に比べるとかなり少ない。ただ、闇の魔法場の影響なのか、ゲートも老人の姿もハッキリとした輪郭を有していない。


 そんな老人に、ラヤンとムンキン、ミンタが問答無用で簡易杖を向けて、法術と先ほどの〔エネルギードレイン〕魔法をぶっ放した。1日1発という制限があるのだが……案の定、よろめいて尻もちをついてしまっている。


 しかし、全く効果はなかった。老人も意に介していない様子で、エルフ先生たちの返答を待っている。熊ゾンビも主のナウアケが消滅したので、ピタリと停止して動かなくなった。

 全身を拘束されている人たちだけが、「むーむー」と呻きながら体を芋虫のように動かして助けを求めている。


 全く攻撃魔法と法術が効かないので驚いている生徒たちを、エルフ先生がとりあえず叱った。そして、ゲートの前まで歩いて行って、老人を紹介する。といっても、彼から数メートルほども離れた場所からであるが。

「古代魔法の『世界間移動ゲート』の管理人をしているリッチーのお坊様よ。名前は、魔力が強すぎるから知らない方が良いわ。サムカ先生やハグさん以上の魔力の持ち主みたいだから。敵じゃないから安心しなさい」


 その坊主頭の老人が、面倒臭そうに首を傾けてエルフ先生とノーム先生を見つめた。本当にカエルみたいな仕草だ。

「敵だ味方だと、ずいぶん物騒な物言いだな。政府間の正式な要請だったからゲートを開いたのだが、これはいったい、どういうことだね? 先程、アンデッドが1人、滅したようだが」



 エルフ先生が手短に老人に説明する。それと共に、ゲートが次第にはっきりと見えてきた。老人が魔法場の出力を低く調節しているのだろう。見た目が、まるで貸倉庫のシャッター口そっくりなので、落胆する生徒たちである。もっとファンタジーな門を想像していたようだ。


 やがて……老人の姿が視認できるようになってきた。

 身長は120センチほどだろうか。ひょろりとした、やせ形の体型である。身なりは……やはりハグ人形と同じ系統で、質素なシャツに、だぶついた寝間着ズボン、左右別々のサンダル履きであった。かなりひどい浮浪者スタイルである。

 見た目の年齢は、少し下方修正されて50歳代の前半というところか。見事な禿頭でヒゲもない。カエル顔で黒目の細目である。どう見ても、魔力が高そうなリッチーには見えない。


 そのリッチー管理人が、軽くため息をつきながら話を聞き終えた。ハグやサムカであれば、直接相手の記憶を〔識る〕手段を取るのだが、この坊さんリッチーは行わない主義のようだ。

「……なるほどな。よく正直に話してくれた。君たちにとっては少々都合が悪い話だろうに」


 エルフ先生とノーム先生が顔を見合わせて、ほっとした表情になった。サムカの声が、エルフ先生の杖の先から発せられる。

「ゾンビだから、この世界に放置しておく訳にはいくまい。死体に戻しても、死霊術場が大量に残っているから、森の妖精や『化け狐』たちの不興を買うことになろう。このまま、死者の世界のオメテクト王国連合に送りつけるのが良いと思うが」


 当然のようにジト目になるエルフ先生である。簡易杖の先を軽く睨みつけた。

「ちょ、ちょっと。私たちに、このコンテナを運ばせる気!?」

 サムカが申し訳なさそうな声色になる。

「済まないな。私が行くことができれば、代わりに作業をするのだが……羊がいない以上、そこへ行くことができないのだ」


 エルフ先生の腰まで真っ直ぐに伸びている金髪が、15本ほど静電気の火花を散らしながら逆立った。金髪全体も静電気を帯びて、青白く発光している。

「冗談じゃないわよ! こんな死霊術場の塊なんか持てるわけがないでしょ! 触れるだけで私たち全員が精神汚染されてしまうわよっ。ただでさえ、建物内は猛烈に魔法場汚染されてるのに」

「うむむ……そうかね。困ったな」

 エルフ先生の怒りの即答に、サムカも困ったような声をエルフ先生の杖の先からこぼした。


 レブンが恐る恐るコンテナに近づいて、簡易杖の先を当てる。

<ばん!>

 見事に杖が破裂して塵になった。一瞬、顔が魚に戻ったが、すぐにセマン顔になるレブン。

 白い魔法の手袋にも煙が出ているので、脱ぎ捨てた。手の形の魚のヒレが現れたが、これでも人間のように物をつかんだりできるようだ。


 そのまま新しい予備の簡易杖を、〔結界ビン〕の中から呼び出して素手で握る。残念ながら魔法の手袋は、予備を持ってきていなかったようである。

「……ですね。この中で僕が一番、死霊術場に耐性があると思ったのですが……ダメです。テシュブ先生」

 落胆しているレブンである。


 しかし、ナウアケが残した装飾品には触れることができるようだ。≪つんつん≫と、ヒレの指でつついて安全を確かめてから、長剣だけを拾い上げた。ベルトや腕輪は無理のようである。

「僕の魔力では、持てるのはこれだけかな。剣よりも腕輪の方が魔力が高いのですね」


 サムカは声だけであるが、現場の映像は彼に届いているようだ。レブンの近くにいるジャディの杖の先から声を出した。

「貴族は、腕輪やベルトに高い魔力を発する鉱物を仕込んでいるものだ。魔力を自身に取り込むためだな。私も同じようなことをしている。帯びている魔力は、剣などの武器の方が低いものなのだよ。武器は常時身に着けていないからな。せいぜい短剣くらいだろう。召喚ナイフが短剣を採用しているのも、それが理由だろうな」

 そして一瞬の間をあけた。

「……それにしては、魔力量が小さいな。貴族というよりも騎士相当だ。やはり『化け狐』に食われた影響がまだ残っていたのだろう」


 感心しているレブンの隣で、興味津々のジャディが口を挟んできた。鳥だけあって、光るものが好きなようだ。

「なあなあ、いいなソレ。いいなソレ」

 レブンが少し首をかしげて、両手に持っている長剣を鞘から抜いて、再び鞘に納め、それごとジャディに渡した。

「はい、どうぞ。この死霊術場だったら、ジャディ君も扱えると思う。テシュブ先生の剣ほどの魔力を帯びていないからね。僕が持っても剣の振り方なんて分からないし、この手だし。ジャディ君が持った方が良いと思う」


「おう! 任せろ。剣なら何度もケンカで使ったことがある」

 ジャディが長剣を鞘から抜いて、鈍く光る刀身を鋭い瞳で睨みつけた。まんざらでもないようだ。


 ノーム先生が口元を緩めながら、ジャディに忠告する。

「さすがテシュブ先生の教え子だな。しかし、それは『呪いの魔剣』だぞ。刀身から闇の魔法場が、洪水のように漏れてる。従って、この世界の刀剣の中では最上級の強度と切れ味だろう。魔力を帯びている分だけ、それらが増すからね」


「へえ、そうなのかよ。どれどれ……」

 ジャディが抜き身の長剣を振って、崩れた施設の壁の山に斬りつけた。

 全く何の手応えもなく、瓦礫に長剣の刃が当たった音すらもせず、「するっ」と壁の山が両断された。斬られたラインが闇の魔法場に当たって〔消滅〕する。ジャディの目の色が驚愕の色に変わった。

「おお! これはすげえ」


 羨望のまなざしを送るのはムンキンである。しかし、彼では持つことが出来ない事は、理解できているようだ。尻尾だけは《バンバン》と音を立てているが。


 そんな男子生徒の様子を見ていたペルが、エルフ先生に顔を向けた。剣にはあまり興味がない表情である。

「あの……コンテナ運びの件ですが、ハグさんを呼び寄せてみてはどうでしょうか」

 ペルの提案を、残念そうな表情で否定するノーム先生である。

「ハグさんは今、囮になって森の中を駆け回っている最中だよ。彼を呼び寄せたら、追いかけている森の妖精と『化け狐』も皆やってくる。大騒ぎになってしまうよ」

 エルフ先生が唸って腕組みをした。

「でしょうね。うーん、困ったな。つい、勢いでカルト派貴族を〔滅して〕しまったけど、この後の事を考えていなかったわ」


(勢いだったんだ……)と、真顔で目を点にするペルとレブンである。ムンキンがイライラした顔で、簡易杖をコンテナの山に向けた。

「光の精霊魔法をぶっ放して、門の向こうへ吹き飛ばせばいいだろ! 死霊術場の塊ってことは、ゾンビと同じなんだし、撃てば光と反応して爆発するよ」

 ラヤンも同調して簡易杖を向けた。

「そうね。法術の方がもっと激烈な反応を起こすわよ。援護するわ」

 ミンタも片耳を伏せて、簡易杖を向けた。

「爆発と衝撃波で、この施設が吹き飛ぶだろうけど……それしかないわね。ペルちゃんとレブン君、ジャディ君は、そこに転がっている人たちを適当に〔防御障壁〕で守ってあげて」


 そんなやり取りを見て、エルフ先生とノーム先生が顔を見合わせた。少し肩をすくめて、固い笑みを浮かべるエルフ先生である。

「……仕方がないわね。じゃあ、吹き飛ばしますか。爆風と衝撃波で、外の光の〔防御障壁〕も吹き飛ぶから、すぐに逃げるわよ。この建物内に充満している闇の魔法場が、周辺に漏れだしますからね。そうなれば、森の妖精と『化け狐』たちが、怒り狂って襲い掛かって来ます。ハグさんは……この際、見捨てましょう」

 ノーム先生も銀色の口ヒゲを軍用グローブでかきながら、うなずいた。

「それしかないか。当初の作戦が、目も当てられない有様になっているが、まあ……仕方あるまい。大地に〔吸収〕させることも、今は無理だしな。今も大深度地下の精霊群が徘徊しておるから、さらに歓喜の大暴れをさせてしまいかねない」

 サムカの声も、どこか投げやりな感じである。

「分かった。オメテクト王国連合には私から一筆書いておくよ。じゃあ、やってくれ」


「ちょっと待て。この乱暴者ども」

 ゲート管理人がジト目になって、口を挟んできた。細い糸目なのだが、それでもジト目である。

「ゲートを壊すつもりか。300万年も使っておるから、相当に傷んでおるのだぞ。ここでそんな暴動を起こされては、今後二度と獣人世界への公式ゲートを開いてやらんぞ」


(それは困る……)という顔になる、先生と生徒たちである。

 ムンキンがトカゲの口を、さらに尖らせて文句を言った。

「だって、そうしないといけないだろ。どうすんだよ爺さん」


 深くため息をつく老管理人である。カエルがうつむいたようにも見える。

「仕方がないな。ワシには関係ないことだが、そのガラス瓶が入ったコンテナを運べば良いのかね?」


 エルフ先生が、「ハッ」とした表情になった。背中のパリーのニヤニヤ笑いが大きくなる。

「あっ。そうか。お坊様って高位のアンデッドだったわね。触ることができるの?」

 禿頭の老管理人が、腰に両手を当てて首を傾ける。

「ワシを誰だと思っておるのだ」


 それだけで、山積みになっていたコンテナが一瞬で消えた。ついでに床に残っていたナウアケの装備品も消えた。さらに、建物内に充満していた死霊術場や闇の精霊場、それに闇魔法場も消えてしまった。


 呆然とする先生と生徒たちである。

「ホレ、全部運んだぞ。これで文句なかろう。まったく、何でワシが、ぶつぶつぶつ……」

 そのままゲートごと姿を消してしまった。コンテナの山がないので、ドーム状の建物内部がかなり広く感じる。


 一呼吸ほどおいて、エルフ先生の杖の先からサムカの声が届いた。

「……うむ。確かにオメテクト王国連合に届いたと連絡が入った。熊と大フクロウのゾンビ100万体だ。さすがはゲート管理人だな。ナウアケ卿の遺品については、黙秘するそうだ。やはり王国連合ぐるみで知っていたようだな」


 エルフ先生がパリーを背中から下ろして、〔空中ディスプレー〕を呼び出した。そのまま関係各所へ報告をする。案の定、向こう側も大騒ぎになっているようだ。かなり混線している。

「とりあえず、撤退しましょう。ハグさんにも撤退の指示をしました。ラワット先生、彼ら救助した者たちに対する、学校への集団〔テレポート〕をお願いします。私は、この手のソーサラー魔術が不得手なので」


 そして、床に転がっているままの救助者たちに、〔テレポート〕術式の紐付けを行った。彼らも、とりあえず学校まで一緒に〔テレポート〕してもらわないといけない。

 放置していると、まず間違いなく怒り狂って襲い掛かって来るであろう、森の妖精と精霊と『化け狐』の群れに殺されてしまうだろう。


「何かの実験材料にでもするつもりだったのかしら。ん? 貴方、どこかで見かけたような顔ですね」

 エルフ先生が魔法の紐を、拘束されたままの人たち全員に結びつけながら、ある狐族に気がついて首をかしげた。全員がまだ口も拘束されて塞がれているので、話すことができない。「むーむーぐーぐー」呻くばかりだ。


 ラヤンがジト目になって、代わりに答えてくれた。

「その狐族の人、我が帝国の大臣の1人ですよ。カカクトゥア先生」

 答えながらも、相当に面倒臭そうな表情になっている。

「政争か何かが帝国内であったんでしょ。あのカルト貴族の活躍だって、帝国内に強力な協力者がいないと、あそこまで迅速見事に皇帝陛下への謁見なんてできないわよ」

 その狐族の男が「むーむー」唸りながら、体を激しく動かした。どうやらラヤンの推測通りらしい。


 エルフ先生もラヤンに同調して、面倒臭そうな表情になった。ノーム先生も同じような表情になっている。

「はあ……ずいぶんと浅はかな謀略だったわね。帝国が大混乱になっては、意味がないでしょう。仕方がないな……帝国軍の情報部に伝えて、引き取りに来てもらうことにします」



 光の壁の向こう側が騒がしくなってきた。エルフ先生がパリーの両肩を両手でつかんで言い含める。

「じゃあ、先に私たちは撤退するわね。パリーは、まだ少し残留している闇の魔法場と、この施設を丸ごと消して証拠を隠滅してちょうだい。これ以上、森の妖精と『化け狐』たちを怒らせたら、また面倒な騒ぎになるから」

 パリーがニヘラと笑う。

「わかった~。ごっそり消しちゃう~」


 これ以上は言わなかったが、エルフ先生には更に懸念があるようだ。簡易杖の先に〔念話〕を送る。

(先ほどから時々、ドラゴンの唸り声というか、生命の精霊場が混じっているのよね……どう思いますか? サムカ先生)


 サムカも同じことを心配していたようだ。

(うむ。実は私とハグも用心しているのだよ。歴史〔改変〕以降、世界間のつながりに異変が起きているようでね。先のバジリスク幼体の誤〔召喚〕事故もある。ドラゴンが時空の裂け目をついて、獣人世界へ襲撃をしてくる恐れは、ゼロとは言えない)

 サムカがハグに再確認をとってから〔念話〕を続けた。

(現状では、ドラゴンや巨人のような『イモータル』がやってこれるような大きな裂け目は、ハグの調査によると出来ていないそうだが……今後は分からぬ。用心するに越した事はないだろう。クーナ先生)


 エルフ先生が両耳を少しだけ垂れる。

(……そうですね。後でラワット先生とも相談してみます。本国へも報告する必要がありますね)


 そこで〔念話〕の通信を終えたエルフ先生が、ノーム先生に顔を向けた。

「学校に戻ったら、相談があります。あ。その前に、お互いに始末書の山が待っていますね」

 ノーム先生が簡易杖を自分の額にコツコツ当てて、困ったような笑みを返した。自慢の口ヒゲとあごヒゲがボサボサ状態になっていく。元々は、結構な癖毛のようだ。

「強制送還と懲戒処分よりはマシかな。ああ、そうそう。救国の英雄だったお方の言動は、きちんと映像で〔記録〕したよ。さて、集団〔テレポート〕の術式を起動したぞ、隊長殿」


 エルフ先生が、生徒たちに顔を向けた。

「では、撤収します!」




 西校舎2階のエルフ先生の教室

 〔テレポート〕して戻った先は、エルフ先生の教室だった。故ナウアケからの指名呼び出しのせいで、今日の授業は中止になっていた。そのため、教室内に生徒の姿はない。これはノーム先生の教室も同じであった。


 故ナウアケの土饅頭施設で拘束され拉致されていた、獣人族や魔法使い、ドワーフにセマンたちも、無事にエルフ先生の教室へ〔テレポート〕で来ていた。

 特にドワーフと獣人族は魔法適性がないので、護身用の魔法具もないままに〔テレポート〕魔術や魔法をかけると、何らかの原因で失敗することがある。今回は運良く、そんな事故も起きなかったようなので、ほっとするエルフ先生とノーム先生であった。


 そんな彼らを、校長先生が出迎えてくれた。まだ疲労の色がかなり色濃く残っている。

「お疲れさまでしたね、カカクトゥア先生とラワット先生。生徒たちも皆、無事なようで良かった」

 先生と生徒たちが、校長先生に出迎えの礼を述べる。 


 しかし校長は、怒っているようでもあった。白毛交じりの尻尾と両耳が、不規則にパタパタと動いている。

「私は、今回の作戦には反対でした。やはりこれは、軍と警察の仕事です。学校の先生と生徒に押しつけるなんて職務放棄ですよ。教育研究省の次官からの直接指示のせいで、『不本意ながら』あなたたちの出張を追認するしかありませんでした」


 ムンキンが目を閉じて眉間に深いシワを刻みながら、面倒臭そうに床を尻尾で数回叩いた。

「非常事態だったのですから、仕方がなかったと思いますが。帝国が大混乱になる恐れが高かったのですし。さらに多くの死傷者が出てしまっては、僕たちは一生後悔し続けますよ」


 ラヤンも同じように目を閉じていて、ムンキンに同調した。やはり尻尾で床をバシバシ叩いている。

「その通りだと私も思いますが。私の故郷は、先の熊と大フクロウの襲来で、ほぼ全戦力を使い果たしています。その状態で、今度は100万の熊ゾンビ、大フクロウゾンビに、森の妖精や『化け狐』群まで加わって攻撃されては、故郷が蹂躙されて消滅したでしょう。帝国軍や警察は、私たち竜族の町を守ることはしませんからね」


 レブンがセマン顔のままで参加してきた。

「それに今回の騒動は、どうやら帝国内の派閥争いとも関係しているようです。放置していれば、なおさら帝国内が混乱することになったと僕も思います」

 ミンタとペルは狐族だけあって、微妙な表情で互いに顔を見合わせている。


 校長に食って掛かっている3人の生徒たちを、エルフ先生が微妙な表情で制止した。手元の小さな〔空中ディスプレー〕画面には、帝国軍情報部の大将の顔が映っている。彼も困ったような表情を浮かべている。

 エルフ先生が「コホン」と小さく咳払いをしてから、生徒たちに諭す。

「こらこら。帝国批判はいけませんよ。間もなく情報部から、取り調べ部隊が到着します。その部隊に拉致されていた人たちを引き渡します。ラワット先生。すいませんが、彼らにかけられている〔拘束〕魔術の解除を手伝ってくれませんか」

 ノーム先生が気楽な声で、パイプに火をつけて紫煙を吐き出してから返事をした。

「分かった。セマン以外は解除するとしようかね」


 拘束されて床に転がったままの狐族の男たちを、校長も意図的に見ないようにしている。それに気がついたペルが、隣のミンタに小声でささやいた。

「シーカ校長先生は、あの捕まっている人たちの派閥じゃないみたいだね。どちらかというと、対立している派閥かな」

 ミンタが少しジト目になって同意した。彼女の金色の毛が交じった尻尾が、ペルの黒毛が交じった尻尾の動きに完全に同調する。

「そうかもね。でも、勘ぐるのは止めましょう。私たちまで派閥争いに巻き込まれたくないし。商売柄、こういう派閥争いは見慣れてるのよね。変に一方に肩入れすると、後で大損になる事がよく起きるのよ。『つかず離れず隙を見せず』が一番」


 そして、教室の窓から外を見た。寄宿舎には大勢の生徒たちの姿が見える。こちらの校舎にはいないようだ。ミンタがエルフ先生に振り向いて顔を向ける。

「カカクトゥア先生。今日のクラブ活動は中止ですか? 格闘術の練習くらいでしたら通常通りにできますよ」

 ムンキンもミンタと一緒になって、エルフ先生に詰め寄った。

「僕も大丈夫です。練習しましょうよ、エルフ先生」


 しかし、エルフ先生は固い笑顔でヒラヒラと軽く手を振った。両耳も垂れている。

「ごめんなさい。私とラワット先生は、これから始末書の山を書かないといけないの。立案した作戦以外の無茶を、たくさんやってしまったのよ。極めつけはナウアケさんを殺してしまったことね」

 ノーム先生も、手元の〔空中ディスプレー〕画面を閉じながらうなずいた。

「左様。始末書を提出して、本国からの処罰を受けなければ、校舎や教員宿舎から外に出ることは許可されないよ。また何か起きる恐れは残っているから、校内での魔法の使用は認めてもらったけどね」


「うう……」と落胆するミンタとムンキンである。ペルは少しほっとしているようだ。


 廊下側の窓から墓用務員が顔を見せ、教室の中に向けて手を振った。

「おかえりなさい。ゾンビのお土産を期待していたのですが、ありませんかね」

 エルフ先生が露骨に嫌悪の表情になった。髪の毛が10本ほど逆立って静電気を放つ。

「ありませんよ。パリーがそろそろ戻ってきます。命が惜しければ、さっさと去りなさい」


 墓がこれみよがしに深いため息をついて、愛想笑いをした。しかし、腹と頬が垂れた中年オヤジのガニ股姿なので、かえって嫌悪感が増しているようだが。

(墓所の補修や改修で人手不足なんですよ。5000体ほど土産に持ってきてくれたら助かったのですが)

 〔念話〕でエルフ先生と生徒たちにグチを伝えてきた。当然、無視するエルフ先生たちである。墓用務員がにこやかに微笑みながら降参の仕草をして、両手を肩の高さまで上げた。

「仕方がありませんね、退散します」

 そのまま、ゴマ塩頭に愛想笑いを貼りつかせて、墓が廊下側の窓から顔を離した。テクテクと歩いて去っていく。


 レブンが教室の外に顔を出して、墓用務員が去ったことを確認する。そのまま教室を出て、廊下の窓から運動場を見下ろした。

「運動場には確かに、生徒は誰もいないね。ドワーフ製の警報も作動したままだし、今日は寄宿舎で待機かな」


 ラヤンも一緒に運動場を見下ろしていたが、「はっ」とした表情になって、簡易杖を掲げた。

「……やっぱり。法力場サーバーが一部、稼働停止しているわね」

 そして、他の魔法場サーバーにも接続を試みた。顔色が一気に険しくなっていく。

「……うわ。ウィザード魔法全ての魔法場サーバーが、ほぼ稼働停止してるじゃない。ごく弱い魔法だけは使えるけど、回線速度が低すぎるわね。ソーサラー魔術で代用しないといけないけど、大魔力を使うウィザード魔法は使えそうにないか」


 教室の中でラヤンの声を聞いたミンタとムンキンが、慌てて簡易杖を掲げて接続調査をし始めた。すぐに、ガッカリした表情になって肩を落とす。

「おいおい……ウィザード魔法全滅かよ。違法設置の魔法場サーバーだけが壊れたんじゃないのかよ」

 ムンキンがイライラし始めて、尻尾を床に叩きつける。ミンタも機嫌が悪くなってきたようだ。

「回線を共有していたんでしょ。違法サーバーが故障して、学校内の正式サーバーに負荷が集中して、連鎖故障したようね。まったく、安全装置くらいきちんと組み込みなさいよ」


 レブンが遠い目をして、森の上空を見ながらつぶやいた。深緑色の瞳が濁っている。

「急激なペースで、魔法場サーバーが増強され続けていたんだろうね。先生たちが使う魔力も、どんどん強化されていたし。保安と安全対策が追いついていなかったんだろうな」


 ジャディが「フン」と大きく鼻を鳴らして、背中の大きな翼を広げた。ナウアケの長剣は、半ズボンのベルト穴に器用に結びつけている。この作業をしていたので、今まで静かだったようだ。

「殿がいない学校なんかに用はねえ。オレはさっさと巣へ帰るぜ。ついでに森の様子も気になるからな」

 旋風が教室内で巻き上がり始めた。


 〔拘束〕魔法を〔解除〕中のエルフ先生とノーム先生がジト目になる。ノーム先生が、さすがにジャディに文句を言った。

「カカクトゥア先生の教室は、テシュブ先生の教室と違って、それほど闇の精霊魔法に耐久性がないぞ。君の風魔法には、かなりの濃度の『闇の精霊魔法場』が含まれているんだ。気をつけてくれ」

 エルフ先生も解除の手を休めて、教室の強化用に光の精霊魔法を放ち始めた。

「こら、ジャディ君。余計な魔法を先生たちに使わせないこと。教室の外に出てから飛びなさい」


「ああ! もう、うるせえな! 知るかよ、そんなの」

 ジャディが凶悪な顔をさらに凶悪にして、翼をより強く羽ばたかせ始めた。尾翼も広がり始めて、彼の両足が浮き上がっていく。教室内の机とイスも浮き上がり始め、暴風に巻き込まれて教室内を転がり始めた。


「しょうがないなあ」

 ミンタとムンキンが、揃って簡易杖の先をジャディに向けた。実力行使でジャディを撃ち落すつもりのようだ。


 これに対して、レブンがジト目になりつつも予備の簡易杖を掲げた。

「ちょっと待ってよ、ミンタさん、ムンキン君」

 レブンがジャディを守るための〔防御障壁〕を、彼の周囲に展開する準備を始めた。これでも級友だからだろう。今は手持ちの杖がないので、手作業になっているために術式の展開が遅いが。

 ペルも、オドオドしながらではあるがレブンに味方して、ジャディを保護する〔防御障壁〕を張る準備に入った。

「そうだよ。ミンタちゃん、少し落ち着いて」


 そんな様子の中で、高みの見物を決め込もうとしているのは、言うまでもなくラヤンであった。腕組みをして上から目線で、事の推移を観察している。



 そこへ、ひょこっとティンギ先生が顔をのぞかせて、エルフ先生の教室へ入って来た。

「やあ、ジャディ君。遊びに行くのは、今は遠慮してくれないかな。君がヒーローになれるチャンスがやってくるという〔占い〕が出ているんだよ」

 さすがはセマンである。絶妙のタイミングで割り込んできた。


 エルフ先生の教室の机とイスが風に流されて、教室の四隅で吹き溜まりの山になっている。天井では、ウィザード魔法の照明ランプや窓ガラスが軋んで、割れそうな音を立て始めていた。

 風の精霊魔法だけであれば耐久できるのだが、ジャディの起こす風には闇の精霊場が含まれているので、浸食されて強度が落ちてしまうせいだ。


『ヒーロー』という単語を聞いて、ジャディが浮き上がるのを止めて着地した。鳶色の背中の翼と尾翼も閉じられていくので、旋風も弱くなっていく。

「〔占い〕かよ。何か面白いことでも起きそうなのか」


 ティンギ先生が答える代わりに、続いてやって来たドワーフのマライタ先生が解説した。ちょっと酒臭い。

「よお。戻ってきたか。お疲れだったな。ティンギ先生の〔占い〕だが、既に起きてるぞ。まあ、見てみろ」


 マライタ先生が教室の黒板ディスプレー画面を起動させて、それを5つに分割表示させた。

 4つの分割画面に立体地形図が表示されて、すぐに青い点が1つマークされる。が、1つだけは分割画面が砂嵐状態のままで、何も表示されていない。


 すぐにマライタ先生がクシャクシャの赤髪とヒゲを引っかき回しながら弁解する。

「ソーサラー魔術のテル・バワンメラ先生だけは、ワシの探知網でも反応がないんで、こうして砂嵐状態になってる。かなり高度なステルス性の〔結界〕か何かの中にいるんだろう」

 マライタ先生が、赤いクシャクシャヒゲを片手で引っ張った。ドワーフとしては、探知できないのは悔しいみたいだ。

「他の先生は皆、探知できて、こうして1つずつディスプレー画面で追跡している。右上の画面から力場術のタンカップ・タージュ先生、招造術のスカル・ナジス先生、幻導術のウムニャ・プレシデ先生、そして法術の真教ブヌア・マルマー先生だ。彼らの位置情報が、この青い点だな。行動情報もすぐに表示される。お。出てきたな」


 青い点から、何本もの線が撃ち出されている様子が表示された。次いで、青い点を囲むように、施設の形状の概観が表示された。

「先生たちが今、死守している違法魔法場サーバーなどが収められている施設の形だ。皆、施設の中に入って防衛している。で、もちろん……」

 その施設の中に、青い点の他に10個余りの黄色い点が表示された。これらも青い点と協力して、何本もの線を発射している。

「先生方を派遣した母国の特殊部隊もいる。もちろん、違法入国だけどな」


 エルフ先生の空色の瞳が、呆れたような色に変わった。ついでに両手を腰ベルトに当ててため息を1つこぼす。ベルトに付いている草で編んだポーチがポワポワ揺れて、簡易杖を収めたホルダーケースがカタカタ鳴った。

「やっぱりいましたか。タカパ帝国の危機には何もせずに、こんなことをしているなんて。敵は大方、森の妖精や『化け狐』に、精霊でしょ?」


 マライタ先生が愉快そうに笑ってうなずいた。同時に、施設を取り囲むように赤い点が表示されていく。その数は、50以上ほどになるだろうか。青い点や黄色い点から撃ち出された線が次々に赤い点に命中している。

「その通りだ。〔ステルス障壁〕が全部消失して、各種防衛システムも故障や強制停止して使えなくなっている。妖精たちには『丸見え』というわけだ。これから、どんどん敵の援軍が駆けつけてくるだろうな。無数に」


 ノーム先生も黒板ディスプレー画面を見上げながら、肩をすくめて銀色の口ヒゲをいじっている。

「……でしょうな。彼らは、いわばこの世界そのものと戦っているのだからね。戦えば戦うほど、より強大な存在を引き寄せることになるでしょうな。『化け狐』の親玉とかね」


 校長は『化け狐』などの事はあまり知らなかったようで、レブンとペルから説明を受けている。やがて、おおよその事情を理解した校長が、かなり不安そうな表情になってマライタ先生に顔を向けた。

「マライタ先生。これは、つまり、我が校の先生たちが揃って違法行為をしていて、さらに森の妖精たちへ危害を加えているということですか? タカパ帝国への反逆行為ですよ……」


 マライタ先生とティンギ先生、それとノーム先生が顔を見交わして、機械的な動きでうなずいた。マライタ先生がモジャモジャの赤髪とヒゲを引っかき回しながら答える。

「……っていうか、我々も同じことをしている。魔法場サーバーではないが、違法施設を我々も抱えているよ。だが、今は緊急事態ではないから、こうして世間話をしている余裕があるだけだ。ここの先生の中では、カカクトゥア先生とテシュブ先生、クモ先生だけが潔白だろうな」


 校長が少しふらついて、レブンとペルに支えられる。立ちくらみがしたようだ。

「これは、大変なことです。情報部の方々も間もなく到着する予定ですよ。というか、その大将閣下が苦笑して、見ておられるじゃないですかっ」

 確かに、エルフ先生が手元に表示したままのディスプレーの1つは、帝国軍情報部の大将直通回線である。その画面に映っている大将が「コホン」と1つ咳払いをして、会話に参加してきた。

「……シーカ校長。その程度の情報は、我々も既に把握しておるさ。表沙汰にならない限りは、我々情報部は深入りしないよ」


 ミンタたち生徒6人は、かたずを呑んで先生たちの話を見守っている。

 そこへハグ人形が〔テレポート〕して教室へ戻ってきた。そのままエルフ先生の頭の上に、「ポテッ」と落ちてバウンドしている。森の中を駆け回っていたせいで、体中が切れて綿がはみ出ているが、気にしていないようだ。

「戻ったぞい。まったく、このワシをこき使うとは。なかなかやりおるなエルフの警官」


 エルフ先生が頭上でまだ「ポンポン」と跳ねているハグ人形に、真顔のままで聞いた。

「おかえりなさい、ハグさん。ナウアケさんの施設は確認してきましたか?」

 彼女もかなりハグ人形に慣れてきているようだ。ハグ人形が「ポインポイン」跳びながら、身体じゅうの傷を自動〔修復〕させ、他人事のような口調で答えた。

「うむ。死者の世界の奴の故郷、オメテクト王国連合は大騒ぎになっておる。後でサムカちんが大量の詫び状をしたためることになるだろうな。我々には関係ない話だよ。さて……」


 ハグ人形がようやく頭上トランポリンを止めた。そして、エルフ先生の頭の上からペルの頭の上に跳んで着地した。よろける事もなく、ピシッと着地を決めている。

「この騒ぎだが、放置するわけにはいくまい。画面に映っておる5人の先生は、ここの生徒どもと同じく〔蘇生〕〔復活〕用の生体情報と組織サンプルを学校に保管しておるのだよな?」


 エルフ先生がうなずく。ハグ人形の着地にはノーコメントのようだ。

「ええ。パリーが一括して保存していますよ。そろそろ彼女もここに戻ってくるはずです。サーバーの調子が悪いので、本格的にパリー頼みになりそうですね」

 サムカの声がエルフ先生の簡易杖の先から再び聞こえた。今はホルダーケースの中なので、少し声が籠っている。

「おお。ようやく双方向通信が回復したか。ハグが戻ってきてくれたおかげだな」


 そういえば、(学校へ戻ってきてから、サムカ先生の声がしていなかった)と、今になって気がつくエルフ先生たちである。

 そんなサムカの声を完全に無視しながら、ハグ人形が口をパクパクさせてペルの頭の上で別のキメポーズをとった。カンフーか何かの動物の構えみたいな、微妙なキメポーズだが。

「じゃあ、話は簡単だな。先生どもを殺してしまえ。腕1本でも残っていれば、学校で〔復活〕できるのだろう? 回収役にこの生徒どもを送れば良かろう。特殊部隊の奴らは、そのまま死んでおればいい。情報部や帝国のメンツも立つだろうしな……おっと、パリー殿がご帰還だ。ワシは逃げる」


 そのまま消えるハグ人形である。入れ替わりにパリーが〔テレポート〕して教室へ戻って来た。やはり、足元には森の腐葉土が一緒にやってきている。

「ただいまあ~。糞アンデッドの施設は~欠片も残さず消したわよ~。ん? ここもアンデッド臭いな~」


(次から次へと、面倒な連中がやってくるもんだ)と思うノーム先生。が、もちろん口には出さずに、銀色の口ヒゲを触るだけである。代わりに、先ほどハグ人形が提案した策について意見を述べた。

「この黒板の情報から考えると……同僚の先生たちを救助することは、もう不可能でしょうな。完全に森の妖精や『化け狐』たちを怒らせてしまっておる。普通に救助して学校へ運び込んだら、今度はこの学校が襲われることになる」

 再びヒゲを触る。

「我々が先生たちを殺してしまうのが、最良だね。森の妖精たちが落ち着いて去ってから、破片を回収して、学校で〔復活〕させれば良かろう」


 確かに、各分割ディスプレー画面では刻々と赤い点が増えていて、施設を幾重にも取り囲み始めている。加速度的に赤点の数が増えていきそうな勢いだ。

 マライタ先生が太いゲジゲジ眉をひそめながらも、ノーム先生案に同意する。

「……そうだな。ワシらドワーフやセマンと違って、魔法で簡単に〔蘇生〕や〔復活〕できるのだから、その手が良いだろうな。発狂や下痢なんかの『副作用』はあるが……まあ、そのまま死んでしまうよりは良かろう」

 その〔治療〕を行うのはノーム先生やエルフ先生になるわけだが……

「妖精と『化け狐』どもも、もうすっかり先生たちと特殊部隊の使う攻撃魔法に耐性を持ったようだ。もたもたしていたら特殊部隊が切れて、兵器クラスのより強力な攻撃魔法を使いかねんぞ」


 渋っているエルフ先生の横で、パリーがピョンピョン飛び跳ねている。サンダルも先ほどのナウアケ処分で脱げたのか消えたのか、裸足である。腰まであるウェーブがかった赤い髪もダイナミックに跳ねている。まだまだ元気なようだ。

「やっちゃえ~ひゃっはあ~皆殺しだあ~」


 サムカもようやく状況が把握できたようだ。エルフ先生の簡易杖の先から呼びかけてきた。

「クーナ先生。それが良いと私も思う。回収に向かわせる生徒たちも、妖精側だから危険はないはずだ。パリーからその旨を、妖精たちに伝えておけば大丈夫だろう。学校側も妖精側についておくことは、現状では良い判断だと思う」


 校長もかなり渋っている様子だったが、サムカの話に納得したようだ。

「……そうですね。森の妖精を攻撃した『反逆者』が勤めていた学校ですからね。次に標的にされる恐れは充分にあります。ここは、生徒と職員の安全を最優先にすべきでしょう。きつい判断ですが、私も支持します」


 パリーは少し不満そうだ。ピョンピョン跳ねのリズムが少しだけ早くなった。

「う~。妖精大戦争やってみたいんだけど~。私~強いんだぞ~。日頃うっとうしい森の妖精を~何人か~このどさくさで食べて始末できるし~」


 このパリーのセリフで、エルフ先生の決心も固まったようである。パリーの頭に手刀を落として、先生と校長に顔を向けた。

「ラワット先生の作戦案を採用します。具体的な点を詰めてから正式に立案しましょう。バワンメラ先生の情報だけはつかめないので、彼についてはオプション作戦にします」




【回収作戦】

 その数分後には作戦が立案され、帝国軍と警察、情報部と、エルフ警察、ノーム警察に提出されて、そのまま許可された。エルフ先生とノーム先生は、やはり学校内に待機という『命令』だ。しかし、今回はライフル杖の使用が許可されている。魔力カプセルの使用も認められた。


 ノーム先生が愛用のライフル杖を肩に担いで、肩をすくめる。

「敵が魔法使いだと、うちの警察も容赦ないな。アンデッド貴族よりも扱いが悪いとはね。うちの学校の先生たち、ほとんどテロ実行犯並みの扱いになってるじゃないか」

 大きくため息をつく。

「他の生徒たちに、僕への魔力支援をお願いしようかと考えていたんだけど……これじゃ無理だな。テロ実行犯と化した先生たちの姿を、見せるわけにはいくまい」


 マライタ先生が大きくて白い歯を並べ、厳つい肩を揺らして笑っている。

「がはは。実際やってることは、本当にテロ行為だしな。森の妖精を攻撃していては、仕方がないだろうさ。原獣人族や飛族のように、定住しない帝国の住民を『庇護』しているのは、森の妖精なんだしな」


 エルフ先生も愛用のライフル杖を〔召喚〕して、状態を確認した。

「今回は、魔力カプセルの使用ができるから、魔力量としては充分だと思うけど……念には念を入れましょうか」

 そう言って、エルフ先生がパリーに空色の瞳を向けた。

「パリー。済まないけど、また私の背中に手をついて魔力支援をしてもらえるかな。一撃で確実に殺さないといけないものね。下手に息があったりしたら、森の妖精と『化け狐』さんたちに、〔妖精化〕とか〔精霊化〕されちゃうわ。『森に食べられて』しまうのを見るのは、心苦しいのよね」

 パリーが相変わらずの間延びした声で返事をした。さすがに小躍りダンスは、今はやっていない。

「わかった~。腕1本残して、他全部消し飛ばして良いんだよね~やったあ~」


 ノーム先生を始め生徒たちも真剣な表情になって、準備を整えている。

 不得意な魔法や法術がそれぞれにあるので、あらかじめ術式を走らせて『待機モード』にしておく。これならば、魔法を使う際に起動〔キー〕を一言唱えるだけで良い。現場でいちいち術式を長々と詠唱して構築するのは、非効率この上もないからである。

 これに、タイマー式の〔遅延発動〕魔法とを組み合わせることで、より効率的な魔法の運用が可能になる。


 レブンは予備の杖を壊していたので、仕方なく杖なしの手作業を苦労して行っていた。やはり、予備の簡易杖では、今のレブンの魔力には耐えきれなかったようだ。

 それを見越してか、マライタ先生が大きな白い歯を並べて見せて笑いながら、懐から1本の簡易杖を取り出してレブンに渡した。

「君用の簡易杖だ。こんなことも有り得るんで、予備の杖を幾つか作ってある。まだ在庫があるから、思い切り使って壊しても構わないぞ」


 簡易杖を受け取ったレブンが、目をキラキラさせながら感謝した。

「わあ……マライタ先生。ありがとうございます! さすが魔法工学だなあ。ペルさんに見習って僕もしっかり勉強しようかな」

 その様子を映像で見ているサムカが、エルフ先生のライフル杖の先から一言。

「私も、マライタ先生から頂いた杖とホウキの作成を続けておるよ。杖の方は、そろそろ組み上がる予定だ。楽しみにしている」

 マライタ先生が、エルフ先生の杖の先に赤ら顔を寄せてニンマリと笑った。エルフ先生は、ちょっと引いているが。

「そうかい、そうかい。組み上がったら、何でも構わないから魔法を使ってみてくれ。その起動〔ログ〕を、学校へ〔召喚〕された際にワシに渡してくれると助かるよ。闇魔法なんて、滅多にドワーフ世界じゃ目にしないからよ。貴重な情報になるんだ」

 サムカの声が素直に了承した。エルフ先生は微妙な表情をしているが。

「心得た。そうする事にしよう。最終目標のアンドロイド作成に向けて頑張らねばならぬな」


 エルフ先生とノーム先生が、微妙な表情で顔を見合わせている。とりあえず、エルフ先生がサムカに聞いてみた。

「サムカ先生。貴族は魔法の行使に際して、特に杖や魔法具を必要としないはずですよね」

 サムカの声が少し照れた口調になった。

「そうなのだがね……基礎はしっかり学んでおかないと、後で苦労する事になるのだよ。アンドロイド作成という精密作業を目標とする以上、最初の杖やホウキといった簡単な構造を理解学習しておく事は必要だ」

 言われてみれば、確かにそうである。まだ少し釈然としていないのだが、とりあえず今はこれ以上議論する事は差し控える事にしたようだ。


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